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武将名 |
とくがわよしのぶ |
二心殿 |
徳川慶喜 |
統一名称:徳川慶喜 生没年:1837~1913
「時代の流れを止めることは できるだろうか……」
江戸幕府第十五代将軍。 前代家茂の後見を務め、朝幕間の融和を図って上洛したが、攘夷運動が激化したため断念。 将軍となると積極的に軍制改革を行い国力増強に励むも、薩長と対立。 大政奉還後、復権を図るも倒幕派に敗れ恭順、謹慎した。 |
勢力 |
碧 |
時代 |
江戸・幕末 |
レアリティ |
R |
コスト |
2.0 |
兵種 |
騎兵 |
武力 |
6 |
知力 |
9 |
特技 |
昂揚 |
計略 |
大政奉還 |
【ため計略】(使用すると移動と兵種アクションができなくなり、一定時間後に計略が発動する。この計略は反計されない) 自軍の士気が上がる。 ただし戦場の味方が全て撤退する。 この効果は撤退した味方の武将コストの合計値が高いほど大きい。 この計略は戦闘中一度しか使用できない |
必要士気 |
6 |
効果時間 |
一瞬 |
Illust. |
麻谷知世 |
声優 |
松本保典 |
計略内容
カテゴリ |
士気 |
武力 |
知力 |
速度 |
兵力 |
効果時間 |
備考 |
士気上昇 |
6 |
- |
- |
- |
- |
一瞬 |
ため時間5c 戦場にいる味方全部隊撤退 士気+(3+撤退総コスト) 戦闘中1度だけ使用可能 |
(最新Ver.1.1.0B)
調整履歴
所感
最後の将軍は知力寄りスペックで登場。
特技も昂揚のみで白兵戦にはやや不安が残るので、基本的には計略目的での採用となる。
計略「大政奉還」は大型士気バック計略。
数cの溜めの後、戦場の味方全員を撤退させ、撤退した味方のコストの合計に応じて士気を増加する、リスクもリターンも特大の計略。
士気増加量は圧倒的で、全部隊が戦場に揃っていれば最大士気を15にしない限り確実に士気漏れを起こすほど。
とはいえわざわざ士気を増やしたにもかかわらず士気が漏れては意味がないため、最大士気を増やす手段は必須となる。
またそのままでは肝心の士気を使う部隊が撤退したままになるため、復活系戦器の中でも高い効果を出せる「玉璽」との併用もなかば確定といっていい。
とはいえこれは事実上「戦器」と「士気6」のトレードであり、相手の戦器で互角に凌がれてしまう事もしばしば。
手間をかけて互角の勝負では意味がなく、士気に戦器以上の価値を見出す必要がある。
一応、欠点についてカバーするような方法もなくもないが、いずれも相応に難度とリスクが高い。
最大士気を増やす場合、流派:士気「壱の型」もしくは
毛利輝元の計略が必要。
前者は流派が固定されるため、取れる戦術の幅がどうしても狭まってしまうのが難点。
後者は流派こそ自由になるものの、必然的に溜め開始が試合中盤以降となりかえって運用がシビアになる。
また輝元の計略に士気を使う関係上、一試合通じて自由になる士気は通常時と大差ない。
また、城内の味方は対象外なので必ずしも全部隊を撤退させる必要はない。
あえて一部隊残し、残った部隊が長時間計略を使用するのであれば、復活戦器がなくても士気が溢れる事はない。
ただし号令等ではなく単体強化になるため、リスクに見合う成果を挙げる事はさらに難しくなる。
どうせ撤退するなら撤退効果のある計略で攻勢をかけて、効果終了の直前に慶喜で士気バック、といった戦略も考えられる。
ただし士気管理や撤退タイミングの管理がシビアなうえに士気溢れ問題は解決していないため、やはり難易度は高い。
浪漫はあるものの、とにかく「難しい」と言い切ってしまっていい計略。
莫大な士気で普段は狙えないコンボもできるようになる……かもしれない。
解説
徳川幕府最後の将軍。
元は将軍家の継承権がない水戸徳川家(※)に生まれたが、御三卿の一つである一橋家の養子となり、紆余曲折の末15代将軍に就任。
フランスから技術提供を受けて幕府の強化に務める。
しかし時勢には逆らえず、土佐藩が起草した大政奉還を受け入れ、その後に発令された王政復古の大号令で官位と領地を返上することになり幕府は解体。
将軍職になってからは江戸城に入ることはなかった。
将軍退位後は宝台院での謹慎を経て、明治維新の後に静岡へ移住し悠々自適に暮らす。
その後、東京の巣鴨に移り住み、皇室と関係を持ちつつ、こちらでも悠々自適に暮らす。
明治35年には公爵に叙せられ、徳川宗家とは別に徳川慶喜家を興し、貴族院議員にもなった。
明治43年に七男の慶久に家督と爵位を譲って隠居し、大正2年に77歳で病死した。
隠居後の慶喜は写真撮影に没頭し、雑誌の企画によく写真を送っていた。
しかし、腕前はイマイチだったようで中々賞を取れなかったという。
ハロウィンの贈り物台詞は慶喜のカメラ好きからきているのであろう。
※御三家は徳川親藩の中で徳川姓を名乗ることを許された家だが、尾張、紀州が大納言であるのに対し水戸は中納言と一段劣る扱いだった。
(水戸黄門の「黄門」とは中納言の唐名「黄門侍郎」に由来する)
その後吉宗の代に将軍家継承権を持つ田安と一橋、家重の代で清水の三家が創設され(いずれも徳川姓を名乗る)、これが御三卿と呼ばれた。
ちなみに肩書の「二心殿」とは、長州や朝廷などの諸問題への対応において、慶喜の言動がコロコロと変わる様から付けられたとされる、蔑称に近い呼び名である。
名前を音読みして「ケーキさん」とも呼ばれており、皇太子時代の大正天皇もそのように呼んだとされている。
贈り物時の台詞はともに自身の逸話に由来する。
①は将軍継嗣問題の折に徳川家定に送った手紙が元ネタ。
②は豚肉が慶喜の好物であったことより。文明開化の時代を生き抜いた人物とは言え、当時肉食はまだまだ普通の行為ではなかった。特に薩摩の豚肉が大好物だったらしく、
小松帯刀によくねだっていたという逸話があり、小松帯刀の贈り物特殊演出にてそのことが言及されている。
また、豚肉好きの一橋との意味で「豚一様」とも呼ばれた。
バレンタインで言及している昭武は、慶喜の異母弟。慶喜の名代としてパリ万博に出向き、シェルブールのホテルでココアを飲んだと日記に書いている。
これが文献上初めて日本人がチョコレートを食した記録になっている。
父・
斉昭の贈り物特殊演出で語られている寝相にまつわる過激な躾の逸話は実際に伝わっているもの。
慶喜は生まれてまもなく父の意向により江戸から水戸へと身を移され、質素な衣食と懲罰を伴う水戸流の厳しい躾のもとで育てられた。
ただし大人しく躾に従うばかりでもなかったようで、素読に励まなかった罰として灸を据えられ指が腫れ上がっても、「陰気な読書をさせられるくらいならこちらの方がいい」と平然としていたという。
なお読書嫌いは後に克服しており、『資治通鑑』や『孫子』などを愛読した。
また、今作の撤退台詞は慶喜が酒席で酔った際に政敵に対して言った「大愚物(だいぐぶつ)」という言葉が由来だと考えられる。
台詞
\ |
台詞 |
開幕 |
葵の紋よ……不甲斐なき私を笑うがいい |
計略 |
いま政権を一つに……朝廷にお返しする! |
└絆武将 |
私は最後の将軍となるか…… |
兵種アクション |
ゆけ! |
撤退 |
愚物め……! |
復活 |
時、来たり! |
伏兵 |
その刃を何処に向けるつもりだ? |
攻城 |
一つに至るまで、死ぬ気で戦うのだ |
落城 |
徳川幕府を蘇らせ、日ノ本を守るのは誰か? この慶喜である! |
贈り物① |
将軍になって失敗するくらいなら 最初から将軍になどなりたくなかったのだ。 |
贈り物② |
当然、豚肉を持ってきてくれたのであろうな! |
贈り物(お正月) |
将軍のまま、新たな年を迎えることができたな。 |
贈り物(バレンタインデー) |
これは、昭武が申していたチョコレートか!? 一度、食べてみたかったのだ! |
贈り物(ホワイトデー) |
よく来てくれた。今日は君のために フランス料理のフルコースを用意したぞ! |
贈り物(ハロウィン) |
斬新な祭りだな、カメラに撮っておこう、 さあ、こっちに来い、ポーズするんだ! |
友好度上昇 |
時、来たり! |
寵臣 |
時代の流れを止めることはできるだろうか…… |
└特殊 |
その刃を何処に向けるつもりだ? |
贈り物の特殊演出
①
対象武将:徳川家康 |
会話武将 |
台詞 |
碧047徳川慶喜 |
時代の流れを止めることができようか。 やはり将軍などなるべきでは…… |
徳川家康(※) |
すべては太平の世を築くために。 己の役割を全うせよ。 |
碧047徳川慶喜 |
今、確かに神君の声が聞こえた…… 己の役割を全うせよ、か。 |
碧047徳川慶喜 |
ならば葵の紋に誓おう。 将軍となり、太平の世を築くことを。 |
※立ち絵なし(Ver.2.1時点)
②
対象武将:碧079徳川家茂 |
会話武将 |
台詞 |
碧047徳川慶喜 |
時代の流れに抗う…… なんと過酷な運命を得たのか。 |
碧079徳川家茂 |
それが、将軍家の血を継いだ者の宿命。 徳川の誇りを胸に戦ってほしい。 |
碧047徳川慶喜 |
だから将軍などには…… いや、言っても詮無きことか。 |
碧047徳川慶喜 |
よかろう。神君・家康公の再来といわれる この才を、おおいに発揮してやろう。 |
情報提供・誤った点に気付いた等、何かありましたら気楽にコメントしてください。
最終更新:2024年07月24日 20:10