「恩赦だあ?」
分厚い石壁の牢獄に、アムンゼンの太い声が響いた。
反響で、牢内の冷たく湿った空気が微かに震える。
「どいう事だ?俺の懲役は、あと400年近く残っていたんじゃないのか、フォアマン?」
「正確には397年と215日だ、アムンゼン。昨日の晩に俺が帳簿に書き写した記憶だから、これは間違いない」
鉄格子の外側で、フォアマンと呼ばれた衛兵が、丸い顎をなでながら答えた。
あくびを噛み殺すような物言いは、勤勉と言う言葉からは程遠く、口調もどこか寝むた気だった。
「‘恩赦’は、今日一日。つまり‘聖アンティヌ祭’の間だけだ」
「ああ?なんだそりゃ?」
巨体を横たえていたベットからアムンゼンは思わず上半身を起した。
両腕を拘束する‘聖バロスの鎖’がジャラリと金属音を石壁に反響させる。
「‘恩赦’の間は、この聖都ロンバルディア中は、一般区であれば自由に行動できる。監視する人間もつかない。そして、日付が変わる前にこの場所に戻っていれば、さらに100日の減刑がされる」
「たった、100日かよ」
興味を失ったかのように、アムンゼンは再びベットに体を倒す。
「だったら、逃げたほうが利口だよな」
「そういう事は、思ったとしても口にするものではない。・・・それに逃亡は感心しない。と言うかお勧めしない。‘聖アンティヌ祭’では、ロンバルディアの外周城壁には、法王庁直属の‘聖冠騎士団’が直に警護に当たる。彼らの`鉄の網‘からは、抜け出す事は不可能だ」
子供に言い聞かせるかのようにゆっくりと説明するフォアマンに、アムンゼンはベットに巨体を横たえたまま答える。
「‘聖冠騎士団’ねえ。・・・‘アスガルド半島最強の聖騎士団’の実力を拝見するのも誉高いが、ようは見つからずに外にでればいい話だろう?」
「それは、もっとお勧めしない」
今まで、昼寝の続きを語るような口調で話していたフォアマンが急に顔をしかめた。
「なぜ?」
「逃亡者の捜査のため、近隣騎士団、衛兵から人員が借り出され特別追跡隊が結成される。こいつは、休暇返上の上、手当も安い。今月の‘追跡隊’担当は俺なんだ」
「・・・そいつは諦めよう。あんたに追われる労苦を考えたら、ここにいるほうが平穏を満喫できる」
「賢明だ。俺もお前さんを相手にするのは、二度と御免だからな」
鉄格子を挟んで、二人の間に共通した笑いが漏れた。
「折角の話だが遠慮するぜ。100日の減刑なら酒の一本でも差し入れてもらったほうが、神への感謝も増すってもんだ」
「そうは言うがな」
興味を無くしたように、鉄格子に背を向けて寝返りをうったアムンゼンにフォアマンはなおも呼びかける。
「次の‘聖務’もいつ来るか分らん。ただ外に出て戻ってくるだけで100日の減刑だ。そこで寝ているなら受けたほうがいい。・・・それに今日は‘聖アンティヌ’祭だ。昔から‘聖アンティヌ祭の夜には奇跡がおこる’と言われていてな。お前さんのような不信心者にもご利益があるかもしれないぞ」
「奇跡ねえ。」
口にしながらもフォアマン自身も信じていないのは、アムンゼンにも分った。
「‘聖アンティス祭’では、法王庁が‘聖遺物’を公開する。多くの人がこの聖都を訪れる。多くの出店もでる。一般区では、そう畏まった儀礼がある訳でもない。単純に‘祭り’を楽しんで来るのもいいだろう。・・・日常を味わって来い」
「生憎だが、フォアマン。俺は‘日常’なら間に合っている」
背を向けたままアムンゼンは答えた。
「この石壁と湿った空気、それに戦っている間だけが、この俺の‘日常’さ。・・・今までも、これからもな」
諦めの意は含まれていなかったかも知れないが、自嘲めいた言葉だ。
いつもよりも低い音域で発せられたアムンゼンの声は、石壁に染み入るように消えていった。
フォアマンは、もう一度顎をなでると静かに声を発した。
「・・・今回どうしてお前さんに恩赦の対象になったかを教えておく」
「・・・」
「それは、お前さんが、‘模範囚’として評価されたからだ。‘第六教区の混濁の魔獣討伐’以来、お前さんは変わった。自分では気付いていないかも知れないがな。先月の‘逆十字団襲撃’の際など、お前さんはこの聖都全体の安全を考慮して逆十字団死徒の迎撃に当たった。‘暴れる事が出来るなら飼犬も悪くは無い’と公言していたアムンゼンが、だ」
「・・・言いたい事は分るがそんなに絡むなよ、フォアマン。自分でもらしくないとは思うさ。ただ、アイツらと一緒にいると、どうもな」
「あの‘お嬢ちゃん’と‘未来の大物’と行動するようになってお前さんは変わってきている。本当に、お前さんの‘日常’は‘石壁と戦闘’だけか?」
フォアマンの言葉にアムンゼンは、もう一度起き上がる。
ただし、今度は上半身だけではなく、全身でだ。
「参ったよフォアマン。あんたが、俺にそんなにここにいて欲しくないなら仕方が無い、出て行ってやる。ただし、土産も土産話もきたいするんじゃねえぞ」
「分ればいい」
満足げに頷くと、フォアマンは鉄格子を開け、不満顔のアムンゼンを出迎える。
「コイツは外してくれないのかい?」
両腕を挙げ、両手首を拘束する枷とそれを繋ぐ鎖を見せた。
「‘聖バロスの鎖’は外せんな。‘拘束用アーティファクト’は異端審問官の許可が無ければ解除はできん。・・・むしろ付けていたほうが‘奇跡’がおこる可能性が上がるかもしれないぞ。‘聖バロス