承フェイズ①
「子供の頃は憧れだったんだよなぁ、‘天空の宝島’の冒険話は・・・」
強風の中、城壁の上に設置された大型投擲弓(バリスタ)の台座の下に設置されたレバーを下げる。
レバーと連動して、台座と一体化した油圧ジャッキが、動かすだけでも手動であれば十人は必要とされるバリスタに、仰角を加えていく。
最大傾斜角の八十度に達すると、バリスタに設置された成人男子に匹敵する長さの大矢は、黒光する鏃を天へと向ける。
さらに台座側面のハンドルを右回転。
城壁に設置された円状レールを台座を支える三脚の先端の車輪が回転し、ゆっくりと旋回。
こちらは全方位の旋回が可能だが、半回転したところでハンドルを固定。
天に向けられた鏃は、遥か上空に浮遊する『空中要塞』へと向けられた。
「こうして実物を見せられても、全く興奮しないのは残念だなぁ。・・・大人になんて、なるものじゃないな」
鉄道騎士ジェームスは、自嘲気味に呟いた。
篭城を続けていた辺境の砦を放棄し、『北の教会』に合流したのが2ヶ月前。
迎え入れたルナン・クライトスより鉄道騎士団が最初に要請されたのが、バリスタの改良だった。
鉄道騎士団は通常の騎士団としての戦力以外に、中規模の‘戦工房’に匹敵する技術力を有している。
油圧ジャッキも、輪胴レールも、蒸気車両整備技術の応用だ。
僅か2ヶ月で『北の教会』が所有している17機のバリスタのうち、10機に改良を施したのは、鉄道騎士団ゆえの技量と言ってよい。
ジェームスは作業班の中心となり、改良と技術指導を実施してきた。
しかし。
「せめて巻上機を二重構造にしたかったなぁ」
現在の単層式巻上機では、試射による有効滞空距離は70メトルー。
二重構造にすれば、倍の距離は出せただろう。
もっとも、『空中要塞』は更にその三倍の上空に浮いている。
さらに言えば、飛距離が十分だとしても、‘下から上’への攻撃では、『空中要塞』の基盤部である硬い岩盤へと突き刺さるだけだ。
覆し難い、圧倒的な地の利は、相手方に握られている。
バリスタ改良の第一目的は、空中要塞に対する威嚇、牽制。
最初から理解していた事だ。
「だけどなぁ・・・」
ジェームスの胸の内には悔いが残る。
有効か否かは別として、『現場で適用出来る技術があるにも関わらず間に合わなかった』、という‘技術屋’の意地が、疼いていた。
「おっ?」
鏃が睨む『空中要塞』から‘点’が落下した。
降下ではない。
落下だ。
数秒で‘点’は‘円’ほどの大きさに変わる。
スピードを制御する事のない完全な自由落下は、‘円’がさらに数秒に『北の教会』の真上に落下する事を意味していた。
「くっ、最初から!」
舌打ちしか、できない。
どんなに高性能な弓を持ってしても、自由落下する対象物を捕らえることなど不可能だ。
だが。
ビュッ!
ジェームスの背後で、バリスタの発射音が空気を裂く。
70メトルーの上空で、‘円’から‘人型’へ視認による形態を変化させた落下物を、バリスタから放たれた矢が射抜く。
「・・・機械仕掛けの弓も悪くはないが」
矢を放った長身痩躯の男、リーベンは上空を見上げたまま、ジェームスに語りかける。
「少々味気ない」
‘達人級’と称される中央山脈出身の狩人は、その優れた動体視力により、十機の台座に配置された射手の中で唯一人、命中させていた。
「はっ!」
ジェームスは肺に溜まった息を吐き出すようにして、笑う。
「次は‘味気ある’ように改良するか」
リーベンが放った矢に射抜かれた事により、落下ルートは僅かに変わった。
『北の教会』の場内から、場外へと。
だが、大勢に影響はない。
洗礼者、ガザルドは空中であざ笑う。
‘感染’の奇跡の前には、この程度の傷は、針でさされた程度にしか値しない。
続く