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小話「戦乙女」

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「谷の竜」

わたしは満身創痍であった。


<谷>の面々もまたそうであった。
そのほとんどが怪我と死と恐怖によってすでに身動きのできぬ状態であった。
それでも、わたしは動かねばならなかった。
なぜなら、わたしはこの谷唯一の<戦乙女>であった。

その務めは戦士たちを良き戦さへ導くこと、より具体的に言えば、陣頭にて自ら戦いながら彼らの士気を鼓舞することにある。
わたしたちにはそのためのさまざまな<呪>が込められており、それによってわたしたちの言葉や祈りはそれ自体が直接の影響力を有している。
わたしが動けるならば、まだ生きている者のうち何人かはこの鼓舞に応え、ふたたび剣をとってくれるにちがいない。
だがわたしの軽/重翼反射回路の負荷は許容値を超えており、背と肩をつなぐ藍地の透過装甲の外縁からは<漏魂>がはじまっていた。
もはや、飛翔はできない。
もしそうすれば、わたしは漏れた<魂のかけら>たちに身を侵され、あの男に剣を突き刺す前にこの身を<ムスッペルの業火>にささげることになるであろう。
この業火はわたしを焼くばかりでなく、その後数百年にわたって見えざる死熱としてその地にとどまるという。
とすれば、<谷>の残された民にいま以上の難が残ることになる。

<戦乙女>にとって屈辱の極みたる死に方だ。

それを知っているのかどうか、敵の男は、薄ら笑いをして立っていた。
その手には巨大な<神の槍>グングニルがあった。
全身を覆う赤い鎧には、以前ヨルツヘイムで見た事のある意匠が記されていた。
なぜ男がこの地を襲ったのか、それはわたしにはわからなかった。
ただぶらりとあらわれ、そして雑草を刈るように、無造作に<谷>の人々にその槍を振るったのだ。

「どんどん来い。そして死ね」
その顔、その声はまだ成人の儀も終わったかわからない子供であった。
年齢の別、性の別、職の別、言葉の別、武器の別、すべてこの男には関係がなかったようで、わたしが着いたときには、そのまわりにあらゆる死体が谷にころがっていた。
少しも止める者はなく(止めようとする前に殺されていたからだ)、夕刻の仕事終いの風景がそのまま死の舞台と変わっていた。
こんなことがあっていいはずがない。
戦をおこなう者には戦をおこなう者の舞台がある。
それ以外の者の舞台に断りもなく上がりこむことは、あらゆる戦士の恥だ。
その恥を、少なくともこの男は感じているようには見えなかった。
わたしたちの怒りがいかほどのものか、いまさら語る必要はないであろう。

わたしは諸雷神の加護を祈った。
<呪>はみごと届き、わたしとわたしの剣は雷の霊を得た。軽/重翼に彼らを乗せ、わたしは何者よりも迅くなった。
しかし敵を貫くには至らなかった。迎撃のグングニルがわたしの攻撃を跳ね返したのだった。
立ち上がり、振り返ると、振り払ったグングニルの衝撃波それ自体で多くの戦士が倒されていた。

「お前たちではない」
グングニルの戦士は言った。
「俺は、お前たちの最後に来る者に用がある」

言葉の意味はわからなかったが、男が己の武器をわたしたちに振るうことについてなんの感情も抱いていないことはわかった。
「なんだと」
わたしが発したのは問いとしての言葉ではなかった。
ただ怒りとしてのそれだった。
「言ったとおりだ、戦乙女。だからお前すらも、死ぬために俺の前にいる」

それから数撃、わたしたちは攻撃を試みた。
その数撃で、いったいどれほどの猛者たちが無為に倒れていっただろう?
そしてこのざまだ。
要をなさぬ翼たちはいまや背の重荷でしかなく、霊の宿らぬ剣はただの棒であり、届く相手のない我が<呪>は虚ろに漂う言葉の抜け殻となっていた。
それもまた屈辱。
そうだ、わたしはむしろこの屈辱に耐えかねる!

──業火。

それもよかろう。
もはやこの<谷>は終わる、この傍若無人な侵入者によって。
ならばいっそ、この無礼とその報いを末代まで知らしめることがわたしの戦士としての仕事ではないか?
「そうだ、それこそだ」
震えずにはいられない舌が、それでもそう言った。
「それこそわたしがここに──<谷>にいる存在意義ではないか」
「<呪>がついに壊れたか、戦乙女」
男が言った。
「いや」
わたしは笑顔であった。
「むしろよく巡っているぞ、わたしの<呪>は」
翼を開いた。
展開するとその幅は身の丈の3倍にもなる。

「・・・ヴァルキュリアのリフェラ、その最後の<呪>だ」

敵に名乗ったのではない。
わたしは、自ら業火をまとう者として、神々に名乗ったのだ。

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