■シーン1:‘聖アンティヌ祭’から一夜明けた聖ベネディクト治療院
・オルティア、個室のベットで眼を覚ます。
胸の傷には、丁寧に巻かれた真新しい包帯。
昨日、アズールの簡易‘異端審問’終了後、姉の元に向かう途中で倒れる(→誰かが連れてきた)
・いろいろと悩むオルティア
こんな感じ
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オルティアは、毛布を頭からかぶると、その中で膝を抱えて丸くなる。
傷の痛みはほとんどないし、十分な睡眠をとったため、眠くも遠かった。
むしろ、起きてやることはたくさんあった。
まず、現状を確認しなければならない。
ここで治療を受け、寝かされている経緯を確認したい
昨日の昼から何も食べていないので、空腹を癒す食事を探したい。
地下水路の水門に残りオルティア達が移動する経路の水量調整を行ったキルシェは、衛兵隊が来る前に水門を閉め、逃げられただろうか?
地下水路‘で白杖’を託したアムンゼンの安否も少しは気になる。
そして何より、姉の身に‘白杖’の癒しの力は使われたのだろうか?
今すぐ扉を開けて、セフィリアの姿を確認しにいきたかった。
オルティアの胸中に、様々な思いが交差する。
だが、体の問題はないはずなのに、起き上がることが出来なかった。
理由は分かっている。
怖いのだ。
姉の姿をみるのが、怖いのだ。
姉の浮かべる優しい笑みは、今でもよく覚えている。
‘姉の笑顔を取り戻す’というゴールに向かって、オルティアは長い道のりを走っていた。
小さい頃から、自分が正しいと思ったことには、常に全力で向かっていった。
悩みはするが、解決は動くことでしか得られない、と思ってきた。
それは、‘混濁の魔獣’の力を得たときも同様だ。
‘混濁の魔獣’の力を限定的にしか、発動的ないオルティアに対し、より‘完成体’に近かったセフィリアを救うため、全力で動いた。
自分たち姉妹に異形の力を与えた錬金術師も探した。
姉の治療を条件に、法王庁の‘猟犬’となり、いくつもの任務についた。
‘聖地ダンザス’まで、聖人の探索に行ったこともある。
動いているときには気付かないが、立ち止まると不安も大きくなる。
もし、姉が人間にもどれたら、姉にとって自分は、化け物とならないのか?
‘魔獣’の力を残した自分は、姉と日常生活を送れるのか。
そして、姉は元の姿にもどれるのか?
セフィ姉さんは、多くの人を幸せにできる人だ。
そしてセフィ自身の人生も、誰よりも充実したすばらしいものびなるだろう。
だが、既に失望を大きな失望を何度も味わい、オルティアの 心には、無数の罅が入っている。
オルティアが一人だったら、とっくに砕けていたほどの罅だ。
‘白杖’の力をもってしても、魔獣の姿のままの姉の姿を見たら、どんな失望が襲ってくるのか?
罅は亀裂となり、自分の心が砕ける音を聞くのだろう。
その音を聞くのが、堪らなく怖かった。
「あら、まだ寝ているの、オルティア?」
不意に扉が開き、明るい日の光と同時に、忘れるはずのない、懐かしい声が毛布の上から掛けられた。
「外はいいお天気よ。こんな日に寝ているのは勿体無いわ」
オルティアは、思い出す。
普段は、自分よりも朝寝坊の姉が、快晴の日だけはなぜか誰よりも早く起きていた。
「お台所を借りて、スープを作ったの。久しぶりだったけど、おいしく出来たわよ」
枕元にトレーが置かれ、スープから立ち上る新鮮な香りが毛布の内側まで届いた。
料理が得意だった姉が作る中でも、特に絶品の春野菜と羊肉のスープの香りだ。
「・・・姉さん?」
「ええ、そうよ」
毛布をかぶったままオルティアが発した震える声に、優しい声が応える。
「・・・本当にセフィ姉さん?」
「本当に、セフィ姉さんよ」
「・・・ここから出た途端に消えたりしない?」
「しないわよ」
「・・・いつも、夢の中で姉さんが出てきたの。優しい声を掛けてくれたけど、私が触ろうとすると、いつも消えちゃうの。だから、本当に・・・」
オルティアが最後まで語るより前に、毛布が折りたたまれた。
そしてオルティアの顔を、優しい笑みが覗きこむ。
次の瞬間、オルティアの体は、温かい両腕に包まれた
「ほら、消えたりしないでしょう、オルティア」
セフィリアの声がオルティアの耳に届くと、両目から涙が溢れ出す。
「・・・姉さん。・・・姉さん。姉さん!」
喉から掠れた声が漏れ、セフィリアの胸に顔をうずめると、オルティアは子供のように声を上げて泣いた。
話そうと思っていた事はたくさんある。
聞いてほしいこともたくさるある。
ただ全ては言葉にならず、嗚咽ばかりが漏れた。
「ありがとう、オルティア。あなたのおかげで、私はもう一度、世界で一番の妹を、こうして抱きしめることができたわ」
オルティアの背中をさすりながら、セフィリアは優しく微笑んだ。
「姉さん!姉さん!姉さん!!」
三年間、流れる事のなかった涙が、オルティアの頬を濡らし続けた。