◇魔女
1.概略
魔女は、半島各地に集落を作り、雨乞いや癒しなどを行って、周囲の村と共生していた人々である。
森羅万象には、それを司る「精霊」が存在するとし、その力を借りて様々な術を行使した。
彼らの集落は、力の強い精霊(大精霊、精霊王、大霊、祖霊、太祖など、土地により様々に呼ばれる)が宿る場所であり、彼らは大精霊と契約し、その依り代を守り、魔女でない人々と大精霊との架け橋として生きていた。
しかし、思想的に法王庁と相容れず、しかも、アーティファクトと見なされる祭器を祀っていることが多いことから、新聖歴以降、魔女は異端として狩られる存在となり、多くの集落が失われた。
“黄昏の時代”より、軍隊に徴発されて働く魔女もおり、その関係で聖騎士団と敵対する魔女もいたことが、それに拍車を掛けた。
一方で、彼らの持つ魔女術(特に「旅術」。後述)を、学問として体系化しようという取り組みは、錬金術として結実し、多くの魔女が「錬金術師」として、錬金術協会にかくまわれることとなった。
とはいえ、大精霊の住む故郷を捨てることは、魔女たちにとって大きな苦痛であり、錬金術協会の誘いを断り、古い生き方を守ろうとする人々もまた存在した。
2.大精霊
大精霊の依り代は、奇妙な岩や険しい山、泉といった自然の地形や、森の中の広場など、特定の土地、あるいは、いつ作られたとも知れない遺跡や奇怪な石像、古い巨木など、様々である。
その名や、大精霊が魔女と共生するにあたって結ぶ契約の内容などは様々である。
例:龍骨連峰のふもとに住む魔女達には、家畜を飼うことの禁止や、連峰の最高峰、白龍峰が見えないところに行ってはならない、というしきたりがあった。一方で、銀尾森の魔女達は、皆が、「兄弟」である猫を飼い、十三歳になると世界を見る旅に出る風習があった。
3.契約紋
魔女の血筋の者が成年に達し、精霊と契約を結ぶと、体のどこかに紋様が浮き上がる。
魔女は、この紋様「契約紋」に触れることで、大精霊と語る力を得るのである。
契約紋の形は、おおむね、いわゆる魔法陣に似た、黒い文字のような図形が同心円状に並んだものである。
それが浮き出る場所は、胸や額、頬など、すぐに触れられるところが多い。
だが、これも魔女の里によって例外も多く、全身に幾何学紋様が浮き出ることもあれば、背中や手のひらに小さな図案が表れることもある。
後の魔女狩りの中では、これは「悪魔の印」と呼ばれ、魔女の疑いを掛けられた一般人が、小さなあざやほくろを「悪魔の印」であるとされ、処刑されることにもつながった。
4.旅術と請願印
魔女達は、その性質から、大精霊の住み処から離れることは好まず、離れれば力を失うが、時にはやむを得ず故郷を離れて旅をすることもある。
この時に使われるのが、「旅術」である。
これは、土地に固有の大精霊ではなく、どこにでも偏在する精霊(風の精霊や土の精霊、鉄の精霊、など)と交信し、その力を借りるものである。
ただ、どこにでもいるだけに力が弱く、力を借りるためにはそれぞれ固有の紋様を刻んだ護符(祈願印)を持っていなければならないなど、制約も大きいことから、魔女達はこれをあまり重視していなかった。
これとは別に、離れた地でも大精霊とのつながりを維持する方策を工夫する魔女達もいた。
例:大精霊が宿る巨木の枝から杖を作る、その土地の土を袋に入れて持ち歩く、など。前述の銀尾森では、猫が大精霊とのつながりを維持する働きを持っていた。
5.はぐれ/根無し
何らかの理由で里を追われた者は「はぐれ」、大精霊の依り代そのものが失われた魔女は、「根無し」などと呼ばれ、他の魔女からは忌み嫌われた。
依り代が失われた場合には魔女はその力を失うが、里から追放される場合も、契約紋を消されるのが普通だった。
だが、こういった「はぐれ」「根無し」の中に、旅術を用いて傭兵として働く者もおり、軍からは重宝される一方、一般人や他の魔女からはますます忌避された。
新聖歴の初期には、法王庁と旧王国の戦争や魔女狩りによって、「根無し」が数多く生まれた。
6.錬金術への移行
“黄昏の時代”を通じて、魔女術を用いることができるのはその血筋を引いている物に限られるとされていた。
しかし、新聖歴に入って、“時越えの”アニエスらによって、魔女の血筋にない者は、大精霊と契約することこそ難しいものの、旅術で用いられる「請願印」については、正しい方法を学べば力を得られることが明らかにされた。
アニエスらは、驚異的なフィールドワークの積み重ねによって、各地の魔女術についての膨大な資料を収集し、魔女たちが「旅術」と呼んで軽視していた、一般的な物質の力を引き出す術と、それに必要な紋様の作成法を体系化する。
この研究が進むことで、地水火風のみならず、魔女達がほとんど行わなかった、貴金属などの稀少元素を用いた特殊な術の研究も進み、求める効果を得るために、どのような元素を触媒として用意し、どのように印を刻むかを理論化した「錬金術」へと発展してゆく。
この過程で、精霊との交信、請願、といった意味合いは失われ、「請願印」は「錬成印」と称されるようになった。
「旅術」は事前の準備や修練が不可欠で、不便であったが、「錬金術」は(稀少な触媒を必要とすることもあるとはいえ)知識を元にその場で印を組み上げ、多様な効果を発揮できることから、軍事を始め様々な局面でその有効性を証明した。
これらのアニエスの働きにより、錬金術は法王庁から公認された。
そして、迫害を受けていた魔女達の多くが、設立された錬金術協会に講師として身を寄せることになった。
しかしながら、精霊を「元素」として扱い、大精霊の住み処から離れて暮らすならば、かつての魔女達の生活の中心であった「精霊と語る」という考え方は全く失われてしまう。
これを良しとしない魔女達の中には、あえて古いしきたりを守って生き続けようと決意した者も少なくなかった。