‘パナケアの矢’ ―現在の体制を全面的に否定し、「黄昏の時代」のニ王国の復活と統一を主張する反体制派― による教会の襲撃は、第七教区で一ヶ月の間に十一件発生し、犠牲者数は119名(うち聖職者数37名)に及んでいる。
襲撃の実行犯は、‘刃’と呼ばれる‘パナケアの矢’の下部構成員である。
‘刃’は死を恐れず、己の肉体の破損を無視して戦闘を行い、捕縛の直前あるいは己の死の直前に、自爆を行う。
このためこれまで発生した11件の事件では、犠牲者が増える反面、襲撃者の手がかりは皆無であった。
ジャンルイジ審問官に同行した私が、第七教区メセタの街に到着した初日に、我々は七名の‘刃’の襲撃を受けた。
防御を考慮せず、死を恐れない‘刃’達の変則的な攻撃に不意を討たれたが、ジャンルイジ審問官、ベルティ審問官両名の適切な行動により6名の‘刃’を討伐し、1名の‘刃’を捕縛する事に成功した。
以下、私がジャンルイジ審問官により審問主権を与えられた範囲で判明された内容を記す。
審問対象:四十代男性。中肉中背。
1.‘刃’は、薬物による洗脳が施されている。
審問対象の瞳孔の拡散並びに質問に対する定型の回答は、複数の幻覚・精神高揚系薬物の投与結果であると判断が妥当。
投与後の‘刃’は自己の欲求を持たず、‘刷り込まれた目的’をあらゆる手段を用いて優先する思考パターンが形成されている。
2.‘刃’の身元は平市民が含まれる。
審問対象の‘刃’の両腕には、竈を扱う職人の特徴である‘焼け跡’が見られた。
このことから審問対象は、長年に渡りパン職人等の業務に従事していたと見られる。
よって‘パナケアの矢’は、無作為に拉致した平市民に、独自の洗脳薬物を投与し、‘刃’を作成していると思われる。
3.‘刃’の肉体には、‘火結晶’が埋め込まれている。
当初、‘刃’の自爆は火薬を用いていると推測されていたが、審問対象の左胸には‘火結晶’が埋め込まれていた。
聖榴弾等の原料に使用される爆発性鉱物は、対象の左胸に露出する形で埋め込まれた後、収連系錬金術で心臓と同調することで安定するように設定されている。
これにより、対象が死亡した際に、自動的に爆発する‘時限爆弾’が完成する。
以上が、私の審問主導期間で判明した事項である。
今後は、‘火晶石’の流出経路並びに、行方不明者の足取りを追跡する事が‘パナケアの矢’へとたどり着く手段であると思われる。
なお、以下は私見だが、‘刃’の作成という恥じるべき行為に、錬金術師が関っていた事に、激しい怒りを覚える。
同時に、国家錬金術師としての私の知識と誇りを信用し、この期間を与えてくれたジャンルイジ審問官と、‘刃’襲撃時に私を庇いこの機会を持つことに努力してくれたベルティ審問官に感謝したい。
国家錬金術師フォーエイン・サンドの報告書を読み終わると、執務机からジャンルイジは静かに立ち上がった。
メセタの街市庁舎の貴賓室。
落ち着いた調度品と十分な広さを持つこの部屋を、ジャンルイジは到着初日に異端審問官の権限で差し押さえ、臨時の執務室とした。
窓枠の外では、異端審問局紋章である‘神の錠前’が描かれた大旗が風に揺れている。
‘異端’捜査の為に訪れた地で、目立つ場所を拠点とし、その場にこの大旗を掲げ、‘異端’に対する宣戦布告を行う。
それが‘法王庁異端審問局第八課’の伝統だった。
「良くまとまった報告書ですね。何点か確認したいことがありますので、フォーエインさんを呼んで下さい」
ジャンルイジは報告書を閉じると、メセタ市庁舎の記録庫から持ち出した資料が高く積まれている机に置いた。
十代後半だが、顔立ちには少年の面影を残している。
異端審問官制服をきっちりと着こなした佇まいは、優等生的な雰囲気があった。
「昨夜、殺害されました」
執務机の前で姿勢を正していたもう一人の異端審問官ルシアーノ・ベルティが即答した。
右腕に手甲型アーティファクト‘フェンリルの氷爪’を装備した屈強な体の背筋を伸ばし、意思の強さを感じさせる太い眉と目鼻立ちをした二十代半ばの若者だが、第八課の‘先輩’である年下のジャンルイジには、常に敬意を払っている。
「詳細は?」
ジャンルイジは、眉一つ動かす事なく更なる報告を促した。
「昨夜、ベレテガ修道院で‘刃’の尋問中に、何者かの襲撃に遭いました。護衛に付いていた駐在騎士5名と供に、鋭利な刃物により致命傷を負わされています」
屈強・頑健さを具現化したようなルシアーノが、爆発神前の感情を噛み殺すように報告する。
「市内に待機している駐在騎士団、並びに衛兵隊各班に緊急待機をさせています。ジャンルイジ審問官の命令があれば、5分以内に出動出来ます。・・・ご命令を!」
「解散させて下さい」
「はっ?」
あまりに平然としたジャンルイジの返答に、ルシアーノは物抜けた声を上げた。
「騎士団並びに衛兵隊は出動の必要もありません。・・・それとルシアーノさんは、僕が要請するまで‘後方待機’でお願いします」
「待機・・・ですか?」
繰り返し呟くことで、ルシアーノの押さえつけていた感情が爆発した。
「何故です!フォーエイン女史の仇討ちだと言うのに!理由を聞かせてください!」
市庁舎を揺るがすほどの声でルシアーノが怒鳴るのと同時に、ジャンルイジが軽く右腕を振るう。
右腕の先端は机の上に置かれたインク瓶を、ルシアーノの額へと弾いた。
鈍い衝撃音と供に瓶が弾け、飛び散ったインクがルシアーノの両目を塞いだ。
「うっ!」
瞬時に背後に回りこんだジャンルイジが、ルシアーノの右腕を掴むと、足払いをかけ、上体を床へと叩き付けた。
こぼれたインクが、白い絨毯を染めていく。
「これが理由ですよ、ルシアーノさん」
背中に回した右腕を捻り上げながら、ジャンルイジは‘指導’する。
「普段のルシアーノさんなら、この程度の不意打ちに後手は踏みません。‘聖務に私情を挟むのは自由だが、理性は決して失うな’。・・・ライナス・バルグ課長の言葉をあなたはまだ実践出来ていない」
右腕の腱が限界まで伸び、間接が逆方向に曲げられる。
激痛を噛み殺しながらも、ルシアーノは叫んだ。
「‘異端’相手には不覚は取りません!」
「‘異端’がフォーエインさんの死を貶めても、理性を保っていられますか?」
「・・・っ!!」
ルシアーノは、口を結び押し黙る。
「‘理由’については、納得頂けたようですね」
ジャンルイジは捻り上げていたルシアーノの右腕を解放すると、机上から花瓶を取り、中の水でインクに塗れたルシアーノの顔を洗い流した。
「・・・ジャンルイジ審問官は、どうするつもりですか?」
痺れの残る右腕を前後に回しながら、立ち上がったルシアーノの質問に、ジャンルイジは質問で返した。
「現在このメセタに異端に対抗する存在は、僕とルシアーノさん、加えて駐在騎士団と衛兵隊の皆さんがいます。この中で一番‘殲滅戦’が得意なのは誰だか分かりますか?」
左腕に接近戦用AF‘シャランサの左手’-二束の拘束具がついた黒皮の手袋- を被せながらのジャンルイジの問いは、ルシアーノに一つの理解に辿り着かせた。
第八課所属の異端審問官の中でも、ジャンルイジは特にライナス・バルグの信頼が厚い。
少年の面影を残す顔立ちと穏やかな物腰とは対照的に、ジャンルイジは極めて好戦的な正確である。
高い個人戦闘能力を準拠とした白兵戦を好み、‘異端’とは、如何なる取引も妥協も許さず、担当した‘聖務’の殆どが‘異端’の殲滅で終わる。
ルシアーノはフォーエインの死をきっかけに異端の殲滅を決意したが、ジャンルイジに取っては、異端の殲滅は当初目標だ。
同行した錬金術師が死亡したとしても、当初目的に何の変更もない。
‘シャランサの左腕’の装着を終えると、ジャンルイジは壁にかけていた外套を羽織った。
極細の甲銀が織り込まれた特注の外套が、涼やかな音を立てる。
「それでは、出かけてきます。・・・僕は今夜戻りませんが、何かあったら待機中のルシアーノさんの判断で動いて下さい」
振り向いたジャンルイジの顔には、年相応の笑みが浮かんでいた。
戦闘が間近に迫ると、ジャンルイジが浮かべる本能の笑みだ。
普段の温厚な物腰の裏に押さえ込んでいるジャンルイジの闘争本能が異常な高まりを見せ、ルシアーノの背筋を逆撫でる。
「拝命致します。・・・御武運を」
「ありがとうございます。・・・では、行ってきます」
満面の笑みを残し、ジャンルイジは静かに扉を閉めた。
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ちょっと解説
イルドルフの第七課 ⇔ ライナスの第八課
ニュートラル ⇔ カオス
という事で、具体例を出してみたくて構成していました。
‘パナケアの矢’は、僕の中では非常に使いやすい敵集団。
今回はテロリスト色を強くしてみました(自爆テロ)
次回はバトりまくる予定です。