【再掲:小話「双面の悪魔」
澄んだ鋼の音が一つ。
折れた剣がくるくると円を描きながら、地に突き刺さる。
遅れて地を滑る音が響き渡った。
「………く」
男は口元にわずかに垂れた血を拭う。
「ひははははは! なんだよ、なんだよ?
ほうおーちょうの課長さんでこの程度かよぉ!?」
男を吹き飛ばした影が、けらけらと嗤う。
影は異形である。
基本的には人間と同じような姿形をしているものの、それは人間とは言い難い。
体中を剛毛が包み込み、その両手は直立したままで地に手が着くほどに長い。
その顔は動物で言えば猿に近い。
ここまでであれば、まだ嫌悪感は少なかったかもしれない。
だが、それの一番の特徴は……
「そんな事言っちゃ可哀想だよ。
部下を何人も失って、課長さんは失意のどん底なんだから」
もう一つの顔も、楽しそうに嗤う。
それは腹の部分で嘲るような笑い声をあげる。
「……………」
男、法王庁異端審問官、第六課課長 ルナン・クライトスはゆっくりと立ち上がる。
その顔には特に表情らしい表情は無い。
だが注意深く見れば、彼が手に持つ折られたAF(アーティファクト)が強く握られているのが分かるだろう。
「ひはっ! そぉりゃあ、可哀想だ! ちょっと前までは半島最強、とか呼ばれていた異端審問官様がこぉんなに死んじまったんだからなぁ!」
「しかも、嫌悪する『異端』に惨たらしく殺されてね」
「……………」
再掲:小話「双面の悪魔」中編
ルナンの31歳という年齢は、課長としてはまだ若い。
それは最近の頻発する凶悪な『異端』絡みの事件が増えた事もそうだし、法王庁の優秀な人材が減っている事も理由であろう。
(アイシャ、カンツェル、ガイラル兄弟………)
ルナンは自分よりも年少の審問官たちを想う。
彼らは自分などよりも、よほど優秀な才能を持っていた。
だが、それらが開花する事は無い。
その機会は失われてしまったのだから。
脳裏には彼らの後を追う、という選択肢も存在している。
だが、安易な死は逃げでしかない、という先代課長の言葉を思い返す。
「やっぱり女の肉が最高よ。まぁ、これは鍛え過ぎて固くて不味いでしょうけど」
「この前のジジイなんかは、最悪だったな。聖職者はまずくて喰えたもんじゃねえ」
「ひはははは、それじゃあ街に行きましょうよ! 全部片づけちゃってよぉ!」
猫が獲物をそうするように、残骸となった尼僧の体を執拗に踏み、蹴り、転がす。
それがスイッチだった。
ルナンは低く呻くように呟く。
「生け捕りが最優先事項だが、そんなものは関係ない………お前の生存など認めない」
「いやぁん、こわぁい」
「ひはははは! 折れた武器握って、ナニ粋がってんだよぉ! 年食っただけで課長になった屑が!!」
ルナンがぎりぎりと自らの剣を握り潰す。
潰されたAFは、瞬時に灰と化した。
「年食っただけで課長……か。なるほど、そうかもしれんな」
「認めたら、さっさと部下のとこに逝っちまいなぁ!」
異形はその巨体からは想像出来ないような速度で間合いを詰める。
同時に固い拳が、叩き降ろされる。
再掲:小話「双面の悪魔」後編
「ん………………がっ! いでえ!!」
男は微動だにしていない。
異形が苦痛の声を上げ、退く。
振り下ろした手には、突き刺したような跡が残っている。
「まだ武器を持ってたっての?」
腹の顔の声に、ルナンは静かに呟く。
「一応、俺も課長でな。年功序列で昇進できるほど、異端審問局は甘くはない」
男の手には、燦然と輝く剣が握られている。
「なぜ俺がBクラスのAFを使ってるのか、教えてやろう。
AFのクラスが上がるほどに、再組成するのに必要な力もまた上がるからだ」
「再組成だとぉ!? そんな事が……」
ルナンの剣が形を変える。
灰となったAFが輝き、そのシルエットを変えていく。
「七課課長イルドルフ殿の『マトレイヤの紋章』は、使用するAFのクラスを上げる。
また、先代アウグス異端審議長は、一度に複数のAFを使用する事が可能だった」
輝くAFは剣から、大型の銃へと姿を変えている。
「俺の能力は、灰となったAFを再組成する能力。
さぁ、欠片も残さないほどに潰してやる」
復讐の神父は、射撃を開始した