「……悪いけど、そこ退いてくれないかな、このクソ眼鏡」
「ふふふ、相変わらずですね。貴女も、私も……」
奇しくもあの日と同じ土砂降りの中で、望まぬ場所、時を持って再開したのは、白と黒。
白金を思わせる三つ編みの金髪、純白の重鎧、そして身の丈をこえる円錐状の騎乗槍。
エリス・ドゥーラ・カラダボルクの通り名は、『白金の暴風』『歩みし戦車』と様々だが、彼女の代名詞とも言える大槍を以てして最も有名であるのは、
『捩れた棘』
カラダボルクの家紋そのものであろう。
「何でアンタが……なんてのは、愚問かねぇ、クソ眼鏡」
黒いお天気坊主のような外套の隙間から、肘まで覆うガントレットの左手が出でて、首後ろに納刀しているショートソードを引き抜く。
「祝福武器は、使用しないんですか?」
「警戒してるのさ。それに……」
「それに?」
微笑のまま小首を傾げるエリスに、黒い鴉のような審問官ミサエラは獰猛に犬歯を見せて笑う。
「抜く必要が無い」
「っ!?」
言い終わるかどうかのうちに、鴉の翼のような外套が揺れた。
咄嗟に、槍を構えたのが幸いしたのだろう。不意打ち気味に放たれたミサエラの投擲は、エリスの槍に阻まれた。
だが、それこそがミサエラの狙い。エリスの挙動を一つ生み出すことに成功したミサエラは、労せずに先手を取る。
いつの間にか眼前に迫ったショートソードが、ミサエラの手を離れ投擲されたものと気付き、それを槍で振り払ったまではよかった。
しかし、直後にやってきたのは、初撃を圧倒的数量で凌駕する投擲の数。
二十を超える楔状の刃物は、全てミサエラの外套の内側に内蔵されていたものだ。それを一息に放出する手並みは、脅威としか言いようが無い。
「やはり、貴女は、そうなのですね」
しかしエリスは、その暴風のような投擲の到来にも動じず、全てを甘んじて受ける姿勢で槍を構える。
と、その槍が唐突に雷光を放ったかのように輝き、迫り来る楔を全て中空で叩き落した。それは目に見えぬ衝撃波だった。
大気を振動させるそれは、エリスを守るように展開し、足元の石畳をも砕いていた。
「長き腕“ルーグ”この槍がある限り、貴女の投擲は届きませんよ」
「なるほどね……そりゃ、困った」
勝ち誇ったように、立ち上る土煙を振り払うも、その返答はしかしエリスの背後から聞こえた。
「なっ!? どう、して……?」
「昔と違うのは、アンタだけじゃない。そういうことさ」
いつのまにか、エリスの背後に回っていたミサエラが、いつの間にか手に戻したショートソードの切っ先を少し離れた場所から向けていた。
突きつけられたわけではないが、彼女の投擲の精妙さがあれば、土煙が上がっている最中でも命中させる事ができていたろう。
「……私を、侮辱するおつもりですか……!?」
「違う。アンタの相手をしてる場合じゃないんでね」
静かに眼鏡の奥に怒りを溜めるエリスに対し、ミサエラはあくまでも軽薄に鼻を鳴らすと、ショートソードをしまい、景色に解けるように消えた。
それはミサエラのアーティファクトの力なのだろうか……
残されたエリスは、奥歯をかみ締めるだけでは押さえられず、当り散らすように槍を地面に突き立てた。
「許しませんよ……ミサエラ・シュトラール」
― ◇ ― ◇ ― ◇ ―
目的地に到達すると、ミサエラは躊躇せずに左腰の得物を引き抜いた。
護拳付きの細剣・教会の印さえなければ、とくに変わったところも無い、片刃のレイピアだが、頑丈さも切れ味も一級品である。
そして何より、彼女の信頼する能力を秘めている。
「ほほう、いつぞやの──ミサの子か」
鞘走りに答えたのは、少女の声。まだあどけない甘ったるくすらある、しかし深海を思わせる空寒さを覚える声だった。
そしてその姿は、人でありながら、人の気配を放棄していた。
十歳前後の少女が、黒いドレスを着ていた。ミサエラはそれに刃を向けている。
「紅卿、ルベウス・アルマンド……お前を滅ぼすために、割と苦労してきたよ。そのために必要な力も手に入れてきた」
「ふふん、それがそのアーティファクトか。つくづく、楽しませてくれる」
子供にあるまじき、暗い笑み。幼い面影ながら百年を生き、女性ながら卿の字を持つ、特異なる異端。それがルベウスというものだった。
そしてそれは、ミサエラにとって、
「約束は約束、歪(まが)りなりにも、あたしの生きる意味だったんでね。コイツばかりは、果たさなきゃいけないんだよ」
細剣エタンダールを強く握り締める。そこにこみ上げる感情は何だろうか。
審問官としての使命感? ただの約定? 否、
「その両眼を貰った恩からか? 恨みか?」
「語るな、バケモノ」
「ククッ、孤児(みなしご)が、土塊(つちくれ)の子か、ははははっ!」
「黙れっ!!」
黒い鴉が銀翼を掲げて加速した。
ただ、怒りのままに
■ネタバレ
・ミサエラ:
何者かに滅ぼされた集落の中、実母の亡骸にくるまれるよう、血の海でもがいていたところをミサという人形に拾われる。
既に視力を失っていたミサエラは、ミサを実の母と信じて疑わなかったが、ミサの身体が日に日に崩れていく事を知る。
そして作り主であるルベウスが、戯れに彼女たちを作り出した事を知り、その討伐を決意。
ミサに戦い方、生き方の手ほどきを受けて、死にそうになりながらもめきめきと成長していく。
やがてミサの命が終わる頃、その宝石で出来た瞳を譲り受ける。初めて見た母の亡骸に、無念を晴らすことを近い、ミサエラは旅立つ。
その後、殺し屋として世を騒がせるミサエラは、実践の中で更に研鑽を積む。その過程が彼女にとって数少ない充実であり、やがて楽しみとなる。
それが彼女の歪んだ人間性に繋がるのだが、メルカトゥラでエリスと何度か戦う内、人との殺し合いに限界を感じる。
ちょうどそのタイミングで、紅卿に遭遇して、勝負を挑むも、あっさり敗北。人間相手では限界があると思い至り、新たな力と対戦相手を求めて異端審問官になることを決める。
審問官となった後は、新たに物事のあらゆる事象を歪めるちょっぴりズルい祝福武器を手に入れ、怪物相手に日夜楽しい喧嘩三昧。
ほぼ同時期に審問官となった(当人は不感知)エリスの意図により、クェイルと何度か仕事をする。それにより、なんとなく仲良くなっていく。
その後、紆余曲折あって、なにやら教会の敵勢力が騒がしくなってきたため、危ない釘は今のうちに抜いておこうというお触れの一つに、紅卿討伐の指令が下る。
同時期に追っていたエリスと、任務そっちのけで一戦交えるも、紅卿優先でさっさと逃げるミサエラは、ようやく紅卿と対決。
苦戦の末に、エリスの横槍も手伝って、なんとか勝利。
目的を失ったミサエラは、その場でエリスに勝負を挑まれるも、大人しく倒されてやろうと武器を捨てる。
・エリス:
ルベウスを倒した時点で、既に片目を失い、鎧も半壊状態の満身創痍。喧嘩どころじゃない身体で、殺し合いを申し込んだら、何やらミサエラのほうにやる気が無いので、
勝負はお流れと言う形で、怪我人二人がぼんやりと語らう。
ミサエラの出生の秘密を聞いたエリスは、己の正義を見失う。確かに人死にはたくさん出たけど、たった一人の人形のために殉ずる覚悟のミサエラにちょっと憧れてしまった。
初めて語らったところで、長年の遺恨は何処へやら、急に説教臭くなり、生きることすらどうでもよくなっていたミサエラを諭す。
ミサエラのような境遇を憂うなら、偉くなって根源をたつべきである。自分は怪我でそれどころじゃないから、ひとまず考える事をいいつけて、エリスはそこで消える。
その後、エリスは教会から姿を消す。療養のために休業しているのか、はたまたライバルに再戦を挑むために自身を鍛えなおしているのか、それとも槍を置いて一人の女性としてひっそりと引退してしまったのか。
ウワサでは、ミサエラが志を立てた際に力になるよう、クェイルに申し付けておいたとかいないとか。
現在の彼女の行方は、知られていない。