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絶望と救い、そして憎悪 (前編)

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絶望と救い、そして憎悪 (前編) ◆S71MbhUMlM



時計の針は、進む。
望む、望まないに関わらず進み続ける。
人類が、…いや世界そのものが存在している限り揺るぐことの無い事実。
故に、『その』時は必ず訪れる事となる。
望む、望まないに関わらず、だ。
ただ、強いて言うなら、『その』時を望んでいる人間など、恐らく一人も居ないという事だろう。

…彼には、覚悟があった。
強さがあった。
知性が、理性があった。
だが、彼には足りていない物があった。
それは、何であろう?
言葉にすると、やはり、覚悟ということになるのだろうか…?

最も、彼だけを責める事は出来ない。
少なくとも、数時間前の彼ならば、恐らくは異なった筈だ。
同じ様に打ちひしがれ、叩きのめされて、消沈したとしても、己を律する事は出来ていた…筈だ。

だが、今の彼は、
ひと時とは言え安らぎと安堵を得てしまった彼には、同じように己を律する事は出来なかった。

棗、鈴


文字に記せばたったの二文字。
言の葉に乗せればたった五句の短い単語。
されどこの時において、語句の長さなどは意味を持たない。
重要なのは、その言葉の持つ『意味』であろうか。

その単語は沈黙を呼び、悲哀を誘う。
齎されるのは絶望であり、訪れるのは無力感であろうか。
いずれの感情にせよ、確か事が一つある。
その単語が読み上げられる事を望んでいたものなど、一人として存在していなかった。

それだけは、純然たる事実であった。



世界が、凍る。
僅かに動けば、粉々に砕けてしまいかねない程に。
G-6エリアのカジノ。
殺し会いというこの場においてはあまり相応しくない建物の内部には二人の人間がいた。
それほど、その空間を満たしている空気は、張り詰めていた。
その場に居るのは二人の人間。
棗恭介トルティニタ・フィーネ
多くの偽りと矛盾とを自覚しながらも抱え続ける二人。
今、その二人には動きは無い。
あるのは沈黙。
それだけであった。

双方の心に満たされるのは悔恨、嘆き、無力、憤りと様々ではあったが、それでも、
それ故に、その場の空気は動く事は無い。
心のあまりの重さに、動けない。
動くことなど、出来はしない。

……そうして、数刻の沈黙の後、漸くその場所に時が刻まれ始めることになる。

人の身には、悲しみでさえ永遠ではないのだから。




「…ちく、しょう」
絞りだす、ように、声が出た。
意味なんて無い。

鈴が、死んだ。
信じたくなんて、無い。
誰が信じてなんかやるものか。
ああ、そうだ、俺は信じない。

あの生意気で

兄を敬わないで

やんちゃで

少し人見知りして

猫に好かれてて

可愛くて

……大切な、妹、が、

…………死んだ?

そんな事、信じられる筈が無い。
鈴はまだ生きている。
兄が信じてやらずに、誰が信じるっていうんだ。
ああ、そうだ。
鈴は死んでなんかいない。
俺の、
俺たちの大切な仲間が、
俺たちの思いの全てを背負った二人の片割れが、
死ぬはずが無い。
そう、

…………そう、思えたのなら、どんなに楽なんだろうな。

そう、…どんなに否定しても、頭は理解している。
鈴は、
俺の『妹』は、
俺たちの大切な『仲間』は、…死んだんだ。

疑いようの無い事実。
疑いたいのに、疑えない事実。
認めたくないのに、認めなければいけない事柄。
俺たちの全ては……ここに半ば潰えた。

認めるしか、無い、現実。

ああ、そうだ、認めよう。

だが、認めたから何だっていうんだ?

事実は事実だ。

だからって、納得なんて出来る筈が無い。

何でだ?

何で鈴は死んだ?

死ななければ、ならなかったんだ?

……ココロが、全身が悲鳴を上げている。

悲哀に、身体がバラバラになりそうになる。

指先がチリチリする。

口の中はカラカラだ。

目の奥が熱いんだ。

何もかもを捨てて、叫び出したくなる。


………………けれど、それが何になる?

地面を空き毟って何とかなるなら爪が剥がれるまで掻き毟ろう。
慟哭の声を上げて事実が変わるのなら、声が枯れて血が代わりに流れても嘆き続けよう。
涙を流せば鈴が生き返るのであれば、体中の水分が流れ出て、この身が枯れ果てても泣き続けよう。
そう、ここで俺が嘆いても、何の意味も無い。
何にも、起きてなんかくれやしない。
既に定まった運命を、覆す事は出来ないのだから。

だから、俺がするべきはそんな事なんかじゃない。
まだ、理樹が居るんだ。
元々、二人が帰れないという可能性も考慮してはいたんだ。
もしもの時に、しなければならない決断を、する必要が無くなった。
だから、もう考えるな。
今俺がするべきなのは、鈴の死を嘆いて無為に過ごすことじゃあない。
……さしあたっては、放送だ。
放送とは、情報だ。
死者の人数の増減、性別や能力、少しでもヒントになるかもしれない。
禁止エリアの位置や、主催者達会話の内に、見え隠れする心情が見えてくるかもしれない。
だから、全てが克明に思い出せるうちに、少しでも多くの情報を記憶し、記録し、情報を集めなければならない。
ああ、そうだ、俺には泣いている暇なんて無い、無いんだ。

だから…

「放して、…くれ」

俺の顔を覆う、柔らかな感触に、声を掛ける。
暖かくて、それだけでココロが安らぐ、安らいでしまう。
小さなその身体でもって、懸命に俺を抱きしめる少女、トルタへと。

「……ダメ」

返されるのは、拒絶。
その声は、僅かにかすれている。
腕で頭を抱えられているので見えないけど、多分その大きな瞳には一杯に涙が溜まっているのかもしれない。

「……ダメだよ、恭介」

何故、君が嘆く?
君の探し人は、無事だっただろ。
だから、さあ、考察を始めよう、何も、気にする必要なんて無いんだ。

「……ダメ。
 ……何がダメなのか、上手く言えない、けど、兎に角…ダメ」

声の震えは、少しずつ大きなものになっている
少しずつ、かすれて、涙声になっていく。
時たま、喉からしゃくりあげる音が響いてくる。

「悲しい時は…ちゃんと悲しまないと……。
 泣きたい時は……ちゃんと泣かないと…ダメだよ……」

泣きたい時?
泣いているのは君じゃないか。
俺には泣く理由は、泣いている暇は無いよ。

「離して……くれ」

ああ、だから離してくれ。
俺は悲しいけど、それでも泣くわけには行かないんだ。
だから離してくれ、でないと、

「……大丈夫…………だから…」

今にも、泣き出してしまいそうになるから。
トルタの胸の温かさに、甘えていたくなってしまう。
幼い子供みたいに、泣きじゃくってしまいそうになる。

「………………」

答えは、なかった。
ただ、俺の頭に廻されている腕の力が強くなっただけ。
トルタの柔らかい胸の感触が頭に伝わり、心臓の鼓動が聞こえてくる。

「………………」

何も、言えなかった。
言おうと言う気力が、湧き上がらない。
ただ、今はこの暖かさが、安らぎが、心地良かった。


「…………なあ、トルタ…」

しばらく、……二分は経っていないと思う…後、
ようやく、声が出た。

「…うん」

答えるトルタの声は、何処までも優しい。
まるで歌うかのような音色に満ちている。

「鈴は……もう、居ないんだよな」

「……うん」

搾り出すように言った俺の言葉に、トルタの声にもまた悲しい響きが混じる。
いや、あるいはそれは元々混じっていたのかもしれない。

「もう……何処、にも……居ない、ん、だょ、なぁ……」

「…………うん」

声が、霞む。
自分が、抑えられなくなる。

「もう……あぇないんだょ……なあ……」

「…………ぅん……うん!」

トルタの声も、また霞みだす。
でも、それももう考えられない。

「…………ぅ……ぉ……」

「……………………っ!」


「う、わあああああああああああああああああああああああ!!!」


叫んだ。
身も世もなく叫んだ。
女の子の胸の中で泣くなんて情けないというか
そもそも人前で泣くなんてこと事態が非常に恥ずかしいなんて事も考えずに兎に角泣いた。
何も、考えたくは無かった。
ただ、今は泣いていたかった。

そして、トルタの胸の温もりが、暖かかった。




「あああああああああああああああああああああああ!!!」

泣いている。
あの恭介が。
出会った時からしっかりしていて頼りがいがあって強かったあの恭介が。
……でも、これは必要な事なんだと思う。
悲しいなら、泣くべきだ。
その為に、人は泣けるのだから。
あんなに痛々しい恭介は、見たくなかった。
放って、おけなかった。
…だから、抱きしめた。
何をすればいいのか解らなかったけど、他に思いつかなかったから。
痛んだ足で恭介の側に移動するの事も、苦にはならなかった。
どうして、だろう?
悲しかったのかもしれないし、頼って欲しかったのかもしれない。
痛々しかったのかもしれないし、苦しかったのかもしれない。
兎に角、見ていられなかった。

……そうして、恭介に触れて、彼の体の震えを感じた。
それだけで、彼がどんなに苦しんでいるのかが、理解出来た。
…ううん、理解は出来ない。
ただ、私が思うより遥かに苦しんでいた事だけは判った。
……涙が、零れそうになった。
恭介の、強さが、悲しさが、とても辛かった。
苦しくても、泣けない人が悲しかった。
悲しさを捻じ曲げてしまった人を、知っていたから。

「……大丈夫…………だから…」

思いだすと、僅かに赤面しそうなる。
思わずとは言え、恭介を抱きしめた事が。
…まあ、今も抱きしめ続けているのだけど…
ごく普通に、男の子に抱きついた事が、今になって僅かに恥ずかしくなってくる。
……そして、恭介がその事を受け入れてくれた事が…余計に頭を熱くさせてた…。
あの時、世界が止まったように思った。

五分?

十分?

或いはもっと長い時間?

ううん、時間なんてどうでもいい。
とにかく長い時間、ずっと、恭介の事を抱きしめていた。


……その後の恭介は、思い出したく無い。
思い出すと、また涙が零れてしまいそうだから。
あの時、私も思わず泣いてしまった。
恭介の姿が、声が、余りに悲しかったから。

……未だに、恭介は泣き続けている。
でも、泣けたのなら大丈夫。
悲しいって、ちゃんと感じているのだから。
だから、恭介は多分大丈夫。

うん、でも、

…………私、怖いよぅ。

私自身が、怖い。

何だろう、何故か、私ホッとしてる。

今、恭介は凄く、悲しんでいる。

とっても、苦しんでる。

うん、

でも、

私の事を、必要としてくれている。

それが、凄く、嬉しい。

そう、

『恭介の妹が死んだことの悲しさ』よりも、

『クリスが無事だった事の嬉しさ』よりも、

今、恭介が、『私に』涙を、弱さを見せてくれている事が、必要とされている事が、とっても、嬉しい。

……怖いよ、

人が死んでいるのに、それは恭介の妹だっていうのに、

私、悲しくない。

悲しさなんかよりも、

嬉しさで、心が満たされかかってる。

クリスが生きていてくれている事じゃあなくて、

今、恭介が誰よりも私の事を頼ってくれている事が、

凄く、

…凄く、

……嬉しい。

私の胸の中で、泣いている事が、涙を見せてくれている事が、凄く嬉しい。

おかしいよ?

でも

……『  』な人に、必要とされていることが、

私を頼ってくれている事が…すごく、嬉しい。

……おかしいよ、

私が流した涙は恭介の為、恭介の姿が悲しかったから。

そう、その筈なのに。

ココロは、こんなにも満たされているなんて

まるで、歓喜の涙を流しているように思えてしまう私が、凄く、



…………怖い




流すだけ流して、何とか流すものはなくなった。
勿論、まだ幾らだって腹の中に溜まっているものはある。
だが、それでもあふれ出すほどでは無い。
自分の中に、溜め込んでおける、
俺が自分を制する事が出来るだけの量だ。

考えれば、また溢れてしまいそうになる。
だから、違う事を考えよう。

「もう…大丈夫だ、トルタ」
「……うん」

少し、涙の残る声で、トルタが答えた。
そうして、俺から離れようとして、「あっ」と少しふら付いた。
反射的にトルタの事を掴んで、そこで、彼女の足の傷が目に入る。
そう、本来トルタは歩くのにも多少の困難を要する状態なのだ。
そんな状態の彼女に、あんな事をさせてしまうなんて、少し、気恥ずかしくなる。

「…………」
僅かに覗く生足を見て赤面している事に、別の恥ずかしさを覚えて、顔を上げて、
胸の辺りの濡れた跡を見て、再び気恥ずかしさを覚えてしまう。
(…ああ、格好悪いな、俺)
こんなにも可細い、怪我を負った女の子の胸の中で泣いてしまうとは。
なんというか、赤面してしまいそうだ。
皆に知られたら、からかいのネタにされてしまう。
皆……という単語が再び胸に鈍痛を呼び起こすが…今度は泣かない。
二回も泣いてしまったとあれば、リトルバスターズのリーダーの座も危うくなる。

(よしっ! ならとりあえずこれからは筋肉バスターズと名を改めてだ!)
(えっ~~その名前はあんまり~お菓子バスターズで)
(ぜったいにいやだ)
(……話が纏まりませんね、宮沢さんがおやりになれば……)
(いや…掛け持ちの上に部長は断る)
(やりたくない人にやらせなきゃいーじゃん! てなわけで私)
(私がやってもいいがな……その場合は……ふふふ、おっと鼻血が…)
(わふっ!? あ、あの井ノ原さんでもいいと思いますっ!)
(恭介が居ないと纏まる気がしないなぁ……)
(とりあえず元凶のグッピーは私が始末しておきますのでご安心を)

(……何かリーダーの座は大丈夫な気がするな…)
何処かから電波が混じった気がしたけど気のせいだろう。
もう戻らない、余りに平和なやりとりが懐かしいけど…
でもまあとにかくそんなに何回も男が涙を見せるべきじゃあ無い。

そうして、さらに顔を上に上げて、

……やけに、近い、所に、トルタの、顔が、あった。

ああ、そういえば、俺今トルタのわき腹と肩を掴んで立たせているのだっけ。
幼い雰囲気を残す可愛い顔が、今は僅かに朱にそまっている。
顔に浮かんでいるのは、僅かな驚きと、戸惑いだろうか。
瞳には何処か潤みを滲ませて、俺の顔が映しだされている。
……その事が、何故かやけに嬉しかった…

と、ここまで考えて、今の自分達の体制に気が付く。
……やけに、近い。
のだが、何故かその距離があまり近いようには感じられないような気もしたが……
それでも、離れようとして、

突如響く、“ガチャッ”という音。

「は! わわわわわわわわわわわわわわわわわま、間違えました御免なさーーい!!」
「落ち着け! 別に汝は間違えてはおらん!」
「……まあ、気持ちはすっごーく良く判る」
「あう! ああああアルちゃんも双七君も見ちゃダメだってば!!
 す、すいませんお邪魔しましたー! ご、ごゆっくりー」
「ええい落ち着かんか汝! 単に男は肉欲獣だというだけであろうが!」
「……すいませんその言い方だと俺も含まれるので勘弁してください」


すっかり存在を忘れていた双七と、見知らぬ少女が二人、そこには居た。




「……葛ちゃん…まで…」
「…………桂……」

放送によって告げられる事実。
浅間サクヤの死に続き、またも告げられる残酷な運命。
それは、羽藤桂の心を打ちのめす。
経見塚で出会った親しきものたちのうち、既に二人、この島で命を落とした事になる。

「…………ぅ…」
元より涙もろい桂は、悲しみの涙を流す。
だが、アルはそれを止めようとはしなかった。
短い付き合いではあるが、桂の心の強さは知っていたから。
泣くべき時は泣いて、でもその後には笑うことができると、理解し始めていたが故。

……ただし、それは傷が消えた事を意味するわけでは無い。
傷は残り続ける、そうして、時たま火傷のようにその身を苛む。
故に、

「忘れるでないぞ……」
「……ぇ?」
「その、若杉葛が死んだのは、汝のせいではない。
 汝が、悔い続ける事ではない」
「…………!」
「じゃが、それでも後悔することは止められぬ。
 だから、忘れるな。 己と共にあった者達のことを、忘れるな。
 そのもの達との、思いを心に刻め、そうして、歩き続けるのだ…」

アル・アジフは、世界最強の魔道書は、そのように生きてきた。
己が力の未熟故に死なせてしまったマスター達の事を、覚えている。
彼らの思いが無駄ではなかったことを、知っている。
だからこそ、彼女は今ここにあるのだから。

「…………ぅん」
涙を拭きもせず、桂はうなずく。
無論、すぐにそのような強さが身につく筈も無い。
だが、
だが、それでも、
羽藤桂には、前に進むだけの足はある。


「……尾花ちゃん…探さないと…」
「……そうじゃな」
あの賢い幼狐ならば、おそらくは葛の死すらも理解できているはずだ。
今どこで何をしているのかは分からないが、それでも探さなくてはならない。
探して、何をするのか?
それは、桂自身にも分からない。
ただ、あって、まずは傷つけたことを謝って…そうして一緒に泣こう。
そんなことを、桂は考えていた。
前向きとも、後ろ向きとも取れる考えではあるが、それでも桂自身の思考は前に向かっていた。
そう、おそらくはもう大丈夫。
少なくとも、自らの命を絶つような事は、もう、あるまい。


……その確信は、数分後、いささか元気のよすぎる形で適う事になる。

雑居ビルを出て、数分後。
アルと桂は、とりあえず先ほど尾花と分かれた地点へ、もう一度戻って見ることにした。
ほかに手がかりも無い事ではあるし、犯人は現場に戻るというヤツである。

「……でも本当に良いの? 鈴ちゃんの友達って人の所に行かなくて」
「汝は…なぜ今まで生贄にされてないのかが不思議なくらいじゃな。
 あんな怪しさ抜群な相手のところになど行けるか」
「う……でも、鈴ちゃんがあそこで死んだっていうなら、お墓くらい」
「待ち伏せされるのが堰の山じゃな」

歩きながら、放送の前に交わした電話について話し合う二人。
直前まで会話していた棗鈴がいきなり電話を切り、そしてその後に電話にでた人間が言うには、鈴は死んだという。
その時に出た男の言葉は、いまいちどうも信用できないと、アルは言う。

そうして、話ながら歩く桂たちの耳に届いたのは、あたりに響くカッポカッポという謎の音
その不思議な音の方向に思わず目を向けたアルと桂が見たものとは!


…来週に続く。(続きません)


……馬に乗った少年の姿であった。
おもわず、硬直する二人。
そして、なぜか硬直している馬上の少年。
まず、桂からすれば馬を直にみるなど初めてである。
思わず、興奮するのも無理はないだろう。
一方のアルは、馬など何度もみているが、さすがにこの近代に馬にまたがって移動する人間などお目にかかった事は無い。
そうして、やはり硬直したまま…正確に言えば、桂の姿を捉えた時から、微動だにしない双七。

「は、は、白馬に乗った王子様だよ!! ど、どうしようアルちゃん!?
 わ、私にはサクヤさんっていう貞淑を誓った人がー!」
「落ち着かんか汝! あれはどう見ても王子などという顔では無い!
 良いところ姫にかしずく小間使いと言ったところだ!」
「お、お、お姫様!?
 この島の何処かにお姫様がいて私はその人に見初められた未亡人なの!?」
「だから落ち着けというに! たとえじゃたとえ!
 というか気が早すぎるぞ汝は! ついでにそちの頭の中には真っ当な男女関係は存在せんのか!?」
「そ、そんな事ないよー、て、ていうか、だ、男女関係ってアルちゃんにはまだ早すぎるよー!」
「何度も言っているが汝より年上だ! 外見年齢だけが全てと思うでない!」

姦しい、という表現が似合うほどよくしゃべる二人。
基本的に精神年齢が近いせいか、止める相手がいないとどうにも止まらない。
そして、
「……あ、あのー……俺、喋ってもいいでしょうか?」
哀れな男の意見など、当然のごとく流された。

「うー……で、でも長く生きててサクヤさんはあんなにバイーンなのにアルちゃんは…」
「それ以上言ったら汝の血を一滴残らず吸うぞ」
「ひゃう!? あ、あああの何でもないよ!」
「ふむ、だがそろそろ昼食時ではあることだしここは一度」
「あ、あの私今貧血気味だからレバーとかお肉…よりはお魚の方が良いけど…」
「うむ、決まらぬのなら決定という事にするかの」
「ひゃ、ひゃう!? あ、アルちゃん、それだと私お腹減ったままだよ!?」
「良いではないか良いではないか、減るものでも無いであろう」
「へ、減るよ! 思いっきり減るよ! ゲージで見れるよ!」
「別にゲージがゼロになっても汝は平気であろう。 だから遠慮なく……」
「んっ! やっ! ちょやめ!」

いきなり目前で開始されたパヤパヤに、思わず見入ってしまう双七。
彼を責めるなかれ、男性としての本能がそうさせるのだ。
この誘惑に耐え切れる男などそう多くは……この島には結構多いかもしれないが……居ない。

「……………………」

「そして何をジロジロ見ておるかそこのたわけは!」
「ゲフッ! 俺!?」
アルの手から放たれた不可視の衝撃が双七のあごにヒットする。
その一撃は容易く双七の意識を削り取り、安らかな世界へと導く。
そうして、落ちていく瞬間、
(ゴッド……俺何か悪いことしましたか……?)
思わず、神に問いかけていた。

“ヒンッ”と、スターブライトが肯定するように一声嘶いた。




そうして、紆余曲折の末に双七はアルと桂をつれて戻ってきて、先ほどの場面に戻るというわけだ。
あそこまで無防備な危険人物もいまい、とか動物に好かれる人は悪くないなどの理由もあったが、
やはり最も重要なのは、双七が九鬼耀鋼の知り合いであった事だろう。

「……笑いたいなら、笑え。
 ……というか、笑ってくれ…」

だが、誰も笑わなかった。
気まずいシーンを見られたトルタと恭介は顔を赤らめながら沈黙を守っており、
双七が目を覚ましたときから、桂は何やらフラフラしており、アルは何やらツヤツヤしている。
あの短い時間に何があったのか。
そもそも気絶しているにしては時間が短すぎるあたり、間の記憶を脳が消去したのかもしれないが、真相は闇のなか(※省略)である。




「鈴ちゃんの、お兄さん?」
桂は声を上げた。
恭介とトルタが、桂の事を千羽烏月経由で聞いていたために、自己紹介はわりとスムーズに行った。
烏月は、殺し合いに乗ってはいるものの(このことは桂には秘密)、それ故に信用における人物である。
その烏月の言、そして彼女の振る舞いから、桂はおおよそ殺し合いとは無縁の人物であると、恭介は判断した。
そうして、桂自身はお人よしなうえにのんびり屋な為、わりと簡単にお互いの協力は決まった。
そして情報交換となり、桂は驚きの声を上げることになる。
少し前に喋った少女の知り合いと、こんなに早く遭遇できるとは思っていなかったのである。

「…鈴を、知っているの…か?」
無意識の内に、桂に近寄る恭介。
そのあまりの勢いに、桂は怯み、トルタは何故だか頬を膨らませるが、恭介は構わない。
せめて、鈴の過ごした軌跡をしっておきたかったというのがある。
「し、知っているって程知っている訳じゃあないけど…少し電話でお話しただけ…」
その勢いに負け、桂は答える。

…彼女は気付かない、自身が取り返しの付かない方向に話を進めようとしている事を。

「……電話?」
「あ、うん、この携帯で…鈴ちゃんが私の携帯を持っていたみたいで…」
恭介の問いに、ポケットにしまってあった携帯を取り出す桂。
先ほどそれなりに話をしたが、未だに電池は三個、電波は多少悪いらしく二本であるが、ちゃんと機能している。
それを見て、多少の落胆を覚える恭介。
結局、鈴の元気な姿を見た訳では無いのだ。
だが、それでも…
「最後に喋った時、鈴は…元気だったか?」
元気であったのなら、最後まで鈴で在り続けていてくれたのなら、
そう、思い、問いかける。

……問いかけて、しまう。

「え…その……あの……」
突然、それまで淀みなく話していた桂が言いよどむ。
その表情には、何かを隠すような雰囲気。
「……?」
考える。
今までの桂の行動から、淀みなく嘘が付ける人間ではない。
故に、言いよどんでいるのは、何か不都合な…桂にとってではない…出来事があるという事だ。
この場合、その話を聞いて最も不都合なのは…間違いなく恭介だ。
では、何か?
恐らく、最後に苦しんでいたと言うような内容ではない。
積極的に殺し合いに乗っていたというような物でも無い。
それならば、恐らく彼女の口調はもっと重いものでなければ成らない筈だ。
……では、何が?
「まさか……」
鈴が死んだというなら…鈴の持ち物はどうなった?
ティトゥスが死んで、彼の持ち物は今恭介達の手にある。
ならば……
「鈴を殺した相手を……知っているのか!?」

詰め寄る。
思わず服に掴みかかってしまうが、今の恭介には気にならない。
鈴の死という事自体は、何とか受け入れた。
だが、それとコレとは話が別だ。
鈴を殺した相手は、誰なのか?
ソレを、桂は知っているのか?

僅かに目を潤ませる桂に構わず、更に問いかけようとした恭介だが、
「お、落ち着けって棗!」
双七に、引き剥がされる。
元より鍛え抜かれた彼ではあるが、それでもその時の力は尋常ではなかった。
いとも容易く、恭介を桂から引き剥がしたのだから。
恭介の離れた桂の腕にアルがしがみつき、
恭介の袖をトルタの手が掴む。
そうして、ようやく……

「……ごめんな」

彼は、表面上の冷静さを取り戻す。
僅かにざわめいていた場に落ち着きが戻り…

「よい、わらわが言おう」
アル・アジフが、桂を庇うように言った。




(おかしい…よな?)
何故、出会ったばかりで何の縁も無い相手の事が、こんなに…気になるのだろう?
一人、双七は悩み続けていた。

放送が終わり、カジノの中に入ろうとした双七が目にしたのは、思いっきり硬質な雰囲気の部屋であった。
思わず、入る事も忘れて、再びのんびりしていた彼であったが、少ししてスターブライトの嘶き。
彼女の反応に訝しげになりながらもまたがり、
そうして、町を歩いていた二人に出会い、双七は、息を呑んだ。

最初に出会った時、アルと桂のやり取りにも無論目を奪われたが、それ以上に双七は桂から目が離せなかった。
彼女の全身から漂ってくる匂い? 香り?
濃い血の混じった香りが、たまらなく、魅力的に感じて仕方が無い。
服に、肌にこびり付いている血が、凄く、勿体無い、美味しそう、舐めとりた……

(な、何を考えてるんだ…俺!?)

混乱する思考の故に、双七は彼女達のやり取りに対して、大きな反応を返せなかったのだ。
(まあ双七ではどの道無理だった気もするが)
そうして気を失い、目覚めて、九鬼の知り合いであるという彼女達の言葉を信じ、カジノへと戻って来たのだ。
決して、桂と離れるのがイヤだったわけではない、と双七は心に言い聞かせていたが……。

そうして、話し合いの最中でも、双七は事あるごとに桂の事が気になっていた。
彼女の一挙手一投足から、目が話せない。
恭介が詰め寄った時、思わず本気の力を出してしまった。


(何だろう?
 あの子を、モノにしたい?
 ……いや、何か違うだろそれ、でもなんというかそのいや何だ兎に角…)

何と言うか、渇く?
餓える?
いや、何だろう、兎に角、あの子が…
とても、芳醇で、滋養に満ちた、真っ赤な果汁を滴らせる果実であるかのような…
その、滴る果汁で存分に喉を潤したい。
その、芳醇な蜜を腹いっぱいに味わいたい。
その、チのように真っ赤な液体に酔いつぶれてしまいたい。

「…………!」

ゴツンと、自分の頭を一度殴る。
痛かった。
手加減しないで殴ったから無っ茶苦茶痛かった。
思わず蹲ってしまいそうになるくらい。
見れば、目の前の四人とも、変な人を見る目で双七の事を見ている。

「…………」
何か、えらく理不尽な目にあっている気もするが…まあ変態と思われるよりは変な人の方が……すいません、どっちもイヤですハイ。




149:THE GAMEM@STER (後編) 投下順 150:絶望と救い、そして憎悪 (後編)
149:THE GAMEM@STER (後編) 時系列順
133:満ちる季節の足音を(後編) 棗恭介
133:満ちる季節の足音を(後編) トルティニタ・フィーネ
123:ただ深い森の物語/そして終わる物語 吾妻玲二(ツヴァイ)
123:ただ深い森の物語/そして終わる物語 アル・アジフ
123:ただ深い森の物語/そして終わる物語 羽藤桂
142:生きて、生きて、どんな時でも 如月双七

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