ギャルゲ・ロワイアル2nd@ ウィキ

THE GAMEM@STER SP(Ⅱ)

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THE GAMEM@STER SP(Ⅱ) ◆LxH6hCs9JU



 大十字九郎は、ただ駆けた。
 青白い輝きを放つ蝶の鱗粉を振り払い、山中を東奔西走する。
 同行者であるクリス・ヴェルティン玖我なつきもまた、九郎を追う形で遁走した。
 時折背後を振り返りつつ、追跡者の影に気を配る。木々を抜けた視界の先に、人影はなかった。

「ぜっ、はっ、ぜぇ……」

 山道で遭遇した『敵』は、獲物を追い回すハイエナのような性分を秘めてはいないだろう。
 それは過去、鉄乙女との激突時にユメイと戦線を同じくした九郎が、なにより知っている。
 彼女の持つ魔術とも違った《力》は得体が知れず、危険度も計り知れないが、凶器と呼ぶには些か穏便だ。
 ユメイ自身の身体能力を考慮しても、全力で逃げに徹すれば、離脱も容易だろう……しかし。

「……クリス、なつき。おまえら二人、先に教会に行ってくれ」

 九郎は、このままユメイから逃げ切ることを良しとしなかった。

「俺は、どうにかユメイさんを止めてみる」

 ふもとの町も視野に入る山道の中頃で、九郎は唐突に提案した。
 息を切らしながらの言動に、クリスとなつきは揃って難色を示す。

「一人で、か? 言葉での説得なら、面識のあるおまえのほうがまだ可能性もあるだろうが……万が一の場合はどうする」
「僕となつきも残るよ。ケイの言っていた彼女は、あんな殺気を放つ人じゃなかった。なおさら、放っておけない」
「……いや、駄目だ。たしかに俺一人じゃ無茶ってもんだけど、おまえたち二人には一刻も早く教会に行ってもらいたいんだ」

 九郎は額の汗を拭いながら、クリスとなつきの二人に向き直る。

「正直、俺にはなんでユメイさんがあんなおっかない人になっちまったのか、見当もつかない。
 でも事実として、あの人は俺たちを殺そうと……あのときの静留さんみたいな、殺気ってもんを放ってきた。
 俺なんかがしゃしゃり出ても意味はないかもしれない。あの人とまともに話ができる人間っていったら、一人だけだ」

 なつきはハッとし、ユメイにとっての縁の深い者の名に思い当たる。

「……羽藤桂か」

 羽藤桂――なつきがクリスと出会ったあの場に、彼女の存在もあった。
 ツインタワーでの合流を約束し別れ、現在は菊地真の死を受けて、教会近辺にいるだろうと予測している。
 ユメイにとっての知己である羽藤桂と合流を果たせれば、糾弾の矛としては申し分ない。
 いわば、九郎が駄目もとの説得を試みようとしているのには、足止めの狙いも含められているのだ。

「俺がユメイさんに殺される前に、おまえら二人が桂を連れてくれば万事解決だ。ついでにアルもいりゃあ心強い」
「……楽観だな。一応訊いておくが、交戦して叩きのめそうという気はないのか?」
「なつき、それはいくらなんでも……」

 なつきの問いに、九郎は鼻で笑う。

「ねぇよ。一度は一緒に戦った仲間だ。人間変わっちまったのには、絶対になんか事情がある。
 愛と正義の魔法探偵大十字九郎様はなぁ、常にクライアントの心に気を配ってんだよ。
 小さなお悩み事から人生相談まで、目の前の事件はなにがなんでも解決してやるってね」

 凡百以下の貧乏探偵である事実を隠して、自信満々に言ってのける。
 探偵としての肩書きなど、実際には大きな要因ではない。
 大十字九郎という人間性が、かつての仲間を見捨てられないでいるだけだ。
 ましてや、その心変わりの原因が不明ともなれば、安易に受け入れることも難しい。

「そういうわけだ。クリス。なつき。おまえらなら俺の策に乗ってくれ――」
「いやだ」

 ガクッと肩を落とす九郎。
 彼の期待を無碍に、拒否の言葉を呈したのはクリスだった。

「ケイを連れて来るんなら、一人で十分だよ。それにもしケイたちが教会にいなかったとしたら、無駄足だ。
 だから僕は……クロウと一緒にここに残る。なつき、教会へは君一人で行ってほしい」

 まさかの発言になつきが割って入ろうとするが、九郎がため息とともにそれを遮る。
 精悍な顔つきには微塵の迷いもないのか、クリスの意思は確固たるものだった。
 なおのこと、わからせる必要がある。

「クリス」
「なに?」
「歯ぁぁぁ食いしばれぇぇぇぇ!!」

 九郎は、固めた拳でクリスの頬面を殴り飛ばした。
 まったくの無警戒にあったクリスは受け身も取れず、その場に倒れ込む。
 なつきが駆け寄るよりも早く、九郎はクリスの胸ぐらを掴んで引き起こした。
 殴られた理由がわからず目を白黒させるクリスに、至近距離から唾を浴びせる。

「いいかクリス! おまえとなつきはもう一蓮托生なんだ。一緒にいなけりゃ駄目なんだよっ!
 静留さんにも約束したんだろう? これからはおまえが、なつきの隣にいてやるって!?
 こんなところで寄り道してんじゃねぇよ。男になったんだ、女一人守ってやるくらいの気概を見せやがれっ!」

 九郎は峻厳な態度で語気を鋭くし、年下の少年に言葉を放った。
 クリスに反論はなく、二、三度口を開閉してなにかを呟こうとしたが、やめる。
 示すのなら、言葉よりもまず行動だろう、と本人も男として自覚したのかもしれない。

 九郎は掴んだ胸元を乱暴に振り、クリスの身をなつきのほうへ押し出す。
 なつきは毅然とした態度でクリスの身を受け止め、クリスもまた、抵抗しようとはしなかった。

「行けよ」
「……うん」

 受け答えは短く、クリスはなつきへ手を差し出し、なつきはその手を握ることで、九郎の期待に答えた。
 二人、手を繋いだまま駆け出す。
 九郎はその背中を見送ると、満足げにはにかんだ。

「……俺もぼやぼやしちゃいらねぇ、よな。あのままユメイさん放っておいたら、理樹やおっちゃんに合わせる顔がねぇ」

 九郎は望郷を思うように、理樹を核としたチーム・新生リトルバスターズの発足を思い出す。
 鬼姫や暗殺者に掻き乱され、遊園地で複数に分断された群れは中核を失い、今では生き残りも四人のみ。
 源千華留杉浦碧はユメイの変貌を知っているのだろうか。知っているとしたら、今頃はどこでなにをやっているのか。
 蘭堂りの直枝理樹の死はユメイ変貌の要因となりえたのだろうか。だとしたら、それはとても悲しいことだ。
 加藤虎太郎の見せた生き様は、共に鉄乙女に挑みかかったあの勇士は、もはやユメイの心には残っていないのか。確かめたい。

「……やっぱ、このままにゃしておけねぇ」

 九郎は強く思い、再び山中へと向き直った。
 まずは、ユメイと直接顔を合わせないことには始まらない。
 しばくでもコロスでもなく、面と向かって喋りかけるために。
 ひらり、と、

「へ?」

 九郎の周囲を、蝶が飛び回っていた。
 淡い採光に包まれる、実態を持たない《力》の権化。
 蛍よりも神秘的で、花と称すには鮮明さに欠ける、美しき凶器。
 その中から得体の知れない畏怖を感じ取り、九郎は、

「お……お、お、お、おぉぉぉ!?」

 脳神経が訴えかける『逃げろ』という信号に抗わず、蝶を振り払うようにして、全力で疾駆した。
 周囲に、蝶を操る術者の姿は見えない。
 面と向かうことすら困難なのだと、今さらのように思い知り、

「ちくしょーっ! 俺は諦めねぇぇぞぉぉぉっ!!」

 今はただ、ユメイの行使する《力》の魔手から逃げ続けた。


 ◇ ◇ ◇


 山辺美希は、悩んでいた。
 先の放送で更新された生存者と死亡者のリストを眺めつつ、耳が捉える轟音にどう対応するべきか、と。

「なにげに、美希って修羅場に巻き込まれること多いですよね。これで何回目だろう……」

 三十時間も経過したこの殺人島での暮らしを、懐かしむように回顧する。

 ――対馬レオと行動を共にすることになり、即座に一乃谷愁厳に襲われた。
 ――ユメイに刺し殺されそうになっている大十字九郎を、助けることになった。
 ――加藤虎太郎を味方につけながら、変貌した鉄乙女撃退作戦につき合わされた
 ――仲間がいっぱい増えたかと思ったら即ばらばら、再び鉄乙女に襲われてしまった。
 ――玖我なつきや如月双七も大して役に立たず、椰子なごみに追い回されるも撃退。
 ――九鬼耀鋼という今までにない強力な拠り所を得るも、先の激闘で戦死してしまった。

 波乱万丈、ここまで鉄火場に縁があるというのも、参加者の内では稀なほうだろう。
 それでも盾をとっかえひっかえして、どうにかここまで生きてこられた。
 これはひとえに、世渡り上手な美希の手腕が成せるわざと言える。

 そして今回、安穏を求めたどり着いた先でも、早速修羅場が展開されていた。
 現在位置はB-1の教会……の情景が遠目に確認できる位置に建つ建物の陰。
 美希はそこからひっそりと、教会の門前で舞う人間二人、怪物一体を観察していた。

「アントなんとかさんと、あっちの無意味に上半身裸なのは……九鬼さんが言ってた博士な人?
 なんだか九郎さんと同じにおいを感じるなぁ……はずれだったかなぁ……」

 詳細名簿を一通り確認していた美希の頭には、大体の参加者の顔がインプットされている。
 戦っているのは、アントニーナ・アントーノヴナ・二キーチナとドクター・ウェスト
 二人は共同戦線を結んでいるようであり、相手にしているのは異形の化け物だ。
 あの鉄乙女以上に人を逸した形をしており、まさかあれが自分と同じ参加者であるなどとは欠片も思わない。
 怪物の正体やアントニーナたちが戦う理由は気にもなったが、それ以上に、あの場に近づくことが危うく感じられた。

「もう、危険度ビンビンですよ。どうしてこう、美希の行く先々で修羅場ってるんだろう……ハッ。
 これはもしや、呪術的ななにかかも? 太一先輩、ううん、最初に出会った対馬さんあたりに、変なもの擦りつけられた!?
 ……はぁ~。もうちょっと、これは……巡り合わせの悪さを呪うがごとく、涙腺から青春汁が溢れ出しそう」

 美希はその場で蹲り、膝を抱えて深いため息をついた。
 戦闘の余波はここまでは届かない。こうやってごちている分には余裕があるし、安全だ。
 自分からあの騒乱に加わろうなどという気は微塵もなく、しかし今さら別のあてを探すのも億劫である。
 深優・グリーアや吾妻玲二といった危険人物は先の放送ではまだ呼ばれておらず、近所を徘徊しているかもしれない。
 怪物退治に勤しんでいる二人は、少なくとも深優や玲二よりは安全だろうし、アントニーナが見せる戦闘力には惜しいものがある。

「さくっと倒しちゃってくれないかなぁ……」

 辺りに誰もいないのをいいことに、美希がぼやいた。
 ところへ、反応を返す。

「倒すわよ。彼女、強いもの」
「……っ!?」

 不意に飛び込んできた声に、美希はわずか動転し、跳ねるように起き上がる。
 朝の寒気でひんやり冷たい壁を背にしながら、歩み寄ってくる存在にようやく気づいた。
 濃い紫色のコートに、同色の帽子。暖かそうな防寒着に身を包むのは、目を奪われるような銀髪美人。
 黒須太一ならば即興で「俺の子供を産んでください」とでも頼み込みそうな美少女が、妖艶に微笑んでいた。

「こんにちは」
「こ、こんちです!」

 美希は記憶の引き出しから『ファルシータ・フォーセット』の名前と顔写真を取り出し、検証する。
 うん。この人はファルシータ・フォーセットだ。危険度はそれほど高くない。と、確認。
 同時に、接近をまったく察知できなかったという事実に驚き、慌てる。

(もしかしてもしかして、曜子先輩みたいに忍者な人? でもそんなこと名簿には書いてなかったしで……)

 声をかけられるまでその存在に気づけなかったという事実は、油断を差し引いたとしても疑問が残る。
 建物と建物に挟まれたこの小脇の路地は、顔を表に出せば教会の様子が覗き込めるが、逆にあちら側からは目につきにくい。
 注意深く目を凝らさなければ、もしくは初めからここに誰か潜んでいるという確信でもなければ、見つかるはずもない。
 美希はファルシータの艶麗さが酷く不気味に思えて、細心の注意を払った。

「私はファルシータ・フォーセット。あなたのお名前は?」
「えっと……山辺美希ッス。サー」

 変に勘繰られないように、常としての山辺美希を見繕って応対する。
 相手の思惑が読めない以上、こちらは受け身に回らざるをえないのだから。

「そんなに動揺しなくても平気よ。私はあなたの味方……いえ、たぶん同類だと思うから」
「は、はて? 美希は純正の日本人でして、あのその、日々男子の欲望に苛まれながらも律儀に純潔を守り通すピュアーなお子様でございますが……」
「うふふ。そういうことではないのだけれど……まあ、いいわ」

 表面では大慌ての美希だが、頭の中ではわりと冷静でいる。

「それはそうと、あなたも教会に入りたいのではなくて?」
「あ、はい。ちょっと前まで九鬼さんって人と一緒にいたのですが、いろいろありまして……ウェスト博士を尋ねてきたんですけど」
「そう。今はあいにく取り込み中なのだけれど、もう少ししたらトーニャさんがあの怪物を退治してくれるから」
「あの、怪物と戦ってる人ですか? ファルシータさんは、あの人たちとどういうご関係で……」
「仲間……いいえ、違うわね。利用し合っている仲、とでもいえばいいかしら」

 美希と並び、教会門前での激闘を観察するファルシータ。
 異形の怪物を目にしながら物怖じしていない様は、美希にとっての脅威にも思えた。
 腹の底を探るようにして、美希は訊く。

「あの、よくわからないんですけど……それってつまり……」
「言ったでしょう? あなたの、同類」

 深くは語らないファルシータの回答に、美希は言葉を詰まらせた。
 ――同類。
 この言葉の意味を探れば、行き着く答えは一つしかない。
 他人を盾として利用し、己の安全を第一に考える者……ファルシータの言う『同類』とは、美希の殺し合いに対するスタンスを指しているのだろう。

 とはいえ、美希とファルシータは初対面だ。
 誰も知らないはずの美希の本性を、ファルシータが知っているとは考えがたく、結論を出すにはどうにもしこりが残る。
 謎だ。対馬レオへの熱愛宣言を放っていた椰子なごみ級に謎だ。
 難しい顔を浮かべる美希に反し、ファルシータはまったくの警戒心も持たず微笑む。

「トーニャさんがあの怪物を片付けるまで、私たちにできることはなにもないわ。
 だからその間、お喋りでもして待っていましょう。話題は、そうね……」

 訝る美希の横で、ファルシータは友達と接するような愛想を振りまく。
 そして切り出したのは、

「……このゲームは、実はただの殺し合いではない。優勝しても、生は拾えないとしたら……あなたはどうする?

 美希にとっての、ターニングポイントとなる話題だった。


 ◇ ◇ ◇


 高槻やよいは、あたふたする。
 右手に主導権を奪われ、さらには格闘までこなしてしまう、という異例の感覚に慌てふためかないほうが無理というものだった。

「やよいを傷つける奴は俺が許さん!」

 やよいの右手に装着されたパペット人形――プッチャンの体が熱気を帯び、その熱は炎へと昇華する。
 闘魂を具現化させたような奇怪な現象に、やよいは驚く暇もなく、全身を右手に引っ張られた。

「信念に基づいて行動する! 人はそれを正義と言う!」

 プッチャンの短い手足が炎凪へと伸び、パンチとキックをお見舞いしていく。
 見た目にも拙い人形の接触は、しかしなぜか壮絶な打撃音を伴い、凪自身にも痛烈な攻撃となっているようだ。

「いま俺が行っていることは、暴力ではない! 正義という名の粛清だー!」

 燃える闘魂と化したプッチャンの猛攻が、凪を沈めんと畳み掛ける。
 炎纏う右手を、凪の顎に目掛けてアッパーカット。

「――バーニング!」

 凪の小柄な体は天井に突き刺さらん勢いで浮き上がり、そのまま落下した。
 ボクサーのように高々と右手を突き上げるプッチャン、そしてやよいは、床に倒れた凪を見て勝利を確信した。

「へっ、他愛もねぇ」
「ぷ、プッチャン、すごいです……」
「おいおい、俺を誰だと思ってんだ? 泣く子も黙るプッチャン様だぜ? これくらい朝飯前よ」

 凪を一方的に殴り倒しておきながら平然と構えるプッチャンに、やよいは感心する。
 過去にも、プッチャンはツヴァイの一撃を受け止めたり、真人をリンチにしたりと、人形とは思えぬ戦闘力を見せてはいた。
 それはこの場面、おふざけでも茶番でもない主催関係者との戦いでも遺憾なく発揮され、存在感を誇示することとなる。

「とはいえよ、まさかこの程度で終わりってこたぁねぇよな?」
「ふぇ?」

 凪をノックアウトしてなお臨戦状態を解かないプッチャン。
 怪訝に思うやよいはその真意を探り、やがて視線は凪の身へと降り注がれた。

「いっ、たったっ……痛いなぁ、もう。喧嘩は得意じゃないんだよ、僕」

 仰向けに倒れていた凪が、顎を摩りながら身を起こす。
 脳髄を揺さ振ったであろう一撃は昏倒には至らず、本人も痛がってはいるが、さして重傷とも思えない。
 やよいは緩みかけていた気を引き締め、右手のプッチャンとともに凪を睥睨する。

「ありゃま、勇猛なことで」

 立ち上がった凪はあっけらかんと言い、やよいとプッチャンの闘志を踏みにじるように、肩を竦める。

「さっき、興が削がれるからやよいちゃんたち参加者を殺す気はないって言ったけどね」

 凪は、右の掌を翳しながら言う。

「それは資格を持つ者だけに言えた話で……参加者でない命は別なんだよ」

 食堂内の気圧が、ギュッと凝縮されるような圧迫感を覚えて、数秒。
 翳した凪の掌に、目視も容易いほどの風が、渦を巻いて形を成した。

「えっ――?」

 様相平凡な少年が見せる摩訶不思議な現象に、やよいが間の抜けた声を発する。
 プッチャンが注意を促すより先に、

「てけり・り!」

 凪の掌で渦巻いていた風が、旋風となりやよいの身を襲った。
 先んじて危機を感じ取ったダンセイニが、凪とやよいの間に割って入る。
 大気が歪み、旋風はやよいのツインテールを撫でて走り抜けていった。
 風がやんで、まず、

「だ、ダンセイニィィィ――ッ!」

 プッチャンの悲鳴が木霊する。
 見ると、やよいの周りに置かれていたダイニングテーブルや椅子が切創を作っており、
 中には奥の壁まで吹き飛ばされたもの、無残に破壊されてしまったものもあった。
 食堂全域が荒涼とした空間に変わり果て、それらが凪によるものだということも理解する。
 正面からの突風は強烈だったが、それでも吹き飛ばされるほどのもではなかったとやよいが訝る中、

「あっ……!?」

 プッチャンの叫びの意味、自身が吹き飛ばされなかった理由を、足元に目を向けることで知る。
 そこには、バラバラになった筋肉が無数点在しており、中心には無色透明のボディを露にしたスライムが、ぐるぐると目を回している姿があった。

「ダンセイニさんっ!」

 やよいはダンセイニの粘っこくも弾力のある体を抱き起こし、その名を呼びかける。
 ダンセイニはのびているのか、意識も朦朧としていて反応を返せない様子だった。
 庇われた、という事実を受け、やよいの目頭に熱いものがこみ上げてくる。
 一方で、旋風を放った凪が嘲る。

「粉々に切り刻むつもりだったんだけど、その防弾チョッキに身を守られたか。筋肉の恩恵ってすごいねぇ」
「てめぇ……随分と下劣な真似しやがるじゃねぇか」
「下劣? ひどいことを言うね。そもそも、喧嘩は僕の領分じゃない。
 今やって見せたような鬼道こそ、本来僕が得意とする戦法なのさ」

 不適な発言を受けて、やよいとプッチャンの怒りに火が点った。
 ダンセイニを壁際に退避させると、さらなる怒気を込めて凪に向き直る。

「やよい、あいつが許せないか?」
「はい、許せません」
「誰しも、負けると思われている勝負こそ燃えるもんだ」
「負けません。ダンセイニさんの仇を討ちます」
「へっ、その言葉が聞ければ上等。例のあれをやるぜッ!!」

 仲間を傷つける輩は、絶対に許せない――。
 やよいとプッチャンの意思が同調し、輝きを放つ。
 奥の手として封印していた絶技を、闘争を乗り切るための切り札として開放する。
 そこには、一切の慈悲もない。

「……? これは……」

 プッチャンを中心として、やよいの周囲を取り巻く輝きがさらに増徴、黄金にまで至る。
 先ほどの炎を纏っての猛攻、スーパープッチャンを遥かに凌ぐ技を行使しようとしていた。
 凪はプッチャンの奥の手を知りえているのか否か、黄金の輝きに怪訝な眼差しを向けるのみだった。
 直後、プッチャンに引っ張られてやよいが駆け出す。

「このプッチャン様の実力、とくと味わわせてやる! くらえぇぇぇぇぇ!!」

 その突進力は、さながら暴走機関車のごとく。
 猪突猛進を体現するかのように、まっすぐ凪の懐へ突き進んだ。
 空気が、爆ぜる。


「プッチャンダイナミック!!」


 凪の胸元で極光が収縮し――刹那。
 プッチャンを基点として、周囲十メートルほどの大爆発が起こった。


 ◇ ◇ ◇


 羽藤桂はふと、耳鳴りのような違和感を覚えて立ち止まった。
 顔の向きを西の空へ固定すると、朝の日差しが目に焼きつく。
 同行者であるアル・アジフも足を止めて、西の空を一瞥した。

「どうした桂。急に立ち止まったりなどして」
「……ううん。なんか、今すごい音が聞こえたような気がして」
「ふむ。妾はなにも聞こえなかったがな。汝はあれか、百里離れた先での小銭の落下する音すら捉えるという……」
「な、なにそれ~?」

 羽藤桂とアル・アジフ。
 教会への道を同じくする少女二人は、のんきな会話を繰り広げながらもせかせかと歩を進めていた。
 歩いていくうちに周囲の町並みは寂れていっており、スラム街に入ったのだということがわかる。
 時刻は既に八時を回り、杉浦碧たち別行動班との連絡も取り終えている。あちらも順調に目的地に近づいているとのことだ。

「街中でバッタリ、といった現象ももうないであろうが……どこから奇襲を仕掛けられるとも限らん。ゆめゆめ用心するのだぞ」
「うん。それに、早く教会に行かないとね。真ちゃんの想いを無駄にしないためにも……」
「……実際、高槻やよいが二十時間ほども教会に留まっている可能性は低いがな」

 不安を孕んだ道程は、今さら引き返せるものでもない。
 桂とアル、このゲームの最初期から連れ添った二人はともに、待ち受ける未曾有の事態を予期もしていなかった。


 ◇ ◇ ◇


 プッチャンは周囲一帯の凄惨な有様を見て、少し反省する。
 食堂で巻き起こった大爆発は、大型のダイニングテーブルを木っ端微塵に粉砕し、厨房に置かれた器具をしっちゃかめっちゃかに乱し、壁には大穴を空けた。

「風通しよくしすぎちまったなぁ……」

 空を仰げば、朝日が昼を目指すべく、今も西へ移動している。
 雲の流れは緩やかで、絶好のピクニック日和とも言える麗らかな陽気だった。

 プッチャンが引き起こした大爆発により、食堂の壁面は崩壊、寄宿舎の裏庭へと通じてしまった。
 やよいの体も寄宿舎の外に投げ出され、その際の衝撃の余波か、本人はうつ伏せの状態で悩ましげに唸っている。
 体は四つん這いだが右手だけは上にあげている、傍目には滑稽な格好。
 プッチャンはさすがにあんまりだと思い、やよいに声をかける。

「ほら立て、やよい。これしきの衝撃に耐えられないようじゃ、俺の相棒は務まらないぜ?」
「うっ……うぅぅ……はらひれはれほれ~」
「……駄目だな、こりゃあ。寄宿舎が全壊しちまっても困るから、これでもだいぶ力をセーブしたんだけどなぁ」

 冗談まじりに呟くが、真実だ。
 うつ伏せのやよいがわずかに驚いたような反応を見せたが、起き上がるには至らない。
 プッチャンダイナミックが巻き起こす爆発は、宿主の体までは傷つけない。
 とはいえ、食堂全域を吹き飛ばした際の衝撃は、しっかりとやよいに伝わってしまったようである。

「久々のダイナミックだったからなぁ。やよいにはちょっとばかし負荷かけすぎちまったか。まあでも――」

 そこで、プッチャンの言葉は途切れた。
 同時に、意識さえも――。


 ◇ ◇ ◇


237:THE GAMEM@STER SP(Ⅰ) 投下順 237:THE GAMEM@STER SP(Ⅲ)
時系列順
炎凪
高槻やよい
アントニーナ・アントーノヴナ・二キーチナ
ドクター・ウェスト
ファルシータ・フォーセット
山辺美希
クリス・ヴェルティン
玖我なつき
大十字九郎
羽藤柚明
羽藤桂
アル・アジフ

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