ギャルゲ・ロワイアル2nd@ ウィキ

THE GAMEM@STER SP(Ⅰ)

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THE GAMEM@STER SP(Ⅰ) ◆LxH6hCs9JU



 朝の日差しが荘厳なステンドグラスに透過され、屋内であっても眩さを感じる教会の中。
 開けっ放しの懺悔室から出てきた少年は、手で光を遮るようにして天を仰ぐ。
 広い礼拝堂内を見渡してみても目的の人物の姿は窺えず、ならば、と外に繋がる扉を目指した。

「ありゃ?」

 外に出て即、目的の人物には巡り会えた。
 彼女に取り巻くおまけも含めて、だが。

「これはこれは……どういうことかな」

 少年はおどけた様子で、しかし怪訝に目を細める。
 礼拝堂の外で待ち構えていたのは、三人の少女と一人の男、加えてパペット人形と軟体生物が一体ずつだ。
 彼女らはまるで少年の来訪を予期していたかのように、逃走と交渉と臨戦の体勢を磐石にし、立ち並んでいた。

「まずは名乗るが筋、ってもんじゃねーか?」

 舌足らずな声調が、ぶっきら棒に語りかける。
 声は、少年が目的とする少女の右腕に嵌められた、パペット人形から放たれていた。
 不細工な作りの顔は眼光鋭く少年を睨み据え、宿主となっている少女もまた、険しい顔つきを浮かべている。
 他の者も皆同様で、視線には等しく、敵意と警戒の念が込められていた。少年はやれやれと嘆息し、名乗る。

「のっけから予想外の事態だけど……とりあえず。僕の名前は炎凪。よろしく、紛い物の戦姫たち」


 ◇ ◇ ◇


            【THE GAMEM@STER SP】


       この物語は、最終的には三つに分岐する。


 選択肢を選ぶのは、「高槻やよい」「羽藤柚明」「山辺美希」の三人。


        彼女らの選択に乗るのが、また各三人。


      島の北西地区を舞台とした、終わるための寸劇。


     そして、物語の綴り手【製作者】を担当するのは――。


 ◇ ◇ ◇


 羽藤柚明は、述懐する。

 ――服、ずいぶん汚れちゃったな。

 血塗れと言ってしまっても過言ではない全姿に、チラリと視線を落とし、しかし立ち止まらない。
 朝霧でほのかに湿った土を、草鞋で踏みしめながら山の奥地へ、明確な目的地も持たずに。
 脳裏では、菊池真……千羽烏月……神宮司奏……数刻ほど前に届いた訃報にあった名を、反芻しながら。

 唯一の羽藤桂は、まだ健在であるという事実を噛み締めつつも、陶酔には浸らず。
 ユメイさん、でも、柚明お姉ちゃん、でも、なく。
 浅間サクヤの蘇生を望む愚か者として、惨劇二日目の朝を進み続ける。

 殺し合いを肯定するための獲物を捜し求め、さまよいついたのは山林だった。
 羽藤桂との再会を避けられるコースで、それでいて他の参加者と顔を合わせることができる道、となるとすぐには考えつかなかった。
 決断するまでに要した時間は長く、おかげで生存者ももうだいぶ減ってしまっている。
 主催者の持つ可能性に縋る者としては、僥倖と言えるのだろうか。判断に困った。

 どこに行って、なにを成せばいいのか――大きな目的は持っていても、指針はぶれている。
 柚明は、己を支配しているこの激情を欺瞞だと自覚し、懊悩も繰り返すが、立ち止まったり振り返ったりはしない。
 踏み外した道は、曲がり角は多いが結局は一本道なのだ。

 ――それるはずも、ない。

 柚明は自身に言い聞かせて、選んだ道を進む。
 足を運ぶこの山道のように、一見緩やかだが実は険しい道程を。

「『ユメイ』さん!? 『ユメイ』さんじゃないか!」

 ピクリ、と体が硬直する。
 北に向かっているのか南に向かっているのかも不明な細道の横合い、傾斜の激しい勾配から、一人の男が飛び出してきた。
 聞き慣れた声であったことも重なり、柚明は半ば反射的に、獣道から現れた男に視線を向けてしまう。
 纏う衣服こそ、男子としては健康的なものに様変わりしていたが、その中身からは珍妙な法衣姿を思い出す。

 ――ああ……。

 柚明は声なく嘆き、その出会い、否、再会を受け入れた。
 青地に金のラインが走る、ジャージ姿の体格のいい青年。
 山の中で数奇にも巡り会ってしまった、大十字九郎との再会を。

「よかった……無事だったんだな。服、すげぇ血だけど大丈夫か? ああ、でも安心――」

 九郎は急坂をスキップで駆け下り、山道で佇む柚明に近寄ってくる。
 柚明は明確な反応を返さない。人形のごとく無感情に、接近を拒みもしなければ歓迎もしない。
 再会自体には、なんの感慨もなかった。

「本当に心配したんだぜ。遊園地でみん散り散りになっちまってから……そうだ、千華留やりのは――」

 まだ生き残っている仲間の名を口に出されても、柚明は沈黙に徹した。
 当の九郎は、子供のように無邪気な笑みで、かつての仲間との再会を喜んでいる。
 喜びが強すぎて、柚明の見せる反応との温度差にも、まるで違和感を持っていない。
 そんな九郎に、柚明は――なにも、思わず。
 ただ、九郎の傍にひっそりと、青白い輝きを放つ蝶のような光を発現させて、

「――そいつから離れろ、九郎!」

 牽制として放たれた銃撃に驚き、その光は形を成す前に消えてしまう。
 柚明と九郎の足元で土が爆ぜ、泥が跳ねる。二人とも、体に被害はなかった。
 なっ、と声を零す九郎に反し、柚明は不意の威嚇射撃にも怯まない。
 標的が増えた、くらいの感慨しか湧かず、心の中で少し嘆いた。

「なつき……っ!? いきなりなにするんだよ!」

 九郎が恫喝を飛ばす先、坂の上からこちらに向かって銃を構える少女がいた。
 白い半袖のカッターシャツに、水色のチェックのプリーツスカートと同色のネクタイをつけた、ロングヘアの容貌。
 手に持った銃器を考えなければ極一般的な女子高生にも見え、また彼女の傍らには、精悍な顔つきの少年が立っていた。
 ストライプ柄のタンクトップに皮製のベストを羽織り、太股がむき出しになるほどに短いホットパンツを履いている。
 西部劇に登場する保安官のような、柚明にとっては馴染みの薄い姿が、銃を握る少女と同じく警戒の念を放っていた。

 人と人を介して入手してきた情報の中から、この二人が何者なのかは大体推察できる。
 たとえ誰であったとしても、柚明の起こす行動にはなんの影響もない、ということもわかる。
 なればこそ、対応を変える必要も、慌てる必要もなかった。

「九郎……そいつが、『ユメイ』か? 遊園地で離れ離れになった、リトルバスターズの一員という……」
「ああ、そうだよ! そうだから銃下ろせ! 『ユメイ』さん、怯えてるじゃねぇか!」
「怯えている? 馬鹿も休み休み言え。その女は、おそらくもう――」
 ――九郎さんの知っている『ユメイ』では、ない。

 なつきと呼ばれた少女が突きつける現実と同じ断定を、己の胸中でも告げる。
 この場にいるのは、もはやリトルバスターズの誓いを結んだ『ユメイ』ではない。
 気絶した九郎に刃を振りかざそうとした頃の彼女は、もういない。
 共に鬼神と戦い、共に加藤虎太郎を弔った頃の彼女は、とうに消えてしまったのだ。

 再会の喜びから観察力を鈍らせ、浮ついてた様子でいた九郎も、なつきに諭されようやく気づいた。
 ゆっくりとだが、柚明から後ずさるように距離を取っている。その様相は、困惑の色で埋まっていた。
 それで正解だ、と柚明は思う。同時に、第三者の介入がなければ命を一つ奪えたのではないか、と惜しくも思う。

「『ユメイ』さん……? 嘘、だよな。嘘だって、言ってくれよ……『ユメイ』さんっ」

 もういない人間の名前を、九郎は呼び続けた。
 柚明としての在り方を肯定した者に、『ユメイ』として返す言葉はない。
 送るのはただ、殺意だけだった。

 ――わたしが、やらなくちゃいけないから。


 ◇ ◇ ◇


 高槻やよいは大勢の内の一人として、リーダーの立ち位置につく少女の言を聞く。

「放送を区切りとした主催側からの干渉……これは大いに予測できたことです。
 門の役割を持つ教会に篭城する我々を知って、遊び心旺盛なゲームマスターが座視を貫くのもおかしな話。
 深夜頃に私が語った論は、もちろん耳にしていましたね? あれ、実は挑発の意味もあったんですよ。
 エンターテイメントの論を唱えておきながら、その趣旨に歯向かおうとする我々にどう対処したものか。
 懺悔室の主や古書店の店主の例を鑑みれば、そちら側からのアクションとて不自然ではない。そう読んでいました」

 教会の門前で、トーニャ・アントーノヴナ・ニキーチナは熱弁を振るう。
 その矛先は、今まさに礼拝堂から出てきた少年へと向けられていた。

 白いワイシャツをラフに着こなす低身長。猫を思わせる癖っぽい頭髪は、銀色。
 誰の記憶にもない未知なる人物は、首輪を嵌めていなかった。
 主催側からの使者であるという可能性を肯定する存在は、炎凪と名乗り泰然と立ち振る舞う。

 やよいは、凪の余裕に満ちた風格にちょっとした畏怖を覚えていたが、他の仲間はそうでもなかった。
 右手のプッチャンは心なしかいつもよりきりっとした目つきで、凪を睨みつけている。
 ファルシータ・フォーセットダンセイニも表情に怯えはなく、トーニャは言うまでもない。
 ドクター・ウエストにいたっては、傲岸に腕組みしていた。
 日常と非日常の狭間で育まれてきた経験の差を思い知りつつも、やよいはこの場に居合わせることを望んだ。

 みんなで〝いっしょ〟に。
 そう、心に誓ったからだ。

「強気だねぇ……ちょっとは怖がったりしないのかな。君たちの首に嵌ってる輪がボンっ、ってなるのをさ」
「ありえませんね。誰の目からしても興醒めでしょう、そんな末路」
「ま、そりゃそーだ。さて、僕がここに来ることを予測してた、ってところには拍手を送ってあげるけど」

 凪は、嘲りの仕草で両手を軽く叩き合わせる。

「僕が来訪した目的までは読めているのかい? 君たち全員、雁首揃えて殺されに来たってんならあまりにも滑稽じゃない?」
「主催関係者による干渉の目的は、まあ五パターンほど予測できていますが……ここでこうして待ち構えていたのは、最悪のケースに対応するための布陣ですよ」

 トーニャの解答に、凪は肩を竦める。
 やよいも含め、凪と向き合う参加者たちは皆、高みの見物を決め込んでいた者に敵愾心を抱いていた。
 それがわざわざ現地に赴いてきたのだ。捕縛するなり復讐を果たすなり、なんにしても見過ごす手はない。

「……僕だってね、ここまでのことをしようと思ってしてるわけじゃないんだよ。
 本当はただの傍観者でいたいんだ。なんでこんなに儀式に介入しなくちゃいけないっていうんだ、まったく」

 凪が大きく腕を広げる。
 冷えた空気に微かな振動が走った。
 全身の産毛が逆立つような、正体のわからない邪な気配が次第に辺りを満たしていく。

「さあ……出てくるんだ」

 凪の傍ら、虚空より、異形の怪物が姿を現そうとしていた。
 それは亜空間から這い出るように、手先足先から存在を顕現していき、皆の注目を攫う。
 現れたのは、悪魔のごとき禍々しい姿。
 獣のように四つん這いの姿勢を取りながらも、その全姿は黒ずみ、肌の質感は岩のようにごつごつしていた。
 体長も獅子のそれに近く、やよいくらいの子供なら丸のみにしてしまってもおかしくはない。
 黒い塊からギラギラと発光する双眸を覗かせて、這い出た怪物は威嚇行動を取る。

「この中にHiMEの事情を知る子はいなかったかな? じゃあ初紹介になるね……これの名前はオーファン。
 君たちみたいな、儀式の進行を妨げる問題児をお仕置きするためのシステムさ」

 オーファンと呼ばれるその怪物は、凪の意に同調するような仕草を見せ、獰猛に唸る。
 と、次の瞬間。

「そういうわけで、サクッと終わらせてもらうよ」

 凪が不気味に笑み、オーファンは地につけた四肢を一斉に弾いて飛び掛った。
 鋭く研がれた爪を前に出し、殺傷の意はまず、ドクター・ウェストに向けられる。

 刹那、トーニャが尾てい骨の辺りから、幾重にも束ねられた頑丈なチューブを伸ばした。
 人妖能力『キキーモラ』の発動。
 意のままに操ることのできるそれは、オーファンの身を中空で絡め取り、凶刃がウェストに降りかかるよりも先に地面に叩き落とす。

「フハハハHAHAHA! 世紀の天才、ドォクタァァァァ・ウェェェストに奇襲を仕掛けようなど笑止千万!
 我が従順なる配下、筋肉の妖精マッスル☆トーニャがけちょんけちょんにこらしめてやるのであぁるっ!」

 例のごとく呵呵大笑するドクター・ウェストだったが、今回ばかりはトーニャも逐一ツッコんではいられない。

「やよいさん、ファルさん、プッチャンとダンセイニも、手はずどおりにお願いします!
 それからそこのキ○ガイ! 天才を謳うなら、与えられた仕事くらいはきっちりこなしてくださいよ!」
「任せるのである。『わくわく!トーちんの想定する主催関係者からの干渉パターン?』を作戦実行。
 売られた喧嘩は買え! 博士キャラは軟いといったレッテルを覆せ! 我輩の筋肉が光ってウネル!」

 キキーモラを振り翳すトーニャ、筋肉を誇示するドクター・ウェスト、二人がその場に残り、やよいとファル、それにダンセイニは、走っての離脱を図る。
 向かう先は、教会裏手に位置する寄宿舎。トーニャとウェストが凪の注意を惹きつけている間に、戦闘領域外へ避難する算段だった。
 背後で重低音が鳴り響くが、やよいは振り向かず、ファルやダンセイニと並んで一目散に駆けた。
 戦闘の余波を浴びないよう、慌てず避難に徹する。それが、いま彼女に取れる唯一の方策だった。

 結局一度も振り返ることなく、やよいたちは寄宿舎にたどり着いた。
 玄関口から一階の廊下を経由し、避難地と定めた集団食堂に駆け込む。
 横長のダイニングテーブルから無造作に椅子を引き抜き、腰を落ち着かせて、初めて安堵した。
 いや、安堵してる暇などないのだ。とはいえ、これでやよいにできる仕事が終了してしまったのも事実。

「ふぇー」

 机に突っ伏し小さく喘ぐ、その心理の裏では、少女だからこその深い葛藤があった。
 話を遡るとすれば、それは第六回放送の直後。トーニャが切り出したある懸念を端とする。

(――「主催側の反応が素っ気なさすぎる気がします。もしかしたら近々、大々的な干渉を行ってくるかもしれません」――)

 こちらの動向は主催者側に筒抜けである、という前提を踏まえて、トーニャは先の第六回放送に疑問を抱いた。
 放送を担当したのは二回目のときに出てきた神崎黎人であり、内容も過去のものと同じくらい簡素で、事務的なものだった。
 トーニャの教会での論述を耳にしていたにも関わらず、だ。

(――「私たちの方針は平たく言えば篭城ですが、これはある意味、主催者側が最も嫌がる行動です」――)

 ゲームマスターがエンターテイメント性を求めているのなら、そうなる。
 殺し合いの場で殺し合いをしないとあっては、求めている楽しみが奪われるのも同義だからだ。
 トーニャたち教会の面々が掲げる方針は、主催者側にとっては最大級の反抗であると言えるだろう。

(――「掲げた旗を見ぬ振りで通すなど、前例を踏まえれば考えられません。ここらでなにか、おもしろくなるような手を打ってくるはずです」――)

 トーニャはこの催しの主催陣、主にゲームマスターである『古書店の店主』の心理を読み、なんらかの事件が起こる可能性を考慮していた。
 その上で最もありうるのが、使者を送り出しての直接干渉。
 場合によっては、再び古書店の店主として、客を招くことも考えられた。

(――「放送直後。私たち、特にやよいさんは、このタイミングでいろいろと痛い目を見ているでしょう? 今回は受け身ではいられませんよ」――)

 ゆえに、教会を入り口とした使者の来訪を想定、考えられる使者の目的を列挙し、即座に対応に移った。
 教会の門前で待ち構えていたところに凪が現れたのは、まさにトーニャの読みどおりだったというわけだ。
 その後の凪の取る行動も、想定どおりではあったが――こちらは些か、読みどおりであってほしくない部分でもあった。
 主催者側が起こしてくる干渉内容のパターンとして、考えられたのは五つ。
 警告、交渉、勧誘、扇動、そして攻撃だ。

(――「もし、主催者側が私たちを反乱分子と捉え排除に回ってきた場合は……屈するしかありません。まあ、十中八九ないですが」――)

 首輪に爆弾が仕掛けられている以上、参加者たちに反抗の余地はない。
 とはいえ、トーニャの仮定を是とするならば、そんな面白みのない殺害方法は取らないだろう。
 あるとすれば、やはり他の参加者と同様に、直接的なやり方で殺しにかかってくるか。

(――「そうなれば、ふんじばって情報搾り取るのが得策でしょう。勝ち目が薄いようなら……素直にとんずらしますか」――)

 ギリギリの綱渡りを挑むには、相応の覚悟と資格が必要だ。
 やよいとファルには、覚悟は見繕えても資格がなかった。
 あんな怪物まで借り出されたとあっては、なおさらあの場にいる意味などない。
 そうなのだ。
 結局のところ、主催者側の介入というイレギュラーな事態に対し、やよいに許された行動は避難のみ。
 トーニャやウェストとの共闘はもちろんのこと、サポートに回るのも不可能と判定され、待機を命じられた。
 言葉を取り繕わなければ、足手まといとも言い換えられる。

 劣等感を背負いながらも、これが最善であると自身に言い聞かせる。
 仮にやよいがあの場に留まったとしても、できることはなにもなく、それどころかトーニャの邪魔をしてしまう可能性のほうが高い。
 弱い自分が仲間の『隙』になってしまったとしたら、目も当てられない。
 実際、葛木宗一郎の死とてそこに要因があったようなものなのだから。

 過去を省みて、現在に活かす。
 やよいは勇敢と無謀を履き違えないよう、懸命に自粛を促した。
 ……もちろん、その内心は忸怩たる思いでいっぱいになっていたが。
 と、

「おいファル、どこに行くんだ?」

 テーブルでうなだれていたやよいが、プッチャンの声に反応して顔を上げる。
 見ると、戦力外として共に避難してきたファルが、食堂を出て行こうとしていた。

「内緒。やよいさんとプッチャンさんとダンセイニさんは、ここにいていいわよ」
「いいわよって、そういう問題じゃねーだろ。今がどういう状況かわかってんのか?」
「てけり・り」
「ええ。だからこそ、あなたたちは出歩かないほうが身のためね」

 答えになっていない返答を添え、ファルは鷹揚に微笑んでみせる。
 屈託のない優しげな笑みは、彼女が持ちうる仮面によるものか。
 やよいは思わず立ち上がり、ファルに訊く。

「ひょっとしてファルさん……トーニャさんたちの手伝いに行くつもりじゃ……」

 ファルシータという人間を誇大的に美化していることも気づかず、取り残されてしまうのではないかという心細さも相まって、上目遣いで回答を待った。
 ファルはやよいの純真無垢な疑いにクスリと笑い、これを否定する。

「あら、私がそんな仲間思いの人間に見えるのかしら?」
「ねーよ、やよい。こいつは、自分で自分のことを酷い女って紹介するようなヤツだぜ。
 大方、もっと安全な場所へ一人で逃げるつもりじゃねぇか?」
「そんな! ファルさん、自分で言うほど悪い人じゃないですっ。そんなことするはずありません!」
「てけり・り」

 プッチャンのファルを侮辱するような言動に、やよいは声を荒げて反論、ダンセイニも同調するような素振りを見せた。

「私、ファルさんのこと信じてます……戻ってきてくれます、よね?」
「……ええ。もちろんよ、やよいさん」

 やよいの請うような眼差しに、ファルは含みのない笑みで応えた。
 別れの挨拶はなく、ファルはそのまま、食堂の外へと消えていく。
 勝手知ったる木造の廊下を、コツコツと叩く靴音が徐々に小さくなり、やがて無音となる。
 やよいは後を追おうとせず、当初の予定どおり待機を貫くことにした。

「……」

 無言のまま再び席に着き、悄然と肩を落とした。
 テーブルの木目に視線を巡らせていると、ただ待っているだけというもどかしさが、酷い苦行に思えてならない。

「てけり・り」

 やよいの足元で、ダンセイニが心配そうに鳴いた。
 この軟体生物も、触れ合ううちに嫌悪感がなくなってきた。
 今では大事な仲間の一人として、安心させるための言葉を返す。

「大丈夫……ですよ。トーニャさんも、ウェストさんも、ファルさんだって、みんな、無事に帰ってくるから……」

 願望でしかない思慕を、訥々と口にして、祈る。
 今のやよいには、それくらいしかできなかった。

「やよい……」
「……うん」

 プッチャンにも、そんな反応しか返せない。
 無力感に苛まれ、やよいの気は落ち込んでいた。
 これでも、だいぶ持ち直したと言えるだろうが。

 ――菊地真の死去。

 先の放送では、呼ばれることを既知していた神宮司奏、井ノ原真人の名よりもまず、彼女の訃報が衝撃的だった。
 昨日の昼に再会を果たし、しかしすぐに離れ離れとなり、ついに二度目の合流を果たすには至らなかった友達。
 やよいがこの殺し合いのゲームを生き抜く上での大きな指針であり目的が、なくなってしまったのだ。

 懸命に堪えようと思っても、涙は溢れてくるもので、放送を聞いた当時はファルやトーニャにだいぶ迷惑をかけてしまった。
 今、やよいが避難地へと追いやられたのには、そういった精神面での弱さを考慮している部分もあるのだろう。

「……っ」

 唇を強く噛み、やよいは押し寄せてくる悲痛の波に抗った。
 こうやってなにもしないでいると、数々の喪失を思い出してしまいそうで、辛かった。

 如月千早の死。
 葛木宗一郎の死。
 伊藤誠の死。
 真アサシンの死。
 直枝理樹の死。
 神宮司奏の死。
 井ノ原真人の死。
 菊地真の死。

 やよいの知り合いは、悉く死去してしまった。
 既に生存者も少なくなってきている現状、それは誰にでも言え、極自然な運びでもあった。
 だからといって、受け止め切れるものでもない。
 特に真は、やよいにとっての大きな支えであったため、喪失感も人一倍だ。
 あのときの教会で、もっと上手くやれていれば――こんなことにもならなかったのではないか、と。
 無力を自覚しての後悔に、懊悩したりもした。

 乗り越えなければならない辛さだとも、思う。
 右手で黙するプッチャンの甘言が欲しいなどとは、思っても口に出さない。
 時間の経過による精神回復をあてにして、今はただ、トーニャたちの無事を祈った。

 トーニャの鬼謀が功を成し、凪を鎮圧、情報入手にこぎつければ、このゲームもようやく終わりが見えてくる。
 その道程に、やよいはただ参加することしかできない。
 自分という人間はなんの助力にもなれないのだと、自覚しているからこそ、また俯いた。

「てけり・り!」

 そんなときだった。
 ダンセイニがいつもよりも甲高く鳴き、それの到来をやよいに知らせる。
 俯いていた顔をダンセイニのほうへずらし、次いで食堂の入り口へと転じた。

「……っ!?」

 そこに、炎凪はいた。
 着崩したワイシャツは綺麗なまま、一切の外傷も負わず、にこやかに食堂へと踏み入る。
 やよいは猛然と席を立ち、猫っぽい笑みの凪に相対した。

「やだなぁ。そんなにびっくりしなくてもいいじゃない。こっちは驚かせる気なんてなかったんだから」
「てめぇ……トーニャやウェストはどうした?」

 閉口するやよいの代わりに、プッチャンが詰問する。
 ここに凪がいる、寄宿舎に凪が侵入できたということは、表で足止めをしていたはずのトーニャたちは――と、誰もが想起してしまった。
 緊迫した雰囲気の中で唯一、凪は飄々とした態度を保ち、これに答える。

「殺した」

 やよいの顔が、サァーっと青ざめるのを見て、一笑。

「――って言ったらどうする? 大丈夫、二人ともまだ生きているよ」

 反応を楽しむように、けらけらと嘲る凪。本人は諧謔を弄しているつもりなのだろうか。
 プッチャンは憤慨の意を表し、やよいはショックから立ち直ろうと努め、身を強張らせる。

「僕としても君たちをお仕置きしに来ただけで、なにも命まで奪う気はないのさ。
 トーニャちゃんとドクターの相手はオーファンが務めているけど、殺せとは命令していないし。
 まあ、反抗の度合いにもよるかもだけれど、腕の一本や二本はご愛嬌……かな?」

 凪の人を食ったような態度に、ダンセイニまでもが獰猛に唸る。
 当の本人は、痛々しい敵意の眼差しをまったく意に介さない。

「それよりもだ。僕としては、君みたいに一人で逃げ隠れちゃう臆病者のほうが気がかりでね……」

 凪が一歩、やよいのもとへと歩み寄る。
 ポケットに突っ込んでいた手を出し、緩慢とした動作でそれを伸ばす。
 触れられるだけで汚物が感染しそうな気配に、やよいは身じろぎはおろか、反応すら満足に取れなかった。

「闘争に参加しない者がいては、儀式が成り立たないんだ。だから、マスターに代わって『ちょーきょー』させてもらうよ」

 不気味な囁きが耳元まで届き、やよいは反射的に目を閉じてしまう。
 伸ばされた手に抗う意思を、恐怖から押し殺してしまった。
 そこで、右手が勝手に動く。

「――気安くやよいに触れるんじゃねぇ。アイドルに手ぇ出すってことがどういうことか、なんなら俺様がわからせてやろうか?」

 バシンッ、と凪の手を振り払ったのは、やよいの右手に装着されたプッチャンの意志だ。
 表情の変わらぬ不細工面に怒気を込め、矮小な存在でありながら、このゲームの掌握権を握る猛者へと抵抗する。
 凪は嘆息し、

「……怖い怖い。僕としてはもっと穏便に事を進めたいんだけど……ま、仕方ないよね」

 プッチャンの怒りを正面から受け止めて、なお返す。
 やよいを庇うように前に出たプッチャン、そこにダンセイニが並ぶ。
 気後れしていたやよいも、その二人の様子を見て意思を改めた。

 過去、遭遇したことのない状況。
 この場には、支給品の枠組みに分類される二人の仲間しかいない。
 葛木宗一郎のような絶対的な保護者に守られているわけでも、ない。
 トーニャやウェストは、今まだ表で戦っている。

 ――高槻やよい自身が、戦うときが来たのだ。


 ◇ ◇ ◇


236:blue sky 投下順 237:THE GAMEM@STER SP(Ⅱ)
時系列順
230:構図がひとつ変わる 炎凪
226:いっしょ/It's Show(後編) 高槻やよい
アントニーナ・アントーノヴナ・二キーチナ
ドクター・ウェスト
ファルシータ・フォーセット
231:The knife in the blue 山辺美希
234:Symphonic rain クリス・ヴェルティン
玖我なつき
大十字九郎
227:この大地を残酷に、美しく照らす 羽藤柚明
235:安易に許す事は、傲慢にも似ている(後編) 羽藤桂
アル・アジフ

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