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harukaze_lab @ ウィキ

正体

最終更新:2019年10月31日 19:53

harukaze_lab

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正体
山本周五郎

-------------------------------------------------------
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)龍助《りゅうすけ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一|刹那《せつな》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)おべ子[#「おべ子」に傍点]
-------------------------------------------------------

 龍助《りゅうすけ》危篤という電報を手にしたとき、津川《つがわ》は電文の意味を知るよりも佐知子《さちこ》に会えるなと思うほうがさきだった。
「なんていうやつだ」
 それでも彼はいちおうそう云って自分を苦々しく反省したが、車で東京駅へかけつける気持には、すでにどう抗《あらが》ってみても危篤の友を見舞うにふさわしいものはなくて、抑えても抑えてもふくれあがる女への情熱でいっぱいだった。
 佐知子とは彼女が龍助のあとを追ってフランスへ行くとき会ったきり手紙のやりとりもせず五年になる。
 三年まえに帰朝したという通知を龍助からもらったおりには、前後を忘却するほど感情の紊《みだ》れに襲われたが、すでに二人は龍助の前では逢うことのできぬ関係になっていたから、そのときは無論のことその後もずっと相会う機会を避けるようにしていた。
 龍助は帰朝してから半年ほど、東京で画の仲間と生活をもったが、佐知子はチロルで喀血《かっけつ》して以来ずっと健康をとりもどせずにいると云って須磨の家に残っていた。
 そして龍助が東京をひきあげるについて迎えがてら春服のモオドを見に彼女が上京すると聞いたときには、津川は反対にそのときかかっていた仕事の材料を集めに鳥取市へでかけてしまった。そんなことが二三度続いたあとで、
「どうしたんだ、君たちはまるでお互いに逃げあっているみたいじゃないか」
 と龍助が云ったりした。
 東京をひきあげると間もなく龍助の態度が変ってきた。もっともフランスから帰った時分にもう彼のようすは変っていたのだ、それまでは本当にただ金持のお坊ちゃんが画を描いているというだけで、性格から云っても人好きの良い派手なことのすきな、悪く云うと浮っ調子だった彼が、すっかり沈みこんで、口も重くなり動作も鈍くなり、ともすれば相手の言葉の裏をさぐるような暗い眼つきをするのだ、着物の好みなどもひどく地味になったし、相貌までが生気を喪って、いつも額を蒼くし眉を顰《ひそ》めているというふうになった。
 露悪的にしかものを表現することのできぬ仲間の一人は、
「杉田のやつは腎虚だぜ、あの女房はあいつの感覚には淫蕩《いんとう》すぎるんだ」
 と評したが、それはたんなる言葉として、その言葉のもつ印象にはしかし誰にも否定しがたい多分の実感があったのである。
 龍助はだんだんと仲間から離れていった。たまに上京することがあっても誰にも会わずに帰るし、三五人ある関西の友達ともまるっきり付合わなくなった。神戸にいる八木良太《やぎりょうた》という友達があるときその状態を報告して、
「――彼はいまガラニスで妻君の裸体を描いているよ……おおお、神さま」
 と伝えてきたが、それが龍助の生活の最期の姿であった。

 神戸駅へ着いたのは午後六時だった。歩廊へ足をおろしたとき、津川は思わず軽い眩暈《めまい》を感じて立竦《たちすく》んだ、彼はその瞬間に龍助の姿を見たのである、歩廊はいっぱいの人混だったがその人たちのあいだにいつも彼を出迎えるときっと立っている鉄柱の蔭のところからこっちを見ている龍助の蒼白《あおじろ》い顔が鋭く津川の眼にうつったのだ。無論それはほんの一|刹那《せつな》の錯覚で、ふたたび見やったときには似もつかぬ新聞売子がいただけであったが、――津川は思わず、
「――間に合わなかったかな」
 と呟《つぶや》いてそっと頭を垂れた。
 駅を出ると津川は、仲間でおべ子[#「おべ子」に傍点]のホテルと呼んでいる野村屋ホテルへ外套《がいとう》を脱ぎ、すぐに須磨の家へ電話をかけた、初め女中が出てすぐ佐知子が代った。
「僕です、津川」
「ああ」
 津川の声もしどろだったが、電話の向うでも低く叫ぶのが聞こえた。
「いま着いたんですが、杉田の具合はどうですか」
「ちょっとお待ちください」佐知子は答えずに男の声と代った。それは八木良太だった。
「津川か、よう来たな」
「杉田はどうした」
「あかん、十時半だった、あとから電報したんやが見なかったやろ」
「うん、『燕』で来たから、そうかやっぱり駄目だったか」
 津川は歩廊で見た幻覚を思い出してぎゅんと緊めつけられるような息苦しさを感じた。
「いまどこや」
「野村屋にいる」
「すぐこっちへ来んか」
 津川はちょっと返辞に困ったが、
「ゆうべ徹夜の仕事をしたあとでひどく疲れているんだ、どうせ間に合わなかったのならひと休みしてから行こう」
「さよか、じゃあとにかく晩《おそ》くにでも来いよ、今夜はお通夜やよってな、待ってるぜ」
 電話を切ると、顔なじみの老主人に案内されて津川は二階の奥まった部屋へ通った、しかしひと眼部屋のようすを見ると彼はどこかもっと明るいところへ換てくれと云って、表に面して増築したばかりの新しいほうへ移った。――さきの部屋の壁には、……正確に云うと東側の壁の腰紙の一部には、かつて彼の書きつけた万歳という字が遺っているはずである、それを書いた六年まえのある夜の情景は、いまの津川には強すぎる呵責《かしゃく》なのだ。
 風呂から出るとおべ子が夕食を運んできた。彼女は本当は蕗子《ふきこ》というのだが、顔のしゃくれた小柄の愛くるしい女で、仲間が誰云うとなくおべ子というわけの分らぬ愛称をつけ、いかにもそれが似合っているので皆に愛されている女中だった。
「なんだ、君はまだここにいたのか」
「顔を見るなり何でんね、いないでどないしましょう、あんたさんがたが来てくださるうちは何年でもおりますが」
 津川は箸《はし》を執りながら冗談の云いあいをしていたが、ふと思い出して龍助の死んだことを知らせた、おべ子は眼を丸くして驚いた。
「それ、ほんまでっか」
「本当さ、だから今日来たんだ」
「まあ……夢みたいな」
 おべ子の驚きには理由があった。
 それというのが、彼女の話によると龍助はこの半年ばかりひどい悪遊びをしていたということだ、大阪や京都の色街でずばぬけた真似をするばかりでなく、妙な女を伴《つ》れては繁々と野村屋へも泊りにきたそうである、それが来るたびに相手が違っていて、なかに一人だけ三度ほど同じ女がいたのは、あとで妻君の佐知子だということが分ってさすがに驚かされたという。
「いくらお道楽でもあんまりでっせ」
 とおべ子は云った、「ゆうべ素性の分らぬ女子と泊った部屋であなた、明る日奥さんと寝やはるなんて法がありまっかいな、ほんまに杉田はん悪にならはった思いましてん」
 老人は死ぬ前に物慾が強くなり、中年の者は情慾が烈しくなるという俗説を津川は思い出した(じつはそうではなかったのだ)。
 おべ子の観察によると、つい半月ほどまえまでそんな乱行をしていた龍助には、微塵《みじん》も死を予想させるものはなかったというのであるが、津川には反ってそこに強い死の影が動いているように思われ、八木良太が、
「ガラニスで妻君の裸体を描いている」
 と嘲笑《ちょうしょう》的に伝えた言葉と一致して、その半年間のいらいらした龍助の気持が切実にまで感じられるのであった。
 夕食のあと、津川は寝床をとらせて二時間ばかり横になり、九時頃に車を呼ばせて須磨へ向った。

 月見山の家はひっそりとしていた。迎えたのは八木良太でどてらを着こんでいた、
「御苦労さん」
「いや、遅くなって」
 津川はいまにも佐知子が出てくるかと、神経の鋭くなるのを抑えつけながら八木について龍助が居間に使っていた十畳へ通った。
 部屋の上段にはすでに納棺された龍助の遺骸があり、供物や華や飾物がところ狭く並べられてあるあいだに、故人の親族と思われる人たちが十二三人つつましく控えていた。八木の紹介でその人たちと挨拶をしながらすばやく見廻したが、そこには佐知子の姿はみつからなかった。
 香をあげて部屋の隅にさがると、しばらくして通夜の僧が入ってきたのを機会に、八木が肩を突いてこっちへ来いと合図をした。
「おい、すばらしいぞ」
 廊下へ出ると八木良太が云った。
「僕あじつのところ軽蔑《けいべつ》しとったんやが、今日あいつの画を見てびっくりした、すばらしいものがたくさんあるんや、まあ見てみい」
「妻君はどうしたんだ」
「頭が痛むとか云ってあっちへ行ったが――まあ妻君へお悔みを云うのなんかあとにせい、それより一遍あいつの画を見いや」
 八木は津川の気持などにはかまわず、そう云ってどんどん画室へ入って行った。
 龍助の画室は洋館の離室《はなれ》を改造したもので、明りとりも大きく、贅沢《ぜいたく》な嵌込み煖炉《だんろ》があって窓は全部二重|硝子《ガラス》になっている十坪ほどのがっちりした部屋だった。
 画室の中はいっぱいの画だった、額縁に入ったのや、カンバスのまま重ねてあるのや、大きさもとりどりでおよそ五六十点あるであろうか、それから驚いたことにはそれらの画が全部佐知子を描いたものであることだ、年代順に見ると初めは着衣の全身、それから半身になって、顔だけになって、さらに小品の中には眼を中心にした顔の上半だけのものが七八点に及んでいる。その次には裸体があった、全裸が五点、ことに人物八十号へ描いた一点は床に仰臥《ぎょうが》したもので、とうてい一般に展観することのできぬ猥がましい大胆なポオズである。
「ああそれはどむならん」
 八木はひと眼見て云った、「そいつは杉田も失敗の作だよって破いてくれ云いおった」
「破けって――?」
 津川は訊《き》きかえしながら、取除けようとする八木の手を押え、電燈の直射を避けるところへ置直して喰い入るように見入った。
 それは見れば見るほど放恣な淫卑な筆つきである、あらわにひろげられた内腿には静脈がうき、双の眼は怠惰な倦怠《けんたい》と溶けるような欲望との入混った不思議な赤みがさしている、右手を頭の後へ廻した手はぐったりと床の外へ垂れている、ぬめぬめと濡れている口辺、まるみと力の籠《こも》っている腹のふくらみ、それから伸ばした左足の指が強く内側へかがめられていて、それが流れている全体の線の調子を壊していると同時に、ひどく肉感的な暗示をもっているのだ。
 津川はしばらくその画を凝視していたが、やがてまた始めから見直しにかかった。彼は丹念に一枚一枚見て行った。
「どや、それなんか立派やろ。洋行まえには金持のお道楽や思うていたし、実際帰ってから展覧会へ出したものやって皆駄物やったが、あいつ家へ引籠りだしてからこんな傑作を描きよった、これなら大威張りで遺作展やれるぜ」
 八木良太は見ていく側からそんなことを云ったが、いまの津川には画の価値はどっちでもよかったのだ。
 扉が開いて佐知子が入って来た、それは津川にはすぐ分った。
「いらっしゃいまし」
 津川が振返ると、こっちの眼を正しく見ながら佐知子は丁寧に腰をかがめた。彼女は五年まえに比べるとひどく肉付も良くなり、頬などは今度のことで疲れが出ているのであろうのに娘のように艶《つや》やかで張り切っていた。
「わざわざ、御遠方のところをおそれいりました、お知らせは出すまいと存じましたのですけど、八木さんが出すほうがよいとおっしゃいますのでお知らせ申しました」
「あなたもたいへんだったでしょう」
「はあ、ありがとう存じます」
 佐知子のようすは津川を驚かすにじゅうぶんであった。
 彼女の表情には微塵も動揺がないのだ、龍助の死を悲しむ色もなく、津川に会うことの感動もない、そうかと云ってべつにとり澄ましているとか仮面を冠っているわけではなく、一種の近寄りがたさ、見透しのつかぬ模糊とした精気とでもいいたいようなものが、彼女の全身を包んでいるのだ。
 佐知子は挨拶だけすると、向うで読経が始まるから来てくれと云って静かに去った。
「三十二やそこらで後家になるなんて彼女《あのひと》もお気の毒や、あの器量やからはたで捨てちゃおくまいが、何かあれば尻軽や云われようし、いつまでここにおれば財産が欲しいのや云われようしな」
「財産なんて残ってるのか」
「仰山なもんやろ、なにしろ使った云うてもパリへ行ったくらいなもんやから」
「しかしこの半年ばかりだいぶ駄々羅遊びをしたそうじゃないか」
「杉田がかい? 阿呆なこと」
 八木良太は知らなかった。
 八木が読経の席へ去ってからも、津川は独り画室に残って画を見続けた。そして多くのものに共通する一つのことに気付いた、それは今しがた佐知子が津川を驚かした一種の精気――捉《とら》えがたい静かさ、妖気《ようき》とでもいいたいものがどの画のうえにも現われていることである、そしてそれらの対照として一点だけ、八十号の裸体だけがまるでかけはなれているのだ、そこには明らさまな女が描かれてある、むしろ卑められるだけ卑めた『女』というほうが当っていよう、不道徳にまでそれが誇張されてあるのだ。
「これは失敗の作だから破いてくれ」
 龍助が死ぬまえに云ったという言葉を、津川はべつの意味から考えてみたかった。
 津川を驚かし、同時に龍助の多くの画に描かれている佐知子の妖しい精気というごときものは、六年まえ――いやすくなくとも龍助と結婚する以前の彼女にはかつてなかったものである、かえって龍助が破棄しようとする裸体にこそ、津川の知っている佐知子が描き出せているのではないか?
「いったい」
 と津川は呟いた、「それにしても杉田はこんなにたくさん描いて、佐知子の何を描こうとしたのであろうか」

 津川は初七日のすむまで神戸にいた。
 そのあいだ三度ほど佐知子に会ったが、彼女の態度は初めの夜と少しも変らず、津川を見る眼つきにも応待にも、まったく感情の動く気配が見られなかった、そのあいだに津川のほうでも自分の気持の変化していくのに気付き始めていた。龍助危篤の電報を手にしてから汽車に乗っているあいだじゅう、右も左もなくはちきれそうにふくれあがっていた佐知子への情熱が、いつかおそろしく平凡な悔恨に変り、かつての情事の思出さえが嫌悪になってきた。
 初七日の待夜の法事はにぎやかだった。大阪や京都から画描き仲間が七八人集まり、故人の親族とはべつの部屋で酒が出された。八木良太は津川の知らぬ故人の友で矢走院吉《やそういんきち》という脚本作家と龍助の遺作展をしようと提議を出し、それには幸い皆ここに集まっているからとりあえず画の選抜をしようと云って、みんなで画室のほうへでかけて行った。――津川も立とうとしたが、佐知子が静かに見上げながら、
「津川さんはここにいらっしゃいましよ、あたくし独りじゃ寂しゅうござんすわ」
「じゃああなたもいらっしゃい」
「あたくしには画は分りませんわ、それになんだか杉田の画は怖くって……」
 津川はそれでも押切って行くわけにもならぬので、云われるままに座り直した。
 津川は黙って盃《さかずき》を執った、佐知子もしばらくは遠くの人声を聞いているようすだったが、やがてひどく調子の違った声で、
「六年になりますかね」
 と云った。津川はその調子から、彼女が自分の眼を求めているのを知って、抑えきれぬ気持の乖離《かいり》を感じながら頷《うなず》いた。
「野村屋に泊ってらっしゃるんですってね」
「ええそう――」
「どのお部屋……?」
 津川はぎくりとしながら初めて眼をあげた。彼女のようすは変っていた。さっきから二三杯、みんなの相手をしているので、眼蓋がうすく色づき、きっちりと帯を締めた豊かな胸もとは微《かす》かに波をうっている、瞳《ひとみ》の輝きにも身がまえにも解放されたものがみえ、今はもうさきの夜津川を驚かせたあの近寄りがたい精気はなくて、かつて彼のまえに差伸ばされた佐知子の本当の姿が現れているのだ。
 どの部屋か――と訊く言葉の意味は津川をまったく狼狽《ろうばい》させた。
「あの八十号の画ね、裸体の」
 津川は返辞をせずに話を変えた、「あの画はまだ画室にあるんですか」
「ええ、どうして」
「じゃあ今みんなが見ているわけだな、あれは少しひどいと思うんだが、あなたは不愉快じゃないんですか」
「だって画じゃないの」
 佐知子は窃《ぬす》むように笑った、「フランスではもっともっとひどいのが平気で展覧会に陳列してありますよ」
「いや、そういう意味でなく」
 津川は佐知子の言葉の調子に慌てて相手を遮《さえぎ》ったが、佐知子のほうは眼尻でちらちらと津川の表情をさぐりながら笑っていた。
 話はそれ以上進まぬうちに、戻って来た八木たちのために途切れた。――津川は九時少しまえに別れを告げて立った、そして玄関へ出ると佐知子が、
「角までお送りいたしましょう」
 と云って一緒に下りた。
 ショオルを肩にひきしめた佐知子は、津川の側へひき添うようにして歩いた。冷え徹る夜ですでに凍り始めた道は、月の光を浴びて寒々と白く浮いて見えた。
「いつお帰りになるの」
「明日帰るつもりでいます」
「――そう」
 彼女の声は反問の響をもっていたが、津川は気付かぬふうを装っていた。そしてそのまま停留場まで黙って歩いた。電車はなかなか来なかった、佐知子はときどき津川の横顔へ強い視線を投げかけていた――そして、やがて電車の近づいて来るのが見えたときであった、佐知子は急にすり寄って来てほとんど囁くように、
「一日お延ばしなさい、明日の晩七時頃に野村へお伺いしてよ」
 と云った。
 津川は驚いて振返った。彼女はショオルのあいだから嬌《なま》めかしく、むしろ勝誇ったように笑っていた。
「――あれだ」
 電車へ乗ると同時に、津川は思わず叫びそうになった。あれだ、あれなのだ、龍助が描こうとして描けなかったもの、あれだけ描きながらついに捉えることのできなかったもの、それはいま、明日の晩行く……といったあの佐知子なのだ。
 津川には今こそ了解できた、龍助は佐知子の正体を掴《つか》もうとしていたのだ、そして焦りに焦った結果かえって彼女をべつなものにつくりあげてしまった、彼女が津川を驚かせたあの一種の近寄りがたい雰囲気《ふんいき》は、じつは龍助が自ら知らぬうちに彼女のうえへ拵《こしら》えあげたものなのだ、彼は佐知子を追求しながら事実はますます彼女から遠ざかっていたにすぎぬ。死ぬまえ半年のあいだの女遊びも、要するにそれらの悪行を通して彼女の正体をつきとめようとした表われなのだ。ところが、
「七時にお伺いしてよ」
 と云ったあの瞬間にこそ彼女の正体は顕われている、そして同時にそれはけっして龍助には捉えることのできぬものなのだ――彼が自ら拵えあげた神秘の帷《ブェール》を透して懸命に掴もうとしていたものは、じつは彼女が津川にと彼から盗んでいたのであった。
「あの八十号の裸体こそ、彼女の正体をつきとめていたのだ、だが――彼にとってはあれは失敗の作でしかなかった、そして……」
 津川は息詰るように呟きを呑んだ。



底本:「山本周五郎全集第十八巻 須磨寺附近・城中の霜」新潮社
   1983(昭和58)年6月25日 発行
底本の親本:「アサヒグラフ」
   1936(昭和11)年3月11日号
初出:「アサヒグラフ」
   1936(昭和11)年3月11日号
入力:特定非営利活動法人はるかぜ

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