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武道用心記

最終更新:2019年11月21日 20:34

harukaze_lab

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武道用心記
山本周五郎

-------------------------------------------------------
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)建野《たての》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)命|覚束《おぼつか》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数)
(例)※[#「火+(麈-鹿)」、第3水準1-87-40]
-------------------------------------------------------

[#8字下げ]一[#「一」は中見出し]

 建野《たての》竜右衛門は備前岡山藩の大横目《おおよこめ》で、三十五六歳の頃から銀白になった髪の毛と共に、家中きって横髪破りの定評があった。
 息子の新十郎は江戸詰になって七年、妻は既に亡く、この岡山の屋敷には娘の双葉《ふたば》がいるきりで、近年いささか身辺が淋しい様子だ。……しかし横髪破りは相変らずで、いま甥《おい》の真之助を叱っている有様にもよくそれが表われている。
 富安真之助は三年前に江戸詰となったのだが、持前の癇癖《かんぺき》が祟って江戸を失策《しくじ》り、いま国許へ帰って来たところである。「……今年になってからも是だ」
 竜右衛門は書面を手にしながら、
「正月に沼田一郎次とやり、二月に村岡太兵衛、古河仁右衛門、三月が無事だと思うと四月にはまた沼田とやり、林忠平、六所久之進に鈴木文吉とやっている」
「…………」
「どうしてこう喧嘩《けんか》をするんだ」
「…………」
「この調子ではいまに岡山藩の家中はみんなおまえの喧嘩相手になってしまう、いかん、是ではいかんぞ真之助」
「なにしろ……癇に障《さわ》るのです」
「癇はおまえの持病だ」
「そうかも知れませんが……江戸は駄目なのです叔父上、人間の気風も悪いし、それに天気も悪いし」
「天気が悪い、……天気が悪くったって仕様がないじゃないか。そんな風だから何事も旨くゆかないのだ、第一おまえは我慢というものを知らぬ、人間はなにより我慢が大切だ。例えばいま梅雨でじとじと雨が降っているだろう、……おまえ是をどう思う」
 真之助は庭の霖雨《りんう》をちらと見やって、
「鬱陶《うっとう》しいです、むしゃくしゃして来ます」
「それその気持が癇の起る種だ」
 竜右衛門はしたり顔に云う。
「鬱陶しいと思うからむしゃくしゃして来る、ああ良い雨だ、こう見ていると腹の底までさっぱりする、百姓はさぞ喜んでいるだろうと考えてみろ、物事は気の持ちようでそう思えば鬱陶しさなどすっ飛んで了《しま》う」
「……そうでしょうか」
「また不愉快なことが起ったらこう思え、いい気持だ、なにも不平はないじゃないか、ああさばさばした気持だ……こう三遍云ってみろ、そうすれば自然と心が明るくなる。他人に対してもそうだ、あいつは厭な奴だと思うからいかん、あの男にも良いところはある、誰がなんと云っても己《おれ》はあの男が好きだ、なかなか好人物じゃないかと考えるがいい、つまりそれが堪忍であり我慢というものだ」
「……申上げます」
 襖《ふすま》の向うで家士の声がした。
「源吾か、なんだ」
「御役所より使者がござりました」
「よし直ぐ参る」
 と云って竜右衛門は手にした書面を巻きながら、
「国許の役目は大番組だ、このまえと違って気風の荒い連中が揃っているから、いま云ったことを忘れずに、熟《よ》く熟く堪忍して勤めなければならんぞ」
「はい、出来るだけそう致します」
「出来るだけではない、出来ないところも堪忍するのが真《まこと》の武士だ、もし是から喧嘩をするようなことがあったら、理非を問わず勘当する、よく心得て置け」
 真之助は神妙に低頭した。……竜右衛門は立ちながら言葉を柔げて、
「一番町の家は掃除をさせて置いたが、井戸の具合はどうだ、後ろの土塀は直さぬといかんな、あのままでは手が附けられん」
「はい、梅雨でも明けましたら早速」
「全くこの雨にはくさくさする」
 と云いかけたが慌てて空咳《からぜき》をしながら、
「役所から使が来たから今日は是で、……また参れ」
 そう云い捨てて廊下へ出た。
 別間へ行ってみると、下役の者が汗を拭《ふ》いていた、よほど急いで来たらしい。
「どうした、なにか急の御用でもあるか」
「一大事が出来《しゅったい》致しました」
 下役はまだ息を喘《あえ》がせながら、「昨日から西大川の河口沖に大阪奉行所の流人《るにん》船が船繋《ふながか》りを致して居ります」
「知っている知っている」
「その船の流人共が暴《あば》れだし、警護の役人を斬って船破りをしたうえ、御領内へ逃込んだこの急報にございます」
「そ、それは。……よし直ぐ行こう」
 竜右衛門は慌てて立った。

[#8字下げ]二[#「二」は中見出し]

 大横目の役所はごった返していた。
 仔細《しさい》を聞くとこうである。
 その前日、つまり安永七年六月二日に、大阪奉行所の流人船が城下から二里南、西大川の河口へ碇泊《ていはく》した。
 これには七人の重罪人が囚《とら》われていた。
 一人は出雲《いずも》の者で鯛目《たいめ》の鬼七、四人は大阪者で、生首《なまくび》の佐平、伝吉、観音新助、それに獄門《ごくもん》鉄五郎、二人は京の者で重右衛門、弥介という。……いずれも隠岐島《おきのしま》へ流される途中の者であった。
 ところが今朝、まだ未明の頃。
 この七人が不意に船牢を破って、警護の役人や船夫たちを斬伏せたうえ、小船を奪って逃亡したのである。
 この事件が河口にある福島の船番所へ知れたのは午《ひる》に近い頃であったが、それは流人船の側を通りかかった荷足舟《にたりぶね》が、人の呻《うめ》き声を聞きつけて初めてそれと分ったので、それからようやく騒ぎが広まったという訳なのだ。
「斬られた役人たちはどうした」
「動かせる者だけ城下へ運びまして、すぐさま手当をさせて居りますが、大丈夫と思われる者五名、あとは存命|覚束《おぼつか》なしという医者の診《み》たてでございます」
「厄介な事が起ったものだ」
 竜右衛門は舌打をして、
「それで、罪人共が御領内へ逃込んだというのは、見た者でもあるのか」
「彼等が乗って逃げました小舟が、七日市の三岐岸《みつまたぎし》に捨ててございましたし、つい先刻、内田村の農夫弥次郎と申す者が、今朝まだ暗いうちに獄衣姿の七名づれが城下の方へ走って行くのを見たと訴え出て居ります」
「城下へ……、なんで城下へなんぞ」
 竜右衛門は益々不機嫌だった。
 備前領で船破りをしたのなら、そのまま少し行って備中領へ逃込むべきだ、そうすれば僅か三里か五里のところで捜査の手はよほど暇取る、なぜそうせずに備前領へあがったのか。……しかも城下の方へ入込んだというのだからなんとも解せなかった。
「奉行へは達してあるな」
「はい、街道口も手配を致しました」
「町廻りの人数《にんず》倍増しだ」
 と云って竜右衛門は立ちかけたが、
「ああ作事方へ使を頼もう、すぐに仮牢を作って置かなければならぬ」
「……牢を?」
「捕えても大阪から受取りに来るまでは日数が掛る、そのあいだ当藩の牢へ入れて置くという訳にもいかんじゃないか、福島の船番所の近くへでも建てることにしよう、……急ぐぞ、どんなに遅くとも日暮れ前には出来上るようにするんだ。儂《わし》はちょっと出て来る」
 竜右衛門はせかせかと出て行った。
 城下街は次第に殺気立って来た、……横目の出役の他に足軽が二百人あまり出た、町々村々でも警戒の人数を要所要所へ出した、海上には船手を配った。
 日が暮れてから間もなく、美作口《みまさかぐち》から越智《おち》孫次郎が馬を飛ばして来た。
 孫次郎はまだ二十七歳であるが、大阪蔵屋敷で抜群の腕を認められ、去年国詰になるとすぐ大横目の筆頭心得に任ぜられたもので、竜右衛門がひどくお気入《きにい》りの若者だった。
「船破り二人を召捕りました」
「やったか!」
 家へも帰らず、役所で弁当をつかっていた竜右衛門は、孫次郎の急報に箸《はし》を投出して現われた。
「何処で捕えた」
「美作道の高津へかかるところでした、いま曳《ひ》いて参りますが、取敢えず調べたところに依りますと、京の者で弥介、重右衛門という二名、他の五名とは北ノ庄で別れたと申します」
「お手柄、お手柄であった」竜右衛門は機嫌よく頷いて、
「其奴らを責めたら同類の行先も見当がつくであろう、ぬかりなきよう頼むぞ」
「承知仕りました」
 孫次郎は端麗に微笑した。
 間もなく捕えられた二人が曳かれて来た。竜右衛門が自ら訊問に当ったが、京の者で重右衛門に弥介ということは相違なく、しかし五人とは北ノ庄で別れたまま行先は全く知らなかった。ただ、遠国する様子はみえなくて、どうも城下へ入るらしかったということだけが分ったのである。
「なんのために城下へ入るのか」
 竜右衛門は忌々《いまいま》しげに呻《うめ》いた。
「人騒がせな奴等だ、山伝いに備中へ行けばよいに、訳が分らぬ。……ともかく近辺にいるとあれば手配を厳重にして出来るだけ早くひっ捕えろ」
 横目役は徹夜を命ぜられた。

[#8字下げ]三[#「三」は中見出し]

 明る日も朝から霖雨であった。
 一番町の富安真之助の家には、朝から双葉《ふたば》が客に来ていた。……客というより、女手がないので帰国の荷解きを手伝うためである。
 双葉は十八歳、美しいというより愛くるしいという感じの娘だ。
「うん、いい雨だ、いい雨だ」
 真之助は縁側に立ち、庭の緑をけぶらせて降る雨を眺めながら、恐ろしい渋面を作って呟《つぶや》いていた。
「なんていい雨だ、気持がさばさばする、己は雨が好きだ、大好きだ、雨は大好きだ」
「……なにを仰有《おっしゃ》ってるの」
 双葉が不審そうに出て来た。
「雨が大好きだなんて、変ねえお従兄《にい》さま、先《せん》にはあんなにお嫌いだったのに、いつからこんな鬱陶しい雨がお好きになりましたの」
「うん、なに、……江戸ではみんな、その、こんなことを云うんだ」
「お禁厭《まじない》ですの」
「まあ、つまり、そんなものだ」
 真之助は急いで話題を変えた。
「ときに船破りの流人共はどうした」
「ゆうべ二人|捉《つかま》えたのを御存じでしょう、あれからまだなんの事もない様子ですわ、父はお役所へ詰めたきり戻りませんの」
「もうこんな処にはいやせん」
 真之助は眉をひそめて、
「捉れば命のない罪人が、それでなくてさえ危険な城下町などにいつまでうろついているものか、それより早く他領へ手配をするがいい、叔父上も案外手ぬるいことだ」
「そんなお話はもうたくさん」
 双葉は甘えるように従兄を見上げた。
「ねえお従兄さま、それよりわたくし御相談したいことがありますの」
「いやに改まってなんだい」
「本気で聞いて下さらなければいやですわ」
「……云ってごらん」
 双葉はまたちらと従兄を見上げたが、今度の眸子《ひとみ》は見違えるほど艶《つや》やかな光をもっていた、乙女の眸子がそういう光を帯びて来る話題はひとつしかない、真之助は武骨者であるがその視線を見逃すほど鈍くはなかった。
「ははあ、そうか」
「なんですの、……いや、お従兄さま」
 双葉は自分で恥ずかしいほど赤くなるのを感じた。
「縁談だな、そうだろう」
「……ええ」
「誰だ相手は、まさかこの真之助ではあるまいな」
「わたくしもうお話し致しませんわ、そんなことを仰有るなら、……本気に御相談したいと思っているんですのに、ひどいお従兄さま」
「よし、それなら今度こそ本気に聞こう」
「本当に真面目に聞いて下さる」
「心配なんだね、……その縁談の相手が」
「どう云ったらいいのでしょうか」
 双葉は襷《たすき》をそっと外した。……二の腕の羽二重のような肌を、紅絹裏《もみうら》が舐《な》めるように滑って落ちるのを見て、真之助の逞しい胸が微かに波をうった。
「向うの方はお従兄さまも御存じの越智孫次郎さまですの」
「……越智、それは意外だな」
「去年の秋に大阪から岡山へお帰りで、それから間もなく父のすぐ下を勤めるようになり、折々うち[#「うち」に傍点]へもお見えなさいますの。……お如才のない、よくお気のつくいい方ですし、父がたいそうなお気入りですから、わたくしにも文句はないのですけれど」
「……けれど、どうしたというんだ」
「なんですかわたくし」
 双葉の声は此処へ来てひどく迷わしげになった。
「どことなくあの方が好きになれませんの。初めはそうでもなかったのですけれど、三|度《たび》五たびとお会いするうちにだんだんそんな気持がし始めたんです、……ではどこが厭かと云われるとべつに是と云って取立てて厭なところはないのですが、性《しょう》が合わないとでも云うのでしょうかしら。此頃ではなんだかお顔を見るのも気味が悪いように思いますわ」
「それはなあ双葉、嫁入り前の娘たちが誰でもいちどは考えることじゃないのか、相手が嫌いなのではなくて、嫁に行く、人の妻になるということが不安になり、まだまだ娘でいたいという隠れた気持がそう思わせるのじゃないのか」
「富安のお従兄さまはそうお思いになって」
「孫次郎は頭の良いやつだ、あの若さで大横目の筆頭心得になるくらいだから、将来の出世のほども思われる。……それに男振もなかなか好いじゃないか」
「お従兄さま迄そんなことを仰有るとすると分らなくなりますわ」
「もっと落着いて熟《よ》く思案してごらん、嫁入り前には気持ち動揺するものだ、ひとつの事を思詰めると他が見えなくなる、とにかく……」
 云いかけて真之助は庭の方へ振向いた。
 卒然と、人の走廻《はせまわ》るけたたましい跫音《あしおと》が起り、垣の破れる音に続いて、なにか罵り騒ぐ切迫した叫声が聞えて来たのだ。
「……なんでしょう、お従兄さま」
 双葉はそっと従兄の体へ身を寄せた。

[#8字下げ]四[#「四」は中見出し]

 叫声は近づいて来た。
「船破りだ」
「流人共が逃込んだぞ」
「御油断あるな」
 走廻りながら、附近の屋敷へ知らせる声であった。
「きゃっ[#「きゃっ」に傍点]」
 と云って双葉が真之助の腕へ縋《すが》り付いた。……横庭からふいに下僕《しもべ》の勘助が現われたからである。
「旦那様、流人の奴が此方へ逃込んで来たと申します」
「なにか見違いだろう」
「否《い》え秦野様の薪《たきぎ》小屋に隠れていたのだそうで、刀を振廻しながら此方へ逃込んだということでございます」
「では裏木戸を明けて置け」
「……明けるのでございますか」
「旨くゆけば逃込んで来るだろう、おまえたちは部屋へはいってじっ[#「じっ」に傍点]として居ればよい」
 勘助は雨のなかを跳んで行った。
「お従兄さま」
 双葉は恐そうに、
「逃込んで来たらどうなさいますの」
「そんなことはいいから片付け物の方を頼む、早くしないと午食《ひる》になるぞ」
 双葉が部屋へ入ると、真之助は大剣を取って来て縁先へ坐った。
「よく降りやがる」
 舌打をしたが直ぐに、
「だが百姓は喜んでいるだろう、……いい降りだ、いい雨だ、己は雨が大好きだ、大好きだ、雨は大好きだ」
 ぶつぶつ口の内で呟いていた。
 しかし何事もなかった、走廻っていた人たちもやがて遠くへ去り、再び無限のように雨滴《あまだ》れの音が家の四方を取巻いてしまった。……その静かさのなかで、不意に、真之助はきりきりと胸が痛みだすのを感じた。
 ――喰物でも悪かったのかな。
 初めは本当にそう思ったほど、肉体的な痛みでさえあったが、間もなくその原因は朧《おぼろ》げながらかたち[#「かたち」に傍点]をもって来た。
 ふしぎな自覚である、今日まで會て一度もそんな感じはなかったのに、今しがた嫁にゆくと聞いてから、自分にとって従妹の存在がどんなに大切なものであったかということに気付いたのでる、真之助は狼狽《ろうばい》した。……嘘も隠しもなく本当に今まではそんな感じで従妹を見たことはない、年も八つ違いで、まだ彼女が自分のことを双葉と云えず、舌っ足らずにおた[#「おた」に傍点]、おた[#「おた」に傍点]と云っていた頃から殆ど朝夕一緒に育って来た、従妹というよりは実の妹のような気持で可愛がって来たのである。
 それが今、……他人の嫁になるという事実にぶっつかって、初めて、今日まで自分の胸のなかに育っていた愛情が、いつかぬきさしならぬものに変っていたことを知ったのだ。
 片付け物を終って双葉が帰るとき、真之介はもう平気で従妹の顔を見ることが出来なくなっていた。
 それにしても、
 ――わたくしあの方が好きになれませんの。
 と云った双葉の言葉は大きな誘惑である、孫次郎が好きになれないと訴える言葉の陰になにか表白しようとするものがあったのではないか。……そう思うと真之助の心はぐらつき始めた。
 ――若しや双葉も。
 という気持さえ起って来る。
「いかん、なんという馬鹿な!」
 真之助は我に返って吐出すように云った。
「もう話も凡そ決っているという今になってなんだ、そんな未練がましいことを考えるなんてうろたえ過ぎるぞ、……確《しっか》りしろ」
 確りしろと何度も呟くのだった。
「頭の芯にまで黴《かび》が生えるような雨と、生れて初めて感ずる懊悩《おうのう》のうちに二日経った。
 このあいだにも船破りの流人騒ぎはまだ片がついていなかった、厳重な手配にもかかわらず、四日の夜には西川町の備前屋伊右衛門という大きな雑穀問屋へ押入って、金子五十両あまりと米、味噌などを盗んだ者があった。……それが例の流人たちの仕業であるか、それとも騒ぎにつけこんで他の者がやった仕事か、備前屋の者がひどく狼狽していたので何方とも分らなかったが、城下街の恐怖はそのため一層ひどくなって来た。
 六月六日の夜のことである。
 帰国してから初めて登城した真之助が、夜になって下城して来ると、片側屋敷の河岸でふと怪しい人影を認めた。……侍屋敷のながい築地《ついじ》のはずれに、ぴったり身を寄せていたのが、真之助の姿を見ると鼬《いたち》のように暗がりへ消えたのである。
「――勘助」
 気付かぬ風で四五間行ってから、真之助は提燈を持って供をしていた下僕にそっと云った。
「おまえひと足先に行け、怪しい奴がいるから見届けて来る、向うの橋の袂で気付かれぬように待っていろ」

[#8字下げ]五[#「五」は中見出し]

 真之助は穿物《はきもの》を脱いでいた。
 曲者のひそんでいた小路を、逆の方から忍足に近寄って行くと、さっきと同じ場所に同じような恰好で凝乎《じっ》と身を跼《かが》めている姿が見えた。
 なにかを狙っているらしい。
 真之助があいだ二間ほどに近寄って、呼吸を計る刹那、相手はふっと振返って、
「――あっ!」
 叫びながら立つ、
「動くな」
 真之助は大声に、
「動くと斬るぞ」
 云いつつ詰寄った、気合の籠った態度に圧倒されたか、相手は一瞬そこへ立竦《たちすく》んだが、真之助の手が伸びようとするとたん、
「わっ!」
 というような喚《わめ》きと共に、いきなり抜打ちに斬りつけて来た。……しかしそれは法もなにもない無茶なもので、真之助が僅に体を躱《かわ》すと、そのまま雨水の溜った道の方へ烈しく転倒した。
「おのれ、手向いするか」
「――畜生」
「やめろ、神妙にせぬと本当に斬るぞ」
 相手は肩で息をしながら、抜身を構えて起上ると、窮鼠《きゅうそ》の勇で再び突っ掛けて来た。
「えい!」
 真之助はひっ外しながら、たたらを踏む曲者の背へぱっと拳《こぶし》を当てた。
「――あっ」
 はずみを喰って道へのめり伏す、踏込んだ真之助は利腕《ききうで》を逆に捻上げた。すると曲者は狂気のように、
「助け、助けて下さい」
 と喉も裂けんばかりに悲鳴をあげた。
「お手向いは致しません、妹の仇が討ちたいのです。仇さえ討てば名乗って出ます。どうかそれまで見逃し下さい、お慈悲でございます、お慈悲でございます」
 意外な言葉だった。
「……妹の仇。それは真か」
「お疑いならなにもかもお話し申上げます。その代りどうか、どうか見逃してやって下さいまし、妹の仇さえ討てば此世に望みのない体です。必ず名乗って出ますから」
「……起て」
 真之助助は手を放して云った。
「仇討ちという言葉は聞捨てにならぬ、しかし偽って逃げでもしたら斬るぞ」
「は、はい、もう決して逃げは致しません」
「この暗がりではどうにもならぬ、拙者の家まで参るがよい、仔細を聞くまで決して無慈悲なことはしないから安心しろ」
「……あ、有難うございます」
 男は泣いている様子だった。
 真之助は男を導いて、元の場所へ戻り、穿物を拾って鶴見橋の袂まで行った。……待兼ねていた勘助は、近寄って来た主人が、泥まみれになった獄衣の男を伴れているので、
「あ、――だ、旦那様」
 と思わず驚きの声をあげた。
 真之助も提燈の光で、初めて男が船破りの一人であるのを知った。
「騒ぐな勘助」
「……へえ」
「おまえの合羽《かっぱ》を脱いで貸してやれ」
 勘助は訳が分らぬという顔で合羽を脱ぎ、命のままに男の背へ掛けてやった。
 家の裏手から入り、濡れた着物を着替えさせて、居間の燈をあいだに向合って坐ったのはそれから半刻ほど後のことだった。
 男はまだ二十八九であろう、栄養の悪い痩せた体つきで、身ごなしや眼の動きにも永い囚獄生活を経て来た者の落着かぬ色が焼着いていたが、頬から唇許へかけて、どことなく育ちの良い俤《おもかげ》がうかがわれた。
「おまえは船破りの流人だな」
「……はい、名は、伝吉と申します」
「妹の仇を討つと云ったが、相手はこの城下の者なのか」
「仰有る通りでございます」
「拙者は富安真之助という者だ、次第に依っては仇討の介添もしてやる、精《くわ》しくその訳を話してみろ」
「有難う存じます」
 伝吉という若者はきちんとへ手を重ねて、
「それではお聞き苦しゅうございましょうが、お情けに甘えて申上げます。……唯今も申上げました通り私の名は伝吉、家は大和屋と申しまして大阪|天満筋《てんますじ》に数代伝わる米問屋でございました」
 と話しだした。

[#8字下げ]六[#「六」は中見出し]

 大和屋は天満筋でも一流の米問屋として、明和末年までは指折りの豪商で、諸藩の蔵屋敷にも多くの顧客《とくい》を持っていたが、伝吉の父伝左衛門が相場で失敗を続け、安永四年の夏に急死すると俄に家運が傾きはじめた。
 この傾きかかった家を継いだ伝吉は、どうかして昔の大和屋に立直そうと思い、そのためにはあらゆる無理を冒して働きだしたのである。……ところがそのとき、岡山藩の蔵屋敷から、
 ――当家の廻米仕切を一手に任せてもよい。
 という話が持込まれて来た。
 その当時、岡山藩が大阪蔵屋敷へ廻した米は一年に凡そ五万俵を前後し、加賀、薩摩に次ぐ大出廻りを持っていたのである。
 これだけの廻米を一手に仕切ることが出来れば、大和屋の家運を盛返すことも難事ではない。しかしそれには条件があった。……その話を持込んで来た蔵屋敷|留守役《るすやく》が、伝吉の妹お津多を嫁に貰いたいというのである。
 家運の挽回に狂奔していた伝吉は、このすばらしい餌《え》を前にして理性を失っていた。
「……正式の祝言は国許へ帰ってから、然るべき仮親を立ててするという、相手がお侍様ですからその言葉を疑いもせず、ふたつ返事で妹をお屋敷へ差上げました。ところが廻米仕切の話は一向に運ばず、そのうえ上役に道を通すのだからと云って三十両、五十両と金の無心ばかり続きまして、……遂には身動きの出来ぬようなことになったのです。これはいけないと気がついた時はもう手後れでございました。……身重になった妹のお津多と一緒に、なにもかも思惑違い、忘れて呉れ……というたった一本の縁切り状が届いて来たのでございます」
 伝吉の拳は膝の上でわなわなと震えた。……若し本当に人の眼から血の涙が出るとしたら、いま伝吉の頬に溢れる涙は鮮血に染まっていたに違いない。
「みんな初めから企んだ仕事でした、そのお侍は私から捲上げた金で出世の道を明けたのです。私たちは阿呆のように騙《だま》されたのでございます。……妹は、妹は。……捨てられた身重の体を恥じて縊《くび》れて死にました」
「……死んだ。……」
「私はその晩、夢中で池田様の蔵屋敷へ押込みました。ひと太刀でも恨んでやろうと思ったのです。けれど町人の悲しさ、たあいもなく手籠めにされて奉行所へ曳かれ、……そのまま一年の牢舎暮しをしたうえ、こんど隠岐島へ流罪と定ったのでございます」
「その、その、相手は誰だ、相手はなんという奴だ」
 堪りかねて膝を乗出した真之助は、伝吉の返事を聞いてあっ[#「あっ」に傍点]と声をあげた。「……越智孫次郎と云いました」
「越智! 越智孫次郎」
「御存じでござますか」
 真之助はさっと色を変えた。
 伝吉の話は熱鉄のように真之助の肺腑《はいふ》を刺した。このような複雑な事情の下には、町人と武士との差があらゆる条件を蹂躪《じゅうりん》する、どんなに非人情であっても、孫次郎のしたことが確然と罪を構成しない限り伝吉の理窟は通らないのだ。……さればこそ、島送りの途中、この岡山へ船繋りしたのを命のどたん[#「どたん」に傍点]場に、脱走して仇を討とうとしたのだ、恐らく七生を閻王《えんおう》に賭したことだろう。
 真之助はしかし、相手が孫次郎であると聞いた刹那《せつな》、燃えあがっていた義憤が一時に冷えあがるのを感じた。
 従妹の婿に定ったと聞いた許《ばか》りである。
 これが他の者だとしたら、首に縄をかけて伝吉の前へ引摺り出したであろう。
 だが孫次郎ではそれが出来ない。
 真之助は自分が双葉に愛情を持っていることを自覚して了った。孫次郎を除いて双葉を自分の妻にしようという避け難い考えが、胸の底にひそんでいるのも知っている、……伝吉に力を貸すことは、自分の未練な慾望を遂げる手段になるではないか。
「……他の者はどうしたのだ」
「はい、岩井村に丸山とかいう丘がございますが、その丘の蔭の小舎に隠れて居ります」
「いまの話はみんな知っているのか」
「みんな無頼漢《ならずもの》ばかりでございますが、私の身の上に泣いて呉れまして、船破りの手助けをしたうえ、一緒に孫次郎を覘《ねら》っていて呉れるのでございます」
 真之助は黙って立上ると、
「真に気の毒な話だ。本来なれば助太刀もすべきだが、残念ながら出来ない事情がある」
「……はい」
「いま着替えの衣服を持たせるから姿を変えて行くがいい、一心岩を徹す、人間と人間だ、死ぬ覚悟ならきっとやれる」
「……はい」
「神明の加護を祈っているぞ」
 そう云い捨てて、真之助は外向《そむ》いたまま部屋を出て行った。

[#8字下げ]七[#「七」は中見出し]

 その翌々日の朝のことである。
 久し振りに雨がやんで、雲の切目から時々青空が覗くのを、食事のあとののびやか[#「のびやか」に傍点]な気持で、縁の柱に凭《もた》れながら呆《ぼ》んやり眺めていた真之助は、
「……旦那様、到頭やりましたぞ」
 と喚くような声に振返った。勘助が汗を拭きながら庭先へ入って来る。
「なにをやったんだ」
「中山の辻で船破りの流人めが一人斬られたのでございます。今朝明け方のことだったそうで、肩から胸へこう……」
「勘助、おまえ見たのか」
「否え、話に聞いた許りでございますが……」
 云いかけて下僕は、はっとその口を噤《つぐ》んでしまった。主人の顔色で前々日の夜のことを思出したのである。
「……斬ったのは誰だ、聞かなかったか」
「越智さまだという噂でございます」
「……やっぱり、そうか」
 斬られたのは伝吉だ。
 ――落着かなくてはならない、己は癇持だからな、落着くんだ。
 真之助はふくれあがる忿怒《ふんぬ》を抑えながら、手早く身仕度をして、すぐ戻ると云い残したまま家を出た。
 役所へ行ったが、ゆうべ徹|宵《しょう》の出役で家へ帰っていると聞き、斬られた流人が伝吉であることを確かめてから、その足で西川町の越智の屋敷を訪れた。……孫次郎はいま寝ていたところだと云って、渋い眼をして客間へ出て来た。
「邪魔をして済まなかった」
「いや、貴公とは久方振りだ。帰国したことは建野老から聞いていたが、知っての通りつまらぬ騒ぎで訪ねる暇もない」
「それはお互いのことだ」
 真之助は努めて静かに、
「騒ぎというので思出したが、貴公ゆうべはお手柄だったそうだな」
「手柄どころかお叱りを蒙った、流人共は必ず生捕りにしろと建野老からの厳しい申付けなので、出来るなら抜くまいと思ったのだが案外|手強《てごわ》く向って来られたため、つい抜いたのがはずみで斬って了った」
「しかしその方が貴公には好都合ではないか」
「……好都合だって」
「拙者はそう思うがなあ」
 孫次郎の端麗な顔が、疑わしげな色を帯びて来た。真之助はその隙を逃さず、
「実はなあ越智、拙者の許へ貴公に会わせて呉れと訪ねて来た者があるんだが、会ってやって呉れぬか」
「……どんな者なのだ」
「女だ、子供を抱いている」
「…………」
「大阪の者でお津多というそうだ」
 総髪が逆立つとはこのことであろう、孫次郎の顔から一時に血がひき、頬から額へかけての皮膚が眼に見えるほど痙攣《ひきつ》った。
「どうだ、会ってやらぬか」
「知らぬ、左様な女は知らぬ、貴公は」
「孫次郎!」
 真之助は拳を握った。
「貴公どうしてそんなに震えるんだ。お津多という女が会いたいというだけじゃないか、知らぬなら知らぬでいい、なにかの間違いだろうから会えば済むことだ、……向うでは抱いている子を貴公の胤《たね》だと云っている、捨てては置けないぞ」
「いや、会う必要はない」
 孫次郎の声はしどろ[#「しどろ」に傍点]であった。
「しかし貴公は建野の双葉と婚約をしているそうじゃないか、そういう話があるのに、妙な女が貴公の子だという者を抱いてうろうろしたらまずかろう、……会ってやれ」
「いや、な、なんと云っても、そんな素姓も知れぬ女などに会う必要はない」
「素姓は知っているよ」
 真之助の眼はきらりと光った。
「ゆうべ中山の辻で貴公が斬ったろう、大阪生れの伝吉、大和屋伝吉の妹だ」
「……富安!」
「ちょっと待って呉れ」
 真之助は不意に相手を遮り、空を向いてぶつぶつと呟きだした。
「……己は孫次郎を嫌いじゃない、嫌いじゃない、嫌いじゃない、こいつにも良いところはある、なかなか良いやつだ。己はちっとも癪に障ってなんぞいない、胸はさばさばしてる、こういう話も時には面白い、面白い、頗《すこぶ》る面白いくらいのものだ、殴りたいとなんぞは思わない、ちっとも殴りたくはない」
 語尾はぶるぶると震えて来た。どうやら竜右衛門の教えの禁厭《まじない》も利かないらしい。
「拙者は帰る!」
 真之助は卒然と立上った。
「邪魔をしたな、孫次郎。……だがひと言だけ断って置く。双葉との縁談はこの真之助が不承知だ、理由は云わぬ方がいいだろう。貴様に若し少しでも武士の血があるなら、死ぬ時期と場所だけは誤るなよ」
「富安、……その女は、貴公の家にいるのか」
 孫次郎は蛇のように光る眼をあげて云った。

[#8字下げ]八[#「八」は中見出し]

「いたらどうする」
「いろいろ誤解があるようだ、会っ熟《よ》く話してみたら拙者の気持ち分ると思うが」
「そして斬るか、伝吉のように」
 真之助は叩きつけるように、
「だがその手数には及ばぬ、会いたかったら仏壇へ香を※[#「火+(麈-鹿)」、第3水準1-87-40]《た》いてやれ、お津多は貴様の子を腹に持ったまま縊れて死んだぞ」
「…………」
「重ねて云うが死ぬ時期を誤るなよ」
 そう云って部屋を出た。
 真之助は癇持である、これまでそのために何度も喧嘩をした、彼の腹の虫は、彼の意志に反して随時随処に暴れだす、数々の失敗は多くその胸の虫のせいであったが、時には本心から怒りを爆発させたこともないではない……しかし今日ほど、今はど怒ったのは初めてである。彼は伝吉の愚直さを怒り、お津多という娘の不甲斐《ふがい》なさを怒り、孫次郎の狡猾《こうかつ》無慙《むざん》さを怒り、その孫次郎に一指も出さずして帰る自分を怒った。
 彼を一本のギヤマンの壜《びん》とすると、いま中に填《つま》っているのは忿怒だけなのである。骨も肉も血も、引裂け、爆発したがって沸騰している忿怒そのものなのだ。
 家へ帰った真之助は、昼なかだというのに酒を呷《あお》って寝床へもぐり込んで了った。
 ――いくら孫次郎が卑劣者でも、ここまで悪事が露顕したら覚悟をするだろう。
 念ずるのはそれだけだった。
 孫次郎が自決して呉れれば、恥ずべき事は凡て闇に葬ったまま解決することが出来る、どうかそうなって貰いたい、……けれど、真之助のそう念《ねが》う心は、その夜のうちに叩き潰された。
 夜の十時頃であったろうか、飲み直した酒がまたしても酔いそびれて、夜具のなかを輾転反側《てんてんはんそく》していると、
「旦那様、お起き下さいまし」
 と勘助の唯《ただ》ならぬ声がした。
「なんだ、起きているぞ」
「建野様からお使で、お嬢様が此方へみえなかったか、行先を御存じなさらぬかという……」
 半分も聞かず真之助はとび起きていた。着替えもそこそこに玄関へ出ると、建野の若い家士が外へ馬を置いて待っていた。
「どうしたのだ」
「あ、御無礼を仕ります。実は日の暮れがたに大横目役所から使がありまして、旦那様がお召しだと申し、お嬢様を案内して行ったままお戻りがございませぬ」
「使に来たのは慥《たし》かに役所の者だったか」
「私も見知りの近藤太兵衛と申す者なのですが、……余りお帰りが遅いので役所へお迎えに参りましたところ、旦那様はそんな使を出した覚えはないという仰せ、直ぐ使に来た者を探しましたが、……」
「いなかったのだな、其奴!」
「はい、それで近藤にはすぐ手配を致し、こうして念のために」
「遅い! 馬鹿げているぞ」
 真之助は草履を突掛けながら、
「大横目が役所へなんの用で娘を呼ぶか、そのくらいの事は三歳の童児でも分るぞ」
「しかし旦那様はあれからずっと役所にお詰切でございましたし」
「やかましい、無駄口を叩くひまに貴様は越智の家へ行って見て来い、いるかいないか確と見届けて役所へ知らせるんだ、馬は借りる」
 言葉の半分は門の外であった。
 ――あの野郎!
 あの悪魔外道野郎。卑劣漢。犬侍。人非人の畜生の破廉恥漢め。真之助はそれが当の相手でもあるかのように、馬へぴしぴし鞭を当てながら大横目役所へ煽《あお》り着けた。
「……叔父上!」
 呶鳴りながらとび込むと、
「真之助か、双葉の行衛が知れたぞ」
 と竜右衛門が叫び返した。
「分りましたか、何処、何処です」
「孫次郎めが拐《いざな》い居ったのじゃ、あの越智の痴者《しれもの》が……」
「そんなことは分ってます、何処ですか、双葉は何処にいるんですか」
「まだそこまで分らんのだ」
「なにを仰有る、双葉の行衛は分ったのですか分らないのですか」
「いま近藤太兵衛を捕えたのだ、本町はずれの三岐《みつまた》に倒れているのをみつけたのだそうだ。調べてみると孫次郎めと共に双葉を伴れて備中へ脱走しようとしたが、その三岐で不意に四人の暴漢に襲われ、太兵衛は其場へ打倒されたが、孫次郎と娘はそのまま四人のために何処かへ連去られたという話だ」
「四人、……若しや、それは船破りの流人たちではありませんか」
「太兵衛もそう申して居る。慥かに四人とも」
「叔父上、双葉は取戻して来ます」。

[#8字下げ]九[#「九」は中見出し]

 真之助は凱歌《がいか》のように叫んだ。
「双葉は必ず取戻して来ます、その代り叔父上、改めて真之助が妻に申受けますぞ」
「なにを、この……」
 と云ったときは、もう真之助は脱兎のように走りだしていた。
 四人というのは船破りの一味だ、彼等は伝吉の話に同情し、その仇討のために力を藉《か》していたと聞いている。伝吉が殺されたと知って、彼等は不幸な友の遺志を継ぎ、飽くまで孫次郎を跟覘《つけねら》っていたに違いない、……孫次郎はその罠《わな》のなかへ自らとび込んで行ったのだ。
 彼等の目的は孫次郎にある。
 しかし、だからといって双葉が安全であるとは云えない、命を投出している無頼漢四人、美しい乙女を前にして黙っているか。
「ああ八|幡《まん》!」
 真之助は苦痛の呻きをあげた。
 岩井村まで二十丁足らず、丸山の丘は夜目にも著《しる》くこんもりと森のかたちを見せている。馬は丘へ駆登り、森のなかへとび込んだ。すると一|段《だん》あまり行ったところで、ちらちらと灯の動くのが見えた。
 ――まだいる。
 半分救われた気持で馬をとび下りると、光をめあてに走った。
 丘が北側へだらだら下りになる、その窪みの蔭に一棟の古い小屋が建っていた。もと森番でも住んでいたか、雨露に曝《さら》されて朽ちかかってはいるが、丸太で組上げた頑丈な造りである……灯の光はその南側の小窓から漏れているものだった。
 真之助は忍足に近寄った。
 小窓から覗くと、月代《さかやき》も髭《ひげ》も茫々と伸びた男が四人、土間にあぐらして、蝋燭の灯を囲みながら冷酒を呷っている。……そのすぐ後ろに、孫次郎と双葉とが、手足を縛られ、猿|轡《ぐつわ》を噛まされたまま壁際へ身を凭《もた》せていた。
 真之助は静かに戸口へ廻った。……そして押戸をぱっと明けながら、
「やあ、みんな揃っているな」
 平然と声を掛けつつ一歩入った。……不意を衝かれて四人があっ[#「あっ」に傍点]と起とうとする。
「騒ぐな!」
 と真之助は絶叫した。
 神髄に徹する気合である、起とうとしたまま四人は思わず居|竦《すく》んだ、その隙を寸分ものがさず
「おまえたちに用はない、伝吉から聞きはしなかったか、拙者は富安真之助だ」
「……あああの」
「船破りの罪は重いが岡山藩の知ったことではない、拙者は伝吉から仔細を聞いた、不幸な友達のために命を張って力を貸したおまえたちは、そこらの卑劣者に比べると遙《はる》かに立派な人間だ、……拙者は自分の眼の前でおまえたちを縛らせたくない、立退いて呉れ」
「……あなたが、富安さんなら」
 と一人が恐る恐る云った。
「改めてお願いがございます。伝吉からお情深いことは熟く聞きました、どうか肯《き》いてやって下さいまし」
「出来るなら協《かな》えてやる、云ってみろ」
「伝吉の仇を討たせて下さいまし、私共の手でこの越智孫の野郎を斬らせて下さいまし、この通りお願い申します」
 四人は土間へ手をついた。
 真之助は無言のまま、つかつかと踏込んだと思うと、素早く双葉の足の縛《いましめ》を切放って抱起した。……四人は気を呑まれて身動きもしなかった。
「願いというのはそれだけか」
「……へえ、もう、もう一つございます」
 別の一人が云った、「私共はもう覚悟を決めて居ります、これ以上逃げ隠れしたところで仕方がございません、伝吉の仇を討ちましたら旦那の手でどうかお縄にして下さいまし」
「無礼者! なにを申すか」
 真之助は大声に呶鳴《どな》った。
「拙者は不浄役人ではないぞ、その願いは筋違いだ、ならん! 第一……おまえたちには礼をいわなくてはならんのだ、この娘は拙者の妻になるべき者で、そこの卑劣者に誘拐されたのだ、おまえたちはそれを救って呉れたんだぞ。……それ、寸志だ」
 真之助は懐中から紙入を取出して四人の前へ投げた。……四人は呆れて、
「それでは伝吉の仇も討てませんか」
「拙者が云うのは、おまえたちを縛る手は持たぬということだ、無礼な! 二度とそんなことを申すと捨置かんぞ。……それから、こんな小屋は焼払う方がいいな。分ったか、分ったらさらばだ」
 云い捨てて、真之助は双葉を抱くようにしながら小屋を出た。……外はまたしとしとと霖雨が降りだしていた。
 真之助は確りと従妹の肩を抱き寄せた。
「いまの言葉を聞いたろうな」
「…………」
「おた[#「た」に傍点]は真之助の妻になるのだぞ、孫次郎は悪い奴だ、いや、いやあながち[#「あながち」に傍点]悪いとも限らぬかな、いいところもあるよ、なかかなか愛すべきところもある、己だって嫌いじゃない、けれども双葉の良人としては真之助の方に分がある。そうだろう、違うか、……返事をしないのか」
 双葉の肩が、温かいまるみを真之助の腕のなかで悩ましげにもだえた。……両手の縛と猿轡が脱ってないのである。
「よし、返事をしないならしないでいい、真之助はきっとおた[#「おた」に傍点]を妻にしてみせる、孫次郎のように美男子ではないが腕は強いぞ、みろ」
 真之助は腕に力をいれた。……猿轡を取って呉れと訴えるように、双葉は豊かな胸を従兄の体へぐいぐい押付けた。
「みろ苦しいだろう、苦しいなら返事をするんだ、否か応か、どうだ、どうだ」
 闇のなかへ遠退《とおの》いてゆく真之助の声が、全く聞えなくなったとき、……窪地の小屋がめらめらと赤い※[#「陷のつくり+炎」、第3水準1-87-64]《ほのお》を吐きだしていた。



底本:「武道小説集」実業之日本社
   1973(昭和48)年1月20日 初版発行
   1979(昭和54)年2月15日 新装第七刷発行(通算10版)
底本の親本:「講談倶楽部」
   1939(昭和14)年10月号
初出:「講談倶楽部」
   1939(昭和14)年10月号
入力:特定非営利活動法人はるかぜ

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