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日本へ帰る船

最終更新:2019年12月20日 14:25

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日本へ帰る船
山本周五郎


【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)辰二《たつじ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)人|木内権六《きうちごんろく》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定]
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数)
(例)※[#感嘆符二つ、1-8-75]


[#3字下げ]ごろつき宿[#「ごろつき宿」は中見出し]

「江戸の親方はいないかね」と、辰二《たつじ》が扉《ドア》をあけて入ると、厨房《コックべや》には見知らぬ顔の男が、せっせとなにか料理をしていたが、
「誰だい」とふりかえって、あたまから雨にぬれた、みじめな辰二の姿をみると、ぶっきら棒な調子で、
「親方はおでましだ、用があるならあしたにでもきな」
「あしたじゃまに合わないんだ、いつ頃帰っておいでになるか、分らないかね」
「わからねえな」
 辰二はがっかりして、そばにあった椅子《いす》へ腰をおろした。朝からなにも喰べていないので、眼のくらむほど腹がへっていた。これから、危い仕事にかかろうとしている身には、何よりもさきに、腹を満足させなければならぬ。それには、この広いシンガポールに、ごろつき宿として在留邦人から毛虫のごとく忌《い》み嫌われている、ここ大和《やまと》ホテルの主人|木内権六《きうちごんろく》よりほかに頼む者はいなかった。
「あにい!」コックは邪険にふりかえって、
「なんの用かしらねえが、待ったところで親方はいつ帰んなさるか分らねえぜ、だいいちそんなところにいられちゃ、邪魔でしようがねえ、さっさと帰ったらどうだ」
「邪魔なら退《ど》くよ」といいながら、椅子からどこうともしないで、
「同じ日本人じゃあねえか、あんまり非道なことをいうない、――親方ぁ一杯の飯ぐれえ、振舞ってくれるはずだ」
「飯? おめえ腹がへってるのか」
 辰二は黙ってうなだれた。コックはできた料理を給仕にわたすと、じっと辰二の様子をみていたが、やがて戸棚をあけて、ひと皿の喰物を取出した。
「喰べねえ、おいらが夜食にとっておいたやつだ、うまかあねえぜ」
「いやだ」辰二は弱々しく頭《かぶり》をふって、
「おいら、親方にこそ振舞ってもらうわけがあるけれど、おめえから飯を貰《もら》ういわれはねえ、いやだよ」
「やせ我慢をするな、指がぶるぶる顫《ふる》えてるじゃねえか、やるんじゃあねえ、貸すんだ、喰べな」
「そうか、じゃあ」といったかと思うと、辰二はもう、犬のように皿をひったくって、がつがつと喰べはじめた。
「おめえ、生れはどこだ」
「江戸だ」
「江戸はどこだ」
「京橋だ」
「こっちにながいこといるのか」
「五年にならあ、十二の年にきたんだ」
 コックは辰二の、苦労のために年よりはふけてみえる顔を不憫《ふびん》げに見おろしながら、
「おめえ、日本へ帰りたくはないかい?」
 辰二は、ふいと皿から眼をはなして、
「帰りたくってよう……おいらもう、ここでの暮しに愛想がつきたんだ、同じ苦しむなら、故郷《くに》へかえって――と思い出したら、矢も楯もたまらず、恋しくって――故郷《くに》にはなあ、おふくろが待っててくれるんだ。それでおいらあ、どうしても帰るんだ」
「いつ帰る?」
「明日《あした》の朝八時に出帆する船があらあ、それで日本へかえるつもりよ」
「船賃はあるのかい」
 辰二はちらとコックの顔をぬすみ見た。それから苦しげに黙ってうなずいてみせた。皿が空になると、コックは何もいわずに、珈琲《コーヒー》を一杯いれてくれた。
「ああ、やっと人間らしくなった、――兄貴、借りはきっとかえすぜ」
「行くかい」
「仕事があるんだ」
「外はひでえ降りだぞ」
「おいらあ――日本へ帰らなくちゃあならねえんだ、あばよ」辰二は帽子をかぶると、元気に扉《ドア》をおして外へ出た。外はどしゃ降りの雨だった。辰二は右のズボンのポケットへ、そっとさわってみた。紙に包んだ拳銃《ピストル》が、かたく冷たく感じられる。ぴりりと唇をふるわした辰二は、大股《おおまた》に山手街《やまてまち》の方へ歩きだした。

[#3字下げ]哀《かな》しき奇遇[#「哀しき奇遇」は中見出し]

「日本へかえる旅費!」
 いまの辰二にとっては、それが何よりの問題だった。日本へ帰って、なつかしい母の顔を一目見たら――そのまま死んでもいい。
 十二の年に叔父につれられて、このシンガポールへわたってきた辰二は、一年して叔父に死なれ、それからしばらくは、日本人街の豪商、佐野重助《さのじゅうすけ》氏の店で働いていた。佐野家には、辰二と同いどしのみどり[#「みどり」に傍点]という娘があって、何《なん》につけても辰二辰二と、友達のようにしてくれたし、重助氏も辰二の働きぶりに眼をつけて、いつかは立派な商人にしたててやろうと、考えていたほどであった。しかしそれからまもなく、辰二はふとしたことから良からぬ仲間と交《まじわ》りはじめ、半年もすると、まったく身をもち崩して、不良少年の群に落ちこみ、ごろつき宿の権六の手下にまで、成下ってしまったのである。
「だが、それも今夜っきりでおさらばだ、日本へ帰ったら、己《おれ》も、心を入れかえて、真人間になるんだ――そして、おふくろに孝行をするんだ、日本へ帰りさえしたらなあ」
 辰二は呟《つぶや》きながら、とある立派な邸《やしき》の前で足をとめた。辰二の最後の悪事、日本へ帰る旅費を稼ぐための仕事というのは――これであった。異境のまん中で、金を手にするためには、権六の情《なさけ》にすがるか、こんな事をするより外に、どうしようもない。権六に借りれば、日本へ帰ってからも、悪人仲間から足をぬくことができないとすれば――少年辰二にできることは、この方法より外になかった。
 この邸は支那《しな》の豪商、陳風橋《ちんふうきょう》の別邸である。辰二は昼のうちに、すっかり地理をしらべておいたので、忍び込むのに、そうたいしてひまはかからなかった。窓から客間へ入り、廊下へぬけたが、邸の中はしんと静まりかえって、人の気配もない、――今夜はみんな、仏蘭西《フランス》劇場へオペラをみにいったはずである。辰二は足音を忍ばせながら、主人の居間へ入っていった。と――不意にうしろで、
「手をあげろ!」という声がして、ぱっと電燈《でんとう》がついた。
「あっ――」ふいをくらって、辰二は右手の拳銃《けんじゅう》を取なおそうとしたが、すでに相手は、拳銃の引金に指をかけていた。
「動くとうつぞ! 拳銃《ピストル》をすてろ!」
「――!」辰二は頬をひきつらせながら、拳銃を投出して、両手をあげた。この邸の主人《あるじ》とみえる相手は、つかつかと近よってきたが、
「や、おまえは――」と驚きの声をあげた。
「おまえは、辰二じゃないか」
「え? あっ!」眼をあげた辰二は、相手の顔を見るなり、ぶちのめされたように、よろめいた。意外、なんという意外な対面であろう、それは辰二の恩人、佐野重助氏であったのだ。
「辰二! 貴様は――」佐野氏はぶるぶると身《からだ》をふるわせて、
「貴様は、とうとうこんな事をするまでに、なりさがってしまったのか」
「お、おゆるしください」
 悲痛に叫ぶと、辰二は思わず佐野氏の足もとへ、泣き倒れてしまった。
「母の、母の顔が、みたかったのです、日本へ帰りたかったのです、お赦《ゆる》しください、おゆるしください」
 辰二は床の上で、身をもみながら叫んだ。
「日本へ帰る旅費だけ、旅費だけほしかったのです。ここがあなたのお邸とは、まったく、思いちがいをしていました」
 佐野氏は拳銃をさげて、じっと辰二の姿を見おろしていたが、やがて抱起《だきおこ》すようにして、そばの長椅子にかけさせてやって、
「そんなにまでして、日本へかえりたいのか?」
「無性に、無性に、日本がなつかしくなったのです、日本へかえって、まじめに働こう、一目でいい、母親に逢《あ》いたいと、そればっかり……」
「そうか」
 佐野氏は頷《うなず》くと、ふところから紙入《かみいれ》を取出して、何枚かの紙幣をぬきだし、黙って辰二の手ににぎらせた。
「この邸は、わしが陳から買ったものだ。しかしわしがいてよかったぞ。さあ、――その金を持って帰るがいい、もうすぐ娘がもどってくるだろう」
「お嬢さん――」
「みどり[#「みどり」に傍点]は家内と一しょに、オペラを観《み》にいった、あれは今でも、おまえのことを時々|噂《うわ》さしている。こんなに落魄《おちぶ》れたおまえの姿を見たら、どんなにおどろくか知れまい、――さあ、娘のもどらぬうちに出て行くがいい」
「あ――、あ――」
 辰二は両手で顔をかくしながら呻《うめ》いた。やさしい[#「やさしい」に傍点]、美しい、みどり[#「みどり」に傍点]の姿が、幻のようにうかんでくる、だが今はもう、今はもうお互いに、天と地とのへだたりができてしまった。
「日本へ帰ったら、ほんとうに真人間になるんだぞ」
「――」
「きっとそれを信じているぞ」
 辰二は声をしのんで泣いた。

[#3字下げ]死を賭《と》して[#「死を賭して」は中見出し]

 扉《ドア》があいて、ざあっと吹込む雨といっしょに、よろめき入ってきた辰二を見ると、ごろつき宿のコックは驚いて、
「帰ったかい、あにい」と声をかけた。
「さっきの借を返しにきたんだ」
「へ! いい景気だな」
「心の方はもっと素晴しい景気だ、さあとってくんな!」辰二は紙幣の一枚を差出した。コックは釣銭をだしながら、にやりと笑って、
「いい仕事だったとみえるね」
「悪かあねえさ、これでいよいよ明日の朝は船にのれらあね、さあ、ラムを一杯ついでくれ」
「あにい、呑《の》むきか」
「おいらじゃあねえ、おめえにやるんだ、さっきのお礼だよ」
「そりゃ有《あり》がてえ」コックは自分で杯を取出し、ラム酒をついで、高く辰二の方へ捧《ささ》げながら、
「あにい、健康を祈るぜ」
「有がとう」コックがグイと杯をあおったとたん、表の方にどやどやと人の跫音《あしおと》がした、そしてふいに、甲高い少女の声で、
「たすけて! たすけて――!」と叫ぶのが聞えた。
「相かわらずのごろつき宿か」そういいながら、辰二は押扉《おしど》をそっとあけてみた。顔見知りの五人の悪漢が、美しい一人の少女をかつぎあげて、二階へいくところだった。――と、辰二は少女の顔をみるなり、
「あ、みどり[#「みどり」に傍点]!」うめくように叫ぶと、ぱっとそこへ出ていこうとした。見るよりコックが、手をのばして、ぐいと辰二の腕をつかむ。
「あにい、どうしようてんだ」
「放せ、あのお嬢さんは、おいらの命より大切な人だ、助けなきゃならねえ」
「まあじっとしてな、邪魔あすると鉛のたま[#「たま」に傍点]がとぶぜ」
「くそっ!」わめく。辰二の右手がいつのまにか、そばにあった鉄の火掻棒《ひかきぼう》をつかむ、とっさに足を踏かえると、コックの頭へぐわん[#「ぐわん」に傍点]! と一撃。
「あ、――」よろめき倒れる奴《やつ》には眼もくれず、辰二は火掻棒を右手に厨房《コックべや》をとびだした。――出あいがしらに一人の悪漢と、烈《はげ》しくつきあたる。
「野郎!」と組ついてくるのを、これにも一撃をくれて、倒れる奴の手から、拳銃をもぎとる、だだだ! 走って階段の下まできた。
「たすけて――」みどり[#「みどり」に傍点]の悲鳴、辰二は帽子をぐいっと眉深《まぶか》にひきおろす(お嬢さんに顔を見られてはならない)拳銃を右手に、二三段ずつ階段をとびあがった。
 今しもみどり[#「みどり」に傍点]を、一室へ押こもうとした悪漢ども、跫音に振かえると、辰二をみつけたから、
「野郎! 邪魔するきか」わめいて一人が立直る、がん! 辰二の拳銃が火花を散らした、がん! がん※[#感嘆符二つ、1-8-75]
「あ、――」「う!」ふたりが悲鳴をあげて倒れる、隙《すき》。
「うぬ※[#感嘆符二つ、1-8-75]」熊《くま》のような一人が、いきなり辰二に組ついてきた、辰二は体をひらいて足を払う、腰がういていたから、悪漢は前へのめって階段を踏外した、だだだだ! 烈しくころがり落ちる。がん!
「ひ――!」獣のような叫び。
「野郎」「うごくな!」
 のこった二人、みどり[#「みどり」に傍点]を放して、左右から辰二に襲いかかった。ひっ外《ぱず》して壁を脊《せ》に、拳銃の引金をおとしたが、かちり[#「かちり」に傍点]と鳴ったきりだ、――弾丸《たま》がなくなったのである。
「たたんじまえ!」咆《ほ》えておどりかかる一人、かわして脾腹《ひばら》へぐわん[#「ぐわん」に傍点]とひとけり、同時に左から烈しい体あたりをくらった。だだ! よろめいて、組んだまま階段へ。
「くそっ!」「うぬ!」狼《おおかみ》のようにわめき、まりのように階段をころげ落ちた。と――眼のまえに落ちていた拳銃、辰二は手をのばして掴《つか》むなり、下から相手の脊中へ銃口をつけて一発、がん!「きゃ――っ!」
 がん! がん※[#感嘆符二つ、1-8-75] つづけざまに三弾を放つ、相手は水草のように体をゆすると、間ばったり横ざまに倒れてしまった。辰二はこん身の力をこめて起上ると、階段を、みどり[#「みどり」に傍点]のいる方へ登りはじめた。その時、倒れていた熊のような男が、傷の痛みにきながら顔をあげる、――拳銃を取出して、いま階段をのぼっていく辰二のうしろをねらった。
「小僧、くたばれ!」がん! とうった。

[#3字下げ]帰る魂[#「帰る魂」は中見出し]

「う!」辰二は一瞬、呻いて階段に踏とどまったが、振かえりざま、二発めを狙《ねら》っている相手へ、がん! がん※[#感嘆符二つ、1-8-75] とあびせかけた。
「く! ち、畜生――」熊のような男は、口から血をとばしながら、前へのめった。
 階段の上からこの有様を、慄《ふる》えながら見ていたみどり[#「みどり」に傍点]は、急いでかけおりてくると、辰二の体にすがりついた。
「お怪我《けが》は、お怪我は――?」
「だ、大丈夫です」辰二は、顔を見られぬように外向《そむ》けながら、みどり[#「みどり」に傍点]の手をとった。
「まあ、胸のところに血が」
「早く――早く、あとから悪漢がくるといけない、早く外へ」叫びながら、みどり[#「みどり」に傍点]をせきたてて、ごろつき宿をとび出した。外は依然として、どしゃ降りの雨だ。辰二は上衣《うわぎ》をぬぐと、みどり[#「みどり」に傍点]の肩へかけてやって、小走りに上手《かみて》の方へ向った。――白いシャツの胸に、血の隈《くま》がだんだんひろがって行く。
「なんとお礼を申上げてよいかわかりません、母といっしょに、仏蘭西劇場へオペラをみにいったのですが、母にはぐれ――さがしまわるうちに、悪者につかまってしまったのです、おかげさまで、命が助かりました」
「なあに、こんな事ぐらいで、お礼をいわれては、はずかしゅうございます、――お助けすることができて、わたしの方が、どんなに嬉《うれ》しいかしれません」
「あ、あぶない!」よろめく辰二を抱止めたみどり[#「みどり」に傍点]は、辰二の胸の傷が、あまりに重傷なのに気がついた。
「まあ、この血!」
「急いで、いそいでお邸へ」
 辰二は驚くみどり[#「みどり」に傍点]を引ずるように、雨にぬれている道を山手街へいそぐ。まもなく邸の前へきた。
「有がとうぞんじました、ここがわたくしの家です。さあ、お入り下さいませ、父にあっていただいて、お礼を申上げなければ――」
「いや、僕はこれでお別れいたします」
「でも、そのお怪我の手当もしなければなりませんわ、どうぞちょっとお待ちになって」
 みどり[#「みどり」に傍点]はいそいで玄関へ入っていく。
「あ、お嬢さん」辰二は呼とめた。
「お父さまに、こうおっしゃって下さい――あの少年は、あの少年は、真人間になりました、そして、そして、嬉しく、日本へかえっていきましたと――」
「日本へ――?」
「さようなら、お嬢さん、どうぞ幸福におくらしなさいませ」
「あ、待って、まって」
 みどり[#「みどり」に傍点]がもどってきたとき、すでに辰二は、どしゃ降りの雨の中を、港の方へよろめき去って行くのだった。
 ――さようなら、みどり[#「みどり」に傍点]。
 辰二はなんども口の中で呟いた。胸の傷がはげしくうずいてきた。だが今はもう、すっかり晴ればれとした気持だ。日本へ帰る船が、港で彼を待っている――、もうすぐ母にもあえるのだ。
×××
 夜が明けた、そして雨はからりとやんだ。
 シンガポールの波止場、日本へ出帆する客船のついている桟橋に、全身ずぶ濡《ぬ》れになった一人の少年が、死んでいた。――右手を日本の方へさし伸ばし、顔にはなごやかな頬笑《ほほえ》みをうかべて。



底本:「周五郎少年文庫 少年間諜X13号 冒険小説集」新潮文庫、新潮社
   2019(平成31)年1月1日発行
底本の親本:「少年少女譚海」
   1934(昭和9)年9月号
初出:「少年少女譚海」
   1934(昭和9)年9月号
※表題は底本では、「日本《にっぽん》へ帰る船」となっています。
※「拳銃」に対するルビの「ピストル」と「けんじゅう」の混在は、底本通りです。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ

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