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時は過ぎたり
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時は過ぎたり
徳田秋声
徳田秋声
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(例)帰《がへ》
(例)帰《がへ》
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(例)米|帰《がへ》
(例)米|帰《がへ》
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(例)ぼちや/\
(例)ぼちや/\
南米|帰《がへ》りの皆《みな》川|信《しん》六は、もう五十のお爺《ぢい》さんになつてゐた。頭《あたま》は大|体《たい》禿《は》げあがつて皮膚《ひふ》に汚点《しみ》が出来てゐた。彼は主に日本の移植《いしよく》民を相手に医《い》者として働《はたら》いたのであつたが、金もいくらか持《も》つて来たし、皮膚病科《ひふべうか》を研究《けんきう》して来たので、何|処《こ》か好《よ》い場《ば》所を手に入れて、手ごろな病院《べういん》を建《た》てようと思《おも》つてゐたが、当《とう》分友人の病院《べういん》の仕事《ごと》を、毎《まい》日|幾《いく》時間かづゝ助《たす》けることにしてゐた。
彼は山の手の方に部《へ》屋|借《か》りをしてゐた。そこは木|造《ぞう》の洋風建築《ようふうけんちく》で、瓦斯《ガス》のストーブもたけるやうになつてゐたし、西|側《がは》の壁際《かべきは》にはベツドもおいてあつた。椅《い》子|卓子《ていぶる》も我|慢《まん》の出来ないほどではなかつた。南|受《う》けの日|当《あた》りの好《よ》いのが、何よりも彼を喜《よろこ》ばした。
南米における彼の独身《どくしん》生|活《かつ》は、可なり彼を憂鬱《ゆううつ》にしたが、外国行きを思《おも》ひ立つた動機《どうき》が、元《がん》来彼に取つて幸福《こうふく》なことではなかつた。といふのは二人の子|供《ども》をおいて妻《つま》が恋《こひ》人と逃《に》げてしまつたからであつた。尤《もつと》も彼は世間|普通《ふつう》の医《い》者|気質《かたぎ》とちがつて変《かは》りものであつた。研究《けんきう》心が莫迦《ばか》に盛《さか》んなのは可《い》いとして、妙《めう》に独断的《どくだんてき》なところがあつたため、或人からいはせると、どこか山|師《し》じみたところがあるといふのであつた。その金銭上のことが余《あま》りみみつちくて、享楽的《けうらくてき》のことには少しも興味《けうみ》をもたなかつた。何一つ道楽《どうらく》といふものをもたない男も世のなかには、ずゐぶん多いには違《ちが》ひないけれど、皆《みな》川ほど無|趣味《しゆみ》な男も少なかつた。彼は細《さい》君に半|衿《えり》一つ自|由《ゆう》に買《か》はせはしなかつた。芝居《しばゐ》や活動《かつどう》へもやらなかつた。日|曜《よう》の休みにも彼は研究室《けんきうしつ》に閉《と》ぢこもつて、まるで狂気《きちがい》のやうに、顕微鏡《けんびけう》を覗《のぞ》いてゐたが、娯楽《ごらく》といつては、動《どう》物|園《えん》とか植《しよく》物|園《えん》とか、又は郊《こう》外へ妻《つま》と子供《ども》を連《つ》れ出すくらゐのものであつた。その上彼は酒癖《さけくせ》が余《あま》り好《よ》くなかつた。
彼も決して醜《みにく》い方ではなかつた。少しおめかしをしたら、女が目をつけるだらうと思《おも》はれたが、そんな事《こと》は彼の趣味《しゆみ》ではなかつた。して若《わか》い細《さい》君は、ちよつと男|好《ず》きのする皮膚《ひふ》の綺麗《きれい》な肉《にく》のぼちや/\した女であつたが、良人と反|対《たい》に小|柄《がら》であつた。博士《はくし》にならないでもいゝから、そんな変《へん》な研究《けんきう》は止して、少し流行《はや》るやうにしてくれといふのは、妻《つま》の希望《きぼう》であつたが、しば/\その事《こと》で喧嘩《けんか》した。しかし彼は彼女を愛《あい》してゐた。形の好《い》い、愛《あい》らしい頭《あたま》を激昂《げきこう》して打つた果《はて》には、きつと両腕《れううで》の上に抱《だ》きかゝへて、頬《ほゝ》や頸《くび》にキツスをした。
「お前は好《い》い女だけれど、なぜそこいらの女のやうに、下らない虚栄《きよえい》心が強《つよ》いんだ。」
彼はいふのであつた。
彼女も彼の妻《つま》らしく、何か勉強でもしようと思《おも》つて、子|供服《どもふく》の講習《こうしう》会へなぞ通《かよ》つたこともあつたが、直《じ》きに飽《あ》きてしまつた。で、患《かん》者として彼のところへ暫《しば》らく通《かよ》つてゐた或る青《せい》年と親《した》しくなつてしまつた。
信《しん》六は、一つはその創《きず》を癒《いや》さうと思《おも》つて、もう妻《つま》の帰《かへ》つてこないことが確《たし》かになつてから、子|供《ども》を田舎《ゐなか》の家へあづけて外国に行つてしまつた。
彼は山の手の方に部《へ》屋|借《か》りをしてゐた。そこは木|造《ぞう》の洋風建築《ようふうけんちく》で、瓦斯《ガス》のストーブもたけるやうになつてゐたし、西|側《がは》の壁際《かべきは》にはベツドもおいてあつた。椅《い》子|卓子《ていぶる》も我|慢《まん》の出来ないほどではなかつた。南|受《う》けの日|当《あた》りの好《よ》いのが、何よりも彼を喜《よろこ》ばした。
南米における彼の独身《どくしん》生|活《かつ》は、可なり彼を憂鬱《ゆううつ》にしたが、外国行きを思《おも》ひ立つた動機《どうき》が、元《がん》来彼に取つて幸福《こうふく》なことではなかつた。といふのは二人の子|供《ども》をおいて妻《つま》が恋《こひ》人と逃《に》げてしまつたからであつた。尤《もつと》も彼は世間|普通《ふつう》の医《い》者|気質《かたぎ》とちがつて変《かは》りものであつた。研究《けんきう》心が莫迦《ばか》に盛《さか》んなのは可《い》いとして、妙《めう》に独断的《どくだんてき》なところがあつたため、或人からいはせると、どこか山|師《し》じみたところがあるといふのであつた。その金銭上のことが余《あま》りみみつちくて、享楽的《けうらくてき》のことには少しも興味《けうみ》をもたなかつた。何一つ道楽《どうらく》といふものをもたない男も世のなかには、ずゐぶん多いには違《ちが》ひないけれど、皆《みな》川ほど無|趣味《しゆみ》な男も少なかつた。彼は細《さい》君に半|衿《えり》一つ自|由《ゆう》に買《か》はせはしなかつた。芝居《しばゐ》や活動《かつどう》へもやらなかつた。日|曜《よう》の休みにも彼は研究室《けんきうしつ》に閉《と》ぢこもつて、まるで狂気《きちがい》のやうに、顕微鏡《けんびけう》を覗《のぞ》いてゐたが、娯楽《ごらく》といつては、動《どう》物|園《えん》とか植《しよく》物|園《えん》とか、又は郊《こう》外へ妻《つま》と子供《ども》を連《つ》れ出すくらゐのものであつた。その上彼は酒癖《さけくせ》が余《あま》り好《よ》くなかつた。
彼も決して醜《みにく》い方ではなかつた。少しおめかしをしたら、女が目をつけるだらうと思《おも》はれたが、そんな事《こと》は彼の趣味《しゆみ》ではなかつた。して若《わか》い細《さい》君は、ちよつと男|好《ず》きのする皮膚《ひふ》の綺麗《きれい》な肉《にく》のぼちや/\した女であつたが、良人と反|対《たい》に小|柄《がら》であつた。博士《はくし》にならないでもいゝから、そんな変《へん》な研究《けんきう》は止して、少し流行《はや》るやうにしてくれといふのは、妻《つま》の希望《きぼう》であつたが、しば/\その事《こと》で喧嘩《けんか》した。しかし彼は彼女を愛《あい》してゐた。形の好《い》い、愛《あい》らしい頭《あたま》を激昂《げきこう》して打つた果《はて》には、きつと両腕《れううで》の上に抱《だ》きかゝへて、頬《ほゝ》や頸《くび》にキツスをした。
「お前は好《い》い女だけれど、なぜそこいらの女のやうに、下らない虚栄《きよえい》心が強《つよ》いんだ。」
彼はいふのであつた。
彼女も彼の妻《つま》らしく、何か勉強でもしようと思《おも》つて、子|供服《どもふく》の講習《こうしう》会へなぞ通《かよ》つたこともあつたが、直《じ》きに飽《あ》きてしまつた。で、患《かん》者として彼のところへ暫《しば》らく通《かよ》つてゐた或る青《せい》年と親《した》しくなつてしまつた。
信《しん》六は、一つはその創《きず》を癒《いや》さうと思《おも》つて、もう妻《つま》の帰《かへ》つてこないことが確《たし》かになつてから、子|供《ども》を田舎《ゐなか》の家へあづけて外国に行つてしまつた。
信《しん》六の目には、妻《つま》の幻影《げんえい》はあらかた消《き》えてゐたが、銀|座《ざ》まで歩いてくると、ちよつと後|姿《すがた》の似寄《によ》つた女を見《み》て、はつとすることもあつた。
「あれももうよい加|減《げん》お婆《ばあ》さんだ。」彼はさう思《おも》ひながら、四十前後の世間の女を見《み》る度に、彼女が何んなお婆《ばあ》さんになつたかを、牾《もど》かしく想像《そうぞう》して見《み》たりした。
しかし彼女が今もしそこへ現《あら》はれて、罪《つみ》を詫《わ》びたところで、何うにもならない、十年前のことであつた。せい/″\彼女の過去《かこ》十|数《すう》年間の浮沈《うきしづ》みを知《し》るくらゐの興味《けうみ》しかもてなかつた。信《しん》六の推定《すいてい》するところでは、何うせさう幸福《こうふく》には暮《くら》してゐないに違《ちが》ひなかつた。なぜなら相手が不良|性《せい》の男であつたから、あの恋愛《れんあい》が巧《うま》く行つたか何うかは疑問《ぎもん》であつた。もしも彼女の運命《うんめい》が不|幸《こう》で、世にも惨《みぢめ》な暮《くら》しでもしてゐるやうだつたら、それこそ自|己《こ》の人生までが暗《くら》くなるに違《ちが》ひなかつた。好《い》い暮《くら》しをしてゐるとしたら、田舎《ゐなか》の子|供《ども》を思《おも》ひだして、たまに何か贈《おく》るくらゐの人|情《ぜう》があつてもいゝはずであつた。
兎《と》に角《かく》信《しん》六はさびしかつた。あの当《とう》時|妻《つま》の家出をしたときは、幼児《ようじ》を抱《かゝ》へた生|活《かつ》の方が多かつたが、今|全《まつた》くそれ等の煩《わづら》ひから自|由《ゆう》であつたゞけに年取つて帰《かへ》つて来た彼自|身《しん》の寂《さび》しさの方が強《つよ》かつた。それに博士論《はくしろん》文といふことも、今となつては断念《だんねん》しなければならないことなので、これから先き残《のこ》る仕|事《ごと》はたゞ患《かん》者の病《べう》気を癒《なほ》して、老《ろう》後の物|質《しつ》生|活《かつ》を安|定《てい》さするといふことより外ないので、何となく頼《たよ》りなかつた。幾《いく》時間かを賑《にぎや》かな病院《べういん》に過《すご》して、時によるとその友人の家|庭《てい》気分にも浸《ひた》つて、晩《ばん》方|部《へ》屋へ帰《かへ》つてくるのであつたが、この頃少し興味《けうみ》のあるのは、小さい病院《べういん》を建《た》てるについての設計《せつけい》くらゐのもので、地所の見当《けんとう》は丸《まる》きりついてゐなかつた。彼は友人にも頼《たの》み、自|身《しん》新聞の広告《こうこく》を見《み》たりしてゐた。どこか余《あま》り入|費《ひ》の張《は》らないビルディングがあつたらば、それも悪《わる》くはなかつた。
「そんなことよりも、先づ第一に女|房《ぼう》を持《も》ちたまへ。でなかつたら何も出来はしないそ。」友人は度々いつた。
彼もそれに気がついてゐた。先の妻《さい》に懲《こ》りてもゐたし、この年になつて今|更《さら》気心の知《し》れない女と同|棲《せい》するといふことが、彼にはちよつと現実的《げんじつてき》に考《かんが》へられないのであつた。しかし彼は強《し》ひて拒《こば》む勇《ゆう》気もなかつた。この先き幾《いく》年生きるか知《し》れないけれど、もし十年生きるものとしたらその十年間を独身《どくしん》で毎《まい》日の仕|事《ごと》に働《はたら》いて行けるか何うか、勿論《もちろん》預《あづ》けてある十六と十四の娘《むすめ》二人も引取ることになつてゐるので、その教育《けういく》にも相|当《そう》頭《あたま》を使《つか》はなければならなかつた。
あの当《とう》時、親類《しんるい》や友人は彼に再婚《さいこん》を勧《すゝ》めた。彼は臆病《おくべう》になつてゐた。どんな女にも昵《なじ》めないやうな気がしてゐた。しかし今となつてみると、外国へなど行かずに、直《す》ぐ結婚《けつこん》でもしておいた方が、もつと明るい新生|活《かつ》に入れたのぢやないかと思《おも》はれた。
或日も彼は友人のところで、細《さい》君から候|補《ほ》者の写真《しやしん》を見《み》せられた。女は四十二とかで、佐官|級《きう》の軍人の未亡《みぼう》人であつた。子|供《ども》は二人あるけれど、姉は片《かた》付き、弟は中学にゐた。容貌《ようぼう》も悪《わる》くはなかつた。むしろ年よりもぐつと若《わか》く見《み》える方であつたが、矢張《やは》り飛《と》びつく気になれなかつた。子|供《ども》のあるのも心配《しんぱい》だつたし、未亡《みぼう》人の再縁《さいえん》といふのも気に食《く》はなかつた。
「こゝいらが可《い》けなかつたら皆《みな》川さん、好《よ》い人はありません。」
「先の細《さい》君から見《み》れば、十|段《だん》も上だぜ。」
「いや結構《けつこう》です。なか/\美《び》人です。しかし軍人といふものは、家|庭《てい》にゐると晩酌《ばんしやく》でもやつて、上|機嫌《きげん》なものですから。少くとも気むづかしい旦那《だんな》さまではなかつたでせう。」
「そんな心|配《ぱい》した日にや際限《さいげん》がないよ。君は洋《よう》行前から見《み》れば、随《ずい》分|角《かど》が取れたぢやないか。」
「しかし本|当《とう》は、あのころから見《み》ると、もつと気むづかしくなつてゐるかも知《し》れないんだよ。――兎《と》に角《かく》お互《たが》いの流儀《りうぎ》や気質を呑込《のみこ》むまでには、随《ずい》分月日がかゝることだからね。第一|僕《ぼく》の病院《べういん》が成立つて行けば可いけれど、どうせ君のやうには行かないだらうからね。」
信《しん》六は財《ざい》政の方も考《かんが》へてゐた。矢張《やは》り不|幸《こう》な子供《ども》の方が可|愛《あ》いかつた。中|途《と》から入つて来る赤《あか》の他《た》人に、貴《たつと》い自分の労《ろう》力から得た物|質《しつ》を費消《ひせう》されることも厭《いや》だつたし、死んだあとで子|供達《どもたち》の負担《ふたん》になることも気|懸《がゝ》りであつた。兎《と》に角《かく》生|活《かつ》は単純《たんじゆん》で、自分自|身《しん》の思《おも》ひどほりにやらなければならなかつた。病院《べういん》が少しでも盛《さか》つて金の儲《まう》かることを考《かんが》へると、なほ更《さら》楽《たの》しみであつた。それは秘《ひそ》かな楽《たの》しみでなければならなかつた。他《た》人と頒《わか》つべき性質《せいしつ》のものだとは考《かんが》へられなかつた。もしも女手が必要《ひつよう》だつたら、或|約定《やくぜう》の給《きう》金さへ払《はら》へば親切《しんせつ》な家政|婦《ふ》を得るのも、さう困難《こんなん》ではないはずであつた。物|質的条件《しつてきぜうけん》で支|配《はい》される関係《かんけい》なら、そこに何等の煩《わづら》ひがあらうとは思《おも》へなかつた。贅沢《ぜいたく》をしようと、吝《けち》にしようとそれは自分の自|由《ゆう》だつた。この写真《しやしん》の女にしたところで、多分生|活《かつ》に困《こま》るから、結婚形《けつこんけい》式で他《た》人の家|庭《てい》へ入らうとするのに決《きま》つてゐた。無|論《ろん》彼女も寂《さび》しいに違《ちが》ひなかつた。生|活《かつ》の伴侶《はんりよ》の必要《ひつよう》なことに、男と女の変《かは》りはなかつた。しかし何といつても、大|部《ぶ》分は物|質《しつ》上の問題《もんだい》であつた。
と、さういふ風《ふう》に考《かんが》へ出すと、老《ろう》後の結婚《けつこん》が、いかに情味《ぜうみ》のない、寂《さび》しいものであるかゞ、犇《ひし》々胸《むね》に来るのであつた。もしもこゝに、さういふことには、まるで関係《かんけい》なく、或女と恋愛関係《れんあいかんけい》でも生じたとしたら、それはまた別問題《べつもんだい》だが、かうした事務的《じむてき》の結婚《けつこん》に果《はた》して何の意味《いみ》があるだらう? しかし信《しん》六はその恋愛《れんあい》をすら肯定《こうてい》することが出来なかつた。曾《かつ》ての妻《つま》を愛《あい》したやうに、女を愛《あい》し得るといふ気|持《もち》は、今の彼には遠《とほ》いものであつた。
信《しん》六は少し不|興《けう》になつた友人の家を出て、外へ出た。その病院《べういん》は、小田|原《はら》町にあつた。彼はそこから電《でん》車で銀|座《ざ》へ出て見《み》た。
三月の半ばで、まだ暮《く》れきらない町に電燈《でんとう》の光《ひかり》が懐《なつ》かしく潤《うる》んでゐた。彼は少し歩いてからいつもの喫茶《きつさ》店で、夕刊《ゆふかん》を見《み》ながらコーヒーを啜《すゝ》つた。喫茶《きつさ》店には楽《たの》しげな人達《たち》が、楽《たの》しげな談笑《だんせう》を交《かは》しながら軽《かる》い食事《しよくじ》をしたり、飲《の》みものを呑《の》んだりしてゐた。
「あれももうよい加|減《げん》お婆《ばあ》さんだ。」彼はさう思《おも》ひながら、四十前後の世間の女を見《み》る度に、彼女が何んなお婆《ばあ》さんになつたかを、牾《もど》かしく想像《そうぞう》して見《み》たりした。
しかし彼女が今もしそこへ現《あら》はれて、罪《つみ》を詫《わ》びたところで、何うにもならない、十年前のことであつた。せい/″\彼女の過去《かこ》十|数《すう》年間の浮沈《うきしづ》みを知《し》るくらゐの興味《けうみ》しかもてなかつた。信《しん》六の推定《すいてい》するところでは、何うせさう幸福《こうふく》には暮《くら》してゐないに違《ちが》ひなかつた。なぜなら相手が不良|性《せい》の男であつたから、あの恋愛《れんあい》が巧《うま》く行つたか何うかは疑問《ぎもん》であつた。もしも彼女の運命《うんめい》が不|幸《こう》で、世にも惨《みぢめ》な暮《くら》しでもしてゐるやうだつたら、それこそ自|己《こ》の人生までが暗《くら》くなるに違《ちが》ひなかつた。好《い》い暮《くら》しをしてゐるとしたら、田舎《ゐなか》の子|供《ども》を思《おも》ひだして、たまに何か贈《おく》るくらゐの人|情《ぜう》があつてもいゝはずであつた。
兎《と》に角《かく》信《しん》六はさびしかつた。あの当《とう》時|妻《つま》の家出をしたときは、幼児《ようじ》を抱《かゝ》へた生|活《かつ》の方が多かつたが、今|全《まつた》くそれ等の煩《わづら》ひから自|由《ゆう》であつたゞけに年取つて帰《かへ》つて来た彼自|身《しん》の寂《さび》しさの方が強《つよ》かつた。それに博士論《はくしろん》文といふことも、今となつては断念《だんねん》しなければならないことなので、これから先き残《のこ》る仕|事《ごと》はたゞ患《かん》者の病《べう》気を癒《なほ》して、老《ろう》後の物|質《しつ》生|活《かつ》を安|定《てい》さするといふことより外ないので、何となく頼《たよ》りなかつた。幾《いく》時間かを賑《にぎや》かな病院《べういん》に過《すご》して、時によるとその友人の家|庭《てい》気分にも浸《ひた》つて、晩《ばん》方|部《へ》屋へ帰《かへ》つてくるのであつたが、この頃少し興味《けうみ》のあるのは、小さい病院《べういん》を建《た》てるについての設計《せつけい》くらゐのもので、地所の見当《けんとう》は丸《まる》きりついてゐなかつた。彼は友人にも頼《たの》み、自|身《しん》新聞の広告《こうこく》を見《み》たりしてゐた。どこか余《あま》り入|費《ひ》の張《は》らないビルディングがあつたらば、それも悪《わる》くはなかつた。
「そんなことよりも、先づ第一に女|房《ぼう》を持《も》ちたまへ。でなかつたら何も出来はしないそ。」友人は度々いつた。
彼もそれに気がついてゐた。先の妻《さい》に懲《こ》りてもゐたし、この年になつて今|更《さら》気心の知《し》れない女と同|棲《せい》するといふことが、彼にはちよつと現実的《げんじつてき》に考《かんが》へられないのであつた。しかし彼は強《し》ひて拒《こば》む勇《ゆう》気もなかつた。この先き幾《いく》年生きるか知《し》れないけれど、もし十年生きるものとしたらその十年間を独身《どくしん》で毎《まい》日の仕|事《ごと》に働《はたら》いて行けるか何うか、勿論《もちろん》預《あづ》けてある十六と十四の娘《むすめ》二人も引取ることになつてゐるので、その教育《けういく》にも相|当《そう》頭《あたま》を使《つか》はなければならなかつた。
あの当《とう》時、親類《しんるい》や友人は彼に再婚《さいこん》を勧《すゝ》めた。彼は臆病《おくべう》になつてゐた。どんな女にも昵《なじ》めないやうな気がしてゐた。しかし今となつてみると、外国へなど行かずに、直《す》ぐ結婚《けつこん》でもしておいた方が、もつと明るい新生|活《かつ》に入れたのぢやないかと思《おも》はれた。
或日も彼は友人のところで、細《さい》君から候|補《ほ》者の写真《しやしん》を見《み》せられた。女は四十二とかで、佐官|級《きう》の軍人の未亡《みぼう》人であつた。子|供《ども》は二人あるけれど、姉は片《かた》付き、弟は中学にゐた。容貌《ようぼう》も悪《わる》くはなかつた。むしろ年よりもぐつと若《わか》く見《み》える方であつたが、矢張《やは》り飛《と》びつく気になれなかつた。子|供《ども》のあるのも心配《しんぱい》だつたし、未亡《みぼう》人の再縁《さいえん》といふのも気に食《く》はなかつた。
「こゝいらが可《い》けなかつたら皆《みな》川さん、好《よ》い人はありません。」
「先の細《さい》君から見《み》れば、十|段《だん》も上だぜ。」
「いや結構《けつこう》です。なか/\美《び》人です。しかし軍人といふものは、家|庭《てい》にゐると晩酌《ばんしやく》でもやつて、上|機嫌《きげん》なものですから。少くとも気むづかしい旦那《だんな》さまではなかつたでせう。」
「そんな心|配《ぱい》した日にや際限《さいげん》がないよ。君は洋《よう》行前から見《み》れば、随《ずい》分|角《かど》が取れたぢやないか。」
「しかし本|当《とう》は、あのころから見《み》ると、もつと気むづかしくなつてゐるかも知《し》れないんだよ。――兎《と》に角《かく》お互《たが》いの流儀《りうぎ》や気質を呑込《のみこ》むまでには、随《ずい》分月日がかゝることだからね。第一|僕《ぼく》の病院《べういん》が成立つて行けば可いけれど、どうせ君のやうには行かないだらうからね。」
信《しん》六は財《ざい》政の方も考《かんが》へてゐた。矢張《やは》り不|幸《こう》な子供《ども》の方が可|愛《あ》いかつた。中|途《と》から入つて来る赤《あか》の他《た》人に、貴《たつと》い自分の労《ろう》力から得た物|質《しつ》を費消《ひせう》されることも厭《いや》だつたし、死んだあとで子|供達《どもたち》の負担《ふたん》になることも気|懸《がゝ》りであつた。兎《と》に角《かく》生|活《かつ》は単純《たんじゆん》で、自分自|身《しん》の思《おも》ひどほりにやらなければならなかつた。病院《べういん》が少しでも盛《さか》つて金の儲《まう》かることを考《かんが》へると、なほ更《さら》楽《たの》しみであつた。それは秘《ひそ》かな楽《たの》しみでなければならなかつた。他《た》人と頒《わか》つべき性質《せいしつ》のものだとは考《かんが》へられなかつた。もしも女手が必要《ひつよう》だつたら、或|約定《やくぜう》の給《きう》金さへ払《はら》へば親切《しんせつ》な家政|婦《ふ》を得るのも、さう困難《こんなん》ではないはずであつた。物|質的条件《しつてきぜうけん》で支|配《はい》される関係《かんけい》なら、そこに何等の煩《わづら》ひがあらうとは思《おも》へなかつた。贅沢《ぜいたく》をしようと、吝《けち》にしようとそれは自分の自|由《ゆう》だつた。この写真《しやしん》の女にしたところで、多分生|活《かつ》に困《こま》るから、結婚形《けつこんけい》式で他《た》人の家|庭《てい》へ入らうとするのに決《きま》つてゐた。無|論《ろん》彼女も寂《さび》しいに違《ちが》ひなかつた。生|活《かつ》の伴侶《はんりよ》の必要《ひつよう》なことに、男と女の変《かは》りはなかつた。しかし何といつても、大|部《ぶ》分は物|質《しつ》上の問題《もんだい》であつた。
と、さういふ風《ふう》に考《かんが》へ出すと、老《ろう》後の結婚《けつこん》が、いかに情味《ぜうみ》のない、寂《さび》しいものであるかゞ、犇《ひし》々胸《むね》に来るのであつた。もしもこゝに、さういふことには、まるで関係《かんけい》なく、或女と恋愛関係《れんあいかんけい》でも生じたとしたら、それはまた別問題《べつもんだい》だが、かうした事務的《じむてき》の結婚《けつこん》に果《はた》して何の意味《いみ》があるだらう? しかし信《しん》六はその恋愛《れんあい》をすら肯定《こうてい》することが出来なかつた。曾《かつ》ての妻《つま》を愛《あい》したやうに、女を愛《あい》し得るといふ気|持《もち》は、今の彼には遠《とほ》いものであつた。
信《しん》六は少し不|興《けう》になつた友人の家を出て、外へ出た。その病院《べういん》は、小田|原《はら》町にあつた。彼はそこから電《でん》車で銀|座《ざ》へ出て見《み》た。
三月の半ばで、まだ暮《く》れきらない町に電燈《でんとう》の光《ひかり》が懐《なつ》かしく潤《うる》んでゐた。彼は少し歩いてからいつもの喫茶《きつさ》店で、夕刊《ゆふかん》を見《み》ながらコーヒーを啜《すゝ》つた。喫茶《きつさ》店には楽《たの》しげな人達《たち》が、楽《たの》しげな談笑《だんせう》を交《かは》しながら軽《かる》い食事《しよくじ》をしたり、飲《の》みものを呑《の》んだりしてゐた。
喫茶《きつさ》店を出たとき、彼は珍《めづ》らしく酒《さけ》に酔《よ》つてゐた。何時になくコクテールを呑《の》む気になつたゞけでも彼は何かしら、日本の春の宵《よひ》らしい情緒《ぜうしよ》を唆《そゝ》られた。
十分ほどの後には、彼は本|郷《ごう》の千|駄《だ》木の方にゐる女|教師《けうし》のS子の古びた門の前に立つてゐた。
S子は信《しん》六が学生時代に世|話《わ》になつたことのある或る勤《つとめ》人夫|婦《ふ》の娘《むすめ》であつた。彼はそのころその家に下|宿《しゆく》してゐた。信《しん》六が学校を出る時分には主人か死んで、S子は間もなく結婚《けつこん》して九|州《しう》の方へ行つてしまつた。信《しん》六はしば/\その母を訪《おとづ》れたが、S子とも年に二、三度は手紙の遣《やり》取をしてゐた。外国へ行つてからも、思《おも》ひ出したやうに、簡短《かんたん》な時候の挨拶《あいさつ》くらゐの手紙を取りやりしてゐたが、S子が居《ゐ》所を知《し》らせてくれても、信《しん》六からは返辞《へんじ》がなかつたり、信《しん》六が思《おも》ひ出したやうに消息《せうそく》を知《し》らせてやつても、早速《さつそく》には返事《へんじ》がこなかつたりした。でも信《しん》六は彼女の手紙を粗末《そまつ》にするやうなことはなかつたし、昔《むかし》お互《たが》ひに感《かん》じてゐた仄《ほの》かな恋《こひ》心のやうなものは、折《をり》につけ佗《わ》びしい彼の心を温《あたゝ》めてくれた。
日本へ帰《かへ》つたら、先づ何をおいてもS子に逢《あ》つてみようと、彼は何かその事《こと》が気にかかりだしてゐた。そして彼女に贈《おく》るつもりで、宝《ほう》石を一つ用|意《い》したくらゐであつた。
信《しん》六が彼女を訪問《ほうもん》したのは、今夜が三度目であつた。彼は夜間になぞ彼女を訪問《ほうもん》したことはつひぞ無かつた。彼は門の前まで来て、来たことを恥《は》ぢた。
S子は弟夫|婦《ふ》と同|棲《せい》してゐたが、二|階《かい》の六|畳《ぜう》と四|畳《ぜう》を占《し》めて、ひそやかに暮《く》らしてゐた。
今度|逢《あ》つてみると、今まで打明けようともしなかつた彼女の過去《かこ》の生|活《かつ》の輪廓《りんくわく》が、ざつとこんなものだといふことが想像《そうぞう》された。彼女の片《かた》づいてゐたのは、信《しん》六よりも少し前に、そこに下|宿《しゆく》してゐた工|科《か》も採磯科《さいくわうか》出の学生であつた。S子はその男に切望《せつぼう》されて、十四五年間|礦《くわう》山の社|宅《たく》生|活《かつ》をした果《は》てに、戦《せん》後の不|況《けう》で解雇《かいこ》されてから間もなく、良人に死なれて悄《すご》々東京へ帰《かへ》つて来た訳《わけ》であつた。
信《しん》六はS子の変《かは》つてゐるのに驚《おどろ》いた。どこかに昔《むか》しの面影《おもかげ》を探《さが》し出すことはできるにしても、もしも彼女の家で逢《あ》つたのでなかつたら、いくら彼女が「私がS子です」といひ張《は》つても、信《しん》ずることが出来なかつたに違《ちが》ひなかつた。
「貴方《あなた》だつて随《ずい》分|変《かは》つてゐますわ。」負《ま》けず嫌《きら》ひのS子は遣《や》り返《かへ》した。
「しかし女の変《かは》り方は男と違《ちが》つて、何だか花が凋《しぼ》んだやうな感《かん》じですな。」信《しん》六は妹のやうに可|愛《あい》がつてゐた女なので、世間のどの女よりも自|由《ゆう》な口が利《き》けた。
「え、どうせ凋《しぼ》んだ花でせうさ。」S子は拗《す》ねたやうな風《ふう》をして見《み》せた。
勿論《もちろん》S子が昔《むかし》のまゝに若《わか》かつたとしても、今の自分の目にはさう美《うつく》しくは感《かん》じられないかも知《し》れなかつた。
「礦《くわう》山生|活《かつ》を十五年もしてゐるうちに、私はこんなになつてしまつたんですの。私はそこで労働《ろうどう》者|達《たち》の子|供《ども》を教育《けういく》してゐましたの。浮《うき》世のことは悉皆《すつかり》忘《わす》れてしまつたんですの。お陰《かげ》で勉強《べんけう》はできましたわ。」
「東京に産《うま》れた人が、よくそんな処《ところ》で辛抱《しんぼう》できたものですね。」
「仕方がなかつたんですもの。」
「子|供《ども》は産《うま》れなかつたですか。」
「一人|産《うま》れましたけれど、六ヶ月で死んでしまひましたの。女の子でしたけれど。あの子が育《そだ》つてゐたら、今年十四ですわ。」
「それきり?」
「え、宅《たく》がお酒呑《さけの》みでしたから。あんな処《ところ》ではお酒《さけ》でも呑《の》まなかつたら遣切《やりき》れなかつたでせうかね。お附合で町の料理《れうり》屋へも行きましたわ。不|道徳《どうとく》な真似《まね》も少しはしたでせうね。男つて誰《たれ》も彼も遣《や》るのね。あれさへなかつたら本|当《と》に好《い》い人でしたけれど。」
大|抵《てい》逢《あ》へばそんな話《はなし》をして別《わか》れるのであつたが、今夜は信《しん》六が酔《よ》つてゐたし、S子も何だか少し浮《うは》づゝてゐるやうに見《み》えた。下にお客《きやく》があつた。S子とも親《した》しい男らしかつた。
S子は下から紅茶《こうちや》や水|菓《か》子を運《はこ》んで来て、四|畳《ぜう》半の椅《い》子|場《ば》で話《はな》した。
「好《い》い時候になつて来ましたね。」
「さうね、そろ/\花が咲《さ》きさうですわ。先刻《さつき》も上|野《の》公|園《えん》を通《とほ》つて、貴方《あなた》につれられて、よくあの辺《へん》を散《さん》歩した子|供《ども》時分のことを思《おも》ひ出してゐましたの。貴方《あなた》はお部《へ》屋に閉籠《とぢこも》つて、一日|誰《たれ》とも口も利《き》かずに本ばかり読《よ》んでゐたわね。」
「さうでしたかね。」
「あの時分、貴方《あなた》はもつと毛が濃《こ》くて、蒼白い顔《かほ》をしてゐたわ。いつも毛がもぢ/\で、何だか憂鬱《ゆううつ》な人だと思《おも》つたものよ。」
「貴女《あなた》の病《べう》気の看護《かんご》をしたこともありましたね。氷《こほり》を取|替《か》へたり、脈《みやく》を見《み》たりして……。」
「さうでしたつけ。私は弱《よわ》かつたんですわ。」
「私は貴女《あなた》の結婚《けつこん》したことをちつとも知《し》らなかつた。私はあの時、始《はじ》めて寂《さび》しいといふことを感《かん》じたやうだつた。でもそれは仕方のないことだつた。」
「さう、私ちつとも私はやつと十九でしたもの。」
信《しん》六は彼女の顔《かほ》をぢつと見詰《みつ》めてゐたが少し低声《ここゑ》になつて
「今|貴女《あなた》は何にもないんですか。」
「私に? え、何にも。」S子は耳《みゝ》の附|根《ね》を赤《あか》くして俛《うつむ》いた。
「何故ですの。」
「何故つてこともないが、もしさうだつたら、私と結婚《けつこん》してもらへまいかと思《おも》つて……。」
S子はちよつと彼の顔《かほ》を見《み》たが、直《ぢ》き目を伏《ふ》せてしまつた。
「貴女《あなた》はどう思《おも》ふ。私の生|活事情《かつじぜう》はわかつてゐるでせう。病院《べういん》を作《つく》れば男の手では遣切《やりき》れないことが随《ずい》分あらうと思《おも》ふ。もし貴女《あなた》の力を借《か》りることができるなら、万|事《じ》好《こう》都合だとおもふんですがね。」
「え……。」
暫《しば》らく沈黙《ちんもく》がつゞいた。
「貴女《あなた》はほんとうに独《ひと》り?」
「え、それあ本|当《とう》に独《ひと》りですけれど。」S子は髪《かみ》の乱《みだ》れ毛を小|指《ゆび》で掻《か》きあげながら、
「独身《どくしん》生|活《かつ》も気|楽《らく》は気|楽《らく》ね。」
「貴女《あなた》もすつかりそれに慣《な》れてしまつたやうですね。」
「え、まあね。でも何うかすると寂《さび》しいこともありますね。何か自分を掣肘《せいちう》してくれるものとか、限《かぎ》りない自|由《ゆう》に或る制限《せいげん》を与《あた》へてくれるものとか、まあさういつた日常生|活《かつ》の対象《たいせう》がないと、寄《よ》りどころがないやうな気もするのね。」
「無|制限《せいげん》では真《しん》の自|由《ゆう》とはいへませんからね。何|処《こ》まで行つても際限《さいげん》のない曠野《こうや》に立つてゐるやうで……。」
「え、さう。その代り気|楽《らく》は気|楽《らく》よ。寝《ね》たいときに寝《ね》て、起《お》きたいときに起《お》きる。それに色《いろ》々な憧憬《どうけい》――もうそんなものも、あらかた無くなつてしまひましたけれど、それでも現実《げんじつ》にそれ
を求《もと》めようとはしないながらも、何かしら考《かんが》へてゐるのね。長く自|由《ゆう》でゐると、現実《げんじつ》にふれるのが、迚《とて》も慵いことになつてくるのね。たとへば或一人の異性《いせい》を現実《げんじつ》の対象《たいせう》として想像《そうぞう》するといつたやうなことが、何だか厭《いや》になるのね。それだけ私は年取つたんでせうか。」
「同|感《かん》ですよ。」
「でも今夜は皆《みな》川さんは、いつもの皆《みな》川さんとは違《ちが》つてよ。」
「こんな話《はなし》を持《もち》出されて、貴女《あなた》は困《こま》る?」
「いゝえ、さうぢやないの。」
「今になつてからの結婚《けつこん》は、兎《と》に角《かく》臆劫《おつくう》な仕|事《ごと》には違《ちが》ひないね。私は《み》見ず知《し》らずの他《た》人を引|張《ぱ》つて来て、その人と暮《くら》さうといふ気には何うしてもなれないね。貴女《あなた》だつたら、まあ何うにかかうにか、努《ど》力なしにやつて行けさうに思《おも》ふんだけれど。」
「え、それあさうね。」
「考《かんが》へておいて見《み》てくれませんか。」
「え。」
信《しん》六は何だか物|足《た》りなかつた。やつぱり二人はこのまゝでゐた方がよささうに思《おも》へた。この上|深《ふか》い交渉《こうせう》を生ずるのは、煩《わづら》はしいことのやうな気がしたが、しかし言《いひ》出してみると、女が飛《とび》ついてこないのが淋《さび》しかつた。
「しかし貴女《あなた》の私に対《たい》する気|持《もち》だけは聞かしてもらつても可いだらうね。」信《しん》六は彼女の手を執《と》つた。
「私の気|持《もち》?」
「白紙?」
「そんな事《こと》ないわ。」
「今さら何も燃《も》えあがらないつてつた感《かん》じ?」
「貴方《あなた》は。」
「私は貴女《あなた》を愛《あい》してゐる。若《わか》いときのやうな熱情《ねつぜう》は兎《と》に角《かく》、永《なが》いあひだ貴女《あなた》のことは絶《た》えず頭脳にあつたのだね。」
「さう、それは有|難《がた》いけれど。でも、貴方《あなた》は奥《おく》さんを愛《あい》してゐたでせう。」
「勿論《もちろん》愛《あい》してゐました。貴女《あなた》が貴女《あなた》の良人を愛《あい》してゐたやうに。たゞそれきりですよ。」
「さうね。今夜は貴女《あなた》は酔つてゐるやうだわ。」
「さうかも知《し》れない。でも、酔つたまぎれの笑|談《だん》でないことだけは信《しん》じてもらひたい。」
「それあさうですわ。」
「兎《と》に角《かく》考《かんが》へておいて下さい。」
「え。」
それから暫《しば》らく雑談《ざつだん》に耽《ふけ》つたが、二人は何となしはずまなかつた。
「散《さん》歩でもしませんか。いゝ夜だね。」信六は窓《まど》をあけた。
「しても可いけれど。」S子は寄《よ》り添《そ》つた。
静《しづ》かな夜であつた。月|光《こう》がどんより曇《うる》んでゐた。信《しん》六は彼女を引寄《よ》せた。
十分ほどの後には、彼は本|郷《ごう》の千|駄《だ》木の方にゐる女|教師《けうし》のS子の古びた門の前に立つてゐた。
S子は信《しん》六が学生時代に世|話《わ》になつたことのある或る勤《つとめ》人夫|婦《ふ》の娘《むすめ》であつた。彼はそのころその家に下|宿《しゆく》してゐた。信《しん》六が学校を出る時分には主人か死んで、S子は間もなく結婚《けつこん》して九|州《しう》の方へ行つてしまつた。信《しん》六はしば/\その母を訪《おとづ》れたが、S子とも年に二、三度は手紙の遣《やり》取をしてゐた。外国へ行つてからも、思《おも》ひ出したやうに、簡短《かんたん》な時候の挨拶《あいさつ》くらゐの手紙を取りやりしてゐたが、S子が居《ゐ》所を知《し》らせてくれても、信《しん》六からは返辞《へんじ》がなかつたり、信《しん》六が思《おも》ひ出したやうに消息《せうそく》を知《し》らせてやつても、早速《さつそく》には返事《へんじ》がこなかつたりした。でも信《しん》六は彼女の手紙を粗末《そまつ》にするやうなことはなかつたし、昔《むかし》お互《たが》ひに感《かん》じてゐた仄《ほの》かな恋《こひ》心のやうなものは、折《をり》につけ佗《わ》びしい彼の心を温《あたゝ》めてくれた。
日本へ帰《かへ》つたら、先づ何をおいてもS子に逢《あ》つてみようと、彼は何かその事《こと》が気にかかりだしてゐた。そして彼女に贈《おく》るつもりで、宝《ほう》石を一つ用|意《い》したくらゐであつた。
信《しん》六が彼女を訪問《ほうもん》したのは、今夜が三度目であつた。彼は夜間になぞ彼女を訪問《ほうもん》したことはつひぞ無かつた。彼は門の前まで来て、来たことを恥《は》ぢた。
S子は弟夫|婦《ふ》と同|棲《せい》してゐたが、二|階《かい》の六|畳《ぜう》と四|畳《ぜう》を占《し》めて、ひそやかに暮《く》らしてゐた。
今度|逢《あ》つてみると、今まで打明けようともしなかつた彼女の過去《かこ》の生|活《かつ》の輪廓《りんくわく》が、ざつとこんなものだといふことが想像《そうぞう》された。彼女の片《かた》づいてゐたのは、信《しん》六よりも少し前に、そこに下|宿《しゆく》してゐた工|科《か》も採磯科《さいくわうか》出の学生であつた。S子はその男に切望《せつぼう》されて、十四五年間|礦《くわう》山の社|宅《たく》生|活《かつ》をした果《は》てに、戦《せん》後の不|況《けう》で解雇《かいこ》されてから間もなく、良人に死なれて悄《すご》々東京へ帰《かへ》つて来た訳《わけ》であつた。
信《しん》六はS子の変《かは》つてゐるのに驚《おどろ》いた。どこかに昔《むか》しの面影《おもかげ》を探《さが》し出すことはできるにしても、もしも彼女の家で逢《あ》つたのでなかつたら、いくら彼女が「私がS子です」といひ張《は》つても、信《しん》ずることが出来なかつたに違《ちが》ひなかつた。
「貴方《あなた》だつて随《ずい》分|変《かは》つてゐますわ。」負《ま》けず嫌《きら》ひのS子は遣《や》り返《かへ》した。
「しかし女の変《かは》り方は男と違《ちが》つて、何だか花が凋《しぼ》んだやうな感《かん》じですな。」信《しん》六は妹のやうに可|愛《あい》がつてゐた女なので、世間のどの女よりも自|由《ゆう》な口が利《き》けた。
「え、どうせ凋《しぼ》んだ花でせうさ。」S子は拗《す》ねたやうな風《ふう》をして見《み》せた。
勿論《もちろん》S子が昔《むかし》のまゝに若《わか》かつたとしても、今の自分の目にはさう美《うつく》しくは感《かん》じられないかも知《し》れなかつた。
「礦《くわう》山生|活《かつ》を十五年もしてゐるうちに、私はこんなになつてしまつたんですの。私はそこで労働《ろうどう》者|達《たち》の子|供《ども》を教育《けういく》してゐましたの。浮《うき》世のことは悉皆《すつかり》忘《わす》れてしまつたんですの。お陰《かげ》で勉強《べんけう》はできましたわ。」
「東京に産《うま》れた人が、よくそんな処《ところ》で辛抱《しんぼう》できたものですね。」
「仕方がなかつたんですもの。」
「子|供《ども》は産《うま》れなかつたですか。」
「一人|産《うま》れましたけれど、六ヶ月で死んでしまひましたの。女の子でしたけれど。あの子が育《そだ》つてゐたら、今年十四ですわ。」
「それきり?」
「え、宅《たく》がお酒呑《さけの》みでしたから。あんな処《ところ》ではお酒《さけ》でも呑《の》まなかつたら遣切《やりき》れなかつたでせうかね。お附合で町の料理《れうり》屋へも行きましたわ。不|道徳《どうとく》な真似《まね》も少しはしたでせうね。男つて誰《たれ》も彼も遣《や》るのね。あれさへなかつたら本|当《と》に好《い》い人でしたけれど。」
大|抵《てい》逢《あ》へばそんな話《はなし》をして別《わか》れるのであつたが、今夜は信《しん》六が酔《よ》つてゐたし、S子も何だか少し浮《うは》づゝてゐるやうに見《み》えた。下にお客《きやく》があつた。S子とも親《した》しい男らしかつた。
S子は下から紅茶《こうちや》や水|菓《か》子を運《はこ》んで来て、四|畳《ぜう》半の椅《い》子|場《ば》で話《はな》した。
「好《い》い時候になつて来ましたね。」
「さうね、そろ/\花が咲《さ》きさうですわ。先刻《さつき》も上|野《の》公|園《えん》を通《とほ》つて、貴方《あなた》につれられて、よくあの辺《へん》を散《さん》歩した子|供《ども》時分のことを思《おも》ひ出してゐましたの。貴方《あなた》はお部《へ》屋に閉籠《とぢこも》つて、一日|誰《たれ》とも口も利《き》かずに本ばかり読《よ》んでゐたわね。」
「さうでしたかね。」
「あの時分、貴方《あなた》はもつと毛が濃《こ》くて、蒼白い顔《かほ》をしてゐたわ。いつも毛がもぢ/\で、何だか憂鬱《ゆううつ》な人だと思《おも》つたものよ。」
「貴女《あなた》の病《べう》気の看護《かんご》をしたこともありましたね。氷《こほり》を取|替《か》へたり、脈《みやく》を見《み》たりして……。」
「さうでしたつけ。私は弱《よわ》かつたんですわ。」
「私は貴女《あなた》の結婚《けつこん》したことをちつとも知《し》らなかつた。私はあの時、始《はじ》めて寂《さび》しいといふことを感《かん》じたやうだつた。でもそれは仕方のないことだつた。」
「さう、私ちつとも私はやつと十九でしたもの。」
信《しん》六は彼女の顔《かほ》をぢつと見詰《みつ》めてゐたが少し低声《ここゑ》になつて
「今|貴女《あなた》は何にもないんですか。」
「私に? え、何にも。」S子は耳《みゝ》の附|根《ね》を赤《あか》くして俛《うつむ》いた。
「何故ですの。」
「何故つてこともないが、もしさうだつたら、私と結婚《けつこん》してもらへまいかと思《おも》つて……。」
S子はちよつと彼の顔《かほ》を見《み》たが、直《ぢ》き目を伏《ふ》せてしまつた。
「貴女《あなた》はどう思《おも》ふ。私の生|活事情《かつじぜう》はわかつてゐるでせう。病院《べういん》を作《つく》れば男の手では遣切《やりき》れないことが随《ずい》分あらうと思《おも》ふ。もし貴女《あなた》の力を借《か》りることができるなら、万|事《じ》好《こう》都合だとおもふんですがね。」
「え……。」
暫《しば》らく沈黙《ちんもく》がつゞいた。
「貴女《あなた》はほんとうに独《ひと》り?」
「え、それあ本|当《とう》に独《ひと》りですけれど。」S子は髪《かみ》の乱《みだ》れ毛を小|指《ゆび》で掻《か》きあげながら、
「独身《どくしん》生|活《かつ》も気|楽《らく》は気|楽《らく》ね。」
「貴女《あなた》もすつかりそれに慣《な》れてしまつたやうですね。」
「え、まあね。でも何うかすると寂《さび》しいこともありますね。何か自分を掣肘《せいちう》してくれるものとか、限《かぎ》りない自|由《ゆう》に或る制限《せいげん》を与《あた》へてくれるものとか、まあさういつた日常生|活《かつ》の対象《たいせう》がないと、寄《よ》りどころがないやうな気もするのね。」
「無|制限《せいげん》では真《しん》の自|由《ゆう》とはいへませんからね。何|処《こ》まで行つても際限《さいげん》のない曠野《こうや》に立つてゐるやうで……。」
「え、さう。その代り気|楽《らく》は気|楽《らく》よ。寝《ね》たいときに寝《ね》て、起《お》きたいときに起《お》きる。それに色《いろ》々な憧憬《どうけい》――もうそんなものも、あらかた無くなつてしまひましたけれど、それでも現実《げんじつ》にそれ
を求《もと》めようとはしないながらも、何かしら考《かんが》へてゐるのね。長く自|由《ゆう》でゐると、現実《げんじつ》にふれるのが、迚《とて》も慵いことになつてくるのね。たとへば或一人の異性《いせい》を現実《げんじつ》の対象《たいせう》として想像《そうぞう》するといつたやうなことが、何だか厭《いや》になるのね。それだけ私は年取つたんでせうか。」
「同|感《かん》ですよ。」
「でも今夜は皆《みな》川さんは、いつもの皆《みな》川さんとは違《ちが》つてよ。」
「こんな話《はなし》を持《もち》出されて、貴女《あなた》は困《こま》る?」
「いゝえ、さうぢやないの。」
「今になつてからの結婚《けつこん》は、兎《と》に角《かく》臆劫《おつくう》な仕|事《ごと》には違《ちが》ひないね。私は《み》見ず知《し》らずの他《た》人を引|張《ぱ》つて来て、その人と暮《くら》さうといふ気には何うしてもなれないね。貴女《あなた》だつたら、まあ何うにかかうにか、努《ど》力なしにやつて行けさうに思《おも》ふんだけれど。」
「え、それあさうね。」
「考《かんが》へておいて見《み》てくれませんか。」
「え。」
信《しん》六は何だか物|足《た》りなかつた。やつぱり二人はこのまゝでゐた方がよささうに思《おも》へた。この上|深《ふか》い交渉《こうせう》を生ずるのは、煩《わづら》はしいことのやうな気がしたが、しかし言《いひ》出してみると、女が飛《とび》ついてこないのが淋《さび》しかつた。
「しかし貴女《あなた》の私に対《たい》する気|持《もち》だけは聞かしてもらつても可いだらうね。」信《しん》六は彼女の手を執《と》つた。
「私の気|持《もち》?」
「白紙?」
「そんな事《こと》ないわ。」
「今さら何も燃《も》えあがらないつてつた感《かん》じ?」
「貴方《あなた》は。」
「私は貴女《あなた》を愛《あい》してゐる。若《わか》いときのやうな熱情《ねつぜう》は兎《と》に角《かく》、永《なが》いあひだ貴女《あなた》のことは絶《た》えず頭脳にあつたのだね。」
「さう、それは有|難《がた》いけれど。でも、貴方《あなた》は奥《おく》さんを愛《あい》してゐたでせう。」
「勿論《もちろん》愛《あい》してゐました。貴女《あなた》が貴女《あなた》の良人を愛《あい》してゐたやうに。たゞそれきりですよ。」
「さうね。今夜は貴女《あなた》は酔つてゐるやうだわ。」
「さうかも知《し》れない。でも、酔つたまぎれの笑|談《だん》でないことだけは信《しん》じてもらひたい。」
「それあさうですわ。」
「兎《と》に角《かく》考《かんが》へておいて下さい。」
「え。」
それから暫《しば》らく雑談《ざつだん》に耽《ふけ》つたが、二人は何となしはずまなかつた。
「散《さん》歩でもしませんか。いゝ夜だね。」信六は窓《まど》をあけた。
「しても可いけれど。」S子は寄《よ》り添《そ》つた。
静《しづ》かな夜であつた。月|光《こう》がどんより曇《うる》んでゐた。信《しん》六は彼女を引寄《よ》せた。
翌《よく》朝ベツドのうへで目をさましたとき、信《しん》六はそつと彼女の年を繰つて見《み》て、幻滅《げんめつ》を感《かん》じた。彼は昨夜の申《もうし》出を悔《く》ゆる気|持《もち》になつてゐた。[#地付き](昭和4年3月1日「週刊朝日」)
底本:「徳田秋聲全集第16巻」八木書店
1999(平成11)年5月18日初版発行
底本の親本:「週刊朝日」
1929(昭和4)年3月1日
初出:「週刊朝日」
1929(昭和4)年3月1日
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
1999(平成11)年5月18日初版発行
底本の親本:「週刊朝日」
1929(昭和4)年3月1日
初出:「週刊朝日」
1929(昭和4)年3月1日
入力:特定非営利活動法人はるかぜ