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曇つた頭

最終更新:2020年01月09日 11:31

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曇つた頭
徳田秋声


【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)読《よ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)生|活《くわつ》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#「きつかけ」に傍点]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)にや/\


 彼は或夜もその夫人を訪ねた。彼は本を読《よ》みつゞけてゐる時――たゞさうした色々のものを或る系統《けいとう》を立てゝ猟る日になると、生|活《くわつ》の全部《ぜんぶ》をそれに捧《さゝ》げても尚且つ及ばないことが口惜しいだけで、それには又さうして本に親《した》しんでゐれば、それがさう大して有|益《えき》でなくとも、自|己《こ》の生|活《くわつ》について、何らかのヒントを得るうへに、兎|角《かく》世間の下らないことに攪乱《こうらん》されがちな気分を純《じゆん》一にするだけでも助《たす》かるので、書|斎《さい》においても外にゐても希望《きぼう》を失《うしな》ふやうなことはなかつたけれど、創《そう》作にでも取りかゝらうとする心|構《かま》へのときには、気分が兎|角《かく》動《うご》いた。彼はさういふとき、壁《かべ》や障《せう》子や、そして寸時も口から離《はな》さない煙《たば》草や、火|鉢《ばち》や電《でん》気ヒーターや、すべてのものに、怠屈《たいくつ》以上の何ものをも感《かん》ずることが出来なかつた。心をほぐしてくれる花とてもないのであつた。一日|沈黙《ちんもく》をつゞけてゐると、頭《あたま》が憂鬱《ゆううつ》になつた。小さい子|供《ども》を一人書|斎《さい》のなかへ引|張《は》つて来ても、直ぐ逃げて行つた。子|供《ども》は何もかもちぐはぐな、愛情《あいぜう》の乏《とぼ》しい生|活《くわつ》に大分|馴《な》れてゐた。彼女は誰れもさう自分を相手にしたり、母|親《おや》らしい愛情《あいぜう》をもつてはくれないことに、無|意識的《いしきてき》に馴《な》らされて来た。彼女は彼が本を読《よ》むと同じやうに、この頃《ころ》子|供部《どもへ》屋で何か彼か仕事をしてゐた。時には造《ぞう》花を、時には人形の着ものを。彼は彼女のさうした姿《すがた》を見るのが寂《さび》しかつた。
 彼はその時も気分が書くものに落《おち》著けなかつた。読みさしの本にも二三日|疎遠《そえん》になつてゐた。一つはその翻訳《ほんやく》に信頼《しんらい》できないことが腹《はら》立しくなつたからでもあつた。大|抵《てい》の本はさうであつた。それらの翻訳《ほんやく》者は思想《しそう》家にしろ芸術《げいじゆつ》家にしろ学者にしろ、外国の大家の肉《にく》や血《ち》をしやぶつて生きてゐるのだが、よく解つてゐるものは少いのであつた。よく解らうとするには又それだけの生|活《くわつ》の余裕《よゆう》も必要《ひつよう》な訳《わけ》であつた。大学の教授《けうじゆ》か何かでない限《かぎ》りは今時の読《どく》書家にそれが許《ゆる》される理《り》由もなかつた。誰《だれ》の仕事も場当《ばあた》りでちぐはぐであつた。
 夫人は先づ小ブルヂヨウ階級《かいきう》といつてもよかつた。彼の面《めん》する社《しや》会には、生|活《くわつ》に小|康《こう》を得てゐる側《がは》と、さうでない側《がは》との二つがあつた。彼はそのどつちでもなかつたが、そのどつちでもあつた。彼は自分や周囲《しうい》の実際《じつさい》生活《くわつ》を考《かんが》へて、芸術《げいじゆつ》が莫迦《ばか》に贅沢《ぜいたく》で呑気で生ぬるい思《おも》ひのする時と、芸術《げいじゆつ》によつて果敢《はか》なくも辛《から》うじて生きてゐるやうな時とがあつた。といつて夫人の家|庭《てい》が彼を落著《おちつ》かせてくれる訳《わけ》ではなかつた。彼は屡《しば》々そこへ集《あつ》まつて来る人|達《たち》と花を引いて遊《あそ》んだあと、却《かへつ》て気分を散漫《さんまん》にしたことを悔いなければならなかつた。けれど人間は人間であつた。向《こう》上|性《せい》と堕落性《だらくせい》(少し語弊《ごへい》があるが)とのあるところに、辛《から》うじて生きられる余《よ》地が見出せるのであつた。もしこの都会に、何等の享楽《けうらく》世|界《かい》がなかつたとしたら、人は皆な息詰《いきつま》つて気が狂《くる》ふだらう。
 その日は花の相手は誰《だれ》も来てゐなかつた。
「どうなさいました。お仕事は片着《かたつ》きましたか。し夫人はにや/\してゐた。
「まだ。牧《まき》君は?」
「宅《たく》ですか。事|務《む》所の方にゐます。何だかあなたに見ていたゞきたいものがあるとかいつてましたけれど。」
「何だらう。」
「××先生のお書きになつたものださうですけれど、先生の処《とこ》で拝《はい》見した字《じ》と少し違《ちが》ふやうだから。」
「贋でせう。みんな嘘《うそ》ですよ。」
「さうでせうか。」
「書|画《ぐわ》や骨董《こつとう》もさうだが、学者や芸術《げいじゆつ》家が、一ト時代《だい》に一人か二人偉いのがあるとすると、あとは皆んなその模倣《もほう》ですよ。少しづゝ特《とく》色はあるにしても、結局《けつきよく》ユニツクなものはないものだ。」
 お茶《ちや》やお菓《くわ》子が、彼女によく似《に》た美しい令嬢《れいぜう》によつてそこへ運《はこ》ばれた。座敷《ざしき》が何となく賑《にぎや》かになつてゐた。美しい敷《しき》物が敷かれて、ヒータアが新|式《しき》のに収換へられたことだけでも、牧弁護士《まきべんごし》が、近|頃《ころ》好い仕事の多いことを物|語《かた》つてゐた。
「美しい子だな。あなたより美しいかも知れない。」彼は呟《つぶや》いた。」
「え、あの子は田|舎《なか》でも評判《へうばん》の娘《むすめ》さんですけれど、大分前からあつた縁談《えんだん》に躓きができたものですから、私が預《あづ》かつてゐるんですの。」
「あなたの……。」
「姪ですの。いつかお話《はなし》しました、姉の連《つれ》合の大|佐《さ》の……。」
「さう。どこか世|話《わ》しようかな。」
「え、ぜひ。」
「お金のあるところね。」
「いゝえ、別段《べつだん》お金持でなくたつて……こつちがさう裕福《ゆうふく》でもないんですから。」
「でも、美しい人が貧乏《びんぼう》だと不|似《に》合ですからね。」
「でも前途に見込《こみ》のある人でしたら。」
「それが解りさへすれば面倒《めんどう》はないんだけれど。」
「お宅《たく》の坊ちやんお綺|麗《れい》ですわ。私あの坊ちやんに貰《もら》つていたゞけると。本|当《とう》に失礼《しつれい》ですけれど。宅《たく》もお話してみようかなんていつてをりましたの。」
「いゝや。家《うち》は大|変《へん》ですよ。小姑沢《しうとたく》山で、皆な雑《ざつ》居してゐるんですから。第一本人もまだ海のものとも山のものとも解らないんで。話《はなし》は大変結構《たいへんけつこう》ですけれど。」
 しかし彼は大|抵《てい》の場《ば》合|処《しよ》世|的《てき》には気分本位であつた。実際問題《じつさいもんだい》を緻|密《みつ》に考《かんが》へるだけの思慮《しりよ》を屡《しば》々欠《か》くことがあつた。彼は何となく好い気持になつた。傭人委せの情味《ぜうみ》のない子|供達《どもたち》の生|活《くわつ》を楽《たの》しくするには、かうした若《わか》い美しい他《た》人が入つて来るのも悪《わる》くはないと思《おも》つた。新|鮮《せん》な処《しよ》女の現《げん》前は、したたかな魔《ま》女に長いあひだ青春の血《ち》を吸《す》はれてゐる子|息《そく》の気分を転換《てんくわん》するに都合が好いとも思《おも》つた。夫人もそれをいつた。
「なぜあなたは二人を引別けなさらないんだらうつて、宅《たく》でも心|配《ぱい》してゐましたわ。」
「それが出来るくらゐなら。」彼は苦笑《くせう》した。「それでなくとも、あのやくざ坊師《ぼうし》は六年間もぶら/\遊《あそ》んで暮《くら》してゐるんです。この男のために、僕《ぼく》は生|涯《がい》苦《くる》しまなければならないんです。」
 彼はいつまでも老《お》いた父|親《おや》の腕《うで》にぶら下つて、そして死後に少しばかりの遺産《いさん》で、出来るだけ吝つたれに生きて行かうと、ひどく消極的《せうきよくてき》な度|胸《けう》をすゑてゐる子|息《そく》に、時としては不法に寛《くわん》大な気持になれることもあつたが、愛《あい》を示《しめ》せば示《しめ》すほど好い気になつて、づるづる遊隋《ゆうだ》な生|活《くわつ》に引摺られて行くばかりなので、もう悉皆《しつかい》しびれが切れてゐた。こんな相|続《ぞく》者を頂《いたゞ》いた幼《おさな》いもの達《たち》の、彼自|身《しん》の死後の運命《うんめい》を考《かんが》へると、夜も眠《ねむ》られないことが度々であつた。
「それでも、もしかして、美しい人でも嫁《よめ》に迎《むか》へてやつたら!」
 彼は夫人の話《はなし》で、つい無|批判《ひはん》に甘《あま》い気分になつてゐた。そしてその結婚《けつこん》が、彼自|身《しん》の結婚《けつこん》の利害《りがい》などを時々|考察《こうさつ》させる彼の運命《うんめい》に決《けつ》定|的《てき》な解決《かいけつ》を与《あた》へると同時に、子|供達《どもたち》の家庭《てい》に思《おも》ひがけない幸福《こうふく》を齎《もたら》してくれるだらうと想像《そうぞう》した。

 翌《よく》日彼は子|供《ども》の姿《すがた》を廊《ろう》下に見つけた。子供《ども》はその日は家にゐた。
「ちよつと」と彼は子|息《そく》を書|斎《さい》へつれて行つて、その話《はなし》をした。
 子供《ども》はいつもの通り、自分の意志《いし》を表《へう》白することをしなかつた。彼はいつでも来るものを受止めも替はしもしなかつた。都合の悪いときは唯ぷいと怒《ど》気を発して席《せき》を立つだけであつた。その童|蒙《もう》な態《たい》度がいつも彼をいら/\させた。しかし彼の子|息《そく》は彼に取つて恐い男であつた。どうかすると暗鬱《あんうつ》な野|性《せい》に駆《か》り立てられて、父を打つことさへあつた。彼は彼の一番|愛《あい》し、一番|悩《なや》んで来たこの傲慢《ごうまん》で怠惰《たいだ》な男の存在《そんざい》が、内心|余《あま》り気|味《み》よくはなかつた。
 もちろんこの時は子|息《そく》も悪《わる》い顔《かほ》をする筈《はず》はなかつた。彼から見れば、心よく承諾《せうだく》したやうに見えた。
「あの女とは切れるだらうね。」
「それあ……。」
 当然《とうぜん》切れるやうな口吻であつた。しかし彼はいつもの通り頼りがなかつた。
「それだとするとお前自|身《しん》にも、何か働《はたら》いてくれなけれあならないんだ。生|活《くわつ》気分をすつかり更《あらた》めてくれないと困《こま》るんだ。」
 子|息《そく》はその時の風の吹き廻《まは》しでどうでもなるといつた気|楽《らく》な顔《かほ》をしてゐた。彼はもしも洋《よう》行しろといつたら、喜《よろこ》んで船に乗《の》るだらう。定つた小遣《こづかひ》をやるから、今の女との関係《くわんけい》を続《つゞ》けろといつたら、いつまでも平気でそれを続《つゞ》けるだらう。学校をやれといつたら、月|謝《しや》だけ払《はら》はせて、矢|張《は》り毎日十二時まで寝《ね》てゐるだらう。彼にもし食《しよく》事と寝《ね》床をあてがはなかつたら、ふら/\と友人のところへ出かけて幾《いく》日もそこで高|級《きう》な芸術談《げいじゆつだん》に耽《ふ》けるだらう。彼は虫の好い無|抵抗《ていこう》主|義《ぎ》者であると同時に、生きることについては無神|経《けい》な石のやうな強《つよ》みをもつてゐた。彼は自分一人が努《ど》力を厭ふ男のやうな顔《かほ》をして平気でゐた。ちやうど不|当《とう》に金をためる男が、自分一人が物|質慾《しつよく》をもつてゐる人間のやうに思《おも》ひこんでゐると同じに。
「本|当《とう》にやるかね。」彼は念《ねん》を押《お》した。
 子|息《そく》は黙つてゐた。
 暫《しばら》くすると彼は友人K氏の奥《おく》まつた小|室《ま》で、電《でん》気安火にもぐりこんで、K氏と向《むか》ひ合つた。
「M―(子|供《ども》の名)に嫁《よめ》をもらつてやらうかと思《おも》ふんだけれど。」
「嫁《よめ》を……。」K氏はいつものにこ/\した表情《へうぜう》をしてゐた。
 彼は少し詳《くわ》しく話《はな》した。
「さうでもしたら、あの男も責《せき》任を感《かん》じて、何かやり出すだらうと思《おも》ふ。」
「さうか――」とK氏は否《ひ》定もしなかつたが、賛《さん》成もしかねてゐた。「しかし何か仕事を初《はじ》めだしてからの方がよくはないか。それが順序《じゆんじよ》だぜ。」
「無|論《ろん》勤口でも捜《さが》させるつもりで。」
「それならいゝかも知れないけれど、今の有様ぢや君の負担《ふたん》が重くなるばかりぢやないか。何よりも子|供《ども》ができるものと覚悟《かくご》しなけあならんだらう。」
「さう。」
 彼も長いあひだそれを思《おも》ひつめてゐた。嫁《よめ》を迎《むか》へれば、結局《けつきよく》娘《むすめ》がまた一人|殖《ふ》える訳《わけ》であつた。そして新夫|婦《ふ》に子|供《ども》が出来たとしたら……今の場《ば》合彼はどうしてそれを忘《わす》れてゐたかを、不|思議《しぎ》に思《おも》つた。もちろん全然《ぜんぜん》それを忘《わす》れてゐた訳《わけ》ではなかつた。増|資《し》をでもして景《けい》気でもつけなければ、遣切れない現実《げんじつ》のものうさであつた。
 しかし彼は、世間の親達《おやたち》が、年|頃《ころ》の子|供《ども》に嫁《よめ》をもらつて、早《はや》く孫《まご》の顔《かほ》を見ようといつたやうな、普《ふ》通有り来りの考《かんが》へと同じ動機《どうき》から現在《げんざい》の問題《もんだい》を取りあげる積《つも》りは少しもなかつたけれど、結果《けつくわ》はそれと大した相|違《い》はなかつた。
「無|理《り》はしない方がいゝぞ。君はまだ/\働《はたら》かなけあならないんだし、子|供《ども》はみな小さいんだから、成るべく生|活《くわつ》を拡げないことにしたらどうかね。」
「それどころか、出来るだけ縮《しゆく》小する必要《ひつよう》もあるんだがね。」彼は明かに自|己《こ》の矛盾性《むじゆんせい》に気づいた。
 彼はどうかすると逆《ぎやく》手をつかつて、ひどく味噌《みそ》をつけた。彼にもし多|勢《ぜい》の子|供《ども》がなかつたら、何を為《し》出来してゐるか解らなかつた。
「長男に或|程《てい》度の信《しん》用がおけるとしても、結婚《けつこん》はまだ早《はや》いぞ。」
「子|供《ども》に嫁《よめ》の世|話《わ》をしようなんて親《おや》爺ぶつた考《かんが》へは僕《ぼく》も嫌ひなんだがね。しかしあの子|供《ども》には好いところのお嬢《ぜう》さんは来てくれさうもないからね。その事|情《ぜう》も知つてゐて、貰《もら》はないかといふんだから。」
「君に財産《ざいさん》でもあつて、気|楽《らく》だと思《おも》つてるんぢやないか。」
「いや、さうでもないだらう。」彼は首《くび》を傾げた。
「それなら幾《いく》らも口はあるだらうから。」
「さうか。」
 彼はすつかり現実《げんじつ》に投《な》げ返《かへ》された。彼の希望《きばう》はぴしやんこになつてしまつた。
「第一あの女と手が切れるのか。」
「それはいゝやうなことをいつてゐるけれど。」
 しかしそれも彼の楽観《らくくわん》であつた。もしもこんな話《はなし》があの女の耳へでも入つたら、きつと又|厳《げん》重に子息を監視《かんし》するだらうことは、今までの彼女の態《たい》度で想像《そうぞう》することが出来た。彼女は表面《へうめん》彼の子息を迷惑《めいわく》がつてゐるやうに見せかけてゐた。しかし二日も行かないと直《す》ぐ彼女の友|達《だち》が呼《よ》び出しに来た。して子息の姿《すがた》が、彼の近所に現《あらは》れるとき、きつと又彼女の悪《わる》く派《は》手々々しく作つた彼女の姿《すがた》が附|添《そ》つてゐることも、絶《た》えず彼の耳へ入つてゐた。
 彼は今そのことも明|瞭《れう》に意識《いしき》に上つて来た。二人の関係《くわんけい》は、濛霞《もや》を隔《へだ》てた山のやうに、兎|角《かく》彼には見透せないのであつた。老巧《ろうこう》な彼女は、どんな場《ば》合にも自|身《しん》の弱点《じやくてん》を暴露《ばくろ》するやうなことはしなかつた。幼《おさな》い青年と恋《こひ》におちた、廃頽的《はいたいてき》な女の執《しう》着が、彼の目に今まざ/\と浮んで来た。陰鬱《いんうつ》な恋《こひ》に囚はれてゐる、子息の彼れ青年の、蝕まれ行く青春を、彼はいとしいものに思《おも》はずにはゐられなかつた。もしもこの怠惰《たいだ》な子供《ども》を、本|当《とう》に引取つてくれるなら、それも悪《わる》くはなかつた。彼にはさうした利己《りこ》心も確《たしか》に働《はたら》いてゐた。他《た》の子|供《ども》たちの禍を除《のぞ》くためにも、それは全然《ぜんぜん》不|利《り》ではなかつた。もしも彼女が、あの怠けものゝ若《わか》者に真《ま》心を披瀝《ひれき》して、好い芸術《げいじゆつ》家にでも仕上げようとする犠牲的精《ぎせいてきせい》神でもあつたら、父たる彼は彼女に感謝《かんしや》してもよかつた。もちろんそれが全然《ぜんぜん》ないとはいへなかつた。けれど大|抵《てい》の場《ば》合さうした女に愛《あい》される男の生|涯《がい》が、どうなつて行くかは想像《そうぞう》されないことではなかつた。
 K氏と彼とのあひだには、いつものやうな生|活《くわつ》の話《はなし》がはじまつてゐた。
「先|刻《こく》からこれを読《よ》んでゐたんだが、シヨツペンハワの哲《てつ》学は、日本では今一|応《おう》順く取|扱《あつか》はれなければならないといふんだが、実際《じつさい》なか/\面《おも》白いよ。」K氏はさういつてその数《すう》行を読《よ》んで聞かせた。
「人間なんて本|当《とう》に苦《くる》しい生|存《ぞん》だよ。楽しいとか面《おも》白いとかいふことは、連続《れんぞく》した苦悩《くのう》不安のあひだの、ほんのちよつとした幕《まく》間にすぎないんだよ。その間だつて、絶《た》えず何か警戒《けいかい》したり用心したりさ。又それがなかつたら人間は堕落《だらく》するだらうからね。自|然界《ぜんかい》に対《たい》してだつて、安心してゐられないんだから。いくら超越飛躍《てうえつひやく》しようたつて、それは宿命《しゆくめい》だから。」
「ちやんと約束《やくそく》があるんだものね。だからまた人間は享楽的《けうらくてき》にならないぢやゐられないんだ。」
 彼はまた懐ろから、ゲエテのことについて書かれた書物を取出して、彼の心|境《けう》にぴつたり来るところの数《すう》行を読んだりした。
「お互《たがひ》に本を読んでゐられると好いね。でもまた巷《ちまた》へ飛《とび》出して働《はたら》きたいやうな気もおこるのさ。」彼はいつた。
「さうさ。己もさういふことを考《かんが》へてゐる。今の政|党《とう》はみんな駄《だ》目だから、もつと金|儲《もう》けをやつて、そいつを提げて乗《のり》出してみたいとも思《おも》ふね。全部《ぜんぶ》財産《ざいさん》を投《な》げ出してもいゝやうな仕事があつたら、やつてもいゝな。女|房《ぼう》や子|供《ども》には教育費《けういくひ》だけつけてやつて、どこかへ片《かた》づけて、独りになつて飛《とび》出さうかなんて、そんな気分も動《うご》くよ。」K氏は何かむづ/\するものがあるやうな表情《へうぜう》をした。
「すべてのことは人だよ。どんな立|派《ぱ》な学|説《せつ》や主|義《ぎ》があつても、優れた人がなければ矢|張《は》り駄《だ》目なんだ。」
「さうよ。」
 話《はな》してゐるうちに、目蓋がだるくなつて来た。
「電《でん》気安火は眠《ねむ》くなるね。」
「さうかも知れない。」
「さあ、そろ/\帰《かへ》るとしよう。」
「いゝぢやないか。飯《めし》を食《く》つて行きたまへ。何か取らう。」
 さういつてゐるうちに、二人ともドビニイの林檎の花の下で、ぐづ/\と敷皮《しきかは》のうへに横《よこ》になつてしまつた。一つづゝ膝掛《ひざかけ》を肩《かた》にかけながら。

 彼は夫人に極りが悪《わる》かつたが、子|供《ども》にも極りが悪《わる》かつた。もちろんそれは子|供《ども》の気持次第であつた。もしも子|供《ども》自|身《しん》が今の廃頽的生活《はいたいてきくわつ》から脱《ぬ》け出でゝ怯懦な非現実《ひげんじつ》主|義《ぎ》の芸術態度《げいじゆつたいど》から目覚めて、人生と直面《ちよくめん》することが出来るならば、結婚《けつこん》もまた悪《わる》くはなかつたが、結婚《けつこん》そのことには異存《いぞん》はなくとも、生|活的《くわつてき》に何の動《うご》きをも取らうとしないならば、彼と彼の子|供達《どもたち》全体《ぜんたい》の運命《うんめい》を、救《すく》ひがたい困厄《こんやく》の淵《ふち》に陥れるものであつた。
「どうもKさんは賛《さん》成しない。」彼は書|斎《さい》へ帰《かへ》つてから自分の軽《かる》はずみを慙づるやうに子|息《そく》にいつた。
「Kさんは己《おれ》の負担《ふたん》が大|変《へん》だらうといふんだ。」彼は言葉《ことば》を継《つ》いだ。
 子|息《そく》のM――は黙《だま》つてゐたが、不|断《だん》の沈黙《ちんもく》ではなかつた。寧《むし》ろ好意《こうい》ある沈黙《ちんもく》であつた。
「それは己もさう思《おも》ふ。お前がそれをきつかけ[#「きつかけ」に傍点]として働《はたら》いてくれるならばだが……。」
「……結婚《けつこん》はまあもつと後でも……。」子|息《そく》は答《こた》へた。
「お前自|身《しん》の前|途《と》がいくらか見えてこなければね。惜しい縁談《えんだん》だとおもふけれど、どういふものかな。政子の片《かた》づくのも、二三年の後だらうからね。」
 子|息《そく》は黙《だま》つて雑誌《ざつし》を見てゐた。
「結婚談《けつこんだん》はまあ取|消《け》しとしても、お前はよくさうやつてゐられたもんだね。己のやうな老《ろう》年でも、現代《げんだい》の生|活感情《くわつかんぜう》が、ぴり/\神|経《けい》に響《ひゞ》いて来る。お前は不安を感《かん》じないのかね。」
 M――も普《ふ》通の現代《けんだい》の青年並にそれを感《かん》じてゐるであらうことは彼にも解らないことはなかつた。たゞ置《お》かれたまゝの状態《ぜうたい》に腰《こし》をすゑて、一日は一日と、一月は一月とずる/\引摺られて、何の動《うご》きをも見せないM――の生|活態《くわつたい》度がたまらなく彼をいらつかせた。
「気|永《なが》に見てゐよう。」彼は時々さう思《おも》つたが、矢|張《は》り根《こん》負けがしてしまつた。衝いても叩《たゝ》いても、淀《よど》んだ水のやうに動《どう》じないのがM――の態《たい》度であつた。
「どんな芸術《げいじゆつ》至《し》上主|義《ぎ》者にしても、仕事をしないものは、芸術《げいじゆつ》家とはいへないのだからね。画《くわ》家にしたつて、自分の感情《かんぜう》を芸術《げいじゆつ》に移《うつ》すまでには、汚ない絵具《えのぐ》弄りをしなければならないんだし、写《しや》生にも出かけなければならないんだ。形に現《あらは》すまでには、ペンキ屋のやうな仕事もやつてゐるんだ。彫刻《てうこく》にしたとて同じことだ。芸術《げいじゆつ》は仕事なんだ。形のないところに、何の芸術《げいじゆつ》があるんだ。芸術《げいじゆつ》品が出来あがつたところで、それを売ることをしなければ、それも一人前の芸術《げいじゆつ》家とはいへないんだ。生|活《くわつ》もまた芸術《げいじゆつ》家の仕事の重|要《よう》なる部《ぶ》分なんだ。生|活《くわつ》は煩《わづら》はしいものに違《ちが》ひない。しかしその日その日の生|活《くわつ》は、芸術《げいじゆつ》家に取つて最《もつと》も大切なものなんだ。己は朝から晩《ばん》まで、子|供《ども》の行|動《どう》から、著ものや食べものや、台《だい》所の隅《すみ》々のことにまで気をつかつてゐなければならない。それは煩《わづら》はしいことには違《ちが》ひない。しかしそれが作家としての己の生活《せいくわつ》の全部《ぜんぶ》なんだ。自|己《こ》の生|活《くわつ》でなしに、もつと客|観的《くわんてき》な広《ひろ》い人生のことも考《かんが》へなければならない。そのなかで、ペンを執《と》つて月々|幾《いく》日かづゝ物を書くといふことは、筋肉労働《きんにくろうどう》だけでも、近|頃《ごろ》はずゐぶん疲労《ひろう》を感《かん》ずる。それを訴《うつた》へてゐるんではないんだ。それが己の生|活《くわつ》だから仕方がないんだ。人間一人の生|活《くわつ》は大|変《へん》なものなんだ。まして芸術《げいじゆつ》をやらうといふには、非常《ひぜう》な勇《ゆう》気が必要《ひつよう》なんだ。今の若《わか》さで、よくあんな待《まち》合なんかの空《くう》気に、幾《いく》日も/\浸《ひた》つてゐられたもんだと、己は不|思議《しぎ》でならない。」
 彼はいつかひどく主|観的《くわんてき》になり能弁《のうべん》になつてしまつた。言葉《ことば》が言葉《ことば》を際限《さいげん》なく生み出して行つた。
 彼はやがて寝床《ねどこ》の上に横《よこ》たはつて、口を噤んでしまつた。子息は長い沈黙《ちんもく》をつゞけた果てに、ふいと出て行つた。[#地付き](昭和4年3月20[#「20」は縦中横]日「サンデー毎日」)



底本:「徳田秋聲全集第16巻」八木書店
   1999(平成11)年5月18日初版発行
底本の親本:「サンデー毎日」
   1929(昭和4)年3月20日
初出:「サンデー毎日」
   1929(昭和4)年3月20日
入力:特定非営利活動法人はるかぜ

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