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一茎の花

最終更新:2020年01月09日 13:16

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一茎の花
徳田秋声


【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)融《とほる》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)領|旁《かたが》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)※[#「二点しんにょう+向」、第3水準1-92-55]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)つる/\


 その晩も、融《とほる》が帰つたのは十一時であつた。いつとなし彼は洋服を著込んで何処かそこいらを歩いてこないと、気がすまないやうな習慣になつてゐたのであつた。この夜の町の散歩は、妻か生きてゐた頃からの癖《くせ》だが、唯それが大学通りが銀座にかはり、浴衣がけに日和下駄が、背広と靴になつたゞけだつたが、何か台所使ひの瀬戸物や、子供の弁当のお菜、食麺麭や水菓子、好い柄が目についた時の浴衣地、植木、下駄――彼女は下駄を買ふのが好きだつたので、彼は屡々買ひ馴染の下駄屋の店頭へ誘ひこまれた――さういつた日用品を買ふかはりに、曾つては夫婦で目まひがしたほどの町の盛り場で、今は活動館や踊り場、食堂、喫茶店、偶には馴染みがたい酒場の雰囲気にも浸つて、度ぎつい東北弁の体のがつちりした女と、平気で笑談を言ひ合つたりするやうになつた。それも変つたといへば変つたことの一つであつた。彼女は自分の生残る場合のことより外何も考へてもゐなかつたし、口にもしなかつた。融もそれを至極当然のことのやうに考へてゐた。子供を多勢かゝへた現実的な生活の憂苦は兎に角として、彼女は曾つて彼が手術を受けて、ひどい衰弱に陥つたときですら、彼の死を想像してゐたかも知れなかつた。現実の悩みをこえて、彼の死後の自身の自由を、幻想してゐないとも限らないのであつた。――たとひ時が少し過ぎてゐたにしても。――少くとも、今のやうに其の病気について色々の智識を持たなかつた彼と彼女自身の不注意から、彼女が脳溢血で斃れる十年程前には、後に年とともにそれが純化して行つたほどには、夫婦愛はまだそんなに深まつてはゐなかつた。そして運命は逆になつた。予期しなかつた不幸と自由が彼に与へられた。彼の取つた金がいつも彼のポケツトの底にあるといふことだけでも、運命の変り方は大きかつた。

「今夜江島さんはお見えにならないんでせうか。」
 皆《みん》なのゐる茶の間の隅の方から、女中のお清がそつと融にきいた。江島仙子はその頃よく店をしまつてから、夜おそく山をこえてタキシイでやつて来るのであつた。大抵それは十二時すぎ――十一時頃にひよつこり帳場帰りの顔を彼の奥の部屋に現すこともあつたが、そんなことは希れで、何うかすると一時半頃、時によると二時といふレコオドもあるくらゐだつたが、兎に角寝るだけでも彼女の騒々しい居周りとはちがつて、環境の静かな彼の部屋の方が頭も体も安まるらしく、明日の小唄のお稽古や、何か商売上の特別の用事をひかへてゐない限り、三日置きくらゐには泊りに来るのであつた。融が傍に仕事をしてゐると、彼女も寝ながら何時までも本に読み耽るのだつたが、融に何か急ぎの調べものでもない限り、徹宵《よつぴて》何か食べながら、話してゐることも珍らしくなかつた。そしてそれは又年中狭い部屋にばかり顔を突き合せどほしの、家庭の雰囲気と融け合ふことも出来ず、彼の部屋の拭き掃除とか、書類の整理とか、身のまはりの世話をする外、彼女自身の前途の発展は勿論、安定をすら保証しがたい、二年弱の同棲生活に比べて、※[#「二点しんにょう+向」、第3水準1-92-55]かに寛ぎも張合ひもあつて、融自身にしても、何んなに肩が軽いかわからなかつた。彼女は何うにかかうにか取りついて行けさうであつた。
 仙子の商売を初めた家は、郊外の或る花街地にあつた。そんな種類の家としては、小体な方で部屋数はいくらもなかつたが、古い建築だけに木口は悪くなかつた。仙子が綺麗好きなので、檜の廊下も柱もつる/\してゐた。人数にもあるが、お客が三組にもなると、もう茶の間をかねた帳場へ喰みだして来るのであつた。客筋は大体仙子がお座敷稼ぎをしてゐた時分のお馴染だつたが、時には酒場帰りの戸惑ひしたやうなのも飛びこんで来た。仙子は商売上のテクニツクとして、お座敷へは余り顔を出さないことにしてゐたが、でも何うかすると、酒くさい口をしてゐることもあつた。決まつたパトロン格の男もないことがわかつてゐたし、又さう言つたものゝ姿を潜めてゐるやうな部屋もなかつたので、お客によつては芸者はほんの附けたりで、仙子のお神と話しこんだり、花を引いたり、時には銀座あたりの酒揚へ連れ出したりして、酔つたふりをし、揶揄《からか》つたり、際《きわ》どい悪戯を仕かけたりするのであつた。或る時などは、彼女は銀座裏のバアへ連れこまれて、そんな事には年功の積んだ女将を助手につかつて、彼女を盛り潰さうとして、一時過ぎまでも放さない紳士もあつた。今まで一つの決つた軌道に乗つて商売をしてゐて、特別の世話になる男のほかは客との取引きは、一切待合の女将を間へ入れての間接のことだつたので、さうした遣方が、何かひどく露骨で、無責任で、不安なものゝやうに思つた。
「糞ツ、こんな奴になめられて堪るものかと思つたから、ぐいぐいウヰスキイを呷つてやつたの。私は酒嫌ひだけれど、辛いのを鼻をつまんで二三杯のむとあとは、平気なの。酔ふと尚頭脳がはつきりして来るの。」
 融はにや/\笑つてゐた。
「そいつは危いね。どんな男さ。」
「何か政治家くづれの人らしいわ。政治の内幕や拳闘界のことなんかよく知つてるわ。――迚も好い男よ。」仙子はぱち/\と目ばたきをした。
 悪くいふだけに、何かその男に、彼女が関心をもつてゐるやうに融は感じた。段々引摺られて行きさうな予覚が動いた。
「失礼しちやふわね。」仙子は笑つて煙草の煙を吹いた。

 融は門だけ締めないでおくやうに命じて、部屋へ還つた。もう十二時を大分まはつてゐた。
 融は事務机のうへにある、手紙など見ながら、暫らく椅子にかけてゐた。仙子が来ない時は時で、さう分明《はつき》りわかつてゐれば、独りだけの静かな夜ふけを読書や仕事の計画に思ひ耽けるのも、また楽しいことであつた。彼はいつからか夜と昼とを取つちがへたやうな生活に馴れ切つてゐたので、夜を眠るといふことは希であつた。子供や傭人だけの家で、深い眠りにおちてしまふといふことが、何か不安のやうに思へてならなかつた。それに夜をよく眠つた時でも、朝早く起きた日は一日頭脳が不健康であつた。何うした神経の倒錯なのか、夜の睡眠よりも昼間の睡眠の方か、彼の健康に適してゐるとしか思へなかつた。融は昼間の睡眠が足りなかつたので、その晩は疲れてゐた。その日は日曜だつたので、仙子の家の来つけのお客が、得意先きの人達を、鮎猟に招待するので、仙子に芸者の采領|旁《かたが》た同行しろといふので、今日は早く帰つて、美容院へ行つたり、彼女のところで集まることになつてゐる芸者達を母や女中にばかり任しておけないからと言つて、希らしく朝の八時頃に、やつと寝たばかりの融に別れて行つた。
 融は別に引止めたくはなかつたけれど、さういふことは珍らしかつた。大抵お昼近くまで寝坊してゐるのが今迄の例であつた。
「こんなに土砂降りでも、玉川へ行くのかい。」
「さうね。」仙子は煙草をふかしながら、庭木の繁みの隙間から空を見てゐた。
「私もさう思ふけれど、何だかよく解んないんだわ。小|芳《よし》さんにきいて見ないと。」小芳はその会主の持物であつた。
「どこへ行くんだい。丸子園か。」
「あの方面ぢやなささうなの。何とか言つてたけれど……。」
 融は彼女の言葉に陰影を感じた。融は彼女をもつて行けさうな男があるなら、別れてもいゝと思つてゐた。現実に別れられるか別れられないかは、別として、頭だけでは時々それが気になつた。何か事があると屡々それを口へ出した。仙子もその時は本当に融が別れてしまひさうに感じて、顔中の神経が歪んだやうになることもあつたが、何うかすると高飛車に笑つてしまふのであつた。
「私はづつとやつてく積りだから、平気だわ。孰が先きになるか、それあ判んないけど、順序として貴方が先きとすれば、死ぬまでついて行くつもりなのに、莫迦なことおよしなさい。私何んにもしてやしないわよ。貴方が独りで深刻な想像をえがいて焦慮してるだけよ。」
 すると其の都度融はまたぐらついた自身の体度を持ち直すのであつた。仙子に取つては、彼は世にもめづらしい猜疑心の強い僻みやで、始末にをへない老人であつたが、融自身の気持はそんなに単純ではなかつた。彼はいつでも愛の生活と孤独の生活と、孰が彼のやうな年頃の男に取つて幸福である筈だかを考へてゐた。そして今迄の体験が示してゐる通りに、さうした愛の伴侶が必要だとすると、彼女は彼に取つて尤も怡しい一人の女性であつた。今までのレコオドでは、そして今後も、彼女は彼に取つて、外の誰よりも頬笑ましい存在であつた。

 書斎までついて来た、話好きな子供と話してゐるうちに、彼の机のうへの時計は二時を過ぎようとしてゐた。
「へえ、こんなになるのかな。」融は時計の針を疑ふやうに言つた。
「仙子さん来ないでせうか。」
「さうね。何をしてゐるか。」
 彼が出て行つたあとで、融は寝ながら何か読まうと思つて、廉価本の翻訳ものをもつて、ベツドについたが、萎えた神経が何かひどくこぢれたやうで、夜の明けるのを待てさうに思へなかつた。つひ最近にも、仙子は約束を裏切つた。しかし融が朝早くタキシイを飛ばして行つてみると、仙子は枕元に読みさしの一冊の探偵小説を伏せたまゝ鼾を立てゝ寝てゐた。母親はお詣りに行つてゐて、寝床は空であつた。女中が長火鉢の掃除をしてゐた。下向きの細い鼻をつまむと、仙子は丸い手で払退けるやうにして目を開いた。
「昨夜二時頃に女給さんを連れこんで来た二人連のお客があつたのよ。」仙子はさういつて、現《うつつ》に手を延して彼の手を捜した。
 今の場合は、しかし其とは少し違つてゐた。幻想のなかに苦しんでゐるよりも、突き止めた方がいゝと思つた。何にもないことが望ましくもあつたが、何かあつた方がいゝやうにも思へた。自身の相手としてのなべての女を信用できないやうな彼が、仙子一人を信じてゐるのは、理由のないことのやうに考へられた。彼女自身が、信用できるにしても、商売が商売だと思はれた。そして彼は自身のうちで独りになつた時の生活に堪へうるだけ覚悟をきめておかうと考へた。何う考へてみても、それは相当困難らしく思へたが、憎みや嫌悪をもつことの出来ない、彼女ではあつたが、仙子の幸福の鍵を握つてゐるのは、自分独りとも思へないのであつた。世間のどの女もさうであるやうに、別れゝば別れたで、明日からでも別の相手を求めるのに事欠きはしないであらう。その時その時の今までの一番好きな相手が、仙子にも出現するに違ひないのであつた。
 暫らくすると、融は夢遊病者のやうに、ステツキをもつて、夜更の通りへ出て行つた。彼はさう興奮してゐるとも思へなかつたが、途中公衆電話をかけて見たところで、誰も出て来なかつたので、疲れた神経が遽かに蘇つて来た。
 しかし長い通りの果を見渡しても、タキシイの影はどこにも見えなかつた。偶にどこからかヘツドライトが現はれて来たかと思ふと、遊び帰りの客が乗つてゐたり、貨車であつたりした。融は日和下駄の歯を鳴らして、かち/\舗道を歩いた。水を撒かれた舖道は泥溝のやうにぬら/\黝く光つてゐた。街燈が夜風にゆさ/\する鈴懸の枯葉に、眠さうな光を投げてゐた。彼は曾つての恋愛事件の時に、極度の神経衰弱に陥つてゐて、何うかした機会に見失つた女を捜し損つて、どこか其の辺の宵闇で卒倒したことを思ひ出したが、それに比べると、今の彼には全く救ひがない訳ではなかつた。相手も相手だつたが、老境の和やかさもないことはなかつた。
 道の十町も歩いたところで、漸と彼は一台の空車を拾ふことが出来た。そして仙子の家の近くまで来たところで、彼は四年ほど前に仙子がまだお座敷稼ぎをしてゐたときのお出先きで、逢ふ時は大抵そこにしてゐた家の前で車を降りて、二三度門の扉を叩いた果てに、裏口へまはつて、勝手口から呼んでみた。
 長く居ついてゐる年増の女中が、声を知つてゐて起きてくれた。
「君達寝ざかりのところを済まないね。」融は気兼さうに言つて入つて行つた。
「随分遅がけですね。何時でせう。」彼女は融を茶の間へ上げて、時計を見た。
「もう夜が明けるんだよ。自動車がなかつたもんでね。」
「何うなすつたんです。」
「済まないが、仙子が家にゐるか何うか、ちよつと見て来てくれないか。」
「ゐますよ。ちやんと居ますよ。何処へ往くもんですか。」女中は不機嫌な顔をした。
「さうでもないらしいよ。」融は※[#「りっしんべん+兄」、第3水準1-84-45]《とぼ》けて言つた。
「御自分で行つて御覧なさいよ。」
「お袋がゐるからね。あれが嫌ひなんだ。」
 女中はぶす/\言ひながら、裏から出ていつた。仙子の家は路次をぬけたところの裏の通りにあつた。彼女は今でも何彼につけこゝのお神の助言をきいてゐたが、融も母親のゐる仙子の家よりも、初めから逢ひつけてゐた、こゝの二階の方に懐しみがあつた。段々に仙子に負けるやうになつても来たし、正当に理解も出来てきたが、仙子が融に引摺られてゐるやうにしか思へない母親は、融に取つて余り頼もしい存在ではなかつた。仙子は彼の来てゐることを望んだが、今のところ客の気受付が気遣はれた。手のかゝる融をおいておくやうな部屋にも事欠いてゐた。基礎が出来たら、もつと何とかした家へ引移る積りだつたが、最近までの同棲生活にも懲りてゐた。お互ひに怠屈したり、拘束されたりしないためにも、今の状態が頭脳の忙しい彼のためには、好いのだと思つた。それに融は、不安を感じながらも、来るとづる/\長くなる癖があつた。彼の社交と事務が悉皆停滞してしまふのであつた。長火鉢の側に寝ころんでゐると、裏口に跫音がした。
「いらつしやいませんでしたよ。」女中は融の後ろへ来て言つた。
 しかしまだ一人後から入つて来る人の気勢がした。
 そして少し間をおいてから、浴衣姿の仙子がそつと障子の陰から覗いた。やがて渋さうな目をして、そこへ来て坐つた。
 仙子はまじ/\彼の顔を眺めた。
「何処から来たんです。」
「家からさ。」
 仙子の顔は釈れて来たが、透かさず、
「今時分人騒せをして、恥かしくないんですか。」
「君がゐなかつたら恥掻きだが……」融は起きかへつて、煙草にマツチを摺りつけて、
「しかしお互ひの立場に無理があるから、やつぱり別れた方がよくはないかと思ふ。」
 そんな時、仙子は彼此と弁解がましい口を利いて、応酬するかはりに、押し黙つてゐることにしてゐた。それは彼女の悧巧さからといふよりも、寧ろ其の反対の素朴から来てゐるのだと思はれた。しかし融が時々ヒステレカルな嫉妬の発作に苛まれて、大して動じもしないらしい彼女の前に、役にも立たない独相撲を演ずるのも万更理由のないことでもなかつた。融は彼の悪い頭脳で、時には仙子の経済生活を計算してゐることもあつた。時とすると、商売や彼からの貢ぎの外に、何か彼の目にみへない収入があるやうにも思へた。そしてそこには曾つてお座敷を稼いでゐた時分の馴染の羅紗問屋や、株屋のやうな男の影法師が、彼女の背後に動いてゐたが、しかし又た或る場合には、それとは丸で反対の計算も立たないことはなかつた。それは大抵各々した彼が彼女に提供する金に執着の出て来たときで、その場合の彼の頭のなかには、彼女の好きさうな、何処か線の太い若い一人の男性か、又はさうでもない、初な美しい青年の幻が目に見えて来るのであつた。世間の大抵の男が何んな風に女を考へてゐるかを知り悉してゐる彼女は、商売人にしては、少し反抗的でありすぎるくらゐであつたが、しかし彼女のなかに潜《ひそ》んだ情熱と若い肉体とは、何時どんな弾みで燃え出さないとも限らなかつた。しかし大抵の場合嫉妬は別れの理由とはなりえなかつた。打算が何時も融の心の底に働いてゐた。
 やがて女中が仕度してくれた二階の小間に納まつた融は、疲れた仙子の体に何か悪い示唆を感じて弾かれたやうに飛びおきた。窓の硝子に仄かな暁の色が差してゐた。

 仙子に手紙を書いてから、昨夜しなかつた仕事を纏めて、融は疲れた体を寝床に横へた。涙ぐんだ仙子の蒼白い顔を、成るべく思ひださないやうに、差当りの心の落著きを求めるためにと思ひついた旅行先きの土地を、あれこれと詮衡してみた。街の埃りに浸りすぎた融は、野山の緑と流の音に渇えきつてゐた新緑の息吹きを思つたゞけでも、頭が爽々《すが/\》しい軽さを感じた。しかし真実は、それは空想のうへの野や山にすぎなかつた。実行できるか何うかは、自身にも疑はしかつた。旅行先きから、若し手紙を出すとしたら、それは今のいさこそをけろりと忘れたやうに、彼女を呼寄せる方に、六七分の強みがあるとしか思へなかつた。いつか深い眠りに陥ちた。
 目をさましたのは、午後の二時頃であつた。病的な神経に巣くつた夜の妖魔が、紙を剥すやうに薄れて行つた。たとひそれが丸きり根拠のないことではなかつたとしても、彼女が目ざしてゐる同棲生活への過程だとすれば、目を瞑つてゐなければならない筈であつた。融はしかし自身の感情に甘へてもゐられなかつた。思ひ切つて、総ての生活に整理を断行したい慾求に駆られてゐた。だが又た老いた彼の意力が、思ひどほりにそれを実現し得るか否かは疑はしかつた。差当つた対象の撤廃された生活が、彼を無限の空間と時間の広場へ投り出すに違ひなかつた。空間と時とすらが、取りはづされさうであつた。自我がどこへ消し飛んでしまふか知れなかつた。
 やがて融は今朝そこに脱ぎ棄てた紬の単衣に替かへて、遠くもない友人の鳥山氏を訪れた。暫らく彼は鳥山氏の美々しい別館のサロンを見舞はなかつた。そこにはクラシクな外国の画がかゝつてゐたり、戸棚に支那の古銅器や、壺のやうなものがあつた。ふと扉の重い玄関口に立つと、若い時分に聞いたこともある、彼の怒り声が耳についた。融は美々しい二階の客間へ上つて、ふかふかした椅子に埋れてゐた。そこへ友達の笑顔が現はれた。
「相かはらず元気だね。」鳥山氏はははと笑つた。
「何にね、死んだ弟の財産のことでね。平生往来もしなかつたやうなものまでが、親類|面《づら》して集つて来るので、敵はんよ。」
「僕も今日は気持が悪いな。」
「何うしたんだ。」
「今朝女と別れたので……。」
「それは、しかし何うかね。後が困るぢやないか。」
「何だか危いもんだとは思ふが、一月も旅行したら。」
 融は昨夜からの経緯を撮んで話してゐるうちに、最近|卜者《ぼくしや》に見てもらつた時の判断を思ひ出した。卜者は仙子に何にもないことを断言した。寧ろ彼女は自力更生を目ざしてゐるのであつた。だから相性はしつくりしてゐるけれど、彼女の月の位が融のうへにあるから、悪くすると融自身も弾き出されないとも限らないといふのであつた。しかし其だとしたら、融は十分仙子を信じても可かつた。融は少しづゝ仙子に近づいて行きさうに感じた。
「あれは君いゝぞ。前の女に比べて格段の相違だぞ。商売だつて悪くはないぢやないか。もう一度ゆつくり話してみたら何うかね。」
「さあね。一度態度を決めると、振顧らない女だからね。」
 融はいつか弱音を吹いてゐた。そして暫らくすると、次ぎの室にある卓子電話の受話器を取りあげてゐた。今朝の家へかけて、仙子を電話へ出してもらつた。朗かな彼女の声が聞えて来た。
「僕ステツキを忘れて来たね。」
「家に仕舞つてあるわ。」
「それを松廼家へ出しといてくれないか。」
「承知しました。」
「だけど何うしたんだい。」
「何うもしやしないわ。貴方こそ何うしたんです。有りもしないことに尾鰭をつけて、独りで騒ぐの止しなさいよ。」
「さあ、何うかと思ふね。」融は笑つたが、
「僕は何もさうせつせと足を運んでもらひたくはないんだ。たゞ来るといつた日《ひ》は、待つからね。それに商売してる女をもつのは、野暮な僕には不似合ひなことかも知れないんだ。」
「それは貴方の気持だけれど、今どこにゐるの。」
「鳥山さんのとこ。」
 仙子贔負の松廼家のお神の太い声が代つた。さうした後で、再び仙子が出た。「兎に角いらつしやいよ。お大事のステツキを取りに。」
 三十分ほどしてから、来客のあるのを契機《きつかけ》に、融は鳥山氏を辞した。

 夜おそく松廼家を出た融と仙子は、ちやうど其の土地と反対の方向にある郊外の静かな家の、懸けはなれた一室にゐた。この頃漸くがつちりして来た仙子は、二三年一生懸命に働いたあとの楽しかるべき二人の生活を夢みてゐた。
「私さうしたら、どつさりお金をもつて、旅行すんの。」
 融は頬笑ましげに、彼女の話を聞いてゐた。
「さう言へば、一昨年の今日大阪へ立つたのよ。その翌日、貴方の用事をすまして、夜宝塚へ行つたんだ。河鹿が鳴いてゐたわ。」
 さうしてゐるうちに融は次第にヒステレカルな感傷に引込まれて行つた。余りにも箇人的な愛の息苦しさに窒息しさうであつた。

 翌日の昼、融は自分の家の裏の花畑を歩いてゐた。
 手入れを怠つた花畑に、雨あがりの雑草の匂ひが鼻をついた。薔薇や姫百合が乱れ咲いてゐた。紅や白や薄桃や黄色い花から花へと、蝶か飛んで行つた。
 融は憂鬱さうな目をして、暫らくそれを眺めてゐた。[#地付き](昭和9年7月「文芸春秋」)



底本:「徳田秋聲全集第17巻」八木書店
   1999(平成11)年1月18日初版発行
底本の親本:「文芸春秋」
   1934(昭和9)年7月
初出:「文芸春秋」
   1934(昭和9)年7月
入力:特定非営利活動法人はるかぜ

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徳田秋声
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