atwiki-logo
  • 新規作成
    • 新規ページ作成
    • 新規ページ作成(その他)
      • このページをコピーして新規ページ作成
      • このウィキ内の別ページをコピーして新規ページ作成
      • このページの子ページを作成
    • 新規ウィキ作成
  • 編集
    • ページ編集
    • ページ編集(簡易版)
    • ページ名変更
    • メニュー非表示でページ編集
    • ページの閲覧/編集権限変更
    • ページの編集モード変更
    • このページにファイルをアップロード
    • メニューを編集
    • 右メニューを編集
  • バージョン管理
    • 最新版変更点(差分)
    • 編集履歴(バックアップ)
    • アップロードファイル履歴
    • ページ操作履歴
  • ページ一覧
    • ページ一覧
    • このウィキのタグ一覧
    • このウィキのタグ(更新順)
    • このページの全コメント一覧
    • このウィキの全コメント一覧
    • おまかせページ移動
  • RSS
    • このウィキの更新情報RSS
    • このウィキ新着ページRSS
  • ヘルプ
    • ご利用ガイド
    • Wiki初心者向けガイド(基本操作)
    • このウィキの管理者に連絡
    • 運営会社に連絡(不具合、障害など)
ページ検索 メニュー
harukaze_lab @ ウィキ
  • ウィキ募集バナー
  • 目安箱バナー
  • 操作ガイド
  • 新規作成
  • 編集する
  • 全ページ一覧
  • 登録/ログイン
ページ一覧
harukaze_lab @ ウィキ
  • ウィキ募集バナー
  • 目安箱バナー
  • 操作ガイド
  • 新規作成
  • 編集する
  • 全ページ一覧
  • 登録/ログイン
ページ一覧
harukaze_lab @ ウィキ
ページ検索 メニュー
  • 新規作成
  • 編集する
  • 登録/ログイン
  • 管理メニュー
管理メニュー
  • 新規作成
    • 新規ページ作成
    • 新規ページ作成(その他)
      • このページをコピーして新規ページ作成
      • このウィキ内の別ページをコピーして新規ページ作成
      • このページの子ページを作成
    • 新規ウィキ作成
  • 編集
    • ページ編集
    • ページ編集(簡易版)
    • ページ名変更
    • メニュー非表示でページ編集
    • ページの閲覧/編集権限変更
    • ページの編集モード変更
    • このページにファイルをアップロード
    • メニューを編集
    • 右メニューを編集
  • バージョン管理
    • 最新版変更点(差分)
    • 編集履歴(バックアップ)
    • アップロードファイル履歴
    • ページ操作履歴
  • ページ一覧
    • このウィキの全ページ一覧
    • このウィキのタグ一覧
    • このウィキのタグ一覧(更新順)
    • このページの全コメント一覧
    • このウィキの全コメント一覧
    • おまかせページ移動
  • RSS
    • このwikiの更新情報RSS
    • このwikiの新着ページRSS
  • ヘルプ
    • ご利用ガイド
    • Wiki初心者向けガイド(基本操作)
    • このウィキの管理者に連絡
    • 運営会社に連絡する(不具合、障害など)
  • atwiki
  • harukaze_lab @ ウィキ
  • 質草

harukaze_lab @ ウィキ

質草

最終更新:2020年01月10日 14:54

Bot(ページ名リンク)

- view
管理者のみ編集可
質草
徳田秋声


【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)或日《あるひ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)然|裏《うら》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数)
(例)※[#「りっしんべん+兄」、第3水準1-84-45]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)ぐぢや/\

濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」



 或日《あるひ》庸三が遅い朝飯をすまして、新聞を見てゐるところへ、志村がやつて来て、茶の間へ通つた。志村は庸三の友人といふには年が若過ぎた。どうやらかうやら法科を出たのが、つひこの頃のことで、普通よりは余程おくれた卒業ではあつたけれど、それにしてもざつと一時代の距離はあつた。それに反して細君の方は、志村の方が庸三のよりも幾つか上であつた。
 庸三は世帯の持ちがけに、偶然|裏《うら》へ越して来た志村夫婦と、もう三年越し往来してゐた。市と在との相違はあつたけれど、二人――志村の妻をいれて三人が兎に角同郷であつたことが、機縁となつたのでもあらうが、お互に貧乏であつたといふ事や、志村夫婦が殊に善良な、明《あ》け透《す》けな人間であつたといふことが、直ぐ彼等を親しくもしたし、いつも渝らない交りを続けさせもしたのであつた。男同志はそんなでもなかつたが、女同志は全く何の蟠りもなしに交際することができた。勿論深い交渉もなかつた。
 志村の生活は彼の性質と共にちよつと見ると可なり呑気であつたが、しかし随分荒びてゐた。それは卒業のおくれてゐるのでも想像されるし、彼の細君が五つも年上であることでも解るのであつた。志村夫婦は自分達の身のうへについて、少しも隠し立をするやうな事がなかつたので、細君が庸三の故郷の町で、左褄を取つてゐたこともその当時すぐ知れたが、以前は相当身分の好い屋敷育ちであることも、少しづゝわかつて来た。丈の高い、お上品な様子をしてゐた彼女は、若し健康が普通で、今少し若かつたら、何んなに美しくあるだらうと思はれるほど、好い顔をしてゐたが、気分が憂欝であるとほりに、寂しくて表情に乏しかつた。
「志村さんの奥さん好い女ですね。あれを着飾らせたら、ほんとに立派な奥さんですよ。」庸三の妻はよくそんな事を言つてゐたが、しかし気象がぐぢや/\して張りのないのが喰足りなかつた。それに人も好すぎた。
「成程貴方のお国の女は、あんな風でせうね。」
 庸三の妻は、それに比べると、気前のはき/\した方であつたが、不正直な人間はやつぱり嫌ひであつたと共に、志村の細君のやうな人には、心から打釈けることが出来るやうに思つた。で、お互ひに住居がかはつてからも、時々往来してゐた。
 志村は彼の細君に比べては、決して風采が揚つてゐる方ではなかつた。高等学校時代の写真では、二重目蓋のちよつと好い目をしてゐて、締つた口元にも好いところがあつたが、その若さは今の彼には見られなかつた。
 志村は大学を出ても、まだぶら/\してゐた。彼は自身では何一つ出来さうには思へるものはないらしかつた。更まつて官吏になるのも柄《がら》ではないし、会社へ勤めるのも何だか可笑しいやうに思はれた。無精と怠け癖の染みこんでゐる彼に取つては、洋服なぞ着込んで、朝早く出勤するなぞといふことが、生活気分のこぢれた此の頃では、ひどく臆劫なことのやうに考へられた。それとも余り人にへい/\しないで、一躍して大きい儲け仕事にでも有りつくなら、少しは生き効もあるだらうが、さうした事が学校時代の空想であつたことも、判りつゝあつた。で、彼は漸うやつとのことで学校を出てみると、寧ろ学校にゐた時の気楽さが懐かしかつたが、それかと言つて、もう校門を潜るのもつく/″\厭になつてゐた。
 その志村がしよげたやうな風をして、やつて来たので、庸三は何うしたのかと思つた。学校を出てから、彼は狼狽へてゐるやうなので、顔を合す度に気の毒のやうに感じた。
「何か好い口でもあつたですか。」庸三はいきなり訊いた。
 志村はきよとんとした顔をしてゐたが、目尻に小皺を寄せてにやりと笑つた。
「いゝや、何処をほつきまはつてみても、僕のやうな男を使つてくれるところは、まあ無ささうですな。」
「政党の方は何うですかね。」庸三はきいて見た。志村が或る政党の本部へ出入りしたり、郷里の先輩で、その政党員でもあり代議士でもある博士のところへ顔出《かほだし》したりしてゐることを庸三も知つてゐた。田舎で政党の機関新聞を少しばかり居たことがあつたので、庸三自身も兼々さう云ふことには、多少の興味をもつてゐた。
「××党かね。あすこも差当つてこれと云ふ仕事もなささうだ。あの陣笠連の話をきいてゐると、何だか茫漠としたもので、僕等には寄《よ》りつき端がない。やつぱり国へでも帰つて、徐《おもむ》ろに勢力を扶植して、議会へでもうつて出るより外ないやうだね。その前提として国の新聞へでも行かうかと思つてゐるが、どんなもんですかね。」
「新聞にもよるが……。」
「ところが当つて見てもいゝといふのは、金のない方でね。月給も安いし……。」
「駄目だね。あんな新聞に関係してゐた日には、筆なんか取つてゐる隙はない。有志の御機嫌を伺つて、紙代や職工の賃銀の金策をして歩かなけあならんだらうからね。それに地方々々の利害問題で、筆を色々に枉《ま》げなけあならんし、偶に酒の一杯も飲むのが楽しみなくらゐで、二三年もやつてゐれば、大概堕落してしまふ。純粋な人間はそんな処にゐられる筈もないしね。」
「そんなもんけえ。恐《こわ》いもんだね。」
「××博士が何うかしてくれないかね。」
「あれは学者だからね。それに金はないし、政治家としての経歴も浅いしね。」
「花山くんの雑誌の方は?」
「××週報け。何うだかまだわからんが、暫く来て見ないかと云ふんで、行つて見ようかと思つてゐるが……いや、真実《ほんとう》はこの間から二三日行つて見てゐるが、僕は今まで文章を書いたことがないんでしてね。それで少し外廻りをやつてくれと言ふんだけれど、これも茫漠としたもので、僕のやうな世間の事情に迂い人間には、あの連中のやうな機敏な仕事は、迚も出来さうもないて。」
「さうね。」庸三も初めて世のなかへ投り出された志村の当惑さ加減がわかるやうに思へた。彼は今まで偶に思出したやうにノオトを懐ろにして、学校へ出て行くほかは、大抵下宿の部屋に穴籠りして、気の滅入りこみさうな細君を相手に寝たり起きたりしてゐた。友達が来れば碁をうつたり、酒を飲んだり、徒らに無駄の時を過してゐた。いつからさう云ふ風になつたのか、その起源は庸三にはわからなかつたけれど、高等学校時代に、もう悉皆遊びが身にしみてしまつたのであらうと思へた。彼は継母と余り折合がよくなかつた。それが放蕩の一つの動機ではあつたゞらうが、殊に義理の弟とのあひだに、財産問題が起つたりして来てから、父親とも感情の疎通を欠くやうになつてしまつた。勿論彼の最初の放蕩が、親達に信用をなくした。そして其が又彼を棄鉢にした。庸三が初めて彼を知つた頃には、父親の考へで、牛込の方に一|軒《けん》建《た》てゝくれた下宿を、人に貸すことにして、自分達は不成功に終つた下宿業から離れて、庸三の近くに借家をしたのであつた。勿論東京生活の勝手をよく知らない、殊にも人のいゝ志村の細君の仕事として父から当てがはれた下宿業は、誰でも思ひつきさうな事ではあつたが、全然|不向《ふむ》きであつた。しかし下宿営業が、締括りのない志村と、お引ずりの彼女とに不向きであつたとほりに、それを人に貸して、家賃を取立てると云ふやうな仕事も、実際はやはり不向《ふむ》きであつた。
「今日志村さんの奥さんが、牛込へ一緒に行かうと言ひますから行つてもようござんすか。」庸三の妻は、その当時、或日そんな事を言つて、子供をつれて出て行つた。
 庸三の妻は牛込方面へは、今まで行く機会がなかつた。それに下宿は以前親類にそれを営業にしてゐた未亡人もあつて、それでもつて男の子を三人も教育したので、志村の所有してゐる下宿を一度見たくもあつた。
 庸三の妻は、その時初めて神楽坂や或大政治家の屋敷を見たのであつた。彼女は志村の細君と二人して、子供を交り番こに負つて、えつちらおつちら鶴巻町を歩いて行つたが、その時に限らず、家賃が一度行つたくらゐで、全部手に入るやうな事《こと》は、滅多になかつた。
「あの辺では、まあ好い方ですよ。家賃が安いと思ふわ。」庸三の妻は帰つて来て、庸三に話した。
「いゝね、あの人達にはさういふものがあるから。」
「今やつてゐる人も、悪い人ぢやなささうだわ。だけど、わざと家賃を渋《しぶ》つて、安く買ひ取らうとしてゐるらしいんですね。志村さんたちも可哀さうですわ。」
「苦しくても自分でやつてゐれば可かつたんだ。」
「それにも色々んな事があつたらしいの。志村さんが何処とかの女に引かゝつて、その女があの下宿へ押しかけこんで来たり、奥さんの話を聞くと、随分気の毒なんですわ。志村さんがさういふ風だから、悪い友達ばかり寄つて来て、下宿を食ひ倒して行くんですつて。それを奥さんがこぼすと、志村さんの機嫌がわるくて、わざと引張出して遊びに行つたきり、二日も三日も帰つてこないといふんでせう。奥さんも人が好すぎるけれど、志村さんも随分無茶な人らしいのね。」
 しかし誰も志村を憎む気にはなれなかつた。志村の細君は、何うにかかうにか繋いで行つて、志村が学校を出さへすれば、その日から幸福が舞込んでくるものと信じ切つてゐた。さうなれば、あんな吝な下宿の一つや二つくらゐ何うだつて介意《かま》はない訳であつた。田舎の芸者風情で、しかも年上の自分が、学士の夫人となることは、何んと有難いことで、そして矜らしい運命であるであらう。
 庸三の妻は、その下宿の帰りに、古着屋の多い裏町を通つて、そこでふと目についた子供の着物を買つて来たりした。
「余り安いから、志村さんの奥さんが買《か》へ/\といふから、私買つて来ましたわ。」彼女は弁解するやうに言つた。
「何んだ、そんな莫迦《ばか》なものを買つて。そんなものが着せられるかい。まるで芸者屋の子供か何かのやうだ。」
「さうですかね。そんなでもないでせう。」
 しかしその下宿も、今はもう志村夫婦のものではなくなつてゐた。それを担保に高利も借りてあつたので、持ちこたへるのが困難であつた。庸三夫婦は長いあひだ、売るとか売らぬとか言ふ話をきいてゐたが、学校を出て少したつてから、或る日志村が晩飯を食ひに庸三を誘ひに来た。そして其のあとで車を飛ばして、どこかへ遊びに行つた。庸三はいくらにも手につかなかつたことを知つてゐたので、それに手をつけさせるのを好まなかつたが、志村は裸で懐にしてゐた札束を、その帰途庸三の目の前で衒《ひけら》かして見せたうへ、何うしてももう一度引返して、それを使《つか》はうと言つて肯《き》かなかつた。そして其の幾分をつかつて、明る日そこを出た。
 帰る途中、飯を食ひながら、志村は少し手のついた昨夜の札束を、また取出して叩いてみせた。彼の遊び振りは、趣味から云へば粗野ではあつたが、毒気や厭味のない愉快なものであつた。
「昨夜は実に愉快だつた。」志村は得意さうに言ふのであつた。
「貴様《きさま》の借金はいくらある。己もいよ/\学校を出て世帯をもたうと思ふんだが、己に惚れてゐるなら出してやつても可いんだがねと言つた調子で、まあ出鱈目を言つたものさ。そこで無雑作に布団の下へ入れておいた札束を出して、ぱら/\とやつて見せたんだね。すると彼奴|真実《ほんとう》にしたんだか何《ど》うだか、朝方帰つてくると態度が遽かに一変して来て、厭《いや》にべたつくのさ。」
 庸三は苦笑してゐた。余り好い趣向だとも思へなかつた。
「それで……。」
「それで何のくらゐあるの、見たつていゝぢやないかなんて、札を取らうとするから、己は赤んべいをして札束で彼奴の頬《ほう》ぺたを引《ひつ》ぱたいてくれたもんだ。」志村はさう言つて少しヒステレツクな笑方をした。
 庸三にはその声が寂しく響いた。
 志村はしかし其の金も、その後大抵その家で使つてしまつたらしかつた。
 今志村は、その朝もさう云つたところからの帰りがけであつた。
「奥さん。」
 暫らくしてから、志村はさう云つて立ち上ると、次ぎの室にゐる庸三の妻の方へ行つた。
「御用ですか。」
「さう更《あらた》まられちや極りが悪いですがね。」志村はいつもよりも一層|口《くち》を吃らせながら話しだした。
「実は昨夜社のものと、帰りに或る処で飲んだんだ。ところが少し飲みすぎたんだらうね、宿へ帰るのが厭になつてしまうてね、別段感興が湧いた訳ぢやなかつたけれど、矢張りそれだけでは物足りないんでね、到頭しけ込んでしまつたんだ。」と言つて、志村は少し声を潜めて、幾許かの金の無心をするのであつた。
 庸三は肉が腐れかゝつて膿をもちはじめたやうな志村の生活気分がよく解つてゐた。夫婦間の愛にも、感激や刺戟がなくなつてゐたが、それを弾返すだけの力もなくなつてゐた。志村自身は勿論それに不満を感じてゐた。そして時とすると、この女といつまで同棲しうるか父疑はれた。実際生活から言つても、無智で不健康で、頭脳の鈍い年上の妻が、良人が世のなかへ出た場合、果して家庭を明るく愉快にしうるか否かは疑はしかつた。それを考へると、今まで引摺り引摺られて来た同棲生活が、いつそ呪ひたいほどであつた。
「どうせ僕は親の厄介ものだから、家を弟に譲つて、どこか美しい令嬢のあるところへ養子に行かうかと思ふがね。」志村は細君の前でも、よくそんな事を口にしてゐた。
 しかし自分を考へると、今まで一緒に苦労して来た細君に感謝すべき多くのものゝあることをも感じないではゐられなかつた。彼は机のうへに立てかけた鏡の、前で頬《ほう》に面皰《にきび》を潰しながら、彼の妻と庸三の妻とに言つたことがあつた。
「己は鏡を見る度につく/″\まづい面だと思ふがね。妙がよく辛抱してゐると思ふよ。」志村はさう言つて笑つてゐた。
 しかし細君は、どんな場合にも志村と離れることはできないし、志村も多分彼女を棄てることは出来ないだらうと思はれたが、殊によると一と思ひに別れてしまふやうな場合がないとも限らないのであつた。
「あゝは言つても、志村さんに外に女でもできれば、何うなるか知れませんね。」庸三の妻も蔭で言つてゐるとほりに、細君自身も負《ひ》け目《め》を感じてゐた。
 勿論幻滅を感じながらも、志村は今でも彼女を愛してゐたが、離れえないだけに彼女はまたじめ/\した下宿生活にうんざりしてゐた。しかし志村かその中から、新しい刺戟をさう云ふ世界に求めて行くことが、格別彼の気持を明くもしてくれないばかりか、一層気分を濁らせてゐることは、庸三にもわかつてゐた。
 金の無心をされたとき、庸三の妻は、彼を物蔭へ呼んで訊いた。
「何うしませうね。きつと返すといふんですけれど。」
「あるなら貸すさ。」
「私品物で貸さうと思ふ。でないと返してもらへない時催促がしにくいから。」
「それも可いだらう。」
 そこで彼女は思ひついて、古い一枚の羽織と帯とを出して来た。その羽織は小豆色の羽二重の紋附であつた。そしてそれは、彼女と庸三と同棲して間もなく、或る時一緒にどこかへ行くので急に庸三に作つてもらつたものであつた。勿論流行はづれで、その紋も石持《こくもち》であつたし、緋の紋羽二重の裏《うら》がついてゐてその頃はどこかの下積みになつたきり、滅多に日の目を見ない貧弱なものであつた。庸三はそれを見ると何時もうんざりした。勿論彼女もそれを着るのを厭がつた。そして彼の田舎趣味を笑つたのであつたが、何うかした拍子に、今でもそれを引張りだして、わざと彼の前で着て見せるのであつた。そして※[#「りっしんべん+兄」、第3水準1-84-45]けた風をして、部屋を歩きまはつた果に、そこに打倒れて涙の出る程笑ふのであつた。
「莫迦だね」庸三は苦笑してゐた。
 と言つて彼女はそれを釈かうともしなかつたし、売らうともしなかつた。
 その羽織と、これも好い加減古くてじみになつた墨絵の模様のある縮緬と黒繻子の腹合せを一と筋と、それを彼女は志村の前へもつて来た。
「これでも私大事なものなのよ。流しちまつちや厭よ志村さん。」
「き、きつと返す。心配せんでもいゝ。」志村は手を振つた。
「いや、実際おはづかしい話だけれど、下宿にはもう何にもありやせん。己もこの洋服きりだ。学校を出てから尚工面が悪くなつて、嬶も可哀さうだと、つく/″\さう思ふんだ。何か職に有りつくまで、田舎へ帰つてゐろと言ふんだが、あいつまだ見通しがつかんと見えて、ぐづ/\してゐるんだ。あの女にしてみれば今更襤褸を下げて帰つて行けた義理でもなしね。己も可哀さうだとは思ふ。この己に愛憎もつかさんやうな愚図だから、尚更可哀さうだとは思ふがね、己になど喰ついてゐないで、早く何処かへ行つてくれゝばいゝんだよ。」
「行つたら困るでせう。」庸三の妻が言つた。
「さうだね。行かれたらやつぱり寂しいだらうかね。」
「さうですとも。あんな好い奥さんですもの。商売なんかしていらした方にしては、少しも摺れたところがないぢやありませんか。」
「あいつは莫迦だね。」志村は目を剥出して、小い声で言つた。
 志村は間もなく新聞にくるんだ羽織と帯とをかゝへて、帰つて行つた。

 志村が羽織をもつて行つてから、一週間ばかりの日がたつた。それは秋のことで、陽気が一日一日寒くなつて行つた。寒くなつたからといつて、その羽織が別に必要ではなかつた。帯も旧式なもので、余り人なかへは締めて出られない品であつたが、その柄は彼女の好みであつた。
 庸三夫婦は、志村のやうな智識階級は兎に角、彼女の友達の弟とか、彼女自身の弟とかのために、何うかするとさう云ふ種類の金を作つてやつたこともあつて、馴れてゐるといへば馴れてもゐた。それに志村も今まで庸三夫婦とは、綺麗な交際をしてゐて、寧ろ庸三の一人の子供には、細君が不思議な愛を感じてゐて、何かと好くしてくれてゐた。庸三夫婦はその好意を感謝してゐた。庸三はこんな場合でもなければ、あの羽織がいつまでも目の先きにぶらつくだらうから、この際あれきり無くなつてしまつた方がいゝと思つてゐたけれど、時々見るのも悪くないやうな気がしてゐた。それは其の羽織を着て、二人で旅行をしたことなどが、後で考へると甚《ひど》く惨《みじ》めくさくはあつたが、その時庸三の手先に少しばかりの剰余金があつたところから、ふと思ひついて、庸三の親類になる一人の食客に留守を頼《たの》んで二日か三日東京に近い温泉へ行つたことなどが、果敢ない夢のやうに思ひ出せるのであつた。庸三の妻は、家が離散してから、母と一緒に叔父の世話になつてゐるうちに、少しは着るものも作つてもらへたが、叔父が遊蕩の報ひで遽かに肺病で仆れてから、殆んど身につくものがなかつた。そして庸三と同棲当時に、用事があつて田舎へ立つたとき、その羽織が急に必要であつた。しかし庸三の好みで作らせたその羽織が、紋織羽二重の小豆色であつたので、何う見ても彼女の体には似合はなかつたので、着るのを厭がつてゐたが、しかしそんな物でも、庸三たちの生活に取つては、さう容易く作れる訳のものではなかつた。まだしも庸三が目論んでゐたやうに、胸に房などついた被布に作らなかつたゞけが、見つけものであつた。不思議なことには、他の大事なものは無くなつても、二度も三度も縲紲《るゐせつ》の厄に逢ひながら、その羽織が、皮肉にもいつも助かつてゐることであつた。
 妻は或る時は思ひ出したやうに、箪笥の底から引出して、厭にぺら/\した其羽織を、わざと着てみるのであつた。そして信玄袋や繻子張の古い蝙輻傘などを持出して来て、庸三たちの目の前で、ふざけ切つた足つきをして、部屋中を歩きまわつて見せるのであつた。若い女中が腹をかゝへて笑つた。彼女も堪らなくなつて、そこに笑ひこけると、目に涙の出るほど笑ふのであつた。
「貴方つてば私をハイカラか何かに作るつもりで、被布にしろと言つて肯かなかつたぢやありませんか。」彼女はさう言つて、また腹の皮が綯れるほど笑ふのであつた。
 庸三はもう好い加減この羽織も、何処かへ姿を隠してしまつても好い時分だと思つてゐた。志村が返しても返さなくても、孰でもいゝのであつた。庸三の過去には、美しい幻影などは一つもなかつた。振顧つてみるのも忌々しいような、貧乏くさい欝陶しいことばかりであつた。彼はさうした欝陶しいなかに生きることが、人間の意義ある生活だと思ひこんでゐた。悩みや労苦の伴はない生活を見ると、真実のやうな気がしてゐなかつた。酔世夢死などゝいふ熟語で、彼はそれを軽蔑してゐた。さうは思ひながらも、彼はやつぱり本能的に自分の生活を悲しみ呪はずにはいられなかつた。庸三は時々その羽織を見せられるのを厭がつたが、妻はそれを享楽してゐるらしかつた。それから大分たつてから後も古い着物の片などが出ると、其はいつ買つたものだとか、こんな場合に着たものだとか、自分が幾歳かのときにこんなじみ[#「じみ」に傍点]なものが流行つたとか、子供の幾歳のときに何を着て何を見に行つたとか、よくそんな事を思ひ出すのであつた。しかし庸三には何の興味もなかつた。
 庸三の妻は、それからも一二度志村の細君と往来したことがあつたが、羽織を借りたことは志村の細君もしつてゐるらしかつたが、志村に逢つても別に催促する気にもなれなかつた。正直な志村は、しかしいつでも其の分疏をしてゐた。
「やあ何うも奥さん済まん。」志村は彼女の顔を見ると、いきなり言ひだした。
「もうちよつと待つて下さい。月末にはきつと返す。」
「さうですか。返してさへ戴ければよござんすけれど。」
「いや、きつと返す。」
 そんなことが二三回あつたが、するうち志村もそれを口にしなくなつた。勿論彼は雑誌社へは顔を出してゐたが、社長から車賃をもらふくらゐのもので、生活費といふほどのものではなかつた。社長も彼には重きをおいてゐないらしかつた。たゞ友人の推薦なので、何も経験だから、遊びかた/″\来て見たまへといふくらゐの程度であつた。志村も自分の書いたものが、一向雑誌に載らないところから、無能な自分に信用のないことも解つてゐたので、何うせ真の一時の足場のつもりでゐた。
 その年も暮れて、春になつた。ちよつと田舎へ帰つてゐた志村が、また下宿へ帰つて来たらしかつたが、庸三の妻は取紛れてゐて訪ねもしなかつた。行きにくゝもなつてゐた。志村の細君も足が遠くなつてゐたが、しかしその事のために拙い思ひをし合ふやうな二人でもなかつた。産れのいゝ志村の細君の、腹の綺麗なことも十分解つてゐた。
「何うしたね、あの羽織。」庸三は或る時志村の下宿の近くを二人で歩いてゐる時、思出したやうに訊いてみた。
「え、あれね。」庸三の細君もはつとしたやうな風であつた。
「返したかい。」
「いゝえ、あのまゝですの。私も暫く行つても見ませんけれど。」
「やつぱりあの下宿にゐるのか。」
「え、さうでせう。余り催促しても悪いと思つて。けど一度さう言つてやりますわ。」
「もう無いだらう。放抛つておいた方がいゝ。返されても極りの悪いやうなものだからね。」
「でも惜しいわ。染めかへしてお婆さんに着せればつて。志村さんやつぱりあすこへ出てゐるかしら。田舎でもお金はもう出さないらしいんです。」
「志村も駄目だね。」
「それにあの奥さんぢやね。」
 それから又二月も三月もたつた。庸三の妻は何うかすると、志村の下宿へ行つて見たのであつたが、格段に催促の意味ではなかつた。それに志村がゐなかつたり、居ても客があつたり、もう口へ出すのが、極りのわるいくらゐ時もたつてしまつた事なので、いつも言出さずに帰つて来た。或時彼女が訪ねると、志村は布団をかぶつて寝てゐた。相変らず部屋が取り乱らかつてゐた。彼女は障子の外から声をかけて、そつと開けて見た。
「やあ」と言つて志村が汚い布団のなかから顔を出した。
「誰かと思つたら貴女かい。」
「何うなすつたんです。」
「少し気分が悪くて、寝てゐたんだ。それに家内は国へ帰つてゐないし。」
「おや、奥さんどうなすつて。」彼女は愈よ別れたのではないかと思つて、寂しく感じた。
「あれの親父が病気でね。」
「おや、さうですか。」
「己はワイシヤツ一枚で、起きられんのやからね。」志村はさう言ひながらも、のこ/\這出して来て、白のワイシヤツに下ヅボンで、長火鉢の前へ坐つた。
 部屋には何に一つなかつた。壁に山高帽と上着と窄袴がかゝつてゐるきりであつた。彼は多分誰か先輩に貰つた中古のその山高を、いつでも冠つてゐた。彼女はそればかり目について可笑しくなつた。
「いつもは帰れ/\と、口癖に言つてをるがね、居つけたものが居らんと、矢張寂しいものですね。」
「さうですかね。」
「あいつ偶然《ひよつ》としたら、帰らんかも知れんと思ふがね。」
「さうですか。何かさういふ事がおありなんですか。」
「いや、別にないけれどもさ。よく/\腑効のない男だと思つて、あいつも目の覚める時分だからね。」
「まさか。そんな気のかはるやうな方でもないでせう。今別れたんぢや奥さんも詰らないぢやありませんか。」
「その今がこんなだからね。」
「そのうち好い事がありますよ。」
 やがて帰りぎわになつて彼女は言ひ出した。
「それから志村さん、何時かのあれ何うして下さるんですの。」
「あゝ、拝借のものかね。いや、実に済まん。いつもさう思つてゐるんだけれど、云訳《いひわけ》したつて仕方がないですからね。」
「まだあるんでせうか。」
「大丈夫ですよ。それに今度また家内が僕の親父に逢つて少し纏つたものを取出して来ることになつてゐるから、帰つたらきつと返す。己は親父に信用がないけれど、家内の言ふことなら聴いてくれるんだ。」
「だつて貴方この前いらしたんでせう。」
「行つた。親父を脅かして、少しばかり取るには取つたけれど、何の端にも足りないものだから、ええ糞といふ気になつて、田舎でみんな使つてしまつて……。」志村は頭を掻きながら、
「田舎の芸者は鈍《のろ》くさくて詰らんね。」
「それぢや駄目ぢやありませんか。」
「いや、親父が病気で帰つてゐるといへば、町へ出てくるから、それを機会にうまく話すことになつてゐる。それが出来ないと、下宿へ対しても彼奴が帰れないやうな始末だからね。」
 庸三の妻は、今度こそ取戻さうと思つて、堅い約束をさせた。

 それから程なく、志村の葉書が大阪から来た。妻君からもよろしく書いてあつた。彼は大阪へ行つたらしかつた。多分何かに有りつけたのだらうと思つたが、東京と同じ状態が――いや、もつと酷《ひど》い生活が彼等夫婦に続くのぢやないかとも思つた。
 或るとき庸三の妻は、ふと思ひだしたやうに、志村夫婦の行きつけの質屋へ行つて見たが、彼女が諦めてゐたとほりに、羽織と帯は疾うに流れてしまつてゐた。
 それから消息がたへてゐたが、三年目の或冬、突然、志村の訃音が、細君の名で届いた。
 庸三夫婦は、あれほど可愛がつてくれた子供の大きくなつたところを、何うかして一度不幸な志村の細君に見せたいと思ひながら、いつか其の居所さへ判らなくなつてしまつた。[#地付き](大正14[#「14」は縦中横]年11[#「11」は縦中横]月「中央公論」)



底本:「徳田秋聲全集第15巻」八木書店
   1999(平成11)年3月18日初版発行
底本の親本:「中央公論」
   1925(大正14)年11月
初出:「中央公論」
   1925(大正14)年11月
入力:特定非営利活動法人はるかぜ

タグ:

徳田秋声
「質草」をウィキ内検索
LINE
シェア
Tweet
harukaze_lab @ ウィキ
記事メニュー

メニュー

  • トップページ
  • プラグイン紹介
  • メニュー
  • 右メニュー
  • 徳田秋声
  • 山本周五郎



リンク

  • @wiki
  • @wikiご利用ガイド




ここを編集
記事メニュー2

更新履歴

取得中です。


ここを編集
人気記事ランキング
  1. 熊谷十郎左
  2. 浪人天下酒
  3. 恥を知る者
もっと見る
最近更新されたページ
  • 2000日前

    白魚橋の仇討(工事中)
  • 2000日前

    新三郎母子(工事中)
  • 2000日前

    湖畔の人々(工事中)
  • 2000日前

    鏡(工事中)
  • 2000日前

    間諜Q一号(工事中)
  • 2000日前

    臆病一番首(工事中)
  • 2000日前

    決死仏艦乗込み(工事中)
  • 2000日前

    鹿島灘乗切り(工事中)
  • 2000日前

    怪少年鵯十郎(工事中)
  • 2000日前

    輝く武士道(工事中)
もっと見る
「徳田秋声」関連ページ
  • No Image 或女の死
  • No Image 小婢
  • No Image 籠の小鳥
  • No Image 遠足
  • No Image 病人騒ぎ
  • No Image 湖のほとり
  • No Image 時は過ぎたり
  • No Image 彷徨へる
  • No Image 物堅い事
  • No Image 牡蠣雑炊と芋棒
人気記事ランキング
  1. 熊谷十郎左
  2. 浪人天下酒
  3. 恥を知る者
もっと見る
最近更新されたページ
  • 2000日前

    白魚橋の仇討(工事中)
  • 2000日前

    新三郎母子(工事中)
  • 2000日前

    湖畔の人々(工事中)
  • 2000日前

    鏡(工事中)
  • 2000日前

    間諜Q一号(工事中)
  • 2000日前

    臆病一番首(工事中)
  • 2000日前

    決死仏艦乗込み(工事中)
  • 2000日前

    鹿島灘乗切り(工事中)
  • 2000日前

    怪少年鵯十郎(工事中)
  • 2000日前

    輝く武士道(工事中)
もっと見る
ウィキ募集バナー
新規Wikiランキング

最近作成されたWikiのアクセスランキングです。見るだけでなく加筆してみよう!

  1. MadTown GTA (Beta) まとめウィキ
  2. AviUtl2のWiki
  3. R.E.P.O. 日本語解説Wiki
  4. しかのつのまとめ
  5. シュガードール情報まとめウィキ
  6. 機動戦士ガンダム EXTREME VS.2 INFINITEBOOST wiki
  7. ソードランページ @ 非公式wiki
  8. SYNDUALITY Echo of Ada 攻略 ウィキ
  9. シミュグラ2Wiki(Simulation Of Grand2)GTARP
  10. ドラゴンボール Sparking! ZERO 攻略Wiki
もっと見る
人気Wikiランキング

atwikiでよく見られているWikiのランキングです。新しい情報を発見してみよう!

  1. アニヲタWiki(仮)
  2. ストグラ まとめ @ウィキ
  3. ゲームカタログ@Wiki ~名作からクソゲーまで~
  4. 初音ミク Wiki
  5. 発車メロディーwiki
  6. 検索してはいけない言葉 @ ウィキ
  7. 機動戦士ガンダム バトルオペレーション2攻略Wiki 3rd Season
  8. Grand Theft Auto V(グランドセフトオート5)GTA5 & GTAオンライン 情報・攻略wiki
  9. オレカバトル アプリ版 @ ウィキ
  10. モンスター烈伝オレカバトル2@wiki
もっと見る
全体ページランキング

最近アクセスの多かったページランキングです。話題のページを見に行こう!

  1. 参加者一覧 - ストグラ まとめ @ウィキ
  2. 召喚 - PATAPON(パタポン) wiki
  3. 魔獣トゲイラ - バトルロイヤルR+α ファンフィクション(二次創作など)総合wiki
  4. ステージ - PATAPON(パタポン) wiki
  5. ロスサントス警察 - ストグラ まとめ @ウィキ
  6. LUPIN THE IIIRD THE MOVIE 不死身の血族 - アニヲタWiki(仮)
  7. アイテム - PATAPON(パタポン) wiki
  8. ステージ攻略 - パタポン2 ドンチャカ♪@うぃき
  9. モンスター一覧_第2章 - モンスター烈伝オレカバトル2@wiki
  10. 可愛い逃亡者(トムとジェリー) - アニヲタWiki(仮)
もっと見る

  • このWikiのTOPへ
  • 全ページ一覧
  • アットウィキTOP
  • 利用規約
  • プライバシーポリシー

2019 AtWiki, Inc.