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香奠を忘れる

最終更新:2020年01月10日 15:11

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香奠を忘れる
徳田秋声


【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)未《いま》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)手|続《つゞ》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#「きつと」に傍点]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)しば/\

濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」



 彼は未《いま》だにその香奠《こうでん》を送《おく》ることを忘《わす》れてゐる。全然《ぜんぜん》忘《わす》れてゐるのではない。ちやうど忘《わす》れてゐればゐられないこともない、比較的《ひかくてき》軽《かる》い持病《じべう》が時々気になるくらゐの程《てい》度で、ふつと思《おも》ひ出しては淡《あは》い心の痛《いた》みを感《かん》じてはゐるのであつた。しかし矢張《やは》り事務的《じむてき》な手|続《つゞ》きを取ることが臆劫《おくくう》であつた。それは彼が思《おも》ひ出しては際限《さいげん》もなく心の煩《わづら》ひになる世間|的《てき》な事務《じむ》や、または生きる上の希望《きぼう》にする職業《しよくげう》上の目|論見《ろみ》や空想《くうそう》が、あまりに障壁《せうへき》のない孤独《ごどく》者の彼の目の前にあまりに多く積《つも》つてゐるので、それを独《ひと》りで考《かんが》へてゐると、何もしないうちに頭脳《あたま》が疲《つか》れたり、胸《むね》が遣瀬《やるせ》なく一|杯《ぱい》になつたりするからであつた。時がいつか過《す》ぎてしまつたので、彼は彼女が東京に帰《かへ》つた頃《ころ》を見計《みはか》らつて、香奠《こうでん》をもつて兼《かね》々一度は訪《たづ》ねようと思《おも》つてゐた、彼女を訪問《ほうもん》しようと思《おも》つてゐたが、それも昨日のコーヒの出し殻《から》のやうな彼自|身《しん》の生|活《かつ》の或る残滓《ざんさい》にすぎないので、散《さん》歩の帰《かへ》りに有りふれた日用の食料《しよくれう》品を買《か》ふほどの興味《けうみ》すらもなかつた。といつても、彼は人|情《ぜう》上の問題《もんだい》を、そんなことゝ一|緒《しよ》くたにしてゐるのではなかつた。妻《つま》が死んだとき人|知《し》れず彼女がやつて来てくれた心|持《もち》も胸《むね》の底《そこ》に仕|《ま》舞つておくのであつた。しかし彼は体が閑散《かんさん》である割《わ》りに思《おも》ひは常にあはただしかつた。玄関《げんかん》の戸の工合の悪《わる》くなつたことまでが、出入りに彼の頭脳《あたま》を曇《くも》らせた。第一彼は裏《うら》の空《あき》地に作つた形ばかりの花|畑《ばたけ》に去《きよ》年の秋|蒔《ま》いた色《いろ》々の草《くさ》花の芽《め》が、この空風《からかぜ》の吹《ふ》きとほす毎《まい》日々々の乾《かわ》きに、何うなつてゐるかも心|配《ぱい》であつたが、女中に吩咐《いひつ》けるのが、何か余《よ》分な仕|事《ごと》を課《か》するやうに憚《はばか》られた。正月にもらつた山百合の根《ね》の包《つゝ》みも、手|洗《あら》ひの側《そば》においたまゝで、まだ埋《い》けずにあつた。それは別《わか》れ霜《しも》と共に是非《ぜひ》とも庭《には》の所々に埋《い》けておかなければならないものであつた。彼は庭《には》の草《くさ》木を見《み》てゐると、そこへ飛《と》んだ鶯《うぐひす》の羽影《はかげ》が窓《まど》先きにさすと、気が和《なご》やかになるのであつた。何はともあれ、彼はさうした自|然《ぜん》を楽《たの》しむことのできる幸福《こうふく》を悦《よろこ》ばなければならなかつた。大きな山|百合《ゆり》の咲《さ》く五月のころを、その根《ね》をもらつたときから彼は想像《そうぞう》して楽《たの》しんだ。
……………
 彼女といふのは、遠《とほ》くの地方に工|場《ぜう》をもつてゐる人の妻《つま》のE子であつた。彼がE子から死|亡《ぼう》の通知《つうち》を受《う》けたのは、三十|幾《いく》年ぶりかで、E子の娘《むすめ》と一|緒《しよ》に彼のところへつれられて来た、E子の老《ろう》母が死んだ時であつた。彼は関《かん》西に放浪《ほうろう》してゐた青《せい》年時代に一年ばかりE子の家の二|階《かい》の一|室《しつ》にゐた兄のところに寄食《きしよく》してゐたことがあつた。勿論《もちろん》兄も一家を成さないくらゐだから、好《い》い生活《かつ》をしてゐるはずもなかつた。E子の家では、兄のところに居《ゐ》候をしてゐるこの怠惰《たいだ》な文学|青《せい》年を彼のためにも彼の兄のためにも何か職業《しよくげう》に有つかせようと心|配《ぱい》したりした。彼は時々気|紛《まぐ》れに何か書《か》いた。それが文|芸《げい》雑誌《ざつし》へ載《の》つたりした。E子の姉|婿《むこ》が自分の役《やく》所へ勤《つと》め口を周旋《しうせん》したりした。彼は安|洋服《ようふく》を着てその役《やく》所へ通《かよ》つたが、この愚鈍《ぐどん》で子|供《ども》つぽい青《せい》年には、これといつて何も仕|事《ごと》もなさゝうな役《やく》所の慵《だる》い空《くう》気が生|温《あたゝ》かくて退屈《たいくつ》で仕方がなかつた。役《やく》人達《たち》は何か少しばかり事務《じむ》を取|扱《あつか》ふ外は、大|抵《てい》官海や女|遊《あそ》びの話《はなし》などをして時を過《す》ごしてゐた。彼は孰《どつち》から止めるともなく役《やく》所を罷《や》めて、再《ふたゝ》び田舎《ゐなか》へ帰《かへ》つて学校生|活《かつ》を続《つゞ》けることにした。彼はE子の兄に送《おく》られて汽車に乗《の》つた。汽車に乗《の》つてから、彼は遠《とほ》くの方にゐるE子の姿《すがた》をちらと見《み》た。
 彼が東京で三四の仲《なか》間と一|緒《しよ》に自|炊《すい》生|活《かつ》をやつてゐるとき、或日|突然《とつぜん》東京へ遊《ゆう》学してゐたE子の訪問《ほうもん》を受《う》けたことがあつた。放縦《ほうせう》な彼の生|活《かつ》気分がE子を失望《しつぼう》させたことは想像《そうぞう》に難《かた》くなかつた。でも手|蹟《せき》のすぐれた彼女の手紙は、いつまでも彼の篋底《けうてい》にあつた。彼女は優《やさ》しい女|性《せい》といふよりか、気|象《せう》のしつかりした男|優《まさ》りの女|性《せい》であつた。
 彼は第一の長い作品を発|表《へう》して、生|活《かつ》にいくらか目|鼻《はな》がつきはじめたとき、先づ彼のためにしば/\犠牲的愛《ぎせいてきあい》を惜《をし》まなかつた、異母兄に逢《あ》ふために、いくらか身装《みなり》などを調《とゝの》へてその年の暮《く》れに遽《にはか》に関《かん》西へ旅《たび》立つたが、E子に逢《あ》ふこともこの旅《たび》の附|帯的条件《たいてきじようけん》として、どこか心の底《そこ》に秘《ひ》められてあつたことも否めなかつた。
 兄はその機《き》会に、彼に好《い》い嫁《よめ》さんを心|配《はい》しようとしてゐた。
「どうかなあの娘《こ》は……。」
 彼は恥《はづ》かしかつた。父母にも似《に》た慈愛《じあい》をもつてゐるこの兄の口から、早《はや》くも結婚談《けつこんだん》などを持《もち》出されたことも、彼を極悪《ごくあく》がらせたが、E子のことを言《いひ》出されたことは、一|層《そう》彼を恥《はづ》かしがらせた。
「あれはなか/\毛|色《いろ》のかはつた面《おも》白い娘《むすめ》さんだぜ。」兄はいつた。
 あのころのやくざな弟が、兎《と》に角《かく》何か遣《やり》出したといふことに、多少の誇《ほこ》りを感《かん》じてゐた兄と一|緒《しよ》に、彼がもと厄介《やくかい》になつたE子の家を訪《たづ》ねてみると、それはちやうどE子の父が亡《な》くなつてから幾《いく》年かの後であつたが、E子がつい一ト月ほど前に結婚《けつこん》して、東京へ行つたことが解《わか》つた。相手は法|科《か》出の青《せい》年であつた。
 彼は大して失望《しつぼう》もしなかつたが、何か先手を打たれたやうな仄《ほの》かな寂《さび》しさを感《かん》じた。関《かん》西の彼の旅《たび》は四ヶ月ほどつゞいた。胃病《いべう》の予《よ》後であつた彼は別《べつ》府|温泉《おんせん》にも一月ほど滞在《たいざい》して、南国の温泉《おんせん》町に遊惰《ゆうだ》な毎《まい》日を送《おく》つてゐた。
 その後E子の訪問《ほうもん》を受《う》けたのは、彼が三人の子|供《ども》の父となつてからであつた。E子は清|酒《しや》な好《い》い夫人になりすましてゐた。が、二人は何|処《こ》か打とけない硬《かた》い感《かん》じで向《む》き合ふよりほかなかつた。
「私は幸福《こうふく》ですの。」E子は袂《たもと》から出した煙草《たばこ》を吸《す》ひながら話《はな》した。
 E子は昔《むかし》ながらに色《いろ》気ぬきの無雑作《むぞうさ》な着物の着方をして、髪《かみ》も引|詰《つ》めの束髪《そくはつ》に取りあげ、白粉《おしろい》気もなかつた。それが女々しいところの少しもない彼女の気|質《しつ》に尤《もつと》もふさはしいものであつたが、豊《ゆた》かな才芸《さいげい》に恵《めぐ》まれてゐるだけに、どこか垢《あか》ぬけのした表情《へうぜう》と姿態《したい》をしてゐた。
 一時間ばかりひそ/\話《はなし》をして、E子は帰《かヘ》つて行つたが、彼の妻《つま》もE子には親《した》しめなかつたし、E子も妻《つま》には親《した》しめなかつた。それが又た彼に或る擽つたい感《かん》じを与《あた》へた。
 E子が結婚《けつこん》したばかりの令嬢《れいぜう》と、母とをつれてやつて来たのは、それから又|幾《いく》年もたつてからであつた。官|吏《り》の夫人にしては意《い》気すぎたE子の母は、すつかり好《い》い隠居《いんきよ》さんになつてゐた。その昔し深《ふか》い陰影《いんえい》をもつてゐた睫《まつげ》の長い、切《きり》長な目は、若《わか》い熱情《ねつぜう》を失《うしな》つて、しかし少しも萎《な》えたところなしに、それそつくり善《ぜん》良で幸福《こうふく》さうなお婆《ばあ》さんになつてゐた。縁側近《えんがはちか》くの方にすわつた彼女は、口|数《かず》も利《き》かずに、始終《ししう》にこ/\して彼を眺《なが》めてゐた。E子はといふと、いつか劇場《げきぜう》の桟敷《さしき》の上と下とで落《お》ち合つたときよりもまたいくらかお婆《ばあ》さんになつてゐた。
「それぢや貴女《あなた》はもう直《ぢ》きお祖母さんですね。暫《しば》らく逢《あ》はないうちにずゐぶん変《かは》つたもんだな。」彼は笑《わら》つた。
「御自分だつてお老爺《ぢい》さんになつた癖《くせ》に。」E子は負《ま》けずに遣《や》り返《かへ》した。
 年取つた友|達《だち》同|士《し》の自|由《ゆう》が二人を接近《せつきん》せしめてゐたともいへるし、解放《かいほう》してゐたともいへるのであつた。
 妻《つま》は三人の珍客《ちんきやく》を歓待《かんたい》した。E子の母は昔《むかし》何かと心|配《ぱい》したあのやくざな青《せい》年の生|活振《かつふ》りを見《み》て、子|息《そく》の出世をでも悦ぶやうに、満足《まんぞく》さうであつた。彼は彼女のために短冊《たんじやく》を書《か》いて贈《おく》つた。
 それから又|幾《いく》年かたつて、妻《つま》を失《うしな》つた二年目に彼はE子をその書斎《しよさい》に迎《むか》へた。彼にはそのとき愛《あい》人のI子があつたけれど、同|棲《せい》してはゐなかつた。
「あんたはあの時分から、よく独《ひと》りで何か書《か》いてばかりゐる人でしたね。」E子は笑《わら》つた。
「僕《ぼく》が靴《くつ》ずれを痛《いた》がつてゐると、意《い》気地なしだといつて、貴女《あなた》に叱《しか》られたもんだつた。」
 二人のあひだには、悉皆《すつかり》障壁《せうへき》が撤廃《てつぱい》された形であつた。
「兎《と》に角《かく》好《い》い家政|婦《ふ》がなくちや、子|供《ども》さんも可|哀《あい》さうだし、貴方《あなた》も落《おち》着いて勉強《べんけう》ができないでせう。」
「ところがなか/\好《い》い人が来てくれないんで……。」
「ありますよ。」
「さうか知《し》ら。私は女中の代る度びに憂鬱《ゆううつ》になる。」
「今の人は。」
「あれは派《は》出|婦《ふ》ですが、給《きう》銀ばかり高くて、何んにも出来やしないんで。」
「そんな通《とほ》り一|遍《へん》の傭人ぢや頼《たよ》りがないでせう。給《きう》銀なんかよりも、もつと犠牲的《ぎせいてき》に働《はたら》いてくれる人でなくちや駄《だ》目ですよ。もし好《よ》かつたら私に少し心当《あた》りがありますから、何ならきいて見《み》ませうか。」
「東京ですか。」
「関《かん》西です。何んといつてもあちらの人は経済《けいざい》が上手です。それに東京の人ほど摺《す》れてゐませんもの。」
「さうですね。遠《ゑん》方から手紙なぞで間《とひ》合せて来る人もありますけれど、それほどの家政でもありませんから、わざ/\呼寄《よびよ》せるのも可笑《をか》しいと思《おも》つて。」
「そんな事《こと》何んでもないぢやありませんか。こゝが可《い》けなければ、又た好《い》い篏《は》め口もあるでせう。年|老《と》つた親切《しんせつ》な人がありますよ。あのお婆《ば》さんだつたら、きつと好《い》いと思《おも》ひますけれど。」
 兎《と》に角《かく》E子は、長女も片《かた》着けて、人の世|話《わ》なぞ焼《や》く年ごろ身《み》分になつてゐた。彼女は日本|画《が》や謡《うたひ》や鼓《つゝみ》や、そんな芸道《げいどう》にも達《たつ》してゐた。彼から看《み》れば教育《けういく》と環境《かんけう》の如何によつてはもつと現《げん》代|的《てき》な芸術《げいじゆつ》へ進《すゝ》むことも不可|能《のう》ではなかつたらうし、実《じつ》行|的《てき》な社会の表面《へうめん》にでも立つて働《はたら》いてゐたとしたら、今までにきつと[#「きつと」に傍点]何か特殊《とくしゆ》な仕|事《こと》をして来たに違《ちが》ひなかつた。しかしE子は何んとなく閑散《かんさん》らしく見《み》えた。家|庭《てい》が幸福《こうふく》と平和に充《み》たされてゐるのだとも思《おも》へたし、人の妻《つま》として何か生|活《かつ》の空虚《くうきよ》を充《み》たすために、画《え》を描《ゑが》いたり鼓《つゞみ》を打つてゐるのではないかとも思《おも》へた。
 数《すう》日を経《へ》て、女中のことについて、E子から手紙が来た。彼女の手|蹟《せき》は年|老《と》つてから、一|層《そう》見事《みこと》になつてゐた。手紙の様子では、生憎《あいにく》その女はついこのごろどこかへ家|事《じ》の手|伝《つだ》ひに住込《すみこ》んでしまつたけれど、二三ヶ月すれば自|由《ゆう》になれるはずだといふのであつた。彼は折返《をりかへ》し返事《へんじ》を書《か》いた。そして、そんなにまでして、わざ/\遠《とほ》いところを呼寄《よびよ》せることを、見《み》合せてもらふことにした。

 その冬ペンでE子が特《とく》に署《しよ》名した母の訃音《ふいん》が西から来た。彼は三年ほど前に、亡なつた妻《つま》と一|緒《しよ》に彼の書斎《しよさい》で心ばかりの遇《もてな》しをしたときのことを思《おも》ひ出して、生前|訪《たづ》ねてもらつたことを悦《よろこ》んだ。今だつたら、彼の家|庭《てい》はかうした非事務的《ひじむてき》な珍客《ちんきやく》を迎《むか》へるのに、あれほど温《あたゝ》かくはありゑないまでに決まつてゐた。彼の家|庭《てい》は宛然《さながら》吹《ふ》きさらしの野《の》天に暴露《ばくろ》されてゐるやうなものであつた。彼は総《すべ》ての生|活《かつ》に、心の寄《よ》りどころを全《まつた》く失《うしな》つてゐた。座敷《ざしき》や書斎《しよさい》の整理《せいり》は勿論《もちろん》、毎《まい》日々々の気分の整理《せいり》すらがつきかねるのであつた。二十五年の結婚《けつこん》生|活《かつ》が突然《とつぜん》終《をは》りを告《つ》げたとき、家|庭《てい》を根柢《こんてい》から造《つく》りかへて風《かぜ》を入れかへやうとしたにも拘《かゝ》はらず、半ば壊《こは》れたまゝで、収《しう》拾がつきかねてゐた。けれど、そのなかゝら、幼《おさな》い子|供達《どもたち》ほど、生きる心|構《かま》へと力を得つゝあることは争《あらそ》へかなつた。だが、大きい子|供《ども》たちほどやくざで無気力で彼が壊《こは》さうとするものにのみひたすら頼《たよ》りすがつてその日その日の不安を胡麻化《ごまか》さうとしてゐた。
 彼は時とすると、頭脳《ずのう》が嵐《あらし》のやうに乱《みだ》れた。心が焦げたゞれるやうに苛《いら》々した。浪《なみ》に揉《も》まれて半ば壊《こは》れかけやうとしてゐる船のなかに、いつまで彼等は噛《かぢ》りつかうとしてゐるのか。彼にはその卑怯《ひけう》さ臆病《おくべう》さ加|減《げん》が寧《むし》ろ腹《はら》立しかつた。
 或時は彼は外から帰《かへ》ると、その訃音《ふいん》が目についた。彼は或る事務的《じむてき》な義務《ぎむ》を感《かん》じえたゞけで、E子たちに取つて、この感傷的《かんせうてき》な事実《じじつ》が、以前のやうな人|情的《ぜうてき》な甘《あま》さをもつては、実感《じつかん》に人入つてはこなかつた。若《わか》い時分はあんなに美《うつく》しかつた世|話《わ》女|房《ぼう》の彼女が彼を訪問《ほうもん》した時には、あんなにも幸福《こうふく》さうであつた人|柄《がら》な隠居《いんきよ》が、生|涯《がい》の務《つと》めを了《を》へて、子|息《そく》や娘《むすめ》や孫《まご》たちに取りかこまれて、永《えい》久の休らひの床《とこ》についたことは、彼に取つても甘美《かんび》な悲《かな》しみであつた。
 しかし彼はその時の気分で、直《す》ぐにペンを執《と》つて、紋切形《もんきりかた》の弔詞《てんし》を書《か》いたり、香《こう》花|料《れう》の為替《かはせ》を組んだり、さうした仕|事《こと》に手を染《そ》めることが、何となくわざとらしいやうな気がしなくもなかつた。
「早《はや》くしなければ……。」彼は総《すべ》ての仕|事《こと》に対《たい》すると同じに、淡《あは》い気《き》分の焦燥《せうそう》に似《に》たやうな不安を感《かん》じたと同時に、きつと時をはつしてしまふに違《ちが》ひない予感《よかん》に怯《おび》へた。
 孰《いづ》れにしても結局《けつきよく》彼はそれを怠《おこた》つた。しなければならない事務《じむ》が、他《た》に沢《たく》山彼の頭脳《ずのう》に引つかゝつてゐた。たとへば一年半も滞らせてゐる地代だとか、一昨年の暮《くれ》から怠《おこた》つてゐる保険《ほけん》金の支|払《はら》ひだとか、六つもたまつてゐる所得|税《ぜい》だとか。その外|怠《おこた》つてゐる個《こ》人同|士《し》の世間|的《てき》な義務《ぎむ》も少しはあつた。彼は実《じつ》生|活《かつ》に必要《ひつよう》なそれらの事務《じむ》を果《はた》すかはりに、何も直接《ちよくせつ》利益《りえき》のない無|駄《だ》なことに、ずる/\気分と物|質《しつ》の大|部《ぶ》分を浪費《ろうひ》しつゝあつた。
 二度か三度彼は書簡《しよかん》や葉書《はがき》の積《つ》み重ねのなかに、その死|亡通知《ぼうつうち》を発|見《けん》して、はつとなつたが、終《しま》ひにはそれがマンネレズムに流《なが》れてずる/\放擲《ほうてき》された。
 彼の親《した》しい若《わか》い文学者のY――から、その母の訃音《ふいん》がとゞいたのも其《その》ころであつた。
 Yは間もなくやつてきた。
「つい取り紛《まぎ》れて遅《おく》れてしまつた。甚《はなは》だ失敬《しつけい》だけれど、どうぞこれを……。」彼は文|壇《だん》の噂話《うはさはなし》などに紛《まぎ》らせたあとで、香《こう》花|料《れう》の包《つゝ》みを、Y――の傍《そば》にそつとおいた。そして一ト安心した。
 一つ果《はた》すと、果《はた》されずにゐる多くの義務《ぎむ》が、それからそれへと彼のルーヅな心を責《せ》め立てた。そしてそのなかには、廊《ろう》下の手洗|場《ば》の下に押《お》しこんでおいた山百合の根《ね》もあつた。
 彼はそれを機《き》会に、遠《とほ》くもないE子の家を一度|訪《たづ》ねようと思《おも》つてゐたが、それも一月、二月と日が流《なが》れてしまつた。
「何うでせう、百合はもう埋《い》けてもいゝか知《し》ら。彼|岸過《がんす》ぎがいゝんでせうか。」彼は或るとき百合をくれた或る夫人にきいた。
「まだお植《う》ゑにならないの。」夫人は不|満《まん》さうにいつた。
「でもまだ霜《しも》がふるぢやないですか。」
「さうね、それもさうだけれど、もうお植《う》ゑにならなければ。」
 暖《あたゝ》かい日が二三日つゞくかとおもふと、又しても咽喉《のど》にいらつく寒《さむ》い風《かぜ》が吹《ふ》いたりするものゝ、陽《よう》気は日ましに春めいて来た。
 或る日彼は庭《には》へおり立つて、今年は殊《こと》に荒《あら》かつた満州風《まんしうかぜ》に、灰《はひ》のやうにぽか乾《かわ》ききつた土や葉《は》の枯《か》れ/\になつた竹《たけ》などを痛《いた》ましげに眺《なが》めてゐた。裏《うら》の空《あき》地の花|畑《はたけ》へ出てみると、そこにもスウヰトピーが、埃溜《ごみため》に萎《しな》びた蔓草《つるくさ》のやうに干《ひ》からびてゐた。チユリツプが砂《すな》を破《やぶ》つて、によき青《あを》い葉《は》をぬいでゐた。
 彼はふと百合を思《おも》ひ出して、急《いそ》いで縁《えん》がはへあがつて、手洗|場《ば》にしまつてあつた新聞|包《つゝみ》を取出して開《あ》けて見《み》た。そして物|置《おき》からシヤベルを持《もち》出して石を取|囲《かこ》んだ下|草《くさ》のところ/″\に、一つ/\埋《い》けてあるいた。
「あゝE子を訪問《ほうもん》しなければ。」彼はその時またそれを憶《おも》ひ出した。
 同時に一年|延《の》ばしてある母や妻《つま》や子|供《ども》の法|要《よう》が、彼の忙《いそが》しい頭脳《ずのう》に蔽《おほ》ひかゝつて来た。
 今パリイにゐる友|達《たち》の女が、かつて彼に忠|告《こく》したことがあつた。
「先生は余《あま》りに多く何もかも脊負《せお》ひすぎるんですよ。芸術《げいじゆつ》家は大|概《がい》のことは切払《きりはら》つておかなければ。」
 彼は今その言葉《ことば》を思《おも》ひ出した。
 しかし一ト月の後、兎《と》に角《かく》見事《みごと》な山|百合《ゆり》が、そこにもこゝにも芽《め》を吹《ふ》くであらう。そしてすが/\しい夏の朝|風《かぜ》に、美《び》女の手のやうな、いくつもの白い花が仄《ほの》かに揺《ゆ》らぐであらう。[#地付き](昭和4年6月1日「週刊朝日」)



底本:「徳田秋聲全集第16巻」八木書店
   1999(平成11)年5月18日初版発行
底本の親本:「週刊朝日」
   1929(昭和4)年6月1日
初出:「週刊朝日」
   1929(昭和4)年6月1日
入力:特定非営利活動法人はるかぜ

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徳田秋声
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