崩壊─ゲームオーバー─(8) ◆gry038wOvE
キュアブロッサムは、再び、容赦なくキュアピーチに容赦のない攻撃を仕掛けていた。
起き上がったキュアピーチに、両腕の拳を何度も振るう。
キュアピーチもまた、同じ数だけ拳を振るい、防御しながら攻撃を仕掛ける。
常人の目では素早すぎて見えないラッシュが、キュアピーチとキュアブロッサムの間で展開されている。
事実、そこに辿り着いた孤門一輝の目には、“それ”は見えていなかった。
「つぼみちゃん!」
孤門が、大声をあげて呼んだ。
しかし、ブロッサムはそれを聞いたものの、戦闘に集中すべく、やむを得ず無視した。視線さえも孤門には向けられていない。一瞬でも気を抜くと命取りになるのだ。まるで聞こえていないかのようである。
孤門に申し訳なく思いながらも、やはり、それは仕方のない事だと割り切った。
「美希ちゃん……!」
勿論、孤門も咄嗟に呼んでしまっただけで、戦闘を中断しての答えを期待していたわけではない。無視を決め込まれても別段心を痛ませるわけでもなく、その場にいるもう一人に気づいて声をかけた。こちらは、もっと意思の込められた呼びかけだった。
キュアベリーは、少し足を痛めたと見える。この場で立ち上がらずに、ピーチとブロッサムの方を見上げていた。あのラッシュの中、付け入るタイミングがないのかもしれない。
ベリーは、自分の名を呼んだ孤門の方を向いた。
「孤門さん……」
「痛みは?」
孤門は少し心配そうな表情で訊いた。
彼がこんな風にサポートをするのはこれで何度目だろう。
「あるけど……大丈夫。すぐになんとかなります。大した痛みじゃないので」
その言葉は、強がりというわけでもなさそうだった。しかし、僅かでもダメージを受けてしまうのは今後厄介である。
残り時間も少ない。──孤門の中では、焦燥感は苛立ちへと変わりつつある段階だ。
(まずい……)
残りの数分で、ゲームは「破綻」だというのだ。孤門たちはこの島に取り残される形になってしまう。その短期間で乗りこむ事が出来るのか?
残された可能性は僅かだ。おそらく、「無理」と言っていい。
しかし、最後まで諦めてはならない──それが信条だ。
キュアベリーが、ピーチとの戦いについて口を開いた。
事前の作戦らしき物はあるのだが、どうやらまだ成功まで漕ぎつけていないらしい。
「ピーチのブローチを狙っても、どうしても拒絶されて、難しいんです……」
「わかった。……でも、それは大丈夫だよ。こっちも、打開策を得たばっかりだからさ」
そんな孤門の言葉にきょとんとしているベリーであった。
妙に自信ありげにも聞こえた。
「大丈夫。もう、すぐにラブちゃんは助かるよ」
その時。
キュアベリーと孤門の後ろから、二人分の足音が鳴った。──マミと杏子だとするなら、丁度人数分であった。
しかし、まだそれが誰なのかはキュアベリーの視点では確定していない。とはいえ、マミと杏子だと推測しており、実際そうだと確信しているのだが、彼女は、そう思っていたからこそ、──そして、実際に正解だったからこそ、この後、驚く事になる。
「……え?」
二人は、ゆっくりとキュアベリーたちの真横まで歩いて来た。
そして、立ち止まり、真上で戦闘を繰り広げているキュアブロッサムとキュアピーチの方を見上げている。
地面に座りこんでいるキュアベリーには、その顔は後光で見えない。
「……!」
だが、そこにいる二人の「恰好」を見て、──キュアベリーも驚かざるを得なかった。
「これが最初で最後だからな、折角だしキメてみるか」
「──そうね、二人だけだど味気ないかもしれないけど」
それは──黄色と赤のフリル。
間違いなく、キュアベリーが近くで見てきたものと同じだった。
声、だけが違う。
「イエローハートは祈りのしるし! とれたてフレッシュ、キュアパイン!」
「真っ赤なハートは情熱のあかし! 熟れたてフレッシュ、キュアパッション!」
二人のプリキュアが名乗りを上げる。
そう、それは──かつてまで一緒に戦っていた、二人のプリキュアであった。
キュアパイン。──山吹祈里。
キュアパッション。──東せつな。
だが、その二人はもう、この世にはいない。いるとすれば、美希の心の中に二人はいる──が、美希が二度とその姿を現実に見る事はないはずだったのだ。
その決別は既に済ませたはずであった。
「やっぱり、恥ずかしいなこの『名乗り』って奴は」
「……そうかしら? 結構カッコいいと思うけど」
「……」
太陽が微かに動くと、そう言う二人の顔が、ベリーにもはっきりと見えた。
やはり──それは、巴マミと、佐倉杏子だったのだ。マミがキュアパインに、杏子がキュアパッションに変身している。
そこにあるのが祈里とせつなの顔でなかったのを一瞬残念に思った心があるのも事実だが、やはり……事後的に考えれば、少し、そうでなくて安心した気がする。
もし、またそこに祈里やせつなの姿があったとしても、どう受け止めていいのかわからないほど、この二日間は長かったのだ。彼女は既に受け入れてしまった──二人の死を。
見慣れたキュアパインとキュアパッションの顔が、少しアンバランスにも見えた。衣装は同じだというのに、顔だけ違うのが違和感を齎すのだろう。
「あなたたち……」
やはり、驚いてそんな声が出てしまった。
何故、二人がこうしてキュアパインとキュアパッションになっているのだろう。──恰好だけが同じというわけではないのは、同じプリキュアであるキュアベリーには、すぐに理解できたが、彼女たちプリキュアは誰でも変身できるというわけではない。
キュアピーチはラブ、キュアベリーは美希、キュアパインは祈里、キュアパッションはせつなの物であった。……しかし、そのルーツを辿れば、確かにありえる話ではある。
美希も最初は普通の女の子だった。それが、妖精ブルンに認められ、キュアベリーの使命を背負った事で変わったのである。
──つまり、妖精が認めれば、誰であっても、次のプリキュアの資格を得る事も出来る、という事だ。
考えてみれば、同様に、ダークプリキュア──そして、月影なのはと名付けられた彼女が、キュアムーンライトに変身を果たしている。
「……ベリー。キルンとアカルンがあたしたちの事を認めてくれたみたいだ。あたしたちじゃ気に入らないかもしれないが、四人で力を合わせればブローチの一個や二個、簡単にぶっ壊せるだろ?」
言って、キュアパッションはキュアベリーの手を取った。
キュアベリーが、呆気にとられながらも彼女の手を借りて立ち上がる。その顔つきは杏子にも随分と間の抜けた物に見えていたが、すぐにまた顔を引き締めたのがわかった。
「……二人はもう完璧に私の仲間よ! 祈里とせつなの後任だって認められるわ。気に入らないわけないじゃない……!」
ベリーは、勝気に笑い、二人の間に少しの安心が宿った。
蒼乃美希にはわかる──。
仮にもし、死者が何かを言えるのなら、彼女たちは二人を認めるに違いない。キルンやアカルンもそれを見越した上で二人を新たなプリキュアへと変えたのだ。
ならば、ここで新生・フレッシュプリキュアが生まれる事になる。
──いや、やはり、……まだだ。
現段階ではまだ新生・フレッシュプリキュアとは言えないではないか。
あと一人。キュアピーチを助け出した瞬間から、フレッシュプリキュアは新しいメンバーを加えて、再び「四人」になる事ができる。
ラブを含めて四人。──そう思ってこそ、気合いが湧きでるという物だ。
それを思って、ベリーは自らの頬を両手でぱんっ、と叩いた。
「……さあ、いくわよっ、二人とも! プリキュアでは、私の方が先輩だから、わからない事があったら何でも聞きなさいっ!」
今度は、キュアピーチとキュアブロッサムの戦闘が繰り広げられる眼前へと駆けだした。
後ろには、少しむすっとした表情で、「先輩風吹かすんじゃねえ!」と言うキュアパッション。それを、「いいじゃない、たまにはこういうのも」となだめるキュアパイン。
それは、誰にとっても新鮮な光景であった。
「──はぁっ!」
彼女たちは、顔を見合わせて頷いた。
疾走した三人は、一瞬でキュアブロッサムとキュアピーチの周囲を囲んだ。
流石に、二人もすぐに戦闘行為を中断する。
キュアピーチは、単純に形成が不利になったのを理解したからであり、キュアブロッサムは、無抵抗の敵に攻撃を続ける必要性を感じなかったからだろう。
「えっ……? どういう事ですか……?」
戦意に溢れた先ほどの表情と打って変って、きょとんとした表情でブロッサムが言った。
彼女も、キュアパインがマミ、キュアパッションが杏子になっているこの光景には、唖然としてしまっている。
「説明は後! ブロッサム、私たちに合わせて!」
しかし、そんな疑問は、今は彼女に勝手に納得して貰うとして、問題はもう一人のプリキュアの方である。
──キュアピーチの顔色が、更に険しくなった。
「……ッ!!」
キュアピーチは、加わった三名の姿、それぞれに何かの想いを抱いたようである。
激しく強い憎悪。特に、その「三つの色」が目の前に入った時は、全てをなぎ倒す竜巻のように激しく、彼女の心を渦巻いていく──。
あの青と、黄色と、赤の衣装に対しては、ただひたすら憎しみばかりが湧きあがってくるのである。
どれも、“憎い”記憶に満ちているようだった。
「……!?」
だが、そんな想いに駆られていた間に──キュアピーチは、自らが敗北の境地に立っていた事に気づいた。
「何ッ……!」
そう、気づけば既に────包囲は完了している。
逃げ出す猶予はなかった。
キュアピーチは、四人の敵に四方を完全に囲まれていたのだ。対象を絞れない彼女は、一瞬錯乱する。
右を見れば、キュアパイン。左を見れば、キュアパッション。後ろには、キュアベリー。前方には、キュアブロッサムがいる。
まずは、真上に飛ぶ事を考えたが──。
「さあ、一気に行くぞ!」
次の瞬間、キュアパインとキュアパッションが駆け出し、キュアピーチの腕をそれぞれ掴む事に成功してしまった。その腕は強く、固く結ばれている。
キュアピーチは、先手を取られた事に対し、不機嫌そうに顔を歪ませた。
「はぁっ!!」
だが、それでも、キュアピーチは二人を引き離そうとして、地面を強く蹴った。ある意味では彼女も強い執念の持ち主なのだろう。
三人が高く空に舞う。
キュアパインとキュアパッションは、彼女のジャンプに巻き込まれながら、それでもキュアピーチを離さず、固く掴まっていた。
それを追うように、キュアブロッサムも地面を蹴って高く飛んだ。
「はぁぁぁぁっ!!!」
彼女が強く引いた腕は、胸元のブローチを掴もうとして、前に伸ばされる。
あと数ミリで手が届く……という所で、キュアピーチは抵抗する。
「──邪魔をするなぁっ!!」
キュアピーチの華奢な足が、キュアブロッサムの腕を蹴り上げたのだ。空中で蹴り上げられたキュアブロッサムは、バランスを崩しながらも叫んだ。
ここにいるのは、キュアパインとキュアパッションとキュアブロッサムの三人だけではないのだ──。
「──くっ、今ですっ!! ベリー」
その言葉は、「誰か」への指示であった。
「OK!」
キュアピーチの真後ろから、キュアベリーの声──。
いつの間に、そこにキュアベリーがいたのか、キュアピーチは認識できていなかった。
「何ッ!?」
既に彼女もまた宙高く飛び上がっていたのだ。おそらく、キュアピーチと同時に飛び上がる事で、自らの足を踏み込む音を消したのだろう。
キュアベリーの腕は、キュアピーチの肩の上から、胸元のブローチまで手を伸ばした。
キュアピーチは両腕でそれを止めようとするが、動かしたい両腕はキュアパインとキュアパッションに掴まれている。足は、キュアブロッサムを蹴り上げたばかりだ。
「──いい加減に、目を覚ましなさい!!」
キュアベリーの指先は反転宝珠のブローチを掴み、キュアピーチの胸から引きはがす。
四人の攻撃を同時に受けたばかりに、彼女も反転宝珠を守り切る事ができなかったのだ。
「──今よっ!」
「あいよっ!」
そして、ベリーが真横に投げた反転宝珠は、次の瞬間、──砕けた。
キュアパッションが、見事に槍身で貫いて見せたのである。貫かれ、形を維持できなくなった反転宝珠がばらばらになって、一足先に地面に零れていく。
──それがソウルジェムとは性質の違う物であると知った以上、躊躇はなかった。
これで、“友達に攻撃される”という、この、最悪の戦いは終わる……。
「──ラブ!!」
キュアピーチの全身の力がその瞬間に抜け落ちた。両腕を掴んでいたパインとパッションはそれをよく感じ取っただろう。
キュアベリーも、少し力が抜けたような気分になった。
空中を舞っていたはずの五人は、そのまま自由落下する事になる。
「────」
四人のプリキュアを前にした時点で、キュアピーチは敗北していたのだ。
最早、そこにこれ以上戦いを長引かせる必要などなかった。
──その時、彼女たちが空から見る地上では、炎があがっていた。
落下するキュアピーチは、その炎の中に、一時的に失われた桃園ラブらしい思い出を灯していた。
◇
「……」
ン・ガドル・ゼバ。
この石堀光彦という怪物が出る前は、彼こそが最強の魔人として“ガイアセイバーズ”の前に立ちふさがっていた。
──戦いと敗北と殺人の中で、飽くなき強さを求め続け、何度倒しても、強運によって守られ続けた戦士。
「てめぇ……」
彼が完全に死んだ時、全ての参加者は、彼をもう思い出したくない存在だと思っていた。彼が野放しになる事に無念を感じて死んだ参加者もいる。
生きていてはならない敵だった。
生物には生きる権利があるとしても、それを絶えず侵し続けるのが彼らグロンギ族であった。
ガドルがまた、これ以上、戦いを求め、これ以上、何かを殺し続けるようでは、死んでいった者たちに顔向けが出来ない。
ジョーカーには、焦燥感と苛立ちと、体の震えがあった。
ダークアクセルへの追い込みだってかけられたタイミングで──残り時間もほんの僅かだというのに──。
この男が殺した幾つもの無念を背負っている男として──。
そして、この怪物とまた命をかけた殺し合いをしなければならない者として──。
左翔太郎の中で、あらゆる感情が渦巻いていく。しかし、そんな彼に、ガドルが顔を向けるが、かけた声は淡泊であった。彼の真横を、全く、淡々と言っていいほどにあっさりと通り過ぎていく。
他の戦士たちも同様、今はガドルの眼中にはなかった。
「──カメンライダー。俺は必ず貴様も殺す。待っていろ。……だが、まずは貴様ではない」
そう、ガドルにとって、最も優先すべき敵は、仮面ライダーダブル(ジョーカーの姿をしているが、ガドルはこう認識している)ではなかった。
左翔太郎も確かにダブルの欠片ではあるが、そうであると同時に、ガドルを倒した時点でのダブルと同条件の存在ではない。
しかし、ただ一人だけ、一対一の勝負で悠々とガドルに勝ち星を上げた物がいた。
「イシボリ……」
石堀光彦。──仮面ライダーアクセル、こそが彼にとって、唯一、単独で自らを倒した敵だったのである。
そして、ガドルも、今、石堀に対して、かつてとは段違いの闘気を感じるようになっていた。
「今の貴様は、まさに究極の闇だな」
ガドルの攻撃対象が、石堀光彦であった事に安堵した者もいたかもしれない。いや、むしろ──多くの者は、ここで“彼”が石堀を追い詰めるのに加担する事に、若干の心強さも覚えていた。
彼は、土の上で──火元がないのに何故か──燃え続けている炎の中を堂々と歩き、全員の視線を釘づけにしながら、ダークアクセルの前へと歩いていく。
「貴様は、リントではなかったか……。だからこそ、俺に勝つ事が出来た」
かつて、トライアルの力を持ったアクセルに、ガドルは敗れた。
それより前にも、彼の放った神経断裂弾に意識を途絶させられた事もある。
忘れえぬ幾つもの雪辱。──どうやら、それを果たす最後の機会が巡ったようだと思う彼であった。
──戦え……
────俺と戦え、石堀……
そんな囁く声が、石堀光彦の頭の中にも響いてくる。──普通の人間なら耐えがたい威圧感を覚える事になるのだが、彼にはそれがなかった。
余計な雑音として、それはすぐに、頭の中でシャットアウトされた。
「チッ……余計な参加者が増えたか……!! だが、まあいい……!! 遂に、終わりの時が来た……ッッ!!!!」
眼前に迫りくるガドルを目にしても、ダークアクセルはそんな小言を言うばかりであった。
彼が放つ超自然発火能力による炎は全て、ダークアクセルの周囲で「闇」が吸収していく。
「戦え……ッ!!!」
奇妙な、炎と闇の相殺。
まるでそれが一つのこの場のギミックであるかのように、空中で、「炎」が浮かんでは消えていた。
誰もが、その様子に息を飲み、割り込むタイミングを見計らっていた。
「残り時間は、五分……ってとこか。まあ、ギリギリだが、粘った甲斐があった。これだけあれば残りの計画は終わり、復活の時が来る……!!」
ダークアクセルが、ふとそう呟いた。
今はガドルを全く意識していないようにも見える。
この場において、彼だけはほとんど危機感を持っているようには見えない。
────と、同時に。
「──本当のショータイムはこれからだぜ……ッ! 面白い物を見せてやるよ」
そう言うダークアクセルは、気づけば、「空」に逃げ出していた。ガドルなど彼の知った話ではないらしく、真正面から向かうのは極力避けようとしているらしい。
空中浮遊。──アンノウンハンドが本来持つ力である。しかし、今まではあえて、使わずにいた。
奥の手の一つとして温存していたのだ。
元々の彼の目的は、目の前の連中とは無縁だ。戦わなければならないから彼らと戦ったのみ。──目的になるのは、むしろこの場にいないプリキュアたちの方だ。
彼女たちが、今、遂に石堀の目的通りに行動したのを、石堀は感知した。
──宙を舞った彼はすぐに別の場所に向かおうとしていた。
◇
忘却の海レーテの光の下、キュアピーチは周囲を囲んでいる五人の姿に目をやった。
孤門、キュアベリー、キュアパイン、キュアパッション、キュアブロッサム──つまり、彼女たちはさっきまでそこにいた仲間たちだ。
辺り──すぐ近くではまだ騒々しさがあり、炎もあがっていた。少し朦朧とする意識の中では、それは些細な事にも映った。
時間は、……どうやらそこまで経過していないようだ。
この殺し合いの会場で暮らす事になったわけでもなければ、この殺し合いが終わったわけでもない。まだ、キュアピーチはこの“殺し合い”の中に巻き込まれている。戦わなければならないのだ。
しかし、その中でもまた色々あったようで、ピーチの目には驚かざるを得ない光景がある。そう、キュアパインがマミであり、キュアパッションが杏子である……という状況だ。
「良かった……」
少し唖然としていた彼女に、最初にかかったのは、「桃園ラブ」の回帰に安堵する「蒼乃美希」の声だった。マミや杏子やつぼみは薄く微笑みかけながらも、桃園ラブの一番の親友の役を彼女に譲り、一歩引いていた。
「美希たん……。あれ、私、どうしてたんだっけ……? なんで二人がブッキーとせつなに……? あれ?」
そんな風に、事態を飲み込めてない様子のキュアピーチだ。
反転宝珠は、感情が反転していた時期の記憶を忘れさせてしまっていたらしい。
人格そのものが強制的に変更させられていたので、こんな風になってしまったのだろう。
先ほどの凶暴さは嘘のようで、このギャップに思わず、キュアベリーの口元から笑みがこぼれてしまう。
「なんでもないわよ。……ただ、あんな思いは二度とご免ね」
「え? やっぱり何かあったの? えっと、何かあったなら、協力できなくてゴメン!」
普通なら白々しいが、ラブは本当に先ほど何があったのか知らない。
人格が極端に変わるだけに、記憶ごと一度リセットされたのだ。
もういい。説明する必要はない。彼女にも悪気があったわけではないし、知れば、泣きわめいて何度もペコペコと謝るだろう。
桃園ラブは、そういう人間だ。
「……もういいのよ。さあ、私たちも戻るわよ。──今、ようやく新生・フレッシュプリキュアの誕生なんだから」
ベリーがそう言って、ピーチの手を取り立ち上がった。
キュアベリーの膝はすっかり怪我の痛みを忘れて、キュアピーチの方も激戦で残る体の傷は、なんとか我慢できる範囲であった。
しかし、状況説明が曖昧で、どこかからかわれているようで腑に落ちない所もあった。キュアピーチはそれでも、多くは「まあいっか」と軽く流す事ができる。
ただ──。
「で、新生・フレッシュプリキュアって何?」
その言葉だけはラブにも気がかりだ。何せ、フレッシュプリキュアという事は、自分もそのメンバーには入っている筈なのだから。
そんな中で自分だけが置いてけぼりを食らうのはいけない。──と言っても、実はキュアブロッサムもちゃんと説明を受けてはいなかったのだが。
「そうね、それは説明しておかなきゃならないわね」
簡単に経緯を説明する。
この段階で、二人がキルンとアカルンに認められ、プリキュアとなる資格を得た事。──としか言いようがなかった。
美希も実際、つい先ほどその事実を知ったばかりで、当のマミと杏子でさえちゃんとは知らない。
二人はプリキュアとしては不慣れではあるものの、これまでも魔法少女として戦ってきた実戦経験があり、頼りになるのは言うまでもない話で、仲間としても信頼関係は充分に結ばれている同士だ。
拒む理由はほとんどなかった。
「えっと……マミさんと杏子ちゃんが、新しくパインとパッションになるって事?」
「要するにそういう事だ、じゃあこれからしばらくよろしく」
「ふふっ、よろしくね、桃園さん」
二人がプリキュアの衣装を着ているのは、ラブにはどこかおかしくも見えた。
だが、ラブもこの二人ならば認められる。──祈里とせつなはもういない。それを、キルンとアカルンもまた理解し、乗り越えたという事なのだろう。
それは決して悪い事ではない。──本当ならもう少し時間をかけて、落ち着いてから探していくべきだったのだろうが、それも、やはり、できなかったのだ。
しかし、決して、悪い判断ではなかったと思う。
「う、うん! 二人なら、大歓迎だよ!」
このように話が纏まるのは必然であった。
とにかく、それを理解したならば、先に進まなければならない。向こうでは戦火が上がっている。何か大きな進展があったとしか思えない。死人は出ていないだろうか。
……というのがベリーの考えであったが、そんな最中でもピーチはまた、ベリーに手尾惹かれながら、数分間の欠落した記憶について考えていた。
「……うーん、一体、さっきまで何があったんだろう」
ラブにとって、思い出せる限り、最後の記憶は、──そう。
石堀光彦の裏切りと、それを何とかしようとした時の記憶だ。
まだ、彼は敵なのだろうか──。だとすれば、何度でも、プリキュアの力で──。
と、考えていたところを、ベリーが突然声をかけた。それで、記憶を手繰り寄せるのを中断する。
「あ、そうだ。ラブ」
「何? 美希たん?」
キュアベリーは、ピーチの手を引いて、あの炎の挙がっている場所に向かいながらも、ただ一つだけ、どうしても言っておきたい想いがあったので、それだけは今、告げておく事にした。
その言葉は、キュアピーチの思考を一端止める。──二人は、一度足を止めた。
そう──。
「……たとえ、さっきまでの事が何も思い出せなくても、私はその時にちゃんとわかった事があるから、それを言っておきたいの」
先ほど、キュアピーチは敵になった──ピーチは知らない事実だが、そこでベリーはまた一歩、味方が敵になる辛さを覚えた。
そう。だからこそ、蒼乃美希は、桃園ラブが、今度こそ、もう二度と、「敵」にはならないように、ちゃんと確認をしておきたかった。
振り向いて、ちゃんと言おう。
「ラブ。もしまた何かあっても、私たち、これからもずっと友達よ」
キュアベリーは、どこか返事を期待しながら、笑ってそう口にした。
突然言うのは恥ずかしいかもしれないが、あれだけ辛い想いをした後だ。
だから、声に出したっていい。
声に出したって。
そうすれば、きっと返ってくる。
彼女の笑顔が──。
「──えー、何言ってるの? 当たり前じゃん、美希たんと私はずーっと友達……」
──しかし、その時ばかりは違った。
いや、その時から先は、永遠に、彼女の笑顔は返ってこないのだ。
ラブの言葉は、そこで途絶え、そこから先、言葉を発する事がなかった。
「────え……?」
──それは、驚くべき事だった。
誰もが、一瞬、何が起きたのか、正確な事がわからなかった。
振り返った時、キュアベリーの指先で感じている──桃園ラブの腕の重さが、とても重く──いや、あるいは、軽く、なったような気がしたのだ。
そして、次の瞬間、完全に力を失っていた。
キュアピーチの返答は、「笑顔」ではなかった。
「────」
──キュアベリーの目に映ったキュアピーチの姿は、胸部から、“第三の腕”を覗かせていた。
ぴん、と真っ直ぐに伸びた手は、どこか紫色のオーラを帯びていた。
武骨な、男の手だった。
「……!!」
その腕は、また胸の奥に引っ込んだ。
すると、今度は、キュアピーチの胸から少しずつ血が這い出てきた。
背中側はシャワーのような膨大な血液が吹きだしている。
キュアベリーが握っている右腕は、力を失い、キュアピーチの──桃園ラブの身体は、立つ事にさえ耐えられず、崩れ落ちた。
「いや……嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああっっっ!!!!!」
──そう叫んだのは、ベリーではなく、マミだった。
その時、杏子は、背筋の凍るような感覚がして、引きつった顔で「そちら」を振り返っていた。
つぼみは、怯えきった表情で目を伏せていた。
孤門は、咄嗟に、目の前の美希の目を塞ごうとしたが──できなかった。
美希は、まだ何が起きたのかわかっていないような表情で、そこを見ていた。
「……奴らに遅れを取ったのは、俺が『こちら』にばかり気を取られたからだ……ッ!! ──だが、この時まで、随分時間をかけてくれたじゃないか、プリキュア!!」
石堀光彦の声。──彼は、そこにいて、嗤っていた。
変身者の死によって、変身が解け、既に力を失い倒れた桃園ラブの後ろ。
そこには、血まみれの右腕を体の横でだらんと垂らしている、石堀光彦の姿があった。
指先から零れ落ちた血が、土の上で滴っている。
その瞳も、体も、闇の色に染まっていた。
そして、そこには人らしさを一切感じなかった。──これほど、人間を模した、人間に近い姿をしているのに、誰もそれが人間だとは信じられないほど。
「……ハハ、ハハハハハハハ……ハッハッハッハッハッハッハッ!!!!!!」
そして、高笑いする“それ”が人間でない事を証明する最大の根拠がある。
手刀、だ。
彼は、何の武器もなく、ただその手だけでキュアピーチの胸を貫いたのだ。今ここで起こっている状況は、それを物語っていた。
それが人間ならば、到底ありえない話である。ただの腕一本で、プリキュアの心臓を貫いて刺し殺す、など。──だが、この場で現実に起きている。
確かに随分とエネルギーを消費してはいるようだが、石堀光彦はそれをやってのけて、平然と笑いながら、そこに立っている。
「……石堀さん……ッ!! どうして……ッ!!!!!」
錯乱した孤門は、思わず、前に出てしまった。
力もない彼であったが、このやり場のない──当人にでさえ、何だか理解できない感情を、ぶつける先を求めていた。
そんな彼の後ろで、ジョーカーやガドルたちが駆けてきた音が聞こえた。揃った彼らは、全員、すぐに桃園ラブの死を認識し、絶句する。
「ハハッ……どうして、と言ったのか? 確かに、どうしてだったかな……。いや、最初は、別に取り立てて殺す事情もなかったんだが……」
石堀は、少しだけ笑うのをやめて、わざとらしく頭を抱えて言った。
孤門は、拳を固く握った。
あまりにも見え透いた、安い挑発であったが、そう──やはり、「怒り」という感情をコントロールできようはずもなかった。
「副隊長が死んでしまったからな。代わりに別のデュナミストに俺を憎んでもらう必要があった、って所だな。これで納得してもらえると助かるよ、“孤門隊長”──」
これが石堀の作戦──だとすれば、石堀を憎んではならないはずだというのに。
「──それから、俺の名前を石堀と呼ぶのはもうやめてもらおうか」
憎しみは、誰の心にも広がった。
「俺の名は………………ダーク、ザギ!」
彼が本当に憎ませたい、「蒼乃美希」の心も例外ではなかった。
【桃園ラブ@フレッシュプリキュア! 死亡】
【残り14人】
◇
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最終更新:2015年07月13日 21:48