RISING/仮面ライダーたちの世界 ◆gry038wOvE
2011年──。『仮面ライダースカル』の世界。
ここでは、ダブル、アクセルの二人の仮面ライダーが現れず、名探偵・鳴海ソウキチこと仮面ライダースカルが風都を舞台にドーパント犯罪と日夜、戦っていた。
しかし、この世界においても、ある時、カイザーベリアルによる“管理”が発生した。
そして、人々の思想は統一され、元の性格を押し込めて支配者を崇めるようになってしまった──それが、カイザーベリアルの手にした“イニフィニティ”の力による管理の力である。
この殺し合いの発生により、全パラレルワールドはベリアルの手に落ちてしまったのだ。
変身ロワイアルから生還した彼こと左翔太郎が転送されたのは、彼が本来帰るべき風都ではなく、この微かに歴史の違った風都であった。
◆
「──本日より、ゲームの第二ラウンドを開始します」
疎らに人が集まった風都の市街中心部。風都タワーが彼らを見下ろしている場所だ。
街頭モニターに映った財団Xの幹部──レム・カンナギの言葉は、あの加頭よりも少しばかり感情らしき物が込められた言葉に聞こえた。何より、言葉にはっきりとした抑揚があった。それは、あからさまにこの状況を楽しんでいる事が感じられる抑揚だった為に、翔太郎にとっては不快であったが、何を考えているのかわかる分、加頭ほど不気味ではない。
(──なんてこった、本当に……)
……あの殺し合いを脱出してから、三日が経過した。既にあの殺し合いの二倍の時間が過ぎ去っている事は、翔太郎にも信じがたい事実だ。
この風都が異様な空気を帯びているのを、翔太郎は全身で感じ取っている。
(いつから俺の風都はこんな酷い街になったんだ……)
なんでも、この世界は、“財団X”や“ベリアル帝国”によって管理されているらしい。──いや、この世界に限らず、ほとんどの世界がそうなっている。翔太郎たちがいた風都も同様に、“カイザーベリアル”によって管理され、殺し合いの全映像がモニターされて世界中の人の目に入ったと考えるのが自然であるだろう。
翔太郎たちが帰るべき場所は、無傷ではなかった。しっかり、不在中に傷を作ってから帰すという、あまりに礼儀知らずなやり方がベリアルや財団Xの好みらしい。
まだ、かつてのプリキュア世界における「管理国家ラビリンス」のように服装の統一や結婚・就職の管理こそ行われていないものの、管理された者たちは自分の意思を失い、ベリアルに忠誠を誓うようになった。現状でも、モニターの命令に忠実な人間で街は溢れている。
平和の為の管理ではなく、支配の為の管理であるというのが、ラビリンスと決定的に異なる部分である。──実に悪辣だ。
……ただ、あえて言うならば、目的が徹底化されていないせいか、個人に対する管理の威力はラビリンスよりは微弱だ。支配に屈しない強い意志さえあれば、それを抜け出す事も出来るし、あるいは、最初から何にも興味を持たず、その日を生きる事に必死なホームレスなどもあまり管理の影響を受けていないように見える(だから、翔太郎も街へ出る時はホームレスの恰好に変装するようソウキチに言われた)。
殺し合いが実況中継される中で仮面ライダーやプリキュアに感銘を受け、自分の考えを取り戻した者もいれば、今こうして翔太郎を匿っている鳴海ソウキチのように最初から管理に屈しなかった人間も少なからず存在しているのである。
一見すると、メビウスに比べても管理の力は弱いようではあった。
問題は、その圧倒的な規模の面にあった。──あらゆるパラレルワールドの中で、悪が人類の殆どを支配し、管理している現状を嘆かずにいられる物だろうか。これは、悪が勝利した世界と言っていい。翔太郎が、最も見たくなかった物だ。
人間の自由を奪う独裁。人々の争いは全て終わったが、ここに本当の平和はない。
そう、たとえば、今、こうしてこのモニターが告げている「第二ラウンド」なる悪趣味なゲームも良い例である。
「ベリアル帝国に属する皆さんには、このゲームの生還者・蒼乃美希、佐倉杏子、涼邑零、血祭ドウコク、花咲つぼみ、左翔太郎、響良牙、およびその仲間の捜索、確保──あるいは殺害をして頂きます」
カンナギは、どこか愉快そうに、そう命令する。
──これが、あの殺し合いの最低の仕組みを物語っていた。
確かに、あの離島から脱出し、翔太郎たちは晴れて自由の身になったのだが、それは安全の保障を約束したというわけではなかった。今度は生還者を元の世界で殺害しようというのである。
なんと卑怯な約束だろう。
普通は殺し合いが終わったらそれで全てハッピーエンドではないか? 生き残った者には安心が与えられ、すべては終わるのではないか?
──その“先”で、生還者を殺そうなどとは、少し主催者としてフェアではないのではないか? と。
しかし、彼らの“フェア”という常識は通用しない。常に、ルールを破る者が世界で優位になっている。──最低の仕組み。
目的が殺し合いそのものではなく、それを中継する事で得られる絶望や悲しみである事を知ると、やはり、生還者も生かしてはおけないのだろう。その為ならば、手段を厭わないようだ。
「何人がかりでも構いません。庇う者は殺しても罪には問いません。ただ、彼らを見つけた場合、速やかに我々に連絡するか、撃退できる場合は撃退してください。尚、彼らを捕えた者には、幹部待遇と生活保障などの優遇が成され、──」
参加者同士の殺し合いの後は、生還者を追い詰める鬼ごっこを始めようという話である。
管理されてしまった人間は、半ば盲目的にこれを信じるだろうし、翔太郎を追いかけるに違いない。
財団Xの手の物だけではなく、この街中──いや、あらゆる異世界を含めた全パラレルワールドの人間が全て、翔太郎たちと敵対すると思っていいだろう。
(だが、暁……三日ともあいつの名前は呼ばれていないな。……何故なんだ?)
しかし──、涼村暁の名前が呼ばれなかったのは気がかりであった。
孤門一輝が既に人形に封印されて宇宙空間を彷徨っている事や、巴マミがレーテから帰還しないままだった事は既に、変身ロワイアルを再編集した映像を見て(今のカンナギのアナウンスと共に、一日中モニターで流れている)知っていたが、暁は共に生還したはずではないだろうか……。
まさか、既に捕えられてしまっているのだろうか? ──だとすれば、逆を言えばこの美日間、暁以外誰も捕まっていないという事なのだが、不安の種は尽きない。
◆
それから、翔太郎は、ソウキチの作った隠れ家に戻り、一息ついていた。風都内には、彼の「幼馴染」が用意している隠れ家が幾つも存在するらしく、ここも裏路地のマンホールを模した出入り口と繋がっている。
鳴海探偵事務所の数倍すっきりとしているが、相変わらずコーヒーメーカーや幾つかの帽子が目につく。あとは、質素で黴の生えた生活用具やトレーニング器具などがあるだけで、ソウキチの趣味に関わる物が思いのほか、少ない。
この一室にも、カビ臭さと共に、コーヒー豆の匂いが充満していた。ソウキチは、上着を脱いで、淡々とコーヒーを淹れている。
「疲れたろ、飲め」
ソウキチが、すっと、翔太郎にコーヒーを差し出した。砂糖やミルクのような不純物は横に置かれていない。この状況下、ソウキチは自分のブレンドしたコーヒーを淹れるその習慣だけは欠かさないようだった。それによって落ち着きを保っている。
冷静沈着な男であった。三日とも、少なくとも一杯のコーヒーを翔太郎に差し出す。毎回、それは翔太郎の中に心労がある時だった。
「ああ、ありがとう、おやっさん」
「おやっさんじゃない。確かに俺は異世界のお前の師匠かもしれないが……俺は違う。ソウキチでいい」
「……っつっても、全く同じ顔だから、おやっさんとしか呼べねえよ」
そう悪態をつくように返しながら、コーヒーに口をつける翔太郎であった。三日間毎日こんなやり取りをしているが、これからも呼称を変える予定はない。この世界のソウキチが元の世界の壮吉とそう変わらない事は翔太郎もこの三日間で理解している。
ただ、コーヒーの味は、どうやら現在実験中の物らしく、翔太郎が飲んだ事のある懐かしい味とは少しばかり趣向が違っていた。もしかすると、物資に限りがあるせいで、譲れない拘りが実現できなくなっているのかもしれない。
何にせよ、翔太郎には、それはまだ苦く、一度カップを皿の上に置いた。
「……」
バトル・ロワイアルの映像全てが記録され、同時に中継されていたなど、殺し合いの渦中にあった翔太郎には想像もつかない事実だった。
あの島から脱出さえすれば全てが終わるような気がしていた。しかし、実際は、そこから先の方が途方もない戦いに繋がっていた。
翔太郎は、自分の肉体的、精神的な疲労度が半端な物ではないのを自覚している。ここに帰るなり倒れて、十四時間も寝ていた事からもわかる。勤務時間が安定せず、何日も徹夜で張りこむのが珍しくない探偵が、こんなに眠り続けてしまう事など滅多にない話である。翌日からは、今度はあまり眠れない日々が続いた。
意外にも、三日間、悪夢は見ていない。ただ……。
現実に映る光景の方は、まさに悪夢のようだった。
──相羽ミユキッ! 逃げろ!
──ありが、とう……心配して、くれて……やっぱり、君を信じて……本当に、よかった……!
──……ははは、久しぶりだな、……死ぬのは……あと、もう少し、……もう少しだけこの音を聞きたかったが……はははははは……
……翔太郎があのゲーム中、目にする事のなかった仲間たちの死に様が、街頭モニターのせいで目に入った。照井がどうして死んだのか詳しく知らなかった翔太郎にとっては、ちゃんと知れた事は良かった事かもしれないが、思いの外、堪えた。
編集映像は、その死に様のみを中心に中継していたが、おそらく意図して挿入されていた「杏子とフェイトとの殺し合いへの共同戦線」を示した映像も、翔太郎の胸をぐっと締め付けた。──この時の杏子は、まだ翔太郎を殺そうとしていたのだ、と。
忘れかけていた事実である。とはいえ、もうそれは過去の事だ。水に流したいとも思っている。そうでなければ──翔太郎くらいは忘れてしまわなければ、杏子が可哀想だ。
彼女自身は絶対にその事を忘れないだろうから、翔太郎も安心して彼女の罪を忘れる事ができると思っていた。しかし、それをモニターが妨害する。
それからまた、翔太郎の頭に照井の死に様がリフレインした。照井の死が無念の死であった事や、やはりユーノやフェイトの死の責任は自分にある事──今の自分なら彼らを救えたのに──は、翔太郎の心に再び傷を負わせてしまう。
ループしていく映像に頭を抱えていた時、ソウキチが声をかけた。
「エス」
彼は、ここしばらく、翔太郎を「エス」という偽名で呼ぶ事にしていた。
翔太郎の名前が割れているので、あまり名前を呼ばないようにしているのだ。隠れ家の中でも徹底してそうしている。もしかすると、自分を翔太郎が慕う別の男だと思わせないよう、あえて、少し距離を置いているのかもしれない。
ソウキチは、呼んですぐに、翔太郎が留守にしていた間の事を話した。
「ついさっき、お前の知り合いから連絡が来た」
「俺の知り合い?」
知り合い、というと、決して少なくはないが、この世界には、別に知り合いはいない。
風都の中でも、イレギュラーズや翔太郎周りの協力者が殆どいないようだ。ソウキチに協力している情報屋も、翔太郎に協力している情報屋とは違った。
だとすると、一体誰だろうか。
「あらゆる世界を放浪している仮面ライダーだ。前にも会った事がある。……通りすがりの仮面ライダー、とか言っていたな」
「ああ、アイツか……」
思い当たる知り合いといえば、門矢士──仮面ライダーディケイドである。
彼ならば、確かにこの世界の人間ではないが、この世界に来る事が出来るはずである。何せ、かつてソウキチに一度会ったのも、彼の力添えがあってこそであったからだ。
どうせなら顔を合わせたかったのだが、今はこの世界情勢である為に彼も忙しく、他の場所に連絡を入れなければならないのだろう。
……彼でも、あの変身ロワイアルの島には来る事ができなかったのだろうか。とにかく、最後まで助けに来る事はなかったのだが、こうして、外の管理世界を旅して、何らかの形でヒーローに協力している事はあるようだった。
そんな彼は翔太郎の留守中に、ソウキチに連絡をしに来ていたらしい。
「あいつによると、お前たちが連れて来られたあの島──『変身ロワイアルの世界』には、一度行って耐性をつけた人間たちしか立ち入る事ができないらしい。……そして、よりにもよって、カイザーベリアルや加頭は、あの世界に閉じこもっている」
士は、先天的にパラレルワールドとパラレルワールドとを移動する、極めて特殊で不思議な能力を持っていた。とにかく、それにより、あらゆる仮面ライダーたちの世界を渡り歩いてきたのが彼だ。
世界の破壊者を自称するが、その実、彼は実際にはその世界を守っている。
とにかく、パラレルワールドに関しては彼が専門家であり、その分野に関しては信憑性のあるデータに思える。──やはり、あそこは彼でさえ足を踏み入れる事ができないらしい。
「なるほど。だから、ベリアルたちは俺たちを見つけ出して殺して、安全圏で支配者をやり続けようとしてるって事か。……読めてきたぜ」
「その通りだ。お前たちを一度帰した理由はわからないが、せいぜい、お前たちに外の世界の絶望を見せる為、という所だろう。──で、言いたい事はわかるな?」
ソウキチが、翔太郎に目をやった。
彼はコーヒーにまた口を付けて、すぐに口を離したばかりであり──果たして本当にわかっているのか、ソウキチには疑問な所であったが、実際にはソウキチの言いたい事を察する事はできていたらしい。
「要するに、生き残った俺たちがあいつのいる世界に乗りこまない事には、この支配は終わらない……って事だろ? おやっさん」
「──ああ」
ソウキチは頷いた。
そんな戦いを他人に強要し、そして、自分は何も出来ない事をソウキチは歯がゆく思っていた。だが、あの殺し合いと無関係だった人間たちは、あまりに無力であった。
ここでモニター越しに応援する事しかできないらしい。
自分たちが置かれている支配を脱する為に、彼に全てを任さなければならないというのは、ソウキチの持つ“男のルール”にも反しているが、たとえそうであっても、正真正銘の不可侵領域なのだ。
それでも──。
ソウキチには、なるべくこの男を死なせたくない気持ちがあった。
それこそ、かつて一度会った時からだ。その時に感じたこの男の芯の強さのような物を、決して世界から失わせてはならないと思っていたのだ。
今はまだ、そんな強大な敵と戦わせて良い段階じゃない。
ソウキチに言わせればまだ彼は若く青く半人前なのだ。いつか、一人前の男になるまで──そんなにも危険な場所には行かせたくない気持ちも微かにあった。
──しかし、問題はそれだけではなかった。
「だが……本当に、お前……大丈夫なのか? “仮面ライダーになれなくても”」
翔太郎は──この世界に来た時、あのジョーカーメモリを何処かになくしてしまっていたのである。
あの世界移動の際に、ロストドライバーとジョーカーメモリが何処か別の場所に転送されてしまったらしい。
だからこそ、彼は三日間、この世界で大人しく隠れて行動しているという状況だ。もし、財団Xに見つかれば抵抗する手段がほとんどなかった。ちょっとした武器は持たされているが、その能力も、勿論限界がある。
辛うじて、ロストドライバーだけはソウキチが持っていた予備の物を受け取る事が出来たのだが、この場で変身に使用できる純正メモリはソウキチが使うスカルメモリ一つだけだ。──それを受け取るわけにはいかない。
「確かに俺は、切札をなくしちまった……でも」
翔太郎は、あの殺し合いの渦中で忘れかけていた、一年前の固い力を思い出す。
「例え奴らがどんなに強大な悪でも、風都を泣かせる奴は許さねぇ! 体一つになっても喰らいついて倒す! その心そのものが仮面ライダーなんだ……この街に、この世界に仮面ライダーがいることを忘れさせねえ」
──だが、たとえ、力がなくても。
「やってやるさ、絶対に……!」
翔太郎も、鳴海壮吉の考えを受け継いだ男だ。──彼も、仮面ライダーとして、人間に自由と平和を齎す意思を持っている。
たとえ、変身する事ができなくても、だ。
壮吉だけではなく、あの殺し合いの中で、結城丈二や沖一也──あるいは、ゴ・ガドル・バや大道克己から学んだ物もある。フィリップや照井竜、園咲霧彦や泉京水を殺し、街や人々を泣かせたあのゲームへの抵抗も未だ強く残っている。
どんな状態でも、翔太郎は絶対に殺し合いを潰そうとしていた。そうしなければならない。それも、早い内に……。
その覚悟を見て、ソウキチは、彼がこの危険なゲームに打ち勝つ事に賭けてもいいと思ったのであった。
勿論、この賭けには負けるかもしれない。負ければ、この若い芽が失われ、ソウキチは一生後悔する事になる。
しかし、彼の伝えた残りの情報を全て教え、背中を押してやるしかなかった。
こんな覚悟を見せられてしまっては──。
ソウキチは、残りの情報を伝える為に口を開く。
「──奴は本当に通りすがっただけだが、時空管理局の『アースラ』という時空移動船がいずれ、この世界に迎えに来る。奴が手配してくれるらしい。……とにかく、今はここでそれを待て」
ディケイドが、『アースラ』とのコネクトを持っていると聞き、翔太郎も少し驚いていた。翔太郎も、時空管理局の存在はユーノやヴィヴィオ、アインハルトといった魔導師の世界の住民から既に聞いている。
本当にどこの世界にも知り合いのいる男だ。
つまり、もう間もなく、この世界とは──ソウキチとは、お別れという事らしい。
久々に会えたこの男と別れる事になるのは、翔太郎にとっても少し心が寂しくはある。
ソウキチはどうだろうか、と少し思った。彼は寂しがるだろうか。──いや、そんなわけはないか。
いや……、あるいは、もしかすれば……。
……まあ、いずれにせよ、この別れが永遠の別れとは限らない。また、今こうして再会できているように、また会う事があるかもしれない。そう思った。
「……それから、もう一つ伝言と、プレゼントもある。……奴も、多くの世界でお前やお前の仲間を探していたみたいだな」
言って、ソウキチは、何枚もの写真を取りだした。
ふと我に返って、翔太郎はそれを受け取る。
見れば、ピントがずれており、人や物の位置関係が完全に狂っている合成写真のような写真だった。しかし、翔太郎は、士がそんな絶望的に下手な写真を、何の細工もなしに撮れてしまう男であったのを思い出した。──これは、彼が世界で撮り続けた写真という事である。
何故、そんな物を今、渡したのだろう。……そう思って、翔太郎はちゃんと写真を見た。
「──仮面ライダーは戦い続けている、どの世界でも、どんな時代になっても……と。これが通りすがりの仮面ライダーからの伝言だ」
その写真には、あらゆる世界で戦う仮面ライダーたちの姿や、よく見知った人たちの姿が映し出されていたのだった。
◆
とある仮面ライダーの世界。
──己の中に巨大な欲望を秘め、パンツの旗を片手に遠い国の砂漠を放浪する男がいた。
男は両手いっぱいに抱え込んだある強い欲望を、いつか実現する為に日々を生きている。
たとえば、そう……かつて、平和になった未来で必ず会うと約束した友が、彼にはいた。その友との再会が、今の彼の持つ巨大な欲望の内の一つだ。
そして、この数日に関しては、この支配をひっくり返し、この世界を自由にするのもまた、彼の器の中にある巨大な欲望の一つであった──。
彼の迷い込んだ砂漠には、この絶対的支配に逆らおうとしている信徒たちがいる。
ベリアルの管理に屈する事は、彼らの信仰に反する事であり、それに反乱して彼らは大声で管理への反対を訴え、叫んでいる。それに対してのベリアル傘下の人間たちは、この世界に現れた怪物たちの模造品をけしかける事で、反乱分子を黙らせようとしていた。
ヤミー。──人間の欲望から生まれる怪物たち。既に世界にはいないはずの存在だが、財団Xがそのコピーを作りだしたらしい。
人間たちにとって、その異形の怪物は脅威であり、信徒たちも恐れおののいて退こうとする。まだ立ち向かおうとする信心の深い者もいる。
そんな彼らの命を守りたい──それもまた、彼の一つの強い欲だ。人はどこまでも欲する生き物だが、彼は常に誰かの為の欲を持ち続けていた。
楽をして助かる命はこの世にはない。──欲望を叶えるには、それ相応の覚悟と努力が必要になる。
だから。
「──あいつが待ってるこの世界を、お前たちに支配させるわけにはいかないな」
この世界が永久に、誰の物にもならないように立ち向かっている人たちがここにいる。
彼らの持たない力を、彼は今、補おうとしていた。
そう……世界が成立するには、一人一人が手を繋ぎあい、助け合う事が必要なのだと、彼は──火野映司は、知っている。
「こんな世界にいたら、俺もあいつも満足できない……そうだよな、アンク」
映司がそう言って、腰に巻いている欲望のベルト。そこに装填される、赤と緑と黄の三つのメダル。
それが、今もどこかで繋がっている仲間たちとの、出会いの証であった。
──タカ! トラ! バッタ!──
メダルの叫びと共に、“火野映司”は──
「……変身!」
──タ・ト・バ! タ・ト・バ! タ・ト・バ!──
──“仮面ライダーオーズ”へと変身する。
機械のように無感情で、欲望ではなく兵器として作られたヤミーたちの模造品に、彼はただ一人、仮面ライダーの力で立ち向かう。
これが、彼の欲望を叶えてくれる。
友と再び出会う世界を守ってくれる。
「セイヤァァァァァァァァァッ!!!!!」
ヤミーたちが爆裂し、人々の間に希望が広がった。
パシャ。
◆
とある仮面ライダーの世界。
──青春の学び舎で友達を増やし続ける男がいた。
ここ、天の川学園高校は、本来なら“管理”の影響で休校になるはずだった。
あらゆる世界の学校において、今、世界の学科はベリアル帝国としての思想を教育する為の特別教育を施すように教育内容を変更しなければならない段階なのだ。その準備が完全に整うまで、すべての学校は当然、休みになる。
……が、この学校の生徒と教員たちは、その貴重な休みを謳歌してはいなかった。彼らが謳歌したいのは、突然の平日休みではない。
ほとんどの生徒がいつものように登校し、あの男を待っている。──この日も、リーゼントのあの男が、この学校に楽しい“青春”の一日を分けてくれるのを、学校中の友達が楽しみにしているのだ。
「おーっす、みんなおはよう!!」
そう言って待ちに待った学ランリーゼントの“彼”が登校したのだが、その時、校庭で彼を迎えたのは、財団Xの白い詰襟であった。今この状況で常識に逆らい、平然と通学して来るこの学校の生徒は全て反乱分子と判断したのだろう。
その根源が目の前の男である事も、彼らは知っていた。
あの悪魔のスイッチを押した彼らは、倒したはずの星座怪人──ゾディアーツへと姿を変える。
「なんだお前ら。ここは俺たちの学校だ……部外者立ち入り禁止だぜ? もしかして、お前らも俺のダチに──」
と、その瞬間、ゾディアーツたちは彼を襲撃する。
四の五の言わずに攻撃しようとしているのだ。彼は、それを驚異的な身体能力で回避し、
「──なれねえか、やっぱり」
と、独り言ちる。
──彼の顔付が変わる。眉をしかめ、彼は変身ベルトを腰に巻いた。
──3・2・1──
「変身!」
彼──如月弦太朗に降りかかる宇宙の力。
フォーゼドライバーが彼の姿を、仮面ライダーフォーゼへと変身させる。
そして、フォーゼと共に、全校生徒が体いっぱいでその瞬間の感覚を表現した。
「宇宙キターーーーーーー!!!」
更に、どこからともなく現れた彼の友達──仮面ライダーメテオとパワーダイザーが彼を支援する。
校舎の窓から、フォーゼとメテオに熱い激励を飛ばす生徒や先生たち。弦太朗たちがぶつかり合って初めて心を開いた友たちもいる。
もはや、勝利するのが彼ら“仮面ライダー部”か、財団Xのゾディアーツか、結果は目に見えていた。
これぞ、青春の一ページ。
彼らはこの学校で、貴重な青春の日々を暮らし続ける。
大切な友達たちと一緒に──。
パシャ。
◆
ある仮面ライダーの世界。
──今は亡き大切な少女の遺した希望を、世界に分け与える男がいた。
男の傍らには、十歳にも満たない少女が泣いていた。この情勢でもベリアル帝国に逆らうような──正義感の強い両親を持ってしまったばかりに、この少女は涙を流していたのだ。
その子が泣き伏しているのは、両親が、つい先ほど、自分の目の前で財団Xの手の者に殺害されてしまったからなのである。彼女の両親は、正義感が強すぎた為に、財団Xに反乱し、殺害の対象とされてしまったらしい。
彼がその街に辿り着いた時には、もう、二人の男女の遺体が、道路の上で倒れ、そこに縋って泣く少女の姿があった。彼は、襲われそうになっていたその子を連れて、この遠い海辺まで逃げてきたというのである。
──彼女の大切な物を守る事は出来なかった。
──もっと早くここに来ていれば、もしかすれば、ここで死んでしまった二人を助ける事ができたのかもしれない……。
今も、こんな現実が世界中に転がっている。彼は、それを苦く噛みつぶしながら、しかし、それでも、残った人を守り、たとえ全てを失った人にも希望を与える責任を果たそうと──少女に手を差し伸べる。
「なあ、お嬢ちゃん。俺と一緒に探しに行かないか? 君のお父さんとお母さんが求めた理想の世界をさ」
彼──操真晴人は、少女に言った。
確かに、彼女の両親は死んでしまったかもしれない。だが、二人がきっと最後に願った、娘が幸せに暮らせるような世界だけは奪わせてはならない……。
そんな二人の想いを背負う事が出来るのは、今は晴人と、この少女だけなのだ。
だから──彼は、少女の前で堂々と、魔法を使う。
「こんな世界にだって、まだ幾つだって希望が転がってる。君がまっすぐに前を向いていれば、きっとお父さんとお母さんの心を守る事が出来るはずさ」
晴人は──仮面ライダーウィザードは、少女の指にコネクトの指輪を嵌めた。
初めて出会った魔法使いの姿に、そして、これまでモニターで見てきた仮面ライダーと似た姿の戦士に、少女は驚く。
彼女がまだ、決して両親の死を受け入れられないであろう事は晴人も理解している。──実のところ、彼自身も、幼くして両親を喪った時も、一年前に大事な仲間を喪った時も、そうだった。
「それでも、もし、君がどうしようもなく辛い気持ちになったら、──その時は、俺が、君の最後の希望になる」
晴人は、誰かに希望を与え、心を救う為に戦い続ける。
彼と共にバイクに乗り、少女もこの世界の最後の希望となるべく旅を始めた。
少女の名は、奇しくも、晴人の大事な少女と──コヨミと、同じ名前をしていた。
パシャ。
◆
ある仮面ライダーの世界。
──犯した罪を背負い、仲間と共に前に進む男がいた。
海沿いの都市・沢芽市。
──この街は、かつて、この世界中を舞い込む“理由のない悪意”との戦いの発端となった場所だ。
その少年もまた、その戦いが行われていた時は、その悪意の渦中に巻き込まれ、やがて己の中に潜んでいた見えない悪意を曝け出し、友に対しても信じがたい悪行を繰り返した。
その結果、全てを失った彼であったが、そんな彼を──友や兄を裏切ったはずの彼を、再び仲間として迎えてくれる場所があったのだ。
それは、彼自身の知らぬ間に、仲間が守ってくれていたこのステージだ。
今も街の人々は、そして彼は、この街を再興しようとしている。たとえ道を踏み外しても、また壊されても、人間は何度でも立ち上がろうとする生き物らしい。
彼らの場合は、「ダンス」によって街を盛り上げ、再興しようとしていた。これが彼らに出来る精一杯の事である。文化の力で誰かを元気にしようという。馬鹿らしい自己満足かもしれないが、それに勇気づけられている人たちがいる事は事実であった。
そして、沢芽市の巨大モニターには、今も若者たちが前向きにダンスを中継する姿が映り続けている。本来なら、ベリアル帝国以外の映像は放送されてはならない規則になっている。
だが、この街を支えている巨大企業・ユグドラシルのある男が、この街のモニター映像を切り替えたのである。──勿論、財団Xは黙っていない。
次の瞬間、彼──呉島光実の耳に、ステージを見ていた観客の悲鳴が響いた。
ダンスが一時中断され、音楽だけが流れ続けた。観客たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。見れば、財団Xの手の者が戦極ドライバーを用いて、アーマードライダー黒影へと変身して人々を襲い出していたのだ。
「大丈夫……みんな、踊り続けて!」
光実の兄が、ユグドラシル内部で中継の中止を頑なに拒んでいる為、こうしてステージの方に妨害を仕掛けようとしている方法を選んだのだろう。
光実は、それを見て、敵と同じく戦極ドライバーを腰に巻いた。
「見ていてください、紘汰さん、舞さん!! この場所は……僕たちのステージは、僕が守ります──」
彼の持つロックシードは、黒影とは違うブドウ型の物である。
彼はそれを使い、彼だけのアーマードライダーに変身するのだ。
──ブドウ!──
──ロックオン!──
「──変身!!」
──ハイィィィィィ!──
──ブドウアームズ!──
──龍・砲! ハッハッハッ!──
アーマードライダー“龍玄”へと変身した彼は、走りだす。
そうだ、この場所は──この世界は、絶対に壊させはしない。あの人が守ったこのステージは──。
その想いは、宇宙のどこかで自分の星を守るために戦う、別の男と重なった。
パシャ。
◆
──仮面ライダーは、戦い続けている。
士がソウキチに渡したピントの合わない写真は、あらゆる世界で、今も真っ直ぐに戦う仮面ライダーたちの姿を映していた。彼はきっと、同じ仮面ライダーの仲間として、翔太郎に渡す為に撮り続けたのだ。
写真のあまりの出来の悪さに、「あいつ本当にカメラマンかよ……」と思いながらも、翔太郎はそこに映っている熱気を感じ、どこかで勇気を貰っていた。
1号、2号、ライダーマン、スーパー1、ゼクロスといった仮面ライダーを喪った世界でも、V3、X、アマゾン、スロトンガー、スカイライダー、そしてSPIRITSが今なお戦い続けている。
クウガを失った世界は、ディケイドの仲間だった“もう一人のクウガ”や警察の人々が守っている。
人々は前向きに、人類の自由と平和を獲得する為に戦っているのだ。
そして──ダブルもアクセルもスカルもいない、翔太郎の住まう世界は──
「……おっと」
──ソウキチが、翔太郎が見つめていた写真を、ふと横取りした。
「悪いが、この一枚だけは俺が貰っておく」
「……なあ、おやっさん。それはちょっと、親バカすぎないか?」
その写真に写っているのは、鳴海亜樹子、いや、照井亜樹子だった。
涙を流し、何かを訴えながら、それでもスリッパ一枚で果敢に敵に立ち向かう少女の姿がそこにはあった。ソウキチにとっては、ぼやけていても、立派に成長した娘の写真というだけあって、翔太郎には譲れないのだろう。
まあいい。だいたい、あの亜樹子が負けずに立ち向かっているのは、想像はついていた。
彼女も、照井やフィリップの死でいつまでもふさぎ込んだりはしない。
「……黙ってろ、街バカ」
ソウキチが、人の事を言えない言葉を真顔で翔太郎に言う。
翔太郎が住む翔太郎の風都の写真は、亜樹子の写真に限らず、何枚もあった。士が気を利かせてくれていたのだ。
風都イレギュラーズが集合して、プラカードを持ってこちらを強い瞳で睨んでいる写真もある。──よもや、彼らも、こんなに映りが悪い事になるとは思っていなかっただろうが。
『がんばれ、仮面ライダー……翔太郎! Byじんの』
『負けるな、翔ちゃん』
『みんなこの街で待ってるぞ!』
──そうだった。みんな、翔太郎が仮面ライダーである事を中継映像で知ったのだ。
それでも、そんな言葉を掲げて写真に写り、これまで街を守ってくれていた翔太郎に何かを伝えようとしている。
彼らは、翔太郎に励ましを贈ろうとしていた。
たとえ、翔太郎が仮面ライダーであったとしても、彼らが翔太郎に向ける目は決して変わらない。──この街の仲間である彼らとの結託。
翔太郎は士の撮った写真を、折れてしまうほど、固く握りしめた。
そうだ、まだ世界で戦う仮面ライダーがいる……。
まだ帰るべき世界で迎えてくれる人がいる……。
「なあ、エス。……俺はお前のいた風都の鳴海壮吉じゃない。だが、いつかお前に言った言葉を訂正するつもりはない」
ソウキチが、口を開き、翔太郎に最後の激励を届けた。
「お前は、誰よりも帽子と風都の似合う男だ」
翔太郎にとって、これほど嬉しい言葉はなかった。
◆
──その時、ソウキチたちの隠れ家にサイレンが鳴った。
それはあからさまに警告音だった。翔太郎とソウキチは、部屋の隅に設置された真っ赤なランプが周囲を照らす光を発しているのを見つめた。
前の廊下を走る足音も聞こえ始めている。
テレビにカメラの監視映像が流れた。そこに映っていたのは、マスカレイド・ドーパントの集団である。
「不味い、ここが見つかった。……奴らが来るぞ」
マンホールが見つかったのだろうか。
本気で翔太郎を尾行した者がいたのかもしれない。理由はどうあれ、ともかく見つかってしまった以上は逃走しなければまずい。あと少しでアースラの乗員がこちらに迎えに来る手筈とはいえ、翔太郎には今、仮面ライダーへの変身アイテムがなかった。
逃走経路は事前に訊いてある。幾つかのルートが外への出入り口になっているはずだ。
「お前は逃げていろ」
と、ソウキチが言った時、翔太郎たちが先ほどまで出入口に使っていたドアが爆破される。
「──ッ!?」
思った以上に早かった。──マンホールからここまでもそれなりの距離があるはずだが、彼らは一瞬で距離を詰めて来たのだ。
アルミ片が飛んで来て、翔太郎の左脇へと転がる。翔太郎の飲みかけのコーヒーがこぼれ、染みを作る。エンジン音のような物が鳴り響く。
翔太郎は勿論、ソウキチも微かに動揺した。
壊されて潰れたアルミのドアから、煙があがっている。その向こうから見える二つの影はいずれも異形であったが、それが色を出すのはそれより少しの後であった。
──赤と黒。
二人のドーパントは、まだ翔太郎も見た事のないタイプである。
黒い戦士と赤い戦士の二体。財団Xの実力者が変身しているのだろう。後ろからぞろぞろと、マスカレイド・ドーパントの大群も現れた。
財団Xが選んだ精鋭の戦士と思われ、翔太郎も身構えた。
「左翔太郎だな? 我々の本部まで来てもらうぞ」
赤いドーパントが、翔太郎に言った。黒いドーパントは無口だ。
赤は、逃げる隙もない速さの持ち主だ。まるでバイクのエンジン音のような音を響かせている。今や、翔太郎に敗走の術はない。
翔太郎が内心で舌打ちする。
アースラの人間がこちらに来るが早いか、彼らが翔太郎を捕えるが早いか、といったところだろうか──。
今は、ともかく、彼に任せるほかない。
「ちょっと待て。……そいつは渡せねえな」
鳴海ソウキチが数歩歩くと、翔太郎を庇うように前に立った。
翔太郎と共に一歩ずつ後方に退いていくソウキチ。──それと同じペースで前にじりじりと寄って来るマスカレイドたち。
狭いこの部屋いっぱいに敵が詰め寄っていた。
そして、ソウキチが一歩ずつ下がるため、翔太郎の背中が壁のすれすれまで寄りかけている。
その瞬間、即座にソウキチはロストドライバーを取りだし、腰に巻く。コネクションリングが一周し、スカルメモリから音声が鳴る。
──SKULL!!──
ソウキチが、ロストドライバーにスカルメモリを装填した。
「変身!!」
──SKULL!!──
待機音声とともにソウキチが仮面ライダースカルに変身し、部屋の帽子かけに手を伸ばす。真っ白な帽子を掴むとそれがスカルの頭の上に被さる。
翔太郎も、この姿を見るのは何年ぶりかの事であった。
──まさか、壁まで寄ったのは、壁際にかけてあるこの帽子を取るためでは?
と、翔太郎も思ってしまったが、ふと、そこが丁度、隠し戸に飛び込みやすい位置である事に気づく。このまま、左斜め四十五度に真っ直ぐ走れば、囲むように部屋中に広がっている敵と敵の間にある隠し度にすぐ辿り着く。
この部屋を知り尽くした持ち主ならではの意外な起点である。
流石彼、といったところだ。
「さあ、お前の罪を数えろ!」
仮面ライダースカルがドーパントたちに叩きつける言葉。それは、この世界でも共通だった。──この言葉が生まれるある出来事を、既にスカルは経験している。
指先が彼らを指した時、マスカレイドの何名かがスカルを襲った。
「はっ」
スカルは、華麗に立ち振る舞い、マスカレイドを翻弄する。
タフなパンチがマスカレイドのドーパントの腹を叩き、その時にずれた帽子を左腕で直した。このパンチでマスカレイドは激しく後方に吹き飛んだ。壁に叩きつけられ、沈むマスカレイド。
はためいたスカルの背中のマフラー。
それが敵の角度を示したのか、スカルは翔太郎を狙っていく左手のマスカレイドに向けて、スカルマグナムを早抜きして発射する。マスカレイドが倒れた。
こうして、次々とマスカレイドたちは倒され、遂に、一分足らずでスカルによって一掃される結果になった。
翔太郎は相変わらずの仮面ライダースカルの強さに驚いていた。
……これから先、彼には負けていられない。
早く追いつきたいタフな背中である。
「行け、翔太郎」
スカルは、小声で翔太郎に言った。
下の名前で呼ぶのは初めてだろうか。本名を暈す必要はないと判断したのだろう。
しかし、その瞬間に、今度はマスカレイドではなく、彼らより何段も強いであろう赤いドーパントの方が向かってきた。
「逃がすか!」
赤いドーパントは聞いていたらしい。
「──チッ」
スカルは舌打ちする。
このドーパントは、速さが武器だ。
スカルは、前に出て、翔太郎から距離を置く。こうして真正面から敵とぶつかり、注意を惹きつけなければ翔太郎もすぐに巻き込まれると判断したのだ。
翔太郎が逃げるチャンスならば、それは今しかない。タイミングは作っている。ここで注意を惹きつけている間に翔太郎が飛びこまなければ、今度こそ経路に逃げるチャンスは失われるかもしれない。
「ハッ!」
スカルは、スカルマグナムを何発かその腹に至近距離から命中させた。
だが、思ったほどの効果は得られない。相手は装甲も固い。
「フンッ」
赤のドーパントは、そんな声を漏らすと、頭部から排気のような黒い煙を発する。
すると、赤のドーパントが重量のある剣をどこからともなく取り出し、スカルを切りつけようとした。──スカルはそれを見て、危機回避の為に、一歩下がるが、その瞬間、スカルの帽子に一筋の傷が生まれる。
至近距離で戦いすぎたのが響いたか。しかし、翔太郎が逃げる為の隙を作るには仕方がない。
「──ッ!?」
しかし──、スカルが見れば、翔太郎は、そこにいた。
「何故、まだそこにいるッ!?」
隠し戸に向けて一直線に駆けだしていた真っ最中であったのだが、その瞬間に動きを止めてしまったのだ。
スカルには、翔太郎が逃げなかった理由が全くわからなかった。
彼は、翔太郎がここで逃走経路に向かっていく勇気のない人間だとは思っていない。──いや、実際、そこに向かおうとしていた。
だが、その動きを止めていたのだ。
何故──。
──それは、スカルこと鳴海ソウキチは知る由もないが、「鳴海壮吉」にまつわる翔太郎自身のトラウマに繋がっている話だった。
(これは、あの時と同じだ……)
翔太郎の中で、仮面ライダースカルが──鳴海壮吉が、翔太郎を庇い息絶えたあの時の姿が重なる。
あのビギンズナイトでも、鳴海壮吉の帽子に、あの傷がついたのだ。
この世界において、スカルの帽子にあの傷はなかったが──今、翔太郎の為に、この壮吉も傷をつけてしまった。
──嫌な予感がする。
スカルが、この世界でも──と。あの傷がその運命の証なのではないか──と。
思えば、この出来事が運命の前兆だったのではないかと。
だから、翔太郎もつい、今、動きを止めてしまったのだ。それは、全身の拒絶反応だった。
この壮吉はそんな事は知らない。
「危ないっ! 翔太郎!」
スカルが叫んだのは、黒いドーパントが翔太郎に向けて駆けだしたからであった。
翔太郎は今や、隙だらけなのだ。スカルがそれを助けようとするのを、赤いドーパントが剣の一撃で妨害する。
翔太郎の瞳孔の中で、だんだんと形を大きくする黒いドーパントの影。
彼の姿に、どこか惹かれながらも、翔太郎は強く拒絶する。
──それは、人間の力を超える力の持ち主だ。いくら翔太郎であっても、まともに力を出して挑んでくる敵を前には、命の危険だって考えうる。
ましてや、今、翔太郎は力を出していなかった。意識さえ途絶されつつあった。
咄嗟に、義手の右腕を顔の前に翳し、敵を拒絶するくらいしかできなかった。
──二人の距離がゼロになる。
ドーパントのパンチが、翔太郎に向かっていく。
その拳は、翔太郎の突きだした右手の掌に向かっていった。
確かにその腕は鋼であったが──翔太郎には、まだ人間の手だった頃の慣れが残っている。
「うわああああああああーーーッッッ!!!!! ────」
──翔太郎たちの間に、電撃が走る。視界が一度シャットアウトされる。
ドーパントの魔の手が翔太郎を襲った、その瞬間、ビリビリと音が鳴り響いた。
ここしばらく、翔太郎は電撃という物にはあまり良い思い出がない。
「翔太郎ッ!!!!!!!!」
スカルは、今、とてつもない後悔を胸に秘めていた。
敵の能力が翔太郎たちを光に包んだのか?
俺は救えなかったのか? この異世界の英雄を──。
きっと、異世界の俺が、俺と全く同じ性格だったら、可愛がるに違いないこの熱いハートのタフな男を──。
スカルが呆然と見ていた最中、光が晴れ、そこに男の姿が見えてきた。
◆
その視界を斬り裂く電撃音が消えた時、そこに立っていたのは、──左翔太郎であった。
もう一人のドーパントはといえば……そこに姿はない。いや、“それらしき物の姿”は転がっている。
今、尻もちをつき、両手を床について、翔太郎を見上げている白い詰襟の男だ。財団Xの手の人間に違いないが、彼はその直後に一目散に逃げ去ってしまった。
翔太郎は、今、右手一つで敵ドーパントの動きを止め、変身を解除させたのか……?
スカルも、赤いドーパントも、それを見て驚かざるを得なかった。
翔太郎自身も、微かに驚いていたが──それが、彼の“運命”である事を、翔太郎は思い出す。
そうだ。
違うではないか。
──翔太郎のもとには、運命の女神が待っている。
「……なあ、おやっさん。」
その時、翔太郎は、ニッと笑った。彼の右手にあったのは、黒いガイアメモリであった。
ソウキチも、モニターで何度か見た記憶がある。
JOKER。
今、翔太郎を襲っていた敵は、奇しくも、T2ジョーカーメモリを使用した“ジョーカードーパント”だったのである。
あまりにも出来すぎているが、同時に、あまりにも翔太郎にピッタリな偶然であった。
人とガイアメモリが惹かれあうように、翔太郎のもとに必ず舞い戻ってくるガイアメモリ──それが、この切り札の記憶。
このメモリが運命を感じてくれるのは、財団Xの人間ではなく、左翔太郎であった。
だから、メモリはあの名も知れぬ男のもとを離れ、より適合率が高く、運命の相性で結ばれた翔太郎のもとへと乗り換えたのだ。
かつて、エターナルメモリが加頭順や月影ゆりを拒み、大道克己を選んだように──。
「どうやら……切札は、何度でも俺のところに来るみたいだぜ……」
ロストドライバーを巻いた翔太郎は、自信たっぷりに言った。
彼の中にある最低の未来への幻想はすべて吹き飛ぶ。
そうだ──なんていう事はないではないか……。
よく見てみれば、今ソウキチの帽子に出来た傷は、かつてタブー・ドーパントにつけられた傷よりもずっと浅い。
そもそも、もっと良く見てみれば、ソウキチの帽子は、同じ白色でもあの時とは別種だ。傷つけられた帽子と全く同じ型の物は、壁にかかっている。
──全ては杞憂だ。こんな物は運命でもジンクスでも何でもない。
翔太郎には、もっと深い運命が味方をしている──!
決して、悪に味方する物ではない──!!
「ったく冷や冷やさせやがって……」
スカルが、やれやれと肩を竦めながら言い、ずれてもいない帽子の位置を直した。
翔太郎は、己の運命のガイアメモリをロストドライバーに装填する。
ガイアサウンドが鳴り響き、彼は叫ぶ。
「変身!!」
──JOKER!!──
翔太郎の姿が黒き仮面ライダーへと変身する。
まさにこのメモリが翔太郎の最後の切り札であった。──いつの時も、このメモリは常に翔太郎に味方し、勝利の風邪を運ぶのだ。
「仮面ライダー……ジョーカー……!」
翔太郎は、仮面ライダージョーカーに変身するや否や、スカルの隣へとのろのろ歩きだした。
まるで頭を悩ませるしぐさをするように、手首で額を触れ、スカルに背中を預け、二人で並んでみせたのだ。
若々しい恰好の付け方だが、まあいい──と、スカルは、悠然と、指を突きつけ、彼に合わせた。
師匠と弟子に見えるだろうか。
「いくか、おやっさん」
「ああ」
「「さあ、お前の罪を数えろ!!」」
その威圧感に、恐れおののく赤いドーパント。
そんな姿を見て、ジョーカーは思う。
(あんたにはそのメモリは似合ってないぜ。どこかの誰かさんもそいつに拒絶されてたっけな)
──アクセル・ドーパントだ。
これまでの戦闘を見て、それは翔太郎にも充分わかっていた。一見すると強敵のようだが、照井竜こそがその本当の運命の相手である。
よもや、運命を味方につけているジョーカーとスカルに勝てる要素が見当たらない。
たとえどんな敵であっても……。
──Joker!!──
──Skull!!──
二人のガイアサウンドが重なり、アクセル・ドーパントが高速で逃げ出そうとした。
しかし、彼が尻尾を巻いて逃げるよりも早く、次の音が鳴る。
──Maximum Drive!!──
──そこから先の結果は、言うだけ野暮という物だ。
これにて、ジ・エンド。
◆
やがて、外の森逃げた彼らの上空には、巨大な空飛ぶ船が浮かんでいた。
時空管理局艦船アースラである。
この目で見るのは初めてだが、リボルギャリーとは比較にならないその巨大なフォルムを見上げながら、二人は何かを悟った。
「迎えが来たようだな……左翔太郎、いや、仮面ライダージョーカー」
ここを踏み出した時、彼は戦いに行く。
死ぬかもしれない。
もう戦う必要などないのかもしれない。
それでも、行かなければならない。──一生逃げて生きていく事になり、守るべき物に背く事になるからだ。
「おやっさん……」
この世界で共に戦っていた仮面ライダースカルこと鳴海ソウキチとは別れの時だ。
翔太郎は、たった一度だけでも、彼と共に戦う事ができて光栄に思う。
アースラが風都の街の上空を斬り裂き、異空間で浮遊していた。そこで翔太郎を連れて行くべく待ち構えている。人が少ない場所であったが、財団Xが聞きつけて来るのも時間の問題だろう。
隠し通路がここに繋がっている以上、いずれ財団Xはあのルートからここを発見し、押し寄せてくる。
あまり長い言葉をかける時間はなかった。
「……翔太郎。全て、倒して来い。帰るべき街がお前を待ってる」
別れ際、ソウキチはそんな事を言った。
士が撮影した写真を見て、ソウキチも翔太郎が住む風都の事を思ったのだろう。
ソウキチもまた、翔太郎と共に戦う事が出来たのを良かったと思っている。
「それから、一つ忠告だ。──若すぎる娘に手を出すのはやめておけ。お互いにヤケドする」
「それって……まさか……。──なあ、おやっさん! それは違う! 断じて違う! 若すぎるっていうか、それロリコンだから!」
ソウキチが杏子の事を言っているのだと理解し、翔太郎は慌ててそれを訂正しようとする。だが、ソウキチは、ちょっとした悪戯心で言ったつもりだ。
フッ、とニヒルに笑い、翔太郎の前に手を差し出す。
左手だ。左手の握手は、無礼に見えるが、翔太郎の腕の熱さをソウキチは感じたかった。
それを察して、翔太郎は左手を差し出した。
「また会おう。……左翔太郎」
「ああ。またいつかな、おやっさん。……あんたに会えてよかったと思う」
「俺もだ。まあ、俺は今後も、弟子を取るつもりはないがな」
そして、二人は、とある男のセリフを言ってみた。
ソウキチも翔太郎も憧れている、小説の中の名探偵の台詞である。
「「──さよならを言うのは、僅かの間死ぬ事だ」」
自分で考え、自分で決める。──そんな男の中の男の言葉。
翔太郎もまた、それを実行しようとしているのだ。ソウキチがいくら彼に肩入れしても、男がそれを止める事など許されない。
以前、殺し合いの中で、翔太郎はそんな言葉を言うチャンスを言い逃し、うめいていた事がある。
それは、翔太郎と杏子の間の言葉だった。
結局のところ、そんな言葉を言えたら、それはそれでカッコイイ……という程度の意味でしか、彼はこの言葉を使わなかったが、今使えた時、その言葉の意味が身に染みた。
ソウキチが、背中を向け、ゆっくりと歩き去っていった。翔太郎は、その音を背中で訊いていた。
そして、遂にアースラは翔太郎を迎える。
ソウキチとはまた遠い長いお別れが来るのだろう……。
それでも、前を向いて翔太郎は叫ぶ。
「……待ってたぜ! 俺たちは、何度だって倒れずに立ち向かってやる!! 待ってろよ、ベリアル!!」
【左翔太郎@仮面ライダーW GAME Re;START】
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最終更新:2019年01月05日 02:48