BRIGHT STREAM(2) ◆gry038wOvE




 ──昼飯を食べた後、各々は部屋に戻った。
 それぞれの部屋が近いので、そこまでで別行動を取る者もなく、アースラの自室に入るまで適当に話しながら、歩いて行く。
 広く設備の整った自室に、暁などは感激しており、逆に良牙は落ち着かなさを覚えている。そんな風に、それぞれ反応は違っていたのだが、その部屋をだんだん散らかし始めるくらいの時間が経って行こうとしていた。

 ドウコクの部屋、外道シンケンレッドの部屋、蒼乃美希の部屋は未だに空室だ。
 とはいえ、その内、二つは使われる機会がないだろう。──その二部屋のうち、ドウコクの部屋は、既にそれぞれが勝手に荷物置き場にしてしまっている。

 今も、ドウコクの部屋に涼村暁は荷物を取りに行こうとしていた。
 この場ではデイパック内の確認が成され、「危険物」(モロトフ火炎手榴弾など)、「変身道具」(ガイアメモリなど)、「クルーの所持品」(のろいうさぎなど)、「食糧・飲料水」を除いた、比較的危険性のない支給品が置かれている。
 中には、誰かの遺品と呼ぶべき物もある。──誰の支給品か判然としていなかった物も、主催側の中継放送で表示されたデータで全て明かされ、どの支給品が誰の物だったのかはわかっていた。
 しかし、暁は特に気にしていなかった。ゲーム機や玩具などもハズレで支給されていたので、それらに何か使い所がないか確認しに来たのである。
 ほとんどの支給品は、室内に飾られるように並べられている。

 ──それを何となく、見ていた時、部屋の白壁に一人の男が凭れかかっているのを暁は確認した。

「うわっ、びっくりした!」

 暁も不意に見つけたので、思わず声をあげて驚く。自分より先にこの部屋に入っていた人間がいたとは、まったく気づかなかったのである。
 自分の部屋に戻ってからすぐにこの部屋に来た感覚だったので、暁も衝撃だ。

 ──そこにいたのは、涼邑零であった。

「──おい、暁。あんた、何か隠してないか」

 零は、表情も変えず、暁の方を見もせず、開口一番にそう尋ねた。
 先ほど、食堂でのヴィヴィオとのやり取りによって、暁に、どこか帰る事に対する陰のようなものが感じられたのを零も忘れてはいない。──あれが、何となく、零を暁に接触させようとしたのだった。
 それだけではない。暁に関しては妙な事がもう一つあったのだが、これまで何となく、誰もそれについて触れる事がなかったのだ。

「何だよ、急に」
「……みんな言わないが、なんで主催は第二ラウンドでお前の名前だけ呼ばなかったんだ?」

 まずは、主催者が「第二ラウンド」と称して参加者の追跡を行った際に、暁の事は一切触れなかった点だろう。「ターゲット」として呼ばれた生還者の名前の中に、生存者の中で唯一、暁の名だけがなかった。
 主催側は何としても生存者を全員捕まえたかったはずだ。
 孤門のようにあちらの宇宙で行方が知れなくなっている者はともかく、他の生存者同様、普通に生還していたはずの暁の名が呼ばれなかったのは、不自然極まりない事実である。

「呼び忘れたんだろ」
「そんなわけあるか」
「じゃあ、呼びたくなかったんだろ」

 ──暁が答えをはぐらかしているのは、零にもよくわかった。
 しかし、はぐらかす中にもどこか後ろめたさのような物があるように感じられ、零も暁も少し顔色を険しくする。
 呼び忘れるはずがない。世界を掌握するのが目的な中で、たった八人ほどの生還者を呼ぶのに呼び損じが出てくるはずはない。──相手も組織立って行動しているので、そんなミスに指摘が来ないはずもなかった。
 呼びたくなかった、というのは更にその上を行く暴論だ。
 二人がにらみ合っていると、そこに、零の指にはめられた魔導輪の声が聞こえた。

『呼ぶ必要がない……と思ったんだろうな』

 ザルバが口にしたのは、零と同じ結論であった。それしかありえなかった。
 そして、呼ぶ必要がない状況──というのは、いくつか挙げられる。
 暁が既に捕えられている場合。暁が死亡している場合。暁が主催側の協力者であった場合。……など、様々に存在する。しかし、見たところ、そのどれでもない。
 少なくとも、殺し合いの最中では、暁が不審な行動を取った事はほとんどなかったし、良くも悪くも隠し事や裏表と無縁な人間だ。石堀と違い、算段などに似合わないのがよくわかる。

「……ッ」

 暁には図星だったらしいが、口を開く様子は一切なかった。まるで頑固な子供のように固まり、そこから嘘の言葉で飾ろうと頭の中で屁理屈を組み立てているようだった。
 そんな様子を見ていると、零の方が、溜息をついて折れてしまった。
 これ以上、仲間内で悪い空気を作るのは良くないだろう。──二人ならば大丈夫だろうと思って、こうして待ち伏せていたのだが、結局、暁にはどうしても口にしたくない事があるらしい。

「まあいいよ。別に、今更あんたを疑ってるわけじゃない。でも、何か思い悩む事があったら、何でも俺たちに言えよ……って思ってさ」

 こういう、普段お気楽な人間ほど、内心では深い陰我を抱えているという事もある。
 周囲に気を使い、あくまで重い空気を作らずに振る舞う中で、実は溜めこまれた悲しみや怒りを抱えている事がないとも言いきれない。
 少なくとも、それが邪気のある物ではない事くらいはわかっているつもりだ。
 ──だから、せめて、それを告げられる相談相手くらいは引き受けてやろうと思った。
 すると、暁はようやく口を開いた。

「……じゃあ、俺の悩みを一つだけ」

 深刻な顔で切りだした暁は、次の瞬間、普段通りのにやけ面で零に訊いた。

「艦長の八神はやてちゃんだっけ? あの子を落とすには、どういう──」






 高町ヴィヴィオとレイジングハートと響良牙が来ていたのは、アースラの内部にある訓練室であった。トレーニング機材が置いておらず、あくまで今は武道の為の道場のような内装の場所だ。良牙がその師範のように、神棚の前で多くの人間に向きあっている。
 一番前で良牙に向き合っているのが、ヴィヴィオであった。ひときわ真剣な表情でヴィヴィオが良牙を見つめた。
 良牙の方が委縮してしまいそうになるほどだった。

(まさか、こんなにいるなんてな……)

 良牙の前にいる相手たちは、アースラのクルーの中でも、積極的に格闘技を習おうとする者たちだ。ヴィヴィオの友人であるリオ・ウェズリーやコロナ・ティミルほか、ストライクアーツを習う子供たちだけでなく、ザフィーラやノーヴェ・ナカジマなどのように彼女たちの師匠筋にあたる者も、興味深そうに良牙の武術を見てきたのである。
 変身ロワイアルの映像の中で、魔力の適性がないにも関わらず、魔術に近い事をやってのける良牙の姿に呆気にとられた者も少なくなかったのだろう。
 早乙女乱馬、明堂院いつき、沖一也……など、元々、あの殺し合いでは武道に携わる人間も多かったが、結局、そこから殺し合いの中で残って来たのは良牙とヴィヴィオだけだ。この世界の人間の中でも、武芸家たちが彼の戦法に興味を覚え、ヴィヴィオやはやての説得で、空いた時間に少しだけ教える事にさせられたのだ。

 良牙は、決して乗り気ではなかった。良牙のそれは、独学で覚えてきた武道だからだ。彼らに教えるという事が少々難儀であるのはわかっていたし、こうして師匠のような扱いで講演するのも自分の柄ではない。何を教えて良いのやら、という気持ちだ。
 しかし、ヴィヴィオが乱馬と長い間同行していた事を知っていた良牙も、良牙が乱馬の友人である事を知っていたヴィヴィオも、いつか互いに対して何か影響を与えたいとは思っていたのだろう。
 そのチャンスが巡ってきた時であったので、良牙は躊躇いつつも、こうして三時間だけ「先生」をやってみる事にしたのだ。

「それじゃあ、良牙さん……お願いします!」

 ヴィヴィオが、良牙を促すように言った。
 良牙は、指をぽきぽきと鳴らした後で、首をまた横に振るって、少し低い音を鳴らした。そんな風に体中の鈍りを確かめる動作をしながら、彼は言う。

「任せとけ。とりあえず教えられる事は全部教えてやる。……出来ない奴は、今の自分の戦法をそのままに。──ここで教えた事は全部忘れた方がいい」

 ──ひとまずは、ヴィヴィオに良牙の持っている技を伝授する所から初めていこう。
 教える対象は、とにかく、ヴィヴィオに絞るつもりで教えてみる事にした。──他の者たちは、参考程度に二人の話を聞きながら、真似てみるのが良いだろう。

 ヴィヴィオは、一也の使う赤心少林拳も早くにその型に近い物を修得するなど、良牙の目から見ても格闘に関するセンスは非常に高いといえる少女だ。ベリアル戦までに完成させるのは難しいかもしれないが、どうやら変身ロワイアル終了後も精力的に梅花の型の修練をしてみているらしい。
 彼女の場合は、己のスタイルを忘れず、あくまで技の一つのバリエーションとして覚えておいた方が良さそうだ。

「──まず、獅子咆哮弾の使い方だ。ただし、これは不幸になるほど強くなる禁断の技だ。強さを求めて不幸を追わないように気を付けろ」
「「「はい!」」」

 それは、誰もが最も気にしていた技だろう。
 本来、リンカーコアを持たず、魔術の適性もないはずの彼が、あんな衝撃波を掌から出す事に違和感を持たない人間はいない。彼らの世界の人間は総じて神がかり的な戦闘能力を持っているようだが、その中でもとりわけ不思議な原理だ。

「じゃあ、とにかく基本から。……最初に、自分の中で嫌だった事を考えてみたり、思い出したりしてみろ」
「「「は……はい!」」」

 それぞれが良牙の言葉と共に、全身に力を溜めながら、それぞれ嫌な事を考えてみた。
 頭を唸らせ、友人の死や、己の過去の過ちを再度、鮮明に思い出す。──気分は曇っていく。まさしく、タイミング的にはこの獅子咆哮弾に向いた時期だったのだろう。
 気が重くならない人間は、この状況下、どこにもいない。ただし、ある種集中力が試される場面でもあった。

「──そして、獅子咆哮弾!!」
「おおっ!」

 良牙が叫ぶなり、良牙の組み合わさった掌から、小さな光が発射された。
 不幸の技が良牙の手から表れ、周囲から歓声が上がる。ヴィヴィオ以外、生の獅子咆哮弾を見たのは初めてだった。
 ただ、威力を弱めに調整し、考えた不幸も、「チャーシュー麺を目の前で食われた事」くらいに抑えておいたので、この場に被害はなく、獅子咆哮弾も何にも当たらず空中で消える。まるで空気の束が一斉に外に放出されたように、透けた音が聞こえた。

「……と、叫ぶ。ほらできた」

 歓声は止んでいなかったが、良牙がそう教えると、続けて、それぞれが外壁に向けて固く構え始めた。──真剣な声で、それぞれが叫ぶ。

「「「獅子咆哮弾!!」」」

 ………ヴィヴィオを含む全員が声を重ねて、獅子咆哮弾を放とうとするが、その後にあったのは、何も起きない静寂だった。
 全員が掌を外に向けたまま、あるポーズのまま止まって、数秒が経過する。

「……」

 誰もが、良牙の方を不安そうに見つめた。
 ヴィヴィオやコロナはまだしも、ノーヴェやザフィーラですら全く出来る様子がないのだ。そうなると、自分たちより指導者の良牙に問題があるのではないかと思ってしまう。
 ノーヴェやザフィーラはあまり気にしていないようだが、至極真面目な弟子たちの様子に少し照れているようだった。

「……あの。できませんけど」

 ヴィヴィオが、その場の凍った空気を暖める為に、良牙に訊いた。
 良牙の言った獅子咆哮弾が出来る人間がこの場には一人もいない。
 だいたいが、考えてみると、嫌な事を考えて獅子咆哮弾と叫んだだけで発動してくれるのなら、今までに彼以外の習得者が出てもおかしくないはずである。
 あまりにも簡単で雑なやり方に、良牙への不信感が一気に高まってくる。

「……わかった。もうちょっと簡単な所から行こう。──と思ったが、爆砕点穴は難しいな。あれの修行は辛いし、マトモなら死ぬかもしれない。だとすると、俺の技は──」

 爆砕点穴の修行は、突き指になるか、指の骨が折れるかという事が確実に起きる。
 巨大な岩石に叩きつけられて生きていられるくらい元が頑丈でなければ修行自体が不可能だし、それをヴィヴィオやリオやコロナのような少女にやらせるわけにもいくまい。
 だとすると、他にできそうな技はないだろうか。

(な……ないっ!!)

 考えてみると、良牙には技のバリエーションがそこまで多くはなかった。
 武器を扱うくらいの事なら得意だが、デバイスを持ち、それを使いこなす彼女たちに対して武器の取り扱いを教授できるほど良牙は偉くはない。
 しんとした静寂が流れてくる。──だんだんと、周囲が獅子咆哮弾以外にほとんど技がない事を察し始めたのだろう。

「……あの、一応、無差別格闘早乙女流の技のデータをお借りして、それを持ってきたんですけど、使いますか?」

 ヴィヴィオが、良牙の近くに寄り、フォローを入れるようにそう彼に囁いた。
 早乙女流の秘伝書の復元版がヴィヴィオの手に握られている。どこで取り寄せたのかはわからないが、アースラが何度も時空を超える中で玄馬から受け取ったのかもしれない。

「ん? 乱馬たちの……? どれ……ちょっと見てみるか」

 良牙はそれをヴィヴィオから借りて、少々見てみた。
 一応、乱馬が無差別格闘早乙女流を名乗り、乱馬の父がその元祖である事は何となく知ってはいるものの、その全貌は、今のところ良牙にもよくわかっていなかった。
 元々、頼る気もなければ、それを盗む気も対策する気もなかったので、これまで乱馬たちの技を気にした事はほとんどないのだが、乱馬の死によって後継者もいなくなったようなので、とりあえず目を通すくらいはしてやりたいのだろう。
 ムースから技を一つ譲り受けたように、一つくらいは何かベリアルの撃退に役立ててやろうと思ったのかもしれない。

 猛虎落地勢──土下座する。
 敵前大逆走──逃げながら頑張って対策を練る(知ってた)。
 魔犬慟哭破──相手の攻撃が届かないところで相手の悪口を叫ぶ。
 ¥(かねくれ)──金銭を要求する。
 胸囲掌握鷹爪拳──女性の胸を後ろから掴む事で一時的に動きを止めさせる。
 地獄のゆりかご──相手に抱きついて頬ずりする事で不愉快な思いをさせる。

 ざっと見たところ、無差別格闘早乙女流の技としてあるのはそんな物だった。
 その殆どは、攻撃でも防御でもなく、もはや戦闘ですらない技ばかりだ。
 良牙とヴィヴィオは、あまりに酷すぎる早乙女流の技を前にして、唖然として顔が一瞬、「へのへのもへじ」になってしまった。
 ──だが、すぐに正気を取り戻した。

「なんだこのスチャラカな奥義は!!」
「あーっ! 破らないでくださいっ!! まともな物もあるんですから!! ほら!!」

 ヴィヴィオも、それの殆どがまともでない事はわかっていた。それどころか、正当な後継者の乱馬ですら一部の技に対しては呆れてばかりである。
 中には、乱馬も一目を置く海千拳と山千拳も存在しているのだが、それは邪拳として葬り去られており、山千拳の秘伝書が一つだけヴィヴィオの手元に残っているのみだ。
 ヴィヴィオは、慌ててそちらを良牙に手渡した。

「……なんだこれは」
「山千拳の秘伝書だそうです。なんでも、封印された技だとか。私の支給品でした」
「なるほど……」

 良牙はそれを見て、周囲に人がいるのをすっかり忘れ、一人で頷いていた。
 獅子咆哮弾の秘伝書と大きく違うのは、あれに比べて大分丁寧に内容が書かれている事だろうか。
 ──いや、確かにそれが強力な技なのはわかるのだが、もしこの特訓をすれば、ここにいる誰かを殺めかねず、また、このアースラさえも壊してしまいかねないリスクがあるのが、良牙にはわかった。

「……わかった。──だが、これも教えるわけにはいかねーな」

 封印された邪拳をこれほどの相手に教えるわけにもいかず、良牙もそれは諦める。
 ……となると、やはり良牙は“気”について彼らに教授するしかないようだ。もしかすると、魔力と似通った性質を持つかもしれないので、時間をかけてみれば彼らは素早く飲み込む事だって出来るかもしれない。
 そう考えた上で、良牙は──再度、獅子咆哮弾について、目の前の人々に原理を伝え始めた。






 他の生還者のほとんどが外を出歩いている中、花咲つぼみの部屋を訪ねてきたのは、佐倉杏子であった。つぼみも今は特に外に用事がなかったので、部屋で惰眠の沼に陥りそうになりながら、ベッドに転がっていただけだ。
 丁度良かった。──勉強どころではないし、アースラの乗員も殆どは知らない人で話しかけるのに勇気を要する。こうして、つぼみにしては珍しい「退屈」の時間を埋められる相手が訪問したのは、恰好の時間潰しになる。

「杏子さん、もう少しでお茶が入りますからのんびりしていてください」

 今は、杏子の訪問に対して、つぼみはとりあえずお茶でも振る舞おうと、Tパックの入った湯呑に沸騰したお湯を注ぎ込んでいる。湯気が立ち、緑茶の香が彼女たちのいる一角に広まって来た。
 ドーナツならば残っている分も結構多いので、二人はそれを少しずつ食べ始めていた。美味しいのは確かだが、既にクルーも空き始めている。──が、二人は、雑談でもしながら食べた。
 これから向かう場所を踏まえなければ、何て事のない友達同士の訪問とさして変わらない光景だった。

「なぁ、美希って無事かなぁ」

 杏子も、他のメンバーが揃いも揃って不在なのでここに来ただけで、別段、用事らしい用事もなく、ただとりあえず、何となく話題でも挙げてこの場を繋ぐ為にそんな事を呟いたのだ。漫画本の一冊でもあればそれを手に取って読みふけるかもしれない。──ただ、今口にしたように、美希の事が不安なのは事実だった。
 そんな杏子の無意識の不安に対して、つぼみは、ドーナツをとりあえず平らげて、口の中のドーナツをお茶で流してから答えた。

「……無事を信じるしかありません。それに、きっと生きています。これだけ頑張って探しているんですから、きっといつか見つかるはずです」
「ああ。でも、こっちも探してるけど、ベリアルたちも探してるんだよな」

 それは、杏子らしからぬ後ろ向きな発言に感じられた。──今の彼女は、もう少しポジティブであったと思う。
 ただ、かつてのような心よりの心配というほどでもない。それは、やはりこうして、美希と孤門を除く生還者全員がそれぞれの世界で守られ、この場に帰ってきているという事実があるからだろう。
 それでも心の中に不安が大なり小なり浮かんできてしまうのは仕方のないかもしれない。

「──それに、あたしたちも、美希ももう変身できないし」

 その事実が、ネックであった。
 つぼみと杏子と美希に共通するのは、元々持っていた変身能力も、あの場で得た変身能力も奪われているという事だろう。

 唯一それを破る手段がT2ガイアメモリなどのアイテムであるが、それらの道具の危険性は高く、極力使うべきではないとされている。背に腹は代えられないとはいえ、それらは危機的状況に至ってようやく使用を許される者だと言えるだろう。
 そして、美希の場合、最終時点でガイアメモリは所持しておらず、回収したメモリの殆どがアースラに保管されている以上、彼女は丸腰というわけだ。
 そこを狙われれば一たまりもない。

「そう、ですね……」
「それに、孤門の兄ちゃんも気になる……あたしたちに、助けられるのか?」
「確かにそれも気になっていました。沖さんみたいに宇宙での活動が出来ればせめてどうにかできたかもしれませんが──」

 こうしてお茶を飲んで落ち着きつつあるからこそ、却って死者の話題や今後の不安の話も出しやすいのかもしれない。沖一也の名前が出た事で大きく気分に不調が出る様子はなかった。プライベートな空間で、友人と些細な不安を語らうような物で、内面の心配を全て外に吐き出していくような効果があったのかもしれない。
 それで、むしろ、誰も触れない話題にいとも簡単に触れる事ができて、枷が取れたように楽になったともいえる。
 と、その時であった。



「────安心したまえ、プリキュアよ!!」



 どこからか、これまでに聞き覚えのない男性の声が聞こえて、二人は咄嗟に警戒体勢を取った。周囲を見回すが、男性の姿など、どこにもない。しかし、声は間違いなくその部屋の中から聞こえたはずだった。
 幽霊にでも会ったかのように怯えながら、二人は目を見合わせる。

「だだ、誰だ……?」
「わかりません……一体どこから聞こえたんでしょうか……?」
「ここだ、二人とも……!」

 言われて、杏子は、おそるおそるテーブルの上を見た。杏子が手に取ったお茶の湯のみの淵である。眼鏡をかけ、フェルト帽を被った親指ほどの大きさの初老の男性がバランスよく立っていたのが確認できた。
 ──小人や妖精にしては、その姿があまりに不審者然としており、敵か味方かもわからない不気味なオーラに満ちている。
 思わず、その出来事に絶句し、杏子は、まるで害虫にでも遭遇したかのように、思わず後ろの床に手をついてしまう。

「うわっ……なんだ、こいつ!!」

 男は、小さいながらもニヤリと嗤った。
 つぼみもその謎の男に気づいたらしく、その男に訊いた。

「な、なんですか……あなたは!?」
「私の名は鳴滝。全てのライダーと、そして、プリキュアの味方だ!」

 つぼみの問いに対して、その小人──鳴滝が答える。
 何故そんな姿をしているのか気になったのだが、他人の身体的な特徴を訊くのは良くないだろうと思い、口を噤んだ。もしかすると、そうした身体的特徴を持つ世界からやって来た人間なのかもしれない。
 それよりか、彼が何故ここにいるのか、どうしてこんな所に侵入できたのかの方が気になったが、これだけ小さい姿をしていれば気づかれずに目の前に来る事もできるだろう。──やはりそれも訊くに値しない質問だ。
 つぼみが色々考えていた矢先、杏子が先に訊いた。

「つまり、あんたもベリアルに敵対している人間の一人なのか……?」
「その通りだ! 奴はライダーたちの世界やプリキュアたちの世界をも破壊しようとしている! 私はそれを阻止する為、あらゆるヒーローたちの世界を旅している者だ……おのれベリアルゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!」

 鳴滝は、声高らかに叫んだ後、少しだけ間を置いた。自分自身で自らの発言を反芻して、考え直しているようだ。

「……」

 妙な余韻が残る。──その間、つぼみと杏子は目を丸くしていた。
 そして、鳴滝の方も結論が出たようで、もう一度言い直した。

「……いや、どうもしっくり来ないな。──今回は、お前は別に悪くないが……おのれディケイドォォォォォォォォォッ!!!!!!」

 八つ当たりのように大声で叫んだ鳴滝であったが、その一言はこれまでの情報を関連づける事ができた。そう、彼の叫んだ「ディケイド」という単語には、二人とも聞き覚えがある。
 このアースラに情報を提供している者の一人であり、左翔太郎の友人だ。本名は門矢士。まだ姿は現していない。
 もしかすると、翔太郎ならば、この鳴滝という男の事も知っているだろうか?
 現状では少なくとも鳴滝の話は聞いていないし、翔太郎もすぐに一人でどこかへ出かけてしまったので、ディケイドとの関係性というのはイマイチわからないのだが、──とにかく杏子は再度聞き直した。

「で、おっさん、何の用だよ……?」

 女性の部屋に勝手に侵入した罪は重いが、先ほど「安心したまえ」という声をかけている。
 何やら用事があるようなので、その用事とやらが一体何なのか──という事を知りたかった。それさえ済めば、この不気味な男も消えてくれると思ったからだ。
 とにかく、それを聞いて鳴滝は、咳払いをしてから話し始めた。

「……蒼乃美希の所在がわかった。まずは、ここの艦長よりも先に、君たちに報告しておこうと思ってね」
「え!? 本当か!?」
「ああ。──彼女は、今、歴代ウルトラマンたちの故郷がある世界にいる」

 蒼乃美希──つまり、彼女たちの仲間であるもう一人の生還者の足取りがようやく掴めたという事だ。故郷の世界にもいないので、誰もが心配していたくらいなのだが、どうやら生存していたらしい。
 そして、鳴滝の計らいにより、ここの艦長よりも先に二人はそれを知る事になった。

「──生きているんですね!?」
「彼女は元気だ。ウルトラマンゼロと融合し、アースラとは別ルートでベリアルの元に向かい、一足先に孤門一輝の救出をしようとしている。だから、彼女の事も、……そして、孤門一輝の事も、心配する事はない」

 そう言う鳴滝の顔は、豆粒ほどの大きさだが真剣だ。
 美希がゼロなるウルトラマンと融合したという事実がさらっと語られているが、もし本当ならば──それは、非常に心強い話でもある。
 カイザーベリアルという黒幕は、元々はウルトラ戦士で、ウルトラマンノアやダークザギを恐れていたという。そんな彼に対抗できる存在として、別のウルトラ戦士と協力する事ができる事実は、大きな鍵となる。

 ただ、ひとまずは、美希が生存しており、アースラと同じくベリアルの世界に向かっているという事に安心していた。
 再度、つぼみが確認する。

「……間違いないんですね?」
「ああ。いずれ、ここの艦長たちにも報告するつもりだ。君たちとは初対面だが、私もクロノたちとはベリアルの管理が始まって以来、情報を提供し合う関係になっている。……信頼してくれ」

 確かに現状での鳴滝は、不審者でしかない。ゆえに、絶対の信頼を置いていい相手かはまだわからないのだが、クロノやはやてのお墨付きであるならば、また話は変わってくる。

 それを確認する術は、今はないものの、このような嘘をついて意味があるとは思えない。──この状況下で意味もなく情報を攪乱させる愉快犯がいるとすれば別だが、まあそういうわけでもないのだろう。
 それに、このアースラがなかなか美希を見つけられなかった理由についても、現在の彼女がウルトラマンとして活動している事を考えれば説明が付く。美希としての姿を見た者がいないというわけだ。
 アースラと別ルートという事は、既に別宇宙に辿り着いている可能性も少なくはないし、辻褄は合ってくる。

「サンキュー、おっさん。不審者かと思ったら、良いとこあるじゃん」
「フッ……言っただろう、私は全てのライダーの味方であり、プリキュアの味方だ」

 そう答える鳴滝は嫌に上機嫌である。若い少女に褒められて、悪い気はしていないようだった。
 とにかく、この鳴滝の男は、ただひたすらに仮面ライダーが好きらしい。

「──……おのれディケイドォッ! 仮面ライダーも良いが、プリキュアもまた……素晴らしい物だな!!」

 そして、彼はそれだけ言うと、また彼は満面の笑みを浮かべ、突如現れた小さなオーロラの中に身体を溶かして消えていった。
 杏子とつぼみは呆然としながら、湯呑の淵をじっと眺めている。──まるで手品のような光景であったし、要件以外は言いたい事がさっぱりわからなかったのだが、少なくとも、今は敵ではなかったわけだ。
 もしかすると、ああしてこちらに来たのだろうか。

 ──杏子が平然とその湯呑で残ったお茶を飲み始めたのを見て、つぼみは引き気味に顔を青くした。
 だが、杏子は全く構わずに続ける。

「で、あのおっさんは、一体何者なんだ……?」
「さあ……。でも、とにかく美希が無事らしい事はわかりましたし……結果オーライですよね」

 このしばらく後、確かにクロノやはやてが「仲間からの報告」として、美希がウルトラマンゼロと融合して別ルートでベリアルを倒しに行っている事が明かされると、二人とも、彼の言葉の一定の信頼がおける事を再確認した。






 ──左翔太郎は探偵である。

 仮面ライダーであると同時に、優れた探査能力や推理力、行動力を持ち、今もまた、自分で考え、最適と思える行動をしていた。──味方しかいないはずのこの艦の中で、ある疑問の種を解消しようとしている。

「……」

 左翔太郎は、他の誰に言う事もなく、こっそりとこの戦艦内部の奥に侵入していた。
 侵入禁止とされているエリアも、彼は上手に入りこみ、暗がりの倉庫を懐中電灯などで照らしながら歩いて行く。
 自分の探偵道具を使えば、このアースラの中にいる別の存在をいち早く確認できたのだ。

(どうして……“彼女”が、この艦にいたんだ?)

 ……そして、このアースラの中には、本来いてはならないはずの人物がいる。
 翔太郎は、アースラを歩いている中で、たまたま“彼女”の存在を確認してしまった──。
 ゆえに、探偵として、追わないわけにはいかなかったのだ。

「ここだな……」

 倉庫の奥に、隠すように存在している日蔭のドア。──倉庫の奥はハイテクとは無縁な原始的なドアが備えられているようだった。
 そこが、翔太郎の目当ての場所だった。彼は、周囲を見回し、誰もいない事を確認すると、ドアを背に立った。新しいドアノブを回した手ごたえが手に残り、ドアが薄く開く。
 翔太郎は、目を凝らしてそちらを見た。

「──!」
「──やあ、左翔太郎だね」

 その部屋は思いの外広く、暗く淀んでいながらも、並べられた不気味な機材たちを取り囲むように、三人ほどの人間が座っていた。彼らが、翔太郎の方を見ていた。──そこにいたのは、男性一人と女性二人、一匹の猫、それから、白い兎のような生物だ。
 翔太郎は、一度驚いたのだが、それを飲み込み、堂々、その部屋に入り始めた。

 どうやら、こちらに気づいていたようだ。
 開き直り、部屋の中に入っていった翔太郎は、目の前の相手に告げる。

「……やっぱり、この艦の中にいやがったか。────美国織莉子」

 そう、翔太郎は、彼女の姿を既に見かけていた。
 目の前にいる少女──美国織莉子が、佐倉杏子に対して全ての制限を伝える場面を、モニターで確認しているのだ。ゆえに、ここに隠されていた者たちの中でも、翔太郎にも知られている存在である。
 しかし、驚くべきは、その三人の容姿だ。

「……!」

 一人は、白い服を着た十代後半ほどの男。
 一人は、白みがかった髪の美少女。──彼女が、美国織莉子だ。
 そして、翔太郎を驚かせたのは、残りの一人であった。フェイト・テスタロッサと瓜二つの、彼女よりも少し幼げな金髪の少女である。

「これは、フェイト……? どういう事だ……?」
「……」

 思わぬ相手が現れた事に、翔太郎は息を飲む。フェイトとユーノが死亡する瞬間のモニター映像が翔太郎の中でフラッシュバックする。それは、フェイトと出会い、彼女を救えなかった翔太郎ゆえの感覚だった。
 ただ、死人がここにいる事を驚いているのではない。彼女の命のお陰で命を繋ぐ事が出来た翔太郎は、それと全く同じ顔と目を合わすのが辛くもあった。
 フェイトと瓜二つの少女が興味深そうに、翔太郎を見つめている。その瞳が、彼にはどうしようもなく耐え難かった。

「……左翔太郎さんですね」

 織莉子は、そんな翔太郎の方を見ながら、冷静にそう返した。翔太郎は呆然とした顔付きのまま、織莉子の方を見た。
 彼女の目つきは、生きている者のそれとは思えないほどに腐りかけていた。そんな瞳で見つめられる翔太郎も、僅かばかり緊張する。

「……ああ」

 この艦の中にある暗部が、この三人の存在であるように思えた。──主催側に協力し続けた織莉子が、拘束されるわけでもなく、こうしてアースラの奥で何名かの人間と共にいる。
 ただ一人、彼らと面会する事になった翔太郎であるが、この場に三人もいる事は予想外であった。

「なんで、あんたがここにいるんだ。隣の二人も……あんたの仲間か?」
「……ええ。私たちは、主催側に協力し、それを離反した三人です。こうしてここに隠れている理由という意味なら──それは、あなたたちと会えばカドが立つという配慮の為だと思われます」

 翔太郎は知らなかったが──それは、主催側の人間たちのようだ。
 そして、彼らはクロノやはやての配慮によって、こうして隔離されている。──実は、ヴィヴィオや杏子など、彼らに会っている人間はいたのだが、彼らのうち誰とも面識のない翔太郎以降の来航者は、この三人と会うのを意図的に避けるようにさせられていたのだ。

 被害者と加害者の関係である以上、やはり余計な諍いが生まれる事が必至であると言えたのだろう。
 特に、元々ここに来るかもしれなかったドウコクなどの事を考えれば妥当な判断だ。

「……ただ、厳密に言うと、アリシアは主催の協力者とは違う。あくまで、主催に協力した人間の娘だ。その人の名前は、プレシア・テスタロッサ。──君と遭遇したフェイト・テスタロッサの母だ」

 白い服の男がそう言い出した。
 プレシア・テスタロッサ、それに、アリシア・テスタロッサの名前は、フェイトの口から聞く事こそなかったが、変身ロワイアルに関する全参加者のデータや参加前の動向については、殆どプライベートなレベルの話まで公開されている部分がある。全員は把握していないが、翔太郎がフェイトの事を隅から隅まで把握しなかったはずがない。
 フェイトがアリシアのクローンであるという事実もまた、あらゆる場所で翔太郎は聞く事になっていた。──尤も、翔太郎の知るデータが正しければ、プレシアもアリシアも死人であるはずだったが。
 とはいえ、今更死人の存在で驚くはずもない。元々、フィリップと照井以外は死んだはずの知り合いしか参加していなかったくらいである。大道克己も泉京水も、NEVERという死人であった。──これで驚かなくなる自分も少し怖い。
 ただ、それより、目の前の男の事も、翔太郎は知らなかった。

「あんたは……?」
「僕の名前は吉良沢優。ウルトラマンの世界からやって来た。言ってみるなら、異星からの来訪者とコンタクトを取る事ができる超能力者っていう所かな」

 吉良沢優──こちらは完全に聞いた事のない名前だ。
 ここまででもほとんど彼の名前が出てくる事はなかったが、もしかすると、彼の出身の世界である孤門一輝ならば何か知っていたかもしれない。
 それから、超能力者というのは、少々気になった。
 彼も変身するのだろうか──、と翔太郎は考える。

「──そして、織莉子は、魔法少女の能力で予知をする事ができる」

 付け加えて、吉良沢が言った。
 翔太郎は、黙って彼らの方を見つめていた。いつ攻撃を仕掛けられても良いように、ジョーカーメモリを握ってはいたのだが、吉良沢たちに敵意の影は見当たらない。

「正直に全てを話すよ。僕たちは、それぞれの願いと引き換えに財団Xにこの能力の提供と、協力をした。ただ、ベリアルの事は僕たちもこれまで知らされていなかったんだ」
「願い? ……あんな事を手伝ってまで叶える願いなんてのがあるのか?」
「──僕たちは二人とも、予知能力者だ。僕の出身であるウルトラマンの世界や、彼女の出身である魔法少女の世界が近々崩壊する事は僕たちも予見していた。だから、その崩壊を止める為に協力したんだ」

 ──そう言われ、翔太郎は眉を顰めた。

「結果的に世界は酷い事になってるじゃねえか」
「そう。……だが、それは結果論だ。僕たちはこんな結果は求めていない──だから、寝返ったんだ」

 簡単に言うようだが、吉良沢ではなく、織莉子が俯きだしたのを見て、翔太郎はそれ以上、責めるのをやめた。──考えてみれば、予知能力者という物には、絶望的な未来が見えた場合に何もできないというジレンマがある。絶望を待つしかない彼らの人生は、決して翔太郎のような普通の人間にはわからない物であるのだろう。
 ……ある意味では、同情的に捉えられる部分があるかもしれない。

「こういう冷徹で機械的な言い方しかできないけど……。僕も、君たちのように巻き込まれた人間には申し訳ないと思っている。勿論、左翔太郎……あなたにも」
「……私たちの犯した罪は、いずれ、この艦の辿り着いた先で裁かれる事になるでしょう」

 吉良沢と織莉子は浮かない顔でそう言う。──彼らもまた、言ってしまえば、殺し合いの被害者なのかもしれない。
 サラマンダー男爵が、そうであったように……。

「……」

 翔太郎は、誰よりも犯罪を憎む男だった。しかし、それでいて、誰よりも犯罪者を憎まない男でもあった。──彼らを許す時が、人より早く来てもおかしくはない。
 それゆえ、それ以上は、あくまで質問として彼らに投げかける事になった。

「──だが、あんたたちの予知って奴で、こうなっちまう事は予知できなかったのか? それができるなら、世界の事だって──」
「無理だった。あの殺し合いそのものがイレギュラーだったんだ。……だから、ベリアルや財団Xも僕たちを手元に置いて予知の実験しようとしたんだろう。そして、結局それは、来訪者や僕たちの力をもってしても感知できなかった……。能力が取り戻るまでには大きな時間を費やす事になってしまったんだ」

 そう吉良沢が返答した時、ふと、翔太郎はその言葉の微妙なニュアンスを感じ取る事になった。
 能力が取り戻るまでに大きな時間を費やす事になった……?
 つまり、それは──能力が既に取り戻った、という事ではないか?
 そんな疑問を、翔太郎は次の瞬間、口に出していた。

「……能力が取り戻る……? それって……今は、正常に予知能力が使えるって事なのか? だとすると、ここで何かを予知した……?」
「──ああ。ここにいる織莉子は、ただ一つだけ、ここの機材の力を借りる事で、ある予知を成功させたんだ」

 もしかすると、ここにある部屋そのものが、彼らが再度予知能力を取り戻す為の道具が揃えられている場所だというのだろうか。クロノたちも口にはしなかったが、その為の施設がこうしてここに備えられているという全面的なサポートが行われていたわけだ。
 隠し事の匂いを感じ取り、こうして来てみた翔太郎だが、よもや、主催側の協力者と出会う事になるとは思っていなかったのだろう。

「じゃあ、その“予知”ってのはなんだよ」

 だが、それよりか、彼が気にしたのは、その予知の内容の方である。
 彼女がここで行った予知──それは一体何なのだろう。
 吉良沢は、少し表情を曇らせ、告げた。

「この艦に、敵が侵入する。そして、この艦は──」

 吉良沢の言葉は無情に響く。





「──ベリアルの島に辿り着くまでもなく、沈んでしまう」








 其処は、アースラの外──ただ、深い闇の続く空間だった。
 よれよれの白衣を纏った、小汚い無精ひげと眼鏡の男が、瞳の奥を輝かせてニヤリと嗤う。

「────さて」

 彼の名はニードル。
 この殺し合いにおいて、ベリアルに確かな忠誠を誓っている者であった。
 そして、そんな彼が立つ後ろには、何百人、何千人という規模の再生怪人たちの軍団が息を巻いている。獲物を狩るのを今か今かと待ちわびているようだった。

「我々も準備が完了したところで、そろそろ邪魔をさせてもらいましょうか──」

 彼らの目の前に、光が円を描き、その中に緻密な魔法陣の姿が形作られ始める。
 それは、ニードルの持つ「時空魔法陣」であった。距離や時空を問わず、二つの地点を結ぶ事ができる特殊な力学である。殺し合いの場においても、それは運用され、今生き残っている参加者たちも使用する事になったが──ニードルが、それを発動できるという事実は忘れてはならない。
 そして、生還後に涼村暁がニードルと接触し、その動向が追われていた可能性が決して低くないという事実もまた──。

「──行きましょう」

 ニードルは、この時空魔法陣を通して、間もなくアースラに襲撃を仕掛けようと目論んでいたのである。
 怪人軍団は、声を合わせて、アースラへの侵入までのカウントダウンを開始した。
 タイミングは今しかない。──蒼乃美希と血祭ドウコク以外の参加者が一同に会している今。

「カウント、ゼロ。夜襲(ナイトレイド)の始まりです……」






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最終更新:2015年09月04日 14:45