BRIGHT STREAM(3) ◆gry038wOvE




【破】




 ──それから、ニードルによる襲撃が行われたのは、夜だった。
 時刻は、「五日目」が始まりを告げる頃である。──午前0時、きっかり。一つの作戦として、決行時刻までが定まった計画性のある襲撃のようだった。敵方集団がカウントダウンまで行い、妙に盛況していたのはまさにそれゆえだ。
 ニードル一派はこの瞬間を、暁の動向を観察し始めたその瞬間から心待ちにしていた。

≪WARNING!!≫≪WARNING!!≫≪WARNING!!≫
≪WARNING!!≫≪WARNING!!≫≪WARNING!!≫
≪WARNING!!≫≪WARNING!!≫≪WARNING!!≫

 異物の侵入を認めた艦は、必死に警告音を流し続けた。
 ニードルは、何事もないような暢気な表情で天井の隅を見上げる。
 そして、再度真正面に向き直った彼は、自分の周囲にいる全体の一握ほどの部下にだけ、意味もなく、命令を告げた。

「……さて、思う存分暴れてください。それがあなた方の任務です」
「イーッ!!」

 アースラの内部に、九つの時空魔法陣が開眼し、そこから武装された怪物たちが召喚され、活動を始める──。
 ニードルたちの目的は、アカルンを利用した時空移動システムの破壊と、この場にいる生還者及び吉良沢優らの殺害にあった。しかし、それだけではなく、彼個人が悦に浸っている素振りもあった。
 足止めの為に再生された数千の怪人軍団は、三分が経過しても未だに入り切れずに時空魔法陣から放出されていった。
 アースラのシステムはそれから三分以内にその異常を確認し、艦内全域に放送を始めた。

≪WARNING!!≫≪WARNING!!≫≪WARNING!!≫
≪WARNING!!≫≪WARNING!!≫≪WARNING!!≫
≪WARNING!!≫≪WARNING!!≫≪WARNING!!≫
≪WARNING!!≫≪WARNING!!≫≪WARNING!!≫

 艦内に響いた音が、眠りかけていたクルーの六割の目を一瞬で覚まさせる。
 生還者余名がベリアルの元に向かう予定日は、明後日(あくまで感覚的に。日付的には明日)──六日目だった。一日だけ準備の猶予があるとはいえ、それまでにある程度規則的な睡眠をしてコンディションを整えようと、それぞれ寝床には付いていた状況だ。
 しかし、彼らも、うつらうつらとしながらも、やはりすぐには眠りにつく事ができず、多くはあくまで“眠りかけ”と言っていい。
 日付変更と同時の警告音がそんな彼らの頭を冷やし、それぞれを慌てて部屋の外に出すに至った。近くの部屋にあった生存者余名は互いに寝間着のまま顔を見合わせる。全員が同じ行動を取ったようで、未だ眠り続けている者は誰一人いなかった。

『艦内に敵勢力が侵入! 艦内に敵勢力が侵入! 各自警戒態勢! ロストロギアの反応があります! 指示に従って行動してください!』

 絶対安全だったはずのアースラに向けられた二度目の奇襲。
 だが、時空の果てまでも追ってくるベリアルたちを前に、絶対安全な領域など既に存在しないのかもしれない。それは薄々気づいていたが、なまじ一日や二日耐えただけに、安心感が芽生え始めていた。
 問題は、それを外部からの攻撃を中心に考えていた事であり、内部侵入は当初から殆ど想定されていなかったハプニングである事だろう。改修時には、いかなる手段を以ても、敵はこちらの座標を確認できず、内部の結界へと入り込む事は不可能に設計していた。
 だが、ニードルは暁の衣服に小型の虫型偵察メカニックでも忍ばせたのだろう。それが敵に座標を知らせ、時空魔法陣を発動させる術の一つとなった。

 外は亜空間。──現状では、生身の人間には、逃げ場がない。
 内部に群がる大量の再生怪人軍団たちに、既に何人かの時空管理局のメンバーがすぐさま応戦を始めた。生還者たちの寝室を守る為、まずは、戦闘要員のクルーが四方に散らばる。
 夜中である為に判断能力は全くといっていいほど追いついていないものの、艦内の戦闘要員は殆ど、命令を受けて怪人たちの前に立ちはだかる事になった。

「イーッ!」
「GAAAAAAAッ!!」
「コマサンダー!」
「ナケワメーケェ!」
「ソレワターセ!!」
「デザトリアーン!」

 だが、敵の群れがやって来る場所は一か所ではなかった。
 ランダムに九つ作られた時空魔法陣は、ニードルに制御された再生怪人の軍団をアースラに派遣し続け、アースラ内の人員では到底片づけきれないような物量作戦を敷く。──入り口が多数作られてしまったのが問題であるかもしれない。
 これまでのアースラの構造には問題はなかった。しかし、今は違う。──ベリアル側がその安全設備を打ち壊す技術を有していたのだ。
 あらゆる世界の怪物たちがわらわらと現れ、アースラを埋め尽くし始めた。






 果てのないようにさえ感じる長い廊下で、切迫する艦内放送を耳に通しながら、ニードルはまだ危機感の欠片も見せる事なく歩いていた。
 廊下の真ん中をのんびりと歩いているニードルの真横を、次々に、血気盛んな仲間の怪人たちが追い抜いて行く。
 彼らは軒並み、殺し合いの場を待ち望んで、能動的に敵を討とうと走りだしているようだった。しかも、自分自身の死を全く恐れる事なく進んでいる。
 ニードルの支配下にある事だけが原因ではなさそうだ。──彼らは、ヒーローに倒された恨みを体のどこかで捨て去っていないのだろう。こうして蘇っても尚、彼らは悪役としての矜持に満ち溢れ、魂でヒーローへのしみを忘れない。死は最初からリスクに入っていないのだろう。
 仮面ライダーたちと戦う、「BADAN」の怪人同様だ。

 だが、ニードルはこんなにも使い勝手の良い駒を持ちながらも、それだけで不満足に感じる、渇いた心の持ち主だった。
 だからこそ、彼はある準備を怠らなかったのだ。
 ある意味、秘密兵器でもあり、彼の新たな実験材料の一つでもあった道具を実験する最後の機会が今であると思っていた。
 ここから先は、ベリアルからの命令は足枷にしかならない。
 この最後のミッションで、ニードル自身が、自分の意思で『遊んでみる』のも良い。彼もまた、バトルロワイアルの観客の一人として、自分自身の見られなかった残りの因縁を全て、見届けるのを待ち望んでいるのだろう。
 不服に終わった試合もあったからこそ──自分よりもまず、他人の手腕を頼ろうとした。

「闇の欠片……さて、効果はいかほどでしょう」

 ニードルが手に入れた『闇の欠片』。
 それは、「闇の書」から生まれ、一つの事件を起こしたロストロギアだ。「記憶」を再生し、それに形と意思を与える──ゆえに、死者でさえもコピーし、生者の目の前に再現するという恐るべき遺物であった。
 これによって発生した『闇の欠片事件』は、高町ヴィヴィオやクロノ・ハラオウンも関わった出来事であったが、タイムパラドックスを回避する為に管理局内で記憶消去が行われ、現在は彼らの記憶上には事件の記憶はない。時空管理局内に記録が残っているのみで、影響のない時代に行きつくまで、殆どの現代人には封印され続けるデータとなろう。
 しかして、ニードルはベリアルの力によって、それを複数個得て、「島」の記憶をこのアースラ内部に発動し、生き残った参加者たちに混沌を齎して見せようとしていたのである。──あるいは、それが相手にとって満足に思える結果であるとしても。
 主催側であると同時に、エンターティナーでありたいこの男は、──それを実行した。

「──ガドル、ダグバ、ガミオ、ノーザ、アクマロ……。ガイアセイバーズを苦しめた強敵たちの、再来です」

 彼ら、BADANの中でも、ニードルの好むやり方だった。
 ──死者を還らせる、というやり方は。

 やがて、あの殺し合いの中で、参加者に敵対し続けた外道の怪物たちの記憶が、ニードルの手にした『闇の欠片』によって、あらゆる場所でばらばらに再生され始めた。
 ゼロではなく、既にあった物から誕生していく物体は、再生が素早い。
 眩い光を発したそれは、だんだんと人の形状に近づいていき、やがて、その体に色を灯し始めた。それぞれ、全く別の、しかしいずれも見覚えのある姿へと変質していく。

 ン・ガドル・ゼバ。
 ン・ダグバ・ゼバ
 ン・ガミオ・ゼダ
 ズ・ゴオマ・グ究極体。
 ノーザ。
 筋殻アクマロ
 腑破十臓
 ダークメフィスト──溝呂木眞也
 テッカマンランス──モロトフ
 仮面ライダーエターナル──大道克己
 暗黒騎士キバ──バラゴ
 プロトタイプクウガ──天道あかね

 此処にいる参加者たちを前に猛威を振るった敵の怪物たちが、アースラの隅々で再び産声をあげ始めた。
 ──今度は、「命」ではなく、「データ」あるいは「記憶」として。
 彼らは、死亡直前までの自分たちの思考を持ち合わせると共に、全員がまず、自分が何故こうして再び目覚めたのかわからなかったようであったが、だからこそ──自分が今いるこの場所を手探りに歩きだしたのだった。

「ベリアル……私のこのやり方、見届けて頂きましょう」

 死者たちの最後の記憶が生み出した、『彼ら』は、果たして、いかなる行動をした後に消えていくのか──ニードルはそれを想った。
 そして、この『遊び』が決してベリアルにとって不利益を齎す物でもなく、むしろ──この「アースラ」を沈める為の有効手段となりうる事をニードルは何となく予測していた。
 どうなるか、はわからない。
 しかし、今は傍観者として見届けよう──。






 高町ヴィヴィオ、レイジングハート、左翔太郎花咲つぼみ佐倉杏子響良牙涼邑零涼村暁の八名は、長い廊下を走り、とある場所に向かっていた。
 その先頭には八神はやてがいる。──彼女がクロノに代わり、「騎士甲冑」を装着したまま、彼らを案内しているのであった。
 誰の表情の中にも、余裕はない。今はまさしく、アースラの命運がかかっている状況である。このまま敵の襲撃を上手くまけなければ、時空の狭間で全員が迷子にならないとも限らないという。──だとすると、おどけて勇気づける場面でもなかった。
 ばらばらな足音は、却って妙に規則正しく聞こえていた。やがて、それも自ずと誰かの足を踏むリズムと重なり合い、一斉に同じペースで踏み込む音として溶け込んでいく。

 はやての指示に従い、彼らは安全なルートを走っていった。

 ──尤も、この警告音が鳴り始めて、十二分が経過した現在、管制室でさえ占拠され、安全なルートこそあっても、安全の保障されたゴールはどこにもなかったのだが。
 結果、数秒後には、前方の安全確認が取れず、何もない廊下の上で、苛立ちながら立ち往生する形になってしまうのだった。
 各々は、狭い箇所で固まりながら、はやてにブリッジからの連絡が来るのを待った。しかし、依然、混乱は激しく、なかなか情報が回ってこない。しばし立ち往生だ。

「くそっ……こんな所まで見つけてきやがって!」

 涼邑零が、悪態をつく。
 彼は、これまで最後尾について、他に比べて体力がないつぼみをフォローしていた。敵に姿を確認され、追尾された場合でも、零が仲間への攻撃を防げる形になっていたのである。
 勿論、彼ならば並大抵の相手では手を出す事が出来ない。余程の実力者でもない限りは、零に襲い掛かった時点で、触れる事もなく返り討ちに遭うだろう。
 ただ、敵方にホラーはいなかったようなのが不幸中の幸いであった。──もしホラーが相手ならば、それこそソウルメタルを扱える零しか倒す事ができなくなってしまう。今も活路を開くために戦闘を続けているクルーたちの中にも魔戒騎士はいないので、それこそ戦闘が厳しくなるだろう。
 侵入者にはホラーを使役する事へのリスクが、ホラーを使役するメリットに勝ってしまったに違いない。おそらく、侵入者自身はホラーとは無関係の存在だ。
 そして──彼らの中でも、襲撃者については、おおよそ答えは出ている。

「……侵入者の首謀は?」
「おそらく、……ニードル」
「間違いないんだな?」

 ──暁が、再三の確認のように、はやてに問うた。
 実際、はやてが既に首謀者がニードルらしいという事実は映像によって確認していたし、それは既に報告されている。
 これ以上、別にそこを疑う余地はないと思われたが、そんな報告に対しても、暁は不審げだった。
 暁を逆に怪訝そうに見つめながら、はやてが答える。

「ただ、ニードルだけとは限りません。しかし、確認が取れているのはただ一人。何らかの方法でこちらの座標を見つけ、この時空に立ち入った可能性が高いです」
「そうか……」

 暁は溜息を吐く。何か、後ろ暗い事でもあるのだろうか。
 彼がニードルに固執する理由は、バトルロワイアルの真っ最中では特にない。同一世界出身というわけでもないので、一層不可解であった。
 しかし、この状況下、そんな細かい暁の所作を気にした者は少なく、すぐに杏子が横から口を挟んで言った。

「だけど、これだけの数に来られたらリーダーが誰だろうと関係ないな、もう。敵のリーダーを倒せば終わるってわけでもないし……」

 圧倒的な物量を前にしては、多勢に無勢である。
 ヴォルケンリッター、元ナンバーズ、エリオ、キャロ、ウエスター、サウラーなどはともかくとして、学院の初等部クラスの年齢のストライクアーツ選手までも戦場に駆り出さなければならないというほどの、アースラ側の逆境は覆される様子がなかった。
 世界の平和の為にも死ぬわけにはならない生還者たちは、彼らに全てを任せて逃げ惑うのみで、不甲斐ない想いを噛みしめる。当面の敵とまだ遭遇してさえいないのが余計に胸を悪くした。
 中でも、変身さえできない状況にある佐倉杏子と花咲つぼみは、こうして実戦の場に来てしまうと、「自分たちにこれから何が出来るか」という問題に頭を悩ませる事になってしまうわけだ。
 ──いや、もしかすると、なまじ大きすぎる力を持っているばかりに、それを使わせてもらえない者の方が猛り立っているようでもあったのかもしれないが。

「──くそっ、俺たちは戦えないのかよっ! 元気はあり余ってるってのに!」

 良牙は苦渋を噛みしめて壁を殴った。
 それは先ほどまでのような小さな配慮は一切なく、固い壁に巨大な罅を入れるほど強く殴られる。──彼自身が持っているもどかしさだった。
 コンクリートよりも遥かに硬いアースラの内壁を生身で破壊できるのは彼くらいの物だろう。
 だが、全員がそれと同様の気持ちを抱えているが、良牙のこの一撃を黙って見つめた事でどこか吹っ切れたのかもしれない。その極端な力で表象された怒りは、他の者の頭を少し冷やさせた。

「万が一の事があったらあかんからなぁ……」
「……だからって! 戻るわけにはいかねえのか……!」

 万が一の事があるかもしれない──そんな状況に、自分より弱い少女を立たせている現実に良牙は気づき、憔悴する。
 先ほど、リオやコロナといったヴィヴィオと同年代の少女にも格闘について教える羽目になったが、そこでの実力を見るに彼女たちを怪人軍団と戦わせるというのは酷な話だ。それならば、まだ良牙一人が戦いに出た方がずっと意味があると思える。
 いや、実際のところ、良牙が行ったところで返り討ちのリスクなど少ない。全世界中見回しても、彼やその世界の人間ほど鍛えられた人間はそうそういないほどだ。──怪人を相手にしても、これまで善戦してきた。
 リオやコロナはそれに対し、リスクもある。死んでしまった場合、無駄死にだ。

「そんなに元気があり余ってるなら、それを目いっぱい、ベリアルの方にぶつけてや」

 だが、はやては、良牙を少しでも危険な場に出す判断を下すわけにはいかなかった。良牙にも、臆する事なくそう言った。
 こういう状態になってしまったからには、生還者の命がこの場では最優先になる。──そう、たとえ、秤に乗せられたもう一方が、彼女たちのような小さな少女であるとしても。
 この船に乗りかかった以上、彼女たちもそれを覚悟の上でヴィヴィオに付き添おうとしているのだから。
 はやて自身も、こんな判断は下したくはない。熱い魂を持つ一人の女性として、冷徹で不合理な決定も躊躇いは捨てきれないのだが、仕方がない話だった。

「……っ!」

 だが、もし、それを一言謝れば、良牙も気は緩む。
 悪役のいないもどかしさを良牙が感じ続けるよりは、自分が悪役になる事で彼の気分を落ち着かせておこうと思った。
 だから、この場ははやては、冷たく無責任な言葉を投げかけて、彼らが持つ恨みや無力さは全て自分の胸で受け止めようとした。

「……くっ!」

 良牙ははやてを殴りかからん勢いで、両手の拳を強く握る。
 だが、はやての本心が隠しきれてないだけに、良牙はそこから先のアクションを起こす事が出来なかった。──勘の鈍い良牙であっても、その場に流れる空気と目の前の女性の表情が訴えるもどかしさくらいは感じ取る事が出来たのだろう。
 そもそも、彼自身、元々、自分の怒りに任せて無抵抗の女性を殴るほど、強さと暴力をはき違えてはいない人間だ。

「……っ」

 ──良牙は、結局、はやての意図した通りにはやてを憎み切る事はしなかった。
 むしろ、正反対だ。力を抜き、怒らず、少し竦んだように見えた。警告音が鳴りやまないが、その一刻を、良牙を哀れみ見つめる視線が鎮めた。
 はやての考えは、どうやら裏目に出たようだ。結果的に彼の戦意を奪ってしまった。
 はやては、それから少々ばかり優しい声で良牙の名前を呼んだ。

「……良牙くん。あなたたちに、世界が全部かかっているのを忘れないでください」
「……」

 だが、──そのすぐ後に、良牙は蚊の鳴くような声で一言呟いたのだ。
 それは──「悪い」、という言葉のように、聞こえた。他の者にはどうだかわからないが、はやての耳にはその一言が聞こえた。
 それが謝罪の意味であるのは確かだが、言葉通りの謝罪の意思であるようには聞こえなかった。

「──……っ! でも、それなら、悪いが、あんたたちとは一緒に行けねえ。あんたの気持ちはわかるが、俺は俺の道を行ってやる!」

 良牙は、すぐに、険しい顔でそう宣言した。
 立ち上がり、引き返す心を決めたのである。
 ──それは、良牙のお人よしな性格による物であった。そして、いざという時に自分の意思を最優先する、ある種身勝手な性格による物でもある。……彼は、周囲が見えなくなる事は多々あれど、小さな子供を見捨てるほど狭眼ではない。

「……!」

 良牙のその時の剣幕に、はやても悪役でいる事を諦めそうになり、一瞬、反論の言葉を失った。──言葉が喉の奥で詰まったのだ。
 その隙、だった。
 また、誰かが、良牙の近くに添うようにゆっくりと歩きだした。革靴が床を踏む音が警告音をひとたび掻き消す。その男が、良牙に言う。

「──……よく言ったぜ。良牙……俺もそう思っていたところだ。それに、お前一人で行かせたんじゃ、迷子になるしな」

 はやてが何か言う前にそう付け加えたのは、黙ってその様子を見ていた翔太郎であった。
 彼も良牙の一言によって、何か決心がついたようであった。──彼もまた、はやての命令と自分自身の意思を天秤にかけ、自分の道を選ぼうとしたのだろう。

「……っ!」

 このまま行けば、歯止めが効かなくなる──と、はやてはその時、察知した。
 険しい顔で、良牙と翔太郎のもとまで詰め寄るはやて。

「駄目ですッ!」

 今の彼らは、はやての権限よりも、個人の感情に傾き始めている。だからこそ、今度は、前に一歩出て、良牙と翔太郎の頬を、思い切り平手打ちした──。

 ────パンッ!、と。

 渇いた音が鳴り響く。
 良牙と翔太郎の頬に痛みが伝導する。
 はやての右手の掌が赤くなる。

「はやてさんっ!」

 ──周囲がざわついた。
 ここまで見てきたはやての性格と、少し異なった態度であったからであろう。責められる事を覚悟の上での行動であったが、はやての表情は、ここにいる全員に向けられた怒りのまなざしに変わった。

「……みなさんには、これからベリアルと戦いに行ってもらわなきゃなりません。敵の強さもわかっていないのに、こんな所で無駄骨を折らせるわけにはいかないんです」

 敬語に変えたのは、翔太郎がはやてよりもおそらく年上であったからというだけではない。自分自身が折れない為でもあり、正式な命令である事を強調する為でもある。
 それが自分に出来る唯一の、権限の象徴化だった。翔太郎に力では勝てないが、この場での権威というならば別である。一時的にでも時空管理局の傘下に入ったからには、その組織の命令を逐次聞かなければならないはずだ。
 しかし、翔太郎は、赤みがかった左の頬を撫でながら、はやての瞳を見据えた。

「悪いけど……。俺ももう、小さい子供を置いて逃げるのは御免なんだ」
「……フェイトちゃんやユーノくんの事ですか」
「ああ。俺は、ガドルに負けて、あの二人に任せて逃げる事になっちまった」

 残念ながら、翔太郎は、「組織」に属する人間ではなかった。それどころか、私立探偵という至極自由な身である。自分で決め、自分で行動するハードボイルドを目指す男だ。
 だが、──そんなハードボイルドが、何度、この世界の子供を盾に生き残れば済む事になるだろうか。それは、翔太郎の悔いだ。
 結果的に、関わっただけでも、フェイト、ユーノ、アインハルトと三人も、未来ある子供を死に至らしめたわけだ。下手をすれば、はやても変身能力有者である以上、ベリアルに目を付けられていれば、あそこで死んだ少女たちと同じ運命を辿っていたかもしれないだろう。

「──あの事をこれ以上気に病んだってどうしようもないって事くらいはわかってる。だが、これ以上同じ過ちを繰り返すのは、もっとどうしようもない」
「なら、あたしも行くよ」

 杏子が少し前に出て、言う。
 ──思えば、翔太郎と杏子はあの時、共に行動していたのだ。

「……杏子」
「その理屈で言うなら、あたしだって同じだろ。いや、むしろあたしの方がその原因に近い。……戦えなくても、避難誘導くらいなら出来るだろ?」

 翔太郎同様、この状況にあの瞬間の事を重ねていたのだろう。不安げな表情というか、後悔の念を未だ捨てきれない表情で、袖を握って言う。脇を見て、視線を合わせる様子はなかった。──何故なら、翔太郎を逃がしたのは他ならぬ彼女なのだから。

 しかし、あの時、杏子に後悔の念が襲った事は、確かに今に繋がっている。杏子自身もあの判断によって助けられ、今に至るのだが、──それでも、誰かを餌に生き伸びる時の後悔に勝る痛みはない。
 拭い去れない過去。そして、フェイトという犠牲。年下の少女を利用し、戦いに連れ立った自分の卑屈さ。──それを思い知る。
 杏子には今、変身能力がない。だというのに、意志は固かった。

「いい加減にしてください! あなたたちが過去の自分に出来なかった判断を下したいのはわかります。でも、今はあなたたちにコロナやリオを信用してほしいんです! あの子たちが勝つ事を!」
「じゃあ負ければどうなるんだよ!」
「……それは」

 死ぬ。──そのリスクは充分にある。フェイトたちがそうであったように。
 現在はまだ死亡報告はないが、これは彼女たちがやって来たストライクアーツの領域を超える殺し合いである。参加者ではないが、その組織に巻き込まれてしまったわけだ。
 言うならば、一介のスポーツ選手が軍人との戦争に参戦するような物で、いかなる強さを持って居ようとも、それが必ずしも殺しを目的とする相手に通用するとは限らない。まして、彼女たちはまだ小学生、中学生相当の年齢だ。
 強さも判然としない敵に立ち向かわせるのは、決して正しい判断とは言えまい。
 だが、力の程度に関わらず、戦力となりうる物は全て足止めに使わなければならないのが今のこの艦の状況だったのだ。
 すると、──

「八神艦長、人は強くなけりゃ生きてはいけない。だけど、優しくなけりゃ生きている資格はない。──……あんたは生きてる資格がある奴だと思うぜ。でも、俺たちはあんたの想いを振り切って、行く。……だろ? 良牙、杏子」

 ──翔太郎は、そう訊いた。良牙と杏子は黙って頷いた。
 依然、警告音が鳴り響き続け、その場の沈黙を赤いサイレンランプが周回して彩り続けていた。

「翔太郎さん、良牙さん、杏子さん……」

 ヴィヴィオのような元の世界の知り合いは、コロナやリオを信頼してもいる。そして、はやての指示に抗うにも不相応な気分である事を理解している。
 だが、代わりに誰か、同じように信頼できる人間に無事を確認してきてほしいと思うのもやむを得ない事であった。
 ヴィヴィオとレイジングハートは黙って見守る。つぼみや、零や、暁の場合は、翔太郎たちに一定の信頼を置いていたゆえ、別段、彼らに付き添う事もなく、彼らの背中を見守ろうとしていた。彼らも頷くような素振りを見せ、見送ろうとした。

「……だから、そういう事だ。俺たちは行く。でも、すぐに戻るからな!」

 ──それを合図にしてか、翔太郎たちは駆け出そうとした。
 いや、既にその視線ははやてたちの方にはない。

「……」

 はやては、その言葉と行動に何も言い返す事ができなかった。──ただ、その背中を見た時には、ほんの少しむしろ彼らこそが英断となる可能性があるのを信じるように揺れる心が芽生えた。
 あくまで、翔太郎たちを行かせられないのは「リスクの回避」なのだから。──それは、「死亡の回避」ではない。
 だが、もしかすれば、「リスク」は「死」に繋がってしまう可能性はある。だからこそ、行かせられなかった。

「……」

 いつの間にか、はやて自身の心の甘さは、彼らを危険地帯に向かわせる事を選ぼうとしていた。
 ある意味では、はやても、彼らにそんな期待をしていたのかもしれない。

 遠ざかっていく。
 はやての前で、彼らの背が──。そこに、何か一声でも先にかけようとしたのかもしれない。はやては、それを肯定するか否定するかはまだ判断していなかったが、せめて一瞬でも彼らを止めて、そこに何か後から言葉を乗せようとしていた。
 待て、と。
 しかし──そんな時であった。

「──待てよ、お前ら」

 そんな彼らの前で、ある男が止めに入ったのだった。
 はやてのでかかった言葉を遮るように。
 だが、それは、はやての告げようとした言葉を借りるように。

「──お前らだよ、仮面ライダーダブル……そして、響良牙」

 始めは声だけが聞こえ、思わず翔太郎たちの背は、はやてたちの目の前で立ち止まった。
 それを確認したのか、その声の主は、廊下の角から、まるでその場に隠れていたかのように現れたのだ。

「……!?」

 そうして現れた「声の主」の姿に、誰もが驚くと同時に、わが目を疑った事だろう。
 ──一度、良牙の方を見て、再度、そこにいた者に視線を合わせた。

「……お、……」

 まだ翔太郎たちの背中を見つめていた者たちの視界にも、その男の姿が焼きつけられ、そして──時が止まった。
 めいめいが背筋を凍らせたのだが、中でも良牙とつぼみはその姿を信じられないと思う気持ちが強かったのだろう。二人は、心臓さえ凍らせた。

「お前は──!!」

 そこにいたのは、白い体色、黄色い瞳の細見の戦士であった。
 黒いローブを羽織り、響良牙がこれまで変身してみせた「仮面ライダーエターナル」そのものな恰好をしている。

 ……いや、彼こそが、「仮面ライダーエターナル」なのだ。
 ──その低い声は間違いない。良牙とつぼみを本能的に震わせ、騙させる感覚。

「──エターナル……、だと!? 良牙じゃねえ……!?」
「久しぶりだなァ、お前ら」

 聞き覚えのある声に、翔太郎も戦慄する。いやはや、それは間違いなかった。妙に心が納得した。
 ──翔太郎も、彼を、知っていた。
 それも、尋常ではないレベルで。

「……人とメモリは惹かれあう、か。なるほどな……俺も何となく立ち寄っただけで、懐かしい奴らと……新しいエターナルと会えたわけだ」

 そんな独特の口調で、それぞれが確信を抱いた。
 だからこそ、わけがわからなかったのだろう。──その男は、翔太郎の記憶の中では、三度も死んでいるはずだった。

「大道……」

 一度、非業の交通事故で死に。
 一度、仮面ライダーダブルに倒され。
 一度、仮面ライダーゼクロスと相打った。

「克己……!」

 そんなかつての仮面ライダーエターナルの変身者──大道克己と、殆どが同じだったのだ。それが現実に目の前にいるという事を知って、翔太郎たちは固い息を飲み込んだ。
 良牙たちが、信じがたいといった様子でエターナルに言葉をかけた。

「何故、貴様がここにいる……!?」
「大道……地獄から迷い出たかっ!」
「地獄──? いや、今の俺は死人ですらねえ。ただの記憶のデータの集合さ。どういうわけだか、そいつが俺を再生しているらしい。つまり、お前の相棒と同じさ」

 良牙と翔太郎が、並んで立ち止まり、構える。
 未だ、彼への警戒心は解けないままだ。──エターナルがいるならば、まだ別の戦士がいるのではないかという想いも湧きあがった。かの、怪人軍団に紛れて、想わぬ大物が釣れてしまったらしいと見える。
 それを見ていたはやてが、もしかすると──あるデータとその存在が合致するのではないか、と感じた。

「この反応……まさか──『闇の欠片』かっ!?」

 誰もが、はやてに注目した。
 はやてが口にしたその情報に、ヴィヴィオやレイジングハートまでも当惑した様子だった。──“名前”だけは、確かにどこかで聞き覚えがあるのだ。
 彼女たちも、かつてその名を聞き、それが起こした重大な事件に関わったような心持さえする。

「闇の欠片……?」
「……記憶から形状をコピーして、人格を再生するタイプのロストロギアです。時には、遠い過去の人格が再生されたり、裏の人格が再生されたりする事もある……!」

 はやて自身が、非常に切迫したようにその説明をした。
 確かに、ヴィヴィオやレイジングハートもまた、あるいは──その効果を、どこかで実感していたのかもしれない。何となく想像の通りだった。
 それは遠い記憶の彼方に閉ざされており、決して開かれる事はなかったが、目の前に仮面ライダーエターナルに対しても、──エターナル自身には会っていないというのに──奇妙な懐かしさを覚える。そのロストロギアの反応を覚えているのだろう。
 ヴィヴィオの真上でクリスもまた、戦慄し、構える。

「なるほど。闇の欠片、か……。俺はそんな名前の物体でできているわけだ。──まあ、俺にとってはそんな事はどうでもいい」

 エターナル自身も、自分が何故こうしてここにいるのかわかってはいなかったが、それについてこれといった執着は見せないようだった。
 死者でもあった彼にはそんな気持ちもないのだろう。
 良牙は、より一層身構えた。
 全身の筋肉が硬直し、エターナルメモリを何の気なしに仕舞う懐に注意が向けられる。

「まさか……エターナルを取り返しに来たのか?」
「残念だが、それは違うな。エターナルはもう俺を必要としていない……そいつはお前もわかってるだろ?」

 エターナルは、──いつか見た夢のように、そう告げた。
 仮面ライダーエターナルの姿をしていながら、彼は記憶の結晶でしかない。腰を巻いているロストドライバーやエターナルメモリは偽物でしかなく、克己自身の記憶が「本物」の想いを尊重したのだろう。
 言うならば、大道克己の亡霊の意思は、そういう発想に行きついたのだった。
 つぼみが、あまり警戒する事なく、エターナルの元に近寄った。

「克己さん……」
「よう、プリキュア……お前には随分良い夢を見させてもらったな。そいつにだけは感謝してやってもいい」

 其処にいるエターナルは、確かにつぼみが死に際までを見届けた大道克己その人だったようである。心には母親への微かな愛情さえ残して現れているのだろう。
 しかし、それを得ても尚、彼は素直な言葉をつぼみに向けようとはしなかった。
 どこか偽悪ぶった口調でもあった。つぼみは克己を信じるが、かつて彼を悪人として葬った翔太郎は信じ切れていないようだ。生身で、エターナルに詰め寄る。

「……大道。まさか、お前、また、生きている人間を全部、お前と同じ死人に変えるなんて言わねえよな。だとしても、俺たち仮面ライダーやガイアセイバーズが──」
「だから、さっき言っただろう。今の俺は死人ですらないと──大道克己を模した、大道克己とは別の、いわばデータ人間さ。俺に生者を死人に変えるメリットはない」
「……じゃあ何が目的だ? 今度は人間を全部データ人間でも変えるのか?」

 翔太郎としては、尚更、訝しむ場面であった。克己の蘇っての企みが何なのか──それによって、翔太郎は彼を再び倒さなければならない。
 ロストドライバーとジョーカーメモリを両腕で持つ。
 それを見ていると、エターナルの声は、照れるようにふと笑った。悪役ならではの自嘲気味な笑みが、その後の言葉の意味を、翔太郎に聞かすのを遅らせる。

「──今日限りだ。俺“たち”は、この船に乗りかかった奴らが当面の敵を倒しに向かうまで、ここにいる全員を全面的に援護し、出航を手伝う」

 翔太郎だけではない。誰もその意味を一瞬では理解しなかった。
 悪い意味を前提と考えた者が多かったからであろう。
 エターナルは続けた。

「……まっ、そこから先に行きつく場所が地獄になるか、それとも今まで通り生きていられるかは、お前ら次第って所だな」

 すると、エターナルの言葉を合図に、彼の後方から数名の怪人が現れた。一斉にその姿に注目が集まり、驚いた者もいた。
 否──しかと見れば、それは、怪人と一概に言うべき相手ではなかったかもしれない。
 ナスカ・ドーパント、ルナ・ドーパントの不揃いな二名が構え、翔太郎を見据える。
 赤い仮面ライダーもそこに並んでいる。──誰もが姿にだけは見覚えがあった。

「お前……まさか……」

 その名は、仮面ライダーアクセル。
 その意匠だけは、石堀光彦による変身で見た事のある人間もいるだろう。──だが、その戦士には、既に死んでしまった真の変身者がいた。
 アクセルは、懐かしい声で、翔太郎に告げた。

「──記憶の欠片が再生しているのは、大道一人じゃないぜ」
「照井! お前も、大道たちに協力するのか……!?」
「俺に質問するなッ!」

 ──ああ、それは、あの照井竜の声で間違いなかった。
 だとするのなら、ナスカ・ドーパントはやはり園咲霧彦であり、ルナ・ドーパントは泉京水という事だろうか。

「ヴィヴィオちゃん。元気そうで安心したよ」
「霧彦さん!?」

 やはり──そう。
 彼らは、死者と同じ人格を有した『闇の欠片』なのだ。その想いと姿に限っては、確かに彼らの心強さが再現されている。変身後の姿を模してはいるが、それは確かに彼らの魂を引き継いだ戦士たちだった。
 リニスの想いを再生した闇の欠片が、フェイトの成長を見つけ出そうとしたように──優しさも強さも捨てず、まだ戦い続ける。
 そして、彼らはベリアルの野望を打ち砕こうという想いに限り、確かに共通し、その点においては、ガイアセイバーズと結託しうるのだった。

 ──きっと、これが彼らとの、最後の共闘となるのだが。

「あなたたちの仲間の援護は始まってるわー! 艦のみんなも守護(まも)ってアゲてるみたいだから、友達も心配しないで先に進んじゃってOKよ!!」
「お前……」
「キャーッ!! NEVERなのに、みんなにこんなに優しくしちゃっていいのかしらーっ!! まるで仮面ライダーみたいネッ!!! あっ……でも、これここだけの話、他ならぬ克己ちゃんの命令なのよ? 他のみんなには内緒よ? キャーッ!! 言っちゃったー!! キャーッ!!」
「……黙ってろ、京水」

 仮面ライダーエターナルに、その場で聞いている全員の視線が集中した。いずれも、──つぼみでさえも、意外そうである。
 だが、このルナ・ドーパントの言葉が嘘とは思えなかった。何せ、彼は自分から嘘をつくようなタイプではない。──だとするのなら、本当に克己は、主催者の打倒と同時に、クルーの保護までも考えているのだろうか。

「克己さん……。やっぱり、あなたにも、咲き続いているんですね──こころの花が」
「フン……ッ、知らねえな。俺は、お前らが手こずっているこの話の黒幕をさっさと倒したいだけだ」

 つぼみだけは克己の本来の性格が優しい人間であり、それが蘇生によって改変されてしまった事を知っている。だから、これが本来の彼なのかもしれない。
 克己はゆりを殺した仮面ライダーであったが、それでもつぼみは、克己の罪を憎み、克己の事は憎まず──それどころか、信じたのだ。

「どういう事だよ? こいつら、敵じゃないんだよな……? 協力するって──」

 事情を詳しく知らず、翔太郎への信頼地が最も高い杏子は少々首を傾けた。
 だが、そんな混乱する杏子と異なり、これまで疑いを深めるばかりだった翔太郎の感情は纏まりがついた。そんな様子を見て、少しばかり考えを改めたのだろう。
 確かに、プリキュアの想いの力や、花のエネルギーは、大道克己をかつての彼に近づけるほどの力を有していたと。
 それならば、翔太郎はこれまでで初めて、照井や克己と共同戦線を張る事になるわけだ。
 そんな不思議な状況を飲み込んだ彼は、誰にも聞こえぬよう呟いた。

「──エターナル。やっぱり、お前も、風都の仮面ライダー4号だったのか……」






 同時刻。
 艦内は、そこがつい数分前まで広く果てない廊下であったのが嘘であるかのように、不気味な怪物たちに埋め尽くされていた。
 これが、前線の現状であった。

「──ネフィリムフィスト!」

 目の前の再生怪人の顎に向け、その拳を叩きつけるコロナ・ティミルは、もはや疲弊しきっている。体全体でアッパーを叩きこんでいるというより、打撃点である拳のみを固めて、残りの身体全体は成されるがままに動かしているかのようだった。
 ふらふらと揺らめく体で、それでも真っ直ぐに敵の顎先を捕え、何とか目の前の怪人──ギリザメスを撃退した。倒されたギリザメスは、泡になって消えていく。

「はぁ……はぁ……」

 彼女や、リオ・ウィズリーや、ノーヴェ・ナカジマは──そして、インターミドルで彼女たちと激突したストライクアーツ選手たちは、殆どが肩で息をするような状態であった。
 相対するのは、狼男やイカデビル、ガラガランダやヒルカメレオンといった、かつて本郷猛一文字隼人が戦った悪の組織「ショッカー」「ゲルショッカー」の改造人間と、同一の姿をした怪人たちであった。それに比して弱体化しているとはいえ、果てもなく湧いて来る怪人軍団の群れには多勢に無勢である。

「ヴィヴィオが……まだ頑張ってるんだ……! 私だって!」

 それでも、コロナたちは諦めない。
 此処にいるという事は、ヴィヴィオたちが受けた苦しみや痛みよりもずっと恵まれた想いをしているという事なのだから。

 コロナは、元を辿れば、友達であるヴィヴィオに付き添うようにしてストライクアーツを始めた。──それゆえに、彼女に常に近い所にいる事で、彼女と友達であり続けようとしてきたのだ。
 まだ彼女に追いつこうと言う意思は枯れていない。

「……そうだよ、コロナ……私たちは私たちに出来る事を全力でやる! ここに帰って来られなかった人が守れなかった世界は、私たちが叶える!」

 コロナと背中を合わせ、お互いに支え合うようにして、立ち上がる小さな陰はリオであった。そんなリオも目の前の怪人──ザンジオーに向けて、力なく何歩か走りだし、両掌から、重たい一撃を放った。

「絶招 織炎虎砲!」

 リオも、パワーに関しては、あの響良牙に匹敵するレベルであった。──先ほど、良牙のもとで鍛錬した際も、とりわけ彼女はその才能を良牙に褒められたほどである。
 魔力消費が膨大な一撃が、ショッカー怪人ザンジオーの身体をぶち抜き、彼の身体も泡へと消し去った。
 それでもまだ彼女たちの前に死人のように群がる怪人たちは彼女たちに向かってくる。

「「強くなるんだ……どこまでだって!」」

 ──あのモニターによって、ヴィヴィオやアインハルトが巻き込まれた殺し合いを目の当りにした時、コロナとリオは何を想っただろう。
 二人の痛みを分かってあげられるにはどのようにすればいいのか。こうして黙って見ている事しか出来ないなんて、友達としてそれで良いのだろうか。
 ──そう思ったに違いない。

 だが、現実には彼女たちはあまりにも無力だった。彼女たちだけでなく、その偉大な先輩たちも。世界中の人たちも。六十六名の参加者と世界を救う術が、人々にはなかった。現場に行きつく術すらなかった。
 そして、人々は今も彼女たちと共にベリアルを倒しに行く事さえできないまま管理に屈しかねない状況に陥っている。

 ならば、せめて彼女たちに道を開く為に、精一杯に自分の力を振り絞ってみせようと。
 二人は──いや、この艦の乗組員は、須らくそう思っていた。
 だからせめて、何かヴィヴィオたちを助けられる力を学びたい。──そうして、良牙から格闘を習おうとしたコロナとリオであった。
 そんな二人も結局は、その欠片も習得する事ができなかったのだが。

「このくらいの敵……ッ!」

 シオマネキングを中心に群がるショッカー怪人たちの姿を、リオたちは固い意志の籠った瞳で睨んだ。幸いにもまだ味方側に死人は出ていないが、ここから先はそれさえ覚悟をしなければならないかもしれない。
 自分たちに出来るのはヴィヴィオたちが辿り着くまでの時間稼ぎに過ぎないのだ。
 この区域にいる残りのショッカー怪人の数は何十体か。──魔力が保たず、別の区域もそれぞれ手一杯で援護も期待できない。敵一体につき消費される魔力を考えれば、このままここで勝ち進める可能性は高いとは言えなかった。

 ──しかし、そう考えた直後、ある一声が彼女たちの形成を逆転させたのだ。

「────猛虎高飛車!!!」

 そんな叫びが廊下に反響すると共に、廊下が不思議な光に包まれ、ショッカー怪人の断末魔がコロナたちの耳朶を打った。
 いやはや、聞き取れた声は、良牙が教えようとした技の派生型と全く同じである。良牙はそれを教えなかったが、おそらくその技は滅多な事では出ないのだろう。
 そんな技を使えそうなのは良牙くらいしかいないのだが、それは良牙ではない。
 もう一度、技の名前と声を二人は頭の中で反芻した。
 ──猛虎高飛車。
 あの、獅子咆哮弾と対局に位置する「強気」の技だ。気の持ちようによって変化する技ではあるものの、この技を使った男は、本来なら、あのヴィヴィオと行動していた男・ただ一人のはず──。

「誰……!?」
「味方か!?」

 ショッカー怪人たちも、周囲をきょろきょろと見回し始めた。増援がやってくるはずもない。──来るとすれば、それはあの殺し合いの生還者だろう。
 だとすれば彼らにとってはむしろ好都合だが、現実は違った。

「──おい、お前ら……ヴィヴィオの友だちか!?」

 遠くから響いて来る男の声は、コロナとリオにそう問いかけていた。
 どこか聞き覚えがある声に、二人は固まる。確かにそれが何者なのかは二人とも、察しがついていた。

 ──いや……だが、やはり、そんなはずがない。
 彼女たちはそれをモニター越しにしか見ていなかったが、彼は少なくとももう、死んでいるのだから。
 それでも、それは幻聴と呼ぶには、あまりにもはっきりしすぎていた。言葉は続いていく。

「なら、ヴィヴィオに伝えとけ。……こんなに強くて良い友だちがいれば、お前はまだまだ、どこまでも強くなれるってなっ!」

 群れの向こう側からショッカー怪人を格闘技で撃退しながら近づいて来る声は、だんだん姿まで伴ってきた。
 見えてくるのは、揺れる黒いおさげ髪──そして、真っ赤なチャイナ服。
 それらが微かにでも見え始めた時、確信する。その場にいた者たちの間に呆気に取られたような表情が見え始め、そして、誰もが理解する。
 それが一体、誰なのかを──。

「──それに、お前らもだぜ」

 男の顔は、はっきりと彼女たちの瞳に映る。
 彼には、「ロストロギア」の反応が強く出ていたのだが──誰もそんな事を気にしなかった。それは確かに、味方そのものであったからだ。

早乙女乱馬、さん……?」

 コロナとリオの前に現れた男は、頷いた。
 あの殺し合いの場において、ヴィヴィオやアインハルトを保護し、彼女たちに幾つも助言した一人。
 そして、参加者たちを苦しめたン・ダグバ・ゼバに、煮え湯を飲ませた強き男であった。

「よしっ、お前ら、まだ元気あるよな? 元気があんなら、まだまだ行くぞ!」

 死者の手助けに二人も驚愕したのだが、同じ事がほとんど同時に、艦内のあらゆる場所でも起こり始めていた。
 ──クルーと怪人たちとの戦いに、死者が割り込んでくる現象だ。
 それは、『闇の欠片』によって引きだされた殺し合いの記憶そのものであるのだが、確かにその意志は大道克己の言った通り、艦にいる者たちの援護を始めているのだ。

 仇なす者もいるとはいえ──この艦を守ろうとする者の方が多数であった。
 それが多くの参加者たちの本質。──如何に多くの邪心の塊が湧き出で続けたとしても、折れる事なく戦い続ける者は必ずどこかにいる。






 はやてたち面々が今から向かうのは、時空移動システムを司るアカルンと転送装置のある転送室だ。
 今は、アカルンがそのシステムを司っており、サウラーが主にその場を管理している。夜や開いた時間は、ウエスターも共に交代で警護に当たっていたため、今は、二人のいずれか──あるいは二人のいずれもによって守られているのだろう。
 敵側も、特に強く結界が張られたあのエリアにはまだ立ち入れていないらしい。……が、敵も同じようにして、全てを制御する部屋を探し彷徨っている。
 それより早く転送室に辿り着き、ベリアルの世界の座標まで彼らを一刻も早く転送する準備をせねばならなかった。──戦闘の為の一通りの装備は、その近くに設置されている。

「……あともう少し!」

 はやてが言った。
 思いの外早くそんな言葉が出てきたので、彼らは少々安心し、それと同時に、それだけ早くベリアルとの決戦の地に向かわなければならないという事実に気づいた。休息は充分に取っており、いずれの身体にも別段調子の悪い所はない。
 しかし、問題は、心の準備の話であった。──まだ一日猶予があると思っていたのに。

「もう少し、か……」

 そんなやり切れない想いの籠った言葉を翔太郎が呟いた。それが誰の言葉であったのかはどうでもいい事だ。結局のところ、誰しもが憂いを持っていた。
 勝利への自信が全くないわけではないが、たとえそれでも──ここをこんな状態で任さねばならない事には少々抵抗もある。
 そんな気持ちを察してか、闇の欠片の仮面ライダーアクセルが翔太郎の方を見つめた。

「左、これからお前たちが去った後のこの艦は、俺たちが守る。……安心してくれ」
「照井……」

 照井竜にこんな言葉をかけられるのが、かなり久しぶりに感じた。
 結局、あの変身ロワイアルでは会えず終いである。──それだけ、あの殺し合いに強敵が多かったという事でもあろう。
 少しでも運命が違えば、死んだのは翔太郎であったかもしれない。

「これが俺の──照井竜の、仮面ライダーとしての最後の仕事になるな。ここで戦う者たちは、全員がその覚悟を持ち、お前たちに託すつもりで戦っているんだ……。きっと、俺たちは、己の持つ最後の使命を果たすつもりでここに呼ばれた」
「……だけど、お前には仮面ライダー以外にも……照井竜としてもあるだろ」
「照井竜、として……か。ならば──所長には、一刻も早く『次の相手』を見つけるように言ってくれ。出なければ、彼女もすぐに『手遅れ』になる」

 アクセルに対して、石堀光彦の変身形態である印象を持つ者がこの場には多かったが、こうして見てみると、石堀に比べればクールながらも穏やかさに満ち溢れたのが照井だった。それというのも、石堀は実質的に、アクセルの力を、人間の能力を強化する兵器程度にしかとどめていなかったからだろう。
 見れば、アクセルという無機質なマスクの中にも奇妙な愛嬌が芽生えてくる。石堀の時には全くなかった感覚だ。
 不意に、暁が、走りながらも、横からアクセルに訊いた。

「──なあ、照井だっけ? あんたたちはさ、この戦いが終わったら、消えちまうんだろ? このまま大人しく消える気なのか?」
「俺に質問するなッ!」
「……いや、それどうすりゃいいんだよ」

 思いの外、辛辣な解答を受け取った暁は、少しばかり心を痛めたようだ。実際のところ、何気ない質問をしたところ、物凄い剣幕でこんな解答が来れば、腹も立つし心も折れる人間が大半だろう。暁も例外ではなかった。
 代わって、別の「闇の欠片」が答えた。

「──みんな、大人しく消えるさ。……それが僕達、死人の宿命だ」

 ナスカ・ドーパント──園咲霧彦である。
 ドーパントでありながら、風都という街を愛した彼は、ひとまずここでベリアルと対立する者たちには善悪問わず、味方をするつもりだ。特に、ヴィヴィオを守る為にも──。
 暁の質問にどんな意図があるのかはわからないが、彼らには堪えられる限りの質問を返す事も施せる。
 ナスカの様子に悔いはなさそうであったが、ヴィヴィオは前向きになり切れなかった。どこか浮かない顔で告げる。

「……そうですね。いずれにせよ、闇の欠片は元々、そんなに長くは再生できません。……だから、霧彦さんたちとももうすぐ……」

 そんなヴィヴィオを見て、ナスカはこうして再生されるという事が、「二度死ぬ」という事であるのを思い出す事になった。
 生きている側からすれば、同じ人間との辛い別れを何度となく経験する事になる。

「すまない。ヴィヴィオちゃん、一度乗り越えた悲しみをもう一度繰り返すような形になってしまって」
「……ううん。私の事はいいんです。確かに悲しいけど、折角、一日でも霧彦さんたちと会えるなら、もっと良い時に会いたかったなって」

 ヴィヴィオらしい言葉だと、ナスカは受け取った。──かつて、彼女の母の死を告げるのを先延ばしにしようとした事があったが、もしかすればそれこそ失策だったかもしれない。
 彼女は大人顔負けの強さを持っている。あらゆる苦難に挫けない鉄の心だ。そんな純粋さは、簡単に歪められる物ではないらしい。
 そんな二人のやり取りに変わってしまったが、元々ナスカにそれを問うたのは暁だ。

「……で、そうは言うけど、あんたもさ、このまま生きてやりたい事とかないわけ?」
「そんな事くらい、山ほどある。心残りな妹もいるんだ。──だが、残念ながら僕は生きていない。死ぬのは、あれで二度……だから、今こうしてここにいる事が充分奇跡のような物さ。償いだけはするつもりだ」

 一度は冴子の裏切りに、もう一度はガドルとの戦いに敗れ死んだ。
 死後、というのは思いの外、居心地が良くもあり、悪くもある果てなのだが、それについて生者に教える事は何もない。
 強いて言えば、ヴィヴィオや杏子は、それぞれ別の形で近い物を感じた事があったが。

「……俺は三度目らしいがな」
「私も三度目! NEVERの勝ちね! 霧彦ちゃん!」

 エターナルとルナ・ドーパントが横から付け加えた。
 ナスカも、この二人の死人たちの言葉には、返す言葉もなかった。ただ、何となくこの面識もない連中に負けた事が悔しく感じられた。
 そんな様子を察してか、花咲つぼみがナスカをフォローする。

「……あの、霧彦さん、落ち込まないでください。『二度ある事は三度ある』と言うものですから……きっと、霧彦さんももう一回くらい」
「彼らに張り合ったって嬉しくはない!」

 と、ナスカがつぼみの天然さに突っ込んだその時──警告音が、突然、艦内に響くのを止めた。ぶつっ、と「音が切れる音」がした。
 何分も鳴り続けたところで、結局はその場の音声を捕えづらくするだけと判断されたのだろうか。──だとするなら、音声の遮断は、その時は、英断だろう。流石に長く音が鳴りすぎている。
 この音の連鎖と赤色のネオンは、却って人を不安にし、戦闘音を聞き逃させる。意識して、会話のボリュームも上げなければならないので敵に気づかれるリスクも上がる。
 しかし、それはそんな配慮の為に鳴りやんだのではないと──次の瞬間、彼らは悟った。

『ドンッッッ!!!!!!!』

 放送機能を司るオペレーターが待機しているはずのブリッジで爆音が起きたであろう事は、その場の音声を中継する無数のスピーカーによって、艦内に同時に認識される事態となった。

「──ッッ!? な、なんだッ!?」

 今──確かに、予想だにしないハプニングが起きた実感があった。
 ブリッジに攻撃を受けたという事は、敵の侵攻はかなり深く進んでいるはずだ。それを想い、彼らも黙りこくる。
 あの場にいるのはクロノ以下、数名の戦闘要員と残りは魔術戦闘にたけているわけではない者たちだ。その周囲を屈強な者たちが厳重にガードしているとはいえ、奇襲を相手に上手にフォーメーションを組む事は出来ず、結果、こうして艦長の居場所までもが襲撃される事になったという事らしい。

「まずいな……! あそこが狙われたという事は、艦長が危ない!」
「クロノ艦長……!」

 クロノ・ハラオウン艦長は勿論の事、この艦そのものの危機である。
 だが、そんな心配と同時に、近くでもまた轟音が鳴り始めた。敵の魔の手は、着々とこの艦いっぱいに広がってきているらしい。それはもはや充満する煙のようだった。どこを塞いでも抑えがきかず、微かな隙間で余所へとなだれ込んでいく。
 今こうして、警告音が鳴り止んだ時こそ、その実感は強まってくる──彼らの鼓膜を通して聞こえた轟音は、確実に敵襲による物だろう。

「……艦長室が狙われた……? じゃあ……マズイ……」

 そして、誰よりその瞬間に危機感と絶望感に打ちひしがれたのは八神はやてであった。
 彼女の顔色がその瞬間に大分変わったようである。──膝から崩れてもおかしくないような表情だった。それを辛うじて抑えながらも、胸の中に広がった絶望で、実際にはあまり膝を折ったのとあまり変わらないような状態である。

「どうしたんだ……?」
「──……これから向かう場所で転送をするにも、ブリッジの指揮と許可が必要や。それが出来なくなる。つまり、これから転送室に辿り着いても、ベリアルの世界には行けない」

 ブリッジの襲撃。──それは、ベリアルの世界に辿り着く為に重ねて揃わなければならない条件が一つ切り崩されたという事である。生還者、ブリッジ、アカルンの三つの存在が同時に成り立たなければベリアルの世界には行けない。
 並行世界に渡る手段は複数存在するが、たとえば、ディケイドのようにあの世界への耐性のない者は、そもそもオーロラをあの世界に繋ぐ事すらできないからだ。
 敵は、確実にベリアルを倒す為の手段を封殺しにかかっているのだろう。作戦としては、その三つの要を制圧すべきなのは当然であった。

「──じゃあ、ここで終わりなのか?」
「勿論、ブリッジが襲撃を受けていた場合の話や。ただ、限りなく危険な状態になってる」
「襲撃を受けていた場合って……だって、あの音……」
「──まだ、わからん」

 と、はやては言うが、ブリッジ周辺の警護は充分だったはずだ。
 それこそ、ブリッジの内部に入られる事を想定しえないほどに固くガードされている。そもそも、指揮を司る場に敵が侵入するというのは敗北に近い状況であるゆえ、最も警備が固められていたのは、「拠点の周囲」だ。
 拠点の警戒体勢は、それ以下であり、周囲を突破された以上は、時間の問題と言えよう。

「……みんなを信じましょう」

 ヴィヴィオが口を開いた。
 彼女は、この場一帯の沈んだ空気の中でも、あまり顔色を変えていない方だ。それは、危機感がないからというわけではない。
 ブリッジにいるクロノたちへの心配も確かに強いのだが、同時に可能性も考えている。
 全員が、ヴィヴィオに視線を集中した。

「──襲撃を受けたとしても、今の艦内放送で、この艦にいる人たちはみんな危機的状況には気が付いたはずです。それなら、霧彦さんみたいな人たちがブリッジに向かっているかもしれません」
「まあ、確かに……」
「特に、この艦に元々いた人たちと接触した人がいたら、ブリッジの位置も知る事が出来ます。クロノさんたちに増援が来る可能性もないはずがありません。──それに、ブリッジには外部世界の人たち(門矢士のようにパラレルワールドを移動できる者の事)に連絡する機器もあるはずですから、そちらの助けを呼んでいる可能性もあります」

 それに関しては気づいた者もいたが、楽観的な発想の一部であったので、あくまでその可能性もあるとしか言えなかった。だが、それを信じる自信を持てるのもまた、彼女の性格の一部なのかもしれない。
 それとも、ここにいるはやてが長い任務のストレスやプレッシャーから、司令にあるまじきネガティブを少し強めに抱き始めているのかもしれないが、実際のところは、ブリッジとの連絡が途絶えた現状、不明だと言えた。

『──おい、零! ここで立ち止まってる場合じゃない、後ろからとてつもない邪気が来るぞっ!』

 その時、不意にザルバの叫びが木霊した。
 その声は、呼びかけられた零だけではなく、その場にいた全員の耳に入り、瞬時に各人を我に返し、警戒させた。

「──何者だっ!?」

 怒気の強い声で問うたのは、零である。
 見れば──。

「──ッ!?」

 ──次の瞬間、彼らの周囲を奇妙な「毬」が飛び交っていく。
 それは、不規則に壁に跳ね返り、当たった場所で爆ぜて衝撃を与え続けた。
 不可思議なのは、爆発を起こしても毬は消えず、尚も次の地点まで跳ね返り、そこで再び爆発を起こすという事だった。
 つまり、これは敵方の爆弾だ。ここにいる人間を狙ったのかもしれない。

「くっ……! 何て事しやがる、こんな時に……っ!」

 零が叫んだ。
 奇妙な術の使い手の突然の奇襲に、はやてが咄嗟に防御壁を張った。
 その壁が張られるよりも前に、零が瞬足で駆けだす。
 と、同時に、剣を懐から抜き出し、毬をソウルメタルの剣で斬り裂いた──。空中で半分に分かたれた毬が爆発した。
 爆弾を斬り、その爆発さえも回避するという──魔戒騎士ならではの荒業だ。

「ほっほっほっ……」

 その直後、物陰から男女二人の怪人が姿を現したのだった。──そして、やはり、彼らは、「ロストロギア」の反応を有していた。

「ほう、お見事……。どうやら、あんたさん達があの殺し合いの生還者のようですな。……ようやく見つかりました」
「私たちを差し置いて生還した──というのは、万事に値する罪ね。さて、アクマロくん。どう料理しようかしら」

 二体の怪人には、いずれも見覚えがあった。多くは、モニターやデータ上でだったが、インテリジェントデバイスたちはその怪物を知っていた。
 レイジングハートは、二人を見て強い嫌悪の念を示す。

「ノーザ……! それに、アクマロ……!」

 他ならぬ高町なのはを殺害したノーザと筋殻アクマロの二人だ。
 ゲームの序盤において、スバル・ナカジマをソレワターセに変える事で猛威を振るった残虐な二人は、こうして記憶をデータとして再変換しても尚、コンビで行動しているらしい。

 ──これが闇の欠片の、負の部分だ。親しい死者との再会と同時に、敵との再会までも許してしまう。
 そして、このアクマロは、蘇ってしばらくして、どうやらこちらの姿を見つけて、後ろから追い、あのように奇襲をしかけてきたのである。
 何より、彼らが翔太郎たちの姿を見つけられたのは、ただの勘ではなかったらしい事も、次の瞬間に明かされる事になった。
 空がないというのに不気味な白い雪が降り注ぎ、一人の怪人が更にそこへ歩きだす。

「やはり、私の勘に狂いはなかったようですね。……人の集まっていないところほど、大物が釣れる。──アクマロさん、良い料理の仕方を期待しますよ」

 ──ウェザー・ドーパントである。

「貴様は……井坂ッ! やはり貴様も地獄から迷い出たかッ!」

 彼もまた、アクマロに加担したらしい。そして、おそらくは──メモリの持ち主がどこにいるのか、それを彼は何となく察知したのであろう。良牙が持つT2ガイアメモリの一つ『WEATHER』の運命が彼と引きあったに違いない。

「ノーザさんも井坂さんも、気を急いているようですな。……しかし、こやつらの料理の方法ですか。そんな物は知りませんが……ただ、出来上がる物──彼らが行きつく場所が何かだけは考えておきましょう」

 ……彼ら三名のような真正の外道がエターナルの側につき、ベリアルの退治を願うという事は到底ありえない話である。
 言うならば、死んでしまった後の彼らの目的は、自分と同じ地獄に生者を引きずりこむという事なのだから。「馬鹿は死ななきゃ治らない」というのは、全くの出鱈目であると、こうして証明されたわけだ。
 アクマロは、ノーザとウェザーの期待に、ニタリと笑いながら返した。

「そう、勿論……彼らの行き場は、ノーザさんや井坂さんと同じ。地獄の苦しみを与えた上で、本当の地獄に落ちてもらいましょう!」
「オイオイ。……地獄にはてめえらはいらねえぜ」

 同じく地獄を名乗る者として、エターナルはアクマロの前に出た。──地獄を語ったからには、エターナルが自ら対峙せねばならないと思ったのだろう。
 どうやら、彼はアクマロとノーザを止めにかかるつもりらしい。それに並ぶようにして、ルナやアクセルやナスカも前に出る。

「井坂。……遂に本物の化け物どもにまで魂を売ったか! ならば遠慮はしない!」

 アクセルは、仇敵のウェザーを睨んだ。
 アクマロ、ノーザ、ウェザーの三体の強敵は、あくまでも生還者を地獄に引きずり込もうという魂胆らしい。──中でも、唯一この中で人間である井坂の姿に、アクセルは果てのない怒りを覚える。
 これまでも非人道的ともいえる実験ばかりを繰り返してきた井坂であった。しかし、死して尚、その振る舞いが常軌を逸しているとは思わなかったのだろう。常々、照井の人物評の下を行く行動ばかりを取る男だ。

「──さて、そういう事だ。彼らは僕達に任せて先に行きたまえ、仮面ライダーくん」
「……霧彦」
「その代わり、ヴィヴィオちゃんたちは君に任せた。君が黒幕の陰謀を潰し、僕たちの故郷に再び、良い風が吹く事を祈ろう」
「……当たり前だ。風都は俺たちの庭だぜ」

 ナスカは、それだけ聞いて、少し笑うと、その背にナスカウイングを開いた。その手に固くナスカブレードを握る。

「じゃあ、行くわよっ! ……あ、忠告しておくと、こう見えても私、──オバサンにも厳しいわよっ!」
「オバ……何よ、オカマのくせに!! トンデモない事言ってくれたわね!!」
「──あんたも今、言ってはならない事を言ったわね! ムッキィィィィィィ!!! これはもう、あの子に変わって、精一杯頑張って、このオバサンをブチ殺すッッ!!」

 ルナの腕がノーザを捕らえる為に伸び、エターナルがエッジを構える。アクセルの姿は青きトライアルのものへと変身する。
 先に転送システムの下へと彼らを送らねばならず、その為にもこうした強敵との戦いを彼らは飲んだわけだ。それぞれが目の前の相手と戦っておくべき理由は尽きない──ゆえに、逃げる側と、逃がす側はそれぞれが合意した決闘であった。
 レイジングハートが、そんな彼らの姿を見つめながら、──自分に復讐の機会などない事を悟り、告げた。

「──ノーザ、アクマロ……。なのはたちが受けた痛みは、彼らが必ず返します! 無限に後悔しなさい」
「にゃー!」

 アスティオンもまた、アインハルトと一緒にいた以上は彼らの事をよく知っていたのだろう。ヴィヴィオの肩の上で眉を顰め、敵の方を威嚇したティオは、全てを彼らに任せる事を誓うのである。

「行きましょう! ──ヴィヴィオの行ったように、きっと彼らのような者たちが最後に世界を守ろうとしていると信じて……!」

 レイジングハートの言葉は、重たかった。
 そう、出来る事なら、あの時無力であった自分の手で相棒の仇を倒し、彼女に捧げたい。──しかし、それはきっと、仲間がやってくれる。それで良いのだ。
 復讐でも、怒りでもなく、ただ、正しいと思える事と守りたい物があれば良い。

「──うん!」

 ヴィヴィオたちは頷き、その場に背を向けた。激闘の音が耳に聞こえ始めたが、振り向く事はない。彼らは、全てを闇の欠片で再生された風都の戦士たちに任せ、管理システムへと向かっていくのだ。
 いずれまた、──それが『闇の欠片』であったとしても、霧彦たちに必ず出会えるよう祈りながら。
 そして、きっと、まだこの艦では彼らのような者が戦い続け、支え続け、──きっと、自分たちに追い風を送ってくれると信じながら。

「……そうやな。ブリッジにもきっと……ああいう人たちが……」

 はやてたちは走りだす。
 信じるしかない。──そして、信じる根拠は確かにある。
 彼らのように、死した者が時に生者の足を引っ張る事もあれば、助ける事もあるのだから。
 不幸な未来も時にはあるが、同時に幸福な可能性だって残されているのだから──。

「ノーザにアクマロに井坂……。やっぱり闇の欠片で再生されてる奴らの中にも、簡単にはいかない奴がいるって事か」
「……そうだな、また戦いたくはねえような相手とも殺しあわなきゃならないわけだ」

 良牙や翔太郎は、何名かの敵を思い出していた。
 ゴ・ガドル・バ、ン・ダグバ・ゼバ、ダークザギ……おそらくは、この状況でも決して相容れる事のない相手が何人もいる。
 それに、共に戦えるのかわからない者たちも──。
 良牙が、ふと、一人の「友人」の事を思い出し、その名前を物憂げに呟いた。

「あかねさん……」
「……きっと大丈夫ですよ、良牙さん。あかねさんは最後に本当の自分を取り戻してくれたじゃないですか」

 不安そうな良牙を、つぼみが宥めた。
 彼女にも、またきっと、今度こそ敵にならずに会える仲間がいると──そう信じながら。






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最終更新:2015年09月04日 15:02