第114話 フェイレの訪米
1484年(1944年)1月18日 午前9時 シホールアンル帝国首都ウェルバンル
「は、ははは。」
帝國宮殿にある会議室内に、シホールアンル帝国皇帝オールフェス・リリスレイの力のない笑い声が響いていた。
「全く・・・・俺達は、つくづくツイてねえんだなあ。なあレンス元帥。お前もそう思うだろう?」
「は・・・・しかし」
「しかしじゃねえよ。」
オールフェスは苛立ったように言う。
「戦艦3隻、巡洋艦、駆逐艦14隻で挑んで、ほとんど壊滅的な被害を受けた上に、鍵はまんまと連合国側に連れて行かれた。
沈んだ戦艦2隻のうち、1隻は新鋭艦だ。あげくに艦隊司令官や、カリペリウまで行方不明だ。現場海域がアメリカ軍に制海権を
握られているから、捜索にも行けない。今頃はとっくに死んでいるかも知れねえ。この結果を見たら、ツイてねえんだなとしか
思えないよ。」
オールフェスは、最後の言葉は疲れ切ったような口調で言った。
彼は失望していた。
シホールアンル帝国の切り札とも言うべき鍵を見つけておきながら、アメリカ側に鍵を拉致された上に、追撃を行った海軍の
艦隊までもが敵の猛反撃で壊滅状態に陥ってしまった。
あの海戦で、シホールアンル側は巡洋艦1隻と駆逐艦3隻を撃沈し、戦艦、巡洋艦各1隻、駆逐艦4隻を撃破している。
(実際は巡洋艦、駆逐艦各1沈没、巡洋艦1、駆逐艦3大破、巡洋戦艦1、駆逐艦4中小破のみ)
しかし、シホールアンル側も戦艦2隻、巡洋艦1隻、駆逐艦4隻を撃沈され、戦艦1隻、巡洋艦、駆逐艦3隻が大破させられた。
撃沈された巡洋戦艦エレディングラに同乗していた、第11艦隊司令官イル・ベックネ少将と、国内省の役人であるロハクス・カリペリウは、
共に行方不明となり、海軍上層部は2人とも戦死したと判断している。
このような大損害を被っておきながら、目的は果たせなかったのだ。
「まだこれだけなら、諦めも付くが・・・・」
オールフェスは、呪詛を吐く様な声音で言った。
「アメリカ野郎共は、被占領地の俺達の基地に艦砲射撃を加えた上に、陸地のすぐ目の前で派手に立ち回りをやらかしやがった。
この、敵の示威行動のせいで、ウェンステルの奴らが何かを企てる可能性もある。全く、アメリカ人は常に考えてやがる。」
17日の夜半に起きた、トアレ岬周辺やその沖合いの騒動では、アメリカ軍はまず、現地のシホールアンル軍基地に艦砲射撃を加えている。
この艦砲射撃は、現地の陸軍部隊のみならず、町の住民達をも大いに驚かせていた。
そして、それからしばらくして行われた海戦では、さほど離れていない洋上で艦艇同士の砲撃戦が行われ、その際、水平線上で
明滅する発砲炎や照明弾、そして被弾炎上する艦艇の火災炎などが、ぼんやりとだが見る事が出来た。
連続する砲声に興味を抱いた住人達は、多くが海岸やトアレ岬にまで近付いて、水平線上で繰り広げられる光の競演に見入っていた。
住人達は、海戦が終り切る前に全員が、現地のシホールアンル軍部隊に追い返されているが、トアレ地方沿岸地域の住人達は、
不明瞭ながらも、海戦という物を見る事が出来たため、誰もが興奮していた。
それまで、現地人らに対して、自分達が歯向かっても全く勝てないと信じられていたシホールアンル軍は、この一連の戦闘で
面目丸潰れとなってしまった。
「陛下、あの海戦で、トアレ地方の住人達は、我々と互角に戦い合える相手がいる事を、不明瞭ながらも確認する事が出来ました。
このままでは、現地の住民達は我が帝国に反旗を翻す可能性があります。」
同席している国内相のギーレン・ジェクラが言った。
彼は、常に冷静な判断を下す人物として知られて来ているが、今日の彼は、いつもと違って妙に落ち着きがない。
「もし、住民達が一斉に蜂起したら、ウェンステル駐留の陸軍部隊は挟み撃ちに合います。ここは、情報の拡散を防ぐために、
トアレ地方一帯を掃除するべきです!」
「無理だな。」
オールフェスは即答した。
「はっきり言って無駄だ。そんな下らん事に時間を割いている余裕は無い。前線の防衛軍は、防戦で手一杯だ。ただでさえ手間の掛かる
仕事を前線の部隊に任せたら、アメリカ人共は南大陸戦線で見せたような急進撃で、あっという間にウェンステルを制圧してしまうぞ。」
「確かに、陛下の言われる通りです。しかし、このまま・・・・このまま、我が軍が不利になる情報が流れれば、ウェンステル領の住民は
黙っているはずがありません。ここはなんとしても陸軍の部隊に、いや、私が統べる国内省の部隊のみで処理を行わせても構いません!」
「無茶だよ。トアレ地方には40万の現地人がいるんだ。40万の人間を短い時間で殺すには、最低でも倍以上の兵力は必要になる。
お前が統べる国内省には、確かに準軍事組織と言うべき部隊が存在しているが、全部合わせても2万、多くて3万程度だろう?」
「その3万程度の部隊は、魔法騎士団の将兵と何ら変わらぬ実力を保持しております。占領地の住民ごときの掃除なぞ、造作もありません。」
「その住民ごときに、もう少しでアメリカ軍が加わるんだよ。俺が言いたいのはな、どんな手段を講じても、遅すぎると言いたいんだ!」
オールフェスは、ジェクラに一喝した。
その時、陸軍総司令官のウインリヒ・ギレイル元帥の側に魔道将校が走り寄って来た。
魔道将校の話を聞いたギレイル元帥は、ただでさえ良くない顔色を一層悪くした。
紙を受け取ったギレイル元帥は、オールフェスに顔を向けた。
「どうした?」
オールフェスは不安を感じながらも、ギレイル元帥に質問する。
「陛下、北ウェンステル領最北端のドロム・レッチとシナラムが、アメリカ軍の爆撃を受けました。」
「またか。それで、被害は?」
オールフェスは苦い表情を浮かべてから、続きを聞いた。
「ドロム・レッチでは、午前7時に、スーパーフォートレス36機の爆撃を受け物資集積所が被弾、爆弾の大半は外れましたが、
物資の1割が焼けました。それから、シナラムには40機のスーパーフォートレスが飛来し、シナラムの郊外にある鉄道の線路が
爆撃を受け、2本の線路が寸断されました。」
「・・・・・・・」
会議室に、重苦しい沈黙が流れた。
ドロム・レッチとシナラムは、いずれも北ウェンステル領北部にあるシホールアンル軍の軍事拠点である。
ドロム・レッチはロイトラウヌの東20ゼルドにあり、シナラムは北ウェンステル領中央を、ちょうど真北に行った所にある辺境の町である。
ドロム・レッチには物資集積所、シナラムには、列車の鉄道がある。
被害はドロム・レッチよりも、シナラムの方が大きかった。
40機のB-29は、つい3日前に、ミスリアル王国に配備された第695爆撃航空群所属の機体で、出撃時には44機がいたが、
途中で4機が引き返し、シナラムには40機が爆撃を敢行した。
「それで、シナラムで受けた被害は?」
「鉄道の他に、車両の集積所や駅も爆撃を受けたので、復旧には2ヶ月ほど掛かるかと思われます。」
「なんてこった・・・・・鉄道は、補給物資を大量に運び込める、便利な輸送手段なのに・・・」
オールフェスは愕然となった。
シホールアンル帝国は、来たウェンステル領の中部辺りまで、鉄道を敷いている。
ウェンステル中部からは、西部と東部に線路が分かれており、各師団に属する輸送部隊と共に、現地の陸軍部隊に充分な補給を行っている。
その大動脈ともいえる場所が、シナラムであった。
そのシナラムが、アメリカ軍の爆撃機、それも、最新鋭の爆撃機B-29という最もたちの悪い敵によって破壊されたのである。
シホールアンル側は、当然シナラムにもケルフェラク隊を置いており、48機が迎撃に上がったが、12機の喪失と引き換えに、
戦果はマスタング4機撃墜、敵爆撃機6機を損傷させただけに留まった。
ドロム・レッチに至っては、迎撃すら全く出来なかったのであるから、シナラムの航空部隊は、一応ましな戦いが出来たと言えるであろう。
だが、補給の最重要拠点であるシナラムの鉄道施設が、爆撃で壊滅的打撃を被った今、北ウェンステル領の現地部隊は、補給体制の見直しを
迫られる事になった。
「ジェクラ、このように、アメリカ軍はあらゆる手を使って、俺たちを苦しめようとしている。こんな有様で、お前が言うような作戦は
出来ない。そんな事をすれば、火薬庫に火の付いた松明を放り込んだような結果になる。情報は確かに流れているかも知れんが、
ウェンステル領の現地人達はまだ大人しい。俺達は、こいつらを出来るだけ長く、普通の方法で大人しくさせるしかない。」
「では陛下。鍵が無くなった今、我がシホールアンルはこれからどうして行くのです?」
ジェクラは、遠慮の無い口調でオールフェスに言った。
「鍵のような兵器は、実用化されれば、戦場を一変させる超兵器でした。奴さえ確保できていれば、我がシホールアンルはウェンステルを
落とされても。いや、ウェンステルのみならず、他の属国を落とされても、戦争に勝利できた事でしょう。しかし、鍵無き今、我々は
これまでの兵器、そして、これから出る新兵器を有効活用しながら戦わねばなりません。陛下は、鍵が無くなった今、戦争に勝てると
思われますか?」
オールフェスは、ジェクラに対してすぐに返事はしなかった。
やや考えてから、オールフェスは自分の思いを打ち明けた。
「鍵さえあれば、俺達は、こんな辛気臭い表情を浮かばずに済んだんだが。鍵無き今、俺達は、新兵器もまじえた上で、通常の戦いで
敵に大損害を与えなければ行けない。その後がチャンスだ。既に、敵に大損害を与えるための作戦は考えられ、あと少しで実行に移される。
それが終わり、俺達が主導権を握れば・・・・・」
一瞬、オールフェスは躊躇った。本当に言ってもいいのだろうか?
長い間、激烈な戦争を戦い抜き、そして、勝ち続けてきたシホールアンル帝国。
自分の代で、初めて北大陸を統一できた、大帝国シホールアンル。
戦った相手は、常に負かしたか、良くても隷属を意味するような中立条約を結ばせて来た。
(国民は、俺の事を英雄王と呼んでいる。英雄王・・・・・・か)
そんなの、張り合いの無い敵ばかりを打ち倒した王には、いささか吊り合わない名前だな、と、内心思った。
「連合国と交渉しよう。」
オールフェスの思わぬ発言に、会議室の一同は唖然となった。
彼の口から、交渉しようという言葉が出て来た事は余り無い。
大抵の場合は、降伏させろとか、それが叶わぬのなら滅ぼしても良いとしか聞かれなかった。
『彼は、英雄王であるが故に、征服王でもある。』
あるヒーレリ人はそう言っていた。
被占領国から見れば、容赦の無い暴君として見られていたあのオールフェスが、相手国と交渉しようと言ったのだ。
「陛下!」
ジェクラが席から立ち上がった。
「相手に容赦する必要はありません!時が経てば、こちらもB-29を凌ぐ新兵器が続々と出てきます!首都近郊や北東部の工場で
開発中の新兵器さえ出揃えば、連合軍、いや、アメリカ軍なぞ鎧袖一触です!!」
「その頃には、アメリカも新兵器を出すかもしれませんぞ?」
唐突に、ジェクラの左となりから、国外相のグルレント・フレルが口を挟んだ。
「アメリカは、我々が未だに悪戦苦闘を強いられているフライングフォートレスやリベレーターと言った、大型飛空挺を惜し気もなく
投入してきています。やっと対処法がつかめたかと思った時に、アメリカはまるで、高山を制覇しかけた登山者を背後から思い切り
突き飛ばすかのように、あのスーパーフォートレスを投入して来たではありませんか。新兵器を続々と出して来るのは、
我がシホールアンルだけではなく、アメリカも同様です。私は、皇帝陛下の言われるとおり、大勝利の後に相手と交渉を行うのが
得策かと思われます。」
「何を言うか国外相!我がシホールアンルに仇なすものは、滅ぼすのみだ!それは、アメリカといえど同様だ!大体、貴様がろくに
調べもせずに攻撃を行ったから、今日のような一大事になったのだ!その貴様が何を言うか!!」
「・・・・・・!」
一瞬にして、フレルの顔が朱に染まる。彼は、ジェクラに罵声を浴びせようとした。
その時、
「責任は、俺にあるよ。」
オールフェスの冷ややかな声によって、フレルの口は塞がれた。
「フレルは俺の命令を忠実にやっただけだ。今回は、相手がちょっと悪かっただけだ。」
「は・・・い、いえ!皇帝陛下に責任なぞありません!」
狼狽したフレルが慌てたように。
「あの時は、正確に相手の素性を判断しなかった、私の責任です。国内相の言われる通りです。陛下には責任はありません。」
「まあ、責任問題はよろしいとして。」
海軍総司令官のレンス元帥が苦笑しながら仲を取り持つ。ジェクラとフレルは、ばつの悪そうな表情を浮かべながら黙った。
「国内相の意見には、私も賛成しかねます。海軍情報部の報告によると、アメリカ海軍は、去年1年間で大型正規空母8ないし9。
小型空母18ないし20、戦艦6隻他、護衛艦艇並びに補助艦艇、あるいは雑艦、総数200以上を補充、または編成に加えております。
海軍だけでも先の大量の補充を、たった1年間でやっているのです。戦時とはいえ、これは異常な数です。我が国なら、どんなに急いでも
2年、あるいは3年近く経たねば、このような大戦力は揃いません。いや、揃える事が可能かどうかも疑問になるでしょう。
この世界で一番の強国と言われた我が帝国ですら2年、あるいは3年もかかる難事業を、アメリカはたった1年で成し遂げるのですよ?
認めたくはありませんが・・・・・アメリカの国力は我がシホールアンルを抜いています。」
「しかも、大差を付けてな。」
横から、オールフェスが皮肉気な口調で言う。
「海軍でさえこの状況です。それに加え、スーパーフォートレスのような新兵器が出て来る有様です。もしかしたら、アメリカは
あのような化け物を500機・・・いや、1000機ほど作るかもしれませんぞ。いや、下手をすれば、スーパーフォートレスを
更に上回るほどの新兵器を開発中かもしれません。」
「国内相も、少しは目先をアメリカにも向けてもらいたい。」
ギレイル元帥も言う。
「あなたの功績は素晴らしい。我が帝国がここまで発展したのも、あなたが裏で尽くしてくれたお陰と言っても過言ではない。
だが、内ばかり見て外を見ないでは、いささか不味いですぞ。我が陸軍も、アメリカ軍に悪戦苦闘を強いられています。時として、
陸海共同で猛攻を加えるアメリカ軍の前に、我が軍の現状の装備では、いささか心許ない物があります。」
ギレイル元帥はそう言いながら、陸上装甲艦3隻を喪失をオールフェスに報告した、あの日の事を思い出した。
オールフェスは、陸軍自慢の陸上装甲艦が、あっけなく全滅した事に、最初茫然とし、次にギレイル元帥に皮肉気な言葉を浴びせ続けた。
オールフェスは、怒る時は怒鳴り散らすのではなく、皮肉気な言葉を言い続けてネチネチと説教する。
その説教も、大抵は10分から15分程度と短いが、その日に限っては30分間、オールフェスの愚痴に付き合わされた。
彼はそれほど、陸上装甲艦を破壊された事にショックを感じていた。
「我が帝国が、アメリカと言う型の違う敵相手に苦闘を続けている状況下では、まずは勝利を収め、その後に矛を収めても何ら恥はありますまい。」
「ああ。陸軍元帥の言う通りだ。奴らは、今だからこそあのような条件を突きつけているが、人ってのは、状況によって気持ちが変わるものだ。
だから、俺はアメリカ人共に大きな痛手を与えた上で、優しく手を伸ばす。ま、言うなればあいつらの真似だな。」
オールフェスの言葉に、会議室では笑いが湧き起こった。
「俺が考えている案が成功すれば、奴らは連合国に対して面子を潰された格好になる。そうなったら、あの条件も変わって来るだろうよ。
まあ、その作戦を実行に移すまで、ウェンステルかレイキあたりは失うかも知れんが、それでも残りは手中に収められる。」
オールフェスは、自信満々にそう言った。
「相手は化け物だ。鍵が無くなった今、昔のように相手を叩き潰す事は、ほぼ不可能となったが、それでも俺達は負けない。
皆、今は苦しいだろうが、ここは耐えてくれ。今耐えれば、後で報われる。だから、今は出来るだけ頑張ってくれ。」
オールフェスの言葉に、会議が始まるまで意気消沈していた参加者達は、再び勇気を取り戻していった。
しかし、同時に、彼らはオールフェスが変わらざるを得ないほど、このシホールアンルが追い詰められている事も悟った。
未知の国アメリカ。このアメリカの大攻勢によって、果たして、どれだけの属国を失うのか。
現地点では、オールフェスですら判然としなかった。
1484年(1944年)1月22日 午後1時 カリフォルニア州サンディエゴ
アメリカ太平洋艦隊司令長官であるハズバンド・キンメル大将は、サンディエゴ軍港の桟橋で、入港して来た艦隊をじっと見つめていた。
「う~む、大分傷付いているな。」
キンメルは、艦隊の中で、一際大きな艦。巡洋戦艦のアラスカを見るなり、そう呟いた。
「アラスカは、敵戦艦と戦った時、2対1という不利な体制で戦いを強いられたと言われています。幸いにも、アラスカはその2隻の
敵戦艦を打ち破りましたが、やはり多少の被弾は我慢せざるを得なかったようです。」
隣に立っていた参謀長のスミス少将が、アラスカを見つめながらキンメルに言った。
アラスカの艦体には、被弾の跡と思わしき傷が確認できる。
リトル・アイオワの異名を名付けられる元となった大きな艦橋の側面にも、爆煙の後と思しき黒い物がこびり付いている。
数々の生々しい戦闘の跡は、アラスカがいかに厳しい状況で戦ったかを如実に表していた。
「まあそれにしても、ヴァルケンバーグ少将は良くやったよ。シホールアンルの切り札もなんとかこちらに手に入れたし、これで、
今後の戦いも少しはやりやすくなるだろう。」
「しかし、長官。自分は未だに信じられませんね。」
スミス参謀長は、首を傾げながら言う。
「人間1人を使って、広範囲の全ての物を吹き飛ばせるなんて、まるで、空想世界に登場する武器そのものですよ。それを、
シホールアンルが実用化しようとした事自体、私は信じられませんな。」
「それは、私も同感だよ。」
キンメルも苦笑しながら言う。
「だが、シホールアンルはこの世界有数の魔法大国でもある。シホールアンルが豊富な魔法の知識を使って、起死回生の超兵器を
1つや2つ作ろうとしても不思議はあるまい。戦争と言う物は、自軍には僅かな被害で、相手には最大の損害を与えるという事を
前提に進んでいくからね。」
キンメルは、どこかしんみりとした口調で呟きながら、西の洋上に視線を向ける。
「奴らも、そろそろ俺達アメリカの力というのが、ようやく分かって来ている筈だ。開戦から早2年。私の指揮する太平洋艦隊だけで、
開戦時の戦力を超える新鋭艦等が配備されている。物量で押し始めた我が国に対抗するには、何らかの巨大な力が必要になる。
そのために、奴らは鍵・・・・フェイレという戦争終結を導く超兵器という名の鍵を作り、そして実用化しようとしたのだろう。
シホールアンルの鍵に対する執念は、TG57.4司令部から送られて来た戦闘詳報を見ても明らかだが、奴らはよほど、
その鍵が欲しかったのだろう。」
キンメルは、20日の昼頃に、TG57.4司令部から送られて来た戦闘詳報をじっくりと呼んでいる。
トアレ岬沖海戦と名付けられた17日夜半の海戦で、アメリカ側は対空軽巡オークランドと駆逐艦1隻を撃沈され、軽巡クリーブランドと
巡洋戦艦アラスカ、駆逐艦5隻が大中破されるという損害を被っている。
特に痛いのは、機動部隊随伴戦艦であるアラスカの損傷と、機動部隊にとって必需品とも言える軽巡オークランドの喪失及び
クリーブランドの損傷である。
この3隻は、いずれもTG57.2から抽出した有力な対空艦であり、この3隻が居なくなった今、TG57.2の対空戦闘力は、
がた落ちとまでは言わぬものの、対空防御の面で同任務群に支障を来たしている。
沈没したオークランドと、損傷修理のため、戦列から離れざる得なくなったアラスカとクリーブランドの穴埋めとして、キンメルは、
つい最近訓練を終了したばかりの、アラスカ級巡洋戦艦の2番艦であるコンステレーションをTG57.2に配備する事にした。
コンステレーション以外にも、後方に下がった駆逐艦の穴埋め用に、駆逐艦数隻がTF57に配備される予定だ。
この事から、TF57に開いた対空防御の穴も、さほど時間を置かずに埋められる見通しである。
しかし、それとは別に、キンメルはシホールアンル側のフェイレに対する異常な執着心を、TG57.4から送られて来た戦闘詳報で
垣間見たような気がした。
(貴様らは、それほどまでに、この戦争に勝利したかったのか・・・・悪魔のようなやり方と、そしられるような方法を用いても・・・・?)
キンメルは心の中で、太平洋の向こう側にある国に、そう問いかけていた。
午後1時30分には、TG57.4の損傷艦群はそれぞれ、割り当てられた桟橋に横付けした。
キンメルは、TG57.4の司令官である、フランクリン・ヴァルケンバーグ少将と司令部幕僚、巡洋戦艦アラスカ艦長
リューエンリ・アイツベルン大佐の労をねぎらった。
それから5分後、キンメルは、軽巡クリーブランドから降りて来た工作部隊と、その少女に対面した。
クリーブランドの舷側から見えたその大地は、フェイレにとって不思議なものであった。
港と思われる場所には、多数の船が停泊している。
船は様々だが、マルヒナス運河に向かう途中に遭遇した、空母という大型艦が港に何隻もいる。
大きく、中央部に纏まった艦橋のある空母は計3隻、それより小さめの空母は、7隻、合わせて10隻もの空母がサンディエゴにいる。
「すごいなぁ~。」
隣に立っていたエリラが、興奮したような声音で言う。
「マルヒナス沖であんなに多くの空母や戦艦を見たのに、ここにはもっと多くの船が居る・・・・アメリカって凄いなぁ。」
エリラは、頭の耳をひくひくさせている。
「あ、アラスカと同じ形した船が止まっている・・・・・ん?その横の船。なぁんか、アラスカと形が似ているけど・・・・」
エリラはふと、桟橋に停泊している2隻の巨艦に注目した。
1隻は、形からして、クリーブランドの前を行くアラスカの同型艦であろう。
その右のもう1隻は、アラスカと似たような形をしている。
しかし、その船は、隣のアラスカ級を、まるで倍近く拡大したような感があった。
「あー、あの大きな戦艦ね。しっかし、でかいなぁー。あれが、噂のアイオワ級戦艦か・・・・あたしも初めて見るんだけど。
うちの王様がべた褒めするだけの貫禄は、確かにあるねぇ。」
エリラは、アラスカ級の隣にいる大型戦艦・・・・アイオワ級戦艦2番艦である、ニュージャージーを見て、感嘆していた。
ニュージャージーの巨大さたるや、隣のアラスカ級を巡洋艦程度にしか見えない程だ。
フェイレは、その巨艦に見入っていた。フェイレから見れば、海上に浮かぶ城そのものであった。
サンディエゴ軍港には、訓練中であったエセックス級正規空母のハンコックとレンジャーⅡ、竣工したてで、間も無く慣熟訓練に入る
ボクサー並びにキトカン・ベイ級護衛空母7隻が停泊している。
空母の他には、間も無く前線に配備される予定である、巡洋戦艦のコンステレーションと、アイオワ級戦艦のニュージャージーがいた。
このような主力艦の他にも、ボルチモア級重巡洋艦のノーザンプトンやクリーブランド級軽巡のパサディナ等の戦闘艦艇が多数停泊している。
だが、これらの艦艇は一部に過ぎない。
サンディエゴ軍港は、戦闘艦艇の他に、大量生産されたリバティ船や輸送艦、それに各種補助艦艇の群れで埋め尽くされていた。
「・・・・・何なの、この数?」
フェイレは、数え切れぬほど停泊している船を見て、目が回りそうになった。
何しろ、サンディエゴ軍港は、どこを向いても船、船、船である。
シホールアンル帝国・・・・いや、北大陸中からかき集めても、これだけの数の船は集められないのでは?と思うほど、サンディエゴ軍港は
船や輸送艦等で埋め尽くされている。
「うわぁ~、こりゃ大分増えたなぁ。」
エリラとフェイレの後ろを歩いていた水兵2人が、周りを見ながら苦笑している。
「1年でどれだけ増えてるんだよ。」
「数え切れねえほどさ。数は多いほど良いって事か。」
「ざっと見て、数百隻はいるな。リバティ船がやたらに多いな。」
「リバティ船だけで200は下らんな。」
水兵は雑談しながら、2人の後ろを通り過ぎて行った。
「ねえエリラ。」
「何?」
「リバティ船という船の詳細はわかるかな?」
エリラは、頭の中の記憶をまさぐる。ヴィクターからは、リバティ船のちょっとした性能を教えられている。
「リバティ船は、重さが7000トンから10000トン・・・・あたし達の基準でいえば、5000から7000ラッグの大型船かな。」
彼女は、途中で苦笑を浮かべながらフェイレに言う。
「・・・・・・・」
フェイレは絶句しながら、周囲の船を見渡している。顔は心なしか、青くなっているようだ。
この世界での船は、通常の大きさの船は、せいぜい3000ラッグ(4500トン)もあれば大型船と言われる。
フェイレ達は、そのような大型船はあまり眼にした事がない。
彼女がこれまで目にした一番大きな船は、その3000ラッグクラスの輸送船である。
5000から7000ラッグの船ならば、超大型船と言うに相応しい。
シホールアンル海軍の戦艦群や竜母群は、中小国の船乗りからすれば化け物同然の存在であり、普通の大型輸送船からしても、
自分達が一生を費やして金を稼いでも、そのような船をもてるのはごく少数派・・・・・大金持ちか海運王ぐらいだ。
一昔前までは、あの有名なシホールアンルですら、5000から7000ラッグ程度の船は5、60隻程度しか保有できなかった。
大型船は持つ事が難しい。持つ事が出来るのは、運のいい奴か金持ちぐらい。
庶民達はそう思っていた。
だが、アメリカは、庶民から見たら“超大型船”とも言えるリバティ船を、このサンディエゴだけでも200隻保有している!
先の水兵からたまたま聞けた話によると、この200隻の輸送船は、1年前には居なかった事になる。
「う~ん・・・・なんか、頭が痛くなって来た。」
どういう訳か、フェイレは頭を抱えながら艦内に入っていった。
「え、ええ?ちょっとフェイレ。大丈夫?」
心配になったエリラは、困惑した表情を浮かべつつもフェイレの後を追っていった。
それから20分後に、クリーブランドは桟橋に接舷した。
フェイレは、ヴィクターら、工作部隊のメンバーと、クリーブランド艦長ローレンス・デュポーズ大佐と共にクリーブランドから降りた。
「長官直々のお出迎えとは。」
デュポーズ大佐は、桟橋の向こうに立つ、2人の士官を見ながらやや驚いていた。
一行は、デュポーズやヴィクターを除いて緊張した面持ちで、桟橋を陸地に向かって歩いた。
ふと、フェイレは、向こう側の士官のうち、1人の顔に見覚えがあった。
(あれは・・・・・)
それから2分ほどで、一行は2人の士官の目の前まで迫っていた。
桟橋から歩いて来た一行に、キンメルは挨拶を行おうとした。
その時、
「お父・・・さん・・・?」
出し抜けに、青色の長髪の女性が、目を潤ませながらキンメルにそう言っていた。
「お父さん・・・・?」
困惑したキンメルは、思わずスミス少将と顔を見合わせた。
「どういうことだね?」
「い、いえ。私にもわかりません。」
スミス少将は当然分かる筈もなく、ただ首を傾げるばかりだ。
キンメルは顔を、青い髪の女性、フェイレに向けた。
「あ・・・・・すいません!」
フェイレははっとなって、キンメルに謝った。
「もしかして、私の顔が、君の知り合いと似ていたのかね?」
キンメルは、穏やかな口調でフェイレに聞いた。
「え、ええ。昔、世話になった人と、そっくりだった物で、つい。」
「はは、そうか。それほどまでに似ているとは。」
彼は思わず苦笑した。
ふと、キンメルは、フェイレの顔を見てある事を思い出した。
(この娘・・・・・ずっと前に、夢で見た気が)
キンメルは、転移が起きたその日、不思議な夢を見ていた。
夢の中では、緑色の髪をした女の子が、何やら怪しい男と言い争いをしていた。
女の子は、自らの名前を主張し続ける。だが、男はその女を見下した態度で喋り続けていた。
女が自分の名前を言った所で、夢は終った。
いや、終らせられたと言ったほうが良い。その夢の続きは、太平洋艦隊司令部からの電話で見れなかったからだ。
その後しばらくの間、キンメルはあの夢が、妙に生々しい物であると思っていた。
あの夢を見たという記憶も、普段の激務のせいで、酷く薄れていった。
だが、その薄れていた記憶は、今蘇った。
「・・・・・私も、君を知っているような気がする。」
「私・・・・ですか?」
キンメルの言葉に、フェイレはきょとんとした表情を浮かべた。
「ああ。夢の中で見たよ。その時の君は、緑色の美しい髪だったが・・・・今では色が違っているな。」
彼は、フェイレの髪に注目した。
フェイレの髪は、青だ。だが、夢の中の彼女の髪は、緑色だった。
「はあ、色々あったものですから。」
「色々か・・・・・」
キンメルは、一瞬、フェイレが暗い表情を浮かべるのが分かった。
「まあ詳しい話は後にして、自己紹介がまだだったね。」
彼は改まった口調で、自らの名を名乗った。
「私は、ハズバンド・キンメルだ。太平洋艦隊司令長官をやっている。こちらは、参謀長のスミス少将だ。」
「スミスです。よろしく。」
スミス少将は、にこやかな笑みを浮かべながら、一同に挨拶した。
「諸君、アメリカ合衆国にようこそ。」
キンメルは、両手を広げながら、陽気な口調で言い放った。
「諸君らには、これからアメリカ国内をじっくり見学して貰いたい。その前に、長旅で君達も疲れているだろうから、
まずはゆっくり一休みすると良いだろう。」
彼はそう言った後、クリーブランド艦長、デュポーズ大佐に顔を向けた。
「デュポーズ艦長。任務ご苦労だった。」
キンメルは、デュポーズ大佐に右手を差し出した。デュポーズも、やや照れながらキンメルと握手した。
「君の活躍は見事だったよ。」
「いえ、とんでもありません。長官、クリーブランド守ってくれたのは、彼女のお陰ですよ。」
デュポーズは、フェイレに向けて顎をしゃくった。
「彼女の魔法防御がなければ、クリーブランドはオークランドと同じ目に合っていた事でしょう。」
「ああ、確かにそうだな。だが、彼女の活躍だけではなく、君の艦が奮闘しなければ、結果は同じだったろう。
君の艦が頑張ったからこそ、彼女をここまで連れて来る事が出来た。君の功績は大きいぞ。」
「はっ、ありがとうございます!」
デュポーズはそう言うとキンメルに敬礼を送る。キンメルもまた、見事な動作で答礼した。
「さて、これから君達を宿舎に案内しよう。長旅で疲れているだろうから、まずはゆっくり休んでくれ。」
キンメルはこちらへ、と付け加えながら、工作部隊のメンバー達を案内し始めた。
1484年(1944年)1月18日 午前9時 シホールアンル帝国首都ウェルバンル
「は、ははは。」
帝國宮殿にある会議室内に、シホールアンル帝国皇帝オールフェス・リリスレイの力のない笑い声が響いていた。
「全く・・・・俺達は、つくづくツイてねえんだなあ。なあレンス元帥。お前もそう思うだろう?」
「は・・・・しかし」
「しかしじゃねえよ。」
オールフェスは苛立ったように言う。
「戦艦3隻、巡洋艦、駆逐艦14隻で挑んで、ほとんど壊滅的な被害を受けた上に、鍵はまんまと連合国側に連れて行かれた。
沈んだ戦艦2隻のうち、1隻は新鋭艦だ。あげくに艦隊司令官や、カリペリウまで行方不明だ。現場海域がアメリカ軍に制海権を
握られているから、捜索にも行けない。今頃はとっくに死んでいるかも知れねえ。この結果を見たら、ツイてねえんだなとしか
思えないよ。」
オールフェスは、最後の言葉は疲れ切ったような口調で言った。
彼は失望していた。
シホールアンル帝国の切り札とも言うべき鍵を見つけておきながら、アメリカ側に鍵を拉致された上に、追撃を行った海軍の
艦隊までもが敵の猛反撃で壊滅状態に陥ってしまった。
あの海戦で、シホールアンル側は巡洋艦1隻と駆逐艦3隻を撃沈し、戦艦、巡洋艦各1隻、駆逐艦4隻を撃破している。
(実際は巡洋艦、駆逐艦各1沈没、巡洋艦1、駆逐艦3大破、巡洋戦艦1、駆逐艦4中小破のみ)
しかし、シホールアンル側も戦艦2隻、巡洋艦1隻、駆逐艦4隻を撃沈され、戦艦1隻、巡洋艦、駆逐艦3隻が大破させられた。
撃沈された巡洋戦艦エレディングラに同乗していた、第11艦隊司令官イル・ベックネ少将と、国内省の役人であるロハクス・カリペリウは、
共に行方不明となり、海軍上層部は2人とも戦死したと判断している。
このような大損害を被っておきながら、目的は果たせなかったのだ。
「まだこれだけなら、諦めも付くが・・・・」
オールフェスは、呪詛を吐く様な声音で言った。
「アメリカ野郎共は、被占領地の俺達の基地に艦砲射撃を加えた上に、陸地のすぐ目の前で派手に立ち回りをやらかしやがった。
この、敵の示威行動のせいで、ウェンステルの奴らが何かを企てる可能性もある。全く、アメリカ人は常に考えてやがる。」
17日の夜半に起きた、トアレ岬周辺やその沖合いの騒動では、アメリカ軍はまず、現地のシホールアンル軍基地に艦砲射撃を加えている。
この艦砲射撃は、現地の陸軍部隊のみならず、町の住民達をも大いに驚かせていた。
そして、それからしばらくして行われた海戦では、さほど離れていない洋上で艦艇同士の砲撃戦が行われ、その際、水平線上で
明滅する発砲炎や照明弾、そして被弾炎上する艦艇の火災炎などが、ぼんやりとだが見る事が出来た。
連続する砲声に興味を抱いた住人達は、多くが海岸やトアレ岬にまで近付いて、水平線上で繰り広げられる光の競演に見入っていた。
住人達は、海戦が終り切る前に全員が、現地のシホールアンル軍部隊に追い返されているが、トアレ地方沿岸地域の住人達は、
不明瞭ながらも、海戦という物を見る事が出来たため、誰もが興奮していた。
それまで、現地人らに対して、自分達が歯向かっても全く勝てないと信じられていたシホールアンル軍は、この一連の戦闘で
面目丸潰れとなってしまった。
「陛下、あの海戦で、トアレ地方の住人達は、我々と互角に戦い合える相手がいる事を、不明瞭ながらも確認する事が出来ました。
このままでは、現地の住民達は我が帝国に反旗を翻す可能性があります。」
同席している国内相のギーレン・ジェクラが言った。
彼は、常に冷静な判断を下す人物として知られて来ているが、今日の彼は、いつもと違って妙に落ち着きがない。
「もし、住民達が一斉に蜂起したら、ウェンステル駐留の陸軍部隊は挟み撃ちに合います。ここは、情報の拡散を防ぐために、
トアレ地方一帯を掃除するべきです!」
「無理だな。」
オールフェスは即答した。
「はっきり言って無駄だ。そんな下らん事に時間を割いている余裕は無い。前線の防衛軍は、防戦で手一杯だ。ただでさえ手間の掛かる
仕事を前線の部隊に任せたら、アメリカ人共は南大陸戦線で見せたような急進撃で、あっという間にウェンステルを制圧してしまうぞ。」
「確かに、陛下の言われる通りです。しかし、このまま・・・・このまま、我が軍が不利になる情報が流れれば、ウェンステル領の住民は
黙っているはずがありません。ここはなんとしても陸軍の部隊に、いや、私が統べる国内省の部隊のみで処理を行わせても構いません!」
「無茶だよ。トアレ地方には40万の現地人がいるんだ。40万の人間を短い時間で殺すには、最低でも倍以上の兵力は必要になる。
お前が統べる国内省には、確かに準軍事組織と言うべき部隊が存在しているが、全部合わせても2万、多くて3万程度だろう?」
「その3万程度の部隊は、魔法騎士団の将兵と何ら変わらぬ実力を保持しております。占領地の住民ごときの掃除なぞ、造作もありません。」
「その住民ごときに、もう少しでアメリカ軍が加わるんだよ。俺が言いたいのはな、どんな手段を講じても、遅すぎると言いたいんだ!」
オールフェスは、ジェクラに一喝した。
その時、陸軍総司令官のウインリヒ・ギレイル元帥の側に魔道将校が走り寄って来た。
魔道将校の話を聞いたギレイル元帥は、ただでさえ良くない顔色を一層悪くした。
紙を受け取ったギレイル元帥は、オールフェスに顔を向けた。
「どうした?」
オールフェスは不安を感じながらも、ギレイル元帥に質問する。
「陛下、北ウェンステル領最北端のドロム・レッチとシナラムが、アメリカ軍の爆撃を受けました。」
「またか。それで、被害は?」
オールフェスは苦い表情を浮かべてから、続きを聞いた。
「ドロム・レッチでは、午前7時に、スーパーフォートレス36機の爆撃を受け物資集積所が被弾、爆弾の大半は外れましたが、
物資の1割が焼けました。それから、シナラムには40機のスーパーフォートレスが飛来し、シナラムの郊外にある鉄道の線路が
爆撃を受け、2本の線路が寸断されました。」
「・・・・・・・」
会議室に、重苦しい沈黙が流れた。
ドロム・レッチとシナラムは、いずれも北ウェンステル領北部にあるシホールアンル軍の軍事拠点である。
ドロム・レッチはロイトラウヌの東20ゼルドにあり、シナラムは北ウェンステル領中央を、ちょうど真北に行った所にある辺境の町である。
ドロム・レッチには物資集積所、シナラムには、列車の鉄道がある。
被害はドロム・レッチよりも、シナラムの方が大きかった。
40機のB-29は、つい3日前に、ミスリアル王国に配備された第695爆撃航空群所属の機体で、出撃時には44機がいたが、
途中で4機が引き返し、シナラムには40機が爆撃を敢行した。
「それで、シナラムで受けた被害は?」
「鉄道の他に、車両の集積所や駅も爆撃を受けたので、復旧には2ヶ月ほど掛かるかと思われます。」
「なんてこった・・・・・鉄道は、補給物資を大量に運び込める、便利な輸送手段なのに・・・」
オールフェスは愕然となった。
シホールアンル帝国は、来たウェンステル領の中部辺りまで、鉄道を敷いている。
ウェンステル中部からは、西部と東部に線路が分かれており、各師団に属する輸送部隊と共に、現地の陸軍部隊に充分な補給を行っている。
その大動脈ともいえる場所が、シナラムであった。
そのシナラムが、アメリカ軍の爆撃機、それも、最新鋭の爆撃機B-29という最もたちの悪い敵によって破壊されたのである。
シホールアンル側は、当然シナラムにもケルフェラク隊を置いており、48機が迎撃に上がったが、12機の喪失と引き換えに、
戦果はマスタング4機撃墜、敵爆撃機6機を損傷させただけに留まった。
ドロム・レッチに至っては、迎撃すら全く出来なかったのであるから、シナラムの航空部隊は、一応ましな戦いが出来たと言えるであろう。
だが、補給の最重要拠点であるシナラムの鉄道施設が、爆撃で壊滅的打撃を被った今、北ウェンステル領の現地部隊は、補給体制の見直しを
迫られる事になった。
「ジェクラ、このように、アメリカ軍はあらゆる手を使って、俺たちを苦しめようとしている。こんな有様で、お前が言うような作戦は
出来ない。そんな事をすれば、火薬庫に火の付いた松明を放り込んだような結果になる。情報は確かに流れているかも知れんが、
ウェンステル領の現地人達はまだ大人しい。俺達は、こいつらを出来るだけ長く、普通の方法で大人しくさせるしかない。」
「では陛下。鍵が無くなった今、我がシホールアンルはこれからどうして行くのです?」
ジェクラは、遠慮の無い口調でオールフェスに言った。
「鍵のような兵器は、実用化されれば、戦場を一変させる超兵器でした。奴さえ確保できていれば、我がシホールアンルはウェンステルを
落とされても。いや、ウェンステルのみならず、他の属国を落とされても、戦争に勝利できた事でしょう。しかし、鍵無き今、我々は
これまでの兵器、そして、これから出る新兵器を有効活用しながら戦わねばなりません。陛下は、鍵が無くなった今、戦争に勝てると
思われますか?」
オールフェスは、ジェクラに対してすぐに返事はしなかった。
やや考えてから、オールフェスは自分の思いを打ち明けた。
「鍵さえあれば、俺達は、こんな辛気臭い表情を浮かばずに済んだんだが。鍵無き今、俺達は、新兵器もまじえた上で、通常の戦いで
敵に大損害を与えなければ行けない。その後がチャンスだ。既に、敵に大損害を与えるための作戦は考えられ、あと少しで実行に移される。
それが終わり、俺達が主導権を握れば・・・・・」
一瞬、オールフェスは躊躇った。本当に言ってもいいのだろうか?
長い間、激烈な戦争を戦い抜き、そして、勝ち続けてきたシホールアンル帝国。
自分の代で、初めて北大陸を統一できた、大帝国シホールアンル。
戦った相手は、常に負かしたか、良くても隷属を意味するような中立条約を結ばせて来た。
(国民は、俺の事を英雄王と呼んでいる。英雄王・・・・・・か)
そんなの、張り合いの無い敵ばかりを打ち倒した王には、いささか吊り合わない名前だな、と、内心思った。
「連合国と交渉しよう。」
オールフェスの思わぬ発言に、会議室の一同は唖然となった。
彼の口から、交渉しようという言葉が出て来た事は余り無い。
大抵の場合は、降伏させろとか、それが叶わぬのなら滅ぼしても良いとしか聞かれなかった。
『彼は、英雄王であるが故に、征服王でもある。』
あるヒーレリ人はそう言っていた。
被占領国から見れば、容赦の無い暴君として見られていたあのオールフェスが、相手国と交渉しようと言ったのだ。
「陛下!」
ジェクラが席から立ち上がった。
「相手に容赦する必要はありません!時が経てば、こちらもB-29を凌ぐ新兵器が続々と出てきます!首都近郊や北東部の工場で
開発中の新兵器さえ出揃えば、連合軍、いや、アメリカ軍なぞ鎧袖一触です!!」
「その頃には、アメリカも新兵器を出すかもしれませんぞ?」
唐突に、ジェクラの左となりから、国外相のグルレント・フレルが口を挟んだ。
「アメリカは、我々が未だに悪戦苦闘を強いられているフライングフォートレスやリベレーターと言った、大型飛空挺を惜し気もなく
投入してきています。やっと対処法がつかめたかと思った時に、アメリカはまるで、高山を制覇しかけた登山者を背後から思い切り
突き飛ばすかのように、あのスーパーフォートレスを投入して来たではありませんか。新兵器を続々と出して来るのは、
我がシホールアンルだけではなく、アメリカも同様です。私は、皇帝陛下の言われるとおり、大勝利の後に相手と交渉を行うのが
得策かと思われます。」
「何を言うか国外相!我がシホールアンルに仇なすものは、滅ぼすのみだ!それは、アメリカといえど同様だ!大体、貴様がろくに
調べもせずに攻撃を行ったから、今日のような一大事になったのだ!その貴様が何を言うか!!」
「・・・・・・!」
一瞬にして、フレルの顔が朱に染まる。彼は、ジェクラに罵声を浴びせようとした。
その時、
「責任は、俺にあるよ。」
オールフェスの冷ややかな声によって、フレルの口は塞がれた。
「フレルは俺の命令を忠実にやっただけだ。今回は、相手がちょっと悪かっただけだ。」
「は・・・い、いえ!皇帝陛下に責任なぞありません!」
狼狽したフレルが慌てたように。
「あの時は、正確に相手の素性を判断しなかった、私の責任です。国内相の言われる通りです。陛下には責任はありません。」
「まあ、責任問題はよろしいとして。」
海軍総司令官のレンス元帥が苦笑しながら仲を取り持つ。ジェクラとフレルは、ばつの悪そうな表情を浮かべながら黙った。
「国内相の意見には、私も賛成しかねます。海軍情報部の報告によると、アメリカ海軍は、去年1年間で大型正規空母8ないし9。
小型空母18ないし20、戦艦6隻他、護衛艦艇並びに補助艦艇、あるいは雑艦、総数200以上を補充、または編成に加えております。
海軍だけでも先の大量の補充を、たった1年間でやっているのです。戦時とはいえ、これは異常な数です。我が国なら、どんなに急いでも
2年、あるいは3年近く経たねば、このような大戦力は揃いません。いや、揃える事が可能かどうかも疑問になるでしょう。
この世界で一番の強国と言われた我が帝国ですら2年、あるいは3年もかかる難事業を、アメリカはたった1年で成し遂げるのですよ?
認めたくはありませんが・・・・・アメリカの国力は我がシホールアンルを抜いています。」
「しかも、大差を付けてな。」
横から、オールフェスが皮肉気な口調で言う。
「海軍でさえこの状況です。それに加え、スーパーフォートレスのような新兵器が出て来る有様です。もしかしたら、アメリカは
あのような化け物を500機・・・いや、1000機ほど作るかもしれませんぞ。いや、下手をすれば、スーパーフォートレスを
更に上回るほどの新兵器を開発中かもしれません。」
「国内相も、少しは目先をアメリカにも向けてもらいたい。」
ギレイル元帥も言う。
「あなたの功績は素晴らしい。我が帝国がここまで発展したのも、あなたが裏で尽くしてくれたお陰と言っても過言ではない。
だが、内ばかり見て外を見ないでは、いささか不味いですぞ。我が陸軍も、アメリカ軍に悪戦苦闘を強いられています。時として、
陸海共同で猛攻を加えるアメリカ軍の前に、我が軍の現状の装備では、いささか心許ない物があります。」
ギレイル元帥はそう言いながら、陸上装甲艦3隻を喪失をオールフェスに報告した、あの日の事を思い出した。
オールフェスは、陸軍自慢の陸上装甲艦が、あっけなく全滅した事に、最初茫然とし、次にギレイル元帥に皮肉気な言葉を浴びせ続けた。
オールフェスは、怒る時は怒鳴り散らすのではなく、皮肉気な言葉を言い続けてネチネチと説教する。
その説教も、大抵は10分から15分程度と短いが、その日に限っては30分間、オールフェスの愚痴に付き合わされた。
彼はそれほど、陸上装甲艦を破壊された事にショックを感じていた。
「我が帝国が、アメリカと言う型の違う敵相手に苦闘を続けている状況下では、まずは勝利を収め、その後に矛を収めても何ら恥はありますまい。」
「ああ。陸軍元帥の言う通りだ。奴らは、今だからこそあのような条件を突きつけているが、人ってのは、状況によって気持ちが変わるものだ。
だから、俺はアメリカ人共に大きな痛手を与えた上で、優しく手を伸ばす。ま、言うなればあいつらの真似だな。」
オールフェスの言葉に、会議室では笑いが湧き起こった。
「俺が考えている案が成功すれば、奴らは連合国に対して面子を潰された格好になる。そうなったら、あの条件も変わって来るだろうよ。
まあ、その作戦を実行に移すまで、ウェンステルかレイキあたりは失うかも知れんが、それでも残りは手中に収められる。」
オールフェスは、自信満々にそう言った。
「相手は化け物だ。鍵が無くなった今、昔のように相手を叩き潰す事は、ほぼ不可能となったが、それでも俺達は負けない。
皆、今は苦しいだろうが、ここは耐えてくれ。今耐えれば、後で報われる。だから、今は出来るだけ頑張ってくれ。」
オールフェスの言葉に、会議が始まるまで意気消沈していた参加者達は、再び勇気を取り戻していった。
しかし、同時に、彼らはオールフェスが変わらざるを得ないほど、このシホールアンルが追い詰められている事も悟った。
未知の国アメリカ。このアメリカの大攻勢によって、果たして、どれだけの属国を失うのか。
現地点では、オールフェスですら判然としなかった。
1484年(1944年)1月22日 午後1時 カリフォルニア州サンディエゴ
アメリカ太平洋艦隊司令長官であるハズバンド・キンメル大将は、サンディエゴ軍港の桟橋で、入港して来た艦隊をじっと見つめていた。
「う~む、大分傷付いているな。」
キンメルは、艦隊の中で、一際大きな艦。巡洋戦艦のアラスカを見るなり、そう呟いた。
「アラスカは、敵戦艦と戦った時、2対1という不利な体制で戦いを強いられたと言われています。幸いにも、アラスカはその2隻の
敵戦艦を打ち破りましたが、やはり多少の被弾は我慢せざるを得なかったようです。」
隣に立っていた参謀長のスミス少将が、アラスカを見つめながらキンメルに言った。
アラスカの艦体には、被弾の跡と思わしき傷が確認できる。
リトル・アイオワの異名を名付けられる元となった大きな艦橋の側面にも、爆煙の後と思しき黒い物がこびり付いている。
数々の生々しい戦闘の跡は、アラスカがいかに厳しい状況で戦ったかを如実に表していた。
「まあそれにしても、ヴァルケンバーグ少将は良くやったよ。シホールアンルの切り札もなんとかこちらに手に入れたし、これで、
今後の戦いも少しはやりやすくなるだろう。」
「しかし、長官。自分は未だに信じられませんね。」
スミス参謀長は、首を傾げながら言う。
「人間1人を使って、広範囲の全ての物を吹き飛ばせるなんて、まるで、空想世界に登場する武器そのものですよ。それを、
シホールアンルが実用化しようとした事自体、私は信じられませんな。」
「それは、私も同感だよ。」
キンメルも苦笑しながら言う。
「だが、シホールアンルはこの世界有数の魔法大国でもある。シホールアンルが豊富な魔法の知識を使って、起死回生の超兵器を
1つや2つ作ろうとしても不思議はあるまい。戦争と言う物は、自軍には僅かな被害で、相手には最大の損害を与えるという事を
前提に進んでいくからね。」
キンメルは、どこかしんみりとした口調で呟きながら、西の洋上に視線を向ける。
「奴らも、そろそろ俺達アメリカの力というのが、ようやく分かって来ている筈だ。開戦から早2年。私の指揮する太平洋艦隊だけで、
開戦時の戦力を超える新鋭艦等が配備されている。物量で押し始めた我が国に対抗するには、何らかの巨大な力が必要になる。
そのために、奴らは鍵・・・・フェイレという戦争終結を導く超兵器という名の鍵を作り、そして実用化しようとしたのだろう。
シホールアンルの鍵に対する執念は、TG57.4司令部から送られて来た戦闘詳報を見ても明らかだが、奴らはよほど、
その鍵が欲しかったのだろう。」
キンメルは、20日の昼頃に、TG57.4司令部から送られて来た戦闘詳報をじっくりと呼んでいる。
トアレ岬沖海戦と名付けられた17日夜半の海戦で、アメリカ側は対空軽巡オークランドと駆逐艦1隻を撃沈され、軽巡クリーブランドと
巡洋戦艦アラスカ、駆逐艦5隻が大中破されるという損害を被っている。
特に痛いのは、機動部隊随伴戦艦であるアラスカの損傷と、機動部隊にとって必需品とも言える軽巡オークランドの喪失及び
クリーブランドの損傷である。
この3隻は、いずれもTG57.2から抽出した有力な対空艦であり、この3隻が居なくなった今、TG57.2の対空戦闘力は、
がた落ちとまでは言わぬものの、対空防御の面で同任務群に支障を来たしている。
沈没したオークランドと、損傷修理のため、戦列から離れざる得なくなったアラスカとクリーブランドの穴埋めとして、キンメルは、
つい最近訓練を終了したばかりの、アラスカ級巡洋戦艦の2番艦であるコンステレーションをTG57.2に配備する事にした。
コンステレーション以外にも、後方に下がった駆逐艦の穴埋め用に、駆逐艦数隻がTF57に配備される予定だ。
この事から、TF57に開いた対空防御の穴も、さほど時間を置かずに埋められる見通しである。
しかし、それとは別に、キンメルはシホールアンル側のフェイレに対する異常な執着心を、TG57.4から送られて来た戦闘詳報で
垣間見たような気がした。
(貴様らは、それほどまでに、この戦争に勝利したかったのか・・・・悪魔のようなやり方と、そしられるような方法を用いても・・・・?)
キンメルは心の中で、太平洋の向こう側にある国に、そう問いかけていた。
午後1時30分には、TG57.4の損傷艦群はそれぞれ、割り当てられた桟橋に横付けした。
キンメルは、TG57.4の司令官である、フランクリン・ヴァルケンバーグ少将と司令部幕僚、巡洋戦艦アラスカ艦長
リューエンリ・アイツベルン大佐の労をねぎらった。
それから5分後、キンメルは、軽巡クリーブランドから降りて来た工作部隊と、その少女に対面した。
クリーブランドの舷側から見えたその大地は、フェイレにとって不思議なものであった。
港と思われる場所には、多数の船が停泊している。
船は様々だが、マルヒナス運河に向かう途中に遭遇した、空母という大型艦が港に何隻もいる。
大きく、中央部に纏まった艦橋のある空母は計3隻、それより小さめの空母は、7隻、合わせて10隻もの空母がサンディエゴにいる。
「すごいなぁ~。」
隣に立っていたエリラが、興奮したような声音で言う。
「マルヒナス沖であんなに多くの空母や戦艦を見たのに、ここにはもっと多くの船が居る・・・・アメリカって凄いなぁ。」
エリラは、頭の耳をひくひくさせている。
「あ、アラスカと同じ形した船が止まっている・・・・・ん?その横の船。なぁんか、アラスカと形が似ているけど・・・・」
エリラはふと、桟橋に停泊している2隻の巨艦に注目した。
1隻は、形からして、クリーブランドの前を行くアラスカの同型艦であろう。
その右のもう1隻は、アラスカと似たような形をしている。
しかし、その船は、隣のアラスカ級を、まるで倍近く拡大したような感があった。
「あー、あの大きな戦艦ね。しっかし、でかいなぁー。あれが、噂のアイオワ級戦艦か・・・・あたしも初めて見るんだけど。
うちの王様がべた褒めするだけの貫禄は、確かにあるねぇ。」
エリラは、アラスカ級の隣にいる大型戦艦・・・・アイオワ級戦艦2番艦である、ニュージャージーを見て、感嘆していた。
ニュージャージーの巨大さたるや、隣のアラスカ級を巡洋艦程度にしか見えない程だ。
フェイレは、その巨艦に見入っていた。フェイレから見れば、海上に浮かぶ城そのものであった。
サンディエゴ軍港には、訓練中であったエセックス級正規空母のハンコックとレンジャーⅡ、竣工したてで、間も無く慣熟訓練に入る
ボクサー並びにキトカン・ベイ級護衛空母7隻が停泊している。
空母の他には、間も無く前線に配備される予定である、巡洋戦艦のコンステレーションと、アイオワ級戦艦のニュージャージーがいた。
このような主力艦の他にも、ボルチモア級重巡洋艦のノーザンプトンやクリーブランド級軽巡のパサディナ等の戦闘艦艇が多数停泊している。
だが、これらの艦艇は一部に過ぎない。
サンディエゴ軍港は、戦闘艦艇の他に、大量生産されたリバティ船や輸送艦、それに各種補助艦艇の群れで埋め尽くされていた。
「・・・・・何なの、この数?」
フェイレは、数え切れぬほど停泊している船を見て、目が回りそうになった。
何しろ、サンディエゴ軍港は、どこを向いても船、船、船である。
シホールアンル帝国・・・・いや、北大陸中からかき集めても、これだけの数の船は集められないのでは?と思うほど、サンディエゴ軍港は
船や輸送艦等で埋め尽くされている。
「うわぁ~、こりゃ大分増えたなぁ。」
エリラとフェイレの後ろを歩いていた水兵2人が、周りを見ながら苦笑している。
「1年でどれだけ増えてるんだよ。」
「数え切れねえほどさ。数は多いほど良いって事か。」
「ざっと見て、数百隻はいるな。リバティ船がやたらに多いな。」
「リバティ船だけで200は下らんな。」
水兵は雑談しながら、2人の後ろを通り過ぎて行った。
「ねえエリラ。」
「何?」
「リバティ船という船の詳細はわかるかな?」
エリラは、頭の中の記憶をまさぐる。ヴィクターからは、リバティ船のちょっとした性能を教えられている。
「リバティ船は、重さが7000トンから10000トン・・・・あたし達の基準でいえば、5000から7000ラッグの大型船かな。」
彼女は、途中で苦笑を浮かべながらフェイレに言う。
「・・・・・・・」
フェイレは絶句しながら、周囲の船を見渡している。顔は心なしか、青くなっているようだ。
この世界での船は、通常の大きさの船は、せいぜい3000ラッグ(4500トン)もあれば大型船と言われる。
フェイレ達は、そのような大型船はあまり眼にした事がない。
彼女がこれまで目にした一番大きな船は、その3000ラッグクラスの輸送船である。
5000から7000ラッグの船ならば、超大型船と言うに相応しい。
シホールアンル海軍の戦艦群や竜母群は、中小国の船乗りからすれば化け物同然の存在であり、普通の大型輸送船からしても、
自分達が一生を費やして金を稼いでも、そのような船をもてるのはごく少数派・・・・・大金持ちか海運王ぐらいだ。
一昔前までは、あの有名なシホールアンルですら、5000から7000ラッグ程度の船は5、60隻程度しか保有できなかった。
大型船は持つ事が難しい。持つ事が出来るのは、運のいい奴か金持ちぐらい。
庶民達はそう思っていた。
だが、アメリカは、庶民から見たら“超大型船”とも言えるリバティ船を、このサンディエゴだけでも200隻保有している!
先の水兵からたまたま聞けた話によると、この200隻の輸送船は、1年前には居なかった事になる。
「う~ん・・・・なんか、頭が痛くなって来た。」
どういう訳か、フェイレは頭を抱えながら艦内に入っていった。
「え、ええ?ちょっとフェイレ。大丈夫?」
心配になったエリラは、困惑した表情を浮かべつつもフェイレの後を追っていった。
それから20分後に、クリーブランドは桟橋に接舷した。
フェイレは、ヴィクターら、工作部隊のメンバーと、クリーブランド艦長ローレンス・デュポーズ大佐と共にクリーブランドから降りた。
「長官直々のお出迎えとは。」
デュポーズ大佐は、桟橋の向こうに立つ、2人の士官を見ながらやや驚いていた。
一行は、デュポーズやヴィクターを除いて緊張した面持ちで、桟橋を陸地に向かって歩いた。
ふと、フェイレは、向こう側の士官のうち、1人の顔に見覚えがあった。
(あれは・・・・・)
それから2分ほどで、一行は2人の士官の目の前まで迫っていた。
桟橋から歩いて来た一行に、キンメルは挨拶を行おうとした。
その時、
「お父・・・さん・・・?」
出し抜けに、青色の長髪の女性が、目を潤ませながらキンメルにそう言っていた。
「お父さん・・・・?」
困惑したキンメルは、思わずスミス少将と顔を見合わせた。
「どういうことだね?」
「い、いえ。私にもわかりません。」
スミス少将は当然分かる筈もなく、ただ首を傾げるばかりだ。
キンメルは顔を、青い髪の女性、フェイレに向けた。
「あ・・・・・すいません!」
フェイレははっとなって、キンメルに謝った。
「もしかして、私の顔が、君の知り合いと似ていたのかね?」
キンメルは、穏やかな口調でフェイレに聞いた。
「え、ええ。昔、世話になった人と、そっくりだった物で、つい。」
「はは、そうか。それほどまでに似ているとは。」
彼は思わず苦笑した。
ふと、キンメルは、フェイレの顔を見てある事を思い出した。
(この娘・・・・・ずっと前に、夢で見た気が)
キンメルは、転移が起きたその日、不思議な夢を見ていた。
夢の中では、緑色の髪をした女の子が、何やら怪しい男と言い争いをしていた。
女の子は、自らの名前を主張し続ける。だが、男はその女を見下した態度で喋り続けていた。
女が自分の名前を言った所で、夢は終った。
いや、終らせられたと言ったほうが良い。その夢の続きは、太平洋艦隊司令部からの電話で見れなかったからだ。
その後しばらくの間、キンメルはあの夢が、妙に生々しい物であると思っていた。
あの夢を見たという記憶も、普段の激務のせいで、酷く薄れていった。
だが、その薄れていた記憶は、今蘇った。
「・・・・・私も、君を知っているような気がする。」
「私・・・・ですか?」
キンメルの言葉に、フェイレはきょとんとした表情を浮かべた。
「ああ。夢の中で見たよ。その時の君は、緑色の美しい髪だったが・・・・今では色が違っているな。」
彼は、フェイレの髪に注目した。
フェイレの髪は、青だ。だが、夢の中の彼女の髪は、緑色だった。
「はあ、色々あったものですから。」
「色々か・・・・・」
キンメルは、一瞬、フェイレが暗い表情を浮かべるのが分かった。
「まあ詳しい話は後にして、自己紹介がまだだったね。」
彼は改まった口調で、自らの名を名乗った。
「私は、ハズバンド・キンメルだ。太平洋艦隊司令長官をやっている。こちらは、参謀長のスミス少将だ。」
「スミスです。よろしく。」
スミス少将は、にこやかな笑みを浮かべながら、一同に挨拶した。
「諸君、アメリカ合衆国にようこそ。」
キンメルは、両手を広げながら、陽気な口調で言い放った。
「諸君らには、これからアメリカ国内をじっくり見学して貰いたい。その前に、長旅で君達も疲れているだろうから、
まずはゆっくり一休みすると良いだろう。」
彼はそう言った後、クリーブランド艦長、デュポーズ大佐に顔を向けた。
「デュポーズ艦長。任務ご苦労だった。」
キンメルは、デュポーズ大佐に右手を差し出した。デュポーズも、やや照れながらキンメルと握手した。
「君の活躍は見事だったよ。」
「いえ、とんでもありません。長官、クリーブランド守ってくれたのは、彼女のお陰ですよ。」
デュポーズは、フェイレに向けて顎をしゃくった。
「彼女の魔法防御がなければ、クリーブランドはオークランドと同じ目に合っていた事でしょう。」
「ああ、確かにそうだな。だが、彼女の活躍だけではなく、君の艦が奮闘しなければ、結果は同じだったろう。
君の艦が頑張ったからこそ、彼女をここまで連れて来る事が出来た。君の功績は大きいぞ。」
「はっ、ありがとうございます!」
デュポーズはそう言うとキンメルに敬礼を送る。キンメルもまた、見事な動作で答礼した。
「さて、これから君達を宿舎に案内しよう。長旅で疲れているだろうから、まずはゆっくり休んでくれ。」
キンメルはこちらへ、と付け加えながら、工作部隊のメンバー達を案内し始めた。