自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

206 第159話 シホールアンル帝国初空襲

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第159話 シホールアンル帝国初空襲

1484年(1944年)7月19日 午前5時 北ウェンステル領リスド・ヴァルク

ようやく夜が終わりを見せ始め、穏やかな陽光がこの地方の大地を照らし始めた頃、リスド・ヴァルクには
500以上ものエンジンが発する轟音に包まれていた。

「エンジン異常なし・・・だな。」

第694爆撃航空群第533飛行隊を指揮するダン・ブロンクス少佐は、愛機に異常が無い事を確かめて、ひとまず安堵した。

「693BGの1番機が離陸していきますね。」

隣にいるコ・パイのジョイ・ブライアン中尉が、滑走路を走るB-29を見つめながらブロンクスに言った。
一番最初に発進することになったそのB-29は、4基のエンジンから轟音を発しながら滑走路を突き進み、やがて空に舞い上がっていった。
それを機に、別のB-29が次々と発進していく。
20分ほど待たされてから、ようやくブロンクス少佐の出番がやって来た。
誘導路から機体が滑走路に乗ったとき、ブロンクスは愛機にブレーキをかける。
B-29の巨体は、制動を掛けられた影響でやや前後に揺れた。

「こちら管制塔。イリス・ブリジット、聞こえるか?」

制帽の上から掛けたレシーバーから、ブロンクス機のニックネームが呼ばれた。

「こちらイリス・ブリジット、聞こえるぞ。感度良好だ。」
「OK。離陸許可を出す。誇り高き帝国臣民様達に、俺からよろしく、と伝えてくれ。」
「了解。恥を見せないように気を付けるよ。」

管制官の気の利いたジョークに失笑しつつ、ブロンクスはそう返答した。

今会話した管制官は、ブロンクスとは幼少期からの親友であり、基地内で会う時はいつも親しく話しかけてくる。

「離陸する!」

ブロンクス少佐はクルー全員にそう告げると、愛機のエンジン出力を上げた。
4基のライトR-3350空冷18気筒2200馬力エンジンが一層唸りを上げ、大きな4翔プロペラが更に早い速度で回り始める。
ブレーキを解除すると、機体がするすると前進を始めた。
速度は瞬く間に上がり、3000メートルの滑走路を半分過ぎた頃には、機速は100マイルに達していた。
ブロンクス少佐は操縦桿を引き、機首を上げた。
重いB-29の機体が浮き上がり、大地がみるみるうちに遠ざかっていく。
ブロンクスは主脚の収納スイッチを押し、機首と主翼から突き出ていたタイヤを機内に収納させた。
所定の高度まで上がると、ブロンクスは機首を集結地点に向けた。
離陸から1時間後には、ブロンクスの533飛行隊は離陸を終えた僚機と共に、デイレア領の上空を飛行していた。
ブロンクスは、前方や側方をひとしきり見回す。

「150機近い数のB-29が集まると、なかなかに壮観だな。」

彼は何気ない口ぶりでブライアンに言う。

「今までは多くて100機をちょっと超えた程度ですからね。それでも壮観でしたが、144機ものB-29を揃えて
飛ぶのは、今回が初めてですよ。」

ブライアンは前方の機が引くコン・トレイルを見つめながらブライアンに答えた。
離陸を終えた144機のB-29は、5分前に追いついた第132戦闘航空群のP-51編隊の護衛を受けながら、
デイレア領の南部を8000メートルの高度で飛行している。
今の所、天気は快晴であり、下界が遠くまで見渡せる。
144機のB-29は、飛行隊ごとにコンバットボックスを組みながら飛行を続けている。
4基のエンジンからは白い飛行機雲が出ており、下界から見えれば、無数の白い線が青空を埋め尽くすような光景が見られるであろう。

「目標まであと、1100マイルです。」

航法士がブロンクスに報告を送ってくる。

「1100マイルか・・・・まだまだ長いね。」

ブロンクスは苦笑しながら呟いた。
発進地点であるリスド・ヴァルク飛行場から、目標であるウィステイグまで約1280マイル(2048キロ)もある。
B-29は初期量産型であるA型ならば5300キロ。
ここ最近、前線部隊に配備され始めたB型ならば6000キロは飛行できる。
しかし、護衛のP-51は最大でも3300キロしか飛べず、目標地点まではB-29に随行出来ない。
デイレア領の北部からは、69航空団の144機のB-29は護衛無しで目標に向かわなければならなかった。
ブロンクスは、その事に不安を感じていた。

「隊長。シホット共は待ち構えていますかね。」

ブライアンが真剣な顔つきでブロンクスに尋ねた。

「待ち構えているだろうな。」

ブライアンの質問に対し、ブロンクスはすらすらと答える。

「俺達は相手の本土に爆弾を落としに行くんだ。航続距離の問題で爆弾を目一杯は積めなかったが、144機の
B-29には、それぞれ15発の1000ポンド爆弾を積んでいる。まともに爆撃すれば、ちっこい町なぞ
たちどころに吹き飛ばせる量だ。そんな俺達を、敵は逃すはずがない。ルメイ司令も言っていたが、敵さんは
ケルフェラクとやらを大量に投入してくるだろう。」
「その通りですね。本土が襲われるのに、何も抵抗はしない、という馬鹿な事はしませんよね。」
「ああ。今日はちょいとばかり、覚悟を決めた方がいいかも知れんぞ。」

ブロンクスは、自らを戒めるように言う。

「今まで、B-29は一度も実戦で撃墜されていない。が、それもいつまで続くとは限らん。敵も死に物狂いで
やって来るだろうから、今日は俺達も、いつも以上に気張って行こう。」

彼はブライアンのみならず、残りの僚機にも語りかけるように言い放った。
ブロンクスは時計に視線を向けた。
(午前7時か・・・・)
B-29編隊は、巡航速度よりもやや早い、時速260マイル(412キロ)で飛行を続けている。
出撃前のブリーフィングでは、巡航速度で5時間、遅くても6時間で目標時間に到達すると見込まれていた。
だが、高々度で吹いている風が追い風であるせいか、B-29の機速は予定よりも早くなっていた。
(この調子なら、予定よりも早い時間で目標に到達するな)

同日 午前9時50分 シホールアンル帝国ウィステイグ

ウィステイグ防空軍団の司令官であるフレング・エッセルト中将は、魔導士から驚くべき情報を伝えられた。

「何?100機以上のスーパーフォートレスが!?」
「そうです。デイレア領北部の部隊から伝えられた緊急信です。」
「なんたることだ・・・・・住民の避難が全く行なわれていないのに・・・・!」

エッセルト中将は悔しげに顔を歪めながら、執務机にある1枚の紙に視線を移した。

「16日にやって来たあのスーパーフォートレスは、この紙をばらまいた。敵はきっちり、数日以内にこの
ウィステイグを爆撃すると教えてあった。なのに、あの馬鹿貴族と来たら、この紙に書いてあることは全くの
嘘であり、紙を拾った者は最寄りの警備隊施設か官憲所まですぐに持って行けと言いやがった!」

エッセルトは忌々しげに喚いた。

「で、ですが。これが敵の謀略であったという可能性も捨てきれません。だから、リヒンツム伯爵の
言う事も間違いでは無いかと。」
「いや、間違いだ!!」

エッセルトは顔を赤く染めながら叫んだ。

「念のために、一定期間は住民を一時的に避難するという方法も取れた。50万の住民を丸々避難させるのは
無理だとしても、工場に近い場所にある住民を避難することぐらいは、この空いた2日間で可能なはずだった。
私もあの後、2度ほどリヒンツム伯爵に進言した。だが、あの人は慈悲を見せぬアメリカ人の言う事なぞ聞く
必要なかろうと言ったんだぞ?」

エッセルトは机に置いてあったビラを取り上げる。

「アメリカ人に慈悲がない。ならば、このばら撒かれた紙は一体何だ?少なくとも、付近に住む民は傷つけ
たくないと思いながら、我々に与えたせめてもの慈悲だろうに!全く、貴族連中は上層部の発表を真に受けすぎている!」
「司令官、今はともかく、迎撃部隊を編成しなければなりません。」

魔導士は、激高するエッセルトを窘めるように言った。

「迎撃部隊に関しては、もう決めてある。この基地にある第1戦闘飛行隊を全て出すぞ。」

エッセルトはそう言うと、自ら命令を伝えるべく、執務室から出た。
彼が外に出た時、第1戦闘飛行隊の搭乗員達は指揮台の前に集まりつつあった。
エッセルトは早歩きで指揮台に立つと、整列した搭乗員達を見回した。

「飛行隊長、私から直接命令を伝える。」
「ハッ!」

搭乗員達に命令をつたえようとしていたジャルビ少佐にエッセルトはそう言うと、自らの口で訓辞を行なった。

「諸君!つい先ほど、デイレア領北部の部隊から、100機以上のスーパーフォートレスが帝国領内にある
このウィステイグへ向かっているとの緊急信が入った!諸君らには、この敵飛空挺群の迎撃に当たって貰う!
私から言えることはただ1つ。」

エッセルトは、鋭い視線で搭乗員達を見回す。

「敵を落とし、必ずや、生きて帰れ!私からは以上である。」

エッセルトの短い訓辞が終わった。

「今聞いたとおり、アメリカ軍機はこのウィステイグに向かいつつある。我々第1戦闘飛行隊は、可動全機を
持ってこれを迎撃する!各隊は装備を受け取り次第、速やかに離陸。スーパーフォートレスの侵入に備えよ。
戦闘方法は訓練と全く一緒である。落ち着いて、しっかりやれ。以上!」

ジャルビの言葉が終えた後、搭乗員達は一斉に散らばった。

午前11時30分には、何とか各中隊とも出撃準備を済ませる事が出来た。

エッセルトは、指揮所の屋上から滑走路脇に並ぶ第1戦闘飛行隊のケルフェラク群を見つめていた。
72機のケルフェラクは、全機が発進準備を終えて発動機を轟々と唸らせている。
ケルフェラクの中には、腹に黒い塊を抱いている機もある。

「果たして、新戦法とやらは上手く行くだろうか・・・・」

彼の口調からは不安が滲んでいた。
ジャルビが考案した、対B-29用の新戦法。
一部のケルフェラクが抱える“新兵器”が、その新戦法を成功させる鍵を握っている。

「形式上は新兵器だが、ワイバーン隊から貰ったあれの粗悪品を改良しただけの代物だ。この期に及んで、
何らかの不都合が生じなければいいが。」

彼の不安をよそに、最初のケルフェラクが離陸を開始した。
横に2機ずつ並んだケルフェラクは、魔法石特有の笛のような甲高い音を発しながら離陸していく。
最初の2機が滑走路から飛び立つと、続いて2機が新たに離陸を開始した。

「司令官。領境の検問所の部隊から通信です。敵大型飛空挺の大挺団、南方より侵入しつつあり。位置は
ウィステイグより南南東70ゼルド(210キロ)。」
「思ったよりも近付いているな。ケルフェラク隊が高度6000グレルに上がるまで間に合えばよいが。」

エッセルトは不安げに呟く。
ケルフェラクは高度6000グレルに到達するまでに、約20分以上を要する。
新兵器を抱えたケルフェラクは機体が重くなっているから、上がりきるまでに25分はかかる。
B-29は約250レリンク(500キロ)で飛行を続けているだろう。
B-29がウィステイグに辿り着く前に、ケルフェラク隊が迎撃位置に付けるかどうかは運次第だ。

「間に合ってくれよ。」

エッセルトは、心からそう願っていた。

午前11時56分を過ぎた頃には、ケルフェラク隊はなんとか6000グレルまで上がる事が出来た。

「見えてきたぞ・・・・」

ジャルビは、南の空からウィステイグに向かいつつあるB-29の編隊を視認した。

「こちら指揮官機。スーパーフォートレスの編隊を視認した。位置はウィステイグ市南方20ゼルド。これより戦闘に入る!」

彼は、計器類の一番左上に取り付けられている網目状の魔法通信機に向かって司令部に報告を送る。
ジャルビ機を先頭に、中隊ごとに別れた幾つもの編隊が旋回を止め、前進しつつあるアメリカ軍機に向かい始める。

「くそ、畑の害虫みたいにうじゃうじゃ居やがるぞ。」

ジャルビ少佐は、徐々に近付きつつあるスーパーフォートレスの編隊を見て罵声を漏らす。
スーパーフォートレスは、10機から12機ほどの編隊を組みながら飛行している。
その編隊の数は、少なめに見積もっても10は下らない。
100機以上のB-29が、飛行機雲を吐きながら高度5000グレル以上を飛ぶ様子は、アメリカのという国が
どれほど凄いかを否応無しに感じさせた。
(何度見ても、ため息を出したくなる大きさだな)
彼は内心で思った。
そうこうしているうちに、第1戦闘飛行隊は敵編隊の真上に、もう少しという所まで近付いていた。

「全機に次ぐ。これより突撃する。訓練通りにやれよ!」

ジャルビはそう言ってからすぐに、機体を翻した。
スーパーフォートレスの編隊は5100グレル付近を飛行しているため、ジャルビ隊が高度の優位を占めている。
通常ならば、シホールアンル側に出来るのはここまでだ。
一旦戦闘に入れば、ケルフェラクを待ち受けるのはスーパーフォートレスの猛烈な防御弾幕だ。
統制された防御砲火は、搭乗員の心を惑わせ、時にはその命すら奪う。
今まで、B-29を撃墜出来ないでいるのは、コンバットンボックスと呼ばれた見事な隊形と、B-29自身が持つ重火力のせいだ。
(どちらか1つさえ崩せればと、今まで訓練に励んできた。その成果を見せてやるぞ、アメリカ人!)
ジャルビは内心で呟きながら、スーパーフォートレスの第2編隊に向かった。
彼はあえて、編隊のど真ん中に突っ込むような進路を取る。急降下の態勢のため、愛機の機速は上がり続け、高度計の回転は一層速まる。
一気に高度5500グレルまで降下するが、ジャルビは高度計とB-29を交互に見つめながら、尚も急降下を続ける。
5400グレルまで降下したとき、眼前の敵編隊がついに射撃を開始した。
複数のB-29が胴体上方にある機銃を撃ちまくり、ジャルビ機を弾幕に絡め取らんとする。
ジャルビは機を左右にずらして、敵機の防御弾幕をかわしつつ、その時が来るのを待つ。

「もう少し・・・あと少しだ・・・」

ジャルビは、早くその時が来てくれるのを願う。彼の願いは早くも叶った。
高度計が5200を指した瞬間、彼は座席の左脇にある投下レバーを引いた。
その瞬間、機体が軽くなったような感触が伝わり、彼は愛機の進路を敵編隊の外側に変えた。
敵編隊の外側を抜ける際に、風防の片隅に閃光が走った。

「どうやら、ちゃんと作動してくれたか。」

ジャルビは降下時のGに耐えながら、安堵した口調で言う。
ジャルビ機に狙われた編隊は、第693爆撃航空群に属している第791飛行隊であった。
飛行隊長機のテイル・ガナー(尾部機銃手)を務めるルイ・ベルベッキオ軍曹は、眼前に小さな黒い物体が降ってくるのが見えた。

「爆弾?」

彼がそう呟いた瞬間、いきなり目の前が真っ白い閃光に覆われた。

「うわぁ!?」

彼は突然、目の前に現れた閃光によって視力を奪われてしまった。

「どうした?何かあったのか!?」
「くそ!シホットの奴らに目潰しを食らわされた!」

機長が、いきなり悲鳴を上げたベルベッキオを呼び出した。ベルベッキオは目をこすりながら、興奮した口調で返事する。

「目をやられたのか?」
「はい!あいつら、閃光弾を落としていきました!」
「閃光弾だと?まさか、シホットはこっちの機銃手の目を潰してから攻撃を仕掛けるつもりか!?」

「お、恐らくそのつもりのようです。あ、目が見えてきた。」

ベルベッキオは10秒ほどもがいた後、ようやく視力を取り戻した。その時、彼は衝撃の光景を目の当たりにした。
後方に付いていた8番機と9番機が、互いの右主翼と左主翼を接触させようとしていた。

「あ、危ない!!」

ベルベッキオは瞬時に大惨事になるなと思った。大型爆撃機同士の接触事故は、例外なく大事故に繋がる。
8番機と9番機のパイロットは、先の閃光弾で目潰しを食らわされた末、操縦を謝ったのであろう。
9番機が咄嗟に下降し、8番機をやり過そうと試み、8番機も接近する9番機を避けるため、上昇を行なった。
だが、8番機と9番機の主翼は尚も接近を続ける。
(駄目だ!!)
ベルベッキオは咄嗟に目を閉じる。無線機には、8番機と9番機のパイロットが悲鳴と罵声が流れてくる。
脳裏に、主翼が絡まり、爆発炎上する8番機と9番機の姿が浮かんだ。
それから5秒ほどが経って、ベルベッキオは恐る恐る目を開けた。
空中衝突しているはずの8番機と9番機は、互いに離れていく。何とか難を逃れたようだ。

「良かった・・・・」

ベルベッキオはひとまず安堵した。だが、安心するのも束の間であった。
いきなり、やや後方でも閃光が煌めいた。
今度は12番機の前方上方が光った。閃光弾の炸裂距離が離れているため、視力が潰される事は無かったが、
彼は12番機に、無数の炎の帯が降り注ぐ光景をはっきりと見ていた。
12番機もまた、急な閃光にパイロットが目潰しを食らわされたためか、機体がふらつき始めた。
12番機に襲い掛った災難はこれだけではなく、飛び散った赤い帯が白煙を引きながら胴体や機首にまつわりついた。
その次の瞬間、機首の風防ガラスが砕け散り、胴体上方や主翼の付け根に、まるで機銃弾が命中したかのような
夥しい火花が飛び知った。
火花が収まると、左主翼の内側にあるエンジンから火災が発生した。
普通ならば、エンジンに内蔵されている自動消火装置が作動して、火災の延焼を防いでくれる。

だが、閃光弾の破片・・・・いや、未知の新兵器の破片は自動消火装置までも破壊してしまったのか、火災は一向に
収まる気配を見せない。
12番機は急に、機首を下側に傾けたかと思うと、黒煙を引きながら急激に高度を下げていった。

「・・・・・・・・・」

ベルベッキオは、今見た光景が信じられなかった。
今年の1月から前線に現れ、常に敵を圧倒してきた腸空の要塞・B-29。
戦闘中に撃墜された事がない爆撃機として、名実ともにその二つ名に恥じぬ活躍をしてきたB-29が、敵の新兵器に
よって呆気なく落とされた。

「B-29が・・・・落ちた・・・・!」

彼は驚愕の表情を浮かべて呟く。
791飛行隊はこの時、3機のケルフェラクから投下された新兵器によって大混乱に陥っていた。
新兵器を機首の前で炸裂させられた機は軒並み定位置から離れ、ある機は破片を食らって損傷する。
パイロットの視力が回復したときには、12機にあったB-29は11機に減り、編隊は大きく崩れていた。
そこに10機前後のケルフェラクが突っ込んできた。
ケルフェラクは、半数ずつのチームに別れ、それぞれが1機のB-29を目標に定めていた。
狙われたB-29は必死に弾幕を張る。やはり単機であっても、B-29の防御火器は侮れない物があった。
我先にと、突っ込んできたケルフェラクの1番機が、胴体上方機銃の集中射撃を食らう。頑丈な魔法合金で出来た
外板が12.7ミリ弾の猛打の前に一寸刻みに毟り取られ、ついには主翼の主桁が吹き飛ばされた。
1番機が左主翼を吹き飛ばされて、錐揉み状に墜落していくのを尻目に、残りはB-29との距離を急速に詰める。
B-29の射撃手は、照準レティクルを2番機に合わせ、発砲するが、同時に距離400メートルまで迫った2番機も、
敵機の巨体目掛けて光弾を発射した。
オレンジ色の曳光弾と、七色の光弾が交差し、それぞれの目標に向かっていく。
2番機の光弾がB-29の胴体上部に命中し、火花が吹き散る。
しかし、強靱な外板は光弾をひとしきり食らっても、機体内部に弾を貫通させなかった。

それに反して、胴体上部の前方機銃と後部機銃の計6丁から放たれた機銃弾は過たず2番機に命中した。
プロペラスピナーに高速弾が数発命中したあと、瞬時にスピナーが吹き飛び、プロペラの1枚が機銃弾によって千切り飛ばされた。
発動機に致命弾を食らった2番機は、機首から真っ黄色の煙を噴きながらB-29のすぐ右側に抜ける。
3番機、4番機が光弾を浴びせかける。B-29の右主翼や胴体に、夥しい数の光弾がまつわりつき、機体から火花と破片が飛び散る。
3番機と4番機が下方に離脱し、次いで5番機と6番機が魔導銃を乱射しながら突っ込んできた。
今度は尾部機銃や垂直尾翼にも光弾が命中する。
垂直尾翼に描かれていたPの文字が、光弾の命中によってささくれ、綺麗に描かれた文字が、字を書き始めた子供が書いたような、
汚い落書きに変えさせられる。
テイル・ガナーは離脱しようとしている4番機目掛けて光弾を撃ちまくっていたその時、防弾ガラスが叩き付けられた光弾によって
粉々に砕け散り、腹や胸に光弾を食らって絶命した。
テイル・ガナーが非業の死を遂げたと同時に、B-29の右主翼に付いていた2基のエンジンのうち、外側のエンジンから火が吹き出た。
B-29は黒煙を吹きながら、刻一刻と高度を落としていく。
この時、エンジン内部に取り付けられていた自動消火装置が作動し、エンジンに発生した火災は瞬く間に駆逐されていく。
火災発生から1分で、そのB-29のエンジン火災は消し止められたが、エンジンの1基は使用不能となったため、
高度を維持する事はもはや不可能であった。
この他のB-29にも、ワイバーンの群れは押し寄せている。
下方から攻撃される機もあれば、四方から襲われる機もある。
791飛行隊のB-29は、隊形を崩されたために2機、あるいは単機で数機のケルフェラクと渡り合うしか方法がなかった。

第69航空団の最先頭を行く第821飛行隊でも、791飛行隊と同様、ケルフェラクの猛攻を受けていた。
しかし、ケルフェラク隊が投下した新兵器は、4発中有効弾となったのは1発のみで、1発は見当外れの位置で無意味に炸裂し、
残り2発は炸裂せず、そのまま落ちていった。
821飛行隊では、新兵器の炸裂に目を眩まされた3番機と5番機が定位置から離れ、5番機は左側を飛んでいた8番機と
ニアミスを起こしたため、8番機もまた定位置から離れている。
7番機は至近で炸裂を受けたため、機体に損傷を負った。
損傷は右主翼のエンジンと機首に及び、報告では副操縦士が戦死したと言う。
エンジン出力の低下した7番機は、徐々に高度を下げつつある。
編隊は半ば崩れており、目標に近くに迫っている今となっては、隊形を整える時間は全く無い。

「シホールアンル軍の奴ら。こんな隠し球をもっていたとは。」

821飛行隊の隊長機に乗る第69航空団司令、カーティス・ルメイ准将は、悔しさを滲ませた口調で呟いた。
彼は、今度の作戦では戦闘中に被撃墜機も出るであろうと、予想はしていた。
その予想は当たり、彼の率いる144機のB-29のうち、1機は既に撃墜され、7機が損傷を負い、そのうち3機は
高度を維持できぬまでに痛め付けられている。
予想の範囲内とは言え、今まで無敵を謳われてきたB-29が落とされる事は、普段冷静な彼としてもどこか悔しさを感じさせられる。

「流石はこの世界最強の国だ。一筋縄ではいかんな。」

ルメイは、心中とは裏腹に、いつもと変わらぬ冷たい口調で呟く。

「目標まで、あと30マイル。」

航法士が機械的な口調で、目標までの距離を知らせてくる。唐突に機銃の発射音が鳴り響き、機体が微かに振動した。
821飛行隊は半ば編隊を崩してはいるが、それでも791飛行隊よりは隊形が乱れておらず、襲い来る敵機に対していつもの弾幕射撃を加えている。
射撃音がひとしきり続いた後、唐突に鳴り止んだ。

「イヤッホウ!シホットを1機叩き落としたぜ!」

機首の上にある胴体上方機銃座のクルーが、弾けた声音で敵の撃墜を喜ぶ。
821飛行隊に、ケルフェラクは次々と襲い掛るが、猛烈な弾幕射撃の前には迂闊に近寄る事が出来ない。
ルメイ座乗機を始めとする5機のB-29は、戦闘開始当初からそのまま編隊を維持し続けている。
この小編隊を手強しと見たケルフェラク乗り達は、目標を単機、あるいは2機で飛行するB-29に切り替え、それに襲い掛っていった。

地上から望遠鏡越しに、第1戦闘飛行隊の戦う様を見つめていたエッセルトは、新兵器が思ったよりも効果を発揮していない
事に気付き、不満げな気持ちになった。

「第2編隊には効いたが、第1編隊にはあまり効いてないぞ。」
「投下した炸裂閃光弾のうち、何発かが不発だったようです。」

隣にいた幕僚が忌々しげな口調で呟く。

「新兵器とは言え、まだまだ不安定な兵器だったからなぁ。おっ、また1機落としたぞ。」

エッセルトは、高空を飛ぶ大編隊の中から、大きな機影が黒煙を吐きながら墜落していくのを見つめた。

「ケルフェラク隊があれだけ暴れて、やっと3機撃墜ですか。こっちは既に7機が撃墜されているのに、どうも
分が悪いですな。」

幕僚がため息を吐きながら言う。

「今回は、あの化け物を落とせてる分だけマシさ。いつもはこっちが落とされまくって、相手は悠々と引き返していくからな。
だが、今日はそうでもないらしい。」

エッセルトはそう言いつつも、B-29の先頭集団を見つめ続ける。
ケルフェラク隊は全機が先頭に入っており、先頭を進んでいた敵編隊は、ほぼ炸裂閃光弾の洗礼を浴び、隊形を崩している。
今回、ケルフェラク隊が使用した新兵器は、炸裂閃光弾と呼ばれる物だ。
名前自体は何ら変哲のないこの兵器は、以前、ワイバーン隊が使用した対艦爆裂光弾の試作品をケルフェラク隊が受け取り、
閃光弾を搭載した投下型の爆弾に改良した物である。
爆弾は150リギル相当の重量で、内部に閃光弾と燃焼弾、並びに大量の鉄片を詰め込んである。
この爆弾は時限式で炸裂する仕組みになっており、炸裂するや、強烈な閃光が周囲を照らし、続いて燃焼弾と破片が目標に襲い掛る。
目標の近くで炸裂すれば、目潰しを食らわされた挙げ句、燃焼弾によって焼かれるか、破片に機体を切り刻まれる。
やや遠目にいれば、燃焼弾と破片は襲ってこないものの、閃光弾の光でやはり目を潰されてしまう。
第1戦闘飛行隊は、この炸裂閃光弾をB-29の編隊に対して使用する事に決めていた。
緊密な編隊で飛行するB-29の群れにこの爆弾を投下し、炸裂させれば、敵機の搭乗員の目を潰せて操縦を誤らせる事ができ、
機銃座の反撃もある程度減らせる。

編隊を組んでいるから、目の自由を奪われた搭乗員がミスを起こして、僚機に激突する事もあり得るだろう。
隊形が崩れたところにケルフェラク隊が突入し、ばらばらになった敵機を集団で攻撃して撃墜していく。
ジャルビの第1戦闘飛行隊は、再編開始以来、この戦法を完成させるために猛訓練を重ねてきた。
その猛訓練の成果が、今発揮されている。
新しい攻撃方法は確かに効果があり、B-29の撃墜は可能である事も証明できた。
だが・・・・

「くそ、あいつら進撃を止めようとしない。」

100機以上のB-29を迎撃するには、やはり力不足であった。

「スーパーフォートレスの最先頭、ウィステイグ市の軍需工場まで8ゼルドに接近!」
「8ゼルド。」

エッセルトはそう呟いた後、魔導士に尋ねた。

「住民の避難はどうなっている?」
「はっ。なんとか進んでは居ますが・・・・各所で未だに混乱が続いており、住民の避難は当初の予定より進んでは居ないようです。」
「全く。俺の言う通りにしておけば、こんなザマにはならなかった物を!」

エッセルトは憎らしげな口ぶりでいいながら、脳裏にリヒンツム伯爵の顔が浮かび上がる。
あのスーパーフォートレスが現れてから今日まで、2日の猶予があった。
その間に、住民をある程度避難させていれば、今日のように、住民達を混乱させることは避けられたはずであった。
しかし、リヒンツムの誤った判断が、住民達の混乱を招いた。
エッセルトの居る航空基地は、市街地から南に5ゼルドほど離れているため、避難の様子を見る事が出来ないが、
突然の空襲に住民達が押し合い圧し合いしながら、街道を逃れようとしている様は容易に想像出来る。
そこに目標から外れた爆弾が降ってきたら・・・・・もはや、言うまでもない。

「落とせ・・・・1機でも多く落とすんだ!」

エッセルトは、奮闘するケルフェラク隊を見つめながらそう叫んだ。
ケルフェラク隊は尚も、アメリカ軍機に食らいつく。
この時点で、エッセルトは3機の撃墜と、8機の脱落を確認している。
彼は、この脱落し、高度を下げるであろうB-29を狩るため、ワイバーン隊にも出動命令を出している。
今頃は、ワイバーン基地でも100騎は下らぬ数のワイバーンが出撃しつつあるだろう。
新たに1機のB-29がケルフェラクに撃墜された。
B-29につきまとっていたケルフェラクが、思い思いの方向から光弾を浴びせ続けた結果、左主翼から炎を吹かせる。
火が吹き出た瞬間、火災が燃料の誘爆を引き起こし、B-29の左主翼が紅蓮の炎に包まれた。

「よし!またやったぞ!」

幕僚の1人が、喜びに声を弾ませる。しかし、それとは対照的に、エッセルトは先よりも表情を暗くする。
B-29に対する攻撃は依然続いているが、ケルフェラク隊は攻撃開始前よりも数を減らしていた。
エッセルトは、望遠鏡越しにケルフェラクの数を数える。
元々、魔導士でもある彼は、視力強化の魔法を使いながら、B-29の周りを動き回るケルフェラクを的確に数え続けた。

「52機に減っている。それに、編隊を維持している機も少ない。」

エッセルトは落胆した。
戦闘開始前は72機いたケルフェラクだが、今ではその数を大きく減らしている。
20機全てが撃墜された訳ではなく、損傷の影響で戦闘不能になり、やむなく離脱した機もあるだろう。
それに加え、戦闘を続けていくうちに隊形が乱れたため、少なくなった機数でB-29と戦っているケルフェラクもいる。
訓練では、10機か、最低でも8機程度で1機のB-29を攻撃し、確実に敵を撃墜するというやり方であったが、
今では多くて5機。中には1機か2機で敵に向かっている物もある。
そのせいで、ケルフェラク隊の攻撃は尻すぼみとなり、また、B-29も前進しながら隊形を整えつつあるため、敵機に
有効打を与えにくくなっていた。

「敵爆撃機編隊、工場まであと5ゼルド!」

魔導士が、先よりも緊張した声音で報告を伝えた。

「5ゼルド、もう時間がない!」

エッセルトは顔に焦りの色を滲ませた。
敵編隊は、ケルフェラク隊に取り付かれつつも、依然として工場に接近しつつある。
もはや、いつ爆弾が投下されてもおかしくない状態にあった。
エッセルトは視線を後方の編隊に向ける。
ケルフェラク隊の攻撃が先頭集団に集中した分、後方の敵集団はほぼ無傷であり、がっちりと編隊を組みながら、目標に接近しつつある。
その無傷の編隊だけでもかなりの数だ。

「無傷のスーパーフォートレスが、まだあんなにも・・・・」

彼は、次々に押し寄せてくるB-29の大群に唖然とした。
これでは、ケルフェラク隊が10機、20機落としても焼け石に水である。
それから2分ほど経ったとき、思わず耳を塞ぎたくなるような言葉が聞こえた。

「あっ、スーパーフォートレスが爆弾を投下!!」

魔導士がこの世の終わりに遭遇したかのような緊迫した声音で、エッセルトに言う。
エッセルトは視線を先頭集団に向けた。
その瞬間、ケルフェラクと思しき機影が、爆弾を投下しようとしていた1機のB-29に体当たりした。
胴体下部の開かれた爆弾倉にケルフェラクの機体が突き刺さった、と見るや、大爆発が起きた。
この大爆発で、B-29とケルフェラクは木っ端微塵に吹き飛んだ。

「ああ・・・・なんてことだ!!」

エッセルトの内心に衝撃が走った。
生きて帰れと、彼は第1戦闘飛行隊の搭乗員に命じた。
なのに、あのケルフェラクの搭乗員は、傷付きながらもスーパーフォートレスに体当たりを行ない、散華した。
(馬鹿野郎が!そんな事をして俺が喜ぶとでも思ったのか!?)
エッセルトは、自爆したケルフェラクの搭乗員に対して、無性に腹が立った。
「生きてさえいれば、次もまた敵を食えたであろうに・・・・!」
彼は、震えた口調で小さく呟いた。
その直後、工場の当たりに爆煙が吹き上がり始めた。爆煙は次々に吹き上がり、しまいには市街地のほうでも黒煙が上がった。

ルメイの直率する第821飛行隊は、隊長機の先導のもと、胴体内の1000ポンド爆弾を投下した。
821飛行隊は直前に敵機の体当たりを受けた機も含めて2機が撃墜され、3機が脱落し、途中で引き返したが、
残存の7機が投弾に成功した。
最初の爆弾は、軍需工場のやや北側の当たりに命中した。
それから着弾位置は北上していき、ついには市街地までもが爆弾の直撃を受けた。
投下した爆弾の内、工場に命中したのは2割程度であり、残りは市街地に落下していた。
それから2分後に、隊形を崩しつつも目標上空に到達した791飛行隊が爆撃を行ない、その後は後続の編隊が次々と爆弾を投下した。
工場内に、無数の1000ポンド爆弾が降り注ぐ。最初に命中した爆弾は、三角状の倉庫に突き刺さり、内部で炸裂した。
倉庫の中には、これから作られる魔導銃の素材である鉄製部品が大量に保管されていた。
その倉庫に1000ポンド爆弾は暴れ込み、炸裂した。
炸裂の瞬間、整然と並んでいた部品類がことごとく吹き飛ばされ、炸裂位置に近かった部品は完全に粉砕された。
一番遠くにあった部品も、爆発の衝撃で置かれていた場所から吹き飛び、壁に当たって無様に凹む。
床に落ちたその部品に、遠くから飛ばされてきた部品や木箱の破片が落下して押し潰され、ただの粗大ゴミにへと変わり果てた。
別の爆弾は魔導銃を製造している工場に落下する。
先の空襲警報で、工場の従業員達は避難していたが、工場の内部はすぐにでも稼働できるように、作業を止めた状態のままで放置されていた。
そこに数発の1000ポンド爆弾が暴れ込んできた。
薄い天井を突き破った1000ポンド爆弾が、加工した部品を運ぶ大きめの台車に当たって炸裂し、周囲にあった部品や
工具類などを一緒くたに吹き飛ばす。
別の爆弾は魔法石で動いていた工作機械を直撃し、その高価で貴重な工作機械が一瞬にして粉砕され、その破片が作業場を
ずたずたに引き裂き、無惨に破壊していく。

躍り上がった爆炎が破壊された部品類と、辛うじて残っていた部品や工具類等を呑み込み、周囲に火災を拡大させていく。
別の爆弾は、普段なら工員達が休息をとっていた筈の無人の休憩室に命中し、室内を瞬時に破壊した。
工場は、次から次に降ってくる1000ポンド爆弾の雨に破壊されていく。
B-29集団の爆弾は、最初は工場の北側に命中していたが、後続の編隊が照準を修正したために、工場の南側にも
爆弾の雨が降り注いだ。
工場の南側にあった、魔導銃用の魔法石保管庫に1000ポンド爆弾が集中して着弾する。
至近弾の衝撃で保管庫内の魔導銃は強く振動し、天井近くまで積み上げられた木箱が振動の末に床に落下し、破損する。
床には傷のついた魔法石が散乱し、魔法石のかけらがあちこちに散らばった。
その直後、1発の1000ポンド爆弾が保管庫の天蓋に命中する。
保管庫は、敵の爆弾にも耐えられるように設計されたため、かなり頑丈に出来ていた。
設計者は150リギル爆弾の急降下爆撃にも耐えられると太鼓判を押したほどだ。
しかし、今回命中した爆弾は、威力と重量が向上した1000ポンド爆弾であった。
それでも、命中した1000ポンド爆弾が普通の急降下爆撃で投下されていたら、1発程度なら一応、耐えられたであろう。
だが、今回命中した爆弾は、高度10000メートル以上から投下されており、貫通力は普段よりも格段に上がっていた。
かくして、設計者が同僚や友人に自慢した天蓋は1000ポンド爆弾に貫かれる事となった。
頑丈なはずの天蓋をあっさりと貫通した1000ポンド爆弾は、木箱に突き当たってから爆発した。
爆発の瞬間、木箱の山は頭頂部が無残にも破壊され、周囲にチリと化した魔法石がばらまかれた。
爆風はまだ健在であった木箱をも吹き飛ばし、硬い外壁にぶち当たってぐしゃりと潰れた。
積荷を守るはずであった堅い外壁は、逆に内部で吹き飛ばされた木箱を破壊してしまうという皮肉な結果をもたらした。
1発で悲惨な状況になった保管庫だが、最初の被弾から僅か2秒後に、相次いで2発が命中した。
次々と命中する1000ポンド爆弾の前に、魔法石の木箱は片っ端から破壊された。
とある爆弾は、完成した魔道銃を保管する施設に命中した。
爆弾が命中するや、広大な倉庫の天井はまくれ上がり、2階部分を覆っていたガラスが一息のもとに砕け散った。
爆発の衝撃で並べられていた魔道銃が、爆風にあおられてしばし宙を舞った後、派手に床へ叩き付けられて、銃身があらぬ方向に折り曲げられる。
別の魔道銃は、吹き飛ばされた大きめの破片に当たり、真ん中から真っ二つに切断される。
立て続けに命中した爆弾によって、完成し、前線に出るのを待っていた2000丁の魔道銃は1つ残らず破壊され、
倉庫は広大なスクラップ場に早変わりした。
破壊の渦は、工場のみに留まらず、市街地でも荒れ狂っている。

投弾に成功したB-29は計123機で、投下された1000ポンド爆弾は1845発、重量に換算して実に800トン以上にも上る。
これは、ただ1度の爆撃に関してはアメリカ陸軍始まって以来の爆弾投下量である。
ウィステイグの軍需工場は文字通り、爆弾の雨によって甚大な損害を被りつつあった。
だが、投弾された膨大な数の爆弾の内、工場の敷地内に落ちた爆弾は全体の4割にも満たない。
有効弾に至った数となると、全体の3割にも届かないであろう。
残った6割以上の爆弾は、全てが工場の周囲・・・・・市街地に落下していた。
アメリカ軍の通告を無視した領主の誤判断。住民避難の致命的な遅れ。ケルフェラク隊のB-29阻止失敗。
そして、高高度爆撃故の弊害・・・・
その全てが重なり合ったとき、悲劇は起こった。

工場の西側地区から500グレル離れた位置に住んでいたロヒルド・テイムクは、突然の避難指示に従って町の郊外へと向かっていた。

「しかし、凄い人だかりだ。こんなんじゃ、いつまでたっても町の外に行けないぞ。」

彼は、のろのろと動く人の波に従いながら、苛立ったような口ぶりで呟いた。
2時間前に発令された空襲警報は、ウィステイグ市民を混乱の渦に落とし入れた。
16日に、1機のスーパーフォートレスが今日の爆撃を予告すりかのような紙を大量に撒いた。
その紙は、翌日までに大半が国内相所属の官憲に回収された。
テイムクは、官憲の役人に回収される前に、紙の内容を覚えていた。
その後、領主であるリヒンツム伯爵自らが、これは敵の謀略であり、領民達は何ら心配することはないと言い放ったため、
彼を始めとする領民達はビラの内容は嘘であると思い込んだ。
ところが、アメリカ軍は予告通り、爆撃機の大編隊をウィステイグに差し向けてきた。
テイムクは、生まれて初めてB-29の大編隊を見た。
彼は避難しながらも、時折建物の影からスーパーフォートレスの群れを見ていた。
アメリカ軍機の編隊は、味方のケルフェラク隊から激しい攻撃を受け、何機かが落ちていくのが見えた。
しかし、いくら落としたり、編隊から脱落させても、高空に伸びる白い飛行機雲は一向に減らない。
いや、減るどころか、むしろ増えつつあった。

「あっ!爆弾が落ちていくぞ!」

誰かが恐怖で上ずった叫び声を上げた時、避難民達は誰1人例外なく、後ろに顔を向けた。
次の瞬間、工場のある方角から次々と爆発音が響いた。
爆弾が大地に着弾し、炸裂する振動が、着弾地点よりも遠くにいるテイムクらも揺さぶった。
ここからは着弾地点は見えないが、その振動の多さからして、スーパーフォートレスが大量の爆弾をばら撒いた事は誰にでも分かった。
テイムクは、建物の屋上に上って、何かを食い入るように見つめている住民に視線が移った。
彼らの大半は、初めて目にするアメリカ軍の爆撃というものに驚きを隠せないで居た。
見物人のうち、何人かは工場の従業員だろうか。
工場の方角を指差しながら、何かを早口でまくし立てていた。
アメリカ軍機の爆撃は収まる様子を見せない。後続の編隊がやってきては、思う存分爆弾を落とし、工場を一寸刻みに破壊していく。
破壊の嵐は、工場のみならず、市街地にも及んでいる。

「畜生!友達が住んでいる区画に爆弾が落ちやがった!」

どよめきに掻き消されながらも、屋上の見物人がそう叫んでいるのをテイムクは聞こえた。
(なんてこった。アメリカ軍機の爆弾は市街地にも落ちているのか!?)
テイムクは、爆弾は工場だけに落ちるだろうと思い込んでいた。
だが、高度10000メートルから投下された爆弾は、成層圏付近に吹いている高速の気流によって狙いが外された物が多く、
結果的に市街地にも爆弾が落ちる事となった。
しばし爆発音と、それに伴う振動が続いたかと思うと、急に聞きなれぬ音があたりに響き始めた。
誰かが何かを絶叫したが、必死にこの場から逃げようとしているテイムクには聞き取れなかった。
(この音は・・・・?)
テイムクは歩きながらも、心中で音の正体が気になり始めた。
その瞬間、ダァーン!という耳を劈くような爆発音が後方で鳴った。
後ろから爆風が押し寄せ、テイムクも含む避難民達がひとしなみに押され、道を転がされる。
爆発音は連続して響き、辺りには何かが崩れ落ちる音や、避難民達の悲鳴が重なり合う。
地面にうつぶせ状に倒れていたテイムクは、激痛を感じながらも何とか起き上がることが出来た。
彼は最初に、自分の体に異常が無いかを確かめた。

左頬から血が流れている。何かの破片が彼の左頬をすっぱりと切り裂いたのだろう。
彼の顔は左半分が血で真っ赤に染まっていた。それに右腕にも痛みが走った。
右腕を見てみると、腕と手のひらに破片が刺さっていた。
しかし、出欠はしている物の傷の具合は大した事無く、破片を抜いて傷口を縫えば大丈夫であろう。
(一応、軽傷の範囲内か)
テイムクは痛みに顔を歪めつつも、内心で安堵した。
それから前に視線を向ける。そこには、地獄が広がっていた。

「・・・・・なんてこった・・・・・」

テイムクは思わず、そう呟いてしまった。
前方には、爆弾炸裂の影響で死亡した避難民や、傷を負った避難民が倒れていた。
重傷者は口々に助けを求めながら、道端でもがいている。手足を失った物もあちこちで散見される。
死亡した避難民は、うつ伏せで倒れていたり、仰向けで倒れていたり等、様々であるが、死亡者の半数以上は激しく体を損傷していた。
中には爆風で飛ばされたためか、2階の外壁に張り付けられた死体もあり、現場の様相を一層凄惨な物にしている。
建物にも、爆弾命中によって倒壊したものや半壊状態で燃えている物、あるいは建物自体は無事だが、内部が滅茶滅茶に壊されている物
もあり、まるで破損建造物の見本市と化している。
この場所だけで、一体どれほどの人が死傷し、どれほどの建物が損傷したのかは見当も付かない。
しかし、多数の死傷者が出たと言う事は容易に想像が付いた。

「ひどい・・・・・酷すぎる・・・・・!」

テイムクは搾り出すような声で呟くと、その場にうずくまって泣き出してしまった。


午後2時20分 ウィステイグ

最後のB-29がウィステイグ上空を飛び去ってから1時間半が経過した。
ウィステイグ防空軍団の司令部では、暫定的ながらも被害報告の集計が上がった。

「まず、ケルフェラク隊の損害ですが、出撃数72機中、未帰還機は14機、帰還機58機です。そのうち損傷機は
23機で、修理不能機は6機。全体の喪失数では20機です。搭乗員の損失は8人です。」
「1回の出撃で3割の消耗か。被害甚大だな。」

エッセルトは眉をひそめた。
ケルフェラク隊は、100機以上の規模を誇るスーパーフォートレスの大編隊に立ち向かっていったが、その結果、
20機を失う羽目になった。
この数は第1戦闘飛行隊の3割の戦力に当てはまり、常識的に言えば壊滅に一歩近い状態となる。

「続いて、工場、並びに市街地の被害ですが。」

その言葉が魔道士の口から出た瞬間、司令部の空気が一気に重くなる。

「工場は施設の約半数に損害が及び、実質的に壊滅に近い形となりました。工場では今も消火活動が続いておりますが、
延焼は続いています。市街地の被害ですが、工場の北側にあった区画が最も被害が大きく、北地区の3割が粉砕されるか、
何らかの損傷を被っています。次に被害が大きいのは西地区で、ここでも多数の家屋や建造物が外れ弾によって損害を受けています。
比較的損害の軽い東地区や西地区ですが、こちらでも100から200戸近くの家屋や建造物が破壊されています。住民の死傷者数は
3000人以上に上ります。尚、市街地での火災は現在も延焼中で、現地の消防部隊の報告では、建物の被害は今後も増えるとのことです。」
「戦果はどうだ?」

エッセルトは、平静な声音で魔道士に尋ねる。

「戦果は、ケルフェラク隊とワイバーン隊と合わせて、スーパーフォートレス21機を撃墜しました。ちなみに、ワイバーン隊の損失は9騎です。」
「21機という数字は過大だな。」

エッセルトは言下にそう言い放った。

「さきほど、ジャルビ少佐から報告があったが、新米連中は戦果を重複して報告する傾向にあったと言う。」
「私も同感に思います。」

航空参謀が頷く。

「多めに見積もっても12、3機。少なくても7、8機ぐらいしか落とせなかったでしょう。」
「しかし、ワイバーン50騎、ケルフェラク72騎を投入して、撃墜できたスーパーフォートレスが10機前後のみとは・・・・」
エッセルトは失望したように呟いた。
彼は、最初は始めてB-29を撃墜できたと喜んでいたが、その喜びも、味方の甚大すぎる損害の前にはチリ屑同然に思えた。

「それにしても、死傷者3000人以上も出るとは。かなり多いな。」
「避難指示が遅れた事と、避難民の列に爆弾が落下した事が主な原因でしょう。当時は、避難も思うように進捗していませんでしたから。」
「全く、最悪な結果だ。」

エッセルトは、がくりと肩を落としつつ、半ば自棄気味なりながら叫んだ。

「馬鹿貴族の判断に従った結果がこれだ。俺達シホールアンルは、自分で自分の首を絞めてしまったんだぞ。これでは、
この無差別爆撃による悲劇を訴えても、逆に笑い者にされるだけだ・・・・」

彼は、心労で重くなった体を持ち上げ、窓辺に近付いた。
窓の向こうには、ウィステイグ市街がある。
昔から慣れ親しんできた生まれ故郷は、無残にも敵の戦略爆撃の餌食となり、こうして黒煙を吹き上げ続けている。
今後も死傷者は増え続けるだろう。最終的な被害がどれ位になるかは、まだ判然としない。

「新戦法は確かに効果を上げた。だが、それでも不十分過ぎた。あれでも駄目となれば、次はどんな方法を考えればいいのだ・・・・」

エッセルトは、底知れぬ不安感に苛まれながら、喉から絞り出すように呟いた。

午後5時30分 北ウェンステル領 リスド・ヴァルク

初めて味わった大規模戦略爆撃に司令部首脳達が憂鬱な気持ちに包まれている時。
ウィステイグから2000キロ以上離れた南のリスド・ヴァルクでも、浮かぬ顔つきをしている男達が居た。

「被撃墜9機に、不時着5機。この時点で計14機の損失か。」

第69航空団司令であるカーティス・ルメイ准将は、自らが乗っていたB-29を見つめながら幕僚に語りかけていた。
彼が乗っていたB-29・・・・第821飛行隊の指揮官機は、ウィステイグから帰還しようとした際、左主翼のエンジンに命中弾を食らった。
それからは試練の連続であった。
工場や市街地に爆弾を落とされたケルフェラクは、高度を落としたB-29に執拗に付きまとい、しまいにはワイバーン隊にも
襲われる始末であった。
デイレア領上空では、ルメイは高度8000以上に上がれなくなった損傷機を纏めてコンバットボックスを編成し、デイレア領にて
待ち構えているであろう、新手のワイバーン隊に備えた。
デイレア領中部を通過しようとした時には、損傷機の編隊の前に100機以上のワイバーンが待ち構えており、ルメイ機を始めとする
15機の損傷機を発見するや、まっしぐらに向かってきた。
ここで2機のB-29が撃墜され、3機が新たに脱落し、広い草原地帯に不時着した。
ルメイ機も、副操縦士が戦死し、機長が重傷を負ってしまった。
彼は慌てて操縦席に乗り込み、自らB-29を操縦した。
損傷機編隊の窮地を救ったのは、帰還機の護衛のためにリスド・ヴァルクから出撃した40機のP-51であった。
ルメイ機を始めとする損傷機編隊は何とか全滅を逃れ、命からがらリスド・ヴァルクに戻って来た。

「しかし、こんな状態でよく戻れましたね。まさにボコ殴りだ。」

幕僚の1人が感心したように言う。
ルメイの乗っていたB-29は、左主翼の先端が吹き飛び、左側のエンジンは1つが脱落して無くなり、もう1つは
エンジンカウリングが剥げて中身がむき出しになっていた。
胴体は全体に傷が付き、所々ささくれ立っている。
垂直尾翼の上部は、ワイバーンのブレス攻撃を受けて真っ黒に煤けており、構造材が露出している。

尾部機銃座はごっそりとなくなっており、穴が開いていた。
出撃前は美しい銀色に輝いていた機体は、今やスクラップヤードに直行寸前の廃棄機のようであった。
こんな状態になりながらも、搭乗員の大半(ルメイも含めて11名、うち9名が助かった)が生き残って来られたのは、
B-29の卓越した頑丈さ故のことであろう。

「正直、私も死ぬかもしれないと思ったよ。あのP-51、もとい、黄色の14が来てくれなかったら、今頃どうなっていたか。」

ルメイは言いながら、ポケットの中から葉巻を取り出し、火をつけた。

「それにしても、この機の強靭さは素晴らしい物がある。B-29が頑丈だと言う事は、俺も身を持って味わった。
B-17やB-24だったら、確実に撃墜されていただろうな。とはいえ、敵の工場は叩き潰した。外れ弾もかなり
多かったのが気になるが、そこはまず良いとして、これでシホールアンル国民にも、B-29の威力を見せ付けることが出来た。
今日の作戦はまず成功と言えるだろう。」

ルメイは、いつもと変わらぬ淡々とした口調でそう言い放った。

「あとは、B-29を敵戦闘機からどうやって守るかを考える事だが、今日の戦闘で、B-29も完璧ではないという事が証明された。
いくら強力な防御を誇る爆撃機といえど、やはり戦闘機にはかなわん。まずは、敵戦闘機に対する対策を考えねばな。」

ルメイはやや憂鬱そうな口ぶりで言う。今まで実戦で失われた事が無かったB-29。
味方内(特にカレアント)からは無敵の要塞爆撃機と持て囃されていたこの爆撃機も、今日の戦闘で無敵ではなくなった。
1日の出撃で1割の喪失というのは、無視できぬ数字だ。
被害の拡大を防ぐためにも、新たな対策を考える必要があった。
ルメイは早速、頭の中で対応策を考える傍ら、心中では別のことを考えていた。
(本国では、超重爆とも呼べるB-36が開発中だ。あれさえあれば、被害のことなぞ考える必要はないんだが。
早く来年になってほしいものだ)

後に、改良型ケルフェラクの開発が早まる原因となったウィステイグ空襲。
通称、水曜日の悪夢と呼ばれたシホールアンル本土初空襲は、ウィステイグ市民にとって生涯忘れられぬ出来事となった。
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