自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

277 第205話 初陣の鉄獅子

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第205話 初陣の鉄獅子

1484年(1944年)12月1日 午前1時 マオンド共和国クリヌネルゼ・トハスタ領境 リシニゲソ戦区

マオンド共和国陸軍第2親衛軍は、11月28日までにクリヌネルゼ・トハスタの領境から5キロ離れた予備陣地へ移動を完了し、
12月2日に予定されている反撃作戦に備えていた。
第2親衛軍第1親衛石甲師団第101石甲連隊に所属しているフィームバ・テリベネス大尉は、予備陣地の側に設営した偽装テントの
中で寝そべりながら、来るべき決戦に思いを馳せていた。

「ん?大尉殿、まだ起きているのでありますか?」

唐突に、部下から声を掛けられた。彼は、開かれたテントの出入り口に顔を向けた。

「やぁ軍曹。少し寝付けなくてね。そういう君こそ、こんな時間に何してるのかな?」
「はぁ…ちょいとばかり用足しです。」

テリベネス大尉が乗るキリラルブスの装填手を務めるミスキバ・エイフェド軍曹は、腹のあたりをさすりながら答える。

「まだ腹の調子が良くないのか?」
「はい。情けない事ですが……」
「チッ、メシがもう少し美味ければ、お前が苦労する事も無かったんだがなぁ。」

テリベネス大尉は不満げな顔つきでそう言い放った。
クリヌネルゼ・トハスタ領境には、彼らが所属している第2親衛軍の他に、陸軍の第39軍と第72軍、ナルファトス教会から
派遣されて来た1個軍団規模の戦闘執行部隊が布陣している。
兵力は、総計で20万を数え、マオンド本国西部に居る陸軍の主力が、この領境に布陣されている事になる。
だが、その20万もの大軍を支えるための補給線は、1週間前から始まった米軍の猛爆によってずたずたに引き裂かれ、
前線の各隊は物資の補給が思うように行かなくなっていた。
第2親衛軍では、事前に備蓄していた糧食を各隊に配布し、補給不足による食糧の供給不足を何とか補ったが、これが思わぬ事態を引き起こした。
糧食を食した将兵の中から、食中毒を起こす者が次々に現れたのである。

原因は、第2親衛軍の兵站部が、誤って古い保存食を、新品の保存食と間違えて前線に持ち込んだ事にあった。
中毒は、いずれも軽い物で済み、前線から離脱した者は少数に過ぎなかったが、それでも将兵の士気はいくらか下がってしまった。

「それもこれも、アメリカさんが補給路をずたずたにしたせいですよ。あいつらのせいで、作り立ての美味いメシが食えなくなったんですからね。」
「ふむ……まっ、それもあるが、俺としては、ただでさえまずい保存食を食わせているのに、それが腐りかけだった事に気が付かなかった、
軍の兵站本部の方がよっぽど腹立つな。親衛軍というエリート部隊に所属しておきながら、いざという時にこの体たらくだ。」
「まぁ……軍司令部の連中には、貴族のコネで入れさせて貰った奴もいると聞きますからね。箔付けのため、能力の有無はともかく、
なんて事もあったようですよ。」
「使えん奴が居るとこうなる、って訳だな。作戦開始前からコレじゃあ、親衛軍の名が泣くぜ。」

テリベネス大尉は、軍曹に対して自嘲気味にそう言い放った。

「……軍曹、何か聞こえないか?」

不意に、何かの音を聞き付けたテリベネス大尉は、エイフェド軍曹に視線を向けながら、上に人差し指を向けた。
「空ですか?」
「ああ。飛空挺の爆音のような物が聞こえる。」

テリベネスは体を起こし、テントから出ながらエイフェド軍曹に言う。

「飛空挺ですか……まさか、敵は3日前に起きた夜間爆撃と同じ事をやろうとしてるんですか?」
「わからんが……恐らくは……な。」

3日前の深夜。第2親衛軍は、突如としてアメリカ軍機の夜間爆撃を受けた。
この時襲撃して来たアメリカ軍機は、第2親衛石甲師団の陣地を爆撃し、少なからぬ損害を与えている。
敵機の爆撃音は、第2親衛石甲師団とは離れた場所に居た、第1親衛石甲師団の陣地にもしっかりと聞こえていた。
この時襲来して来たアメリカ軍機は、推定で30機前後であり、全てがインベーダーと呼ばれる軽爆撃機で占められていた。
第2親衛石甲師団の対空部隊は、この敵編隊に対して猛烈に応戦し、30機中13機の撃墜を報告している。
(米軍側の資料では、未帰還機は3機のみである)

「こっちに来たらかなり厄介ですね。我が軍は、夜間戦闘に対応できるワイバーンはもう居ないですし、取り付かれたら自力で
払い除けるしかないですよ。」
「確かに。敵はたった30機前後の攻撃で、少なくともキリラルブス1個中隊を使用不能にしているからな。空襲は免れない
としても、せめて、うちの中隊だけには、敵さんが向かって来ない事を祈るしかない。」

テリベネスはそう言いながら、5メートル先に半ば土に埋まるようにして置かれているキリラルブスに目を向ける。
そのキリラルブスは、通常の初期型のキリラルブスと違って砲身が長い。

「うちの大隊は、こちらで独自に改良した長砲身砲を搭載した、キリラルブスを装備していますからね。大急ぎで
やったとはいえ、うちと第2親衛師団の201連隊の分、計72台もの長砲身キリラルブスを揃えられるとは、
ホント、兵器廠の連中は良い仕事しましたねぇ。」

エイフェド軍曹は、自分も搭乗するキリラルブスを誇らしげに思いながらテリベネスに言う。
マオンド軍が、シホールアンル帝国からキリラルブスを秘密裏に受け取ったのは、今から7カ月以上も前の事だ。
シホールアンル側の大型輸送船で運ばれたキリラルブスは、総計で420台にも上る。
420台のキリラルブスのうち、大半は訓練で使用されていた物や、戦場で損傷した物を修復したお下がりであり、
シホールアンル側が今、全力を上げて増産を急いでいる長砲身キリラルブスと比べると、攻撃力や防御力に難がある。
キリラルブス以外にも、中古だが、マオンド製よりも精度が高いシホールアンル製の野砲等が送り込まれている。
本来ならば、このまま部隊を編成し、実戦使用に耐えうるまで訓練を行う所なのだが、シホールアンル側からの情報で、
供与されたキリラルブスでは、アメリカ軍のシャーマン戦車と正面から撃ち合っては勝てないと知っていた軍上層部は、
貫通力の高い70口径3ネルリ野砲をキリラルブスの備砲として採用する事にし、輸送されたキリラルブスのうち、一部に
この備砲を装備した。
本来であれば、160台がこの備砲を取り付ける予定であったが、米軍の戦略爆撃によって兵器廠の施設が損傷を受けたため
規模を縮小し、第1、第2親衛師団に向けて、計2個大隊分のキリラルブスにこの新式砲を取り付ける事となった。
備砲の換装は10月初めまでに行われ、既に訓練をほぼ修了していた第2親衛軍の石甲師団に送られた。
改良型キリラルブスは、訓練で優秀な成績を収めた部隊に送られている。
テリベネス大尉の率いる中隊も、その中の1つである。
テリベネスは、元々は歩兵中隊付きの魔道士官だが、2年前から歩兵指揮官となり、その優秀な指揮ぶりを買われた他、4月に
本格的に始まった対米戦で幾度も実戦経験を積んでいる事も考慮され、今年の7月に石甲師団に転属となった。

「ほほう、早くも自信満々だな。」

彼は、自信ありげに胸を張るエイフェド軍曹に言いながら、その肩をポンと叩いた。

「まっ、自信が出るのも無理は無い。このキリラルブスが積んでいる備砲は、マオンド軍の大砲の中では優秀として
知られているし、過去にシャーマン戦車の正面装甲を、210グレルもの遠距離から貫いているからな。野砲部隊が
たびたび、この砲を並べてシャーマン戦車の攻勢を食い止めた事もある。その優秀な備砲を積んだのなら、あの憎らしい
シャーマンを幾らでも倒す事が出来るな。」

テリベネスは腕組をしながら、自らの“相棒”を頼もしげに見つめた。
彼を不安にしていた飛空挺の爆音は、次第に大きくなりつつある。

「おい……なんか様子が変だな。」
「中隊長。やたらに音がでかいですが、もしかして、今日の空襲はちと、規模がでかいかもしれませんぜ。」
「ああ。3日前は30機だったが……今日はそれ以上のようだな。」

テリベネスは、耳元に聞こえて来る爆音が予想以上に大きい事に気が付き、強い不安感を抱き始める。
(音からして、50機から60……いや、まだまだいるかもしれん。)
テリベネスの脳裏に、密集編隊で近付きつつある敵大編隊の姿が映し出される。
アメリカ軍は、侵攻に先立って、前線部隊を猛爆で叩くのだろうか?彼は心中でそう思った。
しかし、それから10分ほどが過ぎた後も、彼の部隊には何ら変化は無く、上空を飛んでいると思しき敵機からは、1発の爆弾も落ちては来なかった。

アメリカ軍の最初の攻撃を受けたのは、領境沿いに配備された前線部隊では無く、その後方に配置されたワイバーン基地であった。
マオンド軍は、米軍の攻勢に対応するべく、領境から80キロ、首都から240キロ離れた場所にある5つのワイバーン基地に
後方から増援部隊を送り込み、11月30日までには総計で1400騎ものワイバーンを揃えていた。
攻撃準備を行うため、弾薬庫の爆弾の最終チェックに入っていた整備兵や、基地の周辺を警戒していた警備兵達は、耳に飛空挺の
物と思しき爆音が聞こえた時、慌てて上司に敵襲!と伝えたが、その時にはもはや手遅れであった。
最初に襲われた基地は、5つの基地の中で西寄りに位置し、同地にある基地の中では2番目に大きな規模を誇るコルモイゲ基地であった。
コルモイゲ基地には、アメリカ第8航空軍に属している第513夜間爆撃航空団指揮下のA-26インベーダー約60機が襲い掛かった。
60機中4機は、照明弾を搭載した先導機であり、これらの機から照明弾が投下されるや、高度1000メートル以下の低空で飛行していた
残りの56機は、飛行隊毎に別れてからコルモイゲ基地に襲い掛かった。

コルモイゲ基地には、3個空中騎士団、320騎のワイバーンが集められ、対空装備も充実していたが、猛速で突っ込んで来た多数の
A-26は、敵の必死な迎撃をあざ笑うかのように次々と爆弾を投下し、基地の主要施設をあっという間に叩き潰して行った。
コルモイゲ基地からすぐ隣、20ゼルド東にあるリニシゲ基地にも、54機のインベーダーが襲い掛かり、コルモイゲ基地と
同様に激しい空襲を受けていた。
リニシゲ基地の隣にあるウィシビ基地には敵は来なかったが、その隣のヴォラビ基地には、高度6000メートル上空より侵入した
150機のB-29が襲い掛かり、多数の1000ポンド爆弾を投下した。
ヴォラビ基地は、同地にあるワイバーン基地の中でも最大規模を誇り、4個空中騎士団480騎のワイバーンを有していた。
マオンド軍は、この地方に掻き集めたワイバーン隊を、米軍地上部隊の攻撃や敵機の迎撃に使おうとしていたが、その中でも多数の
ワイバーンを有していたヴォラビ基地は、高空から侵入した多数のB-29により、瞬く間に壊滅してしまった。
この1時間足らずの航空攻撃で、マオンド軍は1400騎中、800騎以上のワイバーンを失う事となり、米軍は早くも、
首都進撃に必要となる制空権を確保する事に成功したのであった。


暗夜の空闇に隠れた敵の大編隊が、遥か上空を過ぎ去ってから30分後、テリベネスは、2人の部下と共にキリラルブスに
乗り組みながら、別命あるまで待機を続けていた。

「大尉殿。何か情報は入って来ますか?」
「ああ、後方の連中から狂ったように魔法通信が発せられている。何でも、ワイバーン基地がアメリカ軍機の空襲を受けているようだ。」
「ワイバーン基地ですか……となると、敵の狙いは、こちら側の航空戦力の減殺ですかね。」
「かもしれんな。」

テリベネスは、平静な口調でエイフェド軍曹に答えた。

「それに加えて、攻撃を受けている基地は1箇所だけではなく、他に2箇所が猛攻を受けていると聞いた。」
「3箇所もですかい?敵の連中、随分と派手にやっとりますな。」
「まったくだ。恐らく、この日のために、夜間戦闘が可能な飛行隊をあちこちから掻き集めたんだろうな。」
「それに対して、うちらは打つ手ナシですか。全く、情けないもんですねぇ。」
「同感だよ。」

一見、味方を侮辱するような言葉を吐くエイフェド軍曹だが、テリベネスはあえて注意しなかった。

テリベネス自身、エイフェド軍曹の言葉は痛いほど分かっていた。

「敵さんは、更に第2波、第3波と航空攻撃を仕掛けるだろう。朝までには、こちら側の航空戦力は壊滅しているかも知れんな。」
「まっ、幸い、うちらの予備陣地は起伏も多いし、周囲には草木で覆われたりしているので、敵の航空部隊も爆撃しにくいでしょう。」
「ああ。敵がやって来たら、俺達の出番だな。アメリカ人達に、俺達も長砲身搭載型キリラルブスが使える事をたっぷり教えてやろう。」

テリベネスは、自信たっぷりにそう言い放った。
その直後、前線で意外な事態が起こり始めた。


10分後。テリベネスは、伝令手であるウィシド・フィムロ軍曹から報告を伝えられた。

「中隊長。前線に展開している部隊が、敵の砲撃を受けているようです。」
「何?第93師団が砲撃を受けているのか?」
「はい。それに加えて、第93師団以外の部隊……第39軍の各師団や、第72軍も、敵から砲撃を受けているようです。」
「ふむ……ん?ちょっと待て。」

テリベネスは、敵の嫌がらせ程度の砲撃かと、平静に結論付けようとしたが、急に不審な思いに駆られ、フィムロ軍曹に尋ねる。

「第39軍と第72軍もだと?敵は、いつもやっている散発的な砲撃を行っているのではないのか?」
「は……どういう訳か、今回ばかりはそうではないらしいです。各師団の陣地に、数回の砲撃があったと言われています……
あ、ちょっと待ってください!また新たな情報が入りました!」

フィムロ軍曹は、唐突に顔色を変えた。

「前線の各隊に猛烈な砲撃が加えられ始めたという報告が入りました!中隊長!これはまさか……」

フィムロ軍曹は、信じられないと言わんばかりに目を見開く。
テリベネスは、務めて平静を保っていたが、それでも動揺は隠せなかった。

「敵のパターンからして、攻撃準備だな。だが、まさか夜が明けない内に仕掛けて来るとは……信じられん…!」

彼らが驚いているうちにも、領境沿いに配置された第39軍、第72軍の各部隊は、アメリカ軍側の猛烈を受け続け、
次第にその戦力を弱めていく。
砲撃開始から1時間半が経った後、前線に配置されている部隊から、次々と悲鳴のような魔法通信が届き始めた。

「我、多数の敵戦車部隊の攻撃を受ける。敵の攻撃は熾烈なり。」
「野砲の反撃により敵戦車8両を破壊するも、野砲連隊は全滅せり。」
「敵快速部隊多数が前線を突破せり。」
「歩兵大隊の損耗率、7割に達せり。敵部隊の阻止は不可能。」
「師団司令部に敵歩兵部隊が突入。我が師団は戦闘不能に陥れり!」

フィムロ軍曹から報告を聞いていたテリベネスは、苦渋に満ちた顔を浮かべながら、米軍の凄まじい突破力に唖然としていた。

「おいおいおい、前線に配置されていた第39軍の3個師団には精兵が揃っている筈だぞ!どうして、簡単に抜かれているんだ!?」
「そんな事聞かれても、自分には分かりかねますが……ただ1つ確実な所は、敵もこの日に備えて精兵を揃えて来た、という事で
しょう。大事な戦ですから。」
「なるほど……精兵対精兵の激突、と言う訳か。そして、それに戦場での決定的な要因が、相手側に加わったと言う事か。畜生!」

テリベネスは悔しげに呟く。
マオンド側も、持てる限りの戦力と、錬度の高い将兵を前線に配備し、万全の態勢で決戦に備えて来た。
だが、マオンド側には無い装備……戦車やハーフトラック等の移動型快速兵器を多数所持する米側の猛攻の前には、装備が劣る
従来の部隊では分が悪すぎた。
その結果が、敵部隊の迅速な前線突破と言う事態を招いたのである。

「これじゃあ、うちの部隊も危ないかも知れんな。」

テリベネスは、深いため息を吐く。

「だが、俺達にはキリラルブスという移動型兵器がある。戦いはここからだ。」

彼は、そう呟きながら、失いかけていた自信を再び取り戻した。

「中隊長!各台戦闘準備完了との事です!」

フィムロ軍曹の報告を聞いた彼は、無言で頷く。

「各台に通達!命令あるまで待機!」

テリベネスは、凛とした声音でフィムロに伝えた。
やがて、陣地の目の前に、前線を突破して来たアメリカ軍の戦車部隊が現れた。

「…敵戦車部隊視認。距離は800グレル……くそ、なんて数だ……!」

戦火に染まった大地の向こうに、ぽつりぽつりと現れた米軍戦車の影は、あっという間に数を増やし、土煙を上げながら
第1親衛師団の陣地に迫りつつある。

「形からしてシャーマン戦車か。俺が歩兵指揮官だった時は、奴に散々追い回された物だ。」

テリベネスは、過去の思い出を語りながら、狙いを先頭を行くシャーマン戦車に向ける。
第1親衛石甲師団は、第101石甲連隊をやや北側に突出させる形で布陣しており、テリベネスが所属しているキリラルブス大隊は、
残り2個のキリラルブス大隊を左右前方に配置し、敵の左右並びに正面から砲弾を放てるように工夫が凝らされている。
偽装は完璧に施しており、敵が第1大隊(長砲身キリラルブス大隊)から距離500グレルの所まで近付けば、その時点で
3個大隊が一斉に砲撃を行い、敵の進撃を阻めると見込まれている。
敵を射止めた後は、後方の師団砲兵や、機動砲兵旅団が全力射撃を行い、敵の前進部隊を破砕する予定だ。

「あの時の借りは返してもらうぞ。アメリカ人!」

テリベネスは、そう意気込みながら、敵戦車が距離500グレルに迫るのを待ち続ける。
敵戦車部隊は、徐々に距離を詰めつつあり、あと数秒ほどで待望の500グレルに迫ろうとしていた。

「ようし……いいぞ、そのまま近付いて来い。」

彼は、舌舐めずりしながら、敵が近付くのを待つ。
目標の戦車が、距離500グレルに近付いた瞬間、テリベネスの耳にフィムロ軍曹の言葉が響いた。

「中隊長!大隊長より命令!射撃開始せよ!」
「了解!全中隊、射撃開始!!」

テリベネスは、気合のこもった声音でそう言い返した直後、砲弾を発射した。
それが合図で会ったかのように、第1大隊のキリラルブスは、一斉に砲弾を発射し、続けて、側面に展開していた第2、第3大隊の
キリラルブスも砲撃を行った。
その時、フィムロ軍曹が慌てた口調で報告を伝えて来た。

「中隊長!生き残りの前線部隊から通信が届きました!上空に多数のアメリカ軍機飛来、第2線陣地に向かいつつあり、厳重に注意されたし!」
「!?」

テリベネスは、状況を瞬時に理解する事が出来た。
そして、同時に、アメリカ人が考えたぬかりの無い戦術に半ば感嘆すらしていた。

「大隊長に進言する!すぐに砲撃を止めさせなければ」

部隊は破滅だ!彼はそう言おうとしたが、それは叶わなかった。

「敵戦車部隊より照明弾らしき物が上がりました!」

唐突に入って来た、第2小隊長からの魔法通信は、テリベネスの危惧が的中した事を如実に物語っていた。

午前3時 トハスタ領パルナイカ

アメリカ第15軍司令官ヴァルター・モーデル中将は、参謀長のフリスク・ゲイリー少将(レーフェイル派遣軍総司令部に転属となった、
バックナー参謀長の代わりである)からの報告を聞くや、満足気な表情を浮かべた。

「そうか……夜間爆撃隊は地上部隊の支援を開始したか。」
「はっ。詳細は未だに不明でありますが、無線交信から分析する限り、夜間攻撃隊の支援は上手く行っているようです。閣下が
マッカーサー司令官に提案しなければ、今頃、前進部隊は敵のキリラルブスによって、少なからぬ損害を受けていたでしょうな。」
「確かにな。だが参謀長、まだ戦いは始まったばかりだ。今はこちらの思い通りに戦況は進んでいるが、あそこは奴らの内庭だ。
気を抜くには、まだまだ早いぞ。」

モーデルは、次々と飛び込む朗報に浮かれかけていた参謀長にくぎを刺した。

「それはともかく、航空支援が上手く行っているのならば、地上部隊も順調に進撃出来るだろう。あとは、前進部隊がコルモイゲ地方を
突破するのを待てばよい。」

モーデルはそう言ってから、右目にかけていたモノクルを取り、それをハンカチで拭いた。
その間にも、彼の目線は机に広げられた地図に向けられている。

今から5日前。モーデルはトハスタの領都に移された、レーフェイル大陸派遣軍司令部に赴き、そこで開かれた作戦会議に出席した。
モーデルはこの席上で、マオンド地上軍にシホールアンル軍から供与されたキリラルブスを有した大部隊がおり、それらがこちらの
攻勢作戦開始時大きな障害に成り得ると伝えた後、思い切った提案をマッカーサーに伝えた。

「情報にあったマオンド軍の石甲師団は、巧みに偽装を施して、攻勢開始までにその牙を研ぎ、作戦開始時には派手に暴れ回って来る
でしょう。逆に、こちらが攻める時は、地の利を生かして有利な場所から友軍を攻撃するでしょう。我々は、結果的に敵の意表を突く形で、
全軍で攻勢を行う事が既に決まっていますが、その際に、問題の石甲師団を含んだ敵地上軍が厄介な存在になる事は、ほぼ確実です。
その脅威を取り除くためには……敵との交戦を行う、その寸前に、夜間爆撃によって敵部隊の戦力を削ぎ取る事が必要である、と、
私は考えています。」

モーデルがそう言い終えた後、第8航空軍司令官であるクレア・シェンノート少将と第10航空軍司令官であるジミー・ドーリットル少将が反論した。

「8航軍や10航軍は、既に敵前線後方にある航空基地や、敵の首都爆撃を行う事が決まっている。夜間作戦機の余裕が無い上に、
誤爆の危険が高い夜間の航空支援など出来る筈がありません。」
「シェンノート将軍が言われる通りです。余裕は、全くではありませんが、無いのは事実です。厳密に言えば、あると言えばあるので
ありますが、使える期待はB-17やB-24といった重爆ばかりです。これらの爆撃機では、昼間の支援爆撃でも誤爆が生じている
有様で、誤爆の危険が飛躍的に増大する夜間では、これらの機を使う事すら出来ないでしょう。」
「なるほど。そう言われてみれば、確かに使えない。しかし、何とかして使えるように出来ないだろうか?せめて、A-26の1個航空群、
いや、1個飛行隊のみでも。」
「モーデル将軍。あなたの気持ちもわかりますが……我々も余裕が無いのです。」
「カクタス(海兵隊航空隊のニックネーム)の方ではどうかね?」

それまで話を聞いていたマッカーサーが、第3海兵航空団の司令官であるウェイリー・アンダーセン少将に話を振る。

「我々の所では、2週間前からF4Uの夜間装備機が新たに装備されていますが……使える機はせいぜい20機ほどです。一応、
各機に8発ずつのロケット弾を付けて攻撃を行う事は出来ます……が、問題もあります。」

赤ら顔のアンダーセン少将は、浅いため息を吐いた。

「夜間装備機を有するVFM-72が有する24機のうち、16機のパイロットは実戦経験の無い新米です。一応、夜間戦闘訓練を
修了してはいますが、実戦で使い物になるかはまだわかりません。彼らを直接行かせたとしても、視界の悪い夜間ですから、
味方撃ちをする危険はあります。確率的には、70%でしょう。」
「……」

アンダーセン少将の言葉を聞いたモーデルは、複雑な表情を浮かべた。
レーフェイル大陸に展開しているアメリカ軍の基地航空部隊は、主に陸軍の第8、第10航空軍、海兵隊の第3海兵航空団と、計3部隊ある。
その内の2部隊、第8、第10航空軍は最も規模が大きい航空部隊であり、各航空軍とも、約1000機もの作戦機を有している。
昼間作戦であれば、段階的にこの航空戦力を投入する事が可能であるが、夜間作戦では、夜間戦闘を専門とする航空部隊や、夜間戦闘も
行える航空部隊に頼るしかない。
今回の侵攻作戦では、第8航空軍が3個の夜間爆撃航空群(A-26装備部隊)、第10航空群が4個の夜間爆撃航空群並びに重爆隊を用意している。
作戦計画では、まず8、10航軍所属の軽爆隊が敵の後方基地を叩いて敵の航空戦力を無力化し、間髪いれずに、高空侵入を行ったB-29が
首都クリンジェ近郊を絨毯爆撃するという予定になっており、夜間攻撃を行う爆撃隊は、総計で300機にも上る。

米軍上層部は、この大規模な夜間爆撃によって、マオンド側の戦意を挫こうと考えていた。
300機という数字は、一見派手な数字ではあるが、実際は段階的に航空攻撃を行うため、一度の目標にあたれる機数は少なく、敵地上部隊に
対する夜間爆撃は行える状況に無かった。
地上部隊の支援には、A-26が最適であるが、作戦参加機の半数を占めるA-26は、前線後方にある5つの航空基地を攻撃しなければ
ならないため、航空支援は行えない。
B-29は論外であり、高高度で爆弾をばら撒けば、敵のみならず、味方にも損害を与えてしまう。
それでは、海兵隊航空団はどうか?
話を聞いた限りでは、少ないではあるが、なんとか使えそうな航空隊はある。
だが、その航空隊は、パイロットの大半が新米であり、状況次第では味方の前進部隊に向けて5インチロケット弾のシャワーを浴びせてしまう可能性がある。
現時点では、夜間攻撃隊が航空支援を行う事は皆無に近かった。

「モーデル閣下。いずれにせよ、地上部隊の支援に、航空機を割く余裕はありません。作戦開始時には、敵の前線部隊のみならず、後方にも
打撃を与える必要がある為、朝まで高空支援は行えないでしょう。」
「……ミスタードーリットル。」

ドーリットルが言葉を終えてから、やや間が開いた時、マッカーサーがドーリットルに顔を向けた。

「やはり、支援を行う事は難しいかね?」
「はっ。軽爆隊も、重爆隊も、我々が事前に決めた任務を与えられておりますので……」
「ふむ……将軍。その任務についてだが、少しばかり変更したいと思う。」

マッカーサーが発した言葉に、ドーリットルとシェンノートは、一瞬言葉を失った。

「任務の変更、でありますか?」
「そうだ。」

マッカーサーは即答した。

「私としては、重爆隊の任務を変更したいと思う。」
「重爆隊の任務を変更ですと?ですが総司令官閣下。B-29隊の任務は、マオンド首脳部に更なる打撃を与えるため、是非とも必要であると」

「言ったな。この私が。」

マッカーサーは、シェンノートの言葉を遮るようにしてそう言い放つ。

「だが、私としては、それは必要ないかも知れんと考えたのだ。」


彼は、加えていたコーンパイプを外し、筒先を、背後に掲げられた地図のある地点に付けた。
「近日。大西洋艦隊は、この地方にある敵の重要施設を叩く。この重要施設には魔法研究所があり、あの忌まわしゾンビを作りあげた魔法薬が、
大量に生産できると言われている。海軍がソドルゲルグの重要施設を壊滅させる事が出来れば、その知らせを受けたマオンド首脳部は、
切り札を失った事で恐慌状態に陥るだろう。B-29による首都爆撃は、その混乱に拍車をかけるであろうと期待されていた。だが、
作戦の真の要である地上部隊の進行が遅れては、マオンドの早期降伏を実現させる事は出来なくなる。私は、モーデル将軍の言葉を聞いた時に、
航空機による支援を、最も必要としている部隊に行うべきだと考えたのだ。」

マッカーサーはそう言い終えると、持っていたコーンパイプに葉を詰め、火を付けた。
軽く紫煙を吐いた後、マッカーサーはシェンノートとドーリットルを交互に見やった。

「B-29で、しつこく首都を叩いても占領はできん。都市を占領するには、1にも2にも、地上部隊が必要となる。B-29の首都爆撃任務
を無くせば、その分飛行機は余るだろう。」
「……総司令官閣下。では……」

モーデルは、内心喜びつつも、表面上は平静を保ちながらマッカーサーに聞く。

「地上部隊にも航空支援を付けよう。B-29には、首都を叩く代わりに、ワイバーン基地を叩かせよう。そうすれば、
A-26の1個飛行隊は支援に回せる筈だ。」

マッカーサーは、微かに微笑んだ。
「それに、君の軍には、パーシングを装備した部隊も居るからな。彼らに暴れて貰う為にも、しっかりとお膳立てはしなければいかん。
それが、司令官の仕事だからな。」

「軍司令官閣下。第15軍団司令部より通信です。我が方の部隊が、敵のキリラルブスと思しき兵器と交戦せり。」
「ほほう、ついに敵の精鋭部隊が出張って来たか。」

モーデルは地図を見据えたまま、浅く頷いた。

「敵も、リシニゲソ地方を抜かれたら後が無いと分かっているから、必死で立ち向かって来るだろう。キリラルブスも居るとなると、
我々の部隊も損害は免れないだろう。」
「しかし、同時に、この地方の敵は今までに見た事も無い兵器と戦う羽目になりましたな。」
「そうだな。」

モーデルは不敵な笑みを浮かべた。

「マオンド側にパーシングの威力がどのような物か、思い知らせてやろうではないか。」


午前3時10分 リシニゲソ戦区

唐突に表れた空からの刺客は、申し合わせたかのように第3、第2大隊に襲い掛かった。
A-26と思しき機影が猛速で林の真上を飛び抜けた直後、林の中で強烈な爆発音が鳴り響き、同時に何かの破片が夜空に高々と舞い上がった。

「敵機だ!」

テリベネスは、裏返った声音で叫んだ。
米軍機は、幾つ物小編隊に別れた後、第2、第3大隊の陣地に襲い掛かり、次々と爆弾を投下して行く。

「注意!我が大隊に敵機が向かって来るぞ!」

テリベネスは、大隊長から発せられた魔法通信を聞き取るや、はっとなりながらも前方を見据えた。
指揮官席の目線の位置にある強化ガラスの向こう側に、翼が折れ曲がった禍々しい形をした飛行機が居た。

「コルセアだ!」

敵機の正体を見破ったその瞬間、コルセアは猛速で、テリベネスが搭乗しているキリラルブスの真上を、超低空で通り過ぎた。
その直後、幾つ物爆発音が鳴り響き、連続する爆発音がキリラルブスを揺さぶった。

「大隊長のキリラルブスに敵弾命中!脱出者ナシ!!」

テリベネスの脳裏に、悲鳴のような魔法通信が響いて来た。
彼は知らなかったが、コルセアの放ったロケット弾は、大隊長が乗っているキリラルブスに命中していた。
5インチロケット弾は瞬発弾であり、装甲が施された相手には被害を与え難いが、装甲の薄い輸送船や敵の地上部隊相手には有効である。
大隊長のキリラルブスは、発射されたロケット弾のうち、1発が薄い上部装甲を突き破り、信管が作動した直後には、大隊長は既に
戦死していた。

「大隊長がやられたとは……!」

テリベネスは、まともに戦わぬ内に大隊長が戦死したという事実にショックを受けていたが、その間にも米軍機の猛攻は続く。
敵機は、ありったけの爆弾やロケット弾を101石甲連隊のみならず、別の石甲連隊に叩き付けた。
それに加えて、北側の米軍陣地からは、火点を暴露したマオンド側の砲兵陣地に向けて長距離野砲が次々と放たれ、マオンド軍の
砲兵部隊に痛打を与えていた。
この長距離砲は、アメリカ陸軍が誇るM59 155ミリ榴弾砲であり、米軍側の前線から後方4キロの位置に布陣していた。
M59が配置されている砲兵陣地から、第2親衛軍の陣地までは直線距離で10キロ程度であり、射程距離が15マイル(約24キロ)
近くにも達するロングトムの前では、至近距離といっても過言ではなかった。
敷き並べられた多数のロングトムは、夜間爆撃隊を先導した観測機の情報を基に照準を合わせ、猛烈な砲撃を浴びせた。
一方的に砲撃を浴びる事になったマオンド側の砲兵部隊は、反撃すらままならずに、次々と沈黙して行った。

「こちらは第2中隊長!これより大隊の指揮を執る!」

第1大隊の中隊指揮官の中では、最先任である第2中隊長が魔法通信を通じて各中隊に知らせて来た。

「大隊はこれまで通りの位置で、敵部隊を迎撃する!射撃を続行せよ!」

「これまで通りだと?敵機が上空をうろついているんだぞ。移動しないと危ないだろうが!」

テリベネスは、指揮を取り始めた第2中隊長の指示を聞き、眉をひそめた。
彼がそう言った直後にも、新たな米軍機が接近して、別のキリラルブスに爆弾やロケット弾を叩きつけていく。

「ここは、敵機に自分達の位置を悟られないように、移動するのが良いだろうに……」
「中隊長!連隊本部より通信です!各キリラルブス大隊は、敵部隊に接近し、近距離砲戦を挑めとの事です!」
「……」

テリベネスは、フィムロ軍曹から伝えられた命令を聞くや、絶句してしまった。

「…中隊長?」
「……こんな状況下で、そんな命令を出していいのか?連隊本部は一体どうしたんだ!?」
「確かに、連隊本部の様子がおかしいのは分かりますが……中隊長、ひとまずは命令を伝えるべきでは?」
「命令を伝えるだと?敵のシャーマン戦車より、総合的に劣るキリラルブスを突っ込ませろと言っているんだぞ!キリラルブスが
シャーマン相手に酷い目にあった事は、上層部も分かっている筈なのに……」
「ですが……このまま陣地に居ても、敵機の爆撃で粉砕されるか、砲撃で叩き潰されるかです。」

フィムロ軍曹がそう言った直後、爆発がテリベネスの乗るキリラルブスのすぐ近くで起こり、キリラルブスが大きく揺れ動いた。

「ここは、死中に活を求めるべきでは……」
「……確かにそうかもしれんな。」

テリベネスは、不承不承といった感じで頷くと、フィムロ軍曹に命令を伝えた。

「命令!第1中隊はこれより、陣地を出て、敵戦車部隊に決戦を挑む!全隊、我に続け!」

テリベネスはそう言った後、自らのキリラルブスを動かし始めた。
半ば地面に埋まる様な形で姿勢を下げていたキリラルブスが、4つの足を伸ばす事によって、石の体を完全に地面から離していく。
前足を小高い土に乗り上げ、その後、巨体には似合わぬ軽やかな動作で後ろ脚を跳ね上げ、浅い穴から完全に姿を現す。

既に、第2、第3大隊のキリラルブスが、米軍前進部隊の左右から迫りつつある。
キリラルブスの突進は、まさに勇猛果敢さを感じさせる物があるが、米軍の戦車部隊は動揺を見せる事無く、冷静に対処して行く。
シャーマン戦車の群れが停止すると、それぞれが目標に定めたキリラルブスへ砲塔を向ける。
シャーマン戦車の中には、キリラルブスに正面を向ける物もいる。
最初に砲弾を放ったのは、第2、第3大隊のキリラルブスであった。
キリラルブスは、急停止して姿勢を安定させたあと、一斉に砲弾を放った。
この時の交戦距離は800メートル程である。
まず、1両のシャーマン戦車が、キャタピラに被弾して走行不能に陥る。
次に、別のシャーマン戦車が後部に被弾して火災炎を噴き上げた。エンジン部を貫通した72ミリ砲弾はエンジングリルを破壊し、内部のガソリンに火を付けた。
シャーマン戦車の乗員が、慌てて車外に脱出して行く。
また別のシャーマン戦車が側面を撃ち抜かれた。
このシャーマン戦車は、最初の爆発が起きた後、2秒ほどの間を置いて派手に大爆発を起こし、砲塔部分が車体から吹き飛んだ。
キリラルブスが、第1射で得られた戦果はこれだけであった。
すぐにシャーマン戦車も反撃する。
真正面から戦車砲弾を食らったキリラルブスが爆砕され、体の前部部分が大きく欠けた状態で前のめりに擱坐する。
別のキリラルブスが、戦車砲弾に右の前脚と後ろ脚を吹き飛ばされ、片側に姿勢を傾けて、そのまま行動不能となる。
そのすぐ隣に居たキリラルブスは、正面に砲弾を受けた瞬間、大爆発を起こしながら真っ二つに割れた。
更に2台のキリラルブスが爆砕されたり、擱坐する。
第2、第3大隊のキリラルブスは更に第2射を放つ。
新たに米軍戦車2両が擱坐するが、米側もすぐさま、反撃の砲火を放つ。
第2、第3大隊と、米軍前進部隊はしばしの間、砲火の応酬を繰り広げたが、第2、第3大隊は、米軍前進部隊に対して明らかに撃ち負けており、
キリラルブスがシャーマン戦車2両を破壊する間、キリラルブスは5、6台を破壊されていた。

「第1大隊、射撃始め!」

大隊指揮官から命令が下るや、テリベネスはすぐさま砲弾を放った。
敵戦車から900~1000メートル前後の距離で放たれた砲弾は、すぐに敵戦車に殺到して行く。
テリベネスは、目標に定めた敵戦車が爆炎を上げて燃え盛る様子を見て、口元に獰猛な笑みを浮かべていた。

「ようし。シャーマン戦車を撃破したぞ!」

この時、米軍戦車部隊は、一気に4両のシャーマン戦車を破壊されていた。
4両中、3両は正面装甲を撃ち抜かれており、マオンド側が開発した長砲身キリラルブスが、1000メートル前後の距離でシャーマンと
正面切って渡りあえるという事を証明した瞬間であった。
敵戦車部隊の一部が、正面に現れた第1大隊に向けて砲弾を放って来る。
早速、1台のキリラルブスが砲弾を食らい、松明のように炎上し始めた。

「味方のキリラルブスが被弾!第3小隊長搭乗台のようです!」

テリベネスは、その報告を聞いた瞬間、頭がかっと熱くなるような感覚に囚われた。

「……いや、今は戦闘に集中するべきだ!」

彼は、頭を2、3度深呼吸して頭を冷やし、再び照準鏡を覗きこむ。
目の前に、シャーマン戦車特有の図太く、小高い車体が見える。
傍目から見れば、太った巨漢がのっしのっしと歩いているようにも見える敵戦車は、狙いをテリベネスの搭乗台に向けていた。

「装填よし!」

その声を聞いたテリベネスは、即座に砲弾を発射させた。
轟音が鳴り響き、車体の内部に火薬の匂いが流れ込む。
目標の戦車に、放った砲弾がオレンジ色の線となって突き刺さった、と思った時、敵戦車の右側に赤黒い爆炎が躍り、車体やキャタピラの破片が飛び散った。

「よし!命中だ!止めを刺す!」

テリベネスは、敵戦車に大ダメージを与えた事を確信しつつ、狙いを損傷した戦車に定め続ける。
敵戦車は、車体の右側から煙を噴き上げている物の、それ以外の部分は無事のようであり、テリベネスのキリラルブスに向けて砲弾を放って来る。
(くそ、来るぞ!)
砲弾の飛翔音に身を竦めた時、右側で爆発音が響き、土が石造りの体に降りかかる音が聞こえて来た。

「装填よし!」

その声が聞こえた瞬間、テリベネスは砲弾を発射する。
長砲身砲が再び唸り、高初速の砲弾が、傷付いた敵戦車に向かって行く。
敵戦車の砲塔基部に火花が散ったと思いきや、直後にど派手な爆発が起こり、敵戦車は一瞬のうちに吹き飛んでしまった。

「やったぞ!これで2両目だ!」

テリベネスは、早くも2両ものシャーマン戦車を討ち取った事に、内心浮かれていた。
唐突に、後方から強烈な爆発音が響いて来た。
音が聞こえて来た方向からして、味方のキリラルブスが爆砕された事は明らかであるが、テリベネスはそれに構う事無く、3両目の
シャーマン戦車に狙いを定めていた。
第1大隊は、敵戦車部隊と5回撃ち合い、短時間で12両のシャーマン戦車を撃破し、8両に傷を負わせていた。
その一方で、第1大隊も7台のキリラルブスを失い、10台のキリラルブスが行動不能となっていたが、この時点で、第1大隊は
シャーマン戦車を相手に互角以上の戦いを繰り広げていた。
その一方で、第2大隊と第3大隊は、シャーマン戦車との撃ち合いで戦力の6割を喪失し、実質的に壊滅状態に陥っていたが、
それでもシャーマン戦車18両を撃破、12両を擱坐させており、生き残りのキリラルブスは尚も激戦を繰り広げていた。

「こちらは大隊指揮官!敵前進部隊の動きが鈍っている!この調子で敵を包囲し、殲滅しろ!」

テリベネスは、フィムロ軍曹から伝えられた大隊指揮官の命令を聞くなり、苦笑いを浮かべた。

「調子に乗り過ぎると、逆にこっちが殲滅されるぞ。」

テリベネスはそう言いながら、新たなシャーマン戦車に狙いを付け、砲弾を放つ。
砲弾はシャーマン戦車の左のキャタピラに命中し、ゆっくりと走行していた目標は瞬時に停止した。

「最も、俺達も狩れるだけ狩りまくれるから、付き合ってやれるが。」

彼は、自信のある口調で言いながら、敵戦車から乗員が脱出するのを確認する。
この時、彼我の交戦距離は700メートルにまで縮まっている。
第1大隊よりも敵に接近している第2、第3大隊のキリラルブスは、撃破された戦車から脱出する米兵を見るや、搭載している魔道銃を
撃ちまくって、幾人かを射殺していた。

「乗員が逃げ出している。これで5台使えなくしたな……さて、次の目標はどれかな……」

テリベネスは、適度に緊張を維持しつつも、交戦開始前とは打って変わった、楽観的な調子で戦場を見渡す。

「む?」

その時、彼は、燃え盛るシャーマン戦車の後方に、何かの影を見つけた。
影は、シャーマン戦車から発せられる火災煙のせいで完全に正体を見分ける事が出来ない。だが、テリベネスは、その影が敵である事を確信していた。

「来た。6台目だ!」

テリベネスは、狩人のような目付きで6台目を見据え、照準を定める。
6台目の獲物と定めた敵戦車は、早いスピードで走っているらしく、テリベネスがその戦車の影を見つけてから3秒後には、火災煙を撥ね退けて
その姿を現した。

「姿を現したな……あれは……」

テリベネスは、一瞬、その獲物に見取れてしまった。
それは、確かに戦車である。シャーマン戦車と同じく、変わった足回りを持ち、車体には旋回式の砲塔を乗せている。
誰が見ても、戦車だ。
だが、その戦車は、今まで目にして来たシャーマン戦車とは、明らかに違っていた。
何よりも、シャーマン戦車から感じられた、独特の均一感と言う物が感じられず、逆に何かが突飛したような印象が、その敵戦車からは感じられた。

「シャーマン戦車ではない!?」

テリベネスは、突然現れた新型戦車に驚きの声を発する。
シャーマンではない未知の戦車が、シャーマンの備砲よりも巨大な発砲炎を煌めかせたのはその時であった。

「撃て!」

車長席のキューポラから目標に定めたキリラルブスを見据えつつ、砲手に命令を下す。
砲手が主砲を発射し、シャーマンの砲声よりも一際大きな90ミリ砲が、轟音と共に砲弾を弾き出した。
その次の瞬間、目標のキリラルブスは正面から砲弾を食らい、その直後には完全に爆砕されてしまった。

「命中!敵キリラルブスを破壊!」

第18機甲師団第51戦車連隊所属、第1戦車大隊の指揮官であるクルト・アデナウアー中佐は、大きな声音で、たった今挙げた戦果を乗員達に伝えた。

「流石は新鋭戦車だ。マイリーの4つ足型ゴーレムなぞ、あっという間に吹き飛ばしてしまうな。」

彼はそう呟いた後、指揮下の中隊に細々とした指示を伝えていく。
アデナウアー中佐が指揮している48両の戦車は、従来のM-4シャーマン戦車では無く、今年の夏頃から量産が開始された、M-26パーシングで
占められている。

M-26パーシングは、米軍がM-4戦車の後継として開発した重戦車である。
大きさはシャーマンよりも1回り大きく、防御装甲も砲塔正面で114ミリ、車体前面で101ミリとかなり厚い。
備砲は最新の50口径90ミリ砲を搭載しており、支援火器に12.7ミリ機銃1丁と7.62ミリ機銃2丁を搭載している。
車体重量は42トンと重いが、フォード社製の500馬力エンジンのお陰で、時速40キロまでは出せる。
時速40キロと言う数字は、シャーマン戦車の再高速力とあまり変わらないが、各種新技術を注ぎ込んだおかげで、不整地での走行性能が大幅に安定している。
パーシングは、もともと9月の実戦配備を目指して開発が行われており、1944年1月には既に試作型が完成し、遅くても初夏までには量産型が続々と
出来あがっている筈であった。
だが、M4万能論を唱え続けるAGFは、パーシングの量産計画に難色を示しており、太平洋戦線でシャーマン戦車がたびたび苦戦しているという情報が
もたらされた後も、パーシングの生産を減らしてシャーマンの生産を増産すべき、と言う圧力をかけ続け、ついにはパーシングの開発を妨害するまでに至った。
この影響で、パーシングの開発は遅れに遅れ、最初の量産型がロールアウトしたのは、予定よりも1ヵ月以上も遅い、8月下旬の事であった。
AGF幹部は、この一件で前線の将軍や、パーシングの開発者達から利敵行為を指摘された挙句、シャーマン万能論を唱えていた物達は軒並みアラスカ送りか、
最前線送りとなり、AGF内部は8月を終えるまでに清浄化された。
こうして、パーシングの量産は波に乗り始め、9月末には初の実戦部隊が編成され、レーフェイル戦線に投入された。
それに加えて、作戦開始の5日前には、新たに3個中隊のパーシング装備部隊が組織され、これらは全て第18機甲師団に編入された。

新鋭戦車で占められた新編第1戦車大隊を指揮する事になったアデナウアー中佐は、短時間ながらも集中的に訓練を行い、何とか戦車大隊としての形を
整える事が出来た。
(元々、乗員が彼の指揮下にあった大隊の将兵ばかりであったため、通常の訓練よりも容易に形を整えられた)

「もともと、パーシングは1個中隊しか居なかったが、本国の連中が気を利かせてくれたお陰で、今回は派手に暴れられそうだ。」

アデナウアーは、増援を送ってくれた本国に感謝しつつ、次の目標を探す。

「む、11時方向よりキリラルブスが1台向かって来る。よし、あいつを狙うぞ。」

彼は、自らが乗る戦車に向けて、走って来るキリラルブスを見つけるや、砲を向けさせる。
敵のキリラルブスは自分が狙われた事に気付いたのか、急停止した後、砲を撃ち放った。
唐突に、甲高い音が鳴り、車体がハンマーで殴られたような感じで揺さぶられた。

「食らったか……!」

アデナウアーは、一瞬体を縮み込ませたが、車内には何の異常も無い。
キリラルブスの放った砲弾は、アデナウアー車の砲塔正面を捉えていたが、砲弾は分厚い装甲を破れず、あらぬ方角に弾き飛ばされてしまった。

「目標、11時方向のキリラルブス。距離700、撃て!」

アデナウアーは鋭い声音で砲手に命じる。
シャーマンの76ミリ砲とは違い、腹に応えるような轟音が鳴った後、アデナウアー車に命中弾を与えたキリラルブスは、車体の右正面から
火炎を吹き出し、力尽きたように擱坐した。
アデナウアー車以外の戦車も、敵のキリラルブスと次々と切り結んで行く。
運の悪いパーシングが、長砲身キリラルブスの接近を許し、距離100メートルという至近距離で砲弾を浴びて撃破される。
だが、そのキリラルブスも、別のパーシングから同じように砲撃を受けて破壊される。
パーシングは、撃破されても原形はほぼ留めたままだが、キリラルブスは、砲弾を受けるや殆どが車体を大きく破損したりするか、
文字通り木端微塵に砕け散り、原形を留める物は、足回りに被弾して動けなく物ばかりである。
キリラルブスとパーシングの差は、一目瞭然であり、頼みの綱の長砲身キリラルブスも次々と破壊されつつある。

第1親衛石甲師団に、アメリカ側の前進を阻止する力が不足している事は、誰の目から見ても明らかであった。


午前3時40分 リシニゲソ戦区のマオンド軍は、必死の抵抗も空しく、米第18機甲師団に前線突破を許してしまった。
戦線を突破され、各所で分断されたマオンド軍は、第18機甲師団に続行して来た歩兵師団と交戦を続けているが、圧倒的な火力の前に抵抗は
急速に衰えつつあった。
海側に近いスアニベル戦区でも、第14軍が機甲師団を先頭に前線を突破し、前進部隊は早くも、20キロも前進している。
一番東側に位置しているフィリシャバ戦区でも同様であり、この方面の攻撃を担当している第17軍は、作戦開始から僅か1時間で前線を突破し、
戦線から10キロ後方にある町、イシャネラに達した。
戦闘は尚も続き、早朝までにはナルファトス教の戦闘部隊も、第18機甲師団と交戦したが、何ら有効な対戦車兵器を持たぬ戦闘執行部隊は、
新鋭のパーシング重戦車を先頭に押し立てたパンツァーカイルの前に全くの無力であり、部隊は交戦開始直後から早々と蹴散らされ、圧倒的に
不利な状態で戦闘を行う羽目になった。

この日の正午までには、第18機甲師団が全軍の最先頭となり、前進大隊となった第1戦車大隊は、前線から72キロ離れた中規模の街、
リスタフィミレ市に到達していた。
リスタフィミレ市は、首都から120キロ離れた場所にあり、馬車で行けば半日足らずで到達できる場所である。
作戦開始から僅か半日で、マオンド軍の戦線は崩壊し、米軍は首都まで、あと120キロにまで迫ったのである。
だが、米軍はリスタフィミレ市で止まる事は無く、午後1時には陸軍航空隊の援護を受けながら、再び南下を開始したのであった。
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