自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

076 第67話 とある航空兵の災難(前編)

最終更新:

tapper

- view
だれでも歓迎! 編集
第67話 とある航空兵の災難(前編)

1483年(1943年)6月7日 午後7時 バルランド王国ヴィルフレイング

その日の夜、空母エンタープライズのVF-6に属する航空兵達はヴィルフレイングの町を散歩していた。

「中隊長、その店はどこにあるんですか?」
「ヴィルフレイングの北側で見つけたんだ。現地の人が作っている飯屋だが、かなり美味かったぜ。」

7人の航空兵達をまとめる、フィンク・カーチス大尉は部下達の顔を見回しながら説明した。

「どんな料理を食ったんですか?」

航空兵の中で一番若く見える男がカーチス大尉に尋ねる。

「俺が食ったのはビーフシチューに似たような食い物だった。この料理がまた美味くてな。
それに、後から出された酒も結構行けるんだよ。」
「へえ、そいつは楽しみですね。ここ最近は、任務中のために酒を飲んでませんでしたから、
中隊長の言葉を聞くと、駆け足でその店に行きたくなりましたよ。」
「それに、ちょうど腹も減ったしなぁ。」

大尉の話を聞いた部下達は早くもその店に期待し始める。
彼らが雑談をしながら、ヴィルフレイングの中心街を離れて15分が経過した。
周囲が森に覆われた所で、彼らは変な物を見つけた。

「中隊長、あれはなんです?」

部下の1人が、カーチス大尉に聞いてきた。

「知らん。よく見ると、ぼろ雑巾のような・・・・・なんか一部分が規則正しく上下してるな。」

彼らは不審に思いながら、その大きなぼろ雑巾に近付いた。彼らはぼろの4メートル手前で立ち止まった。
ぼろ雑巾の大きさは、ちょうど人間1人が覆われるほどだ。

「なんか、人が寝てるような気がするんですが。」

1人の航空兵がそう言うと、全員が頷いた。

「俺もそう思うよ。おい、誰かあのぼろ雑巾を引っぺがせ。」

カーチス大尉が部下達に命令する。そのうちの1人、先ほどの一番若く見える少尉が前に出た。

「自分がやります。」
「レイノルズ少尉か。ああ、頼むぞ。」

不審物の正体を突き止める役を買って出た航空兵、もとい、リンゲ・レイノルズ少尉はそのぼろ雑巾のすぐ近くまで歩み寄った。
レイノルズ少尉の顔立ちは端整だが、男にしてはどこか艶やかに見えるため、学生時代はよく女に間違えられたと言う。
今でも、時折間違えられるようだが、レイノルズ少尉はすっかり慣れてしまっている。
身長は172センチほどで、体つきは華奢に見えるが、実際は鍛えられている。
髪は黒で、やや伸ばしている。外見からしてかなりの美青年ではある。
彼は開戦以来、ここの居るメンバーと同様、ビッグE戦闘機隊に所属しており、彼自身7騎のワイバーンを撃墜している。

「何か、いきなり襲い掛かったりしませんか?」

レイノルズ少尉が後ろを振り返って、カーチス大尉に言った。

「大丈夫だ。貴様は女顔だから襲われんよ。」

と、事も無げに返された。仲間達が押し殺した声で笑った。

「いやはや、人気者はつらいねえ。」

彼はそうぼやきつつも、ぼろ雑巾の端を掴み、そして、一気に剥ぎ取った。
中から現れたのは、涎を垂らしながら眠っている女性であった。
外見は、大人の女性にしては少しまだ若い。
顔立ちは普通の女の子といった感じであるが、全体的なスタイルは普通より上か、モデル並みに優れている。
眠っている女は、Tシャツに似た茶色の服と、赤の長いズボンのような物を纏っている。
しかし、レイノルズが一番注目した所は、その女性の頭についている獣耳である。

「へ?」

レイノルズは思わず、間抜けな声を上げた。この声に気が付いたのか、いきなり女も目を開けた。

「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

互いに沈黙したまま、10秒ほどが経過した。

「あの~、何か食べ物くださぁい。」

女から放たれた言葉に、8人の航空兵は思い切り脱力した。


ヴィルフレイングの北のはずれにあるルイシ・リアンと呼ばれる食堂は、今母艦航空隊のパイロット達に
人気のある店となっている。
ルイシ・リアンは宿屋も兼ねている食堂で、下の1階で食事した後に、2階の宿泊部屋で休む事ができる。
規模は、偏狭の港町の宿屋にしては大きく、食堂も200人は入れるスペースがある。
そのルイシ・リアンにやって来た男8人と、女1人は、まだ開いているカウンターに座った。

「やあカーチスさん!今日は女連れかい?」

カウンターでグラスを拭いていた、髭面の男が笑みを浮かべてカーチス大尉に聞いてきた。

「この娘かい?ああ、途中で拾っちまったんだ。」
「拾ったなんて言わないでくださいよ。あたしはお腹が減って、体力温存のために休んでいただけなんですから。」

途中で拾った女が、顔を膨らましてカーチス大尉に抗議した。

「というか、そもそもなんであんたはあんな所で寝ていたんだ?」

すかさずレイノルズ少尉が聞いた。

「それは・・・・・・ええと」

獣耳の女は言い難そうに口ごもる。やや間を置いてから言葉を続けた。

「途中で財布を盗まれて、それでここ2日ほど何も食べてなかったんです。あの場所で寝ていたのは、先も言った通り
余分な体力を消耗しないようにと思って。」
「ふーん。財布を無くして2日ほど絶食。おまけに道端で眠る、か。まるで行き倒れみたいだな。」

カーチス大尉の言葉に女は顔を赤く染めた。

「なっ!?そこまで言わないでもいいじゃないですか!」
「まあまあ落ち着いて。うちの中隊長はちょっとばかし口がきついが、本当は良い人なんだ。」
「見ず知らずの女の子に、行き倒れって言うのはどうかと思うけどね。」

その彼女の言葉に、レイノルズ少尉は実際そうだろうと言いかけたが、思うだけに留めた。

「細かい事は後にしてメシにしよう。さあお嬢さん、特別に奢ってやるから何か食べるか?」
「食べます!」

先ほどまでの怒りはすっ飛んだのだろう。女は一転して、満面の笑みでカーチスに返事した。

「分かった。親父さん!ここの威勢の良いレディにラナボル1つ。後、俺と部下達にも同じ物を頼む。」
「あいよ!」

カーチス大尉は、目当ての品を店主に注文した。

「そういえば、自己紹介が済んでいなかったな。俺はカーチス。フィンク・カーチス大尉だ。
空母エンタープライズの戦闘機中隊を率いている。」
「空母って事は、あなた方はアメリカ海軍の人達?」
「ああそうだよ。俺はハルク・レイノルズ少尉、同じくエンタープライズに乗ってる。」

他の6人もそれぞれ自己紹介を終えると、いよいよ女の出番が回ってきた。

「それじゃ私の出番ね。あたしの名前はエリラ・ファルマントといいます。カレアント陸軍に所属しており、
階級は軍曹。あなた方と同じ軍人です。」

ここで、8人は驚きの表情を浮かべた。

「あんた軍人だったのか!?全く知らなかったぜ。」

レイノルズ少尉が素っ頓狂な口調で獣耳の女。もとい、エリラにそう言った。

「ええ。今は上の命令で、ヴィルフレイング周辺に潜んでいるシホールアンルのスパイを取り締まっているの。
あたし達はスパイ狩りが任務だから、このように、付近の住民と同じような服を着て、任務に付いています。」

エリラは得意気になって言うが、カーチス大尉を始めとするパイロット達は信用していない。

「道端で行き倒れている奴が、スパイの取り締まりだって?」

「こいつ、腹が減りすぎて頭ん中が眠ってるんじゃねえか?」
「とんだ猫ちゃんを拾ってきたもんだ。」

彼らは口々に勝手な事を言い始めた。

「あの~、あたし嘘は言っていないんですけど・・・・・」

エリラは戸惑いながら、嘘ではないと繰り返したが、パイロット達の疑いはなかなか取れない。

「スパイの取り締まりとか言っていたが、君は腕は確かなのか?スパイの中には格闘術の使い手もいると聞いている。」
「私も本国で訓練を受けましたから、その点に関しては」

その時、エリラは背後から誰かに肩を掴まれた。

「いっ!?」

彼女はすぐに後ろを振り向く。後ろには、太った男がニヤけながら肩を掴んでいる。

「おお、姉ちゃんいい肌してんなぁ。」

男はそう言ってイヒヒヒと笑った。

「ちょっと、離してよ。う、酒臭い・・・・」

エリラは椅子から立ち上がって、男の手を振り払うが、男から漂う酒のにおいに顔をしかめた。

「中隊長、あいつ酔っ払いですよ。」
「ひどく酔ってんな。恐らく、バルランド人だろうな。顔つきからしてかなり飲んでるぞ。」

部下の言葉に、カーチス大尉は頷きながら言う。
その間にも、男はまたもやエリラに抱きついた。

「ちょっ・・・・!どこ触ってんのよ!!!」

彼女は抱きついた男の手をまたもや振り解いて、男に向き直った。
太った男はその際、やや後ろに押し退けられたが、

「まあまあ、大人しくしろよ。楽しもうぜぇ。」

しかし、男は酒の飲みすぎで馬鹿になったのか。またもやエリラに向かって来た。
呆れた彼女は、男に背を向けて椅子に座ろうとした。

「全く、酔っ払いめが。おい、止めるぞ。」

カーチス大尉はレイノルズ少尉にそう言って椅子から立ち上がろうとした。
その次の瞬間、エリラが姿勢を倒した、かと思ったときには、彼女の鮮やかな左回し蹴りで太った男が吹き飛ばされていた。
蹴り飛ばされた男は、床に倒れこんでしまった。

「そこで寝てな!酔っ払い!!」

と、彼女は怒りの形相でそう吐き捨てると、荒々しい動作で椅子に座った。
この時間、わずか5秒足らず。

「・・・・・・・・・・」

カーチス大尉らは、彼女を唖然とした表情で見つめていた。

「?どうかしたんですか?」

「いやいや、どうかしたじゃないだろう!」

カーチス大尉が慌てふためいた表情でエリラに言った。
彼の部下3人が、急いで男の元に駆け寄った。男の友人らしき人物も慌てて駆け寄って来た。

「君は、今男を蹴っ飛ばしたんだぞ!それも首を吹っ飛ばしそうな勢いで!」
「・・・・・・・あ。またやっちゃった。」

いきなり、エリラは顔を手で押さえて、自分のしでかした行為を恥じていた。
その後ろでは、3人のパイロットと、男の友人が蹴り飛ばされた男の安否を確かめたが、

「中隊長。こいつ伸びてますぜ。でも怪我は無いようです。」

部下の報告に、カーチスやエリラは安堵の表情を浮かべるが、今度は男の友人がエリラの元に近寄ってきた。
(いかんな。友人の敵討ちとばかりに、喧嘩吹っかける気か?)
カーチスはそう思ったが、

「いやあ、すまんね姉ちゃん。こいつ、酒を飲むと人が変わるんだよ。普段は根のいい奴なんだ。」
「えっ、そうなんですか・・・・・すいません!」

エリラは慌てて、男の友人に頭を下げる。しかし、友人もすまなそうな表情で手を振った。

「いやいや、迷惑かけたのはこっちの方だよ。アメリカ人さん達も、見苦しい所を見せて悪かった。俺達は2階の宿に引っ込むよ。」
そう言って、男はすまなさそうに頭を下げた。男は、伸びている友人を担ごうとしたが、元々太っているために運べない。
「おい、軍曹殿とあと2人ほど手伝ってやれ。」
見かねたカーチス大尉は、下手人であるエリラと2人の部下に指示して、伸びた男の搬送を手伝わせた。
伸びた男の友人とエリラ、2人の部下が2階に行って、戻ってきた時に、ようやく料理が運ばれてきた。
部下達がしばし料理に舌鼓を打ち、カーチス大尉が喜んでいる間、エリラは料理を2度ほどお代わりしていた。
カーチス大尉らが料理を食べ切った時、

「すいませーん!もう1杯おねがいしまーす!」

と、エリラの爽やかな声が聞こえた。

「オイ!!そこの猫耳!!」

カーチス大尉はたまらず、エリラに向かって怒鳴った。

「ん?なんですか?」

エリラはスプーンを加えながら、きょとんとした表情でカーチス大尉に向き直る。

「君は一体何杯お代わりしてるんだ?」
「3杯食べました。今から4杯目を」
「「頼むな!」」

8人が一斉に怒鳴った。

「え~。だって、奢りだっていったじゃないですか。」
「1杯目のみだ。誰が3、4杯もお代わりしろと言った。これ以上頼むつもりなら、俺達全員分の料金を
払ってもらうぞ。軍曹殿。」

カーチス大尉はドスの利いた低い声で、エリラに言う。
無神経な彼女も、流石に応えたらしく、4杯目を頼もうとはしなかった。

「全く。とんだゲストだぜ。みんなに上手いもんご馳走しようとここに来たのに、メシ代を余分に払わなきゃならんとは。」

カーチスは、店に入った時とは打って変わって、酷く不機嫌そうな表情になった。

「まあ中隊長。ここは一杯やりましょう。」
「お、おお。そうだったな。今日は皆で飲みに着たんだったな。」

レイノルズ少尉の言葉に、気を取り直したカーチス大尉は店の主人に酒を注文した。
5分ほど経って酒瓶とグラスが運ばれて来た。

「中隊長、どうします?あの娘にも飲ますんですか。」
「そうだなあ・・・・見た感じではまだ10代後半のガキに見えるんだが。」

カーチスとレイノルズは、小声で話し合った。

「とりあえず、君は年齢を確認して見ろ。」
「アイ・サー。」

レイノルズ少尉は頷くと、エリラのほうに顔を向けた。

「なあ。そういえば、君は年いくつだい?」
「あたし?ええと、19歳。今年で20歳ですけど。」
「そうか。中隊長、軍曹は今年で20歳を迎えるそうですよ。」
「20歳か。それなら問題ないな。そこのレディにもグラスを渡してくれ。」

カーチスはグラスをレイノルズに渡し、レイノルズはエリラにそれを渡した。

「軍曹さん。酒は飲んだ事あるかな?」
「ええ。何度もありますよ。あたし、こう見えてもお酒は飲み慣れてますから。」
「ほほう。それは頼もしいぜ。」

それから、酒が皆のグラスに注がれてから、カーチス大尉は乾杯のあいさつを行った。

「え~、ビッグE戦闘機隊第2中隊の諸君。とはいっても、俺の他にパイロット7人と、拾った同盟国軍の
軍曹殿しかおらんが、まあとにかく。今まで生き残れた事に感謝し、そして、これからも生き残る事を目標に
今日は飲もう。では、乾杯!」

「「乾杯!」」

カーチス大尉の言葉に、パイロット7人と獣娘1人が高々とグラスを掲げ、そしてまずは1口ほど口に流し込んだ。


時間は午後9時を回り、ルイシ・リアンの食堂には客でほぼ満杯になっていた。

「中隊長、ここって穴場じゃなかったんですか?」

一緒に飲んでいた、黒人将校のラウンドス少尉が、酒で赤くなった顔をカーチス大尉に向けて言った。

「確かに穴場だ。いや、穴場だったはずなんだが・・・・・・」

ルイシ・リアンに設けられているテーブルや椅子には客が座っているが、どういう訳か、現地人は3割ほどであり、
残りは全てアメリカ人であった。
ちなみに、ほとんどが母艦航空隊のパイロットや整備員ばかりである。

「エセックスに乗っている同期の奴らが来た時は、流石に驚いたよ。」
「奥の席の奴らは、イントレピッドの艦爆隊の奴らです。あの隅に居る奴はダウンタウンで共に遊んだ親友ですよ。」
「他の空母から来ている奴もいるぞ。どうも、ここは穴場じゃなく、人気スポットになっちまったようだ。」

カーチス大尉は苦笑しながら酒を口に含んだ。

「しかし中隊長、レイノルズとあの軍曹さん。なかなか良い感じではりませんか?」

ラウンドス少尉は、左方向を指差した。カーチス大尉がおもむろに左方向を見る。

「ほほう、確かにな。レイノルズとあの軍曹さんは気が合うようだ。」

カーチス大尉とラウンドス少尉にひそひそと噂されている、エリラとリンゲは、確かに良い感じで話し合っていた。

「そもそも、不思議に思うのがあんた方アメリカ人の女の選び方ね。」

エリラはリンゲに指を刺しながら、得意気な口調で話す。

「女の選び方?どうしてそんな事を?」
「だって、あんたら貴族の娘に近付こうとしないじゃん。近付くとしたら不通の平民出の女の子とか、同業の人
としか遊ばないらしいわよ。」
「俺は・・・・・あんまそういう事は知らないんだけど。」
「そう?あたし達の間ではもっぱらの噂よ。何でも、貴族の娘がアメリカ人の兵隊を引っ掛けようとしたら、
やれ権力闘争に巻き込まれるとか、作った子供が毒殺されるとか、他の大きい姉や兄に狩の対象にさせられるとか、
いつの間にか暗殺されるとか、なんだかんだ言って断るみたいね。」
「それって、本当なのか?」
「本当よ。まあ、貴族の娘さん達が言われた事は、大体が本当に起きた事だけどね。カレアントでも、貴族様の
対立はドロドロとして嫌な物って聞いてるわ。」
「はは、そんな事があるとは知らなかったなあ。」

リンゲは内心参ったと思いながらそう返事した。
事実、アメリカ兵達は、貴族の娘には全く寄り付かなかった。
いや、最初こそは誘いに乗る物も少なかったが、その全てがさっさと別れてしまった。
アメリカ兵との交際を求めたのは、バルランドの中流貴族や上流貴族の面々であり、その娘達は、有名なアメリカ軍の
兵や将校と結婚して名を広めようとしていた。
しかし、アメリカ兵達は、ほとんどが中流階級か、農家出身の者ばかりであり、貴族達の生活は合わなかった。
それに、中世ヨーロッパや、この世界で貴族達がやってきた、冗談のようなとんでもない真実を聞いたアメリカの将兵は、
貴族の娘が誘いに来れば、愛想笑いで丁寧に断ったり、付き合い方が下手な物は適当に断って逃げ出した。
逆に、アメリカの将兵は、貴族の娘と付き合うよりも、現地人や普通の平民、貧民出の娘達と付き合う者が圧倒的に多かった。
今では、貴族に寄り付こうとするアメリカの将兵は皆無になってしまった。

現在、バルランドの貴族達は、アメリカ側将兵が抱くイメージを払拭すべく、様々な努力を試みているが、効果は無く、
一部では逆効果になる時もあった。

「あんた世間には疎いのねえ。」
「そうかなぁ。普通に情報は仕入れているつもりなんだが、まあ俺は普通に飛行機に乗ってれば満足だからね。」
「飛行機ねぇ・・・・・飛空挺って、さっきあなたから話聞いたけど、慣れるまでが大変みたいね。」
「大変さ。飛行機に乗る前には、まず視力が一定の基準に達してないと、即刻ポイだし、テストに合格しても、教官連中が
厳しいからね。下手な操縦でもすれば、てめえは腰抜けだやら、飛ぶ資格はあるか?とか、精神的に来る時が多々あった。
一番大変なのは、母艦搭乗員になる時の訓練さ。地獄の日々が続いたねえ。」
リンゲはしんみりとした表情で言いながら、酒を少し飲んだ。

「かなり大変なんだねぇ。」
「大変すぎるよ。ストレスで母艦勤務に耐えられなくなって、配置換えを希望する奴は少なくない。俺が乗ってる
エンタープライズも、結構な大きさがあるんだが、上空から見ればちっこい木の板が浮かんでいるみたいだよ。
そんなちっこい目標に、的確に着艦しないといけないんだから、気の小さい奴にはやりにくい仕事だよ。」
「そうなんだぁ。一回だけでいいから、着艦という物を体験したいなぁ。ねぇ、お願い出来ないかな?」
「そりゃ無茶だよ。同盟国のよしみとはいえ、君は合衆国海軍の軍人じゃないから無理だな。俺達の国に帰化して、
海軍に入ればなんとかなるかもな。」
「じゃあ今すぐカレアントを脱走して、あんた達の国に帰化しちゃおう。」

エリラは酔っているためか、時折支離滅裂な事を口走る。

「そんな事したら駄目じゃないか。それに、君が俺達の国に帰化して海軍に入っても、訓練を終わって前線に
出る頃には、既に戦争は終わっているかも知れんぜ?」
「ええ~?じゃあやめる。」
「はは、諦めがお早い事で。」

リンゲは酒を飲もうとしたが、グラスに酒は残っていなかった。

「あっ、酒が無いな。」
「酒?酒ならこっちよ。」

エリラが右側にあった瓶を取って、彼のグラスになみなみと注いだ。

「ああ、すまんね。」
「なあに、大した事無いわ。」

彼女がにこやかな笑みを浮かべてそう言うが、ふと、いきなり怪訝な表情を浮かべた。

「さっきから思っていたんだけど、あんた、いや、あなた達って結構疲れた顔してるよね。」
「えっ?疲れた顔してるかい?」
「してるよ。何かこれ以上仕事はやりたくね~って感じかな。」
「そりゃ大げさな。まあ、疲れているのは事実だな。今日は、ヴィルフレイング沖で愛機を操ってたよ。
午前中に2時間。午後に3時間飛んで帰って来たんだよ。今日は別の任務部隊を敵役に見立てて、実戦同様の
訓練をしたから結構疲れた。」
「結構ハードなのね。」
「そりゃそうだ。まあ、ウチの親父さんが熱い人でね。作戦がない時は毎日、新人もベテランも片っ端から
猛訓練ばかりさせられてるよ。でも、結構楽しいし、身になるよ。」
「そうなんだあ。なら、日々頑張るリンゲさんにあたしから特別な物をあげる。」

妖艶な笑みを浮かべながら、エリラは懐から何かを取り出した。

「おい、どっから物を取ってるんだ。」
「まあ、いいからいいから。」

彼女は笑いながら、テーブルに試験管らしき物を置いた。

「これは?」

「疲労緩和剤よ。カレアント軍が最近制式採用した薬で、魔法を使って作られているわ。」
「疲労緩和剤・・・・か。」

リンゲは怪しげな物を見る目つきで、紫色の液体の入った試験管をまじまじと見つめる。

「麻薬みたいな物は混じってないか?」
「そこは大丈夫よ。最近採用といっても、3ヶ月前から出回ってるわ。アメリカ側も注目している品よ。」
「どうしてこんな物を?」
「あたしね、この地区にいるカレアント軍のチームの中魔道士をしてるの。普通の魔道士よりは少し腕前が上よ。」

と、エリラは自慢気に胸を張る。
張り出した胸に、リンゲは思わず見とれそうになるが、すぐに試験管に視線を移した。

「・・・・フッ。」
「今、鼻で笑わなかったか?」
「気のせいよ。まずは飲んでみて。すぐに疲れが吹っ飛ぶから。」
「疲れが吹っ飛ぶ・・・・か。」

一瞬、リンゲは躊躇ったが、

「まっ、女の子の贈り物は必ず貰うべきって、親父が行ってたしな。」

彼はそう呟いて、赤い色をした栓を抜いて、薬を一気に飲んだ。
5分ほどして、体の奥に溜まっていた疲れが徐々に薄れ始めた。

「うわ、本当に疲れが無くなって行く・・・・・本当に麻薬の類は入っていないよな?」

リンゲは喜ぶよりも、エリラを怪しんだ。
これが麻薬だったら、彼はエンタープライズから放り出されてしまう。

「大丈夫よ。先も言った通り、心配は無いわ。」
「そうか。魔法使い様が言うんなら、間違いは無いな。」

リンゲはそう言うと、グラスをエリラに向けて掲げた。

「とりあえず、ありがとう。このような凄い技術があるなら、俺達アメリカも、君達から色々学べそうだよ。」


11時過ぎになって、カーチス大尉らはルイシ・リアンを出て、帰宅の途に着いた。

「久しぶりに飲みましたなあ。この世界の酒も悪くありませんね。」

リンゲはカーチス大尉に、感心したような口調で言った。

「そうだろう。俺のおすすめの店だからな。しかし、あの獣娘。こっから15分ほどの所に家があるとか言って
帰って言ったが、家のすぐ近くで行き倒れるってどういう神経しとるんだ。」

カーチス大尉は呆れた口調で言う。そこにラウンドス将校が相槌を打った。

「きっと、今日寝る所が家かもしれませんぜ。その家は、天井も壁も無い自然の家でしょうが。」
「ほう、違えねえな。」

その直後、一同は爆笑した。


エンタープライズのパイロットに笑われている、件のエリラは、1人住まい用のボロ屋の中に居た。

「あ~、飲んだ飲んだ。アメリカ人にも面白い人がいるものね~。」

そう言いながら、ほろ酔い気分で彼女はベッドに転がり込んだ。
その4時間後、用足しのために起きた彼女は、ふと、懐に入っていた細長い容器を取り出した。
容器の中は空である。

「屑篭はどこかな~」

エリラは屑篭を探す。その途中、青い栓が閉められた同じ容器がいくつも並べられていた。
その容器を見た後、改めて持っている容器を見た。エリラは血の気が引いた。

「やっば・・・・・これ、アメリカ人に・・・・・」

自分のしでかした事態に、彼女は引きつった顔つきで笑うしかなかった。


6月8日 空母エンタープライズ

リンゲ・レイノルズ少尉は、午前7時に起きた。
今日は1日非番のため、いつもよりは遅い起床だ。

「ふあぁ、よく寝た。」

久しぶりの熟睡に満足しながら、リンゲは起き上がる。ふと、体に違和感を感じた。
それに、声もいつもより高く聞こえる。

「ん?」

リンゲは違和感を感じた場所を見てみた。どうしてか、彼の胸元は異様に膨らんでいた。

「なっ!?」

異様に突き出た胸を見たリンゲは仰天した。すかさず、彼は手で自分の股間に触れてみる。


空母エンタープライズの艦橋で、第3艦隊司令長官のウィリアム・ハルゼー中将はコーヒーを飲みながら
軍港を見渡していた。

「しかし、だいぶ新しい船が増えましたねえ。」

側に立っているラウス・クレーゲル魔道士が、いつも通りの口調でハルゼーに語りかけた。

「そうだなあ。空母や巡洋艦も新顔が増えつつあるな。」

ハルゼーの視線がある一点で止まった。
エンタープライズから左舷300メートルの所には、第39任務部隊の正規空母エセックスとボノム・リシャール、
それに軽空母インディペンデンスが停泊している。
その更に奥には、臨時にTF37に配属された正規空母のイントレピッドがいる。
いずれも昨年末、今年は言ってから就役した新鋭艦である。
それに、巡洋艦や駆逐艦にも、クリーブランド級やフレッチャー級といった新鋭艦が増え始めている。
新年度に入って、僅か半年足らずで新鋭空母4隻を中心とする新鋭艦が、続々とヴィルフレイングに集結している。
現在、太平洋艦隊が保有する空母は、正規空母8隻、軽空母1隻の計9隻を数え、開戦当初の保有数の3倍の数字である。

「アメリカという国は、本当に凄いですねえ。これだけでも多いのに、まだまだ増えるんですよね?」
「そうだ。むしろ、上の連中は今年中に集まる戦力だけでも不充分と考えているようだ。」
「不充分って、どんだけ・・・・・」

ラウスは呆れた。

「それが俺達のやり方ってもんさ。とは言っても、9月の反攻開始には、俺はゆっくり休んでるがね。」
「話は聞きましたよ。確か、8月からスプルーアンスさんが艦隊を指揮するようですね。」
「そうだ。反攻開始の時期に、大艦隊を指揮できんのは悔しいが、体を休めんといかんから仕方ない。」

第3艦隊は、長い間指揮を取って来たハルゼーに代わり、南太平洋部隊参謀長のレイモンド・スプルーアンス少将が
指揮を取る事になっている。
艦隊名称は第3から、第5艦隊へと変わる予定であり、ラウスは3日前にハルゼーからこの事を聞かされていた。
ハルゼーは苦笑しながら艦橋内に入っていく。その時、エンタープライズ艦長のエルビス・マッカン大佐が電話口の相手に
向かって喋っていた。

「そんな馬鹿な事があるとは・・・・とりあえず飛行長、君から彼、いや、彼女と言ったほうが良いかも知れんが。
詳しい話を聞いておいてくれ。」

そう言って、艦長はため息を吐きながら電話を置いた。

「どうした艦長?何があった?」

ハルゼーは何気ない口調でマッカン大佐に聞いた。

「長官、誠に信じ難い事ですが・・・・・」
+ タグ編集
  • タグ:
  • 星がはためく時
  • アメリカ軍
  • アメリカ
ウィキ募集バナー