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バレンタイン

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【バレンタイン】

聖バレンタイン(ウァレンチヌス)は本来癲癇患者の守護聖人であり、
男女の恋の告白には何の関連もない。
しかるにバレンタインデーが男女の恋の告白の日とされたのは、
古来ヨーロッパではこの日が小鳥たちや小動物が発情する日、とされていたからで、
その発情日が人間同士のあいだにも延長された、というだけの話。

もともとこの聖ウァレンチヌス、聖人伝説を集めたヤコブス・デ・ウォラギネの
『黄金伝説』の中でも妙に存在感のないエピソード(感心な話で
ローマ皇帝クラウディス・ゴティクスを感心させ、しかるのち“感心させたのに
なぜか”首をはねられた、というマヌケな話)しか紹介されていないし、
解説によると、聖バレンタインのモデルになった聖人は三人ほど伝えられてるらしいが、
ひとりは存在せず、ひとりは事蹟未詳という情けないありさまらしい。
ところで、なんでこの人がテ×カ×の守護聖人かというと、
その存在しなかった方の聖人のエピソードで、皇帝の責苦にあっても決して信仰を捨てなかった。
つまり“転ばなかった”。転ばなかった→ひっくりかえらなかったで、×ン×ン退治の守護聖人となったとか。

「男女の恋の告白には何の関連もない」わけではない――というのは、「その聖バレンタ
イン、違う人のことです」の方で。さらに、そちらのコメント欄と、「唐沢俊一 まとめwiki -
間違い5」を参照していただきたいんだけど、『黄金伝説』の訳注の独自見解に依拠し過ぎ
なのに加えて、それをさらに劣化コピーさせているせいで、上に引用したような意味不明
の文章になってしまったようだ。


『黄金伝説』の訳注

この風習は、聖ウァレンティウスとは関係なく、この日から野山の鳥たちがつがいはじ
めるという中世の民間信仰から由来している。


古来ヨーロッパではこの日が小鳥たちや小動物が発情する日、とされていたからで、
その発情日が人間同士のあいだにも延長された、というだけの話。

2 月 14 日のことを、小鳥が巣作りをはじめる日と表現しているところもあった。「〜し
はじめる」ならすんなり理解できるものを、「発情する日」などと、その日一日限定の
ような表現にして、わざわざ「発情」と言い換えてもいるのが唐沢俊一流ということか。

『黄金伝説』の訳注

また、一説によると、道行く人たちに修道院の庭に咲いた花をおくったと言われる、もう
ひとりべつのウァレンティウスという修道士(事績未詳)に由来するとも言う。

こちらの異説は、唐沢俊一の本や日記には記述がない。怪しげな説の方のみを書いて、
それが定説であるかのように語るのは、いつもの癖ともいえるのだが。


『黄金伝説』

「キリストおんひとりが、真の神です。あなたがキリストをお信じになれば、 あなたの
たましいは救われ、領土は拡大し、すべての敵にお勝ちになります」
〈略〉
「聞いたか、ローマの諸君。この男の言うことは、なんと立派で賢明なことではないか」


感心な話でローマ皇帝クラウディス・ゴティクスを感心させ、

「感心な話で 〜 感心させ」では、何の要約にもなっていない意味不明な文章だし、
そもそも日本語として酷過ぎる。

『黄金伝説』

「〈略〉もしキリストにそれができたなら、わたしは、なんでもあなたの命令どおりにしよう」
そこでウァレンティヌスは、その娘のために祈った。すると、娘は、たちまち視力を回復し
た。 その後、皇帝は、彼の首をはねるように命じた。二八〇年のことであった。


しかるのち“感心させたのになぜか”首をはねられた、というマヌケな話)しか紹介されて
いない

感心な話で「“感心させたのになぜか”首をはねられた」という話ではないことは確かで
あるし、理不尽な話であるかもしれない (これは本文の記述に難があるためかも) が、
「マヌケな話」ではないだろう。

『黄金伝説』の訳注

どんな責苦に会ってもけっして「ころばなかった」というので、<ころび病>、つまりてん
かんの保護の聖人とされる。


なんでこの人がテ×カ×の守護聖人かというと、その存在しなかった方の聖人のエピ
ソードで、皇帝の責苦にあっても決して信仰を捨てなかった。つまり“転ばなかった”。
転ばなかった→ひっくりかえらなかったで、×ン×ン退治の守護聖人となったとか。

「その聖バレンタイン、違う人のことです」にも書いた通り、病人や障害者につくした
「てんかん者、ライ病人、身体障害者、痛風病人、動物の疫病」の守護聖人である方の
聖バレンタインは 5 世紀頃の人物で、3 世紀に殉教した古代ローマの聖バレンタイン
(愛の守護聖人) とは別の人物だろう。


それでも訳注の方は、怪しげな説とはいえ、「<ころび病>、つまりてんかん」と説明が
あるので、意味はわかる。唐沢俊一の文章だと、「信仰を捨てなかった。つまり“転ばな
かった”。転ばなかった→ひっくりかえらなかったで、×ン×ン退治の守護聖人となった」
で、字数が増えた分、電波度だけが高くなって、まったく意味がわからないものになって
しまっている。

「その存在しなかった方の聖人のエピソード」とか書いているのも、下記の日記の記述と
あわせると問題あり。バレンタイン・デーにまつわる話は「キリスト教々会」が「創り上げた
オハナシ」だといって否定しているのに、てんかんの聖人は「存在しなかった方の聖人」
であっても採用するのか……?


最終更新:2017年05月22日 21:26