0.我が侭に、我が道を


深夜0時。
羅刹女(ラークシャシー)の埋葬作業を終えたキリキリ切腹丸は、次の戦いの準備をすべく自身のセーフハウスへと戻っていた。
不死の美少女となった体は重労働には向かないが、戦いの後に傷の手当をしないで済むのは助かる――。
そんな事を考えながらゲームセンターのトイレに隠されていた通路奥の扉を開く。

「やあ、おかえり切腹丸」
「お邪魔してるヨ」

そこで出迎えたのは二人の女性の姿だった。
一方はエナジードリンク片手にソファーに横たわる、下着姿に白衣をまとった長い黒髪の女。
もう一方は肩口までの金髪にチャイナ服を着た年齢不詳の女。透き通るような碧眼を丸サングラスで隠すようにして切腹丸を覗き見ながら、ニヤニヤとした笑みを浮かべている。
そんな黒と金の二人の女を交互に見比べ、切腹丸は顔をしかめた。

「なんでいるんだよ……てかこいつ誰だよ、プロフェッサー」
「おいおい、人前では『ドクター』で通すように言ってるだろう。その呼び方(プロフェッサー)は暗黒幹部会をする時用の呼び名だ。……まあ彼女に気を遣う必要はないが」

ずず、とすするようにエナドリを口に運んで、プロフェッサーと呼ばれドクターと名乗った黒髪の女は向かいのソファーに座る金髪グラサンチャイナに目を向け切腹丸に紹介した。

「彼女は我々の元宿敵であり一時休戦相手、そして今は運命共同体……サムライツメショのサムライカロウ、有栖(ありす)有壱栖(あいす)くんだ」
「ハロー! 切腹丸チャ~ン! あ、表向きは有名アイドル事務所(アリスプロダクション)の社長ってコトになってるんでヨロシク~!」

軽快に笑う金髪グラサンチャイナの挨拶に、切腹丸は露骨に嫌そうな表情を向けつつため息をついた。

「何がどうなってんだ……」
「まあそうなるのも無理はない。ついさっきまで殺し合っていた陣営同士がこうして手を組むのだからな。いくら過去に一時休戦していた組織同士とはいえ、戸惑いもあるだろう」

黒髪のドクターはドリンクの缶をテーブルに置く。

「まず……現在我々は窮地に追い込まれている。ハットリサスケ組の偽装(カバー)団体であった表の事務所(レストインピース)は殺人鬼・新堂夢朗(アンバード)――異星生物識別(コードネーム)湖畔の住人(グラーキ)の寄生体によって壊滅させられた。……昔、糸繰ヶ原(いとくりがはら)くんに作ってもらった私のバックアップゴーレムもそのせいで失われてしまったよ」
「こっちは阿修羅(サムライセイバー)に続いて羅刹女(ラークシャシー)までやられちゃったからネ! エースを続けて失っちゃ、『スポンサー』としては商売上がったりで困っちゃうヨ! ……あ、べつに恨んではないけどネ。ビジネスで競合なんて当たり前だしネ~!」

能天気に笑う『スポンサー』の言葉に不快感を隠そうともせず、切腹丸はドクターへと尋ねた。

「……『あやめ』は?」
「怪人イチゲキアサシンは殉死した。一応、寄生後のものでよければ遺書も残っているが……」
「いや、いい」

短くそう言って、切腹丸は一瞬だけ目を閉じる。

すぐに目を開け、切腹丸はその顔から感情を消して二人に目をやった。

「で? 落ち目の組織のトップ二人が揃ってどうした。俺にリーダーでもやって欲しいのか?」
「それは魅力的な提案だ。私もそろそろ首領の座を譲り、研究に専念したかった所だしな。……だが今の状況は切迫している。このままではこの国が――いや、下手をすればこの世界が滅びかねない」

ドクターは平坦な声でそう言った。

もう一人の私(バックアップ)が残した寄生異星生物(アンバード)の研究データの中に、奴らが発する固有波形の信号データがあった。それを解析するに、池袋に存在した異星生物(エイリアン)の波形パターンは三種類。アンバード、ミッシングギガント、そして……オムニボアだ」
「さらに悪いニュースもあるヨ。情報筋によれば、政府はさきほどNOVAの運営を介してオムニボアに肩入れすることを決めたみたいネ。アイツここまで魔人能力らしい物を使わずに戦い続けて来たから、魔人嫌いの現与党にウケがいいみたいで。……その正体が地球を狙うエイリアンだなんて、現政権は思いも寄らないんだろうネー」
「表立って干渉はしてこないだろうが……オムニボアの背後には、この国、ひいてはNOVAがいると考えていい。……それでも、やれるか?」

ドクターに言われ、切腹丸は口の端をつり上げる。

「はっ……! 国が相手とは上等じゃねぇか。とにかくオムニボアを殺せばいいんだろ? やることは変わんねー」

切腹丸は目の前のイスへと腰掛け、キルキルと笑う。

「つっても、相手はランキング最下位から勝ち続けた殺人鬼だ。手を抜いて勝てる相手じゃねぇのはわかってる。……情報も、知識も、技術も、人脈も。お前らの持ってる力を全部俺に寄越せ。俺が勝つチャンスを作れ」

そんな尊大な切腹丸の態度を見て、左右の女たちは笑った。

「さすが私の作った怪人だ。この世界は私の為にある……他の誰にも渡すわけにはいかない。よもや異星人などにはな。可能な限り、支援はしよう」
「うちの一族はエイリアンに因縁もあるけど、それより何よりこれじゃあ商売上がったりネ~。ヤツらに受けた損害はきっちり返してやらないと、ご先祖様に顔向けできないヨ!」

切腹丸は左右の女たちのデカい乳からの圧迫感に一瞬気圧(けお)されつつ、仮想敵との戦闘に向けて頭を切り替える。
攻略の為の思考に入ろうとする切腹丸に、ドクターは柔らかな笑みを浮かべて声をかけた。

「時に……切腹丸。一つ聞いておこう。お前は独断でこの戦いに参加したな。組織が機能不全に(おちい)っていた中とはいえ、それには何か理由があるはずだ」

一拍置いて、彼女は切腹丸へと尋ねた。

「何の為に、お前は戦う?」
「……そんなの決まってんだろ」

切腹丸は答える。

「殺人鬼ランキングに残った相手は一人だけ。俺が戦う理由なんて、それで十分だろ。……まあ何の為かってあらためて聞かれたら――」

ドクターの言葉に切腹丸は、その整った美少女の顔に似合わない悪の怪人然とした笑みを浮かべた。

「――俺の為だよ。それ以上でも、それ以下でもねぇ」


- - - - キリトリ - - - -


池袋の路地裏、アペイロンクリニックとはまた別の、闇医者と呼ばれる病院の一室。
オムニボアは白い部屋で目を覚ます。

「お目覚めのようですね。具合はどうですかー?」

横から声がかけられる。
彼が目を向けると、そこには黒フードの女が立っていた。
フードの隙間から覗かせるその泣きぼくろに、彼は見覚えがあった。

オムニボアは上体を起こす。
体の節々には痛みが残りつつも、その体は以前よりも軽く動く気がした。
なんらかの魔人能力による処置があったのか、それとも――。
自身の肉体に埋め込まれた異種の細胞が、心臓や血管を通して体全体に広がっていくようなイメージを思い浮かべる。
それはどこか薄ら寒さを感じ――そしてどこか、甘美な感覚だった。

「……おかげさまで、何も問題はないよ」

そう答えた彼に、黒フードの女性は頷いた。

「それは良かったです」
「……本当に?」

思わず彼は尋ね返し、女性の目を覗き見る。
彼女の目には一瞬ひりついた殺意が見えたような気がした。
しかし彼女はにっこりと笑う。

「これが私の務めですから」
「……そう」

余計な一言だったかと後悔し、目を伏せる。
そしてそれがデリカシーのない言葉だったと理解できるぐらいには自身の人間性が残っていることに、少しだけ安堵した。

オムニボアの魔人能力、『ソーマの幻灯』。
オムニボアが何かを殺したときに発動する、走馬灯を観る能力だ。
彼は以前、その能力でDr.Carnage(ドクター・カーネイジ)こと水崎(みさき)紅人(くろうど)の人生を覗き見ている。
その物語の終盤に現れた、NOVAの運営の使いでもある黒フードの女性。
他人の人生を何度も覗き見ていたオムニボアには、彼女がDr.Carnage(ドクター・カーネイジ)を慕っていたことはすぐにわかった。
つまり彼女にとって、オムニボアは想い人の仇だ。それにも関わらず彼女は今、ただ淡々と職務に専念しているようだった。
その心境がいかようなものであるかまでは、オムニボアに察することはできない。
それを理解する資格は、自身にはないと感じていた。

「NOVA運営はあなたに調整者の役割を依頼しました。……本当によろしいのですね?」

彼女はオムニボアに問いかける。

「我々のサポートを受けるということは、報酬の権利を放棄するということですよ?」
「いいよ、問題ない。というかもう、受けてしまっているしね」

オムニボアは彼女の転移能力によってこの病院へとやってきていた。
そういう意味ではすでにオムニボアは運営側の人間と言えるだろう。
黒フードの女は手に持った彼のカルテに目を移す。

「……あらためて精密検査を行いましたが、あなたの肉体は長年の強化処置によりもうボロボロです」
「だろうね。じゃなきゃあ、こんな外見にもなってないさ」

彼の外見年齢は高いといえば高く見えるし、まだ年若いといえば若くも見える。
しかしそれはどんなに若く見積もったところで、せいぜい20代前半といった青年の外見だ。
だがその実年齢はまだ(よわい)14歳。未成年の少年である。
幾度もの能力行使によって手に入れたその達観した内面も合わせ、彼が年相応の姿であるとは言い難い。
それは成長ではない。
肉体と精神を酷使した故の、老化だった。

そんな彼に、黒フードの女は憐れみが混じったような視線を送った。

「もって数年……早ければ半年。それでも……転校生になる権利を諦めるんですか?」
「……うん。そうだね。それがきっと僕の物語なんだと思う」

オムニボアは迷う様子すら見せずにそう言った。
転校生とは、噂によれば神にも匹敵する力を持つ魔人とも言われている。
そんな力を手にできるなら彼の命も延命できるかもしれない。
だが彼にはその意思が無いようだった。
そんな穏やかな彼の様子とは対照的に、女は声を荒げる。

「……なら、なんで戦うんですか……!? 君みたいな子供が……! 理由なんてもうなくなったじゃないですか! なのにあなた達は……どうして!」

後半は嗚咽(おえつ)混じりに、彼女は怒りを露わにした。
彼女はDr.Carnage(ドクター・カーネイジ)と自分を重ねているのだろうか、と思い、オムニボアは静かに笑う。

「あなたは優しい人ですね。僕のような殺人鬼にも……Dr(ドクター)を殺した相手にも関わらず同情してくれる。きっとあなたはこういう裏の世界には、向いてない」

Dr.Carnage(ドクター・カーネイジ)の走馬灯を思い出す。
その中で黒フードの彼女は屈託のない笑みを浮かべていた。
オムニボアは目を閉じる。

「……僕が戦うのは、物語を見たいからだ。より多くの人たちの物語を。そして、僕自身の結末を。……つまりもしも僕に『戦う理由』なんてものがあるのだとしたら、それは――」

オムニボアは目を開け、まっすぐに彼女を見つめた。

「――僕の為です。僕自身の為」



1.開戦


東京都豊島区池袋駅。
連日の事故報道によって人もまばらな、その呪われし地の心臓部にて。
改札口を越えた先で、二人の殺人鬼が相まみえる。

一人はオムニボア。
ロングコートに安全靴。その指先までもが、黒いスーツに覆われている。
サングラスの向こうに、優しげな瞳が隠れていた。

もう一人は悪の怪人・キリキリ切腹丸。
豹柄のレインコートにパーカー、野球帽を被ったアンバランスな格好の美少女。

お互いに、相手の情報は各々をサポートする組織から受け取っていた。
――ならば。

オムニボアは懐から二丁の拳銃を取り出す。
一方の切腹丸は一対の鎌を取り出した。

――出会った殺人鬼同士に、言葉は必要ない。

二人は同時に、駅構内の床を蹴った。


- - - - キリトリ - - - -


切腹丸が機先を制す。
切腹丸が鎖鎌をあさっての方向へと投げた。
オムニボアはそれに目もくれず、両手の拳銃の銃口を目の前の敵に向け、引き金を引く。
その弾が発射される前に、切腹丸は立体機動鎖鎌によって打ち出されたワイヤーに引っ張られ、姿を消した。

「キルキルキルキル! 視線を()らせてもらうぜ!」

発射されたニ発の弾丸が駅の壁に突き刺さり、悲鳴と共に辺りの人々が異変に気づく。
オムニボアは銃で追撃しようとするも、狙いをつけようとした時にはすでに切腹丸は次の場所へと移っていた。

――速い。

「やっぱり概念能力か」

見るからに切腹丸の速度が異常に上がり、オムニボアの反応が追いつかない。
切腹丸の魔人能力『スーパー(Die)(Set)(Done)』。
それは切れる物を切る、切断能力。
だが切れる物が物理的な物ばかりとは限らない。
切腹丸が振り()れると認識したとき、それは相手の視線すらも()ってみせる。

「キィール!」

オムニボアの死角に回り込んだ切腹丸が、彼目掛けて鎖鎌を投げつける。

「そのキャラ付けも、能力の認識補強の為か。――なら」

オムニボアは音で鎖鎌の来る方を認識し、目を向けた。

――本体を視認する事が無理でも、鎖鎌なら視認できる。

息を()し、狙いをつけて銃でそれを撃ち落とす。
オムニボアには造作もない技術。

「――おっと、そっちは囮だぜ」

声は上から聞こえた。
切腹丸は天井に張り付く蜘蛛のようにして、両腕の(すそ)から伸びた何本ものワイヤーをオムニボアに放った。

「バラバラに切り刻まれな!」
「……残念」

オムニボアは拳銃をその場に捨てて、懐から手のひらサイズの輝く球体を取り出す。

「――僕は指先まで防刃(・・)スーツを着込んでいるんだ」
「……!」

オムニボアの全身にワイヤーが絡みつく。
しかしそれは彼の肉体を縛るのみで、切断にまでは至らない。

「……『カルガネ』」

オムニボアの声に応えるようにして、その手の中にあった不定形金属は鞭のように形を変えて周囲のワイヤーを切り払った。
着地した切腹丸は笑う。

「キルキルキルキル……ここまで意識的に対策をされたのは初めてだぜ」
「悪いね。君の戦いは全て見ているから」

切腹丸の能力は切れると認識したものを切る能力だ。
だが防刃素材のスーツとは、ただ『切ることを防ぐ為』だけに作られたもの。
切腹丸の能力が単純に物体を切断する物理的な能力ではないからこそ、実際の耐久度に関わらず『切れない為に存在するもの』の前に能力としての切断力は弱くなってしまう。
それを切腹丸自身に強く意識させる為に、オムニボアは自ら身につけている防具を申告した。
その一挙手一投足、すべてが殺人へと向かう為の一手。
――殺人鬼になるべくして育てられた、天才殺人鬼。

オムニボアはその右手を突き出し、手のひらに乗った金属を操る。

「カルガネ……モード・『脳・マ↑↑(ノーマライズ)』」

瞬間、手に乗った不定形記憶合金が人間の脳を模した形に変化する。
そして左右から触手が生えて、その先端に二本の刃が生じた。
刃が切腹丸へと向かって牙を向く。

「――うおお!?」

慌てて左右からの刃を鎖鎌で受け止める切腹丸。
脳から生えた触手の刃と切り合いとなって切り払うも、それは一度弾かれた後も何度も繰り返し切腹丸に襲いかかる。
オムニボアは右手に乗せた脳を操作しながら、左手を懐に入れた。

「カルガネに脳の形状を記憶させることで、複雑な動作や反応行動も半自動で動かす事が可能となる。そして空いた手で――」

コートの内側に仕込まれていたのは、散弾銃(ショットガン)

「――一撃で脳を吹き飛ばす。おそらく君にはこれが最善手だ」
「――!」

その散弾が発射され、切腹丸はあっけなく命を落とした。



2.愚か者の走馬燈


カラカラカラカラ。
小さな劇場で、8ミリフィルムの映写機が回る。
そこから出る光はスクリーンとの間に舞った埃を際立たせながら、彼の人生を映していた。

『第二話 強敵、怪人キリキリ切腹丸登場!』

墨筆で描かれた大きな題字が映された後、スーツ姿のサムライセイバーとキリキリ切腹丸の出会いのシーンが映された。

『そこまでだ! えーっと……そこの変なスーツ着た怪しいおじさん……?』
『誰がおじさんだ~~~! キールキルキル! 現れたなぁサムライセイバ~! 俺の名前は――』

スクリーンの中で二人が掛け合いをしている。
そんな様子をポップコーンを鷲掴みにしながら見ているのは、元の成人男性の姿へと戻った切腹丸だった。

「キールキルキル! おいおい、あらためて観るとちょっと恥ずいな! サムライセイバーもあのクソ生意気な尊大さがまだねぇし、今見るとお互いに初々しくて笑っちまうぜ」

切腹丸は心底おかしそうにギャハハと笑う。
その隣では、オムニボアが笑顔で映画を鑑賞していた。

「……興味深いね」
「ああ? どこがだ? 俺にとっちゃお前の能力の方が興味深いけどな。どういう事なんだこりゃ? なあせっかくだし教えろよおい。ちょっとぐらいいいだろ?」

切腹丸は辺りを見回す。
それは古い形式の映画館のようだった。
ただし建物自体は新しく、傷一つない。
たとえその質問を無視してもしつこく聞かれそうだと思ったのか、オムニボアは少しだけ眉をひそめながらわずらわしそうに彼の疑問に答える。

「僕の能力、『ソーマの幻灯』だ。僕が何かを殺したときに発動する、殺した相手の走馬灯を観る能力。ここでは僕と、殺された相手の生命の残滓(ざんし)が観客となる。現実とは切り離された、精神的な世界の劇場……それがここだ」

オムニボアは「だから、僕を殺さないでくれよ。意味がないんだから」と付け足しつつ、やや前のめりに座り直してスクリーンへと目を向けた。
どうやら本当に彼は切腹丸の物語に興味があるらしい。
そんな彼の様子に切腹丸はキルキルキルと笑って、深くイスへと腰掛ける。

「ってことは俺は死んだってことか!? 死後の世界ってやつ!? こいつは面白ぇ!」
「……君はどこまでも客観的な視点を持っているんだね。ある意味、病的だ」
「そうかぁ? でも……事実そんなもんだろう。俺の人生なんてのは、他人事ぐらいの気持ちで見とくぐらいで十分だと思うぜ」

スクリーンへと目を向ける切腹丸を、オムニボアはチラリと横目で見る。

「……君の物語の中で、どうしてか君は脇役然としている。自身をヒーローのライバルとして定義し、そして自分の人生をわざとらしいぐらいに『物語』として俯瞰して見ているね。あの題字の演出も、君が自身の人生をそう捉えているからこその表現だろう。……今までこんな物語は見たことがない。たとえ映画監督や役者であっても、こんな物語ではなかったよ」
「俺が脇役ねぇ。まあそりゃあ当たり前だろ。悪の怪人なんてのは、正義のヒーローがいなきゃあ成立しないんだからな」
「……そうだろうか。殺人鬼が単独でも成立するように、ヒーローがいなくても悪というのは成立するんじゃないかな」
「いいや、違うね。そもそも殺人鬼だって殺される対象とそれを認識する第三者がいなけりゃあ殺人鬼にはなりえねーだろ。そうじゃなきゃキャラも立たねー」
「観測者がいて初めて成立する……いや、違うな。君が言いたいのは『相互の関係性』か。なるほど、興味深い。なら、君は……」

オムニボアは切腹丸と話し込んでしまっていた事にハッと気付いて、再びスクリーンに目を向ける。

「すまない。君の物語はまだ途中だと言うのに。……つい、話し込んでしまった。君の物語は、興味深くてつい詳しくまで知りたくなってしまうね……」
「そりゃあいい。俺でいいなら、いくらでも話してやるよ」

そう言って切腹丸は、手に持ったポップコーンを隣の男に差し出した。

「なにせ俺の物語は……最高に面白い物語だからな」


- - - - キリトリ - - - -


オムニボアの意識が現実に戻る。
切腹丸の物語をスタッフロールまで鑑賞し、その間物語の出来映えについて本人と存分に語り合った。
そして……のけぞった切腹丸と目が合う。

「……一回……死亡だ……!」

切腹丸の傷口が修復され、胸や腹に食い込んだ散弾が抜け落ちる。

――一撃で仕留めきれなかった……!

切腹丸の顔の前には、いつの間にか織り込まれていたワイヤーネットがあった。
まるで盾のような、透明な蜘蛛の巣(スパイダーネット)
オムニボアは落ち着いて、カルガネ脳・マ↑↑(ノーマライズ)にて追撃する。

しかしその触手が届く前に切腹丸が動いた。

「――スチーム・エクスプロージョン!」

切腹丸の背中で水蒸気爆発が起こり、その勢いで肉体が弾丸のように射出される。
オムニボアに不格好に体当たりするような形でつっこんで、絡まり合いながら二人は階段を転がり落ちた。
オムニボアはカルガネを駅のホームに叩きつけ、反動で受け身を取るようにしてその勢いを()す。
そして水蒸気によって発生した霧による視界不良の中を抜けて、切腹丸と距離を取った。

オムニボアは息を()して周囲を観察する。
その周囲ではワイヤーが……(うごめ)いていた。

「キールキルキル……! まあさっき『劇場』の最後の方でも説明したが……中継を見てる奴らにはあの世界のことはわかんねーだろうしな。観客への特別サービスだ。もう一度説明しといてやるぜ」

切腹丸が立ち上がる。
そのパーカーの袖から出るワイヤーは、まるで意思を持ったようにくねくね動いていた。

「うちの親分はパチモンを作る天才でな。まあそういう魔人能力かなんかなんだろうが……一度見た物は、本物には劣るもののある程度は再現できる。お前の持ってる、変形も再生もできる『不定形記憶合金”カルガネ”』……そいつはこれまでの池袋の戦いで、いったい何度出てきたと思う?」
「……二度目の丁寧な解説、どうもありがとう。でも、そんな詳細に手の内をさらして良かったのかい」
「お前に隠し事はできねーだろ。一度あの『劇場』に行った以上、俺が見聞きしたことは全部筒抜けだ。トイレに行った回数までバレてるんだから、今更どうともなんねぇよ」
「なら、ついでの種明かしもしてもらおうかな。……さっきのワイヤーネットについてだ。あのタイミングであそこに事前に網を仕掛けておけたのは……『僕が頭を狙うのを読んでいた』、という所かな?」
「ご明察だ」

切腹丸は笑う。

「この不死の体の弱点が頭だってのは、これまでの戦いを見てりゃわかるだろうしな。最初から来る場所がわかってんなら、そこに網を張っときゃいい」
「なるほど。参考にしておくよ」
「……なら、俺の方からも一つ確認しとくぜ」
「なんだい」
「お前、俺と同じタイプの能力者だろう」

切腹丸の言葉にオムニボアは目を丸くする。
そしてどちらとも取れない笑みを浮かべた。

「……どういうことかな」
「お前、その反応は図星だぜ? ……お前の切り札、それは――『危機回避能力』だ」

切腹丸は人差し指を立て、オムニボアを指差す。

「『ここぞという時に相手の攻撃を避ける』。『最速で次の一手を繰り出す』。……『どんな対処をしたらいいかを考える』。要は一瞬の『判断力』。『致命傷への嗅覚』……」

オムニボアの反応を探りながら、言葉を続ける。

「お前はさっき、劇場でこう言ったな? お前の能力は、『何かを殺したときに発動する』って」
「嘘かもしれないよ」
「嘘じゃないさ。たとえ知られたところで、対処できない能力だしな。……お前は自身が何かを『()した』と認識した瞬間、その能力が発動する」

切腹丸の言葉にオムニボアは感情を()して無表情を貫いた。
切腹丸はそれとは対照的に笑って見せる。

「おそらくそれは、殺しの対象によっては一瞬とかもあるんだろうな。……だけど、その一瞬が生死を分ける。一呼吸置くだけでも、生存率は飛躍的に上昇するはずだ。それがお前の野生の勘・オムニボアという存在の強みの正体だ。……まさに雑食(オムニボア)。人や動物だけじゃない。植物、虫、微生物、感情、概念……すべてがお前の殺す対象で、思考時間を稼ぐ為の画面停止(ポーズ)時間だ。アクションゲームじゃチートだぜ」
「もしそうだったとしたら……それを知って君はどうするんだい」
「そりゃ決まってんだろ」

切腹丸は先程焼け(ただ)れ、すでに回復したその背中からビームセイバーを取り出す。

「俺は……喜ぶ! こんな面白ぇ相手と戦えるなんて、久々だからなぁ~~~!」

切腹丸の言葉に、オムニボアは「くくっ」と思わず吹き出してしまう。

「ああ……そう言うと思った。君らしい」
「はぁ~!? 一回俺の人生覗き見たぐらいで知ったかぶってんじゃねぇぞ~!?」
「褒めてるんだけどな。君の好ましい特性だと思うよ。ほら、君の『物語』の第八話で、サムライセイバーにお礼を言われた時も……」
「あれは演技ですぅー! わざとだっての! ついだよ! 殺すぞバカ!」

切腹丸とオムニボアは笑って向き合う。
それはまるで、同世代の少年たちがじゃれ合っているかのような光景。
しかし、そんなやりとりも一瞬。
すぐに互いに戦闘態勢へと切り替わる。

切腹丸はパーカーの袖からは幾本もの立体機動ワイヤーをうねうねと伸ばしながら、ビームセイバーのスイッチを押す。
彼のボスによって改造されたその武器から、光の炎の刀身が現れた。
オムニボアもその説明を劇場で見ていたが、どうやら少ないヒーローパワーでも上限なく火力を出せるように出力・効率面での改造をされたらしい。
だがその反面、その強力過ぎる火力は諸刃(もろは)の剣ともなっていた。
切腹丸が触れている手の平の皮膚が、今もヒーローパワーによってジュウジュウと焼かれ、焦げたそばから再生していた。

一方のオムニボアは、カルガネを兜のように被って脳・マ↑↑(ノーマライズ)した。
全身を防刃スーツで包み、頭もカルガネで守るオムニボアに死角はない。
その両手には、再びロングコートの中から取り出した二丁拳銃を握っている。
今度は先ほどまでの牽制用の銃とは違い、質量を感じさせるマグナム銃。
.357逆鱗弾が装填された、一撃で頭を吹き飛ばす力を持った魔人用の武器。

両者完全武装による、人の領域を越えた戦い。
どちらからともなく、二人は動き出した。



3.Bad guys, and Bad works


オムニボアの頭を覆う脳・マ↑↑(ノーマライズ)カルガネの触手が切腹丸へと襲いかかる。
切腹丸はそれをビームセイバーで切り払いつつ、天井へと伸ばしたワイヤーを使って高低差を使った回り込み。
オムニボアは頭にかぶるカルガネが死角になり、切腹丸をその目で追いきれない。
追撃を諦め距離を取る。
その隙を逃さず追いすがろうとする切腹丸に、オムニボアは銃を構えた。
切腹丸はとっさに直線運動で接近するのを中止し、横へと跳ぶ。

撃ち出された.357逆鱗弾が切腹丸の腕を(かす)り、その衝撃が肉をえぐり取る。
頭に当たれば一撃で弾け飛ぶ、規格外の拳銃の形をした大砲(ハンドキャノン)
その反動と余波で両者ともに体勢を崩すも、元より切腹丸は受け身を取る気すらない。
自分自身の四肢にくくりつけられた立体機動ワイヤーを操り、マリオネットのようにその華奢(きゃしゃ)な体を動かしてオムニボアに襲いかからせる。
到底人ができない体勢で飛びかかった切腹丸は、空中で姿勢を整えて上段からの一撃を切り下ろした。

(Die)(Set)(Done)!」

その熱光線と炎はカルガネを断ち切り防刃スーツを断ち切り、オムニボアの左手首を切断する。
しかし切り落とされたその左手の義手から、銃口が顔を覗かせた。

「――!」

BANG(バン)


- - - - キリトリ - - - -


角度のせいで頭を狙う事はできなかったものの、仕込み銃の弾丸は切腹丸の胸に当たって心臓を破壊し即死。その衝撃で切腹丸の軽い体は弾き飛ばされる。
続けてオムニボアの右手の拳銃が火を吹き、追撃の弾丸を射出する。だがその弾は大きく外れ、ホームに設置された自販機を破壊した。
勢いと反動で、両者はそのまま地面に転がる。

「チッ……! ……たしかにお前の言う通り(・・・・・・・)、死んだ瞬間意識が途切れるってのはこの肉体の弱点かもしれねぇな。二発目が脳天に入ってたらマジで死んでたかも」
「まあ当たらないとは思ってたけどね。威力優先の銃だから、連射すると反動(リコイル)制御(コントロール)できないんだ」
「キールキルキル! リアルタイムに反省会を開きながら戦うなんて経験、初めてだぜ」

二人はそう言って立ち上がる。
切腹丸はオムニボアの義手の隠し銃によって心臓を打たれて死亡した。
当然、オムニボアの能力であるソーマの幻灯が再発動する。
再び劇場へと招かれた二人は、再上映される切腹丸の物語を見つつ、今の戦いについて感想戦を行っていた。

二人の力は拮抗していた。
判断力に身体反応、単純な膂力(りょりょく)や体力においてはオムニボアが勝る。
しかし切腹丸の技量と身のこなしはその能力の影響もあってかオムニボアのそれを上回っており、そして何よりその不死の肉体は無茶な戦いも可能とする大きなアドバンテージとなっていた。
お互い一歩も譲らない戦い。
よってその勝敗を分けるのは――その他の部分。

「……!」

切腹丸は周囲の状況に気付く。
5番線6番線の線路から、ホームドアをよじ登ってまるで深海より這い寄る化け物のようにわらわらと現れた存在があった。
数体のそれは小柄な体躯に、どこか魚の顔を彷彿とさせるガスマスクのようなヘルメットをしていた。

「こいつらは――!」
「どうやら……新たな殺人鬼が迷い込んだようだね」

白々しくオムニボアがそう告げる。
小柄な襲撃者たちは切腹丸を取り囲むと、ナイフを取り出す。
その立ち振る舞いを見て、切腹丸は笑った。

「こいつら、プロだな?」
「さあね」

オムニボアは感情を込めない声でそう語る。
彼は武器にこだわらない。
いや、むしろそれこそが彼の流儀であり殺しのこだわりだ。
この戦いにおいて使うのが適切であると判断した武器であれば、それがなんであろうと利用する。
今目の前に現れたのは、オムニボアの命令通りに動く精鋭の軍隊(ぶき)たち。

切腹丸は周囲を見渡す。
取り囲む襲撃者たちの構えは、この国の正式な部隊で採用されている短剣格闘術に近い。
少しその動きに違和感は感じたものの、それを詳しく突き止める時間は切腹丸にはなかった。
声もなく、その中の一人が切腹丸へと斬りかかる。

「……キルッ!」

切腹丸はホームの天井に鎖鎌を突き刺して宙へと逃げる。
しかしオムニボアもそれを黙って見逃しはしない。
構えた銃を放つ。

「……チッ」

切腹丸はその銃口の向きから着弾地点を予測して回避。大きく飛んで襲撃者たちの囲いを突破して、ホーム下の線路の上へと降り立った。
すぐに襲撃者たちがそれに殺到し、襲いかかる。

「キィ~ル!」

切腹丸は着地と同時に鎌を振るい、突き出されたナイフを弾く。
返す刀で喉を掻っ切って殺す。
敵が倒れ、次の敵が襲いかかってくる。
襲撃者の攻撃は慣れた手つきではあったものの、これまで戦った殺人鬼たちと比べれば圧倒的に殺しの経験に差があった。
襲い来る相手の心臓を鎌で突き刺し倒し、横から迫ってきた敵もワイヤーで首を切り落とす。

「ザコじゃ相手になんねーぞ!」

切る、斬る、キル、KILL。
襲いかかる敵を次々と切り倒し、ついに最後の一人を縦に切り裂く。
そしてその顔を隠していた仮面が割れた。

――その顔は愛らしく整った……絶世の美少女。

切腹丸は違和感の正体に気づく。
オムニボアと違って防刃ベストすら着用していない、無防備な姿。
それは切腹丸と戦うにはあまりに準備不足で――油断を誘う格好。

それに気付いたとき、すでに殺したはずの死体たちは起き上がっていた。
切腹丸のもとに群がり、数に任せて押し倒して手足を拘束する。

そこにツカツカと足音を鳴らして、オムニボアが近づく。
切腹丸が押さえつけられた線路の上に降り立って、オムニボアは転がっているナイフを拾った。

「頭を砕かれるまで動き続ける、不死の美少女軍隊……権力者が好みそうな設定だ」
「……てめぇ……!」

拘束された切腹丸の胸に、オムニボアはナイフを突き立てる。

「がっ……!?」
「バトラコトキシン。神経毒。致死量は0.002mgから0.007mg。古来から矢毒などにも使われていた毒で、傷口から皮膚下に入ると血流に乗って肉体の神経伝達を阻害し死に至る」

オムニボアは倒れた切腹丸に背中を向け、歩き出す。

「猛毒は先に脳を殺すのか。それとも肉体を殺すのか。……君は、どっちだと思う?」


- - - - キリトリ - - - -


――同時刻。池袋駅構内地下、いけふくろう像前。
二人の戦いから遠く離れたその場所に、一人の美少女がいた。
彼女の前にあるいけふくろうは、今は何人もの通行人の死体を積み重ねられて冒涜的な装飾が施されている。
そしてそれを前にした血まみれの少女は、狂気に満ちた笑い声をあげた。

「はは――ハハハ! これで救われる! おお、神の化身オム=ニボア様! 私に祝福を! 安らぎを! 導きを! 未来(みらい)永劫(えいごう)安寧(あんねい)を与え(たま)え!」

正気を焼かれて異星からの(エイリアン・)侵略者(パラサイト)を信望する狂信者となり下がった美少女――有栖(ありす)英二(えいじ)の姿がそこにはあった。



4.誰が天使を殺したか?


三度(みたび)
ソーマの幻灯が(とも)る。
切腹丸とオムニボアが並んで座り、スクリーンに映った物語を観ていた。
三度目ともなれば慣れたもので、二人ともそのまま鑑賞を続けた。

「何度見ても、いい物語だね」
「キルキルキル! それに異論はねーが、さすがにこうも短期間で連続で見せられると飽きて来たな。早送りはねーのか? あといいシーンは何度か見返してぇし、巻き戻しも欲しいんだが?」

切腹丸はおどけるように大げさにリモコンを使う動作をしてみせた。
彼の言動にオムニボアも思わず笑ってしまう。
こうして何度も人生を共に経験して、そしてその間の物語を楽しく共有できる相手は彼にとっても初めてだった。

「これは……君にとっては迷惑かもしれないけれど、おそらく……たぶん。僕の見てきた物語の登場人物の言葉からして……そう、もしかして、なのだけど」
「なんだよもったいぶって。歯切れが悪ぃーな。もっとスパッとハッキリ言えや」
「観客と当事者というのは、やっぱり違うものなんだよ。どんなに多くの物語を見たところで、上手い俳優になれるわけじゃない。観客にできることは、登場人物の気持ちを想像することぐらいだ」

オムニボアは、切腹丸に目を向ける。

「僕は……おそらく君に好意を抱いているのだろう。ああもちろん、恋愛とかそういうのではないよ。ハロー効果というのは知っているかな。人は顔を合わせるだけでも親しみを覚える。もう三度も人生を共にした君には……初めてだから確信はないのだけど……『家族のような親しみ』、というやつを感じているのかもしれない」
「……ハッ! えらく遠回りしたな! たった一言、『俺達友達だろ?』って言う為だけにそんなクドクド回り道しなきゃいけねーのか?」
「たった一言の『好き』も言えない君に言われたくはないけどね」
「ぶっ殺すぞ。俺がそんな感情を抱いた相手なんて生涯いねーよ」
「強情だね」
「てめーの目が腐ってるだけだ。そんなサングラスしてっからだぞ。視力と一緒に人を見る目も落ちてやがる」

思春期の少年同士のような会話を交わしつつ、二人はイスへと身を投げ出す。
スクリーンには池袋の戦いの一日目の映像が流れ出す。
フィルムの残り時間はあとわずか。

「君と語り合うのもこれで最後かと思うと、少し名残(なごり)()しいな」

何度も見た切腹丸の物語。
良い物語が終わるのは……とても寂しい。
それはオムニボアの心からの本心だった。
切腹丸は笑う。

「キールキルキル! まだ終わりなんて決まってねーぜ?」
「……今度ばかりはそうはいかないよ」

オムニボアは悲しげに目を細めた。

「君の肉体は毒に侵された。君の記憶を覗き見た中では、解毒剤の準備もしていなければ、駆けつけてくれるような戦闘力を持った仲間もいない」

オムニボアは自身の左手に目を向ける。
精神体であるオムニボアの左腕は、今は義手ではなく生身の腕がついていた。

「戦いとは大抵の場合、始まる前に終わっているものなんだ」

オムニボアの言葉に間違いはない。
すでに切腹丸が事前に準備した手札は使い尽くしていた。

――しかし。
切腹丸は、不敵に笑う。

「けどよ……だからって諦めたらそこで試合終了だろ」

切腹丸は少し前に読んだ漫画の言葉を引用しつつ、立ち上がる。
そして、懐に手を入れた。

「俺はバカだから諦めが悪ぃんだけどよぉ」

そしてイメージの中で使い慣れた、旧式のビームセイバーを取り出す。
光の刃が彼の手の中に現れた。

「未来ってのは……自分の力で()り開くもんなんじゃねーかぁ~~!?」

オムニボアは立たない。
立つ必要がなかった。
ここはオムニボアの能力の作る精神世界。
現実と切り離された異空間。
たとえこの世界のオムニボアが切り裂かれようと、本体へ感覚がフィードバックすることすらない。
だがそれでも――切腹丸は、諦めない。

ガシャコンガシャコンと、ビームセイバーから蒸気の煙が溢れ出る。

「ヤギュウスタイル、()の型――!」

そして振り下ろす。
対象は……目の前のスクリーン。

「――蒸気機関(スチームパンク)粒子斬(ブラスター)!」

光の刃が、スクリーンを切り落とす。
それは何も起こらない、起こり得ないはずの一撃。

――なのに。

「……これは」

予想外の事象に、オムニボアは(かわ)いた声を漏らす。
劇場の中、カンカンカンカンと……踏切の音が聞こえてきた。
そのシーンは池袋の殺人鬼が争いあった一日目。
廃工場の一幕。

『――4番線。電車が参ります』

遠くから少女の声がした。
切り裂かれたスクリーンの奥は……闇。

「来るぜ」

そして現れる。
そこからやってきたのは『地獄行き』と書かれた環状線の電車。
それは幻で幻覚で錯覚で――そして、電車忍者・鮪雲(まぐろぐも)鉄輪(かなわ)の思い描いた幻想(・・)
全てを呑み込んで地獄へと送り出す、葬送列車がソーマの幻灯の映し出す劇場へとなだれ込み――。

――そして、それは二人を()き殺した。


- - - - キリトリ - - - -


「5番線、電車が参ります――」

オムニボアはその駅内のアナウンスに意識を取り戻す。
動揺。
心臓の鼓動が速まる。
自身の胸を押さえる。
――落ち着け。
息を()し、気配を()し、感情を()して。
数瞬の劇場を通して自分の置かれた状況を分析する。

ソーマの幻灯の能力は、発動の前後でオムニボアの意識が途切れることがない能力である。
それは劇場の中でオムニボアが殺されたとしても変わらない。
これまで一度も、一瞬でも前後の意識にタイムラグが生じたことはなかった。

――にも関わらず、今一時的に意識を失っていたのはなぜか。

夢の中のあの電車は、彼の記憶が正しければ電車忍者の魔人能力『電車忍法』によるもののはず。
スクリーンを越えて劇場に現れることなど、ありえない――。
――どうして。

いくつかのオムニボアの疑問をよそに、その声が聞こえた。

「……キルキルキルキル。カハハハハ……!」

男の声。
オムニボアは振り返る。

「お前の能力を途中で打ち()った。つまり、強制終了だ。今一瞬……能力がバグったな?」

そこにいたのは背の高い大男。
怪人・キリキリ切腹丸。
彼の周りには、元の体格に戻って切り刻まれた軍人たちの死体があった。

「美少女化が解除されている……? いったい何が……」
「さあな。俺も知らねぇ。……けどよ」

切腹丸は光の剣を構えた。

「きっと……仲間がやってくれたんだろうさ」



- - - - キリトリ - - - -



「ふんぐるい、むぐるうなふ! いあ、いあ!」

自身を神に認められし天の使いと信じる信望者の後ろに、近づく影がいた。
パチン、パチンと指を鳴らす音が辺りに響く。
しかし儀式に集中している有栖英二の耳に、それは届かない。

影は駆ける。
そうして手にしたサーモバリック怨霊刀の刃を、有栖英二の後頭部へと叩きつけた。

「――嘘八百の虚無爆弾(パンク・ランチャー)

生贄とされた怨霊たちを爆発力に変換して、怨霊刀は有栖英二の脳髄を爆散させる。

「ガヘッ……」

上顎より上の頭部がすべて消失し、有栖英二は今や肉体の中で一番背の高い部分となった舌をブラブラと揺らしつつ、その場に倒れる。
赤いスカーフを腕に巻いた少女は、血に着飾ったいけふくろうの像の前に倒れたその死体を見下ろした。

「……私に武器はなかった。そして『スポンサー』からささやかなそれを与えられた今でも……私では、まだあなたに届かない。――だけど」

パチン、と指を鳴らす。

「あなたの信望者ごときなら……私でも相手にできる」

九十九(つくも)まみ。
かつて八百万虚無(パンク・キャノン)の信望者だった復讐者。

彼女のその物語は――再びオムニボア(カシオサルマ)と交錯した。



- - - - キリトリ - - - -



突然変異(ミュータント)人造人間(ホムンクルス)の俺に、毒は効かねぇ」

駅のホームで、元の肉体を取り戻した切腹丸はそう言って笑った。
その説明は、三日目の戦いの前に羅刹女(ラークシャシー)がストロベリージャンボパフェを食べながら言っていた、人造人間(ホムンクルス)の特性。
今まで美少女になっていた切腹丸には関係なかった、戦いのために作られた肉体ゆえの特殊体質。
――完全毒耐性。
その肉体が戻った今であれば、刃に塗られた致死性の猛毒であろうと無効化できる。

再び一人になったオムニボアは、銃を構えた。

「仲間……か」

幼い頃から殺人鬼となるよう育てられ、そしてそれを受け入れた男。オムニボア。
彼にとって周りのすべては殺して物語を観る為に存在する者であり、そしてその為に利用するものであった。
そんな彼が、今現在唯一気を許せる相手。
立場は違えど、仲間と言っても良い相手がいるとしたら、それは……。

「君とは、別の形で出会いたかった」
「そうか? 俺は今の形で満足だぜ」

殺人鬼同士が見つめ合う。
二人の間に、一言で言い表すことのできない感情が()()った。

池袋駅5番線ホーム、山手線内回りが走る線路上。
そこに電車が近づいてくると同時に、二人の殺人鬼は地を蹴り宙に跳んだ。



5.Farewell for □□□


「カルガネ!」

オムニボアの左腕に取り付いたカルガネは、その形状を変化させて彼の全身を包み込む。
いつかDr.Carnage(ドクター・カーネイジ)が見せたカルガネの変化形態。
全身鎧となったカルガネはオムニボアを包み込み、そしてさらにその質量を膨張させた。

人よりも大きなその形状は、これまでに数多(あまた)の人生を食らってきた効率的に生命(いのち)を刈り取る呪われし形へと変化する!

「――異世界案内人(シロガネ・トリック)!」

暴走トラックの形状を復元したカルガネが、オムニボアを乗せて駅のホームの空中を駆け抜けた。
大質量を持った突進が切腹丸へと襲いかかり、その肉体を引きずりながら駅のホームドアを突き破りホームの中を暴走する!
そのまま駅のコンビニ(KIOSK)へと突っ込んで停車。
しかし、それでも劇場は展開されない。

――まだ死んでない!

オムニボアは(シロ)ガネ形態を解除しつつ、その場から後ろに跳んだ。

「キールキルキル!」

頭上から現れた切腹丸がビームセイバーを振り下ろす。
オムニボアは思わず漏れそうになる声を押し()して、その一撃をすんでのところで()ける。
そして追撃で繰り出された鎌の二撃目を、『プレイヤー』が持っていた銅の剣の形に変形させたカルガネで受け止めた。

――重い!

劇場で観るのと実際に受けるのではやはり違う。
怪人としての力を取り戻した切腹丸の一撃は、その衝撃を殺しきれなかったオムニボアをやすやすとのけぞらせた。
それでもオムニボアは後ろ足を踏みしめて少しでもその勢いを()しつつ、右手に握った拳銃の銃口を切腹丸に向ける。
不死だった美少女のときとは違い、元の体に戻った今ならどこに当てても致命傷――!

「――キル!」

撃鉄(げきてつ)が降りきる前に、(うごめ)くワイヤーがオムニボアの握るマグナム銃をバラバラに引き裂く。
続けて左手の鎌でオムニボアの首を狙った(よこ)()ぎの一撃。
対してオムニボアは左手の義手に一体化させていたカルガネの変化を解き、その奥から仕込み銃を露出させた。

銃口が切腹丸の鎌を撃ち抜いて、弾き飛ばす。
続けて二発目を撃とうと銃口を切腹丸の胸元へ向けて――

「――オラァッ!」

同時に、切腹丸の膝蹴りがオムニボアの義手の左腕を蹴り上げる。
その一撃で仕込み銃の銃身が曲がり、使い物にならなくなる。
そして切腹丸が距離を詰め、二人はお互いに攻撃できないほどに密着した。
思わずオムニボアは後ろに下がろうと足を引いて。

「――キィール!」

さらに距離を詰めた切腹丸の頭突きを受けた。

「くっ……!」

頭がぶつかって、両者額から血を流す。
切腹丸のビームセイバーを握る右手に力が入る。

「……カルガネ!」

オムニボアの左腕に巻き付いたカルガネが、鞭のようにしなって切腹丸の腕に絡みついた。
ビームセイバーを握る手を押さえつける。

「オラァ!」

切腹丸は鎌を弾き飛ばされた左腕の拳を振り抜いて、オムニボアの頬を殴った。
衝撃がオムニボアを襲うが、彼は受けたその勢いを殺さずに姿勢を低くする。
そして、代わりに右拳を突き上げた。
そのアッパーが切腹丸の顎を打ち抜き、脳を揺らす。

「……へへ」

切腹丸は笑いつつ、左腕からのボディーブローで反撃。
オムニボアは腹にまともにそれを受けつつも、同じく右腕のフックで相手のこめかみを打つ。

オムニボアの左腕から伸びたカルガネが、切腹丸の右腕をガッチリと拘束していた。
負けじと切腹丸の右腕から伸びた自動ワイヤーも、カルガネの上からぐるぐると巻き付き二重に拘束する。
両者の片腕が繋がれ、もう一方の手は徒手空拳(としゅくうけん)
それはまるで、鎖に繋がれ離れられないチェーンデスマッチ。

「キールキルキルキィール!」
「ぐ……このぉっ!」

交互の拳が相手を打つ。
逃げ場を失い、互いに策も武器も出し尽くし。
残るは(おの)が肉体のみ。
そこにはテクノロジーも魔人能力もない、原始的な戦いがあった。

――しかし。
その差は次第に開いていく。
切腹丸の怪人の力は、スピードもパワーもオムニボアを上回る。
どこにでもいる殺人鬼、オムニボア。
それは決して、真正面からの殴り合いに適しているということではない。

ホームで殴り合う二人の横で、5番線に列車が到着する。
ほとんど誰も乗っていない電車の扉が開いた。
それを合図にするかのように、オムニボアは左腕に力を込めた。

「カルガネ!」

その左腕に纏っていたカルガネが乱雑に(うごめ)き出す。
まるでそれは暴れ出した何匹もの蛇の塊のように。
あるいは、未知の内臓を(かたど)った模型かのように。

「――凶行裁血(トリアージ・ブラッド)!」

それはDr.Carnage(ドクター・カーネイジ)が最期の時に見せた能力の暴走によく似た姿だった。
カルガネが無秩序に暴走し、ワイヤーを引きちぎって無尽蔵に膨れ上がる。
切腹丸とオムニボアは同時に弾き飛ばされ、ホームの床に叩きつけられる。
同時にカルガネが取り込んでいたもう一つの異物が吐き出された。

――ビームセイバー。

二人は瞬時に起き上がり、宙に放り出されたそれを目掛けて走り出す。
今は光を失っているその武器に、二人同時に手を伸ばした。

――一瞬。
切腹丸の方が早い。
その指がサムライセイバーの象徴たる武器を掴もうとする。

しかし、次の瞬間その柄には紫の触手が巻き付いていた。

「……!」

――エイリアン・パラサイト。

宿主であるオムニボアの求めに応じ、その細胞は彼の手のひらを突き破って武器を手にしていた。

「ヤギュウスタイル――」

触手が引き寄せた装置のスイッチを押すと、その柄から光の刃が生えた。

「――スチームエクスプロージョン……スラーッシュ!!」

劇場で何度も見た、蒸気の力で加速する光の刃の一撃。
オムニボアはサムライセイバーの技を完璧にトレースして、切腹丸を切り裂いた。



6.やすらひたまへ、と汝は言いけり


切腹丸は倒れる。
その肩から脇腹にかけて、袈裟(けさ)()りの一撃が完璧に入っていた。
右腕は完全に肉体から離れており、出血も酷い。

遺言を聞く必要はない。
――なぜならオムニボアの能力なら、たっぷりと聞く時間はあるのだから。

電車のドアが閉まることを知らせる音が辺りに響く。
オムニボアはその音を聞きながら、安堵のため息をついた。

そして、目の前に劇場が現れた。
これまでに何度も見た光景。

物語が始まった。
映写機が動き出し、カラカラカラカラと音が鳴る。

そして映し出される、男の半生。

彼は愛されて生まれた。
両親から愛情を注がれて育ち。
そして悲劇が襲う。
逆恨みした犯罪者たちに襲われ、さらわれ、改造手術を受け――。

オムニボアは、まっすぐにスクリーンを見つめていた。
そしてあらためて、理解する。

そこに映っているのは、自分の人生であると。


- - - - キリトリ - - - -


ボゥ、と。
ビームセイバーを握ったオムニボアの拳から、炎が生まれた。
それが何かを確認する前に、その炎は一瞬で血管を伝って全身に燃え広がる。
――熱い。
体のあちこちが燃えているなどという生易しいものではない。
全身の細胞が、一つ残さずくまなく燃え上がっている――!

「……キル……キル……キルキル……!」

切腹丸が立ち上がる。
半死半生のまま、自身の多量の出血に目もくれず、ただ目の前の男を倒す為だけに動き出す。
残っていた左腕の自動ワイヤーを巻き取って、鎌を手元に引き寄せた。
そしてただがむしゃらに……まっすぐオムニボアに向かって振り下ろす。

「キィーーール!!」

防刃スーツはすでに炎によって焼け落ちており、その素肌を切腹丸の鎌が切断する。
五臓六腑を切断し、四肢を切り裂き、その首を切り落とす。

切られた首は斬撃の勢いで目の前に停車していた電車へと乗車して――そして扉が閉まった。
オムニボアの首を乗せ、電車は進み出す。
その首はそのまま車内で燃え上がり……脳に埋め込まれていたエイリアンの細胞(コア)は、燃え尽きた。

「キ……ル……」

切腹丸は多量の出血に体をふらつかせ、その場に倒れる。
苦しげに(うめ)きながら、塩の塊となったオムニボアの肉片だったものをしばらく見つめていた。


- - - - キリトリ - - - -


「僕は、死んだのか……。でも、どうして?」

オムニボアが疑問を口にする。
ポリッと、ポップコーンを食べる音が隣から聞こえた。
彼は目を向ける。
するとそこには、金髪碧眼の少女が座っていた。

「君は」
「うむ。初めまして……と言っても、お互いにヤツを通して知ってはいるのだが」
「……そういうことか」

オムニボアは、劇場のイスへと座る。
そしてしばらく、彼女の横顔を見つめていた。
ため息をついた後、前を向いて座り直す。

「……サムライセイバー。君はいつここへ?」
「さっきだ」

少女はポップコーンを食べる。

「私の能力は邪悪絶対殺すマン(サムライセイバー)。邪悪を焼き尽くすエネルギーを生成する能力だ。だがこの能力自体は、元の能力者である有栖(ありす)愛九愛(あくあ)とは独立したものでな。本体の死の間際、私は認識したのだ。『正義とは、誰かが引き継げるものである』と」

オムニボアは、切腹丸の劇場で見たとあるシーンを思い出す。
彼が池袋の戦いに巻き込まれる前、サムライセイバーと最後に会ったときのことだ。
あのときサムライセイバーは……切腹丸の腕を掴み、その能力を譲渡していた。
身体接触による、力の転移。

少女は言葉を続ける。

「まあ、ヤツ自体が何かしたわけじゃあない。殴り合いの最中に、私が勝手に宿主を変えて、お前に乗り移っただけだ」
「……そうか。彼が意識していない事であれば……ソーマの幻灯で見た物語にも、伏線が映り込んでいるわけがない……」
「そういうことだ。……そうして高火力に改造されたビームセイバーを暴走させ、お前を体内から焼き尽くしたのだ。全身がエイリアン・パラサイトと完全に融合してしまっていた、お前を」
「ある意味、僕は君の力を発動したことで自害したってことか。……はは、まさか僕の方が切腹するなんて。君はまるで、パラサイトだな」

オムニボアの言い草に、サムライセイバーは笑った。

「たしかに、言いえて妙だ。……だがだからこそ、これで良かったのかもしれないな。いつまでもこんな厄介な女に寄生されていては、ヤツも可哀想だろう」

その顔には、どこか慈愛を感じる笑みが浮かんでいた。
まるで目の前のスクリーンにさきほどまで映っていた、暖かな母親のような笑み。

「……きっと彼は寂しがるよ」
「まさか。清々するに決まっている」
「君たちは二人揃って強情だな」
「……まあ少しでも記憶に残って苦しめられるなら、それはそれで小気味良(こきみよ)い」
「……それに、きっと似た者同士でもあるんだろうね」

オムニボアは肩をすくめ、スクリーンを見上げた。

「さて、もう少し上映時間は続く。……良ければそれまで、付き合ってくれるかい?」
「ああ、もちろんだ」

二人は並んでスクリーンに映る映像を鑑賞する。
それは不幸な少年が、最後まで自分の為に戦い抜いた物語。
少女は笑う。

「……なんだ。素敵なお話じゃないか」
「――うん、いい物語だった」



- - - - キリトリ - - - -


5番線から電車が過ぎ去って、一人切腹丸はホームに取り残される。
手足を投げ出し寝転がりながら、屋根の横から見える空を見上げた。
空には今も雨雲が立ち込めており、しとしととまばらに雨が降り続いている。

「……まーた生き残っちまったなぁ……」

出血は溢れ右腕も千切れたが、それでも死にはしないだろう。
彼はその体の内側から、正義のヒーローパワーが抜け落ちていることを感じた。
邪悪な悪の怪人として生み出された彼にとっては、反発する厄介な力。
だが久々にそれがなくなってみると――どうしようもない喪失感を覚える。

左手をあげて、何もない空を掴む。

「俺は……これからも負けねぇ……絶対に……」

それが星となった、サムライセイバーへの弔いと誓い。
自身が孤高な最強の存在となる事で、相対的に一度も勝てなかった彼女を最強と押し上げるというただの自己満足。

「……ああ、本当にムカつくぜ」

彼が目指すのは絶対に届かない、夜空の星。

――だからこそ星は美しい。

彼は自分に言い聞かせるようにそう思って、心の中に言葉を仕舞った。





勝者:キリキリ切腹丸















  - - - - キリトリ - - - -



+ - - - オマケ フクロトジ- - - 

「この物語……君はどう思いますか?」
「は……どう、と申しますと……」
「率直な意見を聞きたいんです。何も私に遠慮する必要などありません」
「ええと……そうですね……美しいと思います。ですが……」
「ですが?」
「私は、好きではないです」
「……へえ。それはどうしてですか?」
「だって……可哀想、じゃないですか……」
「可哀想? 相手は殺人鬼ですよ? この戦いに参加した者たちは、大なり小なり人を殺してきた者たちです。それでもあなたは『可哀想』と言うんですか?」
「も、もちろんそれは……救いようもない人たちもいると思います。……けれど、全員が全員、そうではないとも思います。中には少しボタンを掛け間違っただけっていうか……そういう人も、いると思うんです」
「なるほど。……やはりこの世界のあなたは特別ですね」
「は、はい……?」
「いえいえ、こっちの話です。……さて、そうなるとどうしたものかと思いましてね」
「何が……でしょうか……?」
「優勝商品ですよ。私の所感ですが……あの優勝者、大金や転校生になる権利を喜ぶと思いますか?」
「ええっと……私の印象では、あまり……」
「うん、私たちはやはり気が合うようですね。しかしそうなると……彼は何も得ていない」
「はあ……。でも称号で満足しているようですし、今回は商品なし……ということでいいのではないでしょうか。運営としては調整者まで作って渡さないようにしていたみたいですし、その方が都合が良いのでは……」
「いえいえいえ、それは『NOVA運営』としての意思です。彼らにしてみれば、転校生となった殺人鬼に暴れられても困りますからね。しかし私というこの戦いのスポンサーとしては……できれば優勝者には完璧に満足していただきたいのです。『優勝しても大していいことがない』と評判が下がってしまっては、これから先の運営にも差し支えますからね」
「はぁ……。では無理矢理にでも受け取ってもらいます?」
「そこで話は最初に戻るんですよ。あの優勝者、転校生にされて喜びますかね?」
「……たしかに、喜ばないとは思います」
「ですよねぇ。とはいえ、他に商品を与えるべき相手もいないんですけどね。敗者に渡しては示しがつきませんし――」
「――あ。でしたら……」
「ん?」
「私、お友達がいたんです」

VIPルームの一室にて。
転校生・鏡助に対して、給仕姿の女は自身の身の上を話す。

「去年まで私は(みなごろし)高校の生徒だったんですけど……そのとき私のこと、守ってくれた人がいて」

少女はスマホを取り出して、彼にその相手とツーショットで撮った写真を見せた。

「ほう……それはそれは。奇縁、というやつですね。いやいやそれは……ちょうどいい」

鏡助は笑う。
そしてその目を細め、画面に映し出されたその無愛想で整った顔立ちをじっくりと見つめた。



7.死生の境に手向けの花を


カラカラカラカラと。
劇場で映写機が回る。
オムニボアの物語は佳境に向かう。

八百万虚無(パンク・キャノン)を殺し、Dr.Carnage(ドクター・カーネイジ)を殺し、柘榴女を殺し。
最後にキリキリ切腹丸と戦う。

そして……閉幕。
スタッフロールが流れて、終わりが近づく。

途端、劇場の全ての照明が消えた。
スクリーンにピシリとヒビが入る。
そして、壁が徐々に左右へ割れていく。
そこからこの世のものとは思えない、音とも声とも判別できない恐ろしい轟音が辺りに響いた。

オムニボアは動じない。
イスに座ったまま、終わりを待つ。
それがエイリアン・パラサイトという冒涜的な存在を受け入れた自身の物語にふさわしい結末なのだから。

スクリーンの亀裂から輝く球体が姿を表す。
それはいくつもの球が連なり、色とりどりの極彩色(ごくさいしき)に輝いていた。
それぞれの色が混じり合い融合しあい、まるで視覚を通して見る者の脳を融解させるかのような虹色の狂気を振りまく。
それらがオムニボアの視界いっぱいに広がり――。

――そして、真っ二つに切り裂かれた。

「ふむ……一にして全なる者(ヨグ=ソトース)の分体か。なかなかの大物を埋め込まれていたな」

そこには金色(こんじき)の髪を輝かせ、その手から光の刃を生やした少女が一人。

有栖(ありす)愛九愛(あくあ)
――またの名を、正義のヒーロー・サムライセイバー。

「オムニボア、さあ立ち上がれ」

彼の腕を引き、自身の手を握らせた。

「……何を」

ここは彼の精神世界。
たとえエイリアン・パラサイトを倒したところで、彼の死が覆るわけではない。
そして目の前に現れた神話上の生物は、神と呼ばれ信仰すらされるほどに強大な存在だ。
彼ら二人だけで対処できるようなものではない。
その魂は死と共にその存在に食われ、そして残された肉体は塩の柱となる運命。
今も目の前では、その極彩色の化け物が何事もなかったかのように再生を始めている。

しかしオムニボアの言葉に、彼女は笑った。

「いいから……私を殺すのだ」

突然の少女の言葉に、オムニボアは虚をつかれる。

「……どういうことだ?」
「もう時間がない。お前の魂の消滅は目前だが……私を信じろ。今の私なら、なんだってできる。なぜかはわからないが――そう確信しているんだ!」

サムライセイバーは自信に満ち溢れた目をオムニボアに向けた。
オムニボアは彼女が何を言ってるのかわからない。
だが――あるいは、正義のヒーローの彼女ならば。

極彩色の混沌は切られた合間を縫うようにして、今にもその触手を二人に伸ばそうとしている。
オムニボアは頷く。
そして彼女の光の刃を握って――その首を切り落とした。


――暗転。


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カラカラカラカラ。
映写機が回る。
そこは劇場。
いつも通りのソーマの幻灯。
そこに立つのはオムニボア。
そしてもう一人はサムライセイバー。

サムライセイバーの生涯がスクリーンに映し出される。
星を守る一族、有栖家に生まれた人生。
子供の頃からヒーローとしての訓練を受けたり、アイドル事務所で働かされていたりした事。
鏖高校にてイジメにあって殺されそうになっていた同級生の魔人、成歩堂(なるほどう)切那(せつな)を助けてあげたこと。
そして――ヒーローとして切腹丸と戦ったこと。

「本来であれば、ここまでが私の物語だ。私は彼との戦いの最中、エイリアン・パラサイトに不意を突かれて命を落とした。そこで私の物語は終わった」
「うん、そうだね」
「だが……お前の能力、ソーマの幻灯は『生命の残滓』すらも取り込んでみせる。……ヤツの体に移った、『能力の残滓』である私ですらも。そうだろう、雑食家(オムニボア)
「ああそうだ。――君の物語は、まだ続く」

カラカラカラカラ。
切腹丸に宿った後、彼の中から外を覗いてた時間がスクリーンに映される。

「――ここだ」

一日目。
廃工場にて電車忍者と戦っている最中の映像。

「……本来ならばこんな事はありえないのだろう。けれど……どうしてか今の私にはできる確信がある。この世の(ことわり)すら書き換えて、わずかな奇跡を繋げて全てを自分の望む世界へと導ける『全能感』。今この瞬間、私は――神に愛されている(・・・・・・・・)

オムニボアは口を挟まない。
どうしてか彼女の言葉は……オムニボアにもまた真実だと思えた。

「『現実から離れた精神世界を作るソーマの幻灯』・『過去と未来をつなぐ廃工場の時間軸』・『時間を司る神話生物(エイリアン)、ヨグ=ソトース』・そして今、現実のオムニボアの首が燃え尽きる寸前に……『山手線に乗ってたどり着く場所』! 我々が向かう、その目的地は――」

サムライセイバーは光の刃を振り上げる。

――切れるものなら、なんでも切ってみせる。

サムライセイバーは彼の中で、それが自身の力だと『認識』した。
一度『切れる』と認識した以上――その認識は覆らない!

「『スーパー……(Die)(Set)(Done)』!!」

サムライセイバーはその場で跳ね上がり、くるりと回る。
その刃が、二人の後ろから映像を流し続けていた映写機のフィルムを切断した。
そしてその奥に、暗闇が広がった。

「……これは」
「――私の物語を()った」
「……バカな。そんなことをしたら、どうなるか……!」

サムライセイバーは切腹丸の中で一度、オムニボアの精神世界を切り裂いた。
――ならば。

「この手が世界すら切れるならば……次元も空間も、時間さえも切り裂いてみせる! 行くぞ!」

サムライセイバーは切断したフィルムを小型の映写機ごと抱えて、そこに開いた闇へと飛び込む。

「ま、待て……!」

オムニボアは困惑しつつも、それに続いた。


そうして二人は、全身の裏表が真逆になるような奇妙な感覚を通過したのちに、夜の草むらへと落下した。

「――いてっ」

映写機を抱えたサムライセイバーが尻もちをつく横で、オムニボアは綺麗に着地する。

「ここは……」

その夜の景色に、二人は見覚えがあった。
そこはいつか、NOVAに配信された映像で殺人鬼の情報を確認した時に見た風景。

池袋、すぐ横を山手線が通る霊園。
それはすなわち――『一日目・墓地』。

「なんだこいつら!?」

男の声がした。
サムライセイバーとオムニボアが声のした方を振り返ると、そこには三人の男がいた。
今声を上げたのは、カッターを持った軽薄そうな男。
もう一人は黒いベストにメスなどの医療器具を刺した、目にくっきりとクマがあるやつれた男。
最後の一人はペスト医師の仮面を被り、黒いコートを羽織った怪しい男。

サムライセイバーは、自身の記憶を思い出す。

「この時、たしか人医師が変装をしていたから――」

彼女は真ん中にいた痩せ型の不健康そうな男へ駆け寄って手を取った。

「――お前だ! 行くぞ、肉丘(ししおか)(つむぐ)! 力を貸せ! 報酬は……可苗衣(かなえ)ちゃんの命だ!」

呼ばれた男は面食らって閉口する。
見知らぬ少女からの、突然過ぎる言葉。
これが物語の始まりであるならば、きっとそれは悪魔の囁きか何かだったのだろう。

しかし不思議とその少女の言葉は嘘をついているように見えず。
彼女の瞳には、自身の可能性を信じる不思議な魅力が宿っていた。

切り取りシャルルは彼女の目にどこか娘の面影を感じ、気づけばゆっくりとその提案に頷いていた。



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――『ライフライブ・パッチワーク』。
切り取りシャルルの魔人能力。
その力は、切断。

そして――『接合』。


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8.侵蝕夢界都市 池袋



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サムライセイバーは切り取りシャルルにフィルムの接合をお願いする。
彼はそれを引き受けるが、自分でも何をやっているのかはわからない。
ただ目の前にある切断された映写機のフィルムを、能力でつなぎ合わせているだけだ。
隣に座ったオムニボアが、サムライセイバーへと尋ねる。

「僕たちは……死んだんだよね?」
「今の我々はおそらく精神体。幽霊のような存在だろう。このままでは世界の修正力が働き、じきに消えるに違いない。だが――諦めるのはまだ早い!」

自身の言説への確信・自信・盲信。
自分の言葉を信じてやまないサムライセイバーの目に、星の輝きが宿る。

それを見たオムニボアの中に、一つの言葉がよぎった。
――『転校生』。
この世の理すら書き換える、まさしく神に近しい存在。

――まさか、この死に際に覚醒した? そんな都合の良いことが? ……そんなご都合主義な物語、ありえるのか?

オムニボアが考えている間に、切り取りシャルルはサムライセイバーの言葉のままにフィルムを接合し終わった。

「これでいいのか……?」
「……うむ。物は試しだ。見てみよう」

サムライセイバーはフィルムを映写機の上に垂らす。
するとまるで巻き尺を戻す時のように、フィルムは勝手に映写機へと吸い込まれていった。
カラカラと鳴りつつ、サムライセイバーたちの前に映像が流れ出す――。


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つまづいた。よろけて前に2歩、3歩。黄色い線は過ぎてしまった。まだバランスは崩れてて、ボクの体はホームからはみ出して
「カナちゃん危ない!!」
お母さんの手が、ぐいとボクをつかんで引き戻す。反対に、お母さんがバランスを崩して
||||ツギハギ||||
脚をすくませることなく、身を丸くして回転し、衝撃に備えた。
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「……ええっと?」

オムニボアは眉をひそめる。
ごくごく短い物語のワンシーン。
駅のホームから飛び出しそうだった子供を、その母親が引き止める。
彼女はバランスを崩しかけて、そのまままるでアクション俳優のような華麗な身のこなしでホームに着地した。

数秒間の、謎の映像。
オムニボアと切り取りシャルルは意味がわからず首を傾げる。
しかしそんな彼らの横で、突然カラカラと映写機が回りだした。
見ればそこにあるフィルムの量が明らかに増量して長くなっている。
サムライセイバーはそれを見て喜びの声をあげた。

「これは……物語が変わった(・・・・)

サムライセイバーはフィルムを広げて見る。
サッと目を通した後、再び切断を始めた。

「これならもっといろいろできそうだ」

サムライセイバーはそう言うと、再度切り取りを始める。

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再び切り取りシャルルがフィルムを接合する。
まるで子どものするような工作。
自分が何をしているのか、それが娘を本当に救うことに繋がるのかはわからない。

だが……少女に感じる力は、自分たち殺人鬼に感じるものとは全く違うものだった。

またしても接合されたフィルムが映写機に吸い込まれ、次の物語が上映される。


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その瞬間身体が動いたのは、理屈なんかじゃなかった。
それは良いも悪いもなく、ただ落とし物に手を伸ばしてしまうような、脊髄反射だったのかもしれない。
でも目の前で死にそうな人が居て、自分が手を伸ばせば届く──助けるのに、それ以上の理由は必要ないと思ったのは確かだ。

とにかく、俺はトラックに轢かれそうな目の前の少女を突き飛ばし、代わりに暴走するトラックの餌食になった。
||||ツギハギ||||
激突は一瞬。
||||ツギハギ||||
耳、頬、太もも。三箇所に裂傷。
血が流れていた。

- - - - キリトリ - - - -


少女をかばってトラックに轢かれた男が、軽傷で済んだ映像が流れた。
テレビで流れるような奇跡体験の映像。
オムニボアはそれを見て、ピンと来る。

「僕の能力を使った物語の切り貼りって……それって、人生を――」

オムニボアの言葉の横で、映写機のフィルムがまた増えた。
いったい何時間分になるのかもわからない長編映画を、サムライセイバーはまたも切り分けていく。
そうして彼女は、切り取りシャルルに向かって言った。

「先に可苗衣ちゃんを助けておかなきゃな。ちょっと手こずったが……きっと、なんとかなるはずだ」
「……本当に、可苗衣が……?」

切り取りシャルルの瞳が揺れる中、映写機は接合されたフィルムを吸い込んだ。


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最愛の娘、肉丘 可苗衣(ししおか かなえ)は半年前、臓器移植後の拒絶反応によって命を落とした。
||||ツギハギ||||
はずだった。
||||ツギハギ||||
しかし、そうはならなかった。なぜか。
――Dr/Carnage
||||ツギハギ||||
それは殺人鬼たちが池袋に集結する、およそ一年前のこと。
||||ツギハギ||||
路地裏の『アペイロンクリニック』に、切り取りシャルルが通りがかったのは運命の巡り合わせだった。
||||ツギハギ||||
「私はドクター・アぺイロン!!!」
||||ツギハギ||||
決意と共に、人医師はその一言を告げた。
||||ツギハギ||||
「治さねばならぬ…今すぐに!早急に!」
||||ツギハギ||||
2023/08/08_10:57_都内某所
||||ツギハギ||||
手術室の『手術中』の文字が消灯され、中からストレッチャーが出てくる。
||||ツギハギ||||
「可苗衣」
||||ツギハギ||||
その胸には、生々しい手術痕があった―― あった、そう、過去形だ。
既に傷跡はふさがっている――!
||||ツギハギ||||
とても健康的だった。
||||ツギハギ||||
「……可苗衣。ああ、よかった。ああ、ああ、嘘じゃないんだよな、戻してあげられたんだよな、よかった」
「パ、パ……」
||||ツギハギ||||
強く、優しく、抱きしめた。
- - - - キリトリ - - - -


「おお……おおお……おおぉぉ……!! 可苗衣……!」

人医師によって娘の腫瘍が早期に発見され、切除が間に合った世界。
当然、移植をしていないのだから拒絶反応も起こることはない。
そんな映像を見て、切り取りシャルルは涙を流しながらその場に崩れ落ちた。

「こんな幸せな世界がどこかに存在してくれるなら……それだけでも、私は……!」

泣き崩れる切り取りシャルルを見ながら、オムニボアは眉間にシワを寄せた。

「こんなのは……物語への冒涜じゃないか。そこに紡がれる物語は、その時々を精一杯に生きた人達の人生のはずだ。一度()った物語を改変するなんて、そんなのは――」
「――()くない事かもしれないな」

サムライセイバーはぼんやりと空を見上げた。
しかし、すぐにその顔にまるで悪役のような笑みを浮かべる。

「……けれど、それが正義のヒーローだ。他人の人生に介入して、自身の独善を押し付ける。独りよがりで一方的な……そんな人様から見たら厄介で迷惑なただのおせっかい。それが私だ」

オムニボアは彼女の言葉にどこか既視感を覚える。
自分の好きなようにやる、露悪的て自虐的なその生き方は。

「彼の影響を受けすぎでは……?」

オムニボアの記憶の中にあるサムライセイバーは、もっとお堅く高潔なイメージだった。
しかし……今の彼女は、まるでまだ幼さの残るイタズラ好きな少女に見えた。

サムライセイバーはオムニボアの言葉に「ふふ」と嬉しそうに笑って、新たなフィルムを切り貼りする。

「――さあ、今度はお前の番だオムニボア。もう観客席の傍観者は気取らせないぞ」
「……!」

オムニボアが息を呑む。
そして、映像が始まった。


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そこは、小さな一軒家。
父親と、母親と、幼い子ども。
三人の穏やかな日常が続く、ささやかな幸せの庭。
||||ツギハギ||||
「――『マー君』」
||||ツギハギ||||
「おやすみ、ママ」
||||ツギハギ||||
父母は自分を愛していた。
||||ツギハギ||||
それは昔から、そして今も変わらない。
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ただただ幸せなだけの、平和なホームビデオ。
それを見て、オムニボアは拳を握りしめた。

「……こんな物語は、いい物語なんかじゃない。ご都合主義で、苦悩も困難も憤りもなく、意外性もなければカタルシスなんて欠片も存在しない……ぐちゃぐちゃで、ツギハギで、強引で……こんな物語は、美しくない」

オムニボアは、以前劇場でDr.Carnage(ドクター・カーネイジ)にかけられた呪いの言葉を思い出す。

――オムニボアという存在は、『物語』の美しさに殉じて、遠からず死ぬでしょう。

――そうだ。僕は死んだんだ。
間違いなく、ここで死んでいた方が美しい物語として終われる。
わざわざ蛇足で物語を汚す必要なんて全くない。

「……だけど」

彼はつぶやく。
静かに。
まるで自分の歩んできた人生を、自ら踏みにじるかのように。

「それでも僕は……この醜悪でつまらない、最悪にご都合主義でありきたりな物語に……」

彼の瞳から、涙がこぼれた。

「どうしようもなく、()かれるんだ……」

映写機は映す。
一家の幸せを。
普通の家族の団らんを。
サムライセイバーは、まっすぐにそれを見つめた。

「物語に、()い悪いなんて概念があってたまるか。どんな面白くない物語だって存在していい。どんな荒唐無稽な話だってあっていい。なぜならそれを、好きでいてくれる人がいるかもしれないからだ」
「……」
「私は好きだぞ。ありきたりで、捻りもない……どこにでもあるような物語が」
「…………っ!」

オムニボアは口に手を当て、声を()して泣く。
そこにいたのは、ただただ物語という存在に魅入られ憧れた、14歳の少年だった。

途端、周囲の視界がぐにゃりと歪む。

「これは……!」

切り取りシャルルが声をあげる。
サムライセイバーは周囲の景色を見回した。

「数年やそこらで収まらないぐらいには、この世界の物語を変えてしまったからな。バタフライエフェクト……今の世界線が負荷に耐えられなくなったんだろう。強い修正力が働くぞ」

オムニボアは涙を拭い、立ち上がる。

「……大丈夫、なんでしょうか。こんなことをしてしまって」
「さあ? でも、なんとかなるだろう」

サムライセイバーは肩をすくめる。
そんな様子を見て、オムニボアは笑った。

「やはり、過去のあなたからは大きく変わったようだ」
「むっ……。まあ、それは……仕方ないだろう」

サムライセイバーは少しばかり不服そうに頬を膨らませた。

「……ああして何度もアイツの人生を追体験させられたらな……お前の責任だぞ、オムニボア」
「……なるほど。そういうことですか。あなたにしては、周りへの影響も考えずなかなかの無茶をすると思ってたんです。そこまでするこの強引さの原因は……彼に再び会いたかったからなんですね」

オムニボアの言葉にサムライセイバーは一瞬面食らったあと、目を逸らしてポリポリと頬をかく。

「……長い時間を一緒に過ごせば、少しぐらい愛着ぐらいは湧く」
「ええ、何もおかしくないと思いますよ」

オムニボアは微笑んだ。
幾本もの物語を観たオムニボアには、理解はできても未だ共感できないもの。
それでも数多(あまた)の物語に頻出するそれは、きっととても素敵な感情なのだろう。

次第に世界の歪みが大きくなる。

「何人かの過去が変わり、そこから伸びる数々の運命のターニングポイントが切り替わった……その結果何が起こるのかは私にもわからない。さまざまなことが影響し、世界が滅んだり、全てがなかったことになるのかもしれない。……それでも」

サムライセイバーはまっすぐに前を見つめた。
その瞳に、希望という名の星を宿して。

「私は諦めない。ヤツにもう一度あって……そしてもう一度戦って。……いつも通り、吠え面かかせてやるまでは」

時間の概念が揺らいでいく中、オムニボアは笑顔でサムライセイバーに別れを告げた。

「――うん。お世辞にもいい物語とは言えないかもしれないけど……僕は好きだな、その物語」



9.故意に請いせよ行為する乙女


雨が降り続く池袋駅の5・6番線ホーム。
そこには手足を広げて倒れる血まみれの男がいた。
NOVAが手を回したせいか、周りに人は誰もいない。

そんな静かな駅のホームに、突然その現象は起こった。

ホームの天井の下、何もなかったはずの空間。
その景色がぐにゃりと歪む。
まるでそれは羅刹女(ラークシャシー)の魔人能力『冥河渡し』で生まれるあの世とこの世を繋ぐ川のように、ぼんやりと揺らいでいた。

呆然(ぼうぜん)と、倒れた男はそれを見つめる。

瞬間。

空中に、少女が現れた。
そして男の上に落ちてくる。

「――ギエェェェ!?」

降ってきた少女はそのまま血まみれの男の上に落下して、同時に男の絶叫が駅の中に響く。
右腕が千切れ、胸からは現在も血がドバドバ出ている真っ最中。
彼が怪人でなければ、今ので死んでいてもおかしくはないだろう。

「お……ご……ご……」

痛みに涙目になりつつ、男は現れた少女へと声をかける。

「な、なんだ……!? なんで……お前、が……!?」

彼に聞かれて、彼女はこれまでの出来事を思い出す。

「……聞いて驚け! オムニボアと一緒に、時空を切ってきたのだ! ついでに鉄輪(かなわ)たちの命も救ってきた。こう見えて、私も一応正義のヒーローだからな。手が届く範囲であれば、みなの幸せを願うのは当たり前のことだ。それでそれで――」
「――ああもう! いきなりなんなんだよ……! それに……なんだって? 聞いたことない名前だが、いったい誰のこと言ってんだ?」
「……ん?」

いぶかしげな顔をする彼の言葉に、少女は言葉が詰まる。
それは、当然――。

「……誰だろう?」
「……いや、俺に聞くなよ」

呆れる彼に、少女は首を傾げる。
自分がどうしてここにいるのか。
いったい何があったのか。
すっぽりと記憶が抜け落ちていた。
さきほどまでその体にあった全能感の余韻も、次第に消えていく。

少女は自身の手をまじまじと眺めた後、思考を切り替えて「ふ」と笑った。

「まあ、いい。とにかくだ」

そして少女は立ち上がる。
倒れたままの彼へと手を差し伸べた。

「……おつかれさまだ。ここまでよく頑張ったな」

男は一瞬目を丸くしたあと、その手を取って笑う。

「……へっ。……おうよ」

立ち上がろうとして、痛みに顔を歪めた。

「いでぇっ!」
「……派手にやったな。その腕、繋がるのか?」
「いででで……たぶん大丈夫だろ……。腕のいい医者を知ってる。切れた手足も綺麗に手術してくれるやつで……(いて)ぇっての! おい、もっと優しく支えろ……!」
「まったく、世話が焼けるヤツだな」
「うるせぇ……! 殺すぞ……! だいたいなんでお前がここにいんだよ……!」
「……ふむ。まずはそのイガグリゴウラに洗脳された物騒な考え方と口の悪さから矯正しないとな。やれやれ、先は長い……」
「ああん? どういう意味だこのクソチビガキ……って(いで)ででっ! あちょっ、ごめんなさいっ! 今だけはやめっ――!」


――どうやら彼の最強への道は、まだ少し遠そうだった。



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「……うん、無欲な優勝者へのサービスとしてはこれぐらいでちょうどよいでしょう」

VIPルームのモニタ電源を落とし、彼は席を立つ。
すると後ろに立つ給仕の少女の存在に気付いた。

「おや、まだいたんですか。もうあなたの仕事は終わりましたよ」
「ええ。でも、その……」

成歩堂(なるほどう)切那(せつな)は少しだけ言い淀みつつ、言葉を続ける。

「最後までお世話するように、と仰せつかっています」
「……ふむ」

彼は少し考える。
そして口を開いた。

「……もしもあなたがお嫌でなければ」

そして彼女の前にひざまずき、手を伸ばした。

「私と一緒に来ませんか。この世界のあなたをパーツだけで済ませるのは……もったいない」

少女はその言葉を正確には理解できない。
しかし、決して悪いことを言われているわけではないことはわかった。

「……はい、私でよければ」

そして池袋で起こった殺人鬼の宴は終わりを見せる。


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羅刹女(ラークシャシー) 三豆かろん

ドクター 山中伸彦

俳人575号 リチャード・ローマン

鬼子 曇華院麗華

鬼ころし 呑宮ホッピー

アンバード 新堂夢朗



ミッシングギガント 累絵空&有栖英二

童話幼鬼(オーレ・ルゲイエ)』 ヴィアナ・F・ビスマルク&ゲッツ・F・ベルリヒンゲン

プレイヤー 川神勇馬

八百万虚無(パンク・キャノン) (にのまえ)端数&母偶数&(^ε^)-☆Chu!!数&約数&数の子&……i



アンピュテート・マニア 白石喝人

雨隠れの人喰い鬼 吉祥十羅

スパイダーマン 振入尖々



【博しき狂愛】(ラディカル・キューピッド) 須藤久比人

異世界案内人 白

迦具夜の銀燭(プリンス・ファンタズマゴリア) 岳深家族計画

外宙躯助(エイリアンハンター) 雨中刃

人医師 ドクター・アペイロン

指名手配犯 間宮祥三

普見者(パノプテース) 百目鬼孔雀



普通の女子高生 人彩メル

Dr.Carnage(ドクター・カーネイジ) 水崎紅人



継接(つぎはぎ)だらけの人生を生きてきた、人の道を外れた殺人鬼(キラー)たち。
そんな彼らが一同に集まって戦った、多くの犠牲者を出したデスゲームは終わった。
そしてその頂点に立ったのは――

キラキラと輝く(ヒーロー)の光に心を焼かれた、一人の悪役怪人だった。





殺人鬼達の継接な物語(キラキラダンゲロス)






スタッフロールが終わり、映写機は止まる。

――これにて物語は、幕()れ。


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最終更新:2024年07月14日 22:50