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黒服が≪ユニコーン≫の契約者について思考を巡らせている間、Tさんも己の記憶を探っていた。検索要項はヘンリエッタという幼いゴスロリ服の少女だ。
この少女の声、確かにどこかで聞いた声なんだが……。
鮮明な記憶ではないのか、なかなか正体に思い至らない。
と、舞が、んー? と首を傾げながらヘンリエッタを見た。
「D№962?」
「どうしたのじゃ?」
舞の発言に同じように首を傾げるヘンリエッタ。疑問形で番号を言っただけでは意図が察せられないのだろう。
代わりにTさんが答えた。
「≪組織≫の黒服には≪組織≫から番号が振られるんだ」
舞が首を逆方向へと傾けた。
「なんだそりゃ?」
「≪組織≫は黒服を生み出せるからな。往々にしてそうして生みだされた黒服は無感情だが、――夢子ちゃんの所の黒服を思い出せばいい」
「ああ、あのどっか無感情っぽい感じの……」
得心した様子の舞、Tさんは続ける。
「黒服の管理の為の番号振り分けだな。≪組織≫の黒服には元人間の者も含まれるらしいが、彼らにも同じように番号が振られるんだろう」
「へー、なんか変な話だな」
「へんなの」
本人達の居る場でよくまあ、あけすけに言えるものだ。
そう思いながらTさんもまた頷く。
「まあな」
「む……そんなにも変なのかのう?」
ヘンリエッタはふむ、と頷いている。
「んー、黒服さんはどう呼ばれるのがいいんだ? Dさんとか?」
「でぃーちゃんは?」
「なんかポンキッキでいたな、そんなの」
舞がリカちゃんと共にいろいろ言い合っていると黒服が顔を上げた。眉をハの字にして小さく笑う。
「いえ、今まで通りで構いませんよ。Dさんと呼んでくださる方もいらっしゃいますし、一応戸籍上大門大樹という名前もありますし」
その言葉も勘案し、舞とリカちゃんは結論を出した。
「うーん……俺的には黒服さんっていうのが呼びやすいっちゃあ呼びやすいしなぁ……」
「くろふくのおじさんなの」
「慣れてしまったのだろうな」
無理に変える必要もないさ。とTさんが苦笑気味に言う。
呼び易いように呼んでください。と言って黒服は舞へと質問を投げかけた。
「ところで、≪ユニコーン≫の契約者の容姿について少し伺ってもよろしいですか?」
「おう、任せろ! なんたってついさっき見てきたばっかだからな」
そう勢い込んで言うと、舞は≪ユニコーン≫契約者の容姿を語り始めた。
「あの兄ちゃんは外人、アレだ。ヨーロッパ風な感じの外人。で、たぶんTさんと見た目は同じくらいの年、容姿は人形みたいに整ってんだけど――変態だ」
「変態……ですか?」
妙なタメを持って発された最後の一言を黒服が確認するように言う。
「ああ、≪ユニコーン≫の契約者だからか、乙女――処女の膝枕を求めるんだ」
「うむ、あの男、膝枕の為に土下座までしておったぞ」
Tさんとヘンリエッタが口々に舞が≪ユニコーン≫とその契約者を変態と断じた理由を挙げていった。
それらの言葉に大仰に頷いていた舞は、そういえば。と声を上げた。
「あの兄ちゃん、誠の兄ちゃんの時みたいにとり憑かれている事に自覚があまりないみたいだったぞ? ――いや、≪悪魔の囁き≫になんか反論してやがったから自覚はあったのかな?」
「どういうことだ?」
詳しく訊くTさんにリカちゃんが答える。
「あのお馬のお兄ちゃん、あくまのささやきのことをきいても『なんのことだ?』っていってたの」
「そのクセ≪悪魔の囁き≫の言葉には反論をしておったのう『乙女に乱暴を働く訳にはっ』やら『膝枕は同意の上で』やら」
ヘンリエッタの補足を受けて黒服がおそらく、と口を開いた。
「≪悪魔の囁き≫の特徴でしょう、自分の身の内からの声だろうと錯覚を起こしたりするのだと思います」
「だろうな」
黒服にTさんも頷く。おそらく誠の時も同じような感じだったのだろう。彼の契約している≪魔女の一撃≫は随分前から≪悪魔の囁き≫に気が付いているようだった。
と、そこまで言ってはたと気づいた。
≪魔女の一撃≫の契約者の青年。……そうだ、この声、≪マッドガッサー≫の時の――
顔をヘンリエッタへと向ける。ヘンリエッタはヌイグルミを抱えながら突然顔を向けたTさんに何事かと首を傾げている。
「ん? Tさん、どうしたんだ?」
「いや……」
答えながら記憶を探る。あの時髪が伸びる黒服が言っていたのはたしか――
「『アルチメータム』、『サーチ』、『オーガン』、『エイト』、『ゼロ』、『ゼロ』……だったか?」
「む?」
ヘンリエッタが顔を緊張に引き締めた。Tさんはそれを見て確信を持つ。
「そうか、やはりあの時の。――礼を言っておこうか、お嬢さん?」
「……どうしてお主がそのコードを?」
警戒したように身を引いたヘンリエッタにTさんはなんてことは無い、と手を振る。
「≪マッドガッサー≫の時、髪が伸びる黒服さんが言っていたのを聞いたんだ。それ以上は何も知らんさ。あの人はそんなに口が軽い人ではないだろう? ともかく、あの時は助かった」
そう答えながらやはりこの声、≪マッドガッサー≫の件の時、髪が伸びる黒服が銃弾の雨の中電話で会話していた者の声だったか。と思う。
髪の伸びる黒服さんにあのタイミングで連絡を取られていたということは、恐らくはHの番号を振られた者の関係者……ならば。
「ところで、≪コーク・ロア≫を振りまいているH№9、≪病は気から≫の契約者に心当たりは無いか?」
言外に「知っているのだろう?」と言っている口調で訊いた。
ヘンリエッタは一瞬警戒から来る渋りを覗かせたが、害意は無いと判断したのかゆるりと口を開いた。
「……妾の担当をしておる黒服が知っておったのう、妾も少し聞いた」
「差し支えなければ話してもらえないか?」
無言で頷いてヘンリエッタは言葉を紡ぐ。
「非人道的な実験を主に行っていた者じゃ、能力は自分を中心に半径5㎞以内の気分が弱っている人間を病気にさせる事が出来るというもの、病気の種類や強さはH№9が自由に選択できたようじゃな」
「ふむ……」
気分が弱っている人間……。
ちらりと舞を見る。……とても元気だ。黒服や翼にその元気をいくらかプレゼントしたい程度には。
気分が弱っている人間が対象ならば、少なくとも舞やリカちゃんがどうにかなる事は無いか。
感染症を広げられた場合は別だが。そう思っていると、ヘンリエッタが力強い目でTさんを見据えた。
「こいつに関しては妾たちがどうにかしよう。好きに暴れさせはせんよ」
たち……か。
やはり髪が伸びる黒服も関わっていることなのだろうか? そう思いながらTさんは頷いた。
「承知した」
そう言ってTさんは笑みを見せる。ヘンリエッタが釣られて緊張を緩めた所で舞が質問してきた。
「なんの話してんだ? さっきの言葉って確か≪マッドガッサー≫の時に聞いた言葉だよな? 詳しくは憶えちゃいないけど」
「ああ、少し、な」
曖昧に答えるながらTさんはすっ、と手を上げた。すると、ほどなく輪がやって来た。彼はいつもの、あまり接客向きではない口調で注文をとる。
「ご注文はなに? ――言っておくけど昼からお酒はやめておいたほうが良いよ」
違うよ。と苦笑してTさんは注文する。
「アイスハニーミルクとオススメのケーキをこのお嬢さんと舞に、それとコーヒーとクッキーを俺と黒服さんの分頼む」
「うん、わかった」
輪が注文を復唱する間にヘンリエッタがTさんを見た。
「奢ろう。甘いものは嫌いではないんだろう? 代わりと言ってはなんだが、俺達の事を≪組織≫には黙っておいてもらいたい」
輪がカウンターへと行くのを見ながら頼み込むと、ヘンリエッタからはうむ、と返事があった。
「ヌイグルミの恩もあるしの、かまわん。理由も訊かんでおいてやろう」
その顔は甘味に対する期待で輝いている。
「感謝しよう。――と、舞、それにヘンリエッタ嬢、輪少年一人で運ぶには多少品数が多い、手伝いに行ってやってはくれないか?」
「えー」
「もう一品追加」
「よしきた!」
一瞬で掌を返した舞は元気よく言ってヘンリエッタの腕を引き、輪の後を追いかけて行った。
Tさんはそれを苦笑で見送って黒服へと顔を向ける。黒服は多少驚いた風に訊ねてきた。
「ヘンリエッタさんとお知り合いなのですか?」
「いや、直接会ったのは今日が初めてだ。以前、少し縁があってな。電話越しに声を聞いた」
そう言いながら少し意地悪をしたかなとTさんは思う。
情報の引き出し方も、この人払いも……な。
まあしょうがない。と心中で結論し、さて、と話を切り出す。
「二人、特にヘンリエッタ嬢が戻って来るまでに話を済ませようか」
日景の事情を出来るだけ内密にしたいという黒服の言い分も分かる。必要な事を手早く話してしまおう。そう思いながらTさんは口を開いた。
「日景の件だが、朝比奈マドカのあの様子からすれば≪小瓶の魔人≫の事を朝比奈秀雄が知っている可能性は高い」
言葉に黒服が呻いた。あまりに不用心なマドカに頭痛を感じているのだろう。そんな黒服に同情しながらTさんは言葉を続ける。
「何らかの防備を敷いた方がいいと思うが、≪小瓶の魔人≫の事は話せない」
それでは≪組織≫からの増援は期待できない。さてどうしたものかと思っていると、
「ええ、≪組織≫からは護衛を回せないので、≪薔薇十字団≫の友人から密かに護衛を回してもらっています」
「それならばとりあえずは大丈夫、か」
黒服の言葉に安堵する。少なくともこれで抵抗も何もなく日景の当主等に危害が加えられる事は無くなったのだ。
一息吐き、Tさんはもう一つの情報を告げる。
「≪セイレーン≫契約者だが、朝比奈マドカが似顔絵を見て過剰に反応していた。どうやら≪セイレーン≫との契約によって人相がかなり変わっているようだが既知の人物らしい。≪日焼けマシーンで人間ステーキ≫の青年にその事を言い含めた上でもう一度絵を見てもらってくれ、もしかしたら彼にとっても知った人物かもしれん」
「はい、わかりました」
黒服が頷いたところで注文した品々が運ばれてきた。その中に注文した覚えの無いフルーツの詰め合わせがある。
舞が頼んだのだろうかと思っていると当の舞が輪に「あれ? こんなの頼んだっけ?」と言っている。
「マスターから。疲れが取れるそうだよ」
無理をしないように。とすげなく告げて輪は去っていく。その態度にそれでもいくらかの付き合いからか、気遣いを感じてTさんと舞は相好を崩した。
「うし、じゃあ食うぞ!」
「食べるのじゃ!」
威勢良く言って甘味に舌鼓を打っている二人を見て笑みを浮かべながらごく自然に伝票を受け取った黒服からTさんは伝票を取りあげた。
「ここは俺がもとう。――少しは気を落ち着けるといい」
おそらく貴方はこれからが正念場なのだから。
Tさんは小さく呟き、懐に伝票をしまい込んだ。
この少女の声、確かにどこかで聞いた声なんだが……。
鮮明な記憶ではないのか、なかなか正体に思い至らない。
と、舞が、んー? と首を傾げながらヘンリエッタを見た。
「D№962?」
「どうしたのじゃ?」
舞の発言に同じように首を傾げるヘンリエッタ。疑問形で番号を言っただけでは意図が察せられないのだろう。
代わりにTさんが答えた。
「≪組織≫の黒服には≪組織≫から番号が振られるんだ」
舞が首を逆方向へと傾けた。
「なんだそりゃ?」
「≪組織≫は黒服を生み出せるからな。往々にしてそうして生みだされた黒服は無感情だが、――夢子ちゃんの所の黒服を思い出せばいい」
「ああ、あのどっか無感情っぽい感じの……」
得心した様子の舞、Tさんは続ける。
「黒服の管理の為の番号振り分けだな。≪組織≫の黒服には元人間の者も含まれるらしいが、彼らにも同じように番号が振られるんだろう」
「へー、なんか変な話だな」
「へんなの」
本人達の居る場でよくまあ、あけすけに言えるものだ。
そう思いながらTさんもまた頷く。
「まあな」
「む……そんなにも変なのかのう?」
ヘンリエッタはふむ、と頷いている。
「んー、黒服さんはどう呼ばれるのがいいんだ? Dさんとか?」
「でぃーちゃんは?」
「なんかポンキッキでいたな、そんなの」
舞がリカちゃんと共にいろいろ言い合っていると黒服が顔を上げた。眉をハの字にして小さく笑う。
「いえ、今まで通りで構いませんよ。Dさんと呼んでくださる方もいらっしゃいますし、一応戸籍上大門大樹という名前もありますし」
その言葉も勘案し、舞とリカちゃんは結論を出した。
「うーん……俺的には黒服さんっていうのが呼びやすいっちゃあ呼びやすいしなぁ……」
「くろふくのおじさんなの」
「慣れてしまったのだろうな」
無理に変える必要もないさ。とTさんが苦笑気味に言う。
呼び易いように呼んでください。と言って黒服は舞へと質問を投げかけた。
「ところで、≪ユニコーン≫の契約者の容姿について少し伺ってもよろしいですか?」
「おう、任せろ! なんたってついさっき見てきたばっかだからな」
そう勢い込んで言うと、舞は≪ユニコーン≫契約者の容姿を語り始めた。
「あの兄ちゃんは外人、アレだ。ヨーロッパ風な感じの外人。で、たぶんTさんと見た目は同じくらいの年、容姿は人形みたいに整ってんだけど――変態だ」
「変態……ですか?」
妙なタメを持って発された最後の一言を黒服が確認するように言う。
「ああ、≪ユニコーン≫の契約者だからか、乙女――処女の膝枕を求めるんだ」
「うむ、あの男、膝枕の為に土下座までしておったぞ」
Tさんとヘンリエッタが口々に舞が≪ユニコーン≫とその契約者を変態と断じた理由を挙げていった。
それらの言葉に大仰に頷いていた舞は、そういえば。と声を上げた。
「あの兄ちゃん、誠の兄ちゃんの時みたいにとり憑かれている事に自覚があまりないみたいだったぞ? ――いや、≪悪魔の囁き≫になんか反論してやがったから自覚はあったのかな?」
「どういうことだ?」
詳しく訊くTさんにリカちゃんが答える。
「あのお馬のお兄ちゃん、あくまのささやきのことをきいても『なんのことだ?』っていってたの」
「そのクセ≪悪魔の囁き≫の言葉には反論をしておったのう『乙女に乱暴を働く訳にはっ』やら『膝枕は同意の上で』やら」
ヘンリエッタの補足を受けて黒服がおそらく、と口を開いた。
「≪悪魔の囁き≫の特徴でしょう、自分の身の内からの声だろうと錯覚を起こしたりするのだと思います」
「だろうな」
黒服にTさんも頷く。おそらく誠の時も同じような感じだったのだろう。彼の契約している≪魔女の一撃≫は随分前から≪悪魔の囁き≫に気が付いているようだった。
と、そこまで言ってはたと気づいた。
≪魔女の一撃≫の契約者の青年。……そうだ、この声、≪マッドガッサー≫の時の――
顔をヘンリエッタへと向ける。ヘンリエッタはヌイグルミを抱えながら突然顔を向けたTさんに何事かと首を傾げている。
「ん? Tさん、どうしたんだ?」
「いや……」
答えながら記憶を探る。あの時髪が伸びる黒服が言っていたのはたしか――
「『アルチメータム』、『サーチ』、『オーガン』、『エイト』、『ゼロ』、『ゼロ』……だったか?」
「む?」
ヘンリエッタが顔を緊張に引き締めた。Tさんはそれを見て確信を持つ。
「そうか、やはりあの時の。――礼を言っておこうか、お嬢さん?」
「……どうしてお主がそのコードを?」
警戒したように身を引いたヘンリエッタにTさんはなんてことは無い、と手を振る。
「≪マッドガッサー≫の時、髪が伸びる黒服さんが言っていたのを聞いたんだ。それ以上は何も知らんさ。あの人はそんなに口が軽い人ではないだろう? ともかく、あの時は助かった」
そう答えながらやはりこの声、≪マッドガッサー≫の件の時、髪が伸びる黒服が銃弾の雨の中電話で会話していた者の声だったか。と思う。
髪の伸びる黒服さんにあのタイミングで連絡を取られていたということは、恐らくはHの番号を振られた者の関係者……ならば。
「ところで、≪コーク・ロア≫を振りまいているH№9、≪病は気から≫の契約者に心当たりは無いか?」
言外に「知っているのだろう?」と言っている口調で訊いた。
ヘンリエッタは一瞬警戒から来る渋りを覗かせたが、害意は無いと判断したのかゆるりと口を開いた。
「……妾の担当をしておる黒服が知っておったのう、妾も少し聞いた」
「差し支えなければ話してもらえないか?」
無言で頷いてヘンリエッタは言葉を紡ぐ。
「非人道的な実験を主に行っていた者じゃ、能力は自分を中心に半径5㎞以内の気分が弱っている人間を病気にさせる事が出来るというもの、病気の種類や強さはH№9が自由に選択できたようじゃな」
「ふむ……」
気分が弱っている人間……。
ちらりと舞を見る。……とても元気だ。黒服や翼にその元気をいくらかプレゼントしたい程度には。
気分が弱っている人間が対象ならば、少なくとも舞やリカちゃんがどうにかなる事は無いか。
感染症を広げられた場合は別だが。そう思っていると、ヘンリエッタが力強い目でTさんを見据えた。
「こいつに関しては妾たちがどうにかしよう。好きに暴れさせはせんよ」
たち……か。
やはり髪が伸びる黒服も関わっていることなのだろうか? そう思いながらTさんは頷いた。
「承知した」
そう言ってTさんは笑みを見せる。ヘンリエッタが釣られて緊張を緩めた所で舞が質問してきた。
「なんの話してんだ? さっきの言葉って確か≪マッドガッサー≫の時に聞いた言葉だよな? 詳しくは憶えちゃいないけど」
「ああ、少し、な」
曖昧に答えるながらTさんはすっ、と手を上げた。すると、ほどなく輪がやって来た。彼はいつもの、あまり接客向きではない口調で注文をとる。
「ご注文はなに? ――言っておくけど昼からお酒はやめておいたほうが良いよ」
違うよ。と苦笑してTさんは注文する。
「アイスハニーミルクとオススメのケーキをこのお嬢さんと舞に、それとコーヒーとクッキーを俺と黒服さんの分頼む」
「うん、わかった」
輪が注文を復唱する間にヘンリエッタがTさんを見た。
「奢ろう。甘いものは嫌いではないんだろう? 代わりと言ってはなんだが、俺達の事を≪組織≫には黙っておいてもらいたい」
輪がカウンターへと行くのを見ながら頼み込むと、ヘンリエッタからはうむ、と返事があった。
「ヌイグルミの恩もあるしの、かまわん。理由も訊かんでおいてやろう」
その顔は甘味に対する期待で輝いている。
「感謝しよう。――と、舞、それにヘンリエッタ嬢、輪少年一人で運ぶには多少品数が多い、手伝いに行ってやってはくれないか?」
「えー」
「もう一品追加」
「よしきた!」
一瞬で掌を返した舞は元気よく言ってヘンリエッタの腕を引き、輪の後を追いかけて行った。
Tさんはそれを苦笑で見送って黒服へと顔を向ける。黒服は多少驚いた風に訊ねてきた。
「ヘンリエッタさんとお知り合いなのですか?」
「いや、直接会ったのは今日が初めてだ。以前、少し縁があってな。電話越しに声を聞いた」
そう言いながら少し意地悪をしたかなとTさんは思う。
情報の引き出し方も、この人払いも……な。
まあしょうがない。と心中で結論し、さて、と話を切り出す。
「二人、特にヘンリエッタ嬢が戻って来るまでに話を済ませようか」
日景の事情を出来るだけ内密にしたいという黒服の言い分も分かる。必要な事を手早く話してしまおう。そう思いながらTさんは口を開いた。
「日景の件だが、朝比奈マドカのあの様子からすれば≪小瓶の魔人≫の事を朝比奈秀雄が知っている可能性は高い」
言葉に黒服が呻いた。あまりに不用心なマドカに頭痛を感じているのだろう。そんな黒服に同情しながらTさんは言葉を続ける。
「何らかの防備を敷いた方がいいと思うが、≪小瓶の魔人≫の事は話せない」
それでは≪組織≫からの増援は期待できない。さてどうしたものかと思っていると、
「ええ、≪組織≫からは護衛を回せないので、≪薔薇十字団≫の友人から密かに護衛を回してもらっています」
「それならばとりあえずは大丈夫、か」
黒服の言葉に安堵する。少なくともこれで抵抗も何もなく日景の当主等に危害が加えられる事は無くなったのだ。
一息吐き、Tさんはもう一つの情報を告げる。
「≪セイレーン≫契約者だが、朝比奈マドカが似顔絵を見て過剰に反応していた。どうやら≪セイレーン≫との契約によって人相がかなり変わっているようだが既知の人物らしい。≪日焼けマシーンで人間ステーキ≫の青年にその事を言い含めた上でもう一度絵を見てもらってくれ、もしかしたら彼にとっても知った人物かもしれん」
「はい、わかりました」
黒服が頷いたところで注文した品々が運ばれてきた。その中に注文した覚えの無いフルーツの詰め合わせがある。
舞が頼んだのだろうかと思っていると当の舞が輪に「あれ? こんなの頼んだっけ?」と言っている。
「マスターから。疲れが取れるそうだよ」
無理をしないように。とすげなく告げて輪は去っていく。その態度にそれでもいくらかの付き合いからか、気遣いを感じてTさんと舞は相好を崩した。
「うし、じゃあ食うぞ!」
「食べるのじゃ!」
威勢良く言って甘味に舌鼓を打っている二人を見て笑みを浮かべながらごく自然に伝票を受け取った黒服からTさんは伝票を取りあげた。
「ここは俺がもとう。――少しは気を落ち着けるといい」
おそらく貴方はこれからが正念場なのだから。
Tさんは小さく呟き、懐に伝票をしまい込んだ。
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