「…………お前、才能ねえな〜」
藍島が心底呆れた様子で言い放った。
秋雛古詠と戦って翌日の昼。夜中まで素振りをさせられ、そのまま秋雛のいる神社の本殿で眠ったのだ。いまは近所の河原にいて、幽霊は誰に見咎められることもない。
相変わらず言われるままに素振りを続けていた一歌はむっとした顔で藍島に向き直る。
秋雛古詠と戦って翌日の昼。夜中まで素振りをさせられ、そのまま秋雛のいる神社の本殿で眠ったのだ。いまは近所の河原にいて、幽霊は誰に見咎められることもない。
相変わらず言われるままに素振りを続けていた一歌はむっとした顔で藍島に向き直る。
「うるせえなー、初めてなんだよこういうの」
「違う違う。才能の話な。剣の使い方がぜんっぜんわかってねえ。からっきしだ。スッカラカン」
「…………」
「違う違う。才能の話な。剣の使い方がぜんっぜんわかってねえ。からっきしだ。スッカラカン」
「…………」
腹の立つ言い方だったので、一歌は何も言わずに殴りかかった。藍島はそれを避けて一歌の顔面を殴り飛ばした。
「ぐえ! でも才能ねえからってやめるつもりねえからな」
吹っ飛ばされてカエルのように砂利を転がった一歌は顔だけむくりと起き上がった。一歌は生き返る必要がある。そのためには、この藍島から、強さを学ばなければならなかった。
そもそも振っているものも剣ではない。遮断機のバーは武器ではない。バットのように振り回していたが、長さからいって棒や槍の親類だろう。中ほどを持って使うべきなのかもしれない。砂利の汚れを軽く払いながら起き上がり、一歌は遮断桿をそのように持ってみた。
そもそも振っているものも剣ではない。遮断機のバーは武器ではない。バットのように振り回していたが、長さからいって棒や槍の親類だろう。中ほどを持って使うべきなのかもしれない。砂利の汚れを軽く払いながら起き上がり、一歌は遮断桿をそのように持ってみた。
「剣がダメってんなら、こういうのは?」
「それでもいいがな、リーチを活かすなら剣の持ち方だ。槍だって持てるなら短く持った方が長く届くんだぜ。重心があって振り回しづらいから真ん中持ってんだよ。領域の持ち主には軽いだろ、それ。たぶんお前はアレだな、反復練習は意味が薄い」
「あー? ……つまり?」
「実戦あるのみ、だな。才能ある奴は言ってわかる。言ってもわからん奴は殴られないとわからねえもんよ、くっくっく。死にかけて初めて得物の掴み方が理解できるっつー鈍い奴。それがお前だ」
「昨日蛇で死にかけたばっかなんだけど……ていうか一回マジに死んでるし」
「まだ死に足りねーってこったな、くっくっく」
「それでもいいがな、リーチを活かすなら剣の持ち方だ。槍だって持てるなら短く持った方が長く届くんだぜ。重心があって振り回しづらいから真ん中持ってんだよ。領域の持ち主には軽いだろ、それ。たぶんお前はアレだな、反復練習は意味が薄い」
「あー? ……つまり?」
「実戦あるのみ、だな。才能ある奴は言ってわかる。言ってもわからん奴は殴られないとわからねえもんよ、くっくっく。死にかけて初めて得物の掴み方が理解できるっつー鈍い奴。それがお前だ」
「昨日蛇で死にかけたばっかなんだけど……ていうか一回マジに死んでるし」
「まだ死に足りねーってこったな、くっくっく」
ニタニタと悪人面をさらに歪ませながら、藍島は一歌に何かを投げた。掴み取ると、それは鈴だった。
「……鈴? なんだよ、これ」
「お守りだぜ。俺特製の防犯ブザーさ。死にそうになったら泣きながら鳴らしな、助けてやるぜ。くははは」
「……お守り」
「お守りだぜ。俺特製の防犯ブザーさ。死にそうになったら泣きながら鳴らしな、助けてやるぜ。くははは」
「……お守り」
怪訝な視線を鈴に落としつつ、振ってみる。鈴は手の中で涼しい音を立てた。
「これ、聞こえんのか?」
「たりめーだろ、俺が領域から作った道具だぞ。どんだけ離れてても使えるわ。俺もお前にベッタリついててやるほどヒマじゃねえしな」
「ああ、不思議アイテムってことか……なんかなー、こういうの慣れねーな。幽霊ってこともさ」
「たりめーだろ、俺が領域から作った道具だぞ。どんだけ離れてても使えるわ。俺もお前にベッタリついててやるほどヒマじゃねえしな」
「ああ、不思議アイテムってことか……なんかなー、こういうの慣れねーな。幽霊ってこともさ」
一歌は鈴を懐の内ポケットに入れた。どうにも子ども扱いされているようで複雑だった。これまで喧嘩では負けなしだった一歌である。
しかし、幽霊同士の闘争とは、殴り合いの喧嘩からは遥かに離れた地点にある真正の死合だった。領域の力は一歌の想像の及ばない力で、それに拳で立ち向かい打倒できるかといえば、即答は難しい。それでも不可能だとは答えたくない一歌であるが。
しかし、幽霊同士の闘争とは、殴り合いの喧嘩からは遥かに離れた地点にある真正の死合だった。領域の力は一歌の想像の及ばない力で、それに拳で立ち向かい打倒できるかといえば、即答は難しい。それでも不可能だとは答えたくない一歌であるが。
「で、だ。古詠が感じてる幽霊の位置を教えてやるから、そこ回って片っ端から殺してこい。いくら練習しても無駄そうだからな。殺し合いの前にまずは殺し合いだ」
「…………おう。望むところだ」
「…………おう。望むところだ」
一歌は少し表情を強ばらせながらも、うなずいた。だが、それでも少し不安げに藍島を見やる。
「でも、マジでなんにもねーの……? こう、戦いのコツとか。あんたがサムライでもさ、剣法以外になんかねーのかよ」
「そりゃ山ほどあっけどな。今教えてもなー、身につけられるたぁ思えねえな正直! だがまあ、一個教えてやるか」
「そりゃ山ほどあっけどな。今教えてもなー、身につけられるたぁ思えねえな正直! だがまあ、一個教えてやるか」
藍島はなにやら思案してから、指を立てた。その指を、くるりと下ろして一歌を指さす。一歌はつられて自分の体を見下ろした。
「気づいたか? 砂利。払っただろ。だが幽霊は普通モノに触れられん。俺たちはこの世のモンじゃねえからな。じゃあなんでお前は汚れたか。それはその砂利が幽霊でも触れられるくらい存在感が希薄な、曖昧なモンだからだ」
「存在感?」
「っつーのも語としちゃ不正確だがな。つまり忘れられたり、なくなっても気づかなかったり、そういう物は自然と幽世(こっち)に引っ張られるんだよ。錨と繋いだ浮きみてえなもんだ。錨をなくしたら浮かんでくる。んで、一番でけえ錨ってのが、肉体だ。これをなくすと現世にゃいられねえ。死人の世界に引っ張られる。それがつまり俺たち幽霊で、存在を引っ張る重力源がここだ。天国でも地獄でも、現世でもねえ。狭間の世界」
「…………。わかんねえ……錨…………?」
「存在感?」
「っつーのも語としちゃ不正確だがな。つまり忘れられたり、なくなっても気づかなかったり、そういう物は自然と幽世(こっち)に引っ張られるんだよ。錨と繋いだ浮きみてえなもんだ。錨をなくしたら浮かんでくる。んで、一番でけえ錨ってのが、肉体だ。これをなくすと現世にゃいられねえ。死人の世界に引っ張られる。それがつまり俺たち幽霊で、存在を引っ張る重力源がここだ。天国でも地獄でも、現世でもねえ。狭間の世界」
「…………。わかんねえ……錨…………?」
一歌は瞑目して考えたが、首を傾げた。
現実に重なるようにしてある死者の世界には、独自の法則が働いている。一歌はそこにいるようで、しかし肉体は持たず、魂のみの曖昧な存在である。
ゆえに幽霊は本来、同じ幽霊にしか触れられない。
しかし現世は確かに幽世と重なっており、実在なき存在が触れられる物も存在するのだ。
現実に重なるようにしてある死者の世界には、独自の法則が働いている。一歌はそこにいるようで、しかし肉体は持たず、魂のみの曖昧な存在である。
ゆえに幽霊は本来、同じ幽霊にしか触れられない。
しかし現世は確かに幽世と重なっており、実在なき存在が触れられる物も存在するのだ。
「力の強い幽霊なら、そういうモンに干渉できる。幽霊ってのは曖昧なモンだが、やり方によっちゃ現世のあり方に近づいていくことができる。自分の存在を強くもってるヤツだ。自分の輪郭がどこかハッキリわかってれば、現世のモンでも掴める」
「あー、思い出した。アレだろ。あたしが死んだ時に遮断機ブッ壊したやつ。確かに、幽霊が現実のモノに触ってたな」
「アホ。ありゃ外法だっつったろ。領域を現実に繋げてねじ曲げるのとこっちに引っ張られてるモンを触んのとじゃ全然ちげえんだよ。遮断機なんざ存在感マシマシだろうが」
「あー、思い出した。アレだろ。あたしが死んだ時に遮断機ブッ壊したやつ。確かに、幽霊が現実のモノに触ってたな」
「アホ。ありゃ外法だっつったろ。領域を現実に繋げてねじ曲げるのとこっちに引っ張られてるモンを触んのとじゃ全然ちげえんだよ。遮断機なんざ存在感マシマシだろうが」
藍島は馬鹿を見る目で一歌を見たが、概念そのものが曖昧でハッキリしない話だ。しかし、その曖昧さこそが本質だった。
一歌はなんとか自分の中でそれを噛み砕き、諦め、適当に簡略化して咀嚼した。
一歌はなんとか自分の中でそれを噛み砕き、諦め、適当に簡略化して咀嚼した。
「よくわかんねーけど……消えても気づかないものなら幽霊でも触れる、ってことでいいか? ゴミとか」
「くっくっく。ああ、その理解でいい。細けえ定義なんざ知ったとこで意味ねえからな。ようは殺しゃいい。ちなみにせっかく干渉できた現世だが領域ん中に現世のモンは持ち込めねえ。領域は現世から遠すぎる」
「おい。意味ねーじゃねーか。あたしの理解返せ」
「ぎゃははは! バーカ! まあ役に立たんこともない。自分の存在を強めることは現世に干渉する以外にも領域ん中での強さに関わるからな。自分の中で自分の像がボヤけてる奴は幽体が脆い。お前がタフなのは、そこの才能はあるってこった」
「くっくっく。ああ、その理解でいい。細けえ定義なんざ知ったとこで意味ねえからな。ようは殺しゃいい。ちなみにせっかく干渉できた現世だが領域ん中に現世のモンは持ち込めねえ。領域は現世から遠すぎる」
「おい。意味ねーじゃねーか。あたしの理解返せ」
「ぎゃははは! バーカ! まあ役に立たんこともない。自分の存在を強めることは現世に干渉する以外にも領域ん中での強さに関わるからな。自分の中で自分の像がボヤけてる奴は幽体が脆い。お前がタフなのは、そこの才能はあるってこった」
藍島は一歌を無意味に罵倒すると、真面目な顔でそう言った。一歌はまた無言で藍島に殴りかかったが、またも片手間で殴り飛ばされた。
領域の外にも関わらず藍島の拳は一歌を痛めつけた。
領域の外にも関わらず藍島の拳は一歌を痛めつけた。
「我の強さだきゃ一級品だよおめーは。くっくっく。つーわけで、いい修行になるな。幽霊ブッ殺してくるついでに色々試してこい。お前は普通に現世の物体に触れる強さで存在できてる。落ちてる金拾えば買い物もできるはずだぞ。店の奴に顔覚えてもらったりはできねえが」
「は!? そんなことできんのか!? 幽霊が買い物!?」
「やる気出てきたか? 領域に慣れてくりゃ大抵のモンは再現できるからそのうち買い物の必要もなくなってくるけどな。女買う時なんかは俺も幽霊のお客様になるぜ、くっくっく」
「は!? そんなことできんのか!? 幽霊が買い物!?」
「やる気出てきたか? 領域に慣れてくりゃ大抵のモンは再現できるからそのうち買い物の必要もなくなってくるけどな。女買う時なんかは俺も幽霊のお客様になるぜ、くっくっく」
藍島は下卑た笑みを浮かべた。一歌は無視して思案した。
(物はともかく、生きてる人間にまで関われんのか。それなら頑張れば今から親父に会える……? 依子にも……)
「…………お前が何考えてるかわかるがな。お前を知ってる人間にもお前がお前だとはわからんぞ」
「…………お前が何考えてるかわかるがな。お前を知ってる人間にもお前がお前だとはわからんぞ」
悪辣ながら静かな、藍島の言葉に一歌は顔を上げた。黙ったまま、その続きを待った。
「言っただろ、顔覚えてもらうこたぁできねえって。生きてる人間は幽霊のことをハッキリ認識できねえのさ。『買い物客』とかそういう、存在の影にくっついてるレッテルでかろうじて認識できてるだけ。ソレがなきゃそこにいることすら認識できねえ」
「……そうかよ。けっ。徹頭徹尾意地の悪いシステムだな」
「……そうかよ。けっ。徹頭徹尾意地の悪いシステムだな」
一歌は少なからず失望したが、拗ねたように河原の石を蹴って誤魔化した。
ネクロリバイブは幽霊と幽霊を戦わせようとする。他の何が叶おうと、本当に満たしたい欲だけは決して満ちることはない。
ゆえにこそ、幽霊は渇く。生者と死者の視線が互いを捉えることはない。死者の言葉が届くことはない。
「…………お前、才能ねえな〜」
ネクロリバイブは幽霊と幽霊を戦わせようとする。他の何が叶おうと、本当に満たしたい欲だけは決して満ちることはない。
ゆえにこそ、幽霊は渇く。生者と死者の視線が互いを捉えることはない。死者の言葉が届くことはない。
「…………お前、才能ねえな〜」
藍島が心底呆れた様子で言い放った。
秋雛古詠と戦って翌日の昼。夜中まで素振りをさせられ、そのまま秋雛のいる神社の本殿で眠ったのだ。いまは近所の河原にいて、幽霊は誰に見咎められることもない。
相変わらず言われるままに素振りを続けていた一歌はむっとした顔で藍島に向き直る。
秋雛古詠と戦って翌日の昼。夜中まで素振りをさせられ、そのまま秋雛のいる神社の本殿で眠ったのだ。いまは近所の河原にいて、幽霊は誰に見咎められることもない。
相変わらず言われるままに素振りを続けていた一歌はむっとした顔で藍島に向き直る。
「うるせえなー、初めてなんだよこういうの」
「違う違う。才能の話な。剣の使い方がぜんっぜんわかってねえ。からっきしだ。スッカラカン」
「…………」
「違う違う。才能の話な。剣の使い方がぜんっぜんわかってねえ。からっきしだ。スッカラカン」
「…………」
腹の立つ言い方だったので、一歌は何も言わずに殴りかかった。藍島はそれを避けて一歌の顔面を殴り飛ばした。
「ぐえ! でも才能ねえからってやめるつもりねえからな」
吹っ飛ばされてカエルのように砂利を転がった一歌は顔だけむくりと起き上がった。一歌は生き返る必要がある。そのためには、この藍島から、強さを学ばなければならなかった。
そもそも振っているものも剣ではない。遮断機のバーは武器ではない。バットのように振り回していたが、長さからいって棒や槍の親類だろう。中ほどを持って使うべきなのかもしれない。砂利の汚れを軽く払いながら起き上がり、一歌は遮断桿をそのように持ってみた。
そもそも振っているものも剣ではない。遮断機のバーは武器ではない。バットのように振り回していたが、長さからいって棒や槍の親類だろう。中ほどを持って使うべきなのかもしれない。砂利の汚れを軽く払いながら起き上がり、一歌は遮断桿をそのように持ってみた。
「剣がダメってんなら、こういうのは?」
「それでもいいがな、リーチを活かすなら剣の持ち方だ。槍だって持てるなら短く持った方が長く届くんだぜ。重心があって振り回しづらいから真ん中持ってんだよ。領域の持ち主には軽いだろ、それ。たぶんお前はアレだな、反復練習は意味が薄い」
「あー? ……つまり?」
「実戦あるのみ、だな。才能ある奴は言ってわかる。言ってもわからん奴は殴られないとわからねえもんよ、くっくっく。死にかけて初めて得物の掴み方が理解できるっつー鈍い奴。それがお前だ」
「昨日蛇で死にかけたばっかなんだけど……ていうか一回マジに死んでるし」
「まだ死に足りねーってこったな、くっくっく」
「それでもいいがな、リーチを活かすなら剣の持ち方だ。槍だって持てるなら短く持った方が長く届くんだぜ。重心があって振り回しづらいから真ん中持ってんだよ。領域の持ち主には軽いだろ、それ。たぶんお前はアレだな、反復練習は意味が薄い」
「あー? ……つまり?」
「実戦あるのみ、だな。才能ある奴は言ってわかる。言ってもわからん奴は殴られないとわからねえもんよ、くっくっく。死にかけて初めて得物の掴み方が理解できるっつー鈍い奴。それがお前だ」
「昨日蛇で死にかけたばっかなんだけど……ていうか一回マジに死んでるし」
「まだ死に足りねーってこったな、くっくっく」
ニタニタと悪人面をさらに歪ませながら、藍島は一歌に何かを投げた。掴み取ると、それは鈴だった。
「……鈴? なんだよ、これ」
「お守りだぜ。俺特製の防犯ブザーさ。死にそうになったら泣きながら鳴らしな、助けてやるぜ。くははは」
「……お守り」
「お守りだぜ。俺特製の防犯ブザーさ。死にそうになったら泣きながら鳴らしな、助けてやるぜ。くははは」
「……お守り」
怪訝な視線を鈴に落としつつ、振ってみる。鈴は手の中で涼しい音を立てた。
「これ、聞こえんのか?」
「たりめーだろ、俺が領域から作った道具だぞ。どんだけ離れてても使えるわ。俺もお前にベッタリついててやるほどヒマじゃねえしな」
「ああ、不思議アイテムってことか……なんかなー、こういうの慣れねーな。幽霊ってこともさ」
「たりめーだろ、俺が領域から作った道具だぞ。どんだけ離れてても使えるわ。俺もお前にベッタリついててやるほどヒマじゃねえしな」
「ああ、不思議アイテムってことか……なんかなー、こういうの慣れねーな。幽霊ってこともさ」
一歌は鈴を懐の内ポケットに入れた。どうにも子ども扱いされているようで複雑だった。これまで喧嘩では負けなしだった一歌である。
しかし、幽霊同士の闘争とは、殴り合いの喧嘩からは遥かに離れた地点にある真正の死合だった。領域の力は一歌の想像の及ばない力で、それに拳で立ち向かい打倒できるかといえば、即答は難しい。それでも不可能だとは答えたくない一歌であるが。
しかし、幽霊同士の闘争とは、殴り合いの喧嘩からは遥かに離れた地点にある真正の死合だった。領域の力は一歌の想像の及ばない力で、それに拳で立ち向かい打倒できるかといえば、即答は難しい。それでも不可能だとは答えたくない一歌であるが。
「で、だ。古詠が感じてる幽霊の位置を教えてやるから、そこ回って片っ端から殺してこい。いくら練習しても無駄そうだからな。殺し合いの前にまずは殺し合いだ」
「…………おう。望むところだ」
「…………おう。望むところだ」
一歌は少し表情を強ばらせながらも、うなずいた。だが、それでも少し不安げに藍島を見やる。
「でも、マジでなんにもねーの……? こう、戦いのコツとか。あんたがサムライでもさ、剣法以外になんかねーのかよ」
「そりゃ山ほどあっけどな。今教えてもなー、身につけられるたぁ思えねえな正直! だがまあ、一個教えてやるか」
「そりゃ山ほどあっけどな。今教えてもなー、身につけられるたぁ思えねえな正直! だがまあ、一個教えてやるか」
藍島はなにやら思案してから、指を立てた。その指を、くるりと下ろして一歌を指さす。一歌はつられて自分の体を見下ろした。
「気づいたか? 砂利。払っただろ。だが幽霊は普通モノに触れられん。俺たちはこの世のモンじゃねえからな。じゃあなんでお前は汚れたか。それはその砂利が幽霊でも触れられるくらい存在感が希薄な、曖昧なモンだからだ」
「存在感?」
「っつーのも語としちゃ不正確だがな。つまり忘れられたり、なくなっても気づかなかったり、そういう物は自然と幽世(こっち)に引っ張られるんだよ。錨と繋いだ浮きみてえなもんだ。錨をなくしたら浮かんでくる。んで、一番でけえ錨ってのが、肉体だ。これをなくすと現世にゃいられねえ。死人の世界に引っ張られる。それがつまり俺たち幽霊で、存在を引っ張る重力源がここだ。天国でも地獄でも、現世でもねえ。狭間の世界」
「…………。わかんねえ……錨…………?」
「存在感?」
「っつーのも語としちゃ不正確だがな。つまり忘れられたり、なくなっても気づかなかったり、そういう物は自然と幽世(こっち)に引っ張られるんだよ。錨と繋いだ浮きみてえなもんだ。錨をなくしたら浮かんでくる。んで、一番でけえ錨ってのが、肉体だ。これをなくすと現世にゃいられねえ。死人の世界に引っ張られる。それがつまり俺たち幽霊で、存在を引っ張る重力源がここだ。天国でも地獄でも、現世でもねえ。狭間の世界」
「…………。わかんねえ……錨…………?」
一歌は瞑目して考えたが、首を傾げた。
現実に重なるようにしてある死者の世界には、独自の法則が働いている。一歌はそこにいるようで、しかし肉体は持たず、魂のみの曖昧な存在である。
ゆえに幽霊は本来、同じ幽霊にしか触れられない。
しかし現世は確かに幽世と重なっており、実在なき存在が触れられる物も存在するのだ。
現実に重なるようにしてある死者の世界には、独自の法則が働いている。一歌はそこにいるようで、しかし肉体は持たず、魂のみの曖昧な存在である。
ゆえに幽霊は本来、同じ幽霊にしか触れられない。
しかし現世は確かに幽世と重なっており、実在なき存在が触れられる物も存在するのだ。
「力の強い幽霊なら、そういうモンに干渉できる。幽霊ってのは曖昧なモンだが、やり方によっちゃ現世のあり方に近づいていくことができる。自分の存在を強くもってるヤツだ。自分の輪郭がどこかハッキリわかってれば、現世のモンでも掴める」
「あー、思い出した。アレだろ。あたしが死んだ時に遮断機ブッ壊したやつ。確かに、幽霊が現実のモノに触ってたな」
「アホ。ありゃ外法だっつったろ。領域を現実に繋げてねじ曲げるのとこっちに引っ張られてるモンを触んのとじゃ全然ちげえんだよ。遮断機なんざ存在感マシマシだろうが」
「あー、思い出した。アレだろ。あたしが死んだ時に遮断機ブッ壊したやつ。確かに、幽霊が現実のモノに触ってたな」
「アホ。ありゃ外法だっつったろ。領域を現実に繋げてねじ曲げるのとこっちに引っ張られてるモンを触んのとじゃ全然ちげえんだよ。遮断機なんざ存在感マシマシだろうが」
藍島は馬鹿を見る目で一歌を見たが、概念そのものが曖昧でハッキリしない話だ。しかし、その曖昧さこそが本質だった。
一歌はなんとか自分の中でそれを噛み砕き、諦め、適当に簡略化して咀嚼した。
一歌はなんとか自分の中でそれを噛み砕き、諦め、適当に簡略化して咀嚼した。
「よくわかんねーけど……消えても気づかないものなら幽霊でも触れる、ってことでいいか? ゴミとか」
「くっくっく。ああ、その理解でいい。細けえ定義なんざ知ったとこで意味ねえからな。ようは殺しゃいい。ちなみにせっかく干渉できた現世だが領域ん中に現世のモンは持ち込めねえ。領域は現世から遠すぎる」
「おい。意味ねーじゃねーか。あたしの理解返せ」
「ぎゃははは! バーカ! まあ役に立たんこともない。自分の存在を強めることは現世に干渉する以外にも領域ん中での強さに関わるからな。自分の中で自分の像がボヤけてる奴は幽体が脆い。お前がタフなのは、そこの才能はあるってこった」
「くっくっく。ああ、その理解でいい。細けえ定義なんざ知ったとこで意味ねえからな。ようは殺しゃいい。ちなみにせっかく干渉できた現世だが領域ん中に現世のモンは持ち込めねえ。領域は現世から遠すぎる」
「おい。意味ねーじゃねーか。あたしの理解返せ」
「ぎゃははは! バーカ! まあ役に立たんこともない。自分の存在を強めることは現世に干渉する以外にも領域ん中での強さに関わるからな。自分の中で自分の像がボヤけてる奴は幽体が脆い。お前がタフなのは、そこの才能はあるってこった」
藍島は一歌を無意味に罵倒すると、真面目な顔でそう言った。一歌はまた無言で藍島に殴りかかったが、またも片手間で殴り飛ばされた。
領域の外にも関わらず藍島の拳は一歌を痛めつけた。
領域の外にも関わらず藍島の拳は一歌を痛めつけた。
「我の強さだきゃ一級品だよおめーは。くっくっく。つーわけで、いい修行になるな。幽霊ブッ殺してくるついでに色々試してこい。お前は普通に現世の物体に触れる強さで存在できてる。落ちてる金拾えば買い物もできるはずだぞ。店の奴に顔覚えてもらったりはできねえが」
「は!? そんなことできんのか!? 幽霊が買い物!?」
「やる気出てきたか? 領域に慣れてくりゃ大抵のモンは再現できるからそのうち買い物の必要もなくなってくるけどな。女買う時なんかは俺も幽霊のお客様になるぜ、くっくっく」
「は!? そんなことできんのか!? 幽霊が買い物!?」
「やる気出てきたか? 領域に慣れてくりゃ大抵のモンは再現できるからそのうち買い物の必要もなくなってくるけどな。女買う時なんかは俺も幽霊のお客様になるぜ、くっくっく」
藍島は下卑た笑みを浮かべた。一歌は無視して思案した。
(物はともかく、生きてる人間にまで関われんのか。それなら頑張れば今から親父に会える……? 依子にも……)
「…………お前が何考えてるかわかるがな。お前を知ってる人間にもお前がお前だとはわからんぞ」
「…………お前が何考えてるかわかるがな。お前を知ってる人間にもお前がお前だとはわからんぞ」
悪辣ながら静かな、藍島の言葉に一歌は顔を上げた。黙ったまま、その続きを待った。
「言っただろ、顔覚えてもらうこたぁできねえって。生きてる人間は幽霊のことをハッキリ認識できねえのさ。『買い物客』とかそういう、存在の影にくっついてるレッテルでかろうじて認識できてるだけ。ソレがなきゃそこにいることすら認識できねえ」
「……そうかよ。けっ。徹頭徹尾意地の悪いシステムだな」
「……そうかよ。けっ。徹頭徹尾意地の悪いシステムだな」
一歌は少なからず失望したが、拗ねたように河原の石を蹴って誤魔化した。しかし現世に存在する石には一歌が思うよりも遥かに弱い力だけが伝わり、ほんの少しだけ転がった。
ネクロリバイブは幽霊と幽霊を戦わせようとする。他の何が叶おうと、本当に満たしたい欲だけは決して満ちることはない。
ゆえにこそ、幽霊は渇く。生者と死者の視線が互いを捉えることはない。死者の言葉が届くことはない。
ゆえにこそ、殺し合う。
ネクロリバイブは幽霊と幽霊を戦わせようとする。他の何が叶おうと、本当に満たしたい欲だけは決して満ちることはない。
ゆえにこそ、幽霊は渇く。生者と死者の視線が互いを捉えることはない。死者の言葉が届くことはない。
ゆえにこそ、殺し合う。
「お前は100ポイント集めるしかないってこった。わかったら早速行ってきな。幽霊にも時間は有限だぜ」
藍島は巻かれた和紙を広げて、視線を走らせた。そこには秋雛から伝え聞いた、付近に存在する幽霊の情報が記載されているようだった。
やがて視線が一点に止まると、今度は市内の地図を広げてビル街のあたりを示した。電車で一駅の距離である。
一歌は瞬間的に距離を思案したが、すぐに、幽霊には電車賃も不要であることに思い至った。
やがて視線が一点に止まると、今度は市内の地図を広げてビル街のあたりを示した。電車で一駅の距離である。
一歌は瞬間的に距離を思案したが、すぐに、幽霊には電車賃も不要であることに思い至った。
「ここだな。殺してこい、一歌。幽霊は街にいる」