時刻は正午。追われる者、二人。
「クッソ、しつけえな! 灰谷、学校からどのくらい離れた!?」
「離れるだけいいだろ! いいから何も考えんな、走れ!」
「離れるだけいいだろ! いいから何も考えんな、走れ!」
「待てゴラァ!」
「学校のやつだ、逃がすんじゃねえぞ!」
「学校のやつだ、逃がすんじゃねえぞ!」
知性も品性も感じられない言葉と、安全装置など少しも効いていない銃声が次々背後から聞こえてくる。GEOの棚から十本もDVDを持ってくれば、一本には似たシチュエーションを見つけられそうな典型的なチェイスシーンだ。
違いは、当事者が自分たちであること。
「バカは多いって校長に聞いたけど、これは流石に多すぎねえか!?」
「まったくなぁ! 普通じゃねーだろこんなの……!」
「まったくなぁ! 普通じゃねーだろこんなの……!」
追いかけっこの舞台は灰谷の領域。遮蔽物と曲がり角の多い街並みで射線を切り、時折丸太を落としたり、電線で罠を張ったりと妨害。とにかく敵を振り切ることだけ考えて二人は走り続ける。
(どうする!? このまま逃げ続けても一生終わらねーぞ……!)
敵を引き付けて学校を出る時、数はおおよそ十を下らなかったはずだ。対してこちらは二人。これまでタッグで数的有利を取って勝ち進めてきた自分たちが、よりにもよってもっと多くの数で追われる身になるなど、考えたこともなかった。
否。そもそも、これだけ多くの敵対的な死者が徒党を組んで襲い掛かってくることなど、二人には初めての経験だ。そして点を稼ぐために殺し合うルール上、こんなに好戦的な死者たちが、互いを撃ち合わずに群を形成していること自体が、何かおかしい。
「あーっダメだ、戦いてえ! 戦わないと負けんぞ!?」
「お前のチェーンソーで殺れる間合いまで近付けてくれると思うか!? 穴あきチーズになってお陀仏だよ!!」
「あああああクッソ!! どーすんだよこんなんで!!」
「お前のチェーンソーで殺れる間合いまで近付けてくれると思うか!? 穴あきチーズになってお陀仏だよ!!」
「あああああクッソ!! どーすんだよこんなんで!!」
最も希望のある話をするならば、シュプリシエやソルシエールが追い付いてくれることになるが、向こうは向こうで学校を防衛しているからそんな都合よく行くはずがない。
次点で、この領域に他人が入ってきてこちらに協力してくれることだが、これもそんな都合の良いことが起きるはずがない。
ではどうするか──これは分かり切っている。どうしようもない。
できることは、逃げ続けるか、劣勢上等で戦うか、何にでも祈ってみるか。
(何とかなってくれーっ!!)
絶望的な状況下、彼らの叫びは誰にも聞こえない。
時刻は正午。追われる者、二人。
『ひとまず撒いた。そっちはどうだ?』
「同じく。数は七……八か。統率が取れている、死者がここまで群れるものか」
『これだけ攻撃的な集団は珍しいがな。数はこっちも似たようなもんだ』
「分隊規模……これだけの死者が、なぜ……」
「同じく。数は七……八か。統率が取れている、死者がここまで群れるものか」
『これだけ攻撃的な集団は珍しいがな。数はこっちも似たようなもんだ』
「分隊規模……これだけの死者が、なぜ……」
近隣の哨戒に当たっていたところ、突如として追われるようになったのがおよそ20分前。シオンの要請を受けてガリアスが加わったのが15分前。そして敵もさらに人員を増加し、彼も追われるようになったのが10分前のことだ。
シオンの領域の路地と暗がりを利用して別個に逃げ回る二人は、打開策を思案する。
「この数を相手取るならそっちの領地の方が向いている。私が合流しよう」
『おう。路地に入る直前にダイナーのネオンが見えた。その辺りに……待て』
「どうした?」
『……冷えるな。お前の領地の気温より、もう少し寒い』
「それは」
『おう。路地に入る直前にダイナーのネオンが見えた。その辺りに……待て』
「どうした?」
『……冷えるな。お前の領地の気温より、もう少し寒い』
「それは」
突如の銃声が二人の会話を引き裂いた。狙われたのは──
「……あと二人、追加、か?」
頭部からわずか5cmほどの位置に刻まれた弾痕を検分する暇もなく、シオンは再び走り出した。撒いたはずの集団に更に一人、完全に路地の暗がりに溶け込んだはずのシオンを見つけ出せる手練れがいる。足を止めていれば今度こそ殺される。
その言葉を残して通信が途切れたのと同時、路地を縫うようにして極寒の風と大量の雪が飛び込んできた。これがガリアスの言っていた冷気の正体なのだと悟り、無駄を理解しながらもシオンは呼びかけた。
「ガリアス? 聞こえるか?」
返事はないが、心配もない。ガリアスは数を揃えれば簡単に殺せるような男ではないことはシオン自身が良く知っている。仲間に対する信頼を胸に、彼女は壁面へと跳び上がった。
(ここは確かに路地だが、「私の」ではない。建物の特徴、道の長さ、曲がり角の先、全てが初めて見る風景──誰かの領地)
強烈に風が唸り、銃声が路地中に反響して特定を困難にする中で、狙撃手を探し出さなければならない。
建物の上へ出れば敵に姿を晒すことになる。
しかしこのまま走り続けても、逃げているつもりでどこかのキルゾーンへと追い込まれる可能性が高い。
建物の上へ出れば敵に姿を晒すことになる。
しかしこのまま走り続けても、逃げているつもりでどこかのキルゾーンへと追い込まれる可能性が高い。
二つのリスクを天秤に賭け、シオンは前者を選択した。
誘っているのか、待ち受けているのか、狙撃は止んだ。
どちらでも構わない。開けた屋上に出れば銃声の方向は多少絞りやすくなる。それをもとに位置を特定し、回避と反撃に移る──自身の「機能」であれば、不可能ではない。
どちらでも構わない。開けた屋上に出れば銃声の方向は多少絞りやすくなる。それをもとに位置を特定し、回避と反撃に移る──自身の「機能」であれば、不可能ではない。
SONAR 、REFLEX 、CONNECT …… STANDING BY.
ベランダの柵を掴んで上へ。ついに彼女を囲む建物はなくなった。狙撃が来る──
「────!」
果たして、シオンの想定通りに銃声が聞こえた。その瞬間には彼女の反射神経を超え、電気的な自動反応で腕が跳ね上がっている。幽霊の身体能力は8時の方向から迫る音速の弾丸をノールックで掴ませていた。
「チッ。またこんなのかよ」
「そこか」
「そこか」
位置を特定した狙撃手は即座に排除。定石に従い、左手を焼く痛みを無視してシオンが駆ける。
「だがアレほど馬鹿馬鹿しくはねえな。常識的で助かるぜ、嬢ちゃん」
背筋に走る悪寒。防衛本能が全てを上書きし、ほとんど転ぶように地面に身を投げ出す。
直後、彼女の目の前。1秒後にいたはずの空間を、数多の銃弾と矢が突き破った。
更には強風で勢いを削がれた矢が落下し、彼女の肩に突き刺さった。
直後、彼女の目の前。1秒後にいたはずの空間を、数多の銃弾と矢が突き破った。
更には強風で勢いを削がれた矢が落下し、彼女の肩に突き刺さった。
「くっ……」
素早く起き上がって、かがんだまま「ERROR_LOG」を無事な右手に握る。普段はぎらぎらと輝いている赤いメッセージが、今は不規則に点滅し見るからに弱々しい。
(力が……弱い? 敵の妨害か?)
良くて中距離までのレンジで戦うシオンが、飛び道具を持った集団に囲まれている。
周囲を吹雪に覆われて視界不良の中、敵集団はこちらを狙ってくるだけの腕がある。
加えて、原因不明の力によって、自身の領域の能力も抑えられている。
計算するまでもなく、不利。次も同じようにかわせるかさえ定かではない。
周囲を吹雪に覆われて視界不良の中、敵集団はこちらを狙ってくるだけの腕がある。
加えて、原因不明の力によって、自身の領域の能力も抑えられている。
計算するまでもなく、不利。次も同じようにかわせるかさえ定かではない。
「恨むなよ。俺たちも生きるためにやってんだ」
狙撃手の男の声は風に掻き乱されて居場所を特定できない。
「お前が蹂躙の快楽に耽る悪人でなければ、私の死は甘んじて受け入れる。ここはそういう世界だ。だがお前が悪ならば、死してなお、呪ってでも殺す」
「バーバ・ヤーガかよ。怖ぇな、まったく」
「バーバ・ヤーガかよ。怖ぇな、まったく」
既にシオンの最優先目標は生存に切り替わっている。そして言葉の意味からして、形は違えどそれは敵も同じようだった。
『何かあればすぐに鳴らせ』
空いたままの左手で懐のハンドベルに触れる。シオンは実動組の中で自分を最弱に位置付けていたし、事実その通りなので、ガリアスに配慮して──などと心配を「する」立場ではなかった。
「妙な真似をすればすぐに撃つ。蜂の巣になりたくなければ大人しく両手を上げろ。眉間に一発で楽に死なせてやる」
「やってみろ。お前たちが、やれるものなら」
「やってみろ。お前たちが、やれるものなら」
狙撃手、そして敵集団からは殺気を感じるものの大した圧がなかった。復活のためにどうしてもシオンを殺さなくてはならないのではなく、最低限のノルマを達成するためだけのような気迫のなさ。複数人で取り囲み、地形の利を得たにもかかわらず一気に押し切ってこないことが、敵の殺意の低さを裏付けている。
それを利用──信頼して、シオンが動いた。
「!」
敵の意識が集中している左腕が、一瞬で空へと振り上げられる。
指先に集まるいくつかの視線と照準。
放られたハンドベルに向かういくつかの視線と照準。
指先に集まるいくつかの視線と照準。
放られたハンドベルに向かういくつかの視線と照準。
意識が割れた。
そして、風鳴りと、銃声と、鈴の音。
時刻は正午。対峙する者、一人。
「よっ。今、お前一人か?」
「……それ以外に見えるかよ」
「お友達なりお仲間なり、いるなら遠慮せず呼べよ。多い方が楽しいからな」
「……それ以外に見えるかよ」
「お友達なりお仲間なり、いるなら遠慮せず呼べよ。多い方が楽しいからな」
二人を別つのは並行な鋼鉄のレール。まだ、二本分向こうに、相手はいる。
「……お前、胡散臭いってよく言われんだろ。ロクでもねえ雰囲気の、糸目の大男だ。ビジュアルだけでダチどころか知り合いの知り合いになる気も失せるわ」
「ハッハッハ、生憎そうは言われなかった。なんせ俺の暮らしてたところにゃあ、そんな顔の奴しかいなかったからな。臭いって言うなら……血生臭い、だろ?」
「ハッハッハ、生憎そうは言われなかった。なんせ俺の暮らしてたところにゃあ、そんな顔の奴しかいなかったからな。臭いって言うなら……血生臭い、だろ?」
分かっている。暴力が隣にあると言っても平和な世の中に生きてきた彼女にさえ否応なく分かってしまうほど、目の前の男の纏う死の気配は濃く、重い。
「……何しに来た?」
男の足元から滂沱 たる血河が湧き出し、自分を果ての果てまで連れて行くのではないかという根拠のない恐怖に襲われ、なんとか絞り出すことができたのは、そんな中身のない言葉だけ。
「ブッ……ハッハッハ! 何? 何って? おいおい、俺たち亡者だぜ。こうして面突き合わせて、『何しに来た』!? ハハハッ、冗談が上手いな」
当然、甘い言葉は即座に嘲りを加えて投げ返された。
ざり、と男が一歩を踏み出す。片足がレールを一本超えた。
「精々足元に気ィ付けろよ。突っかかってすっ転んでも、あたしは助けないからな」
「え、『こっち来んな』? ふーん、じゃもう一歩近付いちゃお」
「え、『こっち来んな』? ふーん、じゃもう一歩近付いちゃお」
もう一方も軽々とレールを超え、男は二本のレールの間で立ち止まった。
そこは間違いなく彼女のキルゾーン。最も優位であり、最も安心できるポイント、だったはず。
だが、額、顎、首筋、背筋──決して冷汗が止まらない。
強がりの台詞は、接近を拒む恐怖から発してしまったものであることに、揚げ足を取られて初めて彼女自身も気が付いた。
なぜ戦いもせずに、目の前の男にここまで強い恐怖を抱いているのか、それは彼女にさえ分からなかった。
死の雰囲気、血の臭い、暴力の気配──そのどれもが正しいが、根本ではない。
それで済むなら、彼女もまた、鉄の如き意地だけで、いくらだって歯向かってみせる。
だが鋼鉄の意地は、未だ何もしていない男の存在一つで、自ら折れ曲がる寸前にあった。
そこは間違いなく彼女のキルゾーン。最も優位であり、最も安心できるポイント、だったはず。
だが、額、顎、首筋、背筋──決して冷汗が止まらない。
強がりの台詞は、接近を拒む恐怖から発してしまったものであることに、揚げ足を取られて初めて彼女自身も気が付いた。
なぜ戦いもせずに、目の前の男にここまで強い恐怖を抱いているのか、それは彼女にさえ分からなかった。
死の雰囲気、血の臭い、暴力の気配──そのどれもが正しいが、根本ではない。
それで済むなら、彼女もまた、鉄の如き意地だけで、いくらだって歯向かってみせる。
だが鋼鉄の意地は、未だ何もしていない男の存在一つで、自ら折れ曲がる寸前にあった。
かん、かん、かん、かん。死の足音が近付いてくる。
下りた遮断桿が内外を隔て、警告灯が赤く点滅する。
少女の致命を再現せんと、遠方に朧げに電車が現れた。
下りた遮断桿が内外を隔て、警告灯が赤く点滅する。
少女の致命を再現せんと、遠方に朧げに電車が現れた。
「アレが『死』か。へえ、そこそこ立派じゃねえの」
「余裕カマしてんじゃねえ……! 死ぬのはテメェだ!」
「余裕カマしてんじゃねえ……! 死ぬのはテメェだ!」
遮断桿をばきりと折り取って男に向ける。だが、足は、駆け出そうとしない。
どんな相手にでも無鉄砲に向かって行く足が、あまつさえ後退 ろうとしている。
得物を構えたまま、冷や汗の染みをアスファルトに作り、立ち向かうことはおろか、逃げ出す事さえできない。
彼女の青臭い意地と、首根っこを掴んだ恐怖とが、最悪の形で行動の意思をゼロに押し止めてしまう。
どんな相手にでも無鉄砲に向かって行く足が、あまつさえ
得物を構えたまま、冷や汗の染みをアスファルトに作り、立ち向かうことはおろか、逃げ出す事さえできない。
彼女の青臭い意地と、首根っこを掴んだ恐怖とが、最悪の形で行動の意思をゼロに押し止めてしまう。
「亡者の戦いは意識の戦い」
見透かして、虎が嗤う。
「アレは殺意の具現じゃねえ。『目の前から消えてほしい』、そういう恐怖が作った、逃避のための幻像にすぎない。だろ?」
勢いを増してやってくる電車を見ても、男の笑みは少しも揺らがない。
距離を取るどころか、腰を落として真正面から迎える構えを見せる。
距離を取るどころか、腰を落として真正面から迎える構えを見せる。
「だからガッカリすんなよ」
「テメェの弱さにか?」
「お前の弱さにだよ」
「テメェの弱さにか?」
「お前の弱さにだよ」
轟々と音を立てて電車が迫る中でも、その声はいやにはっきりと聞こえた。
右足の強烈な震脚が世界を揺らがせ、人体が発したとは到底思えないような轟音が少女の耳朶 を打つ。
右足の強烈な震脚が世界を揺らがせ、人体が発したとは到底思えないような轟音が少女の
「っ、鉄条一歌、死因は電車事故──」
同時に、鋭く腰を捻って体が生み出す勢いと、低い重心と体幹に支えられた体重を前へ。
最小の動作で最大の破壊力を生む発勁 の技が、曲げた右肘の一点に全ての力を集中させる。
最小の動作で最大の破壊力を生む
「ハッ」
走る電車の前に立って八極拳を披露したところで、残るのは常識外れの愚か者の血と肉の染みである。
しかし、この場において全てを制するのは、常識を捻じ伏せる意志の強さ。
しかし、この場において全てを制するのは、常識を捻じ伏せる意志の強さ。
鋼鉄の車体と、鋼鉄の如き堅牢な死体が衝突し、想像を絶する破壊の音が響き渡った。
理外の勝負に打ち勝ったのは男の技と力、そして玩具のように振り回す殺意だった。
理外の勝負に打ち勝ったのは男の技と力、そして玩具のように振り回す殺意だった。
「甘い甘い!」
たった二本の脚は、地面を踏みしめているだけなのに小動 もしない。衝突の際に彼が発した力は電車の破壊力をも上回っていた。
その一方で、先頭車両は軽々とひしゃげ、衝突に耐え切れなかった外装やパーツが男から逃げ出すように周囲に飛び散る。突然推進力の行き場を失った電車は軽々とレールから浮き上がり、絶命する蛇のようにぐちゃりと地面に墜ちた。砂利が吹き飛び、風が一歌のスカジャンをバタバタと弄ぶ。
その一方で、先頭車両は軽々とひしゃげ、衝突に耐え切れなかった外装やパーツが男から逃げ出すように周囲に飛び散る。突然推進力の行き場を失った電車は軽々とレールから浮き上がり、絶命する蛇のようにぐちゃりと地面に墜ちた。砂利が吹き飛び、風が一歌のスカジャンをバタバタと弄ぶ。
「っ……!!」
彼女の必殺、殺意、決死。それらはいともたやすく打ち砕かれ、無造作に転がる大きいだけの鉄屑と化す。
それはそのまま、対峙する者たちの力関係を示していた。
「鉄条一歌、つったか」
男の背後にかけて風景が侵食されていく。
永遠の夕空はレトロな電灯を用いたレストランの天井で遮られ、アスファルトと砂利が敷き詰められた地面は磨き上げられた木製のフローリングに置き換えられる。
永遠の夕空はレトロな電灯を用いたレストランの天井で遮られ、アスファルトと砂利が敷き詰められた地面は磨き上げられた木製のフローリングに置き換えられる。
「遊ぼうぜ」
男の手に武器はない。必要も、ない。
その手が、その体が、最大の凶器なのだから。
その手が、その体が、最大の凶器なのだから。
「お前は英雄になれるかな?」
「やってやろうじゃねえか、カンフー野郎……ッ!」
「せめて人形くらいにはなってくれよ。虫の足をもいでもつまらねえ」
「あたしは虫でも人形でもねえっ!」
「なら動けよ」
「やってやろうじゃねえか、カンフー野郎……ッ!」
「せめて人形くらいにはなってくれよ。虫の足をもいでもつまらねえ」
「あたしは虫でも人形でもねえっ!」
「なら動けよ」
かかってこい──指先だけで挑発され、いよいよ一歌も覚悟を決めざるを得ない。
どの道両者の領域はもう混じり合ってしまった。あとは生死を別つ以外に道はない。
どの道両者の領域はもう混じり合ってしまった。あとは生死を別つ以外に道はない。
「後悔すんなよ!」
一歌のスニーカーの側面に車輪が生じた。高速回転によって急激に加速し、一気に男の下へと飛び込んでいく。
「やるかぁ!?」
男はわざとらしく右腕を大きく振り上げた。隙を見せて攻撃を誘う──あからさまに軽視されているのは癪 だが、相手がわざわざ晒した隙を見逃せるような余裕や実力は無い。
(調子くれてる間に仕留める! 殺せ、殺せ!)
遮断桿を振りかぶる。そのまま横殴りを一発見舞う──ように見せかけ、一歌は止まらずに男の背後へと回り込んだ。
「おっ」
(首を落とす!!)
しなる棹に沿って次々と車輪が生じる。無数に連なる丸鋸の刃を伴って、遮断桿が断頭の軌道で叩きつけられる。
「なんだよ、面白いことできんじゃねえか」
首がぐるりと後ろへ捻られ、虎の眼光が鋭く一歌を射抜く。
「っ──死ねぇっ!」
インパクトが一歌の両手から全身に駆け巡る。当たった感触は確かにある、しかし目の前に広がっているのは、
「拳くらい砕いてみろよ!」
振り返って、一切の恐怖を持たずに回転する車輪へと繰り出された右の拳が、わずかな傷すら負わずに遮断桿を殴り折ったという絶望的なワンシーンだった。
そのまま拳が頭を捉えなかったのはただの運だ。もしも当たれば、余力だけの一撃で確実に柘榴 を割る様に死んでいた──氷柱 を頭から丸ごと突き刺されたような悪寒に襲われる。
「まさか一発で終わらねえよな?」
見せつけるようにゆっくりと左足が持ち上がる。今度は全身の動きさえない、ただ膝を伸ばすバネだけの一撃の予告。しかしそれさえも、一歌の考え得るどの一撃より強力に思えてならなかった。
「ナメんな、クソッタレ……!」
致命攻撃も、主要な武器も通じなければ、残るは己の肉体のみ。
幸運にも、無理やりにでも動いたことで、ありもしない恐怖はどこかへ押し流されていく。
体は動く。攻撃できる。ならば殺せる。
無茶で無鉄砲であっても、その殺意を必死に手繰り寄せ、硬いレールごと拳に巻き付けて。
幸運にも、無理やりにでも動いたことで、ありもしない恐怖はどこかへ押し流されていく。
体は動く。攻撃できる。ならば殺せる。
無茶で無鉄砲であっても、その殺意を必死に手繰り寄せ、硬いレールごと拳に巻き付けて。
「オラァッ!!」
無我夢中で繰り出した拳に、男の長い脚が迫る。
手応えは無かった。
もっと言えば、彼女の手が、腕が、消しゴムでもかけたかのように、無くなっていた。
もっと言えば、彼女の手が、腕が、消しゴムでもかけたかのように、無くなっていた。
「は────」
頬に生暖かいものがかかった、ような気がした。だが、まだ右腕を丸ごと失った痛みは感じられていない。
それより早く、強く。既に知っていた恐怖が、薄いかさぶたのような希望を剥ぎ取って、とめどなく血と脂汗を流させる。
それより早く、強く。既に知っていた恐怖が、薄いかさぶたのような希望を剥ぎ取って、とめどなく血と脂汗を流させる。
「躱せ」
見せつけるように握り締める拳。全身の動きもタメもない、単純な縦拳。
──限界だった。
無意識に動いた左の手が、攻撃ではなく生存を選んで、忌々しい鈴を掴む。
無意識に動いた左の手が、攻撃ではなく生存を選んで、忌々しい鈴を掴む。
三つの領域。
「もうダメかもーーーっ!!」
「あ~~~っクソッ、誰か助けてくれぇーっ!」
「あ~~~っクソッ、誰か助けてくれぇーっ!」
三つの戦い。
「まったく。とんでもない所に呼び出してくれたな」
「すまない。だがあなたの手を借りる以外の手段がなかった」
「ババヤガのお次はクドラクか? 勘弁しろよ」
「すまない。だがあなたの手を借りる以外の手段がなかった」
「ババヤガのお次はクドラクか? 勘弁しろよ」
三つの物語。
異なる時代、異なる場所、異なる信念の者たち。
その全てが、一人の思惑によって寄り集まる。
その全てが、一人の思惑によって寄り集まる。
「ハッ──」
男の縦拳が一歌の正中を貫く直前、空間が歪み、それはまったくの同時で現れた。
「うおおおおっ!? ここどこ!?」
「踏切ぃ!? 何こんな、俺の領域じゃ……誰だ!?」
「踏切ぃ!? 何こんな、俺の領域じゃ……誰だ!?」
背後に無数の怒号を伴って転がり込んできた、喚く二人の若い男。
「落下? ……不明な領地の風景だ。空間の転移?」
「やれやれ、たいそう忙しない一日だな」
「次から次へと面倒ばかり起こりやがる」
「やれやれ、たいそう忙しない一日だな」
「次から次へと面倒ばかり起こりやがる」
氷雪の残り香をまとって上空から降ってくる、巨漢と、老人と、女。
「けけけ。愉快な姿になってんじゃねぇか」
そして、古ぼけた道着に襤褸 のコートを身に着けた、時代錯誤の死神とでも言うべき装いの藍島銀一が、手にした刀の柄尻だけで必殺の一撃を留めていた。
「──師匠」
「なんだよまったく、勿体ぶるなって! いいお友達がいるな。それに客も大勢来てくれた」
「師匠、な。俺とこの雑魚が碁でも打つ仲に見えるか?」
「なんだよまったく、勿体ぶるなって! いいお友達がいるな。それに客も大勢来てくれた」
「師匠、な。俺とこの雑魚が碁でも打つ仲に見えるか?」
ぎらり。白銀の刃に弾かれた光が、男の目を焼く。
「────」
いつ刀を抜いたのか、対峙する男にも分からなかった。理解できるのは拳がズタズタに切り裂かれていることだけ。
「な、何……? どういう状況?」
チェーンソーを手にした一条は、踏切の真ん中で睨み合う二人と一人の様子に対して素直な困惑を漏らした。
「分からない……いい方、だといいけど」
一方、灰谷の視線は相変わらず自分たちの背後に向いている。突然風景が描き換わり、見知らぬ三人が現れると同時に、追って来ていた凶暴な男たちの動きが止まったのだ。向こうがいつ、再び動き出すのか、気になって目を逸らすことができない。
次々に襲い掛かる脅威と、変化していく状況に、一般人寄りの二人は困惑を露わにする。
彼らの反対側に、シオン、ベルフリート、ガリアスがそれぞれ降り立つ。
対照的に彼女たち三人の目つきは鋭い。既に目に映る全てを暫定的に敵と見做している。
対照的に彼女たち三人の目つきは鋭い。既に目に映る全てを暫定的に敵と見做している。
「我々が『客』か。シオン、ここに何人いる?」
「19。私たちを含めて22。私たちが交戦していた一団は撤退したと考えられる」
「大して状況が変わったようには思えないがな」
「19。私たちを含めて22。私たちが交戦していた一団は撤退したと考えられる」
「大して状況が変わったようには思えないがな」
盾を構えてガリアスが数歩前へ、その後ろにベルフリートが陣取り、二人に身を隠すようにシオンが一歩後ろへ。戦槌 、双剣、赤光 のブレードをそれぞれに構え、攻撃の準備を整える。
そして中央。
「……ハハッ。これだよ、これを待ってたんだ。こういう舞台をよぉ!」
血まみれの右手を心底愉快そうに振り回して男が快哉 を叫んだ。
「死合うか? 俺ァいつでも歓迎だぜ」
死神の鼻は同類の臭いを敏感に嗅ぎ取ったようだった。藍島の手の中で、無銘の刀がくるりと回る。
その背後、右肩から先を失った一歌は、己よりはるか高みにいる者たちの邂逅と、見知らぬ死者たちの闖入 とに、発すべき言葉を見つけられずにいた。
その背後、右肩から先を失った一歌は、己よりはるか高みにいる者たちの邂逅と、見知らぬ死者たちの
混迷の中、再び男が声を張り上げた。
「諸君! お集まりいただき感謝する。俺の名は李──李 飛虎だ! おっと、名乗ったからって身構えるな。今から殺し合う気はない。やりたいってんなら止めはしないが、今は俺の話を聞け」
李がそう言うと、灰谷と一条の背後にいた男たちが一斉に武器を下ろした。これから話すことを予め知っていて従うような行動は、主従関係を感じさせるに十分だった。
「俺の目的は戦争だ。亡者どもを集めて、一斉に戦わせて、どっちが生き残るのかを決める戦いだ! お前たちは、その参加者として選ばれた」
骨の見える人差し指で、順に一歌、藍島、ガリアス、ベルフリート、シオン、灰谷、一条を指さしていく。
最後に指された一条は、当然ながらそんな異様な物言いを受け入れられるはずなどなく。
「はぁ!? 何言ってんだこいつ、頭おかしいんじゃねえか」
素直に困惑と拒絶を表す彼と対照的に、灰谷はようやく、好戦的な死者の一団と団結の理由が脳内でひとつに繋がっていた。
「いや……まさか、学校の襲撃はそのためにか?」
「察しがいいねえ、その通り。戦って面白そうな亡者の寄り合いを襲撃すりゃ、それぞれが身構えて団結する。連合のできあがりだ。俺はそういうやつらと戦いたくて、そこの雑魚どもにお前らを襲撃させた」
「察しがいいねえ、その通り。戦って面白そうな亡者の寄り合いを襲撃すりゃ、それぞれが身構えて団結する。連合のできあがりだ。俺はそういうやつらと戦いたくて、そこの雑魚どもにお前らを襲撃させた」
ベルフリートの眉が小さく強張る。
「……呆れるな。貴様の私欲に、無辜 の民を巻き込んだのか」
「ああ」
「ああ」
守護者の剣がわずかに持ち上がる。切りかかるためではない。そうしなければきっとすぐ飛び掛かっていくだろう背後のシオンを制するためだ。
「手段は阿保くさいが目的は悪かねえ。戦 ねェ、久方ぶりに馳せるのも一興か」
刀を担ぐ藍島の目には李への興味が色濃く表れていた。今すぐにでも始めて良いと、全身から迸る鬼気が言外に語っている。
「まあ待て。今おっ始めたところで……ノってくるのは四人だけ。そんじゃあ小競り合いだろ。こっちにも手勢がいる。どうせやるなら、もっと数を増やして派手も派手にやらねえとつまらねえ。そこでだ」
指が三本、天を指す。
「三日後の正午、もう一度『学校』を襲撃する。それが開戦の合図だ。止めなけりゃ無用な死人が出る。止めたきゃ戦争だ。勝って、殺して、止めてみせろ」
戦いの予感に深く陶酔 する瞳が、地べたに跪 いて青息吐息 の一歌を見下ろす。
「『自分の住処を護りたい』、大いに結構! 『弱者の保護』、泣けてくるほど美しいね! 『プライドを守る』、そういうのも大ッ歓迎だ!」
呼吸が荒いのも、全身が震えるのも、ただ血を失っているからではない。
「理由は何でも構わない。それぞれの殺意を持って、また三日後に会おう!」
恐怖と、屈辱と、弱い己への怒り。
これは下らない戦争 の物語。
悪人たちは闘争のための闘争に興じる。
若者たちは居場所を守るために立ち上がる。
守護者たちは悪を討つために剣を取る。
少女は死の運命に中指を立てる。
「上等だよ、クソ野郎……っ!!」
これは、鉄条一歌の物語である。