杜王町
人口4万7228人 「M」のアルファベットの上に王冠が乗っかったようなマークがこの町のシンボル
名産品は「牛タンの味噌漬け」 他には『ごま蜜団子』も有名なこの町は
『超能力者』を引き寄せる、奇妙な磁力のようなものがあった…。
「暑いィ~ッ…! 神様は僕をムシ殺す気か……?」
愚痴を零しながら歩く学生服の少年。
疲労困憊、といった様子の顔からはダラダラと、絶え間なく水滴が零れ落ちている。
今宵は8月ももう末とはいえ、まだまだ『夏』なのだということを感じさせる……そんな熱帯夜だった。
もう時計の針は9時を回っている。
少年の家の門限はとうに過ぎており、その上今から家に着くまでは全力で走っても15分はかかる。
家に帰る理由は至って単純。『遊びすぎた』。
中学以来会っていなかった友人と顔を合わせ、その勢いでカラオケに行くなりゲームセンターに行くなり遊んでいるといつの間にか致命的な時刻になっていたというわけだ。
「くっそおお~~~~ 最高に最悪だよーッ」
頭を掻き毟りながら、『最高』と『最悪』という二律背反な二つの単語を並べる。
既に門限に30分近く遅れているので、家に着くまで最低でも45分の遅刻。
このままチンタラ歩けば、下手をして1時間オーバーだろう。
そう考えるとなんとも言えぬ不貞腐れた気分になって、(どーせ45分も1時間も変わらないだろ、ちょっとアイスでも買ってくかなぁ)
なんて考えが浮かんだが……生憎、彼の帰路にコンビニは無い。
代わりに眼に留まったのは一台の自販機。
「クソッ、母さん怒るだろうなぁ…憂鬱だ」
懐から財布を取り出し、500円玉を自販機に投入する。
購入したのはコーラでも紅茶でもなく、ただの麦茶。
こういう風に落ち込んだ時、彼は麦茶のような落ち着いた飲み物を好むのだ。
「あれ、お釣り340円のはずなのに40円多いや 前の人が忘れたのかな……
へへ、ラッキーッ」
彼を励ますようなサプライズに、少しだけ頬を綻ばせた。
案外単純なのか、たったそれだけで彼の心の暗雲は一気に吹き飛んで
「よーし さっさと帰るかなーーっ」
と、にこにこと楽しげな表情で再び脚を動かし始めた。
しばらく歩いて、大通りから路地裏への小道に入る。
この小道はちょっとしたショートカットで、彼の愛用している『裏ワザ』だった。
しかし、今宵の小道は普段とは少し雰囲気が違う。
「うっ…なんだか気味悪いぞ …ま、今まで夜にこの道通ったことってないから、当然といえば当然だケド……」
それでも怖いものは怖い、歩みを進める彼の足は自然と早足に。
(や、やっぱ時間かかってでも表の道を行けばよかったかな…!)
そんな考えが浮かんだ、直後
「……!?」
女性が一人、ボロ布に包まって小道で倒れていた。
いや、女性というよりは『少女』……年は明らかに自分より小さい。
顔は見えないが、その大きさからすると12~14歳くらいだろうか。
「な…ッ!!だ、大丈夫ですかッ!」
駆け寄って、その小さな肩を揺する。
(冷たい……!)
(救急車を今から呼んで間に合うのか…!?いや…それよりもまさか、『既に』………ッ!)
最悪の事態が頭を過ぎり、背筋に冷たいものが走る。
「しっかりしてくださいッ!」
見ず知らずの人間とはいえ、小さな子供 それも少女が死んでいるところに出くわすなんて、そんなショッキングな夏休みがあってたまるか――
少女を呼び起こそうとする思考の片隅で、そう思った。
すると突然
「……」
少女の身体がムクリと動いた。
そのまま、休日の朝のように気だるげに身体を起す少女を見て少年は
(い、生きていたのか……良かった
…し しかし 彼女の体温 やけに冷たかったぞ…)
(人間の生きてられる『限界の体温』ってのは25度だそうだが、今の彼女の体温はそれ以上だったか…?
あくまで体感的にだが、に、20度も無かった気が…)
(……馬鹿馬鹿しい、もう考えるのはやめよう…この子が生きていた それで良いじゃないか…)
「無事で何よりです……何があったのか知りませんが、一応救急車を呼んでおきましょう」
「……いえ 良いわ それより喉が渇いたの」
「え?…あ、そうですか……すいません、今持ち合わせてるのは麦茶しかないんですけど…(一口飲んじゃったけど)」
「いえ 麦茶はいらないわ」
「じゃあコーラですか?コーラはすぐそこの自販機で買ってこないと…ちょっと待っててください」
「違うわ コーラでもないのよ」
「……?じゃあ何が飲みたいんですか? 言っとくけど、サイダーは自販機のメニューにはありませんでしたよ」
「そんなの決まってるじゃない、私が飲みたいのは――」
少年は、大きな間違いをしていた
『帰り道に死体に出くわす』のが『最悪』なのではない…
『最』も『悪』いのは……
「――――あなたの『血』よ」
「なにィィィーーーーッ!!!」
――『彼女に近づいたこと』だったのだ
先ほどまで後頭部しか見えていなかったため分からなかったが、彼女の顔は半分が白骨化し、その肌はグズグズに腐敗していた。
少女の異様に発達した犬歯が、少年の腕へ突き立てられる……。
「あぐああああーーーッ ま、まさか、この少女ッ!『ゾンビ』ってやつなのかあぁーーーッ!!」
腕に激痛が走るが、痛み以上に『恐ろしい』。
これではっきりした。この少女は『死んでいる』。
にも関わらず、彼女は自分の肉を喰らおうと動き、襲い掛かってきているのだ
(ぐっ…こ こいつ! ただ噛み付くだけじゃあない…
何かを『注入してきている』のを感じるッ!
映画とかで見たことがあるぞ……ゾンビってのは、噛み付いた獲物に伝染していくんだ…)
だとすれば、少年の先に待つのは悲惨な結末。
人としての道を外し、醜い化け物として生きる他ない。
……だが、それは『本来であれば』の話。
彼には、その道を逃れる『能力』がある!
「くそっ させるか…!
この城所 常章 (きどころ つねあき) をナメるなよッ!」
糸目だった少年の眼が見開かれ、それを合図に彼の肉体から姿を現したのは奇妙な人型。
体の中心、ちょうど腹の辺りには羽車のようなものが取り付けられており、口元からは絶え間なく煙が吐き出されている。
その正体は少年自身の生命エネルギー!少年自身の意思で自在に動く、パワーある像(ヴィジョン)!
この像(ヴィジョン)は同じ能力を持っている人間にしか見えることはない。
しかし、少年のような『見える』者達はこう呼ぶ!『そばに現れ立つ』というところから、『スタンド』とッ!
そして、少年の『スタンド』の名はッ!
Mr.バッド・ガイ
「『悪人』ッ!!」
「ガルルゥゥア……」
少女 いや、ゾンビは腕に噛み付く力を緩めようとはしない。
当然だ、『スタンド使い』でない彼女には何も見えていない。
何も状況は変わっていないのだ。
「オラァッ!」
少年のスタンド、『悪人』が少年自身の腕を殴る。
ゾンビに噛み付かれている腕を。
すると、少年の腕が姿を変える。
固体から、気体…煙へ。
煙となっていく肉体の中から、注射器一本分ほどの液体がドロリと地に落ちた。
煙を噛むことが出来るわけも無く、急に噛む対象を失ったゾンビの顎は勢い良く閉じられる。
「アギャァァアアァァアーーーーーーーッ!!」
「舌を噛んだらしいな……今僕の腕の中から出てきたのが『ゾンビに変化させるエキス』ってとこか?
じゃあ解毒は済んだってことだな…
言っとくが、僕はアンタに対して容赦はしないぞ…人の姿をしてるったって、アンタが僕を殺しに来たことは明白だからな!!」
気化した腕を元に戻しながら、『何が起きてるんだ』といった表情のゾンビへ話しかける。
それは宣告。
これから行われるのは『執行』だという宣告だ。
「オラ オラァッ!!」
ゾンビの顔面に、『悪人』の右ストレートと回し蹴りが叩き込まれる。
殴りつけられたゾンビは先ほどの少年の腕のように、頭部から煙となって気化し……そのまま消滅した。
「止まった……ってことで良いのかな…?
スタンド能力のせいなんだろーが、誰がこんなことを………」
あの少女が、何者かによってゾンビに改造されたのは間違いない。
スタンド能力には様々なものがある。人間をゾンビに改造する能力だってあるだろう。
「…早く帰ろう まだもう一体くらい、ゾンビがいるかもしれないし……」
とにかく、早くこの場から立ち去ろうと再び足を動かす。
もしかしたらゾンビどころか、犯人がまだこの辺りをうろついているかもしれない。
その犯人と出会うようなことがあっては洒落にもならない。
そう考えてもう一度足を動かした、その時だった。
背後から、何かが迫ってくる強烈な気配。
「! オラァ!!」
咄嗟に振り向いて、背後に『悪人』でパンチを放つ。
『悪人』の拳と、何かがかち合う。
「この感触ッ!間違いない 『拳』だッ!
そして、僕のスタンドの拳に触れたってことは……お前スタンド使いか!」
「ゲヒ、ゲヒヒヒヒ!! なるほど なかなか鋭い勘してるじゃあねーか!」
耳障りな笑い声を響かせる相手は囚人服の男。脱獄囚だろうか?
そして、男の操るスタンドは毒々しいカラーリングの、自分と同じ人型のスタンド
口元の牙と背中の棘が印象的なスタンドだった。
男のスタンドが、地を蹴って自分と距離を離す
身のこなしが軽やかな点と自分のスタンドと互角のパワーを持っていた点
『近距離パワー型』と見て間違いないだろう。
「てめーッ あの女の子をゾンビにしたのはお前かッ!」
「イエェェ~スッ そして、テメーも『触れちまった』からな……!」
男が指差したのは、先ほど敵スタンドのパンチを受け止めた『悪人』の右腕。
見るとそこには…
「なんだこれ…」
デジタル数字で、『2014.08.22 21:38』と表示されていた。
『2014.08.22 21:38』
「な…なんなのだ この数字は!?
この男一体何をしたのだ!?」
腕に刻まれたデジタル数字はまるで、食品のパッケージに表記されている『消費期限』のようにも見える。
そして、その時刻は現在から約5分後。
「見れば分かるだろ?『消費期限』さァ~ッ
『傷みやすい食いモノ』てのは『安心して食えるタイミング』ってのが限られてる…
それを表示してるのが『消費期限』」
「?なんの話をしてるんだ おまえッ!」
「察しの悪ィー野郎だッ!その『期限』を過ぎたらテメーはグズグズに腐るっつってんだよッ!!
あと5分弱ってところだなあ~~ッ」
男の宣告を受けて、少年――城所 常章 (きどころ つねあき) の表情が強ばる。
その様子を見て、満足そうに男は続けた。
「それもタダ腐るってわけじゃあねー……
テメーがさっき倒した譲ちゃんみたいに、新鮮な肉を求めて彷徨うゾンビになるのさあ~~っ
それがこの俺、『ガス・G』のスタンド…『漆黒の大地(ブラック・アース)』の能力ッ!」
「…なるほど よく分かったよ
しかし、なぜおまえがこんなことをするのかは全くわからないな…
なんの理由があってこんな通り魔みたいなことをするんだ?」
「小さい女の子ってのは可愛いモンだよなあ~~ッ
特に絶望して泣き喚く顔は最高だ 見てるだけで勃起モンだぜ……
…でも、俺は絶望に顔を歪めた死体となった姿のが断然好きだね」
「……反吐が出るな このゲス野郎ッ!」
言うが早いか、ガス・Gと名乗った男へ突っ込んでいく。
残り5分で自分の肉体が腐るのであれば、それまでに相手を叩きのめすまでッ!!
「オラオラオラオラッ!!」
射程に入ると共に、『悪人』による突きの連打を放つ。
近距離パワー型ならではのスピードとパワーがガス・Gを襲った。
が、
「ボンクラがーーッ
俺のスタンドだって近距離パワー型なんだぜ!その程度受け止められないと思ってんのかーッ!!」
ガス・Gの『漆黒の大地』が目まぐるしいスピードで腕を動かし、『悪人』の拳の一つ一つを正確な動きで逸らしてい。
結果、常章の攻撃は全て外れてしまった。
そして、攻撃を受け流されて生まれた隙をガス・Gは逃さない。
「今度はこっちの番だぜェエェーーーーッ!」
『漆黒の大地』が間髪入れずに左ストレートを繰り出す。
近距離パワー型らしい、威力もスピードもある鋭い一撃。
「オラァ!」
しかし、常章が行ったのは防御ではなく、相手のストレートに負けず劣らず鋭い膝蹴り。
相手の攻撃を受け止めるのではなく…
「てめえより早くぶち込むッ!」
「なにィッ ぐほッ!」
常章の狙いは成功し、ガス・Gは攻撃に怯んで攻撃を中断する。
「1cc残らず吐き出すんだなあ~~ッ
肺ン中の空気をよぉ~~~ッ
そしてッ!」
怯んで体勢を崩した『漆黒の大地』へ
今度こそ突きの連打を叩き込む!
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ
オラオラオラオラオラオラオラオラアァーーーーッ!!!」
「ぐおおおおおおッ!!」
ラッシュを受けた『漆黒の大地』とガス・Gは大きく吹き飛び、壁に激突した。
激しい衝撃により辺りに砂煙が立ち込める。
常章は、恐らく奥にはガス・Gがいるであろう煙を睨みつけ、構えの姿勢を解こうとはしない。
「……まだだ
ギリギリで、防御の姿勢をとってガードしてたな」
ガス・Gへのダメージは恐らく浅い。
事実、自分の腕に刻まれた『消費期限』はまだ残って――
『2014.08.22 21:37』
「……?」
表示に何か違和感を感じた。
気のせいか……?もう一度、目を凝らして確認してみる。
『2014.08.22 21:37』
「いや、違うッ!! バカなッ 『短く』なっているッ!
消費期限がさっきより1分『早い』ぞッ!」
「やっと気がついたかよお~ッ
自分の犯した『ミス』によ~~~ッ」
煙が晴れ、ガス・Gが『漆黒の大地』と共に姿を現す。
常章の予想通り、頭を打ったのか血は出ているものの大きなダメージを負った様子はなかった。
「夏ってのは良く食べ物が腐って困るよな……
前に本で読んだが、菌ってのは25℃から40℃が一番活発になるらしい
…ところでおまえ、『汗かいた』よな」
「!
……ぼ、ぼくの体は今ッ!
さっきのラッシュによる運動とかいた汗によって『高温多湿』だッ!!」
「くそッ!
体温が上がると腐食が早まるッ!
冷やさなければッ!体を冷やさなければいけないッ!
し…しかし、どうすれば良いんだ!?」
「今日、昼間にすぐそこで『カキ氷屋』が開いてたが……
屋台だったからな…もうここにはいねー
それ以外に、おまえの体を冷やしてくれるものなんか街中に存在するかな…?」
挑発的な表情でガス・Gが尋ねる。
こうしている間にも、常章の『消費期限』は迫ってきている。
「そ…そうだ 『麦茶』……
さっき『麦茶』を買ったんだッ!
飲めば多少は体が冷えるはず……」
不意に思い出してカバンを探る。
どれだけ体が冷えるかは分からないがやってみる価値はある。
しかし。
「ぬ…ぬるい!
全然ぬるいぞッ!」
「マヌケが!
今日は熱帯夜だぜ 飲み物なんかあっという間に温まっちまわーッ」
望みを絶たれた常章へガス・Gが迫る。
消費期限が切れるまであと2分34秒!
「ま…守らなくてはッ!とにかく、今は奴の攻撃をこれ以上受けてはいけない!」
「ウッシャアアアアアアアッ」
「オラオラオラオラオラオラオラ」
『悪人』と『漆黒の大地』のラッシュがぶつかり合う!
しかし、ラッシュを行うということはそれだけ体温が上がるということ!
それが頭を過ぎり、常章は一瞬反応が遅れた!
「お返しだぜッ!」
「グッ」
結果『漆黒の大地』が競り勝ち、『悪人』の腕が弾かれる。
そして、がら空きとなったボディに『漆黒の大地』の手刀が入るッ!
鋭い手刀は真剣の如く、『悪人』の肉を切り裂いた。
スタンドのダメージは本体へ。
ダメージがフィードバックし、常章の胸元からも血飛沫が噴き出す!
「ぐおおおッ
し…しかし 致命的なまでに深くはない…!」
「いいや致命的だね!
おまえは血を触ってなにも感じないのか?」
ガス・Gの言葉を聞いて、その言葉が一瞬理解できなかったものの…
自分の傷口を手で触ってすぐ分かった。
「そ…そうかッ!
『血』は『温かい』んだッ!
ま……まずいぞ!このままでは…」
ハッとして腕を見る。
『消費期限』は……
『2014.08.22 21:35』
「しまったアアアーーーーーーーッ!!!」
「俺の計算ではてめーの消費期限が切れるまであと15秒もねーッ!
グズグズに腐ってゾンビになるんだなーーッ!」
ガス・Gが高らかに宣言する
最早常章の敗北は決定したかと思われた!
「全く、今日は最高にツイてないよ…
『自業自得』って感じもするけどさ!
『これ』だけはやりたくなかった……
『悪人』ッ!!」
『悪人』が呼びかけに応じるように、こちらを振り向き常章へパンチを放つ。
それと同時に、常章自身も『ぬるく』なった先ほどの麦茶を取り出し、中身の液体を自分にブチ撒けた!
いや、正確に言えば『常章を殴った』のではなく…『常章にかかった液体と傷口の血を殴った』のだッ!!
「『液体』ってのは気化すると周囲から急速に熱を奪う…
このお茶だって 血だって
『液体』だからな……」
彼の体にかかったお茶と血が気化し、彼の肉体から熱を奪った!
彼の肉体の一部を凍りつかせるほどに…!
「なんだとオォーーーーッ!!!」
「関節は外したが、さすがに冷たいし痛いな…
だが……これで『冷凍保存』が出来たってわけだ」
『2014.11.11 21:37』
『2014.11.11 21:37』
「オイオイ、三ヶ月弱も伸びちまったぞ…
日数にして『81日』ってところか
そんだけありゃあ、アンタを何発殴れるだろうな……?」
凍りついた腕に表示された『消費期限』を一瞥し、指鉄砲を突きつけるようなポーズと共に話す。
そのポーズを崩さず、こう続けた。
「一応聞いておくが……
ぼくにかけたこの『消費期限』の能力…今解くってんなら刑務所送りで済ませてやる
『慈悲深く』ね…」
ガス・Gはこちらを睨む常章の眼に何かを感じ取ったらしく、「フム」と声を漏らしてポケットから腕時計を取り出した。
時刻を確認すると、それを右手の中に握り込んだまま話し始めた。
「……なるほど なかなか肝っ玉据わってるじゃねーか……
あんまり予想外だったんでさっきはビビッちまったが……
だが!それだけでオレに勝ったと思ってるってんならお笑い種だぜッ!」
能力を封じられたにも関わらず、ガス・Gは動じるような様子を見せない。
それどころか、不敵な笑みを浮かべてすらいる。
「『能力を解け』だと!
良いだろう お望み通り解いてやるよオォーーーッ!」
常章の腕から『消費期限』が消えるのと、『漆黒の大地』が『悪人』へ距離を詰めるのとはほぼ同時。
「『悪人』!!」
『オラア!』
迫ってくる『漆黒の大地』へ、カウンターとして右足による回し蹴りを放つ。
しかし、その一撃を『漆黒の大地』は容易く右腕の前腕で受け止めてしまった。
「ボケがッ!!
イヌイットでもねーおまえがそれだけ冷えた体でスタンドパワーを完全に発揮できるのかっての!!
あれだけ体温を失って弱ってねーわけはないよなああ~~~ッ」
『ウシャアッ!』
間髪入れず、左腕による顔面を狙ったパンチが放たれる。
右手でなんとか受け止めるが、今度は『漆黒の大地』の右腕が『悪人』の股をすり抜けて顔面を狙う!
「クッ…」
「ノックダウンしてやるぜエェーーーーッ!!」
「……!」
先ほど攻撃を受け止めた右手に力を籠めることで自身の体を持ち上げる。
結果、『漆黒の大地』の左拳の上で片手逆立ちをするような体勢となり…顔面への一撃をかわした。
「危なかった…こんな曲芸みたいな動きが本当にできるとは
『近距離パワー型のスタンドで良かった』と心から思うよ……」
常章自身成功するかは分からなかったらしく、その表情は得意げでもあり安心したような顔でもある。
『オォオオオォ
ラアァッ!!!』
「ぐッ!」
『悪人』の頭突きがヒットし、先ほどの傷が開いたのかガス・Gが頭部から血が滴り落ちる。
そのまま腕から手を離して着地し、前蹴りを叩き込んで『漆黒の大地』を突き飛ばした。
(ハー……ハー………
ま まずいぞ…スタンドパワーがかなり消耗してきている……
ヤツの言うとおり体を冷やしすぎた…!氷を溶かなければ……
しかしこの氷を溶いてまたヤツの能力を受けてしまえば今度こそ終わりだ!
どうすれば……)
(チクショオオッ 今度はモロにもらっちまった……
だが…手数ではあのガキの方が上回っているが実際のところダメージは互角と見たぜ…
いや!凍傷によって芯から冷えてスタンドパワーの弱まっているヤツの方が不利!
実際さっきの攻撃もそこまで重いものではなかったしよオォ~~~ッ)
「このまま戦闘を長引かせるのは不味いッ!
スタンドパワーが残っている次で決着をつけるッ!!」
「今のヤツのスタンドなら攻撃をいなすのも簡単だろう
殴り倒してもいいし機会があれば『消費期限』を再設定しても良いッ!
とにかくこのまま押し切ってやるぜェェーーーーッ」
「ぼくのスタンドパワーが尽きる前に!
次で決めるッ!」
「『悪人』!」
『オラオラオラオラオラァ!!』
常章のスタンド、『悪人』が常章の体に張っていた霜を殴る。
それは『煙』 つまり『霧』となって周囲を覆った。
「なに!氷の鎧を脱ぎ捨てやがったッ!!
しかも霧によって辺りがよく見えないぞ」
霧が覆っているのはあまり広範囲ではなく、その気になれば見晴らしの良い霧の外に逃れることもできるだろう。
(だが、今霧の外に出るのは賢い人間のすることじゃあねー
恐らくヤツは、オレが霧の外に出る瞬間を死角で待ち伏せている!
シモ・ヘイへみてーにな……)
「ム!」
(この音は足音!
なるほど、霧でカモフラージュして不意打ちをするつもりか!
いいぜ 迎え撃ってやるよおお~~ッ
今この濃霧の中で下手に動くのは賢い者のすることじゃあねーからな……)
周囲に神経を張り巡らせつつ、右手に握り込んだ時計を確認する。
(……9時43分だとォ?
変だな…さっき確認した時からほとんど時間が経ってねーぞ
まあ 戦場での時間ってのは濃密なもんだからな
体感時間よりも時の経過が遅いってこともあるか……)
「!」
前方!11時の方向ッ!
影が二つ! 常章と『悪人』のものだッ!
『オラアッ!』
「そこだああぁーーーーーッ!!!」
霧の中から『悪人』のパンチは『漆黒の大地』によって受け止められてしまう!
「グヒャヒャヒャヒャーーーッ
言っただろーがよおーーーーッ
今 てめーはスタンドパワーが衰えてる状態なんだ
スタンドの『スピード』だってのろくなってるんだぜエェーーーーッ
そしてッ!」
「ぐッ!」
今、常章の体には氷が纏わりついていない!
霧は氷の特性を受け継いでいるため多少は冷たいものの、直に肌に触れることで冷やしている時と比べれば
効果は遠く及ばないッ!
よって『漆黒の大地』の能力は『有効』!
『2014.08.22 21:48』
「今てめーの腕を折ると同時に『消費期限』を取り付けたああーーーーッ
これでおまえは逃げることもできない!かといってその折れた腕で5分以内にオレに勝つなんて真似はできるわきゃねー
よなあああ~~~~~~~ッ」
「この勝負 オレの勝ちだああーーーーーーーーーッ」
『オラア!!』
「がッ……!? プッ………」
『悪人』の拳が『漆黒の大地』の顔面にクリーンヒットする!
今までで一番素早く、威力ののったパンチ!
「ば……かな…
きさまに……しょ しょんなパワーは 残って…ないはずッ」
(この時までスタンドパワーを溜めていたというのか?
オレが隙を見せる瞬間を待っていたというのか?
腕を折らせてまで……ハッ!)
(お…オレにパンチを叩きこんだのはッ!
『さっき折ったばかりの』右腕だッ!
バカなッ!折れた右腕であんなスピードと威力が出せるわけが…)
状況が飲み込めず混乱するガス・Gを見て、呆れたように肩をすくめる常章。
「やれやれだ
まだ気付かないのか?
時計の文字盤を見てみるんだな…」
「と…時計の文字盤だと……?
……アッ」
「も…『文字盤がひっくり返っている』ッ!
き…きさま!『霧』を使って俺に嘘の時計を見せたな!
水滴に時計を映して上下反対の像を見せたな!
それでは今 おまえの『消費期限』は!」
「今実際の時刻は21時47分38秒…『消費期限』が切れるまであと30秒も無いよ
でも『アンタの能力のおかげで』最高に力が溢れてくる…
初っ端から『消費期限』が短いってことはつまりそれは『新鮮』ってことでもあるんだ…
『5分』ってのはこの副作用を発生させないギリギリのラインだったんじゃないか?
もっとも
ぼくが今からアンタをぶちのめすのには22秒もかからないけどね……」
ガス・Gが先ほど、『消費期限』を正確に設定するため腕時計で時刻を確認していたのを常章は見逃さなかった!
そして、ガス・Gの能力が実際の腐食現象を忠実に再現していることから『新鮮』状態の存在を割り出し
霧を利用して相手のミスを誘ったのだ!
「ブ!『漆黒の大地(ブラック・アース)』!能力を解除し……」
『漆黒の大地』が能力を解除すれば、常章は『新鮮』状態が解除されて再びスタンドパワーが弱まるだろう!
しかしッ!現在の常章は全快状態!それどころか、普段の数倍のスタンドパワーを手にしている!
スタンドのパワーも、スピードも、正確さも圧倒的!能力の解除よりも早く!
ガス・Gにラッシュを叩き込むッ!!
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ
オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ
オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラアァーーーーーーーッ!!!」
「ぐぶあああああああぁあっ」
「『天網恢恢疎にして漏らさず』……
懲役何年になるかは知らないが、じっくり償うんだな……」
止めの一撃を叩き込むと共に、腕に表示されていた『消費期限』が消える。
最後に気絶したガス・Gの存在を警察に報告してから、常章はその場を後にするのだった。
「つ~~~~ね~~~~~あ~~~~~~~き~~~~~~~~」
「いででででで!!違うって!これには深い深い理由がーッ」
○「城所常章」―スタンド名 『悪人(Mr.バッド・ガイ)』
ガス・Gの能力によって傷は全快したが、その後母にこっぴどく叱られる
ガス・Gの能力によって傷は全快したが、その後母にこっぴどく叱られる
○「ガス・G」―スタンド名 『漆黒の大地(ブラック・アース)』
脱獄、強姦、誘拐、殺人などの罪に問われる 再起不能
脱獄、強姦、誘拐、殺人などの罪に問われる 再起不能
使用させていただいたスタンド
No.2163 | |
【スタンド名】 | Mr.バッド・ガイ |
【本体】 | 城所 常章(きどころ つねあき) |
【能力】 | 殴ったものを煙に変える |
No.2054 | |
【スタンド名】 | ブラック・アース |
【本体】 | ガス・G |
【能力】 | 触れたものに「消費期限」を設定する |
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