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トーナメント断章『占い師の条件』

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orisuta

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「さて、それじゃあそろそろ私は『運営』に報告してきますね。でわでわっ!」
立会人、遠見妃奈子の小動物のような背中を見送りながら、
秘森セレナは彼女が『センパイ』と呼んだ立会人に話しかけた。

「立会人って正直かなり特徴的な人ばかりなんですねぇ」
「まーねーっ! そうでなきゃこんな仕事務まらないっしょー★
ま、ヒナっちに務まってたかは疑問符が付くけどねー、キャハッ★」
ひどく『特徴的な』喋り方をする『センパイ』と呼ばれた立会人は、大袈裟な身振りを交えて応えた。

「でもまぁありがとねっ。どーやら可愛い後輩ちゃんを助けてくれたみたいでっ★」
「まぁ成り行きですよ。私も結構大人げなかったですし」
「いーのいーの! ヒナっちにもいい薬になったっしょー★
あの子、やる気を出さない方向にやる気があるからねー。
一回マジ痛い目見ないとわかんなかったかも。
頭も体も一回冷やしとけ? みたいな?」
「ふふ、立会人さんにそういってもらえるとありがたいですね」
「うんうんっ! ホント助かったよ! お礼に少しくらいなら便宜を図っちゃうカモ★」

あくまで享楽的な口調で、立会人は朗らかに彼女に問う。
それはあまりに何気なく持ち出された為に、些細な善意の提案の様に見えた。
だが実際、スタンド使い同士が戦うこの『トーナメント』において、
立会人から便宜を図られるということの意味は途方もなく大きい。
ただ、相手のスタンドの能力を流すというだけでも。
相手の手札を一方的に確認できるポーカーをすることと同義なのだから。
無論、それを十二分に理解している立会人の思惑は他にある。
一回戦で彼女が行った不正行為と、それに考えなしに手を貸した
仰木健聡をトーナメント上から抹殺することである。

(一回戦はあのクソ女をぶち殺すために健聡っちに色々手ぇ回して上げたけど、
ぶっちゃけあの独断専行が公になると私の立場もちょーっとまずいんだよね★)
(だから、健聡っちには悪いけど、二回戦で無様に敗退してもらいまーす。キャハッ★)







彼女は、秘森セレナの一回戦での立ち回りをみて、この提案に乗ってくることはほぼ間違いないと踏んでいた。
彼女の後輩のあのアホの子っぷりと、自分のこの軽薄な喋り方をみて彼女は立会人に対して適当な印象をもっている。
故に、この提案も単に、馬鹿が無邪気に差し出した善意の提案に見えるだろうと。

(姑息な女狐にプレゼント、善意の香りを振りまいた餌を存分に召し上がれ? みたいな?)
「ほらほら、何でも言ってみ? 全面的にバックアップしちゃうよ★」
「そんなに言ってくれるのでしたら……」

おずおずといった口調でセレナが切り出したとき、彼女は心の中で嘲笑っていた。
秘森セレナもまた、善人の皮を被ったつまらない人間に過ぎないのだと。

(あとは、この女狐がどれだけ図々しいかが見どころだねっ。
あの卑怯な戦い方を見るに、ケッコー露骨なこと言ってくれると期待してるんだけどさ★)

だが、しかし彼女のもくろみは秘森セレナの次の一言で大きく狂うことになる。
秘森セレナは、あくまでお願いという体を崩さず、彼女にこう尋ねた。

「じゃあ、あの、このトーナメントに探りを入れてる人物に、心当たりあるでしょう?
その人物の情報を流してもらえないかな…………なんて」







彼女は、自身の享楽的な仮面にひびが入るのを感じた。
引き攣る口元を懸命に抑え、湧き上がる動揺を隠そうと努力する。

「えー、なんでそんなことがあなたにわかるのかな☆
私如き下っ端がー、そんなことを知ってるって確証があるわけ? どうなの?」

自分でも自身の口調に違和感が生じていることが分かったが、吐き出される言葉は止まらない。

「つーか意味わかんない。こっちはトーナメントで便宜を図ってやってるつってんにさぁ☆
それ関係なくね? 私にメリットなくね? みたいな」
「メリット、ねぇ……」
「………………チッ……」

にこやかに、秘森セレナが彼女の言葉を繰り返す。
この時点で、善意の協力者と無知な参加者の構図は完全にひっくり返っていた。

「メリットならありますよぉ。あなたが『後始末』で忙しくしている間に、
私があなたの用事を代わりに済ませてあげようっていうんですから」
「それって……どういう……?」
「察しが悪いですねぇ……だから『わざわざ私の参加するトーナメントに探りを入れてきた権力者』に
私も少しだけ用があるってことですよ」

ギシリ、と表情が歪むのを感じた。
もはや享楽的な仮面をかぶっているだけの余裕は彼女にはない。
ただ感情を押し殺すだけの無表情だけを顔に張り付けて、彼女はセレナを凝視する。
だが、柔和な表情を崩さない彼女の顔からは何の感情も読み取れなかった。

「あんた……だったわけね。このトーナメントに五月蠅い羽虫を呼び寄せたのは……」
「正体不明の団体が主催する奇妙なトーナメントなんて、
纏わりつくのが大好きな羽虫には格好のデザートだと思いません?」
「キャハハ、姑息な女狐かと思ったらとんでもない食わせ物だったってわけね。
デザートにしては後味悪過ぎ? みたいな?」
「お褒めにあずかり光栄です」
「まったく、あんた占い師には向いてないよ。いっそ詐欺師にでも転職したら?」
「うぷぷ、考えときます」







もはや大勢は決していた。
彼女は天を仰ぐと、ポケットから一冊のメモ帳を取り出して、セレナに渡した。

「これは…………?」
「羽虫が持ってた手帳、依頼人の連絡先とか、報酬とか、色々。
あいつ相当几帳面だったみたいでギッシリよ。
あ、それともちろん暗号で書いてあるから」
「ふふ、腕が鳴りますねぇ」

「はいはい、それじゃあ

「「お互いもう会うこともないでしょう」」

……ですか?」

「…………あんた、性格悪いよ」
「それもお互い様ですよ。では、次の対戦の日時が決まったら伝えてください」

ひらひらと手を振って、セレナがファミリーレストランを後にする。
セレナのスタンド、【オネスト・ウィズ・ミー】が残した惨状を眺めながら、彼女は奥歯を噛み締めた。

(くっそ、マジむかつく。あの女狐、余計な後始末を残していきやがって……)
(これで健聡っちにも負ける様な事があったら末代まで祟ってやる。
むしろあいつを末代にしてやる? みたいな?)
(それにしても、たかがペテン師って煽っただけでこんなにすること…………)

そこで、彼女はあることに気付いた。
先ほどのやり取りの中で、彼女はセレナに『詐欺師』という言葉を使ったことを。
だが、セレナは表情をピクリとも変えずに、にこやかに言葉を返した。
ペテン師と言われただけで、対戦相手を壁にめり込ませるほど激高した彼女がだ。

(……………………………………………キャハッ★)
(あの女狐、まだ一枚仮面をかぶってやがったわけね、
『かくれんぼ』なんてゲームを考えたのも、ルールの抜け道を作ったのも、
全部トーナメント関係者を盤上に引きずり出すためだけの策略で、
その上で押し付けがましくヒナっちに恩を売るためだけに、
あんなふざけた茶番をして見せたってことなのかなっ★)

今となっては、真実などセレナにしかわからない。
ただ一つ言えることは、このトーナメント第一戦において全てがセレナに有利に動いたということだ。
まるでこの戦いの結末自体が、最初から決定していたかのように。

(……あーあ、全く。ほんとつくづく、あいつは占い師に向いてない)

(あいつの描く未来には、遊びってもんがなさすぎるのよねー★
隙がないから好きになれない? みたいな?)







「なあ、恐怖とはなんだと思う」

汀兆児(みぎわちょうじ)は親子ほど年の離れているその男に向かって問いかけた。
その男の足元には彼が着ていたであろう高級感のあるスーツや下着が無造作に散らばっている。
慌てて脱ぎ捨てられたであろうその衣類の中心で、その男は脂汗を浮かべながら全裸で土下座していた。

「き、き、恐怖とはは、、あなたです。あ、あなたさ様、が恐怖なのです、すす」
噛み合わない歯の根を必死で噛み合わせながら、その男は無我夢中で声を絞り出した。
その姿からは、彼が現在与党で重鎮と呼ばれる立場の存在であることなど想像もできない。
「そうだ。恐怖とは俺自身だ。俺こそが恐怖だ。
全ての感情は恐怖に優先される。わかるな?」
世間の常識を噛んで含めるように淡々と、汀は言葉を紡ぐ。
もし、男がスタンド使いであったなら汀の傍らに寄り添うように立つ巨大な二本の角を持つスタンド、
【ロード・トゥ・バビロン】が見えたことだろう。

「りり理解しています、、全てのこ事柄は、あ、ああなた様に優先されるべきでございます、、」
「ふん、歯切れのわるい家畜だ。理解したなら、動け。全ての労力を俺に傾けろ。ぐずぐずするな。退け」







死に物狂いで自らの衣服を掻き集める男に微かな嫌悪感を抱きながら、汀はその場を離れる。
この料亭の主が、汀と目を合わせないようにお辞儀するのを一瞥し、彼は自らのリムジンに乗り込んだ。
同時にリムジンが滑らかに動き出し、夜の街を淀みなく走る。
と、スーツのポケットに入れてあった携帯が身を震わせて着信を知らせた。
秘書からの着信であることを確認し、携帯をとる。

「私だ。今日の『会談』も問題なく終わった。家畜を一匹増やすことになったがね。それで、何の用だ」

汀のスタンド【ロード・トゥ・バビロン】の能力。
それは殴った相手に『絶対的恐怖』を植え付けるというものだ。
無論、その能力を扱えば相手は彼に『絶対服従』の奴隷となる。
しかし、絶対服従の奴隷ということは、裏を返せば相手を融通の利かない家畜とすることに他ならない。

(恐怖は人を動かすことが出来るが、身をすくませることもある)
(旧時代の老害共を一気に家畜に落とせば、逆に野党に足元をすくわれかねないからな)
(俺の王国の成就も近い、だが今かどうかで問われれば『まだ』だ)

故に彼はその力を無為に振り回すことはせず、
彼の周りには彼の秘書の様に彼のカリスマ性に惹かれたものも多い。
彼はそのスタンドを十全に用いて、政権与党の中枢にまで入り込んでいた。







「緊急のお電話です。お繋ぎしてもよろしいでしょうか?」
「……それは私の安寧を遮ってまでするべき話なのか?」
「しかし、例の『占い師』に関する案件のようですが」
「…………繋げ」

しばらくのち、電子音とともに音声が切り替わる。

「それで? 調査内容を聞こうか。わざわざ高い金を払ったんだ。相応の見返りを期待しているよ」
「はぁい。秘森セレナ、稀代の占い師、密海光星(みつみこうせい)の一番弟子……」
「ああ、報告は正しく、そして簡潔にだ」
「……と、言いますと?」
「稀代のペテン師、密海光星、だろ?」

「…………一番弟子のセレナは彼の元信者が彼を狙ったとされる通り魔事件の真相を調べていました。
その時の傷がもとで彼は重大な病にかかり、昨年命を落としています」
「なぁ、簡潔にといったろう? 私が金を出したのは、
そんな低俗な週刊誌にも乗っているようなゴシップにではない。
つい二か月前忽然と姿を消した秘森セレナの消息にだ」
「そうですね、彼女は今どこにいるのか。でしたね。
もしかしたら彼女は、その二か月で通り魔事件の真相にたどり着いたのかもしれないし、
その首謀者にすでにたどり着いたのかもしれない……」
「おい、ふざけたことを言っているようなら……」

「そして、もしかしたらその首謀者の電話の向こうで、
この瞬間が訪れた歓喜に、その身を震わせているかもしれない。違いますかね」







「…………貴様か」
「うぷぷ、面と向かって出ないのが残念ですが、
ここはあえてこう言いましょうか。『ようやく会えたな』」
「なんのつもりだ、貴様。ただ人をおちょくりに電話をかけたのでもないだろ」
「まあ、それも大きいんですけどね。少し話がしたくて電話しました。
あなたもわざわざ調査会社に頼むほどには、私のことが気になるんでしょう?」
「…………ふん、何かと思えば。そんな見え透いた罠にはまるほど、俺が愚かだと思ったか」
「うぷぷ、密海の占いに見苦しいほど動揺していたあなたなら、私の誘いに乗りますよ」
「何が望みだ」
「強いて言うなら、師匠の予言の成就…………ですかねぇ」

その言葉に汀は思い出す。
あの日、党幹部との付き合いであの人をくったかのような占い師、密海光星の元に行った日の出来事を。







「お前さんの背後には悪霊がついてるね。それもずいぶんたちの悪い悪霊だ。
その悪霊がお前さんの欲望に根を張ってどんどん育ってるのが見える。
悪いことは言わないから、その悪霊から手を引きなさい。
さもなくば、君はその悪霊に憑り殺されることになる」
胡散臭い風貌のその男は、汀の姿を見るなりそういった。
汀には男の言う悪霊が、自身のスタンド【ロード・トゥ・バビロン】のことを指している、
そう一瞬思いかけたが、なんとか思いとどまった。

(うさんくさいことを並べ立てて、客の思いつきにすり寄ってあたかも予言の様に並べ立てる。
占い師の常とう手段じゃないか)

汀は今までほかのスタンド使いに出会ったことがなく、
故に自分自身にしか見えないこのスタンドのことを、
『選ばれしものにのみ憑く守護霊』のようなものだと理解していた。

(この目の前の男が、自分と同じ『選ばれしもの』であるはずがない)

そう思い直して、汀は不機嫌そうに吐き捨てた。
「私は霊媒師を訪ねてきたわけではないんですがね。まぁ、次元としては似たようなものでしょうが」
そういうと、密海の傍らに座っていたセレナが一瞬腰を浮かしかけるが、密海がそれを制止した。

「たしかに、お前さんの言うとおりだ。これは占い師の本文を超えた余計なことかも知れんな。
それじゃ、この水晶の中に何が映るか見てみよう…………」

そういうと、密海は目の前に置かれた濁った水晶球を覗き込み始める。
彼の額には次第に汗が浮かび、眼には狂気じみた光が宿り始める。







(ふん、この雰囲気づくりのテクニックだけは一流とみえる。
このくらい鬼気迫る雰囲気を作って演説の出来る政治家が、今の日本にいるかどうか……)
汀はそんな密海を程度の低い映画を見る様な気分で眺めていたが、
次に密海が吐き捨てたことばを聞いた瞬間、背骨が氷結したかのような感覚に襲われた。
それは占いというにはあまりに直接的で、簡潔な忠告だった。
「見つかりたくないなら、ゴミは海に捨てちゃあだめだぜ。小さくして山に捨てな。
ガスを抜ける穴が小さすぎて、ぷかぷか浮かんできちまいやがる」

呼吸がとたんに難しく感じた。
背広の背中に玉のような汗が浮かんでいくのがわかる。
手足が思うように動かず、震えが止まらなくなった。
自分のスタンドが、あの新聞記者を縊り殺した時の感触が指に蘇る。
濁った瞳が汀をにらみすえている。
何か言わねば、言わなければこの場を切り抜けることは出来ない。
そして回らない頭でようやく言葉を絞り出した。

「貴様は……俺を脅しているのか?」
「あー。俺は占い師だぜ? 客を脅すなんてとんでもない。
ただ俺は降りてきた言葉を口にしただけさ」
「私どもはこの場で占った結果と本人様以外に告げることはございません」
「嘘だ! 信じられるか! 何が占いだ。どうせ貴様らの仲間が
俺のスキャンダルを握ろうと仕組んだ罠だろうが!」

そういうと、汀は自身のスタンドを発現させて密海に殴りかかろうとした。
だが、その空間に突如、奇妙なヴィジョンが浮かんだのを汀は見た。
ヘラヘラとした仮面をかぶった、異様に手の長い人型。
自分に付いた悪霊と、同質の存在に汀は初めて出会ったのだ。
振りかぶった拳はそのヴィジョンの異様に長い手足で止められ、振り下ろされることはなかった。
何事もなかったかのように密海は言葉を続ける。







「信じる信じないはあんたの勝手だ。俺の戯言に付き合いたくないってんなら好きにしてくれていい。
この占いがなんの役にも立たない妄言だと思うなら、それは信じさせてやらなかった俺の落ち度だ。
金は払わなくて結構だ。気分を害してすまなかったな」

そういうと、密海は席を立ち、奥の部屋に引っこんだ。
長らく人を信じることをしなかった汀には、それは密海の最後通牒のように思えた。
『お前の命運はもう尽きた』、言外にそう言われている気がして仕方なかった。
よろよろとその店を後にした汀は、すでに密海を世界から抹殺する計画を練り上げていた。

(俺一人が特別な人間じゃない)
(その連中だけが俺の覇道を妨げる)
(もっと強かにならなければ、俺は他の悪霊憑きに食い殺されてしまうだろう)
(奴は社会的に有名な占い師だ。まずメディアを操り社会的にやつを殺す。
そして俺の能力でどこかの浮浪者をヒットマンとして、奴を肉体的に殺す)
(そうすれば、もう奴の妄言を信じる者は、俺の殺人を知る者はいなくなるだろう……)
(恐怖を律しろ、恐怖を飼いならせ、落ち着け汀兆児。お前には悪霊がついている)

今まで本能のままにスタンドを用いてきた汀は、
他のスタンド使いとの出会いで慎重さを手に入れていた。
その日を境に、汀の与党内での地位は瞬く間に上昇していった……







セレナは汀に場所と時刻を告げた。
場所は都心からやや離れた郊外の廃ビルである。
そして時刻は…………。

「二時間後だと? ふざけるな。私にも予定というものがある」
「予定なんて誰にだってありますよ。私も三時間後に海外に渡る予定ができるかも」

その言葉に、汀は奥歯を噛み締めた。
汀にとって一番まずいのは、ようやく姿を現したセレナを再び見失ってしまうことだ。
汀にとって『なにをするかわからない』セレナの存在が一番怖い。
それに、彼女には恐らく自らの悪霊が見えないだろうという打算もあった。

「いいだろう…………あえて貴様の誘いに乗ってやることにしよう」
「それはありがたい。お礼と言ってはなんですが、一つ予言をして差し上げましょう」

【貪欲な羊飼いは、盲目の羊たちを操ることなどできない】

セレナは予言を残すと、言い捨てるように電話を切った。
彼は運転手に行き先の変更を告げると、携帯を取り出してどこかと連絡を取り始めた。

「…………俺だ。今すぐ『軍隊アリ』を呼び集めろ。
可能な限りの戦力を、今いう場所に待機させておけ。
よろこべ家畜ども、貴様らの主がお前らの献身をご所望だ」







汀が予定通りの時刻にやってくると、そこには黒いマントを羽織った黒ずくめの女性が立っていた。
彼女は汀の姿を見ると、へらへらと笑いながら声をかける。

「へぇ、時間通りに来るなんて意外でしたね。そんなに私の脅しが効いたんですか?」
「黙れ、遅刻するなど俺の美学が許さなかっただけだ。それで、話とはなんだ」
「うぷぷ、あなたの方が私に用があるんじゃないですか?」
「……そうだな、ほんの些細な用事だが」

そういうと、汀は自身のスタンドを発現させてセレナに近づいていく。
汀の頭にあるのはただ一つ、自身の犯罪を知る密海以外の唯一の人間の抹殺だ。
あの日、あの場にいたのは密海と、彼の弟子であるセレナ。
残るセレナを自身の能力で家畜と化してしまえば、もう犯罪が漏れる心配はなくなる。
が、しかし。

「やっぱり『スタンド』で口封じするつもりでしたか」







セレナがにこりと笑うと、彼女の周りの空間が歪んだ。
まるで蜃気楼が現れるように、セレナの傍らに人型のヴィジョンが浮かぶ。
それは、汀があの日見た『手の長い悪霊』そのものだった。

「…………なるほど、密海ではなくお前が『悪霊憑き』だったか」
「へぇ、『悪霊憑き』だなんて『スタンド使い』のことをずいぶん洒落た名前で呼ぶんですね」
「スタンド…………傍らに立つ、か。ふん、名前なんざどうだっていい。
肝心なのは、ようやく貴様を俺の世界から抹殺できるということだ。待ちかねたぞこの瞬間を、

【あなたは次に

「「ようやく会えたな」」

……と言う!】

「ふふ、一度やってみたかったんですよねぇ」
「ふん、せいぜい予言ごっこでもしてるんだな占い師。
いくら悪霊憑きとはいえ、ハチの巣にしてしまえば死ぬだろう?」

汀がパチンと指を鳴らすと、どこからともなく銃を持った集団がセレナを取り囲む。
汀が【ロード・トゥ・バビロン】の能力で集めた私兵であり、その顔は一様に恐怖に歪んでいた。
『決して逃がすな』。
汀の出した命令が、彼らを縛る鎖となり、その身を苛む棘となり、彼らを絶えず苦しめているのだ。
が、セレナは逃げるそぶりもなく、その表情を崩そうともしなかった。
(…………気に食わないな、奴の悪霊にも俺の『ロード・トゥ・バビロン』の様に
特殊な能力が存在するというのか?)

「…………どうした占い師。怯えて声も出ないか?」
「そうですねぇ、銃なんて初めて見ましたよ。まったくこの日本にもあるところにはあるんですねえ」
「ほざけ。余裕があるようにうそぶいても状況は好転しないぜ」
「でも、私の予言通りだと、怯えるようなことは起きないはずなんですけどねぇ」

そういうと、セレナは張り裂けるような笑みを浮かべた。
汀が私兵に命令を下すより早く、セレナが予言を口にした。

【盲目な羊たちは、合図の音でがけへと駆け出した】

そしてセレナの予言を合図に、締め切られた廃ビルの一室から、一気に光が奪われた。







汀は焦っていた。
おそらくセレナが前もってブレーカーが落ちるように配電盤に細工でもしていたのだろう。
だが、『絶対的恐怖』で縛った奴隷たちはとっさの出来事に弱い。
彼らは汀を恐れるあまり、自身の考えを放棄しているため、その都度命令を出さなければ
瞬く間に思考を恐怖に支配され、恐慌状態に陥ってしまうのだ。
そして、この暗闇の中で一番まずいのは、闇雲に銃を乱射することで起きる同士討ちである。
(…………速く、速く命令を!!)
だが、汀が口を開くより早く、セレナの予言通り『合図の音』が鳴り響く。
それはあまりにも拍子抜けのするような、軽い破裂音だった。

__________________パンッ

汀にはそれが銃声ではなく、クラッカーのようなものだと気付いた。
だが、恐怖に支配された『盲目な羊たち』に、その理性的な判断は出来なかった。
誰かが暗闇に向けて銃を放った。
それを聞けば、先ほどの破裂音がとても銃声などではないということが分かっただろう。
だが、もはや羊たちは、音を聞いてなどいなかった。
銃声が狭い廃ビル内を埋め尽くす。
誰かの叫び声が聞こえた気がする。
誰かの肉片が頬にこびりつく。
汀はただ、身を伏せてこの嵐が過ぎるのを待つしかなかった。







しばらくのち、光が戻ってきてからはじめて、汀は自分が目を閉じていたことに気付いた。
そして、眼を開くと、赤色が視界に飛び込んでくる。
コンクリートにばら撒かれた、誰のモノともしれぬ肉片、穴の開いた死体の数々。
そして、鮮血を染料にして赤黒く染まったマントを羽織った、セレナの姿と、
セレナを守るように手を広げた、笑顔の仮面を被る悪霊の姿だった。
そして、その悪霊が握りしめた拳を解くと、中から灰色の何かがあふれ出す。

「うぷぷ、アツアツの弾丸、占めて11発。素人に銃持たせたんだったらこんなものですかね。
まったくターゲットを円状に囲まないのは戦場の常識ですよ?」
「馬鹿な……銃弾を掴んだだと? そんなことが」
「まさか、ありえないなんて言うんじゃないでしょうね」

咄嗟に汀は言葉を飲み込んだ。
自分は、この悪霊に関しては何も知らなかった。
正確には、知ろうともしなかったのかもしれない。
ただ自らにしか見えない悪霊という力に酔っていたかっただけだ。
悪霊を伴ったセレナがゆっくりとこちらに向かってくる。

「あなたもうすうす感づいてたはずでしょう? あなたが伴ってるそのスタンド、
それがどんなに危険な力かってことは…………ねぇ?」
「やめろ……来るな…………」
「『恐怖感』を操るスタンド、なるほど臆病者にはよく似合いますねぇ」
「頼む………………助けてくれ…………」
「そうそう、師匠は確かこんな予言をしてましたっけ」

【悪霊から手を引きなさい。
さもなくば、君はその悪霊に憑り殺されることになる】

「やめろ……それ以上、俺に近づくなアアアアァァァァ!!!」







その時汀の脳裏を横切ったのは、彼の初めての殺人の光景だった。
きっかけは些細なことだった。
この国を良くしようと政治の道へ入り、長年横暴な政治家の秘書を務めて辛酸をなめながら、
初めてつかんだ代議士へのチャンス。
相当浮かれていたんだろう、普段はやらない酒に手を出した。
そして、眼が覚めるとその記者がいたのだ。
彼は飲酒運転というスキャンダルを使って彼を強請ろうとしていた。
そのとき、自分がなぜスタンドを使って彼の首に手をかけたのか、今となっては思い出せない。
ただ、徐々に赤く染まっていくその男の顔を眺めながら、
頭のどこか冷静な部分でこう考えていたのを覚えていた。

(この男を逃がしてしまえば、俺は一生この男という恐怖を抱えて生きていくことになるだろう)
(だが、この男を殺してしまっても、俺は一生己の罪に恐怖しながら生きていくことになる)
(…………それならば、自分に恐怖して生きていく方がましだ)
(なぜなら、真の恐怖とは…………『わからないこと』なのだから)

汀に『絶対的恐怖』を与える能力が発現したのは、
ある意味で己の中にある漠然とした『絶対的恐怖』を自己外化することで、
己の恐怖を目に見えるものとしたかったからかもしれない。
汀は常に、己の悪霊に怯えていたのだった。

だから、汀がセレナを前にスタンドを発現した時にしたことは、
セレナに拳を向けることではなく…………

(そう……最初からこうすればよかったんだ)
(他の誰でもない、恐怖を欲していたのは自分自身だったのだから)
「…………ハハ、ハハハハハハ!! 恐怖だ……『明確な恐怖』こそが、
俺に安寧を与えてくれる…………【ロード・トゥ・バビロン】!」

その自らに対する『絶対的恐怖』を、己に向けることだった。
そして、汀のスタンド【ロード・トゥ・バビロン】は、自らの本体を思い切り殴りつけた。







「…………で、結局そいつは『自分自身に対する絶対的な恐怖』を自ら植え付けて、
その場から動かなくなっちゃったんですよねぇ」
「うん、まぁ確かに事の顛末を説明しろっつったのは私だけどねー、
それにしてもよくもまぁペラペラペラペラと間断なく喋れるよね★
ホント、途中からよっぽど受話器を壁に立てかけといてやろーかと思ったよ。キャハッ★」
「うぷぷ、そんなこと言いながら結局最後まで聞いてくれてるじゃないですか。優しいですね」
「やーん、なんかそこはかとなく馬鹿にされてる気がするー★
あ、でもさ、あんたのスタンドって銃弾掴めるほどのスペックあった?
もしかしてそこに行く前に占いに占ってたのかな★」
「そんなわけないじゃないですかぁ、あれはただのハッタリですよ。
暗闇を待ってクラッカーを鳴らしてから、銃声が止むまで防弾繊維で編んだマントを被ってうずくまっておいて、
あらかじめポケットに用意しておいてた鉛玉をこれ見よがしに落としただけです」
「…………あんたってさ、うそが嫌いっていう割にハッタリ大好きだよね。
やっぱり占い師に向いてないんじゃない? 占い師じゃ売れないし? みたいな?」
「それは…………微妙に否定できませんね」
「まっ、でも結局あんたの自業自得だけど、
私としては親玉がぶち殺されENDで終わって万々歳って感じかな★」
「え? 殺してませんよ? そのまま帰りましたよ」
「はぁ!? ちょ、待って待ってありえない。じゃあまた私はあのうっとうしい調査会社の羽虫を
相手にしなきゃならないってわけ!?」







「うぷぷ、察しが悪いですねぇ。廃ビルとはいえ、辺りに豪勢に銃声響かせた挙句に、
その中には撃ち合ったと思しき大量の死体、
その唯一の生き残りが精神に異常きたした代議士の先生ですよ?
これはどう見てもこの世の地獄って感じがしませんかね?」
「…………やっぱりあんた正確悪いよね。掛け値なしにさ★
ねじ曲がってるというか、三百六十度ねじ曲がってて逆に真っ直ぐ? みたいな?」
「うぷぷ、それもお互い様って感じですよねぇ」
「そうだねぇ、あ、そう言えば二回戦の場所と日時が決まったよ」
「へぇ………………はいはい…………え? てちょっと今何時だと思ってるんですか!?」
「あー、ホントは電話してすぐ伝えようと思ったんだけどなー★
あんたの話に夢中になりすぎて、うっかり忘れちゃった。
せいぜい遅刻しないように頑張りなよ。キャハッ★」
「……ホンッと、お互いいい性格してますねぇ」
「だよねぇ、やっぱり私たち

「「気が合いませんよね」」

アハハ、わかってんじゃん。それと最後にもう一つ、負けたら承知しないかんね★」
「うぷぷ、それは約束できませんよ。でも、一応お礼はいっときますね」
「うんうん、分かってる分かってる。これは私に対する挑戦なわけだよねー。
えー。コホン、かっ、勘違いしないでよねっ!
別にあんたのために応援してるわけじゃないんだからっ! みたいなっ★」







テンプレートなツンデレとともに切られた電話を眺めながら、彼女は奇妙な虚無感に襲われていた。
名前も知らない彼女に事の顛末を話してしまったことで、
じわじわと復讐を完遂したという実感がわいてきたのだ。

(…………ねぇ、師匠。復讐、果たしましたよ)
(……こんなこと伝えても、きっとあなたは喜ばないだろうけど)
(それでも、ようやく私、スタートラインに立てた気がします)
(だから、こんどは私が師匠との約束を果たす番、ですよね?)

彼女は師匠の遺品から、古びた一組のタロットカードを取り出した。
最初に師匠から教わった占いを、もう一度最初からはじめようと思ったのだ。
師匠との最期の約束を果たすべく。そして、彼の最後の予言を成就させるべく。







____なあ、セレナ。いい占い師の条件とはなんだと思う。
なるほどねぇ……実に現実的でお前らしい答えだな。
けどな、そいつは全て占いを『商い』にするのに重要な条件だ。
いい占い師にはな、セレナ。本当は予言が正確かどうかなんて重要なことじゃないんだ。
本当に良い『占い』っていうのは、誰かに『安心』を届けるもんだ。
お前は、あまりに物事が見えすぎる。
ときに誰かに思いもよらない恐怖をもたらす様な予言を言わなきゃならないこともあるだろう。
二束三文のペテン師みたいな占い師なら、お客を不安にするようなことは言わない。
だが、お前みたいな一流の占い師なら、お客を不安にしてもなお真実を伝えなきゃならない。
だがな、超一流の占い師は違うんだよ。
どんなに目の前の未来が暗かろうと。
どんなにこれから辛いことがあろうと。
そんな予言を伝えることで、人に『覚悟』と『安心』を与えられる。
そういう『予言』を本当の『占い』っていうんだ。

だからな、セレナ。
敵を討つなとは言わねぇよ。
お前の気性の荒さは誰よりも俺が知ってる。
復讐が自分を裏切らない唯一の道だっていうなら好きにすればいい。
だからセレナ。一つだけ約束してくれ。
お前は俺の代わりに超一流の占い師になってくれ。
決して自分を裏切ることのない真実でもって、
誰かに『安心』を与えられるような占いをしてくれ。

…………最期に一つ、お前に占いをしてやるよ。
だからよぉ……そんな顔しないでくれよ……
最期くらい、笑って見送ってくれよ………………

【涙が枯れるころには、彼女は師との決別を乗り越えていた。師との約束を胸に抱いて】







___占い師・秘森セレナは自室の机に向かい、息を整えた。
目を閉じ、意識を集中させ、これから行う行為について、一切の妥協を許さないことを心に誓う。






出演トーナメントキャラ


No.6741
【スタンド名】 オネスト・ウィズ・ミー
【本体】 秘森 セレナ(ヒモリ セレナ)
【能力】 本体の予言が当たるたびに強くなる

No.5010
【スタンド名】 ロード・トゥ・バビロン
【本体】 若いイケメン政治家
【能力】 このスタンドで殴った相手に「絶対的な恐怖」を植え付ける









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