ある晴れた朝の事だった。
住宅街を通る道を、二人の制服姿の少女が歩いていた。
「…ところで、根掘り葉掘りってあるじゃあない?根掘りっていうのは、スゲーよくわかるけどさ~、葉掘りってどういうことよ~葉っぱが掘れるかってーのよ!ほったら破けちゃうじゃないのよ~!まったく、舐めてると思わない?超ムカつくわ~どういうことよッ、クソッ、クソッ」
「別に…ただの語調合わせで、深い意味はないわよ、あれ。」
話しながら、眼鏡をかけた少女は手元を見ている。スマートフォン…などは持っていない。
その才能を持つ読者なら、見ることができるだろう。少女は手に一枚のカードを持っている。カードには、道路を歩く警察官の鮮明な画像が描かれている。少女はそれをポケットにしまった。
同時に、彼女の背後からぼろ布を纏った人影が現れ、地面から一枚のカードを拾い上げ、少女に手渡す。
「あら?…うぇ!?」
カードを見た眼鏡の少女が素っ頓狂な声を上げた。
もう一人の活発そうな少女が振り返る。
「ん、どったの夏樹?あんたの…その、すたんど、だっけ?で、何か見えたの?」
スタンド、それは一種の超能力であり、魂の分身である。
少女、夏樹は自身のスタンド「サマーバルーン(夏気球)」の能力を使い、町で起こった出来事を収集するのが趣味である。
生身の人の営みは、どんな小説よりも面白い、という趣味の理由もあるのだが、危険をなくすためにスタンド使いの情報を収集するためでもある
隣にいる少女、美香は、スタンドのような特別な才能は持っていない。
ただ、勘が鋭く、ふとしたきっかけから普通とは違う能力があることに感づかれ、押しに負けて根掘り葉掘り聞きだされてしまった。
それ以来、面白がって付きまとってくるようになったのだ。
「うん…ちょっと変なものが、ね。再生してみるのが早いかな…周り、誰もいない?」
美香は辺りを見回して、
「うん、ダイジョブそうよ。誰もいないわ。」
夏樹は、かなり早めに教室に行くタイプの人間であった。美香もそれに合わせている。よって、周りにはほかに登校中の生徒もいないし、運よくほかの人間もいない。
「じゃあ、再生するわよ…。」
夏樹がカードを地面に置くと、道に奇妙な人影が現れた。
「えっ、何あれ…」
「うう、やっぱり、これって…」
その人物は、全裸にコートを纏っただけの格好をしていた。それだけでも、まぁまぁ、奇妙である。だが、問題はそこではない。
「か、顔が…モザイクになっているッ!?まるで、テレビのニュースから飛び出してきたみたいに…ッ!」
そう、その人物の顔、さらによく見ると、コートの下に見える胸や局部が、モザイクで覆い隠されている。
「これは…一体…ッ!」
その人物は、ニュースでプライバシーの保護のために加工されたような、キンキン響く悲鳴を上げながら、道の脇の林に入っていった。
「今の…もしかして、モザイク女?」
「モザイク女?」
夏樹が聞きなれない単語にオウム返しに訊ねた。
「ええ、最近噂になってる怪人よ。最近、この辺に奇妙な露出狂が出没するの。今見たみたいに、大事なところがモザイクや不自然な光で隠されていて、顔も横線やモザイクで隠されている、正体不明の怪人って、言われてるの。ただの与太話だと思ってたけど、実在したなんて…」
「そんな噂が…」
「あんた、あんまり人と話さないからね…」
二人で、そいつが入っていった林のほうを見る。
「ねぇ、ちょっと追ってみようよ。正体がわかるかも。」
美香がそんなことを言い出した。
「ええ!?ちょ、危ないよ!相手がどんな奴かもわからないのよ!」
「それを調べに行くんじゃん。あんただって、変態が町にのさばってるのはいやでしょう?そもそも、この映像いつのよ。」
「えっと…昨夜ね。」
「なら、もうモザイク女は近くにいないだろうし、あんたの力なら、その痕跡をたどれる。手がかりを見つけたら、あとは警察か誰かに任せればいいじゃない。」
「でも…」
美香の言うことは理に適っているが、彼女をスタンドの問題に巻き込みたくはない。それに、もっともらしいことを言ってはいるけれど、どうせ自分が楽しみたいだけだ。
仮に一人で行こうとしても、絶対に後ろからつけてくる。
行かないといっても、多分一人で行く。どうしたものか…
「だいじょーぶだいじょーぶ!それに、何かあっても夏樹が守ってくれるでしょ?」
悩んでいると、美香がそう言ってきた。そうまで言われると…
「…しょうがないわね。さっさとカードを取って学校行きましょう。」
「やったぁっ。」
そうして、二人で林の中に入る。逐一カードを拾って、画像を見て方向を確かめながら追っていく。
少しして、美香が何かに気付いた。
「…?何か聞こえない?」
「…ほんとね、何かしら?」
耳を澄ましてみると、さっきの記憶にあった加工音声が聞こえてきた。
「行ってみよう!」
「そーっとよ、そーっと…。」
近づくにつれ、はっきり聞こえてくる。
「あなたが私の“人相”や“声色”を隠してくれているおかげで、私は警察のご厄介にならずに済んでいる。っていうことには、ものすごく感謝しております、はい。」
「でも、いい加減、能力を解いてくれてもいいのではないでしょうか…マンションには監視カメラがあるから、この格好じゃ入れなくって。…へっくしゅんっ!朝までコート一枚じゃ風邪ひいちゃうわ。」
「それに、ほら…声も、こんなんじゃあ、会社に電話を入れることもできないじゃない?いい加減解いてくれないと、困るわ。」
林の中の開けた場所で、頭から爪先まで全身がモザイクに覆われた人影が虚空に向かって話している。
「それに、ほら…誰かに見られたとしても、全身モザイクじゃ、いまいち興奮できないっていうかー。っていうか、全身モザイクなんて、まるで私が汚いみたいじゃない!?」
「なにあれ、モザイクが一人でしゃべってる…。うぇぇ、気味が悪いわ…」
「ううん、一人じゃあないわ…」
夏樹には見えた。モザイク女ともう一つ、人間の女性をかたどったロボットのような存在に。おそらくスタンドだ。
キープアウトのテープとホイッスルを持ったそいつは、座っている、おそらく正座しているモザイク女を見下ろしながら話す。
『ソノトオリナンダケド…アナタ、本当ニ反省シテイルノヨネ?』
「わ、悪かったですよぅ…流石に○学生の前でお『ピー』を『ピー』したのは、やり過ぎだったと思ってるわよぅ…」
セリフの途中でスタンドがホイッスルを吹くと、テレビの規制音のような音となってセリフを遮った。
『ソノセリフヲナンドイッタ?ワタシハ、イイカゲンソノ変態的ナ趣味ヲヤメロトイッテイルノ!』
どうやら、スタンドにお叱りを受けているようだ。このスタンドは、自我があるらしい。
スタンドが自我を持つ、というのは珍しい話ではあるが、全体を見るとその数は決して少なくない。最も、ここまで人間らしく会話し、自立行動するのは少数であるが。
「それは無理よ。わからないかなぁ?自分の恥ずかしいところ、汚い所まで余すことなく曝け出すあの背徳のカイカン。」
『ワカリタクナイ。』
「ああ、あの目!私を蔑む視線!理解できないと怯える顔!それから、いたいけな少年のイケナイけどつい見ちゃうっていうあの顔!たまらないわぁ…」
何やら熱く語っている。語調が強くなるたびに声がキンキン響いて耳が痛い。
「理解不能!理解不能!理解不能!理解不能!…」
「夏樹落ち着いてッ!」
「理解不能…あっ!」
あまりの理解不能なセリフに思わず声を上げてしまったことで、モザイク女が(モザイクでよくわからないが、多分)ふりかえった。
「そこに誰かいるの?」
「ひぃっ!こっ、こないでっ、変態!」
全身モザイクが近づいてくる。得体のしれないその姿より、理解できない思考が怖い。
「あはぁ、いいわぁ~、その顔。」
「な、夏樹!逃げるよッ!」
さすがの美香も、これはさすがにダメなようだ。
「ま、待って…あうっ!」
「夏樹!?」
夏樹が勢いよく転んだ。幸い下草のおかげでかすり傷で済んだが、足をくじいてしまった。
「見てしまったからには、ただで帰すわけにはいかないわよ。さぁ、たっぷり目に焼き付けていきなさい!」
目に焼き付けるも何も、モザイクなのだが、恐ろしいものは恐ろしい。
「き、きゃ『ぶぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!』」
通りのほうからバイクの大きな音が聞こえてきて、夏樹の悲鳴はかき消されてしまった。
「危なかったわ。ありがとう『ピー!』。」
『アナタミタイナ本体デモ、捕マルとワタシモ困ルノヨ。』
「だ、だれk『コケコッコー!』…な、何で…!?きゃっ、んんぅ…」
助けを呼ぼうとした美香の声もかき消されてしまった。そして、スタンドのテープで全身を縛られて地面に転がされてしまう。
「人を呼ばれると困るのよ。さて、あなたたちを、どうしようかしら…?」
「ひぃぃ…」
動けない二人に、じりじりと距離を詰めてくるモザイク女。
「へぇ、眼鏡のあなた。結構大きいものを持ってるじゃあないの。誰にも見せずに秘めておくなんてもったいないわねェ。…決めたわ!あなた達を裸にして広場に飾ってあげる!半日もそうしていれば、あの快感がわかるようになるわよぉ~。大丈夫、ちゃんと顔に横線を入れてあげる…ちょ、ちょっと、どこに行く気?」
モザイク女が語っている間に夏樹は地面を転がって木陰に隠れた。
「隠れたって無駄よ。その足じゃあ、私たちからは逃げきれないわ。さぁ、一緒に本当の自分を曝け出しましょう…えっ!?」
モザイク女は驚いた。木陰から、警察官が歩いてきているのだ。
『そこで何をしている!?』
「なっ、何で…」
『サッキノ悲鳴ヲ聞イテイタヤツガイタノヨ!組織相手ジャ分ガ悪イワ、早ク逃ゲルワヨ!』
「え、ええ!」
モザイク女とスタンドは逃げていった。
彼女らが射程から離れたことで、美香を縛っていたテープが空気に溶けるように消えた。
「ぷはぁ、なんだったの?今の…。夏樹、大丈夫?」
「な、何とか大丈夫よ…怖かったぁ…」
美香が見当違いの方向に歩き続ける警察官に声をかける。
「ちょっとお巡りさん!早くあいつを追いかけて…あれ?」
美香がしゃべっているうちに、警察官の姿は薄れて消えてしまった。
夏樹が地面からカードを拾い上げる。
「さっき拾った警察官の記憶を再生したの。音声までついていたのは運がよかったわ。」
「ほへぇ~、便利なもんねぇ。」
二人で、モザイク女が去っていったほうを見る。
「…どうする?追う?」
「正直、嫌よ。もう関わりたくないわ…。」
腕時計を見ると、だいぶ時間がたってしまっている。まだ間に合う時間ではあるが、足をくじいてしまったので、時間に余裕が欲しい。
「だいぶ時間を食っちゃたし、もう学校行きましょう。」
「そうね、肩貸すわ。」
「ありがとう。」
二人は連れ立って学校に向かった。
奇妙な日常の一コマであった。
怪奇!モザイク女! 完
使用させていただいたスタンド
No.7910 | |
【スタンド名】 | サマーバルーン(夏気球) |
【本体】 | 夏樹 |
【能力】 | 対象や地面に触れる事で「24時間以内の『記憶』」を引き出し、カードとして保存する |
No.7955 | |
【スタンド名】 | ピー! |
【本体】 | モザイク女 |
【能力】 | スタンドがホイッスルを吹くことによって、範囲内のものをで隠すことができる |
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