―――――音が聴こえる。
なんの音かはわからない。きしきしと、何かが軋む音。のように聴こえる。
「・・・・・・・・・・・」
どこから聴こえてくる音なのか。頭の中でじんじんと響く音。
頭の中で生み出された音、なのか。
それは若干の痛みと熱を持って、“彼”の頭を圧迫した。
「・・・・・・・・・!」
脳みそがはじけんばかりに音が肥大化したそこで、“彼”は目を覚ました。
「・・・・・・・う、うお・・・」
丈二「・・・・はぁ、はぁ・・・」
城嶋 丈二(じょうしま じょうじ)は、自分の眼前に広がる満天の星空を眺めた。
背中が痛い。ゆっくりと体を起こした丈二は、今が夜であることと、つい先刻まで自分がここで仰向けになって眠っていたことを知った。
そこは、どこか港に建てられた、物流倉庫のすぐそばだった。
丈二「・・・!? なんだ、どこだここ・・・」
地面についた右手に、ぐちょりとした感触が走った。手をあげてみると、手のひらは真っ赤に染まっていた。
臭いをかいでみると、それは“赤ペンキ”だった。
辺りを見回すと、すぐそばに赤ペンキの缶が転がっていて、そこからぶちまけられた鮮紅がまるで殺人事件でも起きたかのように、
そこら一帯と、真っ黒なコートを着込んだ丈二の全身を、真っ赤に塗りつぶしていた。
丈二「赤ペンキだ・・・。なんで真っ赤なんだ? 俺の体・・・」ビチャァァー
丈二(いや、それより・・・)
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
丈二(この“黒いコート”・・・これは、『組織』のコートだ・・・!
『阿部のチーム』のコート・・・! なんで、こんなもん着てるんだ・・・!?)
全身にべっとりと付着した赤ペンキを触り、丈二は胸中に呟いた。
すると、そばに建った物流倉庫から、銃声のような乾いた音が数回、響いて丈二の耳朶を打った。
顔を上げた丈二は、音がした物流倉庫を見て、あることに気が付いた。
丈二(あの倉庫・・・、“見覚えがある”ぞ・・・!)
頭上に広がる満天の星空も、倉庫も、赤ペンキの缶も。
丈二には、全て見知った光景であった。
倉庫に近づき、大きく開けた搬入口から中の様子を覗き見た丈二は、搬入口付近に、
見知った男が倒れているのを見つけた。
???「・・・・・・zzzzzz」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
丈二(こ、こいつは・・・)
丈二と同じ黒のコートに身を包み、床に突っ伏してすやすやと眠る、一人の男。
彼は―――
琢磨「zzzzzzzzzzz・・・」
丈二(『桐本 琢磨(きりもと たくま)』・・・! なんでこいつが、こんなところに・・・!
こいつは――――)
かつて、城嶋 丈二に殺されたはずの男だった。
バン!バン!バン!
丈二「!」
混乱する思考を掻き消すように、再度銃声が鳴り響いた。
丈二が音の方向へ目をやると、またも知った顔の人間が一人、そこにいた。
かつて『組織』の任務の資料でその顔を知った、とあるクスリの売人だった。
クスリ「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」バンバンバンッ!
丈二「あいつ、スタンド使いの!」
クスリ売りの男は、半狂乱ぎみで右手に持った拳銃の引き金を引きまくった。
男の体は血まみれで、ところどころ肉が欠けていた。
クスリ売りの男は、自分に迫る“ゾンビ”の群れに向かって、弾丸をねじ込ませていた。
丈二「この光景はッ!」
遠い昔、自分が担当した『組織』の任務と同じ状況が、そこに拡がっていた。
パーン! パーン!
クスリ「!!」
ゾンビたちは、瀕死のクスリ売りに迫ったところで、彼に触れることなくその身を散らした。
突然、その腐敗した肉体が四方に飛び散ったのだった。
クスリ「た、助かった・・・!」
クスリ売りがほっと胸をなでおろしたその瞬間、反対側の搬入口付近に停車してあったトラックが突然動き出し、
猛スピードでクスリ売りに接近した。
クスリ「!!!!! な、な、な、な、なん
グシャアアァッ!
ドゴォォォーーーーーン!
丈二「!! うおっ!」
走り出した巨大なトラックは、クスリ売りに避ける間も与えず、そのまま彼の体を押し潰した。
倉庫の壁と衝突し、動きを止めたトラックの、助手席側のドアが開いた。
中から出てきたのは、丈二や琢磨と同じ、黒のコートに身を包んだ少女だった。
???「・・・フゥ」
丈二「!?」
しかしながら、
???「あ、丈二」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
丈二(だ・・・)
???「全く、暴走車両には気をつけないとだよね♪」
丈二(誰だ・・・!? この女・・・!)
その少女は、全く見覚えのない、丈二にとって初めて見る顔の人物であった。
琢磨「・・・う、今の音は・・・・」ムクリ
???「おはよう、琢磨」
琢磨「・・・ヒナ、か。君がやったのか」
ヒナ「うん。ちょっと乱暴だったかな」
丈二(ヒナ・・・!?)
『ヒナ』と呼ばれたその少女は、半ば納得しかけていた自分の置かれている状況を、さらに難解なものにして
丈二の考えを打ち消した。これは自分が、過去に行った『ナイフ』の取引の任務のはずだ。
だが琢磨やクスリ売りとは違い、この少女の存在を自分は知らない。
琢磨「電気系統を刺激して、眠っているトラックを叩き起こしたのか・・・。大したやつだ、君は」
ヒナ「でしょー? えへへ」
ニット帽を被り、首にマフラーを巻いたその少女『ヒナ』は、へへへと無邪気な笑みを浮かべて言った。
ヒナ「丈二! うわ、どうしたのそれ? 真っ赤だよコート」
丈二(ヒナって誰だよ、知らねーぞこんなやつ・・・
だって、この任務についていたのは、俺と、こいつ(琢磨)と・・・・・・)
琢磨「丈二? どうした、大丈夫か?」
渦巻く混沌に硬直した丈二の肩に、背後の琢磨がぽんと手を置いた。
思わず振り返った丈二が、琢磨の口から聞いた一言は、自分の知る桐本 琢磨からは出るはずもない、
とても信じられない言葉だった。
琢磨「しっかりしてくれよ、相棒。まだ任務は終わってないんだぜ」
丈二は思い返してみる。
眠りに落ちる直前の記憶。この場所につれて来られる前の記憶。
丈二(そうだ、俺は・・・)
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???「ジョジョ、仕事は?」
丈二「・・・やめた。俺には合わん」
???「・・・・・・また、なの?
アリゾナ砂漠から帰ってきてから、ずっとそうね」
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それはどこかの部屋。
ソファーにごろんと横になって、丈二はテレビの画面を見ている。
漂うコーヒーの香りと、女性の声。
丈二(“あいつ”と一緒に暮らしていた・・・)
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丈二「午後から雨が降るらしい、傘を忘れるな」
???「ここんところ、ずっとね」
丈二「だな」
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そう答えて、丈二は朝の気だるさに身を任せた。
女性の顔は思い出せない。いつも傍にいてくれた、あの女性の顔がどうしても。
目を閉じて、うつらうつらしていた意識はやがて途切れて、そして・・・・・・
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丈二(・・・ここ、だ・・・)
ヒナ「? ほら行くよ、『ナイフ』を回収しないと」
琢磨「丈二、ぼーっとすんなよ!」
前を歩く二人の声で、丈二の思考は回想から目の前の理解不能な現実に引き戻された。
ダメだ、眠る直前の記憶がほとんどない。覚えていない。
考える余裕もないまま二人のあとをついて歩いた丈二はやがて、この日、自分がトラックの運転手の女性と
『ナイフ』を巡って対立したことを思い出した。
丈二(そうだ! あの運転手、カフェで出逢ったあの運転手に・・・!)タッ
ヒナ「丈二?」
壁に突っ込んだトラックの元に駆け寄り、運転席のドアを開ける。
すると中から、真っ黒こげの焼死体が一体、ずるりと落下した。
ドサァッ
丈二「!!!」
丈二(な・・・)
ヒナ「ああ、それ?」ヒョコッ
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
ヒナ「邪魔だったから私が消したんだー」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
丈二(・・・や、)
丈二(やべえ、わけわかんねえ・・・・・・!)
【前作のタイムライン】
・2024年5月 丈二、『組織』に潜入
・2025年1月 丈二、柏 龍太郎を殺害。『組織』壊滅。
・2025年4月 丈二、世界中を放浪する旅にでる。
・2027年2月 帰国。そのまま恋人と同棲(ヒモ)生活をスタートさせる
第1話 運命の幕開け(Stand By Me) おわり
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