幡田みらいはかつて、"幽鬼の姫"と呼称されていた。その名の裏にあるのは、彼女に対する恐れ、そしてそれ以上の畏れの感情であった。辺獄に無数に存在する幽者はおろか、その中でもひと握りの幽鬼ですらも、彼女に食らいつくことは許されない。彼女の歩む道に立ち塞がってなお立っていられたのは、彼女に敬服することを選んだ者のみ。
辺獄の管理者からも一目置かれた危険人物。それが、この殺し合いでも有数の実力者、幡田みらいの本性である。災厄が意思を持ったが如く、自身のヨミガエリのために手当たり次第に他者から奪い、そして屠る。
彼女の前では、誰もが被害者であった。そして、稀に現れた実力のある幽鬼すらも、彼女にとってはいち挑戦者に過ぎなかった。
そんなみらいは今や――挑戦者の立場に置かれていた。姫という絶対性を象徴する称号すらも、その存在の前ではあくまで人、もといその成れの果てである幽鬼たちの規格に過ぎない。
数多の"暗黒の手"を周囲に旋回させながらその中央に佇むそれは、千手観音が如き様相を呈している。大いなる闇の根源、その器の名はナラジア。幽鬼の姫の抱く狂気を目の当たりにした上で、"神"は不敵な笑みを浮かべ、発する。
「……僕はキミが欲しい。」
姉を想う気持ちが目の前の少女を突き動かしている感情であるのに疑いはない。だが――その心の有り方が、かつて魔仙卿として配下に選出したシノンとは大きく異なっている。自分を助けに来る兄を慮り遠ざけようとする彼女とは対照的に、最愛の姉を巻き込み、助けられることを積極的に望んでいる。それも、彼女がこれまでに発した言葉を文字通り紐解くならば、その姉とやらは彼女よりも弱いようだ。そんな者に、何を期待し求めているというのか。
幡田みらいは、壊れている。精神の有り方が歪んでいる。それは、人として生きる上では支障にしかならない特性なのだろう。されど、彼女が王として君臨するのであれば、その歪みは一転して世界を動かす原動力となる。
大魔王バルメシュケは操心術への執着が人並み外れていた。ゆえに、アストルティアへの憎しみを植え付ける僕の操心術すらも振り切って、大魔王の地位と権限を操心術の研究のために利用した。それ自体は忌々しいことであるが、その研究は操心術への知見、すなわち高いレベルの教養を糧とするゼクレス魔導国の階級社会を形成した。
大魔王マデサゴーラは芸術に強く執着していた。アストルティア侵攻すらも偽りのレンダーシアという一大芸術の披露の場へと昇華させた。そして、その過程で多くの戦禍を巻き起こし、ナドラガンドの解放すら成し遂げた。
幡田みらいの見せる姉への執着。それをうまく扱いこなすことができたならばどんな化学反応が起こるのか。突き動かすは、邪悪にして純粋な好奇心。
「キミが欲しい、かぁ。」
薄く笑みを貼り付けて、みらいは告げる。
「悪いけど、口説き文句としては0点かな。お姉ちゃんになってから出直してきて?」
そんなみらいにも態度を崩さないまま、ナラジアは続ける。
「……どうやら、誤解されているみたいだね。
まあ無理もないか。さっきまでキミを殺そうとしていたのは事実だからね。」
まあ無理もないか。さっきまでキミを殺そうとしていたのは事実だからね。」
そう言うと、ナラジアは周囲に浮かんだ暗黒の手を消失させる。
殺し合いの中途、突如として為された武力解除。その意味は、間もなく本人の口から説明される。
殺し合いの中途、突如として為された武力解除。その意味は、間もなく本人の口から説明される。
「だけどもう、僕は別に君を取って食おうとしているわけじゃあない。強引にものにしようなんて思っちゃいないさ。
ただ……僕はキミと、”契約”がしたいんだ。」
ただ……僕はキミと、”契約”がしたいんだ。」
「契約?」
答えを待たずして、ナラジアはそっと指をさす。
その先に佇むのは、みらいが手にした業物、グランドリオン。みらいの感情を吸って魔剣と化したその武器からは、絶えず闇の力が放出されている。
その先に佇むのは、みらいが手にした業物、グランドリオン。みらいの感情を吸って魔剣と化したその武器からは、絶えず闇の力が放出されている。
「キミの放つ闇は芳醇で素晴らしい。
大いなる闇の根源たる僕と手を組めば、世界の支配者になるのも容易いだろう。
殺したい奴がいたら、力を貸してあげる。お姉ちゃんを護りたいのだろう?」
大いなる闇の根源たる僕と手を組めば、世界の支配者になるのも容易いだろう。
殺したい奴がいたら、力を貸してあげる。お姉ちゃんを護りたいのだろう?」
そう言って、ナラジアはみらいへと手を伸ばす。
大いなる闇の根源として、歴代大魔王に冥王ネルゲル、さらにはルティアナの長兄ナドラガに至るまで、多くの存在と契約し、その力を貸し与えてきた。ナラジアの本分は、本来対立者を滅することではない。むしろ、肉体さえ復活すれば大魔瘴期の到来によって敵対する者など残りはしないため、そのような"小細工"は不要とすら言える。なればこそ、ナラジアの――侵略者ジア・クト念晶体の本分は、導きを受け入れた者を同胞として取り込むことにある。
大いなる闇の根源として、歴代大魔王に冥王ネルゲル、さらにはルティアナの長兄ナドラガに至るまで、多くの存在と契約し、その力を貸し与えてきた。ナラジアの本分は、本来対立者を滅することではない。むしろ、肉体さえ復活すれば大魔瘴期の到来によって敵対する者など残りはしないため、そのような"小細工"は不要とすら言える。なればこそ、ナラジアの――侵略者ジア・クト念晶体の本分は、導きを受け入れた者を同胞として取り込むことにある。
「さあ、この手を取るんだ。
キミの悪いようにはしないからさ。」
キミの悪いようにはしないからさ。」
この契約によりみらいを欺こうとする意図はほとんど無い。
双方の利害が一致しており、かつ役に立つ限りは、契約相手の目的も遂行するだけの義理も果たす腹積もりだ。忠誠を誓った者に対しては寵愛を以て受け入れる。それが"異界滅神ジャゴヌバ"としての神性である。
双方の利害が一致しており、かつ役に立つ限りは、契約相手の目的も遂行するだけの義理も果たす腹積もりだ。忠誠を誓った者に対しては寵愛を以て受け入れる。それが"異界滅神ジャゴヌバ"としての神性である。
「ふぅん、悪くない話。」
幽鬼の姫としての暴力性を秘めておきながら、生前のみらいがあえて他人を傷付けずにいられた理由は、ただ一つ。法律を犯してしまえば、親愛なる姉と引き離されてしまうからだ。
みらいをギリギリで人の道を踏み外させなかった最後の砦は倫理観などではない。ひとたび現世の理を外れてしまえば、他者を傷付けることそれ自体に躊躇などない。その際に、幽鬼という超常的な力を用いることも何ら気にすることはなかった。
ナラジアの申し出は、決してみらいにとって都合の悪いものではなかった。これが罠ではなく、『契約する』と応えれば、ナラジアは己をあえて害さないであろうことは何となく感じ取れた。確かに、裏切ろうとすれば制裁をもって返されることは容易に想像がつく。ナラジアが足手まといを積極的に切り捨てるようなタチであるのも感じ取れる。だが、姉を攻撃しないという最低限の取り決めを守ってもらえるのならば、とりわけ裏切る必要もない。
その手を取るか否か――笑顔でナラジアへと歩み寄るみらいの次の選択肢は、決まっていた。
――攻撃
横凪ぎに走ったグランドリオンの一閃がナラジアに迫るも、予期していたかの如く大地から吹き出てその間に割って入った暗黒の手がそれを防ぐ。勢いの殺された斬撃の先には薄ら笑いを浮かべたナラジアの姿があった。
「――わたし、契約とかそういうの、嫌いなんだ。
お姉ちゃんをキズモノにした奴らを思い出して、走るんだよね、虫唾。」
お姉ちゃんをキズモノにした奴らを思い出して、走るんだよね、虫唾。」
「……悪いけど、キミに拒否権は与えていないよ。」
ナラジアの表情が不愉快そうに歪んだ。忠誠には寵愛で返すナラジアであるが、謀反に対しては相応の罰を以て返さなければ箔がつかない。
求めるように、欲するように、目の前の少女へと翳された手。無数の暗黒の手がその動きに連動するかの如く、みらいへと伸びていく。つい先ほどまでみらいを追い縋っては捕えんとしていたその手の正体は、異界滅神の欲望の権化。みらいへの興味が増幅すると共に、その手もまた勢いを増していく。
「あはっ、悪いようにはしないとか言って。
結局、それが本性?」
結局、それが本性?」
力を溜める時間を稼ぐため、みらいは一歩下がり、解き放つ。
――Art.スピンスライス
四方から襲い来る暗黒の手に対し、その身をくるりと回転させて一斉に斬り伏せる。幡田零の戦闘スタイルを模した、言わば見よう見まねの剣技。されど、宝石の装飾が成された思装を身に纏い、SPを込めたその一撃には、代行者が放つ一撃と遜色ない破壊力が伴っていた。
「うーん、上手くターンがかからないなぁ。お姉ちゃん、あの運動音痴でどうやってたんだろ。」
「ふふっ……手を幾つか振り払っただけで随分と余裕だけれど……いいのかい?
キミが戦ってる相手は、そいつらじゃなくて僕なんだよ?」
キミが戦ってる相手は、そいつらじゃなくて僕なんだよ?」
霧散した暗黒の手のその先には、呪文の詠唱を始めていたナラジアの姿。ひとつひとつが高位の幽鬼に相当するほどの力を秘めた暗黒の手であるが、その全ては前菜に過ぎない。
――ドルモーア
その詠唱が終わるや否や、闇の閃光がみらいの立つ座標に浮かび上がる。
それを、手にした魔剣でひと振り。小さな水溜まりを濁流が飲み込むかのように、グランドリオンに込められた闇の魔力によって即座に霧散し消え去った。
「すごいね。僕のドルモーアを同じ闇の力で上回るなんて。」
闇の上位呪文。それは、賢者の座に就いた者でも、光の河の導きと共に人の限界を超えることなしには到達し得ない領域。そんな呪文の極地も、この強者たちの舞台では様子見のジャブでしかない。
「ただ、この呪文――」
だが、様子見の段階は既に終わっている。ナラジアのひと言を皮切りに――戦いは加速する。
「――こいつらそれぞれが使えるから、頑張って凌いでね。」
それは、絶望の到来の報せだった。空中に旋回する暗黒の手は、数にして6。ブラフなどではないと告げるかのように、その全てに魔力が練り上げられ始める。それぞれが僅かにタイミングをズラして力を高めているその光景に、まるでコーラスのようだ、なんてズレた感想がふと湧いてくる。それを現実と呼ぶにはあまりにも理不尽で実感が伴わない。
「……それはちょっと、聞いてないかな。」
みらいの顔つきに、初めて明確な焦りが生じた。軽いジャブも、連続で放つのであれば充分な"必殺技"だ。グランドリオン一本で対処できる数には限りがある。
ならばと天に向けて剣を掲げ、SPを練り上げる。その瞬間、魔剣と化していたグランドリオンが僅かに、本来の光を取り戻した。
――Spell.レイン・レイ
魔法陣が大地に広がる。円状に敷かれたそれを中心に、天より降り注ぐ光の雨。次々に撃ち込まれるドルモーアの連弾を叩き落としては浄化していく。
「へぇ……。」
闇の力であるドルモーアに対し、同じ闇を以てして掻き消すのであれば、それを上回る力を出さねばならないのは道理だ。だが、闇の対極に位置する光の力で祓うのであれば、僅かな力でも大きな効果を生み出すことができる。
「ドルモーアが押し負けた理屈は理解できる。
ひとつひとつは所詮、暗黒の手の一柱に込められた魔力に過ぎないわけだしね。」
ひとつひとつは所詮、暗黒の手の一柱に込められた魔力に過ぎないわけだしね。」
それを認めた上で、ナラジアはみらいに怪訝な目を向けていた。
「とはいえ……なんてか細い光なのだろう。」
グランドリオンが闇を放っていた先程までに比べ、宿らせた光の力はあまりにも小さく、弱い。幡田みらいという実力者が扱っているとは思えないほどに微小な魔力だ。
「ふふ……もしかしてそれが"協調"ってやつなのかい?」
かつて、"協調"を説いた男がいた。
曰く、本質の異なるもの――光と闇が手を取り合ってこそ、大きなチカラが生まれるのだと。
曰く、本質の異なるもの――光と闇が手を取り合ってこそ、大きなチカラが生まれるのだと。
「だとしたら、あまりにも滑稽だよね。」
――馬鹿馬鹿しい、と。大いなる闇の根源は、一笑に付す。
光あるところに闇は必ず生まれるが、闇はそれだけで存在できる。光と闇が手を取り合うのではなく、闇が全ての光を喰らい尽くし、呑み込むことこそ真なる協調。
「闇と光をひとつの身に宿したことで、光は掻き消え、そんなにも弱々しく……」
幡田みらいは、まさにその思想を体現しているかの如き少女だった。本質を闇としながら、何かに焦がれるように扱っている光の力は、暗黒の手ごときと相殺する微弱な力しか生み出していない。
「何に納得してるのか知らないけど。
わたしをダシに勝手に何かわかった気にならないでくれる?」
わたしをダシに勝手に何かわかった気にならないでくれる?」
「……へぇ、違うと?
なら、答えを教えてよ。キミのその光の正体を。」
なら、答えを教えてよ。キミのその光の正体を。」
だが――幡田みらいに、"協調"を良しとする思想などあろうはずがない。光がどうとか闇がどうとか、そんな話にも興味が無い。彼女の脳裏を占めるものは。彼女が敢えて戦う理由は。
そんなもの、初めからただ一つ。
「――"愛"、だよ。」
それを聞いたナラジアの表情は――新しい玩具を見つけたがごとく、醜く歪んでいった。
「……ふぅん、愛ねぇ。」
ナラジアの元に再び、闇の魔力が集結し始める。先ほどまでよりも、さらに大きな魔力の流れ。続く攻撃を受けてはならないと、本能が警鐘を鳴らす。
「僕はキミに興味が尽きないよ。
"協調"とも違う、力の秘訣。
どうかその可能性を示しておくれ!」
"協調"とも違う、力の秘訣。
どうかその可能性を示しておくれ!」
距離を取るか、或いは詠唱の隙に攻撃を加えるか。二者択一のどちらも、取り囲むように接近する暗黒の手が邪魔をする。
「……ああ、もうっ!」
発動速度に優れるArt.スピンスライスでそれらを一掃するも、接近・退却に使うべき時間をそれに費やしたみらいに、その呪文への対処手段は残っていない。
――ドルマドン。
発生した暗黒の塊は、小規模なブラックホールと化した。圧倒的な引力がみらいの身体を千切れんばかりに収縮させ――
「……ふぅん。まだ立ってるんだ。」
満身創痍になりながらも、みらいは戦場に両の足をつけて敵を見据えている。
「加減したつもりはないんだけど……
それが愛とやらの力なの?
それともキミに元々、闇の力への耐性が備わっているというだけなのかな?」
それが愛とやらの力なの?
それともキミに元々、闇の力への耐性が備わっているというだけなのかな?」
「ふ……ふふっ……計算通りにいかず、残念だった?」
「強がりを。
もう立っているのもやっとなんだろう?」
もう立っているのもやっとなんだろう?」
それは、ドルマドンのダメージによるものだけではなかった。みらいは何かに気付いたように周囲を見回す。
"えんじょいでえきさいてぃんぐ"をテーマに創られた快楽ノ園の景色は、元々目に優しくないポップカラーで彩られている。故に、気付くのに遅れてしまった。
"えんじょいでえきさいてぃんぐ"をテーマに創られた快楽ノ園の景色は、元々目に優しくないポップカラーで彩られている。故に、気付くのに遅れてしまった。
辺り一面の空気が、薄い毒素のような力――魔瘴によって覆われているということに。
「これ、は……」
「これ、は……」
「ふふ、ようやく気付いた?」
「……」
神話の時代。
アストルティアに彼方より飛来した侵略者は、女神ルティアナの生み出した大地に魔瘴を持ち込んだ。それはすぐに世界を侵食し始め、遂には侵食された大地がアストルティアから切り離されることとなった。
離され、捨てられた世界に残された者たちは、命を蝕む魔瘴の中で苦しみながら、女神を、そしてアストルティアを憎んだ。歪んでいく心は、その者の風体すらも、醜く変貌させていった。
魔瘴とは、あらゆる戦いの歴史の始まりにして諸悪の根源。魂の器であるナラジアの姿でさえ、ただの人間には近付くことすら適わぬ濃度の魔瘴を噴出できる。もし、肉体の完全覚醒までもを果たしたのなら――アストルティアといういち世界を魔界から魔瘴で包み滅ぼす――"大魔瘴期"の到来すら可能な滅びの神の力。
そして、そんな絶対的存在を前にして、みらいは思う。
――気に入らない、と。
人の形をした化け物がそこにいた。幽鬼の姫と評されるほどに強く備わった闇の力を軽く凌駕する規模の魔力を、容易く扱いこなす存在。まるで、闇という概念そのものの根源に位置するかの如きその力。打倒するどころか、目の前で呼吸する――ただそれだけのために"必死"にならなければならない。
幽鬼の姫として君臨してからは、自身を脅かす者などいなかった。他人とは吸魂の餌であり、天地がひっくり返っても警戒対象などではなかった。
だから、"遊び"の余地があった。餌として集めた人間を気まぐれに逃がす素振りを見せては、気が変わったと背中から撃ち抜いてみたり、家族というまやかしの愛情関係にある者たちを殺し合わせてみたり。多くの恐れと憎しみを向けられながら、幽鬼の姫は愉悦そうに嗤っていた。
だが、今はどうか。
まるで幽鬼の姫を前に、無力に逃げ回るしかなかった人間たちのように、"遊ばれ"ている。絶望的なまでの実力差がそこにあった。おそらく、"切り札"を使ったとしても――
過ぎった想像が、やはり気に入らない。
「……それに、こうして闘いを交わす中でイヤでも流れ込んでくるキミの記憶。
ふふ、キミという存在の本質が少し分かった気がするよ。」
ふふ、キミという存在の本質が少し分かった気がするよ。」
そして、何よりも気に入らないのが――
「キミの言う"愛"ってさ……
結局は、居場所を失うことへの"恐怖"なんだろう?」
結局は、居場所を失うことへの"恐怖"なんだろう?」
――わたしが嫌がる言葉を敢えて選んでいるかのような、その悪辣な性格。
優位に立つのは好きだけれど、上から目線でものを言われるのは何より嫌いだ。だが、戦う中で零れ出していく幽鬼の記憶の欠片――"思念"。きっと覗かれてしまったのだろう。わたしの最も思い出したくない記憶を。
◆
やけに小うるさいエンジン音だけが、わたしの耳の奥で反響していた。アイツらは黙々と運転を続けていた。後部座席にひとりぽつんと座っているわたしを、極力視界に入れないようにしながら。
それはいつもの光景だ。ここが家の中だったとしても、わたしはアイツらの視界に入っていない。わたしはいつも部屋の端っこにいた。そんなわたしに手を差し伸べてくれるお姉ちゃんだけが、わたしの唯一の家族だった。
だからお姉ちゃんがついてきていないこの車内には、わたしの居場所なんてなくて。どうしてお姉ちゃんは連れていかなかったんだろう、なんて疑問も、当時のわたしには浮かんでいなかった。
わたしの"次"のお父さんとお母さんが決まったのだ、と。そう言ったのは、どちらからだったか。
『――お手伝いでも、お料理でもなんでもするから……。
お願い、わたしのこと捨てないで。』
お願い、わたしのこと捨てないで。』
家族という輪から、わたしだけが切り離されてしまう。お姉ちゃんとはなればなれになって――ひとりぼっちに、なっちゃう。
アイツらは――お父さんとお母さんは、わたしのことを愛してなんかいなかった。わたしが捨て子だったから。血が繋がっていないから。お姉ちゃんと同じように愛せなかったって、そう言ってた。
"必死"に愛そうとした、なんて言い訳を吐いていたけれど、そんなものは実際に捨てられようとしている身からすれば詭弁でしかなかった。だけどその詭弁は、決定権を持たない子供のわたしにとって、絶対的なルールだった。
『家族って、必死にならないと出来ないモノなの?』
それってさ。必死になるのを諦めただけなんでしょ?
わたしを愛していないから。
でも家族って、そういうものじゃないよね?
『……いいよ。
だったら、わたしも必死になるから。』
だったら、わたしも必死になるから。』
愛は、血の繋がりなんかじゃない。一緒にいるために、どれだけ"必死"になれるか、その感情こそが"愛"なんだ。
ねえ、お姉ちゃん。わたしはお姉ちゃんと一緒にいるために、こんなに"必死"になれたんだよ。
アイツらと一緒に死んで、辺獄に落ちて。
ただの幽者だったわたしは何度も何度も食べられかけて、死んでなお死にそうな目に遭い続けて、それはとっても大変だったけど。
ただの幽者だったわたしは何度も何度も食べられかけて、死んでなお死にそうな目に遭い続けて、それはとっても大変だったけど。
それでも、お姉ちゃんに会いたかったから。
"愛"のチカラが、あったから。
――だから、お姉ちゃんもわたしのためにもっと"必死"になって。
血の繋がりなんてものよりずっと強いお姉ちゃんの愛を、わたしに証明して。
■
「……キミ、つまらないね。」
みらいの記憶を垣間見た上で、ナラジアは一言、吐き捨てた。
「最初は支配者の器かと思ったが――とんだ俗人だ。」
姉に見せていた執着、その根源。
ベクトルが同じものであったとしても、大魔王バルメシュケやマデサゴーラのそれとは大きく異なっていた。
ベクトルが同じものであったとしても、大魔王バルメシュケやマデサゴーラのそれとは大きく異なっていた。
美学に沿わぬものを、理を捻じ曲げてでも己が審美に適うものへ造り変えようとする洗脳、或いは創世の欲求。それがみらいの記憶からは感じ取れなかった。
そこにいたのは、ただ己を承認してくれる姉を肯定し、迎合するだけのいち少女の姿でしかなかった。縋っていると評してもいいだろう。
そこにいたのは、ただ己を承認してくれる姉を肯定し、迎合するだけのいち少女の姿でしかなかった。縋っていると評してもいいだろう。
「もうキミに用はないよ。」
もはや、ナラジアはみらいへの興味を喪失していた。
忠誠を誓うわけでもなく、あえて手を伸ばす価値も無い。そんなみらいに対する処置は、壊れた玩具を捨てるのと同じだ。項垂れた少女に向けて、魔力を練り上げる。
忠誠を誓うわけでもなく、あえて手を伸ばす価値も無い。そんなみらいに対する処置は、壊れた玩具を捨てるのと同じだ。項垂れた少女に向けて、魔力を練り上げる。
半端な呪文で殺せるほど、か弱い少女ではなかった。故に、相応の威力まで力を溜めて――
「――マヒャデドス。」
そして、解き放つ。
だが、その向かう先は、幡田みらいではなく、ナラジアの背後。虚空に向けて発された呪文は、迎撃するように放たれた魔力弾とぶつかり、弾ける。
「……気付いてたか。隠密に特化していたつもりだったんだけどね。」
草陰から出てきたエルフの魔法使い――フリーレンは無表情のまま、戦場へと足を踏み入れた。周囲一帯に漂う薄く張り巡らされた魔瘴は、全身を覆う防御魔法によってその細身に到達することができていない。その点で、フリーレンはナラジアに挑むに足る資格を有する者であったと言えよう。
「僕が大きい力を使ったところを狙い撃ちするつもりだったんだろうけど、残念だったね。」
「……よく分かったよ。
この世界が粒揃いの化け物だらけだって。」
この世界が粒揃いの化け物だらけだって。」
名前が増えていた名簿を見て、フリーレンの焦燥は加速した。断頭台のアウラに留まらず、その配下の首切り役人の2人。さらには、黄金郷のマハトと無名の大魔族ソリテール。死んだはずの魔族たちが、当初の認識よりもさらに4体もこの殺し合いに招かれている。
一緒に招かれている旅の仲間、フェルンとシュタルク。2人とも、少なくとも足手まといと呼べるほど弱くはない。けれど、大魔族を相手取るには半世紀早い。もし、彼らが大魔族たちと衝突する事態が起これば逃げるように伝えてある。どれだけ仲間を信頼していたとしても、実力差という現実的な壁がそこにはある。
それでも、もしも逃げられない理由がそこにあったら?不意打ち、負傷、人質……幾らでも思い付く。
巡る思考の中、人よりも長い時間感覚を生きるフリーレンの歩みは、心なしか早まって――故に、早期に魔瘴から発せられる魔力を感知し、この戦場へと赴くことができた。
「……仕方ない、ここは引くとしよう。」
――と、そう切り出したのはナラジアだった。
「逃げるの?」
「……奥底の知れないキミと戦うのはリスクでしかないからね。
もう一人の女の子ももう要らないし、あえて戦う理由も無いさ。」
もう一人の女の子ももう要らないし、あえて戦う理由も無いさ。」
(……魔力の制限に気付かれている。)
その言葉に、動揺が走る。
ソリテールをはじめとした一部の魔族には、自分が魔力制限による力関係の誤認で魔族を欺いている事実が伝わっている。だが、目の前の相手は魔族ではない。魔族と世間話がてら情報交換をするような人物でも無さそうだ。
ソリテールをはじめとした一部の魔族には、自分が魔力制限による力関係の誤認で魔族を欺いている事実が伝わっている。だが、目の前の相手は魔族ではない。魔族と世間話がてら情報交換をするような人物でも無さそうだ。
つまり――この僅かなやり取りの間に、違和感を持たれ、気付かれた。それだけでも、ナラジアが只者ではないと分かる。むしろ、存在としての格は、かの"魔王"にも――
「逃がすと思ってるの?」
――ノイズでしかない思考を辞める。ポーカーフェイスを崩さないまま、話を続ける。
「逆に、逃げない方がいいかい?
僕はそれでも構わないよ?
どちらかが死ぬまで殺し合おう。」
僕はそれでも構わないよ?
どちらかが死ぬまで殺し合おう。」
だが――実力差は明確だった。
ここに立っているだけでも、魔瘴を防ぐための防御魔法を常時展開している必要があり、魔力の消耗が激しい。そんな中、一度撃ち合った魔法力からの概算でも自分に匹敵する魔力を有しているばかりか、さらに力を隠しているであろうナラジアと継続的に戦闘をすることになればどうなるか。
今の自分では、勝てない。
自分の魔法で、勝利するイメージが湧かない。
自分の魔法で、勝利するイメージが湧かない。
それほどまでに、目の前の"神"の力は圧倒的だった。
追撃の意思がないことを示す。
「……懸命だね、フリーレン。
せいぜい、頑張って。」
せいぜい、頑張って。」
ナラジアが最後に残したその言葉の意味するところを、私はまだ分かっていなかった。
◆
「っ……。はぁ……はぁ……!」
そして、ナラジアが去って間もなく、みらいはその場に膝をつく。脅威が去って緊張感の糸が切れたことも大きく影響していることだろう。だが、精神的な要因よりももっと強く、肉体的な要因があった。
快楽ノ園を覆った魔瘴が、消えていない。むしろ、こっそりと景色に紛れ込ませる必要性が消えたからか、目に見えてその濃度を増してきている。
「さっきの"頑張って"はそういう意味か……。
厄介な置き土産だ。」
厄介な置き土産だ。」
神話の時代、異界滅神ジャゴヌバの封印後。永劫の時が流れた後にも、魔瘴が消え去ることはなかった。
汚染された大地は終ぞ緑を取り戻すことはなく、液状化した魔瘴が毒の沼と化して人々を蝕み続けている。
大量の魔瘴を封印する術を編み出した賢者がいれば、極めて限定的な魔瘴を消し去る詩歌を開発した者もいた。
アストルティアの戦いの歴史の裏に、魔瘴は常にあり続けたのだ。
汚染された大地は終ぞ緑を取り戻すことはなく、液状化した魔瘴が毒の沼と化して人々を蝕み続けている。
大量の魔瘴を封印する術を編み出した賢者がいれば、極めて限定的な魔瘴を消し去る詩歌を開発した者もいた。
アストルティアの戦いの歴史の裏に、魔瘴は常にあり続けたのだ。
その持続性は、この殺し合いの会場でも牙を剥く。ナラジアが立ち去った後の快楽ノ園には、高濃度の魔瘴が侵蝕していた。
「ひとまずはこの魔瘴の範囲から出て……」
「わたし、ね……。」
「……?」
息も絶え絶えなみらいが口を開く。幡田みらいという少女の本性を知らないフリーレンにとって、彼女はナラジアという絶対的存在に襲われた"被害者"としての側面しか見えていない。信頼を寄せるだけの繋がりも、警戒を向けるまでの繋がりも形成されていない。
だが、次に紡がれた言葉は、フリーレンの目を見開かせた。
だが、次に紡がれた言葉は、フリーレンの目を見開かせた。
「……結構、根に持つタイプなんだよね。」
気が付けば、みらいの纏う魔力がどす黒く、禍々しいものへと変わっていく。弾かれたようにフリーレンは魔力を練り上げ、構える。
「ナラジア……その顔と名前、覚えたから。
たくさん魂を喰らっテ……モっと強くナッて……絶対に殺ス。だカら……」
たくさん魂を喰らっテ……モっと強くナッて……絶対に殺ス。だカら……」
――それは、生存本能のようなものだったのかもしれない。
魔瘴がアストルティアの人々にとって脅威となったのは、人に対する毒性のみではない。適量の接種であれば魔物を活性化させる、その"促進性"。
みらいが強まる魔瘴の中で生き残る手段は――ひとつしか、なかった。
ナラジアとの戦いの中で覚えた怒り、苦しみ、屈辱、そして――絶望。みらいの中に渦巻く多くの感情は、淀みとなって溜まり続けた。その全てを――解き放つ。
「――アリストテレス。」
その光の先にいたのは、先ほどまでの愛らしい少女の姿は何処にもない、"魔物"の姿だった。
消し飛んだ外皮の下に、龍を思わせる骨格。胸に佇むハート型の水晶体は空洞の眼の代わりに、瞳の如く妖しく煌めいて――
消し飛んだ外皮の下に、龍を思わせる骨格。胸に佇むハート型の水晶体は空洞の眼の代わりに、瞳の如く妖しく煌めいて――
「……本当に、化け物ばっかりだ。」
――何よりも、魔瘴の中でも感じる、全身から溢れ出る死臭。
多くの命を喰らってきたのみならず、本人もまた死という垣根を越えてここに存在しているのだと、直感的に理解できた。
(……ねえ。ヒンメル、ハイター。
2人は、ここにいないけど――)
2人は、ここにいないけど――)
魔族たちに、目の前の化け物。
この世界には、多くの死者が参加者として存在している。そして、そのような人物は人間と敵対的な者ばかり。少なくとも、フリーレンの観測する限りでは。
この世界には、多くの死者が参加者として存在している。そして、そのような人物は人間と敵対的な者ばかり。少なくとも、フリーレンの観測する限りでは。
(――それでいい。
きっと、"天国"の方が居心地いいよ。)
きっと、"天国"の方が居心地いいよ。)
【B-4/快楽ノ園/一日目 黎明】
【フリーレン@葬送のフリーレン】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、不明支給品(1~3)
[思考・状況]
基本行動方針:古砂夢を倒す。
1.手がかりを見つけるため、アレクサンドリアを目指す。
2.クロノ、ね。
※少なくともマハトとの対談後からの参戦です。
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、不明支給品(1~3)
[思考・状況]
基本行動方針:古砂夢を倒す。
1.手がかりを見つけるため、アレクサンドリアを目指す。
2.クロノ、ね。
※少なくともマハトとの対談後からの参戦です。
【幡田みらい@Crystar】
[状態]:ダメージ(大)、幽鬼化(魔瘴による強化)
[装備]:グランドリオン@クロノ・トリガー
[道具]:基本支給品、グランドリオン@クロノ・トリガー、不明支給品0~2
[思考・状況]
基本行動方針:お姉ちゃん(幡田零)とふたりで家に帰る。
1.ナラジアを殺す。
※再生の歯車到着前からの参戦です。
[状態]:ダメージ(大)、幽鬼化(魔瘴による強化)
[装備]:グランドリオン@クロノ・トリガー
[道具]:基本支給品、グランドリオン@クロノ・トリガー、不明支給品0~2
[思考・状況]
基本行動方針:お姉ちゃん(幡田零)とふたりで家に帰る。
1.ナラジアを殺す。
※再生の歯車到着前からの参戦です。
【B-3/草原/一日目 黎明】
【ナラジア@ドラゴンクエストXオンライン】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:基本支給品、不明支給品1~3
[思考・状況]
基本行動方針:娯楽として殺し合いに優勝する。
1.古砂夢への怒り
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:基本支給品、不明支給品1~3
[思考・状況]
基本行動方針:娯楽として殺し合いに優勝する。
1.古砂夢への怒り
※異界滅神ジャゴヌバの意識覚醒後、討伐される前からの参戦です。
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| 幡田みらい | ||
| 012:Anytime Anywhere | フリーレン |