―――今次紛争に伴う過去最大規模の経済危機を受け、二度目の停戦交渉に臨む各国の主張を纏めるのは容易なことではなかった。
『もう十分だ。これ以上、泥仕合を続けるつもりなら、セトルラームは全ての同盟国に働きかけて艦隊を撤収させる!』。
背後に
ユミル・イドゥアム連合帝国との調整が控えているであろうことは、この場の誰もが予想できたことであったが……今それを追求しても意味をなさないのは明らかだった。
ラヴァンジェ政府は、防戦に徹するセトルラームの代表を庇うがの如くオクシレインに釘を刺し、従来の主張を繰り返す。
『heldoの撤退は十分に予想できたこと。それを承知の上で、そのような態度に出るのなら、こちらにも考えがある。今すぐAln支配領域を解放し、すべてを平定してみせよう』
同席するAIn代表が激烈に反発する中、
文明共立機構代表は、あえてその主張に同調した。
ソルキア代表までもが
『泥仕合を続けるよりマシだ』と吐き捨て、
セトルラームの勇気を高く評価したのである。
対するオクシレイン政府は、
『ラヴァンジェ政府による横暴の全てを十分に争点化できた』と反論。
『当事国の真意を十分に確かめた』旨も強調し、いきり立つAInに交渉の余地があることを伝えた。
共立機構代表が強力なカードを切り、立ち上がろうとする。
『そこまで我々の力を見たいと仰るなら、仕方ない。どうぞ、お構いなく』。
『くだらぬ茶番はよせ。どうせ何か良からぬ企みを抱いているのだろう?』
『その通りです』
共立機構代表は再び椅子に座ると、次の一手となる最悪のカードを叩きつけた。
1:
当機構は、現AInの合法性を認めず、ラヴァンジェ本国の主権を守り抜く決意である。現AInは当平和維持軍に対する戦闘行為の全てを謝罪し、賠償の咎を負え。
2:
当機構は、オクシレイン大衆自由国に準備指定措置を発動し、なおも紛争が続く場合は当指定評価に基づく執行の手続きをもって宣戦布告を行う。
3:
当機構は、ロフィルナ王国政府に対し、宣戦布告の準備がある。これを避けたくば今次戦争における虐殺の責を認め、謝罪し、相応の賠償義務を果たせ。
4:
当機構は、シアップにおけるラヴァンジェ政府の統治権を保障しない。それを行うには、今次戦争の直接的原因を取り除く必要がある。ただちに統治能力の証を立てよ。
5:
当機構は、セトルラーム政府に対し、ユミル・イドゥアム連合帝国との友好破棄を命じる。さもなくば、世界秩序の権威を貶める共謀の意図ありと見なし、執行の手続きを取るであろう。
6:
ユミル・イドゥアム連合帝国は、法的根拠なき遠征軍の派遣事由を立証せよ。これは、貴国が貴国たり得る最後の機会となる。誠意ある回答に期待したい。
―――直後、会場の空気が一変し、ソルキア代表が獰猛な金切り声を上げて立ち上がった。その怒りに満ちた爪痕が過去の歴史を物語っているようだった。
セトルラームと連合帝国の代表も立ち上がった。
『なんだそれは!?』
『私達を愚弄する気かッ!!』
オクシレイン代表は天を仰ぎ、静かに呟いた。『……正気か』と。
ラヴァンジェ代表は、口を固く閉ざし、事の成り行きを見守っていた。
ロフィルナ代表は、その要求に対し残酷な殺意をもった笑顔で応えた。
『ようやく本性を表したな。いいだろう……ッ!こうなれば文字通りの総力戦を遂行し、貴様ら侵略者の野望を挫くまでだ』
―――二度目の停戦交渉に入ってから、夕刻を迎えていたが、その内実は非常に険しく粗末なものであった。
『……劣った無法者風情が。この畜生が!軽々に総力戦を騙るな!!』
勢いのままに世界団結を訴えるロフィルナ代表に対し、AIn代表が拒絶の意を込めて叫ぶ。
なんだこれは?品性の欠片もない。あまりの流れに耐えられなくなった連合帝国代表が中止の提案を申し出た。
『ええい、やかましいぞ!これでは、まるで話にならぬ!落ち着きたまえ!一旦休憩を挟み、後でまた話せば良い!』
ロフィルナ代表の演説は止まらない。あまりの恥辱を前にAIn代表が震えはじめた。
『酷すぎる。これが、世界に名だたる文明共立機構のやり方なのか?……第二次世界大戦が懐かしく思えてきたよ』
彼はドイツ・ベルリンにおける停戦交渉を担った経験を持つ。その思い出したくもない前世界のトラウマが懐かしく思えるほどに今の流れは酷かった。
見るも無惨な、聞くに堪えない様相を呈していたからだ。
共立機構代表が懐から拳銃を取り出し、天井に向けて発砲した。彼の表情は嘆きの感情に満ちていた。
『そう、お話にならないのです。だからこそ、貴方達には是が非でも妥協してもらわねばならない』
机をトントンと叩き、様子見に徹していたラヴァンジェ代表が共立機構代表に言い放つ。
『御大層な演出をありがとう。そろそろ本題に入りませんか?』、と。
ロフィルナ代表の演説が漸く止まった。泥沼化の意図を挫かれ、気分を害したらしい。
―――『つまり、この違法な条件は最悪の想定を見据えたもので、実際の意図は別のところにあると。そのように仰りたいわけですな?』
ソルキア代表が問う。この会議の流れは、最初から共立機構の意のままにコントロールされていた。
つまり、それほどまでに当代最高議長の本気が示されたわけである。
『辞職に追い込まれるのを覚悟の上でそれをさせたのか。敵ながら見事である。惜しむらくは奴が我々共通の排除対象になることだ』
『ロフィルナ代表?私達は今、交渉をしているのです。次はありませんよ』
共立機構の代表が警告の言を発すると、事の成り行きを見守るラヴァンジェ代表は大げさに肩をすくめ、平和維持軍の隊列に目をやった。
『先程から私どもを威圧している。そこの隊員達も演出の一部というわけですか。なるほど?おもしろいですね』
セトルラームの代表がため息混じりに答える。
『このシナリオを書いたやつには後々請求書を送りつけてやらんとな。無駄な時間を取らせおって……』
『お察しいたします』
なにせ『部外者の連合帝国』が今にも演説を始めそうな容態だ。そのため、共立機構代表はトドメの一言を解き放った。
『静粛に。ラヴァンジェ、AIn、オクシレイン以外の皆さんには後ほど確認を取りますので』
この停戦交渉を平和裏に終わらせるためには、『問題に深く関わる当事者間の妥協』が必須とされた。
『他の主張など、この時・その場においては優先事項として俎上に載せるべき内容ではない。この際、どのような手段を講じてでも停戦に導くよう、不断の努力をして頂かなくてはなりません』
この一連の説明に胸を撫で下ろしたソルキア代表が怒りの矛先を共立機構代表に向けた。
『冗談でも、そのような振る舞いをしてくれるな』
立腹した連合帝国代表が堂々たる退場を果たし、残る面々で交渉の続きを進めていく。