『カスJK沙都子、道徳を失う①』
沙都子は、グリーンカレーを食べ歩きながらショッピングモールをうろついていた。
紙皿を傾け、素手で掬うように口へ運ぶ。床には緑色の染みが点々と落ちていく。
周囲の通行人が、露骨に顔をしかめる。
「……くさ」
誰かが小さく呟いた。
そのときだ。
どこからか、ピアノの音が聞こえてくる。
沙都子は足を止めた。
沙都子「……あ?」
通路の一角。
そこには「ご自由にお弾きください」と書かれた電子ピアノと、一人の少女が座っていた。
二つ結いのおさげ。
青髪のセンター分け。
小学生くらいだろうか。顔立ちは整っている。
少女は周囲を一切気にせず、真剣な表情で鍵盤を叩いていた。
沙都子「え、天才」
次の瞬間、沙都子は食べかけのグリーンカレーを放り投げ、一目散に駆け寄った。
少女の指が止まる。
少女「え……?」
沙都子「とりまリクエスト。おしりかじり虫、弾いて」
少女「あ、あの……私……」
沙都子「てかさ、ピアノって白黒なの意味わかんなくない? 弾き方教えてよ」
少女は視線を泳がせ、口を開いては閉じる。
少女「……わ、私……お、お姉ちゃんが……」
沙都子「……ぁあ?」
言葉が途切れ、声が震える。
その様子に、沙都子は一瞬だけ引いた。
沙都子(え、そーゆー子?)
次の瞬間、沙都子は椅子に割り込むように座り、鍵盤を乱暴に叩き始めた。
ジャーン、ガシャーン、ドン。
音楽と呼ぶにはあまりに雑な不協和音。
少女「や、やめて……わ、わ……私……」
沙都子「セッションだし」
「これくらいしないとTikTokはバズらないから」
若者たちは眉をひそめ、距離を取りながらも、スマホを向ける。
盗撮。そして投稿。
少女の目に涙が浮かぶ。
周囲の空気が、明確に冷えた。
沙都子「泣いたら、そこで試合終了だよ」
少女の唇が震える。
少女「……お姉ちゃん……お姉ちゃん……」
沙都子「大丈夫」
沙都子「お姉ちゃんも天国で見守ってるから」
次の瞬間、少女は完全に崩れた。
少女「う、うわぁああああん!!!」
泣き叫ぶ声がモールに響く。
青ざめる沙都子は、カメラを回している男子を見つけ、睨みつけた。
沙都子「おい!!!!」
「これネット民のせいだからな!!!」
口を開いた瞬間、強烈なグリーンカレーの匂いが広がる。
沙都子「だからモテねーんだよ!!!」
少女に近づき、しゃがみ込む。
沙都子「大丈夫?」
「具合悪くない?」
「ピアノなんてどうせすぐ飽きるし、元気出しなよ」
少女は縮こまり、ただ泣き続ける。
周囲の大人たちは目を逸らし、足早に立ち去る。
軽薄なクズだけが、動画を撮り続けていた。
数日後。登校中。
沙都子「ねえ自慢、うち2ch載った」
梨花「……は? クラスLINEに晒すから見せて。北条なんとかさん」
沙都子「うぇ〜いwww」
沙都子は誇らしげに画面を差し出した。
《【炎上】ピアノの女の子泣かせたDQN女がこちら 「泣いたら終わりだよ」wwwww》
梨花は動画を再生し、固まった。
梨花「……ぁあ?」
沙都子「武勇伝じゃんw」
「てか、つられ泣きやばい。相手美少女だし」
「開示請求すりゃ消えるから大丈夫っしょ」
次の瞬間。
梨花「……ざけんじゃねぇよ!!!」
「まじでぶっ殺すぞ???!! ゴミ野郎!!!!」
沙都子「ふぇ?」
沙都子が間の抜けた声を出す。
梨花は、動画の中の少女を指差した。
梨花「……それ、私の妹だ」
言葉が落ちる。
「あいつ、ずっとカウンセリング受けててさ……」
「やっと、学校行けるようになって……」
「やっと、人前でピアノ弾けるようになった時期だったんだよ……」
次の瞬間、拳が飛んだ。
鈍い音。
沙都子がよろける。
梨花「てめぇ絶対覚えとけよ??!!」
「まじで……まじで許さねぇ!!!!」
「本気で死ねや!!!!」
梨花はそれだけ吐き捨て、去った。
沙都子は、何も言えず、ただ立ち尽くす。
口の中には、まだグリーンカレーの匂いが残っていた。
終
最終更新:2026年01月25日 02:27