やって来た悪夢
更新日:2022/09/11 Sun 01:43:21
「あれ?」
アンコはのどかな草原に立っていた。花が咲き乱れ、川の水は冷たそうで、今にも泳ぎ出したくなるほど綺麗だ。
「どこだろう、ここ。確か、のじゃロリ猫先輩と話して……」
顎に手を当てて考えるが、どうにも思い出せない。頭に何か引っ掛かっているようだ。
「……ちゃーん!」
遠くから、誰かの声が響いた。
「アンコちゃーん!」
黒い影が、こちらに向けて走ってくる。
「だ、誰?」
黒い影が、黒い影のまま、アンコの近くで止まった。
「え?忘れちゃったの?酷いなぁ私は繝翫ヤ繝。繧ーだよ」
黒い影は、どうやら少女のようだった。二つ結びにした髪が、影の状態でも印象的だ。
「あなたの……」
その子の顔から、身体から、影がさっと消えた。現れた顔は、身体は噛み傷だらけ。壮絶な表情をしていた。
アンコは叫んで逃げ出した。
「あなたのオヤツだよ」
そんな少女の言葉を聞き流し、必死に逃げた。いつしか野原は消え、一件の小屋が見えた。アンコはその中に入り、扉を固く閉ざす。
「開けてぇ~!アンコちゃーん!開けてぇ~!」
扉の向こうで、ドアノブを捻る音が聞こえた。アンコは震え、扉に背を向け、両手で耳を塞いだ。
「開けて~!ねぇ、開けてってば~!」
耳を塞いでも声は聞こえた。のんびりした声で、何度も扉をノックされる。
「ねぇ~開けてよ~!開けろ~!早くー!」
少女の声に、何故だか焦りが滲み始めた。扉をノックする音に力が入ってくる。
急な変化が現れたのはそこからだ。何かが羽ばたく音、何かが土を踏みしめる音が響く。
「ヒィ!来た!」
少女が上擦った声をあげ、扉をガンガン叩きながら口走る。
「お願い!早く!早くして!追い付かれるの!この扉を開けて!ナーシ……」
土の上を走る音に混じり、獣の唸り声のような低い音が辺りに木霊する。鈍い音が聞こえた気がした。ドアノブを叩いたり捻ったりする音が激しくなる。少女の声が途切れ途切れになり、一層激しく扉が叩かれた。
「やだぁ!やめて!」
何かが折れるような音と、少女の悲鳴。そして懇願。
「痛い痛い痛い!!!噛まないで!そんな所掴まないで!離して!許して!なんでもするから……」
バリバリと何かを噛み砕く音がした。グチャグチャと何かを咀嚼する音もする。
少女は言葉を捲し立てた。それが扉の向こうにいるアンコへの言葉だと、ゆっくりと理解していた。
「ねえ!本当にお願い!早くあけて!怖いの!痛いの!やめて、食べられたくない!早くあけて!助けて!あけて、あけて、あけてってばぁ!!!」
喚く声を煩わしげに抑える音が聞こえた。
「オゴォ!ぐ……やめ……て……」
扉の前の少女が呻く。
暫くの間、彼女の声はもう殆んど聞こえなくなった。ただ、掠れて意味をなさない音が、扉の向こうから聞こえる。
「あ………アア………ァ……………」
肉を剥ぐ音が聞こえる。骨を折る音が聞こえる。引き裂かれた内蔵から血を啜る音が聞こえる。
アンコは耳を塞いでも聞こえてくる音になすすべなく、ただこれが早く終わってくれる事をただ願っていた。
少女の断末魔の叫びが扉とアンコのいる空間を揺らし、完全になくなった。息絶えたのだと直感で察した。
ガン!と乱雑な音と振動がアンコを襲った。背を向けた扉が何者かによって蹴られているのだ。
アンコは飛び退いた。扉がガンガンと蹴り壊される。
力の抜けた少女を片手で引き摺った影がそこに立っていた。
少女の身体は陰惨で、傷だらけだ。一目でその影が捕食者だと分かる。
少女を襲った捕食者の目がアンコの目とかち合った。
その目はアンコのものだった。
「な、なに……違う、私は……私じゃない!これは夢だ!絶対に夢だ!」
アンコは現れた捕食者の顔を見て叫んだ。アンコと同じ顔だった。
アンコの顔を見て、満足げに嗤っている。
「夢よ……怖い夢よ……さめろ……覚めろ……醒めろ……!!!」
捕食者がアンコよりも大きな手で掴んだ少女の亡骸を揺らした。傷だらけで、咬み傷だらけだった。
アンコは見ないように頭を抱えしゃがみ、そう言い続ける事しか出来なかった。
「夢よ、夢……の筈………ゆめ………」
意識が遠退いた。身体が揺れ、地面に投げ出された。アンコは倒れるように気絶していた。
捕食者は倒れた片割れを見下ろし、舌打ちした。
「これでも堕ちない?なんてつまらない奴……」
捕食者は片手で掴んでいた少女の首もとに食らい付いた。
温かい血に、喉をならし、脂の乗った新鮮な肉に舌鼓を打つ。
「まあ、いいわ」
そのままガツガツと食べ尽くしていく。腹が満ちれば、前向きにもなれる。
零れ出た血と脂を掬いとった指を舐めきり、捕食者は満足げに吐息を吐いた。
「今は現実に逃げられたけど……じっくりやればいい」
捕食者は邪悪に嗤った。
アンコはのどかな草原に立っていた。花が咲き乱れ、川の水は冷たそうで、今にも泳ぎ出したくなるほど綺麗だ。
「どこだろう、ここ。確か、のじゃロリ猫先輩と話して……」
顎に手を当てて考えるが、どうにも思い出せない。頭に何か引っ掛かっているようだ。
「……ちゃーん!」
遠くから、誰かの声が響いた。
「アンコちゃーん!」
黒い影が、こちらに向けて走ってくる。
「だ、誰?」
黒い影が、黒い影のまま、アンコの近くで止まった。
「え?忘れちゃったの?酷いなぁ私は繝翫ヤ繝。繧ーだよ」
黒い影は、どうやら少女のようだった。二つ結びにした髪が、影の状態でも印象的だ。
「あなたの……」
その子の顔から、身体から、影がさっと消えた。現れた顔は、身体は噛み傷だらけ。壮絶な表情をしていた。
アンコは叫んで逃げ出した。
「あなたのオヤツだよ」
そんな少女の言葉を聞き流し、必死に逃げた。いつしか野原は消え、一件の小屋が見えた。アンコはその中に入り、扉を固く閉ざす。
「開けてぇ~!アンコちゃーん!開けてぇ~!」
扉の向こうで、ドアノブを捻る音が聞こえた。アンコは震え、扉に背を向け、両手で耳を塞いだ。
「開けて~!ねぇ、開けてってば~!」
耳を塞いでも声は聞こえた。のんびりした声で、何度も扉をノックされる。
「ねぇ~開けてよ~!開けろ~!早くー!」
少女の声に、何故だか焦りが滲み始めた。扉をノックする音に力が入ってくる。
急な変化が現れたのはそこからだ。何かが羽ばたく音、何かが土を踏みしめる音が響く。
「ヒィ!来た!」
少女が上擦った声をあげ、扉をガンガン叩きながら口走る。
「お願い!早く!早くして!追い付かれるの!この扉を開けて!ナーシ……」
土の上を走る音に混じり、獣の唸り声のような低い音が辺りに木霊する。鈍い音が聞こえた気がした。ドアノブを叩いたり捻ったりする音が激しくなる。少女の声が途切れ途切れになり、一層激しく扉が叩かれた。
「やだぁ!やめて!」
何かが折れるような音と、少女の悲鳴。そして懇願。
「痛い痛い痛い!!!噛まないで!そんな所掴まないで!離して!許して!なんでもするから……」
バリバリと何かを噛み砕く音がした。グチャグチャと何かを咀嚼する音もする。
少女は言葉を捲し立てた。それが扉の向こうにいるアンコへの言葉だと、ゆっくりと理解していた。
「ねえ!本当にお願い!早くあけて!怖いの!痛いの!やめて、食べられたくない!早くあけて!助けて!あけて、あけて、あけてってばぁ!!!」
喚く声を煩わしげに抑える音が聞こえた。
「オゴォ!ぐ……やめ……て……」
扉の前の少女が呻く。
暫くの間、彼女の声はもう殆んど聞こえなくなった。ただ、掠れて意味をなさない音が、扉の向こうから聞こえる。
「あ………アア………ァ……………」
肉を剥ぐ音が聞こえる。骨を折る音が聞こえる。引き裂かれた内蔵から血を啜る音が聞こえる。
アンコは耳を塞いでも聞こえてくる音になすすべなく、ただこれが早く終わってくれる事をただ願っていた。
少女の断末魔の叫びが扉とアンコのいる空間を揺らし、完全になくなった。息絶えたのだと直感で察した。
ガン!と乱雑な音と振動がアンコを襲った。背を向けた扉が何者かによって蹴られているのだ。
アンコは飛び退いた。扉がガンガンと蹴り壊される。
力の抜けた少女を片手で引き摺った影がそこに立っていた。
少女の身体は陰惨で、傷だらけだ。一目でその影が捕食者だと分かる。
少女を襲った捕食者の目がアンコの目とかち合った。
その目はアンコのものだった。
「な、なに……違う、私は……私じゃない!これは夢だ!絶対に夢だ!」
アンコは現れた捕食者の顔を見て叫んだ。アンコと同じ顔だった。
アンコの顔を見て、満足げに嗤っている。
「夢よ……怖い夢よ……さめろ……覚めろ……醒めろ……!!!」
捕食者がアンコよりも大きな手で掴んだ少女の亡骸を揺らした。傷だらけで、咬み傷だらけだった。
アンコは見ないように頭を抱えしゃがみ、そう言い続ける事しか出来なかった。
「夢よ、夢……の筈………ゆめ………」
意識が遠退いた。身体が揺れ、地面に投げ出された。アンコは倒れるように気絶していた。
捕食者は倒れた片割れを見下ろし、舌打ちした。
「これでも堕ちない?なんてつまらない奴……」
捕食者は片手で掴んでいた少女の首もとに食らい付いた。
温かい血に、喉をならし、脂の乗った新鮮な肉に舌鼓を打つ。
「まあ、いいわ」
そのままガツガツと食べ尽くしていく。腹が満ちれば、前向きにもなれる。
零れ出た血と脂を掬いとった指を舐めきり、捕食者は満足げに吐息を吐いた。
「今は現実に逃げられたけど……じっくりやればいい」
捕食者は邪悪に嗤った。
「こ、ここは……?」
アンコはホールの机に突っ伏していた。
とても静かで、平和な雰囲気。いつもの開店前のオウマがトキだ。
(夢……だったのかな?あれ、なんだっけ?何か見ていた気がするけど……)
さっきまで何か夢を見ていた気がするが、思い出せない。
考えを纏めきる前に、同僚の少女が、顔を覗き込んできた。
「あ、アンコ、起きたの?ずっとうなされてたわよ」
「マリネッタ……さん、すみません……直ぐ持ち場に戻りますので……」
フラフラと厨房に入っていくアンコを見て、マリネッタは友達に合図を送った。
「……やっぱり、アンコと違う……気配がする……」
現れたのは、ピオーネと淡雪だった。ピオーネは嫌な予感に顔をしかめている。
「考えすぎだと思うのだけど……」
マリネッタは口ではそう言いながらも、頭では何か考えているようだった。マリネッタがロボットだったならば、コンピューターが高速で動くカタカタと言う音がきっと聞こえていた事だろう。
「う~ん」
淡雪が言葉にならない言葉を発してから続けた。
「アンコちゃんと違う人……見える……邪悪……それが本心?」
淡雪の言葉に、マリネッタは反応した。
「淡雪、それってどういう……」
そこまで言って淡雪を見たマリネッタは驚愕して目を見開いた。
「ね、寝てる……?!」
友達の言葉に頷くかのように、淡雪の頭がくらりくらりと船を漕いでいた。
アンコはホールの机に突っ伏していた。
とても静かで、平和な雰囲気。いつもの開店前のオウマがトキだ。
(夢……だったのかな?あれ、なんだっけ?何か見ていた気がするけど……)
さっきまで何か夢を見ていた気がするが、思い出せない。
考えを纏めきる前に、同僚の少女が、顔を覗き込んできた。
「あ、アンコ、起きたの?ずっとうなされてたわよ」
「マリネッタ……さん、すみません……直ぐ持ち場に戻りますので……」
フラフラと厨房に入っていくアンコを見て、マリネッタは友達に合図を送った。
「……やっぱり、アンコと違う……気配がする……」
現れたのは、ピオーネと淡雪だった。ピオーネは嫌な予感に顔をしかめている。
「考えすぎだと思うのだけど……」
マリネッタは口ではそう言いながらも、頭では何か考えているようだった。マリネッタがロボットだったならば、コンピューターが高速で動くカタカタと言う音がきっと聞こえていた事だろう。
「う~ん」
淡雪が言葉にならない言葉を発してから続けた。
「アンコちゃんと違う人……見える……邪悪……それが本心?」
淡雪の言葉に、マリネッタは反応した。
「淡雪、それってどういう……」
そこまで言って淡雪を見たマリネッタは驚愕して目を見開いた。
「ね、寝てる……?!」
友達の言葉に頷くかのように、淡雪の頭がくらりくらりと船を漕いでいた。