アルファルデス視点から見たアリア姫戦争の後半戦。そして、帝國軍無双の回。なんというか帝國軍が強すぎるような気がするが、重軽60門もの火砲を集中し、そのうち12門は事実上の十榴なわけで、それも仕方が無いかと。
アル・ディオラシス軍の士気は高揚しきり、中天に達する勢いであった。
アル・カディア軍の残していった物資が惜しみなく兵士達に配られ、そこここで宴会が行われている。だが、国王の天幕の中では、さらなる軍議が開かれていた。
「このまま全軍をあげて追撃に移るべきかと」
アル・テュルタイオス元帥が、戦勝の興奮も冷めやまぬ中、アル・カディア軍主力にさらなる打撃を与えるべきと主張している。
日中の戦闘は、アル・カディア軍の予備兵力の投入の失敗によって、アル・ディオラシス軍の勝利に終わった。しかし、その勝利はぎりぎりのものであり、軍を立て直したアル・カディア軍が再度攻め寄せてきた時に、同じ様に勝てるとは限らない。この戦いでアル・ディオラシス軍も決して少なくない損害を被ったのである。それに、アル・テオポントス将軍を討ち取った「帝國」の魔道騎士達が今回の戦闘には参加していない。彼らが今回の戦闘に参加していたならば、アル・ディオラシス軍が勝てたかどうか、非常にきわどいところであったのだ。
「我が軍もすでに限界に達しつつあります。ここは余力を残した状態で一度メッセニア市に戻り、軍を再編成した上でシュキオン市を攻めるべきでしょう」
別の将軍が、アル・テュルタイオス元帥の積極論に反論する。
実際この一〇日間の行軍と今日の戦闘で、アル・ディオラシス軍の機卒機装甲は限界に達している機体が少なくない。このまま追撃戦に移ったとしても、行軍途中で脱落する機体の数はかなりのものとなりかねなかった。工部や整備器材の整ったメッセニア市郊外の宿営地に一度戻り、一度全ての機体を整備してから出撃するべきである、というのは、相応の説得力をもっている。
「ここでアル・カディア軍を逃せば、もはやシュキオン市へは近づくことすらかなわなくなるぞ」
「我らの目的は、このメッセニア地方を奪還すること。無理してシュキオン市へ進撃する必要はありませぬ。イトメ丘とヘイラ丘を包囲し、敵の出撃を妨害すれば、おのずとメッセニア地方は我らのものとなりましょう」
「だが、その包囲軍の兵站はどうする? 敵の神聖騎士も、「帝國」の魔道騎士も手付かずで残っておる。これに兵站を食い荒らされれば、我らはとても持ちこたえられぬ」
追撃派と帰還派の間の議論は、すでに議論の域を超えて怒鳴りあいに近くなっていた。
普段であれば即座に止めに入るはずの国王は、無表情を保ったまま、じっと地図の一点を見つめて沈思黙考に浸っている。
「陛下! ご決断を!」
「陛下!」
「陛下!!」
最早らちがあかぬの悟ったのか、将帥幕僚らが、一斉に国王に向けて詰め寄る。
アルファルデスは、一歩前に出て誰かが王の身体に触れようとするのを防げる位置に立つと、直立不動の姿勢をとった。
「明後日、投入可能な戦力はどれほどか?」
「はっ! 定数七割の機甲方陣三個、軽機装甲三〇と騎兵三千、そして近衛軍団となります!」
「アルファルデス。そちの隊は何機稼動する?」
「明後日ならば、五機までは」
「……そうか。「帝國」の魔道騎士は三機。アル・カディアの神聖騎士はあと数日は出てこれまい。ならば、ヘイラ丘とイトメ丘まで進出するならば可能か」
「「陛下!!」」
「アル・テュルタイオス元帥。明日半日で可能な限り軍を再編せよ。明後日にはヘイラ丘とイトメ丘にまで進出する」
「はっ!!」
全員が一斉に王に向かって最敬礼する中、アルファルデスは、自分が何か重要な事を見落としているような感覚に嫌な予感を感じていた。
次の日、急ぎ機卒機装甲の整備を済ませ、負傷者や破損機を後送させたアル・ディオラシス軍は、イトメ丘とヘイラ丘へ向けて東へと進軍を開始した。
すでにシュキオン市を出撃してから軍勢は半数近くにまで減ってはいたが、兵士の士気は高く、誰もが自達の勝利を疑ってはいなかった。
そうして前進するアル・ディオラシス軍が派遣した斥候が、だが驚愕するべき報をもたらしたのは、すでに陽も傾きかけた頃合であった。
「「帝國」軍が陣を張っているだと!?」
彼らが全く想定もしていなかった事態に、アル・テュルタイオス元帥が驚愕に目と口を開いたまま、おうむ返しに斥候からの報告を何度も繰り返した。
あまりの事態にアル・ディオラシス軍の将帥幕僚らの誰もが、思考を停止してしまっており、どう判断したらよいのか判らないでいる。
「敵の数はどれほどだ!?」
「すでに陽も傾きかけていますゆえに正確なところは判りかねますが、多く見積もっても七千はゆかないかと」
「機卒機装甲と砲の数は?」
「それが、敵の騎兵と軽機装甲に阻まれ、正確なところは判りませぬ。ただ……」
「ただ?」
「アル・カディア王太子旗と、「帝國」軍の黒地に金色の龍の連隊旗を五流、確認しております」
アル・カディア軍の総司令官がアリストメネス王太子である事は、昨日の戦闘で判明している。つまり王太子直属の近衛部隊と「帝國」軍五個連隊が相手という事になる。
「……七千ということは、半数はアリストメネスの近衛部隊というところか。「帝國」軍について全く判らないというのが、どうしたものか」
「「帝國」軍の連隊は、どの程度の規模なのだ? 誰か知らぬか?」
「確か、機装甲連隊は、機装甲一〇〇強に機卒四〇台程度のはず。五個連隊ということは、彼らの編成では一個混成旅団となるはず」
「つまり?」
「……確か、機装甲一〇〇に、機卒四〇、歩兵四千と騎兵一千、火砲二〇から三〇というところではなかったか」
「歩兵の数が多いな。しかし、それに近衛部隊が参加するとなるとやっかいだぞ。どれだけ機卒機装甲が稼動しているかは判らぬが、それでも五〇は下るまい。例の「帝國」の魔道騎士も含めれば、我が軍と機装甲の戦力は同等ということになる」
皆が頭を抱えてうなっている中、一人国王だけは無表情のまま沈思黙考を続けている。
アルファルデスは、昨日自分が感じていた違和感の正体に気がついた。
この戦争は、アル・カディアに「帝國」の皇女が嫁いできたために起きた戦争である。同じ様に皇姉アルトリアがアル・カルナイ王国に嫁いだ結果、アル・レクサ王国とハ・サール王国の間に戦争が勃発したが、その時も「帝國」は多数の援軍を送り込んでいる。今回の戦争を「帝國」が予想していなかった事はありえない。そうでなくては、こんな「帝國」から遠く離れた国に皇女を嫁がせるなどするわけがないであろう。
幸いにして、距離の問題もあってか「帝國」が送り込んできた軍勢はさして多くはない。ならば、アル・カディア軍が半壊している現時点でならば、勝ち目はあるのではないか。
「テュルタイオス」
「はっ、陛下」
「いかにして戦う?」
じっと昏い眼をして見つめてくる国王に、アル・テュルタイオス元帥は、姿勢を正して答えた。
「はっ! 敵は我が軍と同等の機装甲戦力と砲兵戦力を有しておりますが、機卒と騎兵の数で劣ります。故に機卒で敵の戦線全体に圧力をかけつつ、近衛軍団の騎兵を攻撃の主力として迂回攻撃を敵本陣にしかけるというのが確実かと」
「そうか。後退は可能か?」
「敵は騎兵の数で劣りますが、例の魔道騎士がおります。これが騎兵と共に攻撃を仕掛けてきたならば、とても振り払えませぬ。どこかで決戦を強要されることになりましょう」
「そうか。戦わねばならぬとすれば、どの地で戦うべきか?」
「このまま敵に攻撃を仕掛けるのは、待ち構えている敵の罠に飛び込むも同然かと。なれば、ここは一歩引いて我が軍に有利な地形にて迎え撃つのがよろしいかと」
「そうか、ではその様に取り計らえ」
国王が決断を下したその時、天幕の外で喧騒の音が聞こえてきた。
「何事か!?」
「伝令! 伝令! 敵軍、我が軍の南東二哩の地点に布陣を始めております!!」
「なんと!? もうすでに夕刻ぞ! この時間に軍を動かすのか、奴らは!?」
突如天幕に転がり込んできた伝令の報告に、皆一斉に机上の地図にかぶさった。
「いかん! そこに布陣されて平押しにされれば、我が軍の後背は急傾斜の先の川となる。部隊機動の余地がなくなるぞ!?」
「ええい、今から軍を動かすわけにはいかん。いっそ敵の布陣が終わる前に一部部隊なりとも突っ込ませて……」
「とにかく、夜襲に備えねば! 伝令! 伝令はおるか!?」
皆が突然の事態の急変に混乱を起こしている中、アルファルデスは、頭を回転させていた。
とにかく、いざとなった国王を脱出させて国へ戻さねばならない。今の王国は、この国王の有能さゆえにまとまっているのであり、その王が失われれば混乱に陥り他国につけ入れられることになるのは確実である。最後まで王の傍につき従うのは誰にするか。「風」の精霊の加護を受け、遠見の術を持つアナクシダテスと、自分に次ぐ腕を持つ誰かの二人。自らは戦場に残って、例の「帝國」の魔道騎士と戦わねばならない。劣勢の中での混戦ともなれば、生きて帰る事はまず不可能であろう。
「鎮まれ!!」
そこまでアルファルデスの思考が進んだ所で、王が声を張り上げた。混乱に誰もが我を忘れている中、王の一喝に皆一斉に口を閉じる。
「事ここに至っては是非も無し。明日は敵と一戦まみえつつ、撤退する。今晩中にその準備をさせよ。兵どもも浮き足だっておろう。それを鎮め、明日の戦いに備えさせよ。よいな!?」
「「「はっ!!」」」
将軍達が大慌てで天幕から飛び出してゆくのを横目で見つつ、アルファルデスは、王の前にひざまずいた。
「何だ、アルファルデス?」
「これより、お傍に二名はべらせます。自分は今宵にてお別れを」
「……………」
「それでは、隊に戻りますゆえ、御免」
王の御前にて平伏したアルファルデスは、そのまま急ぎ足で天幕を出て行った。
「アナクシダテス、カナン。二人はこれから陛下の御傍に常にはべり、片時も離れてはならない。なんとしても帰国して頂かねばならぬ」
隊に戻ったアルファルデスは、緊張した面持ちで待ち構えていた部下達に、開口一番そう言い放った。
その言葉に、名指しされた二人は覚悟を決めた表情でうなずき、残りの者達は皆楽しそうな表情になった。そんな部下達を前にして、アルファルデスは、心の底から嬉しそうな表情を浮かべた。
「死ぬと決まったわけではないが、その覚悟はしておけ。敵はあの「帝國」軍だ。これまでの雑兵とは訳が違う。古代魔導帝國の末裔を自称する魔族との雑種に、神罰のなんたるかを教えてやろう」
「「はいっ!!」」
アル・ディオラシス軍と「帝國」軍との会戦は、朝靄が晴れ渡った頃合に開始された。
「帝國」軍は、機装甲戦列と歩兵中隊を組み合わせた大隊を第一線に六個を横一列に並べ、その後方の第二線にアリストメネス王太子の近衛部隊を展開させていた。さらに両翼に軽機装甲戦列と騎兵中隊を組み合わせた大隊を配置し、アル・ディオラシス軍の騎兵集団に対応できるようにしている。その騎兵大隊ごとに、六から九機のなんとも威圧感を漂わせている機装甲が配属されており、それらは三機一組となって、手に巨大な長斧や大太刀を持って待機していた。
それに対し、アル・ディオラシス軍は、三個の機甲方陣を横一列に並べ、各方陣の間に砲兵を展開させている。そして、両翼に軽機装甲を最前列に展開させた騎兵集団を配置していた。国王と近衛軍団は、機甲方陣から離れた後方に展開している。
戦闘の火蓋を切ったのは「帝國」軍であった。各歩兵大隊戦列の間に展開している野砲が、一斉に砲撃を開始したのである。その数は四個中隊二四門。大口径の重野砲の砲弾は、一哩離れた距離からでもアル・ディオラシス軍の重機装甲の大盾を貫通し、機体に損傷を与えてゆく。しかも、彼らが知るいかなる火砲と比較しても射撃速度が早い。まるで雨霰のごとくに降り注ぐ砲弾に、次々と機体が擱坐してゆく。
「このままでは埒があかん! 前進!!」
一方的に撃たれるばかりの味方に業を煮やしたアル・テュルタイオス元帥が、機甲方陣に対し前進命令を下した。それと同時に「帝國」軍の機装甲戦列も歩兵を伴って早足で前進を開始する。
これまで見た事も無い速さで長鑓を構え接近してくる「帝國」軍の機装甲戦列に、アル・ディオラシス軍の重機装甲は戦列を組みなおし、盾をかかげ、その隙間から槍を突き出して迎え撃った。だが「帝國」軍の機装甲戦列は、その槍の間合いのはるか彼方で足を止めて戦列を組み直し、長柄の穂先をそろえて槍衾として突き入れてきた。第一列が穂先を地面に下ろして一歩間合いを詰め、下からアル・ディオラシス軍の重機装甲の盾を跳ね上げ、長鑓を突き入れてくる。その一撃は重機装甲の装甲を易々と貫通し、次々と機体を擱坐させてゆく。槍の穂先を盾で受け、そのまま戦列に突入しようとする機体も、第二列第三列が掲げる槍の穂先に押し止められ、第一列が振り下ろし、跳ね上げ、突き入れてくる長鑓によって討ち取られてゆく。
「帝國」軍の機装甲戦列に正面から挑もうとせず、側面に回り込もうとした重機装甲も、「帝國」軍の重野砲の集中射を受けて次々と擱坐し、少数が戦列に挑んでは、両脇を固める機装甲が持った長斧で盾ごと機体を破砕されてしまう。
アル・ディオラシス軍の火砲も、味方の機甲方陣の攻撃を支援するべく射撃を行うが、「帝國」軍の後方から次々と降り注ぐ榴弾によって破壊され制圧されてしまう。そして、敵の火砲を征圧し終えると「帝國」軍の発射する榴弾は、機卒戦列へと降り注ぎ始めた。
その榴弾の威力は、直撃すれば機卒を爆砕させ、至近弾でも破片と爆風で擱坐させ、次々と機卒を破壊してゆく。その鉄と火薬の暴風雨に、アル・ディオラシス軍の機甲方陣は、なすすべもなく一方的に撃破されてゆくばかりである。
アル・ディオラシス軍の左右の機甲方陣は、左右に分かれた「帝國」軍の機装甲戦列の槍衾にその前進を阻止されていたが、中央の方陣は一気に突進し、アル・カディア王太子の陣に肉薄する事に成功したかに見えた。
だが、そのアルカルナイ王太子の近衛隊の前面に展開した、赤、青、黄色の三機の重魔道機装甲と、アル・カディア軍神聖騎士らの重魔道機装甲による阻止射撃が、機甲方陣の最前列の重機装甲を次々と撃破してゆく。そして、それら重魔道機装甲の左右に展開した「帝國」軍の軽野砲六門づつが次々と後続する機卒に砲弾を浴びせかけ、ばたばたとなぎ倒してゆく。
「騎兵は何をしている!?」
アル・テュルタイオス将軍の悲鳴の様な声に、だが騎兵は応える事は出来ないでいた。
数においてこそ圧倒してはいたが、しかし、「帝國」軍の軽野砲が各大隊ごとに六門が配備され、次々と騎兵戦列に散弾を撃ち込んでくるのだ。軽機装甲の突撃も、各大隊ごとに九機もいる重魔道機装甲からの魔法攻撃によって破砕され、なんとか「帝國」軍の戦列にたどりついた機体も、長鑓の槍衾によって討ち取られてゆく。
砲撃の中突撃してゆく騎兵集団も、左右斜め前に前進し騎兵大隊の前に展開してきた「帝國」軍戦列歩兵の銃剣付き燧発式小銃の交代射撃によって逆に次々と打ち倒され、戦列に達した騎兵も、突き上げられる銃剣によって刺殺されてしまう。
アル・ディオラシス軍の攻撃が「帝國」軍の予想だに出来ない阻止火力によって破砕された瞬間、待機していた「帝國」軍の騎兵集団が攻勢転移した。これまで阻止射撃に専念していた重魔道機装甲を先頭に、軽機装甲の戦列が長鑓を掲げて疾走し、その後方を槍騎兵大隊が追随してゆく。
アル・ディオラシス軍は気がつけば、左右を「帝國」軍の機装甲戦列と歩兵戦列によって、正面をアル・カディア王太子の近衛隊によって攻め立てられていた。まさに教科書に載せられていてもおかしくはない程に見事な両翼包囲の完成である。
「陛下、撤退を!!」
味方の機甲方陣が両翼包囲によって殲滅されてゆき、騎兵集団も追い散らされ、さらには左右から肉薄してくる「帝國」軍騎兵を近衛歩兵大隊が阻止している中、アル・テュルタイオス元帥は悲鳴の様な声をあげて王に戦場から離脱するよう進言した。
王が表情の消えた真っ白な顔つきでうなずき、乗っている白馬のきびすを返した瞬間、本陣左翼に展開している近衛騎兵大隊の中央で爆発が起き、火炎が柱となって立ち上った。
「敵襲!!」
混乱する騎兵大隊を「風」の魔術を使って軽々と飛び越えてきた重魔道機装甲が三機、本陣めがけて吶喊してくる。
「行くぞ!!」
アルファルデスは一声叫ぶと、「ゾイア・ベリッタ・アル・ディオラシス」を駆り、漆黒の重魔道機装甲の前に立ちはだかろうとした。
だが、彼女の掲げた円盾は敵が右肩に担いでいた大太刀の柄頭に弾かれ、彼女が突き入れた切っ先は敵の装甲の表面をかすめるように避けられ、半回転して懐に飛び込んできた敵の紫電をまとった大太刀の刃先が左肩に押し付けられた瞬間、一気に引き斬られ、機体は左袈裟に斬って捨てられた。
「姉様!?」
一撃にて打ち倒されたアルファルデスに、副官のイフィノエが悲鳴をあげる。そして、その隙を見逃す敵ではなかった。追随してきた二機のうち一機が、機体の膝をついて火炎をまとった長斧で彼女の「ゾイア・ベリッタ」の右ひざを両断する。バランスを崩して倒れた機体に、とどめの一撃が打ち込まれ、機体を火炎が焼いた。
また別の一機は、アルファルデスやイフィノエを救わんと駆け寄る三機を、爆炎の魔術をもってその脚を止め、三機が合流する時間を稼ぐ。
「よくも隊長を!!」
叫んだ古人の声に答えようとはせず、漆黒の機体は、揃って横っ飛びに打ち込んでくる三機の「ゾイア・ベリッタ」を避けると、疾風のごとく間合いを詰め、紫電や火炎をまとわせた大太刀や長斧で打ちかかり、刃先を突き入れ、次々と三機を討ち取ってしまった。
アルファルデスら五人の古人達が稼いだのはわずかな時間でしかなかったが、しかし、アル・ディオラシス王を生き残った近衛騎兵が護衛しつつ戦場を離脱するためには十分すぎるほどであった。
そしてアル・ディオラシス軍のほとんどは、「帝國」軍の包囲を突破する事ができず、戦場にその骸をさらす結果となった。
大破し、擱坐しているアルファルデスの機体に、彼女を打ち倒した漆黒の機体が近づき、操縦席の扉をこじ開ける。
「……生きてる」
その漆黒の機体の乗り手の声は、まだ歳若い少女のものであった。
自らの機体の膝をつかせると、少女は機体の外へ出て、アルファルデスの「ゾイア・ベリッタ」の操縦席へともぐりこんだ。
いかなる奇跡か、操縦席は機体が左袈裟に斬られていながら半壊で済んでおり、そしてアルファルデスは、その身体の一部を機体に押し潰されつつもなんとか生きながらえていた。少女は、首に巻いていた絹のスカーフをほどき、短刀で縦にいくつか切り裂くと、手早く止血措置をほどこしてゆく。
『小隊長』『どうしたんですか?』
少女と共に戦っていた漆黒の機体達が、魔術によって声をかけてくる。
『エウセピアは!?』
『あっちで』『残敵掃討中ですよ』
『来てもらって。この騎士、古人だ。多分、神聖騎士だよ』
『それって』『そんなに』『価値のある』『捕虜なんですか?』
『うん。多分、アル・ディオラシス王のごく近くにいた近衛騎士のはず』
『了』『解!』
最終更新:2012年07月01日 20:46