マリエス国 浸透(22)

巡洋艦火蜥蜴(7)

 地を蹴るように、空を蹴って、鑓の機神は滑るように飛ぶ。
 きらめく水面が飛び去ってゆく。そして、魔力を放つ。かのものと違う秩序を与えられた相克する力。
 日差しの中を、飛び抜けた跡は、虚のようになって、連なって伸びる。マルクスはそれ振るった。鑓を叩きつけるように。虚の連なりが、うねりながら水面を叩く。
 連なった白い飛沫が、壁のように立ち上がる。赤黒くうねる炎の蜥蜴のような術の前に。
 二つは相討ち、さらに激しく水しぶきを撒き散らし、日差しの中に虹の弧を作り出す。
「・・・・・・」
 思っていたより、敵の放つ魔力は大きい。
 滑るように飛びながら、すれ違う櫂船の姿を横目に見る。囮船だ。その刹那にも、すでに敵の魔力を浴びせつけられているらしいことは見て取れた。それでも残った櫂を繰って漕ぎ逃れようとしている。その刻を稼がねばならない。だからマルクスは次の術を放つ。
 飛び抜けたあとに、吹き上がった飛沫が宙にわだかまり、自らゆらぎながら姿を取ろうとする。
 魔術で作った虚像だ。それが列をなして浮かび、さらに飛ぶ。
 敵のあの船へと向かって。
 高く帆柱を掲げ、長い帆桁を横に伸ばした、帆掛け船の姿だ。大きな帆を掲げている。その帆には、何かがつけられていて、日差しをきらきらとはじいている。美しい船ではある。それに早い。
 船から魔力が膨れ上がる。日差しの中に、きらめきながらある形を作り出す。宙に何かを描くように。輪と放線。魔法陣だ。
 きらきらときらめくのは、鋭く尖った氷片だった。
 それが、飛び散った。押し開くように撒き散らされ、マルクスの作った虚像に叩きつける。だが、その程度では虚像も消えはしない。
 飛び散った氷片が、水面に小さな水柱を続けざまに立ち上げても、構わず敵の船に突っ込んでゆく。船をひっくり返すために。
 だが、船の帆がふたたび魔力に光り始める。海面にも魔力の光が伸びる。
「・・・・・・くそ」
 気づいたときには、海面に大きな魔法陣が浮かび上がっていた。先の術は、このためのものだ。
 水中に何かが現れる。
 それは、一気に浮かび上がる。水面を突き破り、飛沫を撒き散らしながら、マルクスの作った虚像の術を、突き破る。
 日差しのなかで、それはきらめく。尖った、巨大な氷の塊だ。
 それは宙に飛び出すと、マルクスへ向かって倒れかかってくる。
「!」
 とっさに盾で受け止める。氷の欠片が飛び散る。
 重い。船のように巨大な氷が、重みを持って傾いてくる。押し切られて、海面に叩きつけられる。
 宙にあるときよりは軽いと言いながら、氷は鑓の機神を抑え込んだまま、沈み込んでゆく。
 このまま沈んだら、ノイナは怒るだろうな、と思いながら水面を見上げる。水の中に差し込む日差しは、さらにこの氷の塊に差し込み、光を広げている。七色に見える光もある。さらに見上げるところに、敵の船の姿がある。日差しを遮り、くろぐろとした影を水の中に投げかけている。それだけじゃない。魔力を集めている。通常の自然収集から、あの魔力を放ち続けることなどできないはずだ。あの船には、魔晶石の形で魔力が蓄えられているはず。それを船に乗せた魔力系で放っている。機装甲なら、想定していないところに投げ込まれれば、機内結界の物理的健全性から問題になってくる。要するに水が胎内に流れ込んで、乗り手を殺すことは、普通にある。だから渡河は危険な運用と認識されているのだが。
 宙で釣り合いをとるようにして、沈みながら鑓の機神の構えをとりなおす。鑓を振るった。氷を打ち砕く。
 叩き割って重みを振り払い、機神の釣り合いを取る。常に宙をゆくように、水の中を進む。やったことはなかったが、できないはずはない。鑓の機神はみるみる浮かび上がってゆく。あの船へと向かって。勢いをつけて。
 鑓を構える。浮かび上がりながら、その船底を突いた。穂先を引き抜きながら、代わって盾の縁で船べりを抑え込みながら、浮かび上がる。
 掲げられた帆が、日差しの中で大きく揺れる。そのおもてには、きらきらときらめく石が、文様を描くように縫い付けられている。
 ただの文様じゃない。魔術の文様、魔法陣だ。
「・・・・・・」
 マルクスは、機神の盾に折りたたまれた指を開いた。あれを、鹵獲する。
「!」
 掴みかけたその時、魔力の光があふれる。炎がほとばしって、機神の指に、盾に、腕に、その体のからみついてくる。
 構わない。そのまま帆を引き毟ろうと機神の指に力を込めさせる。船が大きく揺れる。甲板で船員姿が何人か転げる。思っていたよりずっと少ない。帆柱も太い。外洋船のように。あるいはそれよりも。
 そして、その背後から、人影が転がり出る。揺れにもはや耐えられぬというふうに。
 軍船に不似合いな華奢な姿だった。森族は人族に比べてそう見えるにしても、それでも小柄に。
「・・・・・・」
 それで気づいた。その姿こそ、この火蜥蜴の要だ。
 帆から指を振りほどき、倒れた姿へ手を伸ばす。その先で、小柄な姿は振り向き、顔を上げる。機神を見上げる。大きなその瞳は、黄玉石の色合いに似て、日差しの中で機神を見上げる。恐れでなく、怒りを顕に。
 その姿は、胸元へと手をやる。
 前掛けに似たものを身に着けていた。握りしめた手の向こうに、きらめく玉石のようなものが縫い付けられている。
 それが魔力に輝く。
 まずい、と感じたその刹那、船の帆が炎を放った。
 ちがう。炎に包まれる。
 それは帆のみならず、甲板の小柄な姿も、包む。まるでその身から炎が溢れ出したように。その姿は背を折り曲げ、自らを抱え込むようにして、刹那のうちに黒く焼け焦げた遺体へ変わっている。
 けれど炎は止まらなかった、帆を焼き尽くし、そこに縫い込まれていた石たちがばらばらと落ちてゆく。熱持ちながら甲板に落ちた石は、クラけて弾けて最後の魔力を撒き散らす。船が燃えてゆく。水に触れている船べりでも構わず燃えている。マルクスは船を蹴って宙へと退く。船は燃えながら傾き、沈んでゆく。水面に飲み込まれても、白く泡立ち続けている。魔術の炎は、水の中でも船を焼き尽くしてゆくのだ。
 それはわかる。そのようにしてでも、守らねばならぬことがあるのだ。それは彼らも帝國も変わりない。
 失策だったろうか。いや、あのものははじめから帝國に捉えられぬようにと言い含められていたはずだ。そのために自らを処せ、と。
 マルクスは、鑓の機神をゆっくりと浮かび上がらせ、振り返る。
 囮にした帝國の軍船は、まだ沈まずに櫂を漕ぎ巡らせている。まだ沈まないなら、己等でやってもらうしかない。
 森族は、あの火蜥蜴をたった一隻で送り込んできただろうか。鑓の機神を高く宙へと浮かび上がらせる。見回せば帆掛け船が二隻、逃れようとしていた。滑るように舞い降りながら、鑓の穂先を構える。
「指示に従え。回頭しろ」
 命じながら、さてどうしたものかとは思っていた。囮の櫂船は、帝國側の帆掛け船に助けさせれば良いが、こちらへの手当が要るな、と。
 得るべきだったものは、燃えながら沈んでいった。
 結局、マルクスが最初に算段した通りに、帆掛け船が救援に集まってきた。囮船の手当は、船方に任せるほうが良い。逃れようとしていた帆掛け船へも、人を送り込んで、鹵獲させた。彼らが何者なのか、調べるのは困難だろう。目撃者と遇して、送り返すしかないかもしれない。
「何一つ鹵獲できなかった、か」
 マグヌス元帥は息をつく。マルクスは応じる。
「眼の前で、自らを焼きましたよ」
「お前はどう思う」
「あれは森族が海上で使うための、魔術基盤でしょうね。我々の砲艦を相手に優勢を保つ火力を魔術的に実現するための」
「その能力はどの程度だ」
「重魔動機格の火力はもっていると考えて良いと思います」
「詳しい報告を出せ」
「わかりました」
 それで、と元帥は続ける。
「あれに対して、どの程度の脅威になる」
「ゴーラのとったような方策の、支援として効果が見込めるでしょう。敵もあれの空中覇権に挑戦せざるえおえないんでしょうね」
 逆に言えば、とマルクスは続ける。
「彼らも、ゴーラが重魔動機に施したようなことを、彼ら自身も狙うかもしれません」
「それはそんなに簡単なことなのか?」
 元帥は問う。マルクスは答える。
「いいえ。ゴーラをしても真似しかできなかった、ごく限られたものになりました。森族の魔術体系から想定すべきものは多くありますが、あれに匹敵する、ないしはあれを有効に空中で迎撃する存在を作り出すのは、かなりの難しさを伴うでしょう」
 帝國ですら、クルル・カリルの初号機を建造するまでに、どれほどの準備をし、国富を注ぎ込んだか。建造後も、大北方戦争のときも、今に至るも。
「では、それに伴う調査も行え」
「わかりました」
「なにか必要なことは」
「休暇ですかね」
「・・・・・・」
 マグヌス元帥はマルクスを見た。
 マグヌス元帥は腕組みをし、それから癖なのか、鼻で笑うように吐息を漏らす。
 結局、休みは自ら作るしか無い。
 そんなことを思いながら、マルクスは船を漕いでいた。
 うたた寝ではなく、本物の小舟を。
 長い櫂を二本備え、それらは腕木で船の左右に支えられている。帆柱は、形ばかりだが一本がマルクスの背後に立てられるようになっている。今は畳んで桁とともに船底に横たえてあるけれど。
 良い船だった。
 漕げば漕いだだけ進み、漕ぐ手を止めても、するすると行き脚は残る。
 モリア湖のような静かな湖でなら、面白いように脚を稼げる。
 選んだ船大工と、選んだ線図。今、この手の小舟では、いちばん足が速いだろう。なにしろ船を形作る線図は、金牛型の南方建造船、白羊号と同じものなのだから。本来は機密にあたるものだけれど、まあ蛇の道は蛇というやつだった。
 マルクスはモリア湖を漕ぐ。彼は何というだろうな、と思いながら。アウルスのあの邸宅は、船漕ぐマルクスからみたら背後にある。日差しの中でも、霧の中でも、変わらず美しい邸宅だった。
 湖面から、直に客を受け入れる、あの棟へ、その張り出しの下へと滑り込んでゆく。すでに屋敷の用人が待ち構えていた。マルクスは櫂を繰り、石畳へと漕ぎ寄せながら、引き込む。なにしろこの小舟は、船足は良いけれど櫂を出していなければひっくり返りかねない。用人は櫂を差し入れる張り出し腕木を掴んでいてくれる。
 マルクスはひょいと陸へと飛び移る。
「すまない、もやっておいてくれ」
 すっかり自分の屋敷のように使わせてもらっているが、すこしは遠慮もしている。
 なによりこの棟が気に入っている。こちらの棟の一部屋を貸してもらえないか、とピカルデスに頼んだ時は、あまり良い顔をされなかった。曰く、あちらは警邏や衛士も使いますゆえ、と。お気に触ることはあろうかと、というのは、できればやめてほしい、ということなのだが。
 こっちは軍人だよ、と笑って押し切り、そしてこの張り出しからの眺めを得た。
 眺めの奥行きは、やはり高いところにある屋敷の張り出しのほうがずっといい。
「・・・・・・」
 けれど、気にいる、というのはまた違うのだ。
「わざわざ船を仕立てたのか」
 背後からの声に、マルクスは振り向き、張り出しの手すりに背を預ける。
「まだこの屋敷に禁足令は出てないようですから」
「いやいや、ご招待申し上げた賓客に禁則などと」
 相変わらず冗談なのか本気なのかわからない口調でアウルスは言い、歩み寄ってくる。湖からの風が、彼の金の髪をなびかせる。
「まあ、女公爵には内緒にしておいてください」
「そのわりには、椅子は二つあったようだ」
「なだめるときに必要でしょう」
「なるほど。妻帯者はつらいと見える」
「宮仕えよりは」
 アウルスは少し笑い、張り出しの手すりに両手をついた。
 そのままモリア湖を見ている。何も言わなかった。ただ風が吹く。ふとアウルスは言った。
「ならばあの船、艇庫に入れておくと良い」
「助かります」
 お礼と言ってはなんですが、とマルクスは胸の隠しから小さな帳面を取り出した。革の表紙の内側に、それを挟んでおいた。そっとつまんで、アウルスへと見せる。
 湖からの風に揺れるちいさなそれを、アウルスも見る。
「これは」
「四葉の詰草は幸運を呼ぶそうですよ。ぜひともあなたに、と言っていました」
「・・・・・・」
 開いたアウルスの手のひらに、マルクスはそっとそれを置く。アウルスはもう一方の指でそれをつまみ上げ、緑の瞳で見つめている。
「導師はいろいろなものが見えると聞いています」
 マルクスは続ける。
「でも、それについては、あまりそういうことをせずにいてください。お互いに、その方がいいでしょう」
 そうだな、とアウルスは言った。
 南方産の四葉の詰草が日差しと風に揺れるのを、黙って見ていた。




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あえて書かなかったことが一つあって、力のスケールでは、機神と比較可能なものは、あの世界にはあまり多くないらしい。
だから、戦闘においての危機感は、キャラの側には無かった。言うたらアーカードが顔芸してるのと同じ。

砲弾の人馬殺傷性から75mm程度の口径と重量がディフェクトスタンダードになったことから、機装甲のコントロールできる魔術的パワーを75mm砲弾何発程度、と認識することにしていた。
白の三だと、フル充填で数発と認識している。クルル・カリルだと百発以上だろうと。

火蜥蜴の術のパワースケールは、重魔動機のレベル。
なので一発では、木造とはいえ20mとかの軍船をぶっこわすとか無理。

機神はおそらく桁が違う(というふうにインフレーションしていってる主体が僕であり、鑓の機神である)
「思ったよりパワーがある」というのは帝國が重魔動機に実装したものに匹敵している、さすがは森族、という意味。


エル・コルキスは機神をおそらく持っているだろうし、持っていなければ環ペネロポセス海の旧レクサ帝国の中からあの形で形成できなかっただろう。アル・レクサとの関係上から。
なので、エル・コルキスには、あまり性能や機能がよくわかっていない機神があり、その活性度もわかっていないと考えている。



ほんとに随分迷ったのだが、この形にした。森族は鹵獲を許さないだろう。
人柱、なんて言葉も頭をよぎったりもした。
なので、最初に召喚するときは、帝都に安全なところを作ったんだが、まあ、ね。申し訳ないがこれはこれで。

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最終更新:2021年03月16日 07:37