無名の1

なんか、全然書き進まないので、途中まで掲載。



 一

「ここは、どこだ?」

 少女が目覚めて放った第一声は、陳腐といえば陳腐な一言であった。だから女は、あらかじめ用意しておいた回答を返した。

「ここは『プルーシオス』号という船の客室で、乱捕りされた君は、気を失ったまま私に売られ、これから『帝國』と呼ばれる国に連れていかれる途中だ。私の事はエイヴと呼んでくれ。何か質問は?」
「……そっか、売られたんだ。……いや、無い」
「ああ。で、だ。君の名は?」
「……………」

 寝台に横たわったままの少女は、女から視線を外し、眉をひそめてそのまま天井を見つめている。

「……おもい、だせない」
「……そうか。ならばなんと呼べばいい?」

 エイヴは、黒い髪に黒い瞳の少女を見やりつつ、そう訪ねた。

「名無し、でいい。どうせ下人だ」
「そうか。では、無名、と呼ぼう」

 無名のきめ細かな白磁の肌は、ランプの明かりの下でも青白く見えた。目をつむった少女は、二度三度とあえぐ様に大きく溜息をつくと、身体を起こそうとした。だが、起き上がれずに横倒れになり、寝台から転がり落ちそうになる。
 エイヴは、両手で少女の身体を支えてやると、その肉付きの薄い上半身を起こしてやった。

「無理はしない方がいい。君はまる五日気を失っていたんだ」
「そっか。その間の世話は、エイヴが?」
「ああ」

 無名はうつむいたまま、くつくつと肩を震わせて笑った。

「ありがとう。知らない間に男にいじられていたら、どんな顔したらいいか判らないところだった」
「そんな冗談が言えるなら、大したものだ。冷めてはいるが、粥がある。食べるといい」

 エイヴは、米だけではなく細切れの肉や野菜も入っている粥の盛られた木の椀を取ると、さじですくって無名の口元に運ぶ。

「いい。自分で食べる」
「腕を持ち上げられるならな。あきらめてさっさと食べろ」

 なんとか腕を持ち上げようとして、結局力が入らないまま毛布の上に落としておくしかできず、無名はくやしそうな表情でさじに食いついた。胃に食べ物が入って空腹を覚えたのだろう。少女は、さっさと粥をよこせと、視線でエイヴをせかす。

「あわてるな。急に物を入れれば、胃がびっくりする。ゆっくりと噛んで、それから飲み込め」

 無名は、黙ってエイヴの言うとおりに粥を咀嚼し始めた。

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最終更新:2009年04月19日 21:30