お稲荷さま

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&font(#6495ED){登録日}:2016/12/31(土) 00:44:08 &font(#6495ED){更新日}:&update(format=Y/m/d D H:i:s) &new3(time=24,show=NEW!,color=red) &font(#6495ED){所要時間}:約 10 分で読めます ---- &link_anchor(メニュー){▽}タグ一覧 &tags() ---- お稲荷さまとは日本の神である「&bold(){&ruby(しょういちいいなりだいみょうじん){正一位稲荷大明神}}」、あるいはその神を祀る神社を指す言葉である。 またそれらへのお供え物から生まれたと言われる寿司の名前としても有名。 *【概要】 「お稲荷さま」は神としては「&bold(){稲荷神}」を指す。稲荷神は本来、中国から渡来した神である。 その名の通り&bold(){稲と稲作の神}で、&bold(){五穀豊穣の神}ともされた。 神社としての「お稲荷さま」は稲荷神を中心として、&bold(){&ruby(うかのみたまのかみ){宇迦之御魂神}}など神道の神々や、密教の&bold(){&ruby(ダキニ){荼枳尼}天}など仏教の神々らをともに祀っている。 神道・仏教の神々とともに祀られる「&bold(){お稲荷さま}」は、五穀豊穣からさらに発展して&bold(){生産活動全般の守護者}となり、 現代では日本で最も広く信仰されている神となっている。 *【来歴】 「稲荷神社」は「稲荷神」をはじめとして、時代ごとにさまざまな神を取りこんできた。 ここではその神々とともに、お稲荷さまの来歴について説明する。 **○稲荷神 いまでこそ日本全土で信仰されている稲荷神だが、本来は渡来系の豪族&bold(){&ruby(はたうじ){秦氏}の氏神}((氏神:ここでは「その一族の中でのみ信仰される神」のこと。))であった。 「&bold(){稲荷}」の名は「&bold(){稲生り}」から来ていると言われており、その姿を&bold(){稲を&ruby(にな){荷}う老人}として表されたことから「稲荷」の字を当てられたという。((「稲成」「稲生」「伊奈利」の字を当てることもある。)) 土木業や繊維業などの優れた技術と高い政治力を持った秦氏はめきめきと頭角を現し、和銅4年(711年)には自分たちの神・稲荷神を、山城国の山中に社を建てて祀った。 これが「&bold(){伏見稲荷神社}」であり、すべての稲荷神社のいしずえとなった最初の一社である。 **○宇迦之御霊神 中国から渡来した人々に信仰されていた稲の神がいたように、瑞穂の国日本にももちろん稲の神がいた。 その代表的な一柱が&bold(){&ruby(うかのみたまのかみ){宇迦之御霊神}}である。 宇迦之御魂神は&ruby(いざなぎのみこと){伊弉諾命}と&ruby(いざなみのみこと){伊弉冉命}の娘とも、&ruby(すさのおのみこと){素戔嗚命}と&ruby(かむおおいちひめ){神大市比売}の娘ともいわれ、 &bold(){「倉稲魂命」}とも書かれるように&bold(){稲魂・稲倉の神}であり&bold(){五穀豊穣をもたらす神}としてあがめられた。 その名の「ウカ」とは&bold(){穀物・食物}を表す言葉である。 人々の生きる糧である食べ物の神である宇迦之御霊神はしばしば女神とされ、また同じ意味の言葉である「ウケ」「ケ」を名に持つ神々・・・ 体内から取り出した食物で&ruby(すさのおのみこと){素戔嗚命}をもてなそうとして斬られた&ruby(おおげつひめのかみ){大気都比売神}をはじめ、 &ruby(うけもちのかみ){保食神}・&ruby(とようけひめのかみ){豊宇気毘売神}・&ruby(わかうかのめのかみ){若宇迦乃売神}ら食と食物の神々とともに&bold(){「&ruby(みけつかみ){御饌津神}」(御食津神)}としてあがめられた。 そして彼ら&bold(){御饌津神}は、同じく稲の神である稲荷神と習合されともに稲荷神社内でまつられるようになったのである。 **○三狐神 稲荷神は宇迦之御霊神をはじめとする&ruby(みけつかみ){御饌津神}を取りこむことにより、 &bold(){現代に至るまでの神性のもととなった決定的な変化を遂げることになる。} 日本には記紀神話以前より、&bold(){山の動物たちを信仰の対象とする&ruby(アニミズム){汎霊説}的信仰が存在した。} そしてその中でも、稲荷神などと同じように稲の守護者として&font(#f1c232,b){狐}があがめられていたのである。 狐は米を食い荒らし田圃に穴を空ける稲と稲作の大敵&bold(){ネズミ}たちを、 &bold(){直接狩ると同時にその強烈な体臭で寄せ付けない存在であった。} それを知った古代人たちは、稲倉の周囲にキツネを餌付けしたりキツネの尿を撒いたりしていたのである。 さらに「狐」はもともと、その鳴き声から「&bold(){ケツ}」と呼ばれていた。((ケツ+ネ(尊称、あるいは猫?)で「ケツネ」となったのがキツネの名の由来であるという。)) そのため狐たちは「ケツ」の名と同じ音、そして狐と同じく稲に関わる神々&bold(){「&ruby(みけつかみ){御饌津神}」(御食津神)}たちの遣いとされた。 特に狐たちが稲倉の守り神であったため、同じく稲倉の神である宇迦之御霊神と深く結びつき 宇迦之御霊神に限って「ミケツカミ」の名に「&font(#f1c232,b){三狐神}」の字が当てられるようになったのだ。 そしてそれはそのまま&ruby(みけつかみ){御饌津神}らとともに稲荷神社にも取り入れられ、 狐信仰が盛んになった平安時代ころ((それ以前は蛇神信仰が盛んであり、それまで狐信仰はむしろ差別的な扱いさえ受けていた))には狐たちは&bold(){稲荷神の眷族として定着した}のである。 **○荼枳尼天 都が平安京に移され平安時代の幕開けとなると、この地を地盤としていた秦氏はますます勢力を伸ばしそれに伴い稲荷社も日本各地に広まっていくこととなった。 そして政治的な才覚にもすぐれていた秦氏は、さらに自分たちの勢力を伸ばしていくために&bold(){仏教勢力と手を結ぶことを思いたつ}のである。 その相手として選んだのは、唐の国から当時の最先端文化・技術を得て帰国し宗教的な分野にとどまらず教育や灌漑など多方面にわたって活躍し功績を残した 真言密教の祖であるスーパーエリート[[&bold(){弘法大師}こと&bold(){空海}>空海(弘法大師)]]であった。 秦氏は東寺建立の際、&bold(){稲荷山から材木を切り出して供出する}という形で協力した。 そして稲荷神社では密教の神である&bold(){&ruby(ダキニ){荼枳尼}}を受け入れ祀るようになったのである。 &ruby(ダキニ){荼枳尼}は仏教の鬼神、&ruby(ラクシャーシー){羅刹女}であり[[大黒天>大黒天/マハーカーラ]]の眷族である。 人喰いの魔物であった&ruby(ダキニ){荼枳尼}は大黒天に調伏されて仏道に帰依した。それでも人喰いの本能だけは変えられなかった彼女たちは、 &bold(){死すべき運命にある人間の心臓のみを、持ち主を加護して彼が死すべき日まで何としてでも生きながらえさせるのを条件に喰らうことを許されたのである。} 中国から空海により伝承された直後は人喰いの魔物としての性格が強かったが 稲荷社に取り入れられると&bold(){白狐にまたがった美しい女性}として描かれるようになり 一族名だった「&ruby(ダキニ){荼枳尼}」からひとりの独立した神である「&bold(){&ruby(ダキニ){荼枳尼}天}」として信仰されるようになったのである。 こうして真言宗とがっちりタッグを組んだ稲荷神社は、日本全国津々浦々までその勢力を伸ばした。 江戸時代には産業全体の守護者として商家を中心に信仰を集め、「&bold(){&ruby(はやりがみ){流行神}}」「&bold(){伊勢屋稲荷に犬の糞}」なんていう言葉まで生まれた。 さらに稲荷の社は申請すれば比較的容易に建てることができたため&bold(){どこの家でも守り神としてお稲荷さまを祀るようになった}のである。 しかし、&bold(){この荼枳尼天との交わりが、後の「お稲荷さま」に暗い影を落とすことになる。} 荼枳尼は本来鬼神であり、その説話にもある通り&bold(){現世利益をもたらす力が強い}かわりに&bold(){その代償も大きく、扱いを間違えれば祟る}とされていた神である。 また&bold(){密教ではしばしば狐の霊を扱う儀式が執り行われており}、&bold(){山伏(修験者)たちはよく化け狐を使役したり人に憑いた狐を落としたりしていた。} &bold(){これら狐の悪しきイメージは「お稲荷さま」に影のようにつきまとい、} 近代になって多くの稲荷社が荼枳尼天を切り離しても&bold(){なおその暗い一面はぬぐいきれなかった}のである。 *【現代の「お稲荷さま」】 現代日本で「お稲荷さま」という言葉は、&bold(){宗教・文化の枠を完全にとびこえ日本人の生活と一心同体と言ってもいいほどになっている。} それはもちろん最もポピュラーな神社としてであり、また最も有名な寿司の名としてでもあるだろう。 **○神、神社としての「お稲荷さま」 今現在、「稲荷神」「宇迦之御霊神」を祭神とする「お稲荷さま」は&bold(){日本で最も分社数の多い神社}である。 天照大神や八幡神をも大きく上回り、企業や民家にあるものまで含めると文字通り無数にあるといって差し支えない。 &bold(){そのご利益は商売繁昌・産業興隆・家内安全・交通安全・芸能上達といった生産活動全般に及ぶ。} 狛犬の代わりに宝珠をくわえた狐がお出迎えし、数々の赤い鳥居のなかをくぐった先にあるのは うっそうと茂る山林のただ中に鎮座する社である。 たとえ小さな祠であっても、そこに祀られた赤い鳥居と二匹の狐の前で手を合わせ目を閉じれば、その心中に広がるのは神の住まう森だろう。 日本の神でここまで人々とよりそいその暮らしとともにあるのは、あとは&bold(){[[お地蔵さま>地蔵菩薩]]}か&bold(){[[観音さま>観世音菩薩]]}しかいないだろう。 インドにルーツを持つ「仏」である彼らと同じ位置に日本古来の「神」がいることの意味はけして小さくはない。 &bold(){稲荷神は日本で最も身近な神なのだ。} しかし、稲荷神・・・というより&bold(){「狐」にまつわる暗いイメージは、いまでもお稲荷さまにまとわりついている。} 「&bold(){一度拝んだら一生拝み続けないと祟る}」というのもそのひとつだろう。 これは鬼神である荼枳尼天の性質でありかならずしも稲荷神とイコールではないのだが、 お稲荷さま自体をそういう「&bold(){祟る神}」と認識している人は多い。 また「狐憑き」をはじめとした「&bold(){悪しき狐}」のイメージも、いまだお稲荷さまにはつきまとっている。 一時期騒動となった「&bold(){コックリさん}」では、&bold(){台紙の上にお稲荷さまの象徴である赤い鳥居が描かれた。} そしてこれで呼び出されるのは悪しき狐の霊であるとされた。 &bold(){このイメージは子供たちの心の奥底に恐怖を呼び起こし、単なる迷信にとどまらない明らかな実害をもたらしたのである。} そういう悪しきものにしろ良きものにしろ「お稲荷さん」という存在は「&bold(){身近な神秘}」であるということは言えるだろう。 人から恐れられ、また畏れられもする人ならざる存在。 これらに初めて触れたのが「お稲荷さま」「コックリさん」という人は少なくないのではなかろうか。 二匹の狐と鳥居の奥にあるのは、人里に最も近しい神域であり異界なのである。 **○食べ物としての「お稲荷さま」 「お稲荷さま」はあらゆる神社の中で最も有名なものだが、 それ以上に有名なのは食べ物の名称としての「&bold(){おいなりさん}」だろう。 かつてお稲荷さま、狐への供え物として作られた甘辛く煮しめた油揚げ。 これに酢飯をつめた寿司&bold(){「いなり」「いなりずし」「おいなりさん」}は、 &bold(){日本人にとってそれこそ「おにぎり」「おべんとう」と並ぶくらいの位置にある食べ物だろう。} この「煮しめた油揚げ」の由来には諸説あるが、一番有名なのは「&bold(){鼠の天ぷら}」の代用品としてだろう。 鼠の天ぷら(正確には素揚げ)は狐の大好物として知られており、お稲荷さまへの供え物としては最上のものだった。 しかしネズミを捕まえるのも手間だし、それを当時貴重だった油を使って揚げるとなるとそうそうお供えできるものではない。 なので見た目が似ている油揚げを供えるようになり、それをおいしく食べるように工夫したのがいなりずしだというのである。 事の真偽はともかく、鼠の天ぷらがキツネの大好物であるという伝承は複数残っている。 肉食動物はだいたい油・脂が好物で、しかもそれで大好物のネズミを揚げたのなら嫌うはずもないだろう。 かのムツゴロウこと畑正憲氏は、ネズミの肉の味をこう表現している。 &bold(){&sizex(10){「最も素晴らしい牛肉に、口の中で踊るみたいな小味をつき混ぜた」&br()&br()「噛みしめると、内部から&ruby(ほうじゅん){芳醇}な味がする液体がとめどもなく出てくる」}} 狐がネズミを狩るのはもちろん人間のためなんかではないだろうが、 もしかするとそれはネズミこそが天下一の美味であるからなのかもしれない。 **○創作文化の中の「お稲荷さま」 日本人にとってもっとも身近な神域であり異界である「お稲荷さま」は、当然のように創作の世界でも多々取り上げられている。 それこそ中世のころから物語の中に登場する「神社」といったらほとんど稲荷神社である。 身近・有名だというのはもちろん、狐や無数に連なる赤い鳥居といったビジュアル面で強い印象を残せるといった点もあるだろう。 現代の漫画・アニメなどでもそれは例外でなく、それこそ背景として出てくるだけなら無数にあると言っても過言ではない。 お稲荷さまを主題としたものとしては「我が家のお稲荷さま」「[[いなり、こんこん、恋いろは。]]」などが有名。 あと忘れてはいけないのは、おいなりさんに関するものではある意味日本で最も有名なこのセリフ。 &bold(){&sizex(6){「[[それは私のおいなりさんだ>変態仮面]]」}} 追記・修正はおいなりさんを握ってからお願いします。 #include(テンプレ2) #right(){この項目が面白かったなら……\ポチッと/ #vote3(time=600,1) } #include(テンプレ3) #openclose(show=▷ コメント欄){ #a1reaedit() #comment #areaedit(end) }
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**○創作文化の中の「お稲荷さま」 日本人にとってもっとも身近な神域であり異界である「お稲荷さま」は、当然のように創作の世界でも多々取り上げられている。 それこそ中世のころから物語の中に登場する「神社」といったらほとんど稲荷神社である。 身近・有名だというのはもちろん、狐や無数に連なる赤い鳥居といったビジュアル面で強い印象を残せるといった点もあるだろう。 現代の漫画・アニメなどでもそれは例外でなく、それこそ背景として出てくるだけなら無数にあると言っても過言ではない。 お稲荷さまを主題としたものとしては「我が家のお稲荷さま」「[[いなり、こんこん、恋いろは。]]」などが有名。 あと忘れてはいけないのは、おいなりさんに関するものではある意味日本で最も有名なこのセリフ。 &bold(){&sizex(6){「[[それは私のおいなりさんだ>変態仮面]]」}} 追記・修正はおいなりさんを握ってからお願いします。 #include(テンプレ2) #right(){この項目が面白かったなら……\ポチッと/ #vote3(time=600,1) } #include(テンプレ3) #openclose(show=▷ コメント欄){ #comment #areaedit(end) }

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