PRAYING MANTIS(バンド)

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PRAYING MANTIS(バンド) - (2013/03/02 (土) 23:50:58) の1つ前との変更点

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&font(#6495ED){登録日}:2011/03/30(水) 01:19:38 &font(#6495ED){更新日}:&update(format=Y/m/d D H:i:s) &font(#6495ED){所要時間}:約 6 分で読めます ---- &link_down(▽)タグ一覧 &tags() ---- #center(){&font(#008000){さっきのバンドのTシャツ売ってた!!}} 『[[けいおん!]]』の夏フェスの回に原作・アニメ両方に登場した架空のロックバンド。 &font(#008000){カマキリ}のイラストがプリントされたTシャツはとてもクールで、[[澪>秋山澪]]が皆の昼食の調達すら忘れて購入に走っていた。 本編では姿は描かれず音楽性も不明であり、その謎多さ故に読者の間では色々な姿が想像されている。   ――――――――――――――――――― &font(#0000ff){&u(){△}}メニュー &font(#0000ff){&u(){項目変更}} &font(#0000ff){&u(){項目コピー}} &font(#0000ff){&u(){消去}} &font(#0000ff){&u(){項目ロック}} &font(#0000ff){&u(){ロック解除}} ――――――――――――――――――― #right(){この項目が面白かったら…&font(#0000ff){&u(){ポチッと}}} #center(){&font(#0000ff){&u(){この時の澪のセンスは素晴らしい}}} #aa{    *   *  *   + うそです   n ∧_∧ n + (ヨ(*´∀`)E)    Y   Y  * }   #center(){{{{{{{ このバンドは実在します。 “&font(#008000){我々は地球の子どもたちだった...大宇宙の孤児...もう母なる星は死んでしまったのだ}” 『チルドレン・オブ・ジ・アース』より }}}}}}} 1974年にイギリスでティノ・トロイ(ギター、ボーカル)とクリス・トロイ(ベース、ボーカル)のトロイ兄弟を中心にして結成、クラブのDJにデモや自主制作シングルレコードを掛けてもらい地元で知名度を上げ、1979年に勃発した[[NWOBHM]](ニュー・ウェイブ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタル)ブームに乗って1981年に『&font(#008000){戦慄のマンティス}』でデビュー。 [[IRON MAIDEN]]のライバルとなり得る存在とされ、哀愁溢れ透明感あるコーラスで構成されたメロディアスハードな楽曲がズラリと並んだアルバムは、何処よりも&font(#008000){日本で話題}となったが、それ以外の所では殆ど知られることは無く、デビューして直ぐに所属レコード会社に一方的に契約を切られてしまう。   その後もメンバーチェンジを重ねてデモを作り続け、バンド名を&font(#ff0000){STRATUS}と変えて活動をするも、80年代半ばに差し掛かる頃には既にバンドは消滅していた。 結局来日すら叶わなかったことや、話題になってもアルバム1枚で解散してしまったことから、日本のメタラーの間では“悲劇のバンド”の代名詞として語られるようになり、PRAYING MANTISの名は伝説に昇華された…。   かと思われたが、1990年に東京の中野サンプラザにてNWOBHM10周年記念イベントが開催、そこにトロイ兄弟が招待され、元IRON MAIDENのボーカリストのポール・ディアノ(2作目で脱退)とギタリストのデニス・ストラットン(1作目で脱退)らと初めて日本のステージに立ち、PRAYING MANTIS再結成を宣言。   ポール・ディアノはメンバーにはならなかったが、デニスがバンドに正式加入し、“&font(#008000){新しい命は日本のファンによって与えられた}”というメッセージを添えて10年ぶりのアルバムにして2作目『&font(#ffdc00){プレデター・イン・ディスガイズ}』を発表。 話題にはなるものの、デニスの陽気なアメリカンハードロック寄りのソロ楽曲をバンド名義で発表する姿勢に首を傾げる者も多かったとか。   続いてバランスを整えて3作目『&font(#0000ff){ア・クライ・フォー・ザ・ニュー・ワールド}』を発表、バンドの最高傑作と賞賛されると共にメロディアス・ハードの名盤として語り継がれる。 また、イギリスでは復活以降&font(#0000ff){インディーズ}だが、日本ではポニー・キャニオン(1990〜2003年)とキング・レコード(2009〜現在)から&font(#ff0000){メジャー流通でCDがリリースされている}。 アニメ版『けいおん!』のスポンサーが同じポニー・キャニオンだったことから、アニメ版でのカメオ出演が出来たともいえる。   ■中心メンバー ●ティノ・トロイ(ギター、ボーカル) デビュー作でボーカルも兼任していた。作曲やギターソロのセンスは秀でているが歌は下手。 ●クリス・トロイ(ベース、ボーカル) ティノの弟。2作目までボーカルも兼任していた。ハスキーで悲しげな歌唱はバンドに合っていたが、フロントマンとしての存在感が薄いために専属ボーカリストへ譲る。ティノとの作曲は最強のメロ     ■歴代メンバー(余りにも多いので一部のみ) ●スティーブ・キャロル(ギター、ボーカル) デビュー作でボーカルも兼任。脱退後は音楽から遠のき、99年に日本にて1日のみバンド復帰した際は悲惨な姿を見せた。 ●デイブ・ポッツ(ドラム) デビュー作のドラマー。99年に日本にて1日のみバンド復帰した。 ●バーニー・ショウ(ボーカル) 末期に加入、STRATUS期でもボーカルを務めた。歴代ボーカリストでも一際ハイトーンで歌う。現在は名プログレッシブバンドのURIAH HEEPに在籍。 ●デニス・ストラットン(ギター、ボーカル) 復活時に加入した元IRON MAIDENのギタリスト。2作目でボーカルも兼任。アメリカンロックを意識した作曲センスはバンドに合わず、次作からは自重するハメになるものの、センス自体は秀でたものがある。03年に脱退、現在は消息不明。   ●ブルーズ・ビズランド(ドラム) 復活時に加入、03年に脱退。 ●ドゥギー・ホワイト(ボーカル) 91年来日時の臨時ボーカルとして起用。その後、[[リッチー・ブラックモア]]率いるRAINBOWや[[イングヴェイ・マルムスティーン]]のバンドを渡り、職人シンガーとしてヘヴィメタル界の名脇役となる。 ●コリン・ピール(ボーカル) 演劇舞台出身。最高傑作の3作目で歌い、同時に歴代最高のボーカリストと称賛される。しかし、演劇舞台の道を選び、アルバム1枚で来日直前に脱退。   ●マーク・トンプソン・スミス(ボーカル) コリンが去った後に加入、シングル1枚と来日した後に早々と脱退。コリンと並ぶ歌唱力の持ち主だった。 ●ゲイリー・バーデン(ボーカル) 95年に加入。“神”こと、マイケル・シェンカーの相棒。歴代ボーカリストの中でも歌が致命的に下手糞。来日時は余りにも酷いボーカルを聴かせた上に、唯一の公式ライブビデオは彼が在籍していた頃のもの。そして彼も早々と脱退。   ●トニー・オホーラ(ボーカル) 98年に加入、このバンドとしては珍しく同じラインナップで続いたと思いきや、アルバム2枚目で脱退。 ●ジョン・スローマン(ボーカル) 元URIAH HEEP、元[[ゲイリー・ムーア]]のバンドメンバー。03年にドゥギーと共にゲストとしてアルバム参加。 ●クライブ・バー(ドラム) 元IRON MAIDENのドラマーで、STRATUS期のメンバー。95年にブルーズが事故で来日不可能となった際に代役を務め、ゲイリーと共に唯一のライブビデオに収められる。 &font(#ff0000){●コージー・パウエル(ドラム)} &font(#ff0000){ジェフ・ベック・グループ、RAINBOW、マイケル・シェンカー・グループ、イングヴェイなどの大御所を練り歩いてきた“渡り鳥”にして永遠のカリスマ。脱退後、1998年に交通事故死。} &font(#ff0000){近年になってPRAYING MANTISの元メンバーであると明らかにされた。} 現時点で元メンバーは32人に及び、そしてアルバムを発表、今現在も活動中である。 ---- &link_up(△)メニュー &link_edit(text=項目変更)&link_copy(text=項目コピー)&font(#0000ff){&u(){消去} &u(){項目ロック} &u(){ロック解除}} ---- #right(){この項目が面白かったなら……[ポチッと]} #center(){&link_toppage(-アニヲタWiki-)}
&font(#6495ED){登録日}:2011/03/30(水) 01:19:38 &font(#6495ED){更新日}:&update(format=Y/m/d D H:i:s) &font(#6495ED){所要時間}:約 6 分で読めます ---- &link_down(▽)タグ一覧 &tags() ---- #center(){&font(#008000){さっきのバンドのTシャツ売ってた!!}} 『[[けいおん!]]』の夏フェスの回に原作・アニメ両方に登場した架空のロックバンド。 &font(#008000){カマキリ}のイラストがプリントされたTシャツはとてもクールで、[[澪>秋山澪]]が皆の昼食の調達すら忘れて購入に走っていた。 本編では姿は描かれず音楽性も不明であり、その謎多さ故に読者の間では色々な姿が想像されている。   ――――――――――――――――――― &font(#0000ff){&u(){△}}メニュー &font(#0000ff){&u(){項目変更}} &font(#0000ff){&u(){項目コピー}} &font(#0000ff){&u(){消去}} &font(#0000ff){&u(){項目ロック}} &font(#0000ff){&u(){ロック解除}} ――――――――――――――――――― #right(){この項目が面白かったら…&font(#0000ff){&u(){ポチッと}}} #center(){&font(#0000ff){&u(){この時の澪のセンスは素晴らしい}}} #aa{    *   *  *   + うそです   n ∧_∧ n + (ヨ(*´∀`)E)    Y   Y  * }   #center(){{{{{{{ このバンドは実在します。 “&font(#008000){我々は地球の子どもたちだった...大宇宙の孤児...もう母なる星は死んでしまったのだ}” 『チルドレン・オブ・ジ・アース』より }}}}}}} 1974年にイギリスでティノ・トロイ(ギター、ボーカル)とクリス・トロイ(ベース、ボーカル)のトロイ兄弟を中心にして結成、クラブのDJにデモや自主制作シングルレコードを掛けてもらい地元で知名度を上げ、1979年に勃発した[[NWOBHM]](ニュー・ウェイブ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタル)ブームに乗って1981年に『&font(#008000){戦慄のマンティス}』でデビュー。 [[IRON MAIDEN>アイアン・メイデン(IRON MAIDEN)]]のライバルとなり得る存在とされ、哀愁溢れ透明感あるコーラスで構成されたメロディアスハードな楽曲がズラリと並んだアルバムは、何処よりも&font(#008000){日本で話題}となったが、それ以外の所では殆ど知られることは無く、デビューして直ぐに所属レコード会社に一方的に契約を切られてしまう。   その後もメンバーチェンジを重ねてデモを作り続け、バンド名を&font(#ff0000){STRATUS}と変えて活動をするも、80年代半ばに差し掛かる頃には既にバンドは消滅していた。 結局来日すら叶わなかったことや、話題になってもアルバム1枚で解散してしまったことから、日本のメタラーの間では“悲劇のバンド”の代名詞として語られるようになり、PRAYING MANTISの名は伝説に昇華された…。   かと思われたが、1990年に東京の中野サンプラザにてNWOBHM10周年記念イベントが開催、そこにトロイ兄弟が招待され、元IRON MAIDENのボーカリストのポール・ディアノ(2作目で脱退)とギタリストのデニス・ストラットン(1作目で脱退)らと初めて日本のステージに立ち、PRAYING MANTIS再結成を宣言。   ポール・ディアノはメンバーにはならなかったが、デニスがバンドに正式加入し、“&font(#008000){新しい命は日本のファンによって与えられた}”というメッセージを添えて10年ぶりのアルバムにして2作目『&font(#ffdc00){プレデター・イン・ディスガイズ}』を発表。 話題にはなるものの、デニスの陽気なアメリカンハードロック寄りのソロ楽曲をバンド名義で発表する姿勢に首を傾げる者も多かったとか。   続いてバランスを整えて3作目『&font(#0000ff){ア・クライ・フォー・ザ・ニュー・ワールド}』を発表、バンドの最高傑作と賞賛されると共にメロディアス・ハードの名盤として語り継がれる。 また、イギリスでは復活以降&font(#0000ff){インディーズ}だが、日本ではポニー・キャニオン(1990〜2003年)とキング・レコード(2009〜現在)から&font(#ff0000){メジャー流通でCDがリリースされている}。 アニメ版『けいおん!』のスポンサーが同じポニー・キャニオンだったことから、アニメ版でのカメオ出演が出来たともいえる。   ■中心メンバー ●ティノ・トロイ(ギター、ボーカル) デビュー作でボーカルも兼任していた。作曲やギターソロのセンスは秀でているが歌は下手。 ●クリス・トロイ(ベース、ボーカル) ティノの弟。2作目までボーカルも兼任していた。ハスキーで悲しげな歌唱はバンドに合っていたが、フロントマンとしての存在感が薄いために専属ボーカリストへ譲る。ティノとの作曲は最強のメロ     ■歴代メンバー(余りにも多いので一部のみ) ●スティーブ・キャロル(ギター、ボーカル) デビュー作でボーカルも兼任。脱退後は音楽から遠のき、99年に日本にて1日のみバンド復帰した際は悲惨な姿を見せた。 ●デイブ・ポッツ(ドラム) デビュー作のドラマー。99年に日本にて1日のみバンド復帰した。 ●バーニー・ショウ(ボーカル) 末期に加入、STRATUS期でもボーカルを務めた。歴代ボーカリストでも一際ハイトーンで歌う。現在は名プログレッシブバンドのURIAH HEEPに在籍。 ●デニス・ストラットン(ギター、ボーカル) 復活時に加入した元IRON MAIDENのギタリスト。2作目でボーカルも兼任。アメリカンロックを意識した作曲センスはバンドに合わず、次作からは自重するハメになるものの、センス自体は秀でたものがある。03年に脱退、現在は消息不明。   ●ブルーズ・ビズランド(ドラム) 復活時に加入、03年に脱退。 ●ドゥギー・ホワイト(ボーカル) 91年来日時の臨時ボーカルとして起用。その後、[[リッチー・ブラックモア]]率いる[[RAINBOW>RAINBOW(バンド)]] や[[イングヴェイ・マルムスティーン>イングヴェイ・マルムスティーン(ギタリスト)]]のバンドを渡り、職人シンガーとしてヘヴィメタル界の名脇役となる。 ●コリン・ピール(ボーカル) 演劇舞台出身。最高傑作の3作目で歌い、同時に歴代最高のボーカリストと称賛される。しかし、演劇舞台の道を選び、アルバム1枚で来日直前に脱退。   ●マーク・トンプソン・スミス(ボーカル) コリンが去った後に加入、シングル1枚と来日した後に早々と脱退。コリンと並ぶ歌唱力の持ち主だった。 ●ゲイリー・バーデン(ボーカル) 95年に加入。“神”こと、マイケル・シェンカーの相棒。歴代ボーカリストの中でも歌が致命的に下手糞。来日時は余りにも酷いボーカルを聴かせた上に、唯一の公式ライブビデオは彼が在籍していた頃のもの。そして彼も早々と脱退。   ●トニー・オホーラ(ボーカル) 98年に加入、このバンドとしては珍しく同じラインナップで続いたと思いきや、アルバム2枚目で脱退。 ●ジョン・スローマン(ボーカル) 元URIAH HEEP、元[[ゲイリー・ムーア]]のバンドメンバー。03年にドゥギーと共にゲストとしてアルバム参加。 ●クライブ・バー(ドラム) 元IRON MAIDENのドラマーで、STRATUS期のメンバー。95年にブルーズが事故で来日不可能となった際に代役を務め、ゲイリーと共に唯一のライブビデオに収められる。 &font(#ff0000){●コージー・パウエル(ドラム)} &font(#ff0000){ジェフ・ベック・グループ、RAINBOW、マイケル・シェンカー・グループ、WHITESNAKE、BLACK SABBATH、イングヴェイなどの大御所を練り歩いてきた“渡り鳥”にして永遠のカリスマ。脱退後、1998年に交通事故死。} &font(#ff0000){近年になってPRAYING MANTISの元メンバーであると明らかにされた。} 現時点で元メンバーは32人に及び、そしてアルバムを発表、今現在も活動中である。 ---- &link_up(△)メニュー &link_edit(text=項目変更)&link_copy(text=項目コピー)&font(#0000ff){&u(){消去} &u(){項目ロック} &u(){ロック解除}} ---- #right(){この項目が面白かったなら……[ポチッと]} #center(){&link_toppage(-アニヲタWiki-)}

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