信濃(航空母艦)

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信濃(航空母艦) - (2016/08/03 (水) 12:59:28) のソース

&font(#6495ED){登録日}:2009/05/26(火) 20:28:21
&font(#6495ED){更新日}:&update(format=Y/m/d D H:i:s) &new3(time=24,show=NEW!,color=red)
&font(#6495ED){所要時間}:約 4 分で読めます

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&font(#994c00){いや〜[[大和>大和(戦艦)]]といい[[武蔵>武蔵(戦艦)]]といい、大和型の船って格好いいな!}

&font(#800080){同士発見wあの巨大な体格に威厳溢れる船体がたまらないんだよな}


…おい

&font(#994c00){にしても空母の世だったんだから、空母に改造すれば当時最強だったろうにな〜}

&font(#800080){あ〜、それ俺も思ったわ。全く[[何で戦艦ばっかり重視した>大艦巨砲主義]]んだ日本海ぐ…}



#center(){おいっ!








\&font(#ff0000){ここにいるぞ〜!}/}



読み しなの

竣工1944年11月19日
戦没1944年11月29日
除籍1945年8月31日

全長:266.1m
速度:27.5ノット
基準排水量:62,000t


信濃は旧日本海軍が保有していた改造空母の一隻である。
改造空母の常で、鳳・鶴・鷹・龍など飛翔動物の名前をつけるという空母の命名規則から外れた艦名を持つ。
同じような経緯で旧国名を名に持つ空母として[[加賀>加賀(航空母艦)]]がある。


#center(){&font(#ff0000){あの大和の姉妹艦の一つである。}}


・建造の経緯

その前身は、大和型戦艦三番艦に当たる110号艦である。
同型艦として111号艦が計画されていた。
戦艦として完成した場合、それぞれ昭和19年〜昭和20年初頭完成予定だった。


が、


[[太平洋戦争]]開戦により、

#center(){&font(#ff0000){間に合うかボケェェ!}


\(`д´)
||
( )
&font(#ff0000){ていうかもう出来てる船の修理や改装が優先だろJK}}

…という極めて常識的な判断で、早々に建造中止されてしまった。
その末路は悲惨で、110号艦はとりあえず進水出来る所まで造ってドッグを空けるべと

完 全 に 邪 魔 者 扱 い さ れ、

船底までしか出来ていなかった111号艦は、解体するのも面倒とばかりにそのまま放置され、&br()後にその上で小型の艦艇を造るという&font(#0000ff){絨 毯 や ら カ ー ペ ッ ト 扱 い で あ る 。}

#center(){&font(#ff0000){___}┌(┐^ω^)┐&font(#ff0000){___}
┌( ┐&font(#ff0000){ ̄ ̄}´ω`)┐}


・運命の転機

このまま放置され、朽ちていくかに見えた110号艦。
あるいは、その方が彼女にとって幸せだったかもしれない。

運命の5分間。太平洋戦争最大の転換点。
ミッドウェイ海戦により日本の空母機動部隊は甚大な被害を被り、その補充が急務となった。
間の悪い事に、直近で就役予定の空母は大鳳のみという切迫した状況だったがゆえに、以下の計画が持ち上がった。
雲龍型とその改型15隻(五〇〇一号~五〇一五号艦)及び改[[大鳳型>大鳳(航空母艦)]]5隻(五〇ニ一号~五〇ニ五号艦)の追加建造、
予め空母に改造する事を前提としていた空母予備艦の艦種転換、&br()のみならず既存艦艇の空母転用、

そして…未成艦艇の空母への大改造である。

そう、信濃に空母への改造の為のメスが急遽入ったのである。
というのも、当時信濃が占拠していた横須賀工廠のドッグが雲龍型を2隻同時に建造できるほど巨大なものだったのだが、&br()どかすにも解体するにも中途半端に出来上がっていた為「どうせならこいつも改造しちまえ!」と言わんばかりの判断があったのだ。
この結果、雲龍型の五〇〇二号艦と五〇〇五号艦の建造がキャンセルされている。


・劇的改造!ビf(ry

空母への当初の改造計画では、
「固有の艦載機は無し」
「強靭な飛行甲板と装甲板」
「航空機用の補給物資を大量に積む」
など、他空母や陸上の航空基地から発進した航空機を補助する、移動する不沈の中継基地として特化した機能を持たせる目論見だった。
しかし、この案は上層部が猛反発したため却下、護衛として固有の艦載機を持つ事となった。

ただし、既に戦艦としてかなりの部分が完成していた上、格納庫を工期短縮の為に一層にした事からその図体の割に艦載機は少ない。
42機~50機で、烈風・流星・彩雲の機種構成だと45機の搭載が予定されていた雲龍型と余り変わらない。

・経歴

1944年11月19日竣工
1944年11月29日10時57分竣工から僅か11日目にして潮岬沖にて沈没
(死因は敵潜水艦アーチャーフィッシュによる雷撃死)

以上







#center(){アレ短くね( ゜Д ゜)?}






この時、死亡フラグこと駆逐艦[[雪風>雪風(駆逐艦)]]他、磯風、浜風が見守っていた。

&font(#0000ff){おい護衛仕事しろ(´Д`)}

とは言う物の、信濃の回航の際、雪風含む護衛の駆逐隊は、歴戦の経験から潜水艦が怖いから昼間に陸岸近くを行こうと言ったのに、決定権のある信濃艦長の阿部大佐が空襲が怖いからと夜間の沖のコースを選んでしまったのが運の尽き。
信濃の近くでちょろちょろする浮上中の潜水艦も見届けていたが漁船と誤認し&br()(これを信濃沈没の原因と直結させる意見をよく見かけるが、実際はその後、&br()&color(white){_}護衛の三駆逐艦も信濃も目視や通信傍受によって追跡する潜水艦の存在を確認できている。&br()&color(white){_}浜風が潜水艦を発見して接近、一時は潜水艦が追跡を断念しかけたり、別の発見時には雪風らが砲撃して追い払おうとしたが、&br()&color(white){_}速力差で潜水艦を振り切る選択が最善と判断した阿部大佐がその都度中止命令を出している)、&br()結果信濃は対潜航行に則ってジグザグに進路を取ったが被雷。
被雷後も信濃は工員と新造艦ゆえの訓練未熟な乗組員によるダメコンがうまく機能せず、徴兵等による熟練工不足や現場の士気低下、
度重なる予定の繰り上げからくる突貫工事のため防毒区画の試験のみならず水密試験も省略していた信濃の運が悪いとしか言えない。
加えて、この時激戦のレイテ沖海戦から戻ってきたばかりで休息を取らせて貰えず、水中探信儀が故障したままで、&br()さらに指令駆逐艦浦風と谷井駆逐隊司令も失っていた雪風以下第十七駆逐隊のせいにするのはあまりに酷かもしれない。

その上、間の悪いことに米軍側に対潜航行のルートの取り方は筒抜けであり、速力的にはアーチャーフィッシュに1ノット勝っていたが、
対潜航行をした所、追撃を諦めかけていたアーチャーフィッシュの目の前に身を晒す形になってしまった。
そしてアーチャーフィッシュ艦長・エンライト中佐の判断で態と発射時の深度を浅く設定した雷撃が、&br()沈み込んだバルジの直上のノーガード部分に直撃してしまった。

また逆に信濃艦長の判断ミスとする意見もあるが、護衛戦闘機が付けられなかったことなどの事情もあり、&br()空襲を恐れて夜間航行を選んだことにも充分説得力がある。
要はどの判断にしても対応できるだけの余力がもう残っていない状況で、後は結果論にすぎないという話である。



なお、これは「処女航海から沈没まで」世界最短記録である。
また、信濃は就役当時「世界最大の空母」であり、米国の原子力空母エンタープライズ完成までこれを保持していた。
つまり、信濃たんは二つのタイトルホルダーだったのだ!

☆検死☆

・十分な水密検査をしていない
・バルジにコンクリートを流し込んだ事が原因で位置が最適化されていたバルジが沈み込んでしまい、ノーガードの部分が出来てしまっていた。
・工期の遅れを取り戻す為様々な予定の繰り上げ(防毒区画・水密区画のテスト省略等)
・隔壁が工事用の配管が邪魔できちんと閉まらない
・半ば強引な改造だった為、艦内構造が複雑化していた
・缶が半分しか動かない
・艦の水平を保てない

というハード面で未完成だった上、

・経験不足な乗組員
・見張り不足による敵潜の見過ごし
・艦長が船の性能を過信して退避を拒否して目的地に向かわせる

と、ソフト面でもメタメタな惨状である

もはや人災に近い沈み方であった。
お陰で&font(#ff0000){潜水艦に撃沈された最大の艦}という肩書きを得てしまうことに。

結局、放置プレイとどちらが幸せだったのだろうか…



余談だが、重巡洋艦どころか下手な旧式戦艦よりも余程重装甲で、&br()横っ面には大和型戦艦から半減されたとはいえ200ミリの装甲が施され、飛行甲板は500kg爆弾による降下爆撃の直撃に耐えられる。
さすがゴッグ!何とm(ry)


[[艦隊これくしょん -艦これ-]]には2015年春現在実装されていないが、[[浜風>陽炎型駆逐艦(艦これ)]]など一部の艦娘が信濃に言及している。
日本戦艦・軽巡洋艦・重巡洋艦が信濃以外全て実装されている現状において、多くの[[提督>提督(艦これ)]]は信濃の実装を心待ちにしている。
&font(#0000ff,u){&font(#ffffff){他方、信濃実装は艦これのサービス終了フラグではないかと恐れる声も・・・}}

信濃たんみたいに身体的な意味で大工事した人の追記・修正を待っています☆

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- 信濃は改大和型1番艦とも呼ばれ、戦艦として完成した場合過剰防御だった装甲板が10ミリずつ削減される代償に、艦底が二重三重化され、防御上の欠陥だった舷側装甲の継ぎ目が補強される予定だった。年次が進んだ分装甲の品質も若干向上している。武蔵でも不十分だった旗艦設備も拡張され、正に大和型戦艦の完成形になるはずだった。  -- 名無しさん  (2013-09-02 17:37:59)
- なお、装甲を半減した空母状態でもクッッソ重いのは、船体のバランスをとるためコンクリートが封入されたから。本来重たい砲塔込みで設計しているので当然だが  -- 名無しさん  (2013-09-02 17:41:55)
- 大鳳が出オチだとしたらこれは舞台に上る前に終わってた  -- 名無しさん  (2014-06-18 12:18:21)
- 大和型は不遇って印象だが、産まれてから死ぬまでここまで悲惨ってのはねぇ・・・  -- 名無しさん  (2014-06-18 12:31:55)
- 日本の装甲空母が沈んだ原因はどっちもアから始まる米潜水艦なんだよね…  -- 名無しさん  (2014-07-25 20:16:45)
- 潮岬沖の深海に沈んでるんだっけ。完全な形で残ってるらしいし、是非発見して欲しいな  -- 名無しさん  (2014-07-25 20:34:07)
- 大鳳信濃も最期がギャグにしか見えない  -- 名無しさん  (2014-08-20 16:34:53)
- 雲龍型二隻とトレードオフする形で建造再開したのにこんな最期なんて無念だなあ  -- 名無しさん  (2014-11-24 19:25:19)
- 「くそ、陽炎型の駆逐艦だ、あいつは死神だ。」  -- 死なの  (2015-01-24 20:27:44)
- アーチャーフィッシュ「せっかくの獲物なのに誰も援軍に来ないから沈めちゃったよ…」  -- 名無しさん  (2015-03-22 14:43:39)
- 仮に完成できていたとしたら、残された舞台は海上特攻のみだった。その場合は可能な限りの戦闘機を詰め込んで囮となって大和の突入を助けるという使い道ならば、というのが架空戦記の定番だな  -- 名無しさん  (2015-03-22 14:59:57)
- 乗組員も戦争末期の人手不足で未熟者ばっかりだったのがまた不運  -- 名無しさん  (2015-04-02 14:58:25)
- ↑5雲龍型も間に合わなかったんだから同じ事。というか、ミッドウェー後の緊急増産型航空艦で間に合った船はほとんどない  -- 名無しさん  (2015-06-15 23:42:23)
- 日本海海戦に信濃って名前の船いなかったっけ?  -- 名無しさん  (2015-06-16 10:05:31)
- ↑対馬海峡を目指すバルチック艦隊を発見した仮装巡洋艦の信濃丸かな。  -- 名無しさん  (2015-06-16 18:28:36)
- ↑、その信濃丸は第一次大戦どころか大東亜戦争も生き延び結局、戦後解体されるまで生き残ったというのに  -- 名無しさん  (2015-06-30 02:24:35)
- しかもアメリカ側は戦後になるまでこの艦の大きさを知らなかったという…  -- 名無しさん  (2016-01-29 15:15:07)
- 隼鷹型と間違えた説、タンカーと間違えた説、軽巡改造空母と間違えた説(信濃川という川があった)とか諸説あるな  -- 名無しさん  (2016-01-29 15:17:58)
- なんとか生き残ったとしたら最大の復員船として少しだが貢献できたかな  -- 名無しさん  (2016-08-03 12:59:28)
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