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#contents ---- **戦後ギリシャが共産化しなかった理由は? 第二次世界大戦中、欧州戦線では、しばしば戦死者の埋葬、負傷者の 交換などで連合国とドイツ軍が前線で停戦協定を結んでいた。 これ自体、ヒトラーの耳にはいるとタダでは済まなかったのだが、一件 だけ例外があった。 ギリシャのイオニア海に浮かぶクレタ島などの島嶼に駐留していたドイ ツ軍は、連合国軍の黙認の下、全員無事にヨーロッパ本土にたどり着いた。 但し、英国との協定で、その部隊はバルカン半島を侵攻するソ連軍から ギリシャのテッサロニキなどを防衛するために使用されることになっていた のである。 このため、ソ連軍の侵攻を免れたギリシャは戦後の共産党軍との戦いに 勝利することが出来た。 欧州情勢は正に複雑怪奇なり。 >スターリンとチャーチルとの話し合いで、ギリシャはソビエト勢力の影響はそれほどなかったんじゃないの? 相手はスターリンですよん。 あわよくばバルカン半島全てをソ連の勢力範囲に入れようと画策し、 ユーゴを通じて(ユーゴもギリシャのマケドニアの領有を主張してた。 ついでにブルガリアもね)、共産党パルチザンに軍事援助を与えてた 訳で。 それに不信感を抱いていたのがチャーチル。 これは、1944年後期にドイツ軍が英国軍に交代するや否や、ギリシャ 共産党のパルチザンが蜂起したことで決定的となります。 その後、英国の支援で1946年までに共産党の蜂起は鎮圧されましたが、 王制に関する国民投票(ギリシャの国王はドイツのザクセン王の系統だった ので、ドイツから解放された国の元首としてはふさわしくないと言う国民世論 (と言うか共産党のアジテーションによるもの)に押されて国民投票を行うこと となった)を実施し、王制が支持されると、再度内戦に突入。 1949年までこれが続いた。 これが、ソ連軍支配下だったらどうなってたかね。 #right(){(続★信じられないが、本当だ。:眠い人 ◆ikaJHtf2)} ----
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