コンペロリショタバトルロワイアル@ ウィキ

Everyday Level Up!!

最終更新:

compels

- view
だれでも歓迎! 編集
「大丈夫か? ほら、水だ」

目の前で冷や汗をかきながら、激しい動悸に襲われている少年の背を撫でて風見雄二はペットボトルに収まった水を手渡す。
少年は震えた手でそれを受け取り、キャップの蓋を緩めた。

「あ、ああ…悪い」

桜田ジュンの家の前で、ニケ達を見送った風見雄二はそれから程なくして、江戸川コナンと出会った。
自分より一回りは年下で体躯も相応に小柄だったが、受け答えははっきりしており大人びた―――がさつな面も目立つ、麻子よりもある意味しっかりした―――少年だ。
殺し合いに巻き込まれたという自覚も強く、雄二と出会った時もこちらを警戒しつつも自らに敵意がない事を示す的確な行動に移れていた。
その時の鮮やかな話術と手腕は雄二も舌を巻くほどに。
軍人とは違うが、明らかに年齢以上の修羅場を潜った猛者だと雄二は瞬時に見抜いた。
同時にそれだけ度胸もあって頭も回る少年が、まるで地獄を見たような青い顔で語る有様を、雄二は一笑に付す気にはなれなかった。

「人を捕食する少女か」
「……そうだ。オレもまだ信じられねえけど」
「いや事実だろう。俺から見て、コナンは正気そのものだ。話も理路整然としてるし、俺もここで普通では考えられない異能力にも少し触れてきた。
 人間を喰らう人の形をした別の生き物が居ても、もう驚かないさ」

黒髪の少女が人の頭蓋を破壊し脳を喰らうという光景。
言葉にすれば簡単だが、人の理性では易々と受け入れられる内容ではない。
その光景を直視しなかった雄二すらも、吐き気を覚えそうになるほどにそれは凄惨だ。

「人の姿をしていたということは、胃袋も人の容量とそうは変わらない。
 そいつがもし空腹から人を襲っていたのだとしたら、腹が満たされれば積極的には攻撃はしてこない……というのは、些か希望的観測か」

サバイバルの経験はある。
目の前で飼い犬をクマに殺されるほど自然と密接な生活もしてきたし、野生の生き物にも触れてきた。
あくまで、その少女が人を主食とする生き物であると仮定するのであれば、腹が満たされた以上は無意味な殺戮を繰り返すこともないのでは。
心の底からそう考えている訳ではないが、一つの可能性として口にする。

「……捕食、妙だな。何故奴は脳から食べたんだ」

雄二の推測を耳にし、コナンの脳裏に刺激が走る。
人ならざる存在の捕食を見たショックから、立ち往生していた天才的な頭脳がこの瞬間再び脈動を開始した。

「奴がどういった生物なのか分からない以上断定できないが…腹が減ってるのなら、もっと食いやすい部位から食べる筈だ」

「どういうことだ?」

「脳味噌を優先して食べる肉食の獣なんて、早々居るかって話だよ。普通は内臓を食う方が手っ取り早いだろ」

「チンパンジーは未成熟な子ザルを食う場合、頭から食うと本で読んだことがある」

「ああ、あの女も素手で頭蓋を割れるんだ。手間暇掛けず、頭を食べるのは何てことない。
 けれど、あいつが食べていた死体の男の子は全裸だったんだ」

「食べるのに邪魔だから、脱がした…そうじゃないのか?」

「だが、脱がせたはずの服が何処にも見当たらなかったんだ。
 状況を考えれば、奴が脱がせて、それを回収した事になる。何故だ? 捕食だけが目的なら服は要らないだろ。
 それにわざわざ服を脱がす手間を割いたのに、どうして内臓より先に頭を優先して食べる?」

その光景だけを捉えれば間違いなく、少年の死体を少女が捕食した。その目的も通常の摂理ならば空腹を満たす為だと、雄二のように考える。
だが、コナンの探偵としての洞察力が否として、警鐘を鳴らし続けている。

「服を回収したのは着る為か。あの女は裸だったから? 
 だが、服なんて別に回収できる筈…地図にはない、しかも人も住んでいない民家がこれだけあれば、いくらでも……。
 ―――あの男の子の服でないと、いけなかったのか? 脳を食べる…脳を……」

脳という部位が持つ意味をコナンは今一度自分に問い直す。
足は移動の為に発展し、手であれば道具を使う為に進化した部位だ。
目玉ならば光の反射を。
耳ならば音を。
口ならば食料を味として。
これらを、情報として取り込むため。

そして脳は、それらの部位に指示を渡し、更にはその生物の思考や記憶を保持する為の特殊な部位だ。

「…まさか、頭を食ってその中の記憶を読んだ……」

あまりにも馬鹿げた推理だった。数時間前のコナンであれば、そんなこと思いつきもしない。
きっと、少年探偵団の誰かが言い出して、コナンが冷ややかな視線を送っているだけだ。
だが既に真実の鏡という異能に触れてしまった。
乃亜がルフィ達に施した蘇生も、コナンの知る常識を超越している。 

「―――不可能を消去して、最後に残ったものが如何に奇妙なことであっても、それが真実となる」

「シャーロック・ホームズか」

「……正直なところ、今のオレには何が不可能かすらも判断が付かないが…あの現場にあった手がかりを元に、一個の仮説くらいなら組み上げられる」

記憶を保持する脳という部位を敢えて食し、少年の服をわざわざ回収する。
今までの殺人事件にも、猟奇的で解せない残酷な殺害方法が少なからずあったが、そこには理由が存在したものが大半だった。

「例えばだが…優れた変装技術を持っていて、相手の脳を食べて記憶まで読み取れるのなら……」
「その人物の服装さえ再現できれば、完全な他人へと成りすませるというわけか」
「つまりあの捕食は生物の生理現象ではなく、殺し合いを有効的に進める為の戦略の一つだったかもしれない」
「腹を満たして、殺しをやめるどころか…より効率よく殺戮を繰り返すうえでの工夫か」

断言は出来ない。かの名探偵の言葉を借りれば、推理に必要な材料があまりにも足りないからだ。
けれども、憶測であろうとも今のコナンと雄二にしてみれば十分なほどに警戒を重なる理由としては妥当だ。

「もしその女が、人の記憶を読みその人物に変装する気なら…その場面を見られたお前が狙われるんじゃないか?」
「多分、な」

アイツが来るとコナンも確信していた。だからこそ、本来なら衛宮邸等に向かい情報を集める筈が、それらを無視して桜田ジュンの家まで走って逃げてきたのだから。

「ここを急いで発とう」
「すまない。巻き込んじまった」
「いや…むしろ、別の脅威を先に知れただけマシ―――」

二人が意見を纏め、方針を定めたその瞬間不意に発生した霧に驚嘆する。

「これは……」
「自然に発生したものじゃないだろう」

雄二の言うように、自然界で霧が発生するにはいくつかの条件が必須だ。
しかし、コナンと雄二の居るこの空間には一切合致しない。

「誰かが人為的に起こしたってことかよ」

コナンの出したそれはあまりにも突飛で、だがこれ以上ない程に単純で明快で合点のいく結論だった。

「なんだ…これ、頭痛が……?」
「あまり吸うなコナン…恐らくただの霧じゃない。
 ……俺が指示した物をこの家の中から急いで探してくれ。
 俺はマヤを連れ出す。一分後に家の前で」
「分かった」

最低限の伝達だけを済ませ、雄二とコナンは桜田ジュンの家に飛び込んだ。



―――



「さて、わざわざ北上してやったわけだが」
「うーん、それなりの数はいると思うんだけどな」

ゼオン・ベルはジャック・ザ・リッパーに苛立ちを交えながら一瞥する。
右天を下した直後、ゼオンはそのまま病院の方角へ向かおうと考えていた。
島の中心にあり、負傷した参加者が集まりやすい場所だ。獲物を狩るには絶好の場所だと。
しかし、ジャックは逆に既に別の参加者が張っているだろうから、別の施設を回ってから病院に向かっても良いのではと意見を出した。
スタート地点からして病院に近い訳ではない以上、病院という格好の狩場は先に抑えられている可能性が高い。
他所の狩場に足を踏み入れるのは、自ら地雷原に突っ込むようなもの。
ゼオンと二人なら勝てなくもないだろうが、そんな不毛な消耗をするよりも、長少し時間を置いてから病院での交戦を待った後、残った参加者を襲い漁夫の利を得た方が効率が良い。
これは王と殺人鬼としてのゼオンとジャックの在り方の違いだろう。
ゼオンは何処までも実力で捻じ伏せようとするのに対し、ジャックは搦手はいくらでも使う。
あと、ついでにいえば、彼女達が医者嫌いな為、理由を付けて病院から離れたかったのかもしれないが。

「だが、鼠がいたのは間違いねえな」

霧と暗闇の中、人口の灯りが不自然に煌めく。
ゼオンからすれば、人間界に来てから見慣れた景色の一つだ。
地図にも記されていた桜田ジュンの家、そのありきたりで何処にでもある現代日本の一般住宅から、灯りが漏れていた。
大方、この辺にいた参加者が落ち着くために無断で侵入し利用したのだろう。

「ザケル」

まずは一撃だ。
挨拶代わりに、電気の光を放つ部屋に電撃を放つ。
キャッチボールで相手にボールをパスするような気軽さでありながら、その電撃は一個の家を飲み込み、一瞬にして半壊させてしまった。

「まさか、単なる電気の消し忘れか?」

我ながら呆けたぼやきだなと、ゼオンは思う。
だが、攻撃を加えた住宅からは人の気配がしないのだ。
単にゼオン達とは関係なく、数時間前にこの家を一時的に利用した者が、明かりを点けたまま立ち去ったのか。

「その霧も考え物だな」

それとも、こちらの襲撃を予測したのはいいものの、明かりを消す間もなく慌てて避難したのか。
ジャックの霧は、視界を曇らせ、奇襲を仕掛けるには悪くないが反面、勘の良い者なら、それが身に迫る危機の前兆であると直感してしまう。

「そこか」

霧の中、月明りに照らされた人影に向かいザケルを放つ。
常人であれば耐え切れない程の高圧電流を、容赦なく浴びせ続ける。
数秒ほどして、電撃の流れを遮断する。

「あーあ、また外れ~」
「黙っていろ」

そう遠くはない距離にあって、人体に致死量の電撃を放ったのに異臭がない。
それを察し、小馬鹿にするようにジャックは口を挟む。
ゼオンが睨み付け、ジャックは取り繕うようにそっぽを向いた。
何だか知らないが、映画館での狩りからとても機嫌が悪くて、扱いが面倒臭い。
その鬱憤でちょっとからかってみたのはいいが、今にも矛先を此方に向けそうになるので小さく「ごめん」と口にしておく。

「デコイのつもりか」

ジャックへの苛立ちを募らせながら、更に狩るべき獲物に対しての憎悪も増していく。
怒りを持ちながらも冷静に、濃霧のなかにあったものを見つめた。
電撃で焼かれた先にあったのは感電死した死体ではなく、ボロボロの木片だった。
そばには人毛のようなもの、カツラが毛先を焦がしながら転がっている。
同じようにジャンパーも、端を焦がしながら落ちていた。
恐らくは、スタンド型のラックにジャンパーとカツラを被せて、この夜の暗闇と霧を逆に利用し人型のデコイの仕立て上げたのだ。

(霧の発生から、俺達が接近するまで時間は大して掛かってない。それだけの短時間で、ここまでの小細工を?)

桜田ジュンの家の電気を点け、ゼオンの注意を惹きつけた上で。近くにデコイを置き、今度はそちらに意識を向けさせる。
二重で時間を稼ぐ魂胆が丸分かりだ。
確かに、これらの策を短い時間の中で実行したのはゼオンからしても評価は高い。
だが、所詮は小手先だけの一時凌ぎに過ぎない。逃げの一手でしかない。
それは戦う手段を持たぬ弱者であることを意味している。

「機転の良さは認めてやるがな」

これは戦いではなく一方的な蹂躙になるだろう。
自他ともに認める。紛うことなき強者であるゼオンにとって、当然の結論である。
姿も知らぬ獲物は、ゼオンとの戦闘を極限まで避けていたのだから。
弱者は勝ち目のない戦いなど臨まぬ事が当たり前だ。

「何―――ッ」

ゼオンの足元が光出す。それはデコイの近く、霧の中に忍ばせる様に固定されたタブレットだった。
画面に現在の時刻が表示され、軽快なリズム音が響く。
アラーム機能だ。タブレットの備わった目覚まし時計代わりのアラームを使い、時間を設定したのだろう。

(どういうことだ…何を―――)

たった一つ、ゼオンは誤認していた。
己が狩ろうとする獲物は弱者だ。それに違いはない。
だが、生き延びる知恵と工夫を兼ね備えた人間であることを。

そう、勝ち目のない戦いを避ける。戦場に於ける基本だ。
野生の動物でも理解する程、単純な理屈。
だが、逆に言えば、勝機のある土俵にさえ引きずり込めば良い。
それは知恵を持たぬ動物にはない。人間の持ちうる戦略だ。

「っ……!!?」

一筋の光線がゼオンの額へと直撃した。

「―――ッ」

脳を揺さぶられる不快感、僅かな間に消失した平衡感覚。
それらを驚異的な肉体の頑強さにより、一瞬で回復させた後、ゼオンは額の血を拭い二発目の光線を身を逸らし避けた。

「誘導しやがったのか、オレをこの狙撃ポイントまで……!!」

狙撃手は霧の中に隠れて見えづらいが、恐らく向かいの家の屋上だ。
奴はゼオンを小細工を用い、狙撃に都合の良い箇所にまで導いた後、霧と暗闇の中、狙撃対象の人影を明確にする為、タブレットの光を利用したのだ。

「チィ―――ザケルガ!!」

三発目を避け、屋上に向かい速度と貫通力を高めた円柱状の電撃を放つ。
紫電の電撃が螺旋を描き、一秒にも満たぬまで屋上へ着弾し――掻き消された。

「馬鹿な!?」

ゼオンに向けられた光線より、更に数周り大きな光線にザケルガが飲み込まれたのだ。
流石のゼオンとて、驚嘆する。
念を入れ更に数発追撃のザゲルガを放ち、その全てが精密に狙撃され相殺された。

「……分からん。オレに打ち込んだ光線とは比べ物にならん威力だ。確実に頭(きゅうしょ)をぶち抜いた時に、この威力を伴っていれば」

もしも、ザケルガを相殺できる程の光線を頭に当てられていれば、ゼオンもそれなりの痛手を受けるだろう。
だが、狙撃手はその一発と追撃の数発は非常に威力を抑えていた。
それがあまりにも不可解だ。

「解せんな」

呪文を放つのを止め、屋上にいるであろう狙撃手を睨む。

唯一の光源のタブレットを踏みつぶし破壊する。
そして、ゼオンが電撃を放たなければそれが光となることはなく、狙撃手の目にゼオンが映る事はない。
故に今は完全な霧と暗闇の中、膠着状態だ。
未だ姿を見せない獲物、いやゼオンをここまで出し抜いた以上は敵とみなすべきだろう。
最早、これは蹂躙ではなく戦いだ。
お互いの首元に刃を当て、どちらが先に引き裂くかの駆け引きだ。

(さて、どうする…スナイパーなら接近しちまえば話は早そうだが)

問題はその接近すら、敵の誘いであった場合だ。
油断のならない相手だ。不用意な行動一つでゼオンであろうとも、詰まされかねない。

(……こんな時に、奴のありがたみを思い知る事になろうとはな)

この場には居ない無愛想なパートナーを思い出し、苦笑する。
それは未だ姿を見せぬスナイパーに対する賞賛でもあった。



―――

「ごほっ…お、ぇ……!」

雄二は吐瀉物を吐いていた。
だが視線は、敵から逸れる事はない。
ゼオンと向かい合った屋上から、雄二は浪漫砲台パンプキンを構えゼオンの動向を伺っていた。
ゼオンを射殺しようとしたポイントは二か所。
一つ目は桜田ジュンの家、その名の通り住民の一人である桜田ジュンの部屋だ。
あえて電気を点けて、内部を散策させて、場合によってはカーテンの隙間から狙撃する予定だったが、これは想定外の攻撃で潰されてしまった。
だがもう一つ、外に設置したデコイにアラームを設定したタブレットで誘き出す仕掛けが功を為し、狙撃には成功した。

(やはり、ただの人間じゃないか……)

その精密な狙撃で、通常であれば血と脳味噌を散らしながら、命を落とす筈の一発をゼオンは僅かな出血のみで留めた。

(この程度じゃ、奴は死なないってことだ)

ゼオンに致命打すら与えられなかったのは誤算だったが、ある意味では雄二にとっては好都合。

(少しは…楽に引き金が、引けるか……)

初弾、雄二は口を手で抑え吐き気に耐えていた。
雄二にとって、人を殺める行為は今や最も逃避する事の一つだ。
後に克服はしたものの、この時間軸の雄二にとっては重すぎる枷。
それでも、人の為に撃たねばならなかった。精神を摩耗させ、壊れようともその背にある二人の命を守る為に。

(不幸中の幸いだな)

ゼオンの頑強さは織り込み済みだ。
やり過ぎたとしても、早々は死なないのなら―――少しは余裕を持ってやれる。

「雄二……!」
「コナン、その話はもう終えただろ。奴は人が居るかもしれない家や、デコイで偽装した人影に平気で電撃を放っていた。
 間違いなく、殺し合いに乗る気だ」

桜田ジュンの家にはガラクタが豊富だった。だからこそ、デコイなどの仕掛けを作れるだけの材料もすぐに調達できた。
コナンも察しが良く、二人で細工を拵えるのにも時間はそうは掛からない。
だが、一点だけ反りが合わないのは、コナンには不殺の意思があることだ。

「……お前は俺に従うしかなかっただけだ」

そう揉めたのだ。だから、銃を突き付け言う事を聞かせた。

「……ん、なわけ…あるか」

それをコナンの意思で行わせない為に。
形や経緯は違うのだろう。だが人を殺める事への拒否と、その苦痛は雄二にも十分過ぎるほどに分かっていた。

(くそっ…! ふざけんな、何が探偵何だよ……! オレは!!)

それは当のコナンが一番分かっていた。
本来なら、自分の身を危険に晒してでもゼオン達を殺さないよう立ち回るだろうコナンを押し留めているのは、自分以上に人を殺める痛みに苛まれている雄二を見てしまったからだ。
不慣れなパンプキンの扱いも流暢に行い、卓越した狙撃能力を有しながら瞳には涙を浮かべ、口周りは吐瀉物で汚れていた。
文字通り、身を削って戦っている。トリガーを引く度に心身共に痛んでいるのはゼオンではなく雄二本人だ。
この痛ましい姿を見ながら、今のコナンには何の策も浮かばない。
ゼオンという怪物を止める術が何もない。
これ以上、何を口にすればいい。

「……これが、たた…かい?」

そしてもう一人。
条河麻耶は、初めて殺意と殺意のぶつけ合いを見て、畏怖を覚えていた。
間違いなく、正面から戦えば勝ち目などない格上のゼオンを相手に立ち回り次第で拮抗してみせる雄二の手腕。
同時にそこまでしても仕留めきれないゼオンの異常性。
何より、相手の命を絶つことに一切の躊躇がない。それが自らの破滅へ導くと知っているのだろう。

(本当に、雄二なの……?)

怖かった。
ほんの一時間前、自分と軽く言い合って笑い合えていた、何処か世間とはずれているけど心優しかった少年とは同一人物には思えなくて。
ゲロを吐きながら、それでも構える銃には一切のブレも迷いもなくて。

(無理だったんだ、私じゃ)

雄二はずっと気を遣っていたんだろう。
合理的に考えるのなら、マヤの訓練など積ませる必要性はない。
だが―――貧弱な体で仲間を守ろうと決意を固めた姿を見て。
きっと、同情したのだろうと思う。
だから何かをやらせることで、悔いを残さないように自分に付き合ってくれたんだろうと。

(ごめん、雄二…ずっと足引っ張ってたんだ……私が雄二を……)

口に出来ない懺悔を喉元で抑えて、マヤは瞳を潤ませてただ祈るように雄二を見つめる事しかできなかった。




―――

「ラウザルク」

雷鳴と共に轟く呪文。

「オレが先行する。ジャック付いてこい」

「はーい」

ラウザルク。
使用者の身体能力を底上げするサポート術だ。
もっとも、欠点として使用中は別の術を発動できないという致命的な欠陥が存在する。
弟のガッシュにとっては、その欠陥を鑑みても有用さが勝ったが、元より術なしで並の魔王候補を屠る事も容易いゼオンにとっては、使う価値すらない。
だが、今この瞬間のみは違った。
雄二の狙撃手としての能力の前に、下手な呪文では相殺されるのが分かり切っていた。
高レベルの術も残されている。
だが、あの奇怪な光線はこちらの発動する術に合わせ威力を跳ね上げているように見えた。
理屈は分からないが、電撃で戦うのは得策ではない。
ならば必要なのは雷ではなく、生身の肉体そのものだ。
己をより高める速度だ。

「褒めてやる。オレにこんな術まで使わせるとはな」

一秒も掛けず、数百メートル先の民家へ到達する。
そのまま跳躍し、ゼオンは屋上へ降り立つ。
ジャックもサーヴァントの脚力で、一気に屋上へと駆け上がる。
階段すら必要とせずナイフを数本壁に付き立て、それを足場に華麗に跳躍した様は美しさすら覚えるほどのアクロバティックな有様だった。

「いないね。逃げちゃったんじゃない?」

「……」

ラウザルクを解除し辺りを見渡す。
いくら、夜の暗闇と霧の紛れたとしても、この至近距離でゼオンをやり過ごせるはずはない。
膠着状態の間に既に逃れたと考えるのが妥当か。

「この霧だし、遠くからてっぽうでうつなんて、無理だよ」
「いや」

ゼオンとジャックの合間を光の線が過っていく。
その刹那、ほぼ間を置かず三発の光線が放たれた。
二つはゼオンの眼球に吸い寄せられ、もう一つはジャックの左肩を掠る。

「グッ……!」

「いったぁ~」

自らが放った光線の眩さを明かりの代わりとし、瞬時に標的の位置を目視し尋常ならざる技量で三発を叩き込んだ。

「……いい腕してやがる」

マントで光線を弾き、僅かに冷や汗を浮かべながらゼオンは口許を吊り上げた。
初撃でゼオンの頑強さを計算に入れ、狙いを目へと定めたのだろう。
生物であれば、共通して目玉という器官は脆い。
ゼオンと言えど、視力を完全に奪われれば戦力は極端に低下する。

「だが、ここまでだ―――ガンレイズ・ザケル」

ゼオンの手の先に八つの小太鼓が出現する。
全ての太古に紫電が収束し、そして一気に解き放たれた。
八つの雷の弾丸は、光線の射手が居るであろう方角へ向かう。

(やるな…八つの内、三つ撃ち落としやがった……確実に当たる弾だけを処理し、残り五つの射線から安全地帯を見切ったのか)

ガンレイズ・ザケルの電撃の弾を三対の光線が相殺する。
だが、残り五つが降り注ぐ。
その隙間を縫うように駆ける、一つの小さな人影をゼオンは目視した。

「来いジャック! ラウザルク」

まさしく雷足のような速さでゼオンは屋上を飛び降り、狙撃手の元へと疾走する。

「見つけたぞ。ザケルガ!!」

「―――ッ!」

ゼオンが雄二の眼前へと回り込んだ。
初めて、二者の視線が交差する。それと同時にラウザルクを解き、ザケルガの雷光が雄二を照らす。
パンプキンを腰撃ちのまま構え、射撃する。
ザケルガという脅威に脅かされた危機(ピンチ)により、威力が増幅しザケルガと光線が正面から撃ち合い消失した。

「やはり、威力が自動(オート)で変わるか」

ここまでは予想通り。
これは、再確認の為に放ったものだ。
先ほどのガンレイズ・ザケルと、今のザケルガを撃ち落とした場合で、光線の規模が変動していた。
そうでありながら、ゼオンに直接撃ち込んだ時は低い威力だ。

(決まりだ…オレの術に合わせて威力が変動し、奴もそれを操作出来るわけではない。
 奴の術や能力ではなく、あの銃そのものの特性なのだろう)

ここまで推定しきれば、後の処理は簡単だ。

「ジャック」

「はいはーい」

「ぐはっ……!?」

雄二の真横から、飛び蹴りの態勢でジャックが砲弾の様に突撃する。
咄嗟にパンプキンの銃身を盾代わりにし直撃は防いだ。
しかし、衝撃そのものは殺し切れず雄二は吹き飛ばされていく。

「ようは、術など使わず…直接殺せば良いだけだ」

地べたを転がっていく雄二を眺めながら、淡々とゼオンは呟いた。

「……人間にしては、よく鍛えられている」

「なんだ…急に……」

「良い師に恵まれたようだな」

「……お前じゃなければ、嬉しい台詞だったよ」

乃亜の言動を信じれば、この場には子供しかいない。
そうであれば、その幼い歳で相当に叩き込まれている。
余程、優れた師を持ったのだろう。
非力な人間がよくぞここまで―――。

「フン」

自らの勝利は揺るがない。それは絶対として確定している。
だが、たった一人でここまでゼオンを相手に立ち回ったことは、認めていた。

「一応聞いておくか、殺し合いに乗り……オレと組む気はないか?」

少し、殺すのは惜しいとも思った。
霧が立ち込める夜中という最悪の環境で、あれだけの精密さを損なわず狙撃を成功させていたのだ。
殺し合いには、これ以上ない程に有効な技量に違いない。

「断ると言ったら、どうなるんだ?」

意味のない問答であったなと、ゼオンは嘲笑する。

「死ぬだけだ」

雄二の顔を見れば分かったことだ。
未だ、雷帝ゼオンを前にして、絶対の反抗の意思を見せていた。
鮫肌を振り上げ、無慈悲に雄二の頭上へと振り下ろした。

「絶体絶命というやつか」

魔界の王の血を引く雷帝と令和の世に舞い戻った最狂の殺人鬼を前にして。
後に戦場を経験し、9029として数多の実戦を重ねた雄二であればあるいは、切り抜ける術もあったかもしれないが。
少なくともその高い素質を秘めながらも、ここにいる雄二はまだあまりにも幼かった。

「ピンチ…だな」

雄二は笑みを浮かべた。
ゼオンはそれを見て、振り下ろしかけた鮫肌を止める。
妙だ。この笑いは全てを諦め、投げやりになったわけではない。
確信があるのだ。

「―――待て」

どう足掻こうと、この戦況を巻き返す術などない。ゼオンとて力だけではなく、知略も共に鍛え上げている。
だからこそ分からない。理性の中ではありえないと断じながら、勘が告げている。
まだ、終わってはいないと。

「下がれ、ジャック!!」
「ゼオン?」

もしも、この状況が作られたものだとしたら。
その理由は分からないが、奴ならばそれは可能だろう。
純粋な力ではゼオンにもジャックにも劣るが、戦場の立ち回りでは、研鑽を積んだ兵士に相当している。
理想の状況を描き、相手の動きを誘発し、それに近づけることは。

「この銃、パンプキンはピンチになればなるほど力が増す…らしい」

パンプキンは窮地に陥れば陥る程、その威力を増強させる。
ゼオンが腑に落ちないでいた、パンプキンの不安定さの真相でもある。
ゼオンを狙撃したタイミングでは雄二が有利であった為に、威力は抑えられていた為にその真価を発揮しなかった。
逆にザケルガを放たれた時は、ピンチであったが故に、それを飲みこむほどの威力を発揮した。

「ラージア――」

全ての合点がいく。
ゼオンは一気に後方に飛び退き、迎撃の構えを取る。
パンプキンの銃口から漏れ出す、エネルギーの輝き。
ゼオンからしても、直接受ければ重度のダメージは避けられない。
なまじ、この殺し合いの中でトップクラスの力を持つゼオンと、殺しに長けたジャックの組み合わせというのも最悪だ。
今、この瞬間だけで言えば、島の中で最もピンチに陥っているのは雄二をおいて他にはない。
その分だけ、パンプキンは力を増す。

「ぅ、ぐ…おぇ……!」

雄二はせり上がる吐瀉物の異物感と、今にも弾けそうなほどの嫌悪感に耐える。
恐らくはこの一撃が、最初にして最後の好機であり。
精神的にも引き金が引けるのは、これが限界だろう。

「……………?」

パンプキンに集約したエネルギーはより光を増し、唐突に霧散した。
プスプスと気の抜けた音が響き、稼働していたパンプキンはその動きを急停止させる。

「オーバー…ヒート……か」

一驚を喫していたゼオンとジャックの前で、雄二は即座に原因を突き止めていた。
過度のパンプキンの酷使が、内部を過熱し続け限界を迎えたのだ。
自壊する寸前で、稼働を止める安全機能でも付いているのか、一定の熱量でその稼働を強制停止させた。

「あの、電撃か……」

雄二は知る由もなかったが、ゼオンは初級の術で中級や上級の術を圧倒する。
あまりにも容赦なく、それでいて軽々しく振るわれた雷撃がパンプキンにとっては、あまりにも過度な負担となっていた。
それは対異能者との戦闘を初めて行った雄二には、予測の及ばないことだった。

「惜しかったな」

後れて事態を理解し、そして嘲るでもなく、事実をありのまま述べる。
ゼオンとてこれを計算して引き起こしたわけではない。
パンプキンの能力を誤認させられ、追い込まれかけたのは否定のしようがない。
もし雄二がパンプキンの性能を試運転し、より理解を深めていれば、戦いの行方はまだ分からなかっただろう。
だとしても、ゼオンは負ける気などなかったが。

「――」

雄二はパンプキンを握る手を緩め、そして目を閉じた。
今度こそ、明確な詰みだ。
もう、他に策はない。これが最後の希望だった。

(……二人か半人前どころか、半々人前以下だな)

五人救え。
十人を半分にまけて、それだけの人を救えと、雄二が師(かみ)から授けられた呪い。


『俺があいつらを引き付ける。コナンと、マヤはホグワーツに向かえ。ニケ達と合流するんだ』
『バーロー! お前は……』
『安心しろ。奴等を倒す算段はある。それに、素人二人を連れたままじゃ足手まといだ』
『雄二…駄目、一緒に行こう!』
『良いから、行ってくれ。ここで無駄な会話をするだけ、俺の生存率も下がるんだ』
『そん、な……』



時間は十分に稼げはしただろいう。
五人どころかその半分以下だが、それでも最期に人を救えた。

(せめて、こいつを道連れに出来れば…間接的には誰か救えたかもしれないが……)

ゼオンの掌から放出される雷を見つめながら、諦めと謝罪と達観の中に安息も交えながら、憑き物が落ちたような笑みが零れた。

(麻子…俺、勝手に死んじゃうけど……)

今までに悪行を重ね過ぎた。
子供の雄二でも分かっている。
事情があった。極限の精神状態だった。暗示を掛けられていて自分の本当の意思ではなかった。
そんなものは、言い訳に過ぎない。被害者の遺族からすれば関係ない。
あまりにも、殺し過ぎたのだ。
きっと目の前の雷の少年よりも、手に掛け殺めて積み上げた屍の数だけならば、雄二の方がずっと多い。

(誰からも許されずに、死んで…ごめん)

こんなのはただの自己満足だ。自慰と言い換えても良い。
自分が今までに流した血を、悪行をチャラになどできない。

「雄二!!」

だから、後腐れはあれど望んだ死を前にして。
それがもう一つの雷に遮られる。
あまりにも見知った、だが付き合いの短い女の声に雄二は驚嘆した。

「マ…ヤ……?」

嬉しさなんてない。あるのは困惑と驚嘆と、震え出すような恐怖だった。
コナンと一緒に逃がした筈だ。
ホグワーツまで行けばニケと合流して、保護してくれる筈だ。

「なん、で…お前が……」

「まだ鼠がいやがったか」

ゼオンは鬱陶しそうに、剣を振るい小さな電撃を飛ばしてきたマヤを睨む。
さして脅威にはならない力だ。
同じ雷を操るゼオンと比するまでもない。
だが、ほんの僅かに―――マヤが飛ばした電撃を素手で受け止め、少しだけ痺れを覚えた。

「やめ――がっ……!」

グロック17を構えた雄二はゼオンに向かっていく。
だが、振り返りもせずゼオンはその真横に鮫肌を叩きつけ、その衝撃で雄二は吹き飛んでいく。

「ザケル」

窮鼠猫を噛むという諺がある。
強者に弱者が一矢報いる事は、少なからず起きる事だ。
けれども、その後、弱者に訪れるのは逆鱗に触れた強者から弱者への、責め苦だ。

「っ―――ぁ!」

声も上がらない。
声帯がその機能を果たす前に、電撃がマヤを焼き尽くした。

「ほう、その剣の力か」

「ま、や……?」

まだ、マヤは死んではいなかった。
戦雷の聖剣(スルーズ・ワルキューレ)。
使い手はあまりにも未熟、そもそも見合ってすらいない。
適正はある方だ。しかし、前提に凡夫としてはと付く。
齎されるのは僅かばかりの身体強化と電撃を放つ程度の力。
けれども、それは制限と制約と使い手に恵まれずとも、ある世界に於いて最後にして最強の神秘として謳われた聖遺物の一つ。
その剣が秘める雷という性質は、マヤにそれの耐性を与えていた。

「――ぁ、ゅ……」

高圧電流に体を貫かれる。
今まで、兄と喧嘩しかしてこなかったマヤには初めての経験だ。
全身が痙攣して痛みと痺れで、声をあげることも叶わない。
涙が無尽蔵に瞳をうるわせ、視界はぼやけていく。

「ァ…がっ……!」

絶対に戦雷の聖剣は手放さない。



『コナンはニケ達を探して』
『マヤ姉ちゃん? 駄目だよ! 雄二兄ちゃんの所に戻ったら……』
『でも、雄二…銃を撃つたびに死にそうな顔してた。
 あのままじゃ、本当に死んじゃうよ!』
『だったら……オレが―――』
『大丈夫…私の方が……コナンよりお姉ちゃんなんだから!』



あの小さい男の子は逃がした。あとは、雄二だけだ。
死なせなんて、するものか。
最初にマヤを助けてくれた。強くて優しくて、少しすっとぼけた男の子。
自分の事なんか蔑ろにして、会ったこともないチマメ隊のみんなも救ってくれると言ってくれた雄二を。


「所詮は借り物の力だ」


ゼオンから見て、マヤには剣の心得がない。
あったとしても実戦の中では誤差の範疇だ。
あの剣も、乃亜から支給され使いこなせもせず、大事そうに握っているだけだろう。
研鑽を重ね、自らの力としてはいない。

「下らねえ」

まるで奴を見ているようだ。
ただ、父からの愛だけを受け。
才も修練も何もかも持ちえない癖に、バオウという偉大な力を怠惰なその身に宿し、何食わぬ顔で王を決める戦いにまで出しゃばってきた愚弟を。
見ていて、腹正しい。

「お前如きでは、その剣の力の一割も引き出せん。
 消えろ。目障りだ」

「フ、ゥ……!!」

まぐれだろうと、何だろうと、自分の実力ではなくとも、なんだっていい。
勝てなくたっていい。ただ、ここだけ切り抜けられたら。
友達の行く道を守ってあげることが出来れば。

「ザケ―――」

ゼオンが術を唱え終わるその寸前だった。

「喰らえ!!」

霧の中 もう一つの小さな影が動く。そのシューズに光を灯らせ、何かを蹴り飛ばしてくる。
見たところ人間の6歳か7歳程度の軟弱な子供だ。だが、その脚力だけは目を張るものがある。
ゼオンへ砲弾の様な速度で疾走する物体。
これは人間が素の力で、引き起こせる代物とは到底思えない。

「次から次へと」

もっとも、ゼオンを前にしては単なる児戯にも等しいが。
煩わしそうに、鮫肌を横薙ぎに振るいそれを両断し―――ゼオンの喉に違和感が絡んでくる。
反射的に咳を一つ吐き、そして理解した。

「粉?」
「そうだ。お前の力は電撃…その粉だらけの体で撃てば、爆発しちまうぞ!」

眼鏡を掛けた少年が蹴り飛ばしたのは、小麦粉が入っていた袋だ。
恐らくは、民家の中にあったものを拝借したのだろう。
当然、それが切り裂かれ破れれば中身の粉が吹き出し、ゼオンを白く染め上げる。

「オレを―――この程度で止めたつもりか?」

浅知恵だ。
電撃なぞなくとも、元より備わり磨き上げた膂力で十分に殺せる。

「マヤ、雄二!! 来い!!!」

「なっ―――」

その時、コナンの叫びと共にこの場に居る全員がその光景を目撃した。
コナンの手に握られたサスペンダー。そのベルト部位が数十メートル以上、伸びている。
ベルトの端を、二つの対になるように建てられた民家に引っ掛け、V字型になるように。
ゼオンがマヤに気を取られた間に、霧の中に紛れコナンはこんなものを作り上げていたのだ。

「二人とも! 逃げるぞ!!」

「お前、まさか……」

それは巨大なパチンコだ。
弾をコナン達に見立て、上空に自分達を天高く弾き上げる気だ。

「正気か、貴様!!?」

ありえない。馬鹿だ。自殺行為に等しい。
映画館でも似た手段でガキどもを逃がしたが、あれはあの女が特異な能力を持っていたからだ。
仮に自分達の打ち上げに成功したとして、今度はどう着地する気だ?
風を操る力ならば、どうとでもなる。
だが何の力もない人間の子供に何ができる。重力に従い、三つの薄汚い肉片を大地に撒き散らすのが関の山。

「やるしかねぇ―――!!」

雄二も唖然とし、だがそれも一時のこと。

「マヤ!!」

救うべき少女の名を叫び駆け出す。
ゼオンの電撃に打ちのめされたマヤに手を伸ばし抱き上げる。

「ゆ、う…」
「もういい。喋るな!」

ああ――お前ははなんて、馬鹿なんだ。
そう、小さく誰にも聞こえないように雄二は呟いて。

「だーめ、にがさない。
 わたしたち、おなかすいたんだもん」

ゼオンの興は逸れていた。
どうせ放っておいても死ぬ。ならば、無駄に労力を割く理由もないと。
もっとも、もう一人の殺人鬼は違う。
一人の無垢な少年を食らい。だがまだ足りぬと立ちふさがる。

「お…ね……がい……!!」

雄二と並走し肉薄するジャック。
それをマヤは強く睨み、その手の剣を血が滲むほどの力で握りこむ。

―――お願い、力を貸して。

ジャックのナイフが妖しく光る。
間合いは完全に詰められ、いつそれが雄二を引き裂いてもおかしくはない距離。
マヤを抱き上げたままの雄二では身を守ること、お出来ない。
コナンへの距離はあとわずか。

―――チマメ隊のみんなが、雄二が…友達がその道を見失わぬよう。

戦雷の聖剣。
それは戦乙女ワルキューレの剣を模した宝剣、だが贋作とも言える。
しかしそれは格の高い聖遺物として昇華された。
黒円卓の血生臭い怨念を積み上げたものではなく、人々の信仰と願いにより贋作は聖剣へと変わったのだ。

―――その道を照らす光を。

ならば、人の願いによって聖遺物となったこの剣が。
ただ一人の少女の願いを叶えぬ等という道理はない。

「―――え」

それは一瞬、僅かな瞬間だ。
瞬き一つの間もない僅かな時間。
けれども、その瞬間のみ戦雷の聖剣から放出された雷の斬撃は、サーヴァントという最上級の神秘をも上回った。

「な、に…これ」

目と鼻の先。
もし、直感的に下がらなければ、この雷が刻み込んだ大地のクレーターに己の焼死体が残されていたという事実。
凶器と殺戮に塗れた少女でさえも、気後れし―――だから狩り取れた筈の獲物を前にし、取り逃がしてしまった。

「―――いっけぇ!!!」

雄二とマヤが到着し、コナンは自分を含めた三人の体をサスペンダーに固定する。
そのままサスペンダーのベルトが収縮を始めた。
数十メートルあったベルトが一気に縮む、その速度は子供三人を上空へと放り出すには十分すぎる程のエネルギーを発生させる。

「く、うああああああ!!!」

コナン達は、殺人鬼の毒霧を抜け、雲すら超えかねない程の勢いと速さに乗った。
更に二つの家に仕掛けたサスペンダー。
これもコナンが仕込んだ細工で結びが解ける。そのまま固定されたコナンに装備されたまま一緒に吹き飛んでいく。
そうすることで、ゼオン達が同じように飛び上がり、コナン達を追跡するのを防ぐためだ。
もっとも、出来たとてわざわざ追う真似はしないだろうが。


「―――馬鹿が…。
 まあいい、殺す手間が省けた」



その余波で巻き起こった突風が、ゼオンの髪とマントを揺らす。
ゼオンはつまらなそうに、ただ空を見上げた。




【B-3 桜田ジュンの家の近く/1日目/黎明】



※ゼオンによって桜田ジュンの家は半壊しました。



【ゼオン・ベル@金色のガッシュ!】
[状態]健康、額に軽い傷、失意の庭を見た事に依る苛立ち、ジャックと契約
[装備]鮫肌@NARUTO、銀色の魔本@金色のガッシュ!!
[道具]基本支給品×3、ランダム支給品4~6(ヴィータ、右天、しんのすけの支給品)
[思考・状況]基本方針:優勝し、バオウを手に入れる。
1:ジャックを上手く使って殺しまわる。
2:ジャックの反逆には注意しておく。
3:ふざけたものを見せやがって……
[備考]
※ファウード編直前より参戦です。
※瞬間移動は近距離の転移しかできない様に制限されています。
※ジャックと仮契約を結びました。
※魔本がなくとも呪文を唱えられますが、パートナーとなる人間が唱えた方が威力は向上します。
※魔本を燃やしても魔界へ強制送還はできません。



【ジャック・ザ・リッパー@Fate/Grand Order】
[状態]:左肩に銃傷(小)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、探偵バッジ×5@名探偵コナン、ランダム支給品1~2
[思考・状況]基本方針:優勝して、おかーさんのお腹の中へ還る
0:逃がしちゃった…。おなかすいたのに。
1:お兄ちゃんと一緒に殺しまわる。
2:ん~まだおやつ食べたい……
[備考]
現地召喚された野良サーヴァントという扱いで現界しています。カルデア所属ではありません。
ゼオンと仮契約を結び魔力供給を受けています。
※『暗黒霧都(ザ・ミスト)』の効果は認識阻害を除いた副次的ダメージは一般人の子供であっても軽い頭痛、吐き気、眩暈程度に制限されています。





上空を吹き飛ばされ、だが翼を持たない人間は自在に滞空することは許されない。
必ずや重力という引力により、地に落とされることが宿命づけられている。

「ま…だ、だ……!」

夜空を飛び上がり、そして緩やかに墜落し死へのカウントダウンを刻む。
だが、コナンの目には諦めはない。
数エリアを吹き飛び、そして計算通りに落ちていく。
見えるのは、島の中央に不気味に聳え立つ病院の景観。
数秒後にはその壁に叩きつけられ、コナン達は例外なく爆散して死ぬだろう。
それこそ、ゼオンの予想見通りに。

「た…頼む……!」

だが、ゼオンは見誤っていた。
江戸川コナンはただの子供ではなかったことを。
一年の間に最低でも、20件近くの盛大な爆破事件に立ち会いながら、その全てから生還を果たし、事件を収束に導いた探偵であることを。
コナンは最初からこの地点に到達する事のみを目指していたことを。

「届けぇ!!」

キック力増強シューズのスイッチを入れ、コナンは空中でランドセルを蹴り飛ばす。
爆進するランドセルにはサスペンダーが括り付けられ、それはコナン達を固定していた。
別の力に引っ張られコナン達も引き摺られるように、その落下の軌道を変える。
軌道はその先の病院から逸れ、そのエリア内にあるもう一つの施設へと落下していく。

「「――――!!!」」

コナンと雄二の叫びが木霊する。
二人はお菓子の家へと突っ込んでいった。
チョコレートやクッキーが乾いた音共に圧し折れ砕け散る。
そして家を構成する要素の一つ、巨大なケーキのスポンジと生クリームが隕石の様に墜落したコナン達により爆散した。
周囲一面にお菓子の残骸が弾け飛び轟音が轟く。
しかし、遥か上空を飛行し墜落してきた子供三人を受け止めるクッションとしては、これ以上に最適なものは存在しない。

「―――ごほっ…ゲホッ……お前ら、無事か……?」

お菓子の破片を押し退け、生クリームだらけになったコナンがその中から這い出る。
完全な賭けだった。
もし、お菓子の家が名前だけの駄菓子屋等であれば、コナン達は死んでいた。
だが本当に、童話のような本物のお菓子で作られた家であれば。
皮肉にも、既に魔神王やゼオンなど、この島で非常識な存在を目の当たりにした事で、コナンはそのもしもの可能性に命を賭ける判断が出来るようになっていた。
そして少し体は痛むが、五体満足だ。
賭けに勝ったのをコナンは確信した。
全員、死なせずに助かったのだと―――。

「ま…や……」

響いた声は一つだけだった。


―――


それは、まさしく絶望の光景だった。
雄二にとって、己の死以上の受け止めきれない罪の惨状だ。

条河麻耶の胸には、ジャック・ザ・リッパーのナイフが付き立てられていた。
目は閉じられ顔に生気はなく、冷たくなっていた。

簡単な話だ。
聖剣の引き起こした奇跡の裏で、殺人鬼は己が本分を全うしたに過ぎない。
雷を避け、そしてナイフを投擲しマヤの心臓を貫いたのだ。
きっと、即死したのだろう。
背負っていたランドセルはそのままに。
だが、握られていた聖剣は手から消えていた。飛んでいる間に何処かに落としたのだろう。
サスペンダーで離脱するより前に、力尽きたのだから。

「ま…や……」

雄二が使いこなせと言った戦雷の聖剣を手にし、マヤは無茶をして死んでしまった。
殺されたのだ。あのナイフの少女に雷の少年に。
死なせたのだ。他の誰でもない風見雄二が。

(……麻子)

一人の女が死んだ。
救うと誓った少女を救えなかった。

マヤを救おうとした自分は本当に正しかったのか?

自分に何が出来た?

自分のような人殺しより、コナンの方がずっと誰かを救えていたじゃないか。
あの雷帝と殺人鬼を前にして出し抜き、見事に生還を果たしてみせた。
本当に人を救えるのは、きっとこんな奴なんだ。
あの手付きの慣れ方から一度や二度じゃない。
ずっと、何度も何度も誰かを救ってきたに違いない。
自分が人を殺し続け、血を流し続けていた間にも、きっと何人も救ってきたんだ。

ただ自分は、銃を撃って殺そうとしただけじゃないか。
一発一発ゲロを吐いて、そこまでしてやれたことはなんだ?

戦えない女の子を、その気にして死地に赴かせ死体を一つ増やしただけだ。

(教えてくれよ…)

答えをくれる麻子(かみ)はこの場には居ない。
全てを見通す一姫(てんさい)がこの場に居る事も雄二は知る由もない。

気を抜けば、崩れ落ちそうになる。

でも、まだ5人救えていない。
だから死ねない。許されていない。

麻子だって、あの小屋で待っていてくれているから。

それでも、本来の歴史から逸れ、初めて救おうとした少女の死はあまりにも重かった。



【条河麻耶@ご注文はうさぎですか? 死亡】


【E-5 お菓子の家/1日目/黎明】



※コナン達の墜落でお菓子の家は半壊しました。
※戦雷の聖剣@Dies iraeは何処かに落ちました。行方不明です。



【風見雄二@グリザイアの果実シリーズ(アニメ版)】
[状態]:疲労(大)、精神的なダメージ(極大)
[装備]:浪漫砲台パンプキン(一定時間使用不可)@アカメが斬る!、グロック17@現実
[道具]:基本支給品×2、斬月@BLEACH(破面編以前の始解を常時維持)、マヤのランダム支給品0~2
[思考・状況]基本方針:5人救い、ここを抜け出す
0:マヤ……
[備考]
※参戦時期は迷宮~楽園の少年時代からです
※ 割戦隊の五人はマーダー同士の衝突で死亡したと考えてます
※卍解は使えません。虚化を始めとする一護の能力も使用不可です。
※斬月は重すぎて、思うように振うことが出来ません。一応、凄い集中して膨大な体力を消費して、刀を振り下ろす事が出来れば、月牙天衝は撃てます。



【江戸川コナン@名探偵コナン】
[状態]:疲労(大)、人喰いの少女(魔神王)に恐怖(大)と警戒
[装備]:キック力増強シューズ@名探偵コナン、伸縮サスペンダー@名探偵コナン
[道具]:基本支給品、真実の鏡@ロードス島伝説
[思考・状況]基本方針:殺し合いを止め、乃亜を捕まえる
0:今後の方針を立てる。
1:仲間達を探す。
2:乃亜や、首輪の情報を集める。(首輪のベースはプラーミャの作成した爆弾だと推測)
3:魔神王について、他参加者に警戒を呼び掛ける。
4:雄二…マヤ……。
[備考]
ハロウィンの花嫁は経験済みです。
真実の鏡は一時間使用不能です。
魔神王の能力を、脳を食べてその記憶を読む事であると推測しました。

【伸縮サスペンダー@名探偵コナン】
特殊形状記憶素材を織り込んだ繊維でできたサスペンダー。
ボタンひとつで伸び縮みする。
100mは伸びる。


049:星の降る夜に 投下順に読む 051:「藤木、友達を失くす」の巻
時系列順に読む 052:きみできるあらゆること
013:初めての食事風景 江戸川コナン 064:まもるべきもの
012:カサブタだらけの情熱を忘れたくない 風見雄二
条河麻耶 GAME OVER
020:燃えよ失意の夢 ゼオン・ベル 081:悪鬼羅刹も手を叩く
ジャック・ザ・リッパー

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
ウィキ募集バナー