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レイドとコロシアム
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dannocomachi
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初めての高難易度レイド
<高難易度レイド参加者募集>
その文字を、みたらしっぽはしばらく眺めていた。
町の中央広場にある募集掲示板。
依頼クエスト、素材集め、ダンジョン周回、ボス討伐。
いろいろな募集が流れていく中で、その一文だけが妙に目に残った。
<対象レイド:夜空を舞う幻翼竜>
<募集人数:前衛一名>
<参加条件:第三職以上推奨。初見可、ただし説明を聞ける人>
「初見可……」
思わず声に出す。
初見可。
なんて優しい言葉だろう。
でも、その横に書いてある「高難易度レイド」の文字が、優しさを全部台無しにしている。
「どうしたの?」
後ろからスフレの声がした。
振り返ると、シュガーシロップ、ガトーショコラ、スフレの三人が並んでいる。
いつもの四人。
でも、今みたらしっぽが見ている募集は、四人で行けるものではなかった。
「レイド募集、見てた」
「あ、高難易度のやつ?」
シュガーシロップが掲示板を覗き込む。
「行くの?」
「行ってみたいとは思ってる」
「お、いいじゃん」
「でも野良だよ」
「野良だね」
「知らない人ばっかりだよ」
「そうだね...」
シュガーシロップは、なぜか楽しそうに頷いた。
他人事だと思っている顔だった。
「シロも行く?」
「今回は前衛一名募集でしょ。みたが行ってきなよ」
「なんで?」
「ギルドマスターだから」
「それ、便利な言葉にしようとしてない?」
「してる」
堂々としていた。
ガトーショコラが、掲示板の募集文を上から下まで確認する。
「でも、いいと思う。ギルドでいつかレイドをやるなら、先にみたが経験しておくのは大事だよ」
「僕が?」
「うん。どんな動きが必要か、何が足りないか、見てくるだけでも違うから」
「偵察ってこと?」
「そう。偵察」
偵察。
そう言われると、少しだけ気が楽になった。
挑戦ではなく、偵察。
クリアできたら嬉しい。
失敗しても情報になる。
そう考えれば、初めての高難易度レイドにも少しだけ足を踏み出せる気がした。
スフレが小さく頷く。
「回復薬と耐性料理、作っておくね」
「え、もう行く前提?」
「行くんでしょ?」
「……行くけど」
結局、そうなる。
みたらしっぽは募集掲示板に手を伸ばし、参加申請のボタンを押した。
<参加申請を送信しました>
少し遅れて、通知が返ってくる。
<パーティーへの参加が承認されました>
「通った」
「おめでと」
「生きて帰ってきてね」
「縁起でもないこと言わないで」
シュガーシロップは笑って、みたらしっぽの肩を軽く叩いた。
「負けてもいいけど、何が強かったかは覚えて帰ってきて」
「それ、普通に難しい注文だよ」
「ギルドマスターだから」
「やっぱり便利に使ってる」
そんなことを言いながらも、みたらしっぽは少しだけ笑った。
高難易度レイド。
四人ではまだ遠いと思っていた場所。
でも、遠い場所は、誰かが一歩目を踏まないとずっと遠いままだ。
〜レイド集合地点〜
指定された集合地点は、王都ペル・ゼノンから少し離れた丘の上だった。
夜になると、空が広く見える場所。
レイド名に合わせてなのか、足元には淡い青色の転送陣が浮かび、その中心に細かな星のような光が散っている。
すでに何人かのプレイヤーが集まっていた。
魔法職らしきローブ姿のプレイヤー。
弓を背負った遠距離職。
大きな盾を持ったタンク。
そして、前衛装備の少女が一人。
「お、来た来た」
その少女が軽く手を上げた。
名前表示は、つきみ。
雰囲気はどこかゆるい。
「前衛募集で来た人?」
「はい。みたらしっぽです」
「よろしくー。私はつきみ。だいたい前に出る係」
「だいたい?」
「細かいことはアイリスがなんとかしてくれる」
「つきみ、最初から人に投げないで」
少し離れた場所から、落ち着いた声が飛んできた。
白を基調にした支援職の装備。
名前表示は、フォンダンアイリス。
彼女は地面に広げた簡易マップを見ながら、視線だけをこちらに向けた。
「初めまして。フォンダンアイリスです。今回はよろしくお願いします」
「あ、よろしくお願いします」
「今回のレイドは初めてですか?」
「はい。高難易度レイド自体、初めてです」
「わかりました。説明はします。ただ、戦闘中は短い指示になります。聞こえたらすぐ動いてください」
声は穏やかなのに、言っていることはかなり厳しい。
みたらしっぽは思わず背筋を伸ばした。
「了解です」
「緊張してる?」
つきみが横から覗き込む。
「してる」
「正直でいいね」
「してないって言った方がよかった?」
「いや、してる人の方がミス少ないよ。してない人はだいたい落ちる」
「落ちる?」
「崖から」
「崖あるの?」
「あるよ」
アイリスが静かに頷いた。
「あります。しかも落下判定がかなり厳しいです」
「急に帰りたくなってきた」
「大丈夫。最初はみんなそうです」
「最初以外は?」
「慣れてからも落ちます」
「結局落ちるんだ……」
緊張が少しだけほぐれた。
ふざけているようで、情報はちゃんと入ってくる。
つきみは軽く見えて、周囲をよく見ている。
アイリスは落ち着いていて、説明に無駄がない。
この二人、強い。
まだ戦ってもいないのに、みたらしっぽはそう思った。
やがて全員が揃い、リーダーが確認を取る。
「準備いいですか?」
「大丈夫です」
「はい」
「いつでも」
「じゃあ、入ります」
転送陣の光が強くなる。
視界が白く染まり、足元の感覚が一瞬だけ消えた。
次の瞬間、みたらしっぽ達は夜の空に浮かぶ遺跡に立っていた。
風が強い。
足場は石造りの細い橋。
その下には、底の見えない雲海が広がっている。
遠くで、何かが鳴いた。
鳥ではない。
もっと大きい。
もっと鋭い。
静かな夜を裂くような声。
<夜空を舞う幻翼竜>
その名前が、視界の中央に表示された。
「うわ……」
誰かが小さく声を漏らした。
無理もない。
雲の奥から現れた竜は、翼が透けるように光っていた。
青紫の羽根。
星屑のように散る鱗。
大きく羽ばたくたびに、足場の上を風が走り抜ける。
美しい。
そして、明らかに強そう。
「第一フェーズ、ブレスは直線。翼の光が右なら右薙ぎ、左なら左薙ぎ。足元の星形範囲は踏まないでください」
アイリスの声が飛ぶ。
「つきみ、最初に前出る。みたらしっぽさんは横からヘイト補助」
「了解」
「了解」
「じゃ、行くよー」
つきみが軽い調子で駆け出した。
その瞬間、雰囲気が変わった。
さっきまでのゆるい立ち姿は消え、一直線に竜の着地点へ滑り込む。
剣に魔力が走る。
竜が首を下げた瞬間、つきみはその懐へ潜り込み、斬撃を叩き込んだ。
速い。
「みたらしっぽさん、右!」
アイリスの声。
みたらしっぽは反射で右へ走った。
直後、竜の尾が先ほどまで立っていた場所を薙ぎ払う。
石橋の端が砕け、破片が雲海へ落ちていった。
「危なっ」
「止まらないで。次、星形範囲」
足元に青い光が咲く。
星の形をした攻撃範囲。
みたらしっぽはステップで外へ抜け、竜の脚へ斬りかかる。
攻撃が通る。
しかし、硬い。
いつものフィールドの魔物とは違う。
一撃を入れても、HPバーはほんの少ししか減らない。
「硬いな……!」
「これがレイドだよ」
つきみが隣に並びながら言う。
竜が翼を広げる。
右の翼が強く光った。
「右薙ぎ。全員、左の柱裏!」
アイリスの指示。
みたらしっぽは左へ走る。
石橋の先に、半壊した柱がある。
そこへ滑り込んだ瞬間、竜の翼から放たれた光が橋の上を横に焼き払った。
柱の陰に隠れたプレイヤーのHPは削れない。
間に合わなかった一人のHPが大きく減った。
「回復します。動かないで」
アイリスが杖を掲げる。
淡い光が広がり、削れたHPが戻っていく。
回復のタイミングが早い。
攻撃が当たってからではなく、当たるとわかった瞬間にはもう詠唱を始めている。
「みたらしっぽさん、次ヘイト取れますか?」
「取れる!」
「つきみ、五秒下がって」
「いいよ、わかった」
みたらしっぽは竜の正面へ出た。
怖い。
普通に怖い。
巨大な竜の顔がこちらを見る。
視線が合っただけで、足が止まりそうになる。
でも、止めたら終わる。
「シャウト!」
スキルを発動する。
みたらしっぽの周囲に衝撃波のような光が広がり、竜の敵意がこちらへ向いた。
牙が迫る。
「バッシュ!」
剣ではなく、体ごとぶつかるように打撃を入れる。
竜の顎が少しだけ逸れた。
完全には止まらない。
でも、噛みつきの軌道がずれる。
その隙に、つきみが側面から斬り込んだ。
「助かった」
「こっちこそ」
短い会話。
それだけで十分だった。
次に何をするかが、少しだけわかる。
この感覚は、四人で戦っている時に近い。
でも、違う。
知らない人たちと、初めてのレイドで、同じ敵を見ている。
みたらしっぽは、その不思議な感覚に胸が少しだけ熱くなるのを感じた。
第二フェーズに入った瞬間、空が変わった。
夜空に浮かんでいた星が、次々と落ちてくる。
隕石ではない。
小さな光の弾。
着弾地点に星形範囲が生まれ、避けた先にも別の範囲が重なる。
「足場、三番から五番に移動。焦らないで。走りすぎると落ちます」
アイリスの声が続く。
「つきみ、左の雑魚」
「見えてる」
「みたらしっぽさん、中央維持」
「了解」
幻翼竜が高く飛び上がる。
その影から、小型の幻翼竜が三体現れた。
「追加!」
「左は取った!」
つきみが一体を引き受ける。
みたらしっぽは中央の一体へ挑発を入れ、もう一体の動きを見る。
遠距離職が狙われている。
間に合うか。
いや、間に合わせる。
「セイバーインパクト!」
小さく飛び上がり、叩き割るように斬り込む。
攻撃が小型竜の進路を遮り、ヘイトがこちらへ移る。
その瞬間、背後でブレスの予兆音が鳴った。
まずい。
本体の攻撃。
避ける方向を探す。
右は星形範囲。
左は崩れた足場。
後ろは小型竜。
前は本体のブレス。
一瞬、頭が真っ白になった。
「しゃがんで!」
アイリスの声。
考える前に、みたらしっぽはその場で身を低くした。
直後、頭上をつきみが飛び越えた。
魔力を帯びた剣が小型竜を弾き飛ばし、そのままみたらしっぽの前へ着地する。
つきみが剣を地面に突き立てると、薄い魔法障壁が展開された。
ブレスが障壁を削る。
HPバーが震える。
でも、耐えた。
「いまのなに!?」
「なんか、こう、間に合いそうだったから」
説明になってない...
「生きてるからよし!」
「次、来ます。」
アイリスの声で、二人は同時に横へ跳んだ。
そこに星が落ちる。
石床が砕ける。
笑っている余裕なんてない。
でも、楽しかった。
とんでもない場所に来てしまったと思う。
でも、とんでもない場所だからこそ、知らなかった強さが見える。
知らなかった仲間の形が見える。
最後のフェーズは、ほとんど意地だった。
回復薬は残り少ない。
足場は半分以上崩れている。
幻翼竜のHPバーも、残りわずか。
しかし、そこからが長い。
「ラスト、全体攻撃来ます。柱はもう残っていません」
アイリスが言う。
「じゃあどうするの?」
誰かが聞いた。
「止めます」
「止める?」
「詠唱中、翼の付け根に一定ダメージを入れると中断できます。左右同時です」
「初見でできるギミックじゃなくない?」
つきみが笑う。
「でも、やるしかないよね」
「そういうことです」
アイリスは淡々としている。
けれど、その声に迷いはなかった。
「左、つきみ。右、みたらしっぽさん。遠距離は右補助。魔法は左補助。回復は最低限にします」
「了解」
「了解」
幻翼竜が空へ舞い上がる。
翼が大きく広がる。
夜空に浮かぶ星が、すべて竜の周りへ集まっていく。
あれが落ちたら、終わり。
説明されなくてもわかる。
「走って!」
アイリスの声。
みたらしっぽは右の翼へ向かった。
足場が揺れる。
星形範囲が足元に咲く。
避ける。
斬る。
また避ける。
翼の付け根に剣を叩き込む。
ダメージ表示が重なる。
足りない。
まだ足りない。
「右、遅れてます!」
「わかってる!」
スタミナが削れる。
腕が重い。
スキルのクールタイムが戻らない。
竜の詠唱ゲージは進んでいく。
間に合わない。
そう思った瞬間、背後から矢が飛んできた。
別のプレイヤーの援護。
さらに魔法弾。
みたらしっぽは息を吸い、残ったSPを一気に吐き出す。
「ダブルスラッシュ!」
二連撃。
翼の光が大きく揺れた。
同時に、左側でもつきみの攻撃が入る。
「いっけぇ!」
誰かが叫んだ。
幻翼竜の詠唱ゲージが砕ける。
集まっていた星が、夜空へ散った。
「中断成功。押し切ってください」
アイリスの声が、ほんの少しだけ明るくなる。
そこから先は、全員で叩き込むだけだった。
剣。
矢。
魔法。
祈りの光。
いくつもの攻撃が重なり、幻翼竜のHPバーが最後の一本を失っていく。
そして。
<レイドクリア>
表示が出た瞬間、誰かが大きく息を吐いた。
全員の緊張がほどける。
「勝った……?」
「勝ちました」
アイリスが言った。
つきみはその場に座り込む。
「いやー、落ちなかったね」
「そこ?」
「大事でしょ」
「大事だけど」
みたらしっぽも、その場に座り込みたくなった。
でも、なんとか立ったまま空を見上げる。
幻翼竜の体は、光の粒になって夜空へ溶けていく。
綺麗だった。
倒した敵なのに、少しだけ見送ってしまうくらいには。
「初高難易度、どうでした?」
アイリスが聞いた。
「すごかった」
みたらしっぽは正直に答えた。
「難しかったし、怖かったし、何回も終わったと思った」
「はい」
「でも、楽しかった」
その言葉に、つきみが笑った。
「それ言えるなら向いてるよ」
「向いてる?」
「レイドに」
アイリスも小さく頷いた。
「初見であれだけ動けるなら十分です。特に最後、右を持たせたのは大きかったです」
「いや、指示があったから動けただけで」
「指示で動けるのも強さです」
その言葉は、思ったより嬉しかった。
強い人に強さを認められる。
それは、ゲームの報酬画面に出ない報酬だった。
新しい二人
それから、みたらしっぽは何度か二人とレイドへ行くようになった。
最初は、たまたま同じ募集に入っただけ。
次は、つきみから誘いが来た。
その次は、アイリスが構成を組んで、みたらしっぽをダメージ役として呼んだ。
気づけば、パーティーに二人の名前があるのが当たり前になっていた。
「みた、最近レイドばっかり行ってない?」
ある日、シュガーシロップが言った。
ギルド団ノ子の小さな集まり場所。
まだ立派なギルドハウスなんてない。
町の片隅にある休憩スペースを、なんとなく集合場所にしているだけだ。
「ばっかりではないよ」
「昨日も行ってた」
「昨日は行った」
「一昨日も」
「一昨日も行った」
「ばっかりじゃん」
「……ばっかりかもしれない」
ガトーショコラが笑う。
「でも、いいことじゃない? ギルドとしてはレイド経験者が増えるのはありがたいし」
「そうなんだけどさ」
シュガーシロップは少しだけ口を尖らせる。
「強い人と仲良くなったなら、連れてきてよ」
「あ、それは思ってた」
スフレも頷いた。
「支援職の人、いるんだよね?」
「いる。フォンダンアイリスさん」
「前衛の人も?」
「つきみさん」
「誘わないの?」
三人の視線が集まる。
みたらしっぽは少し黙った。
誘いたい気持ちはあった。
でも、団ノ子はまだ小さい。
レイド経験も浅い。
大手ギルドみたいな設備もない。
そんな場所に誘っていいのか。
そんなことを考えていた。
「みた」
シュガーシロップが言う。
「また変に難しく考えてるでしょ」
「考えてない」
「考えてる顔してる」
「どんな顔?」
「みたが勝手に責任を背負おうとしてる顔」
妙に的確だった。
「誘って断られたら、それはそれでいいじゃん」
ガトーショコラが言う。
「合う合わないはあるし。でも、誘わないと何も始まらないよ」
スフレも静かに続ける。
「ギルドって、そうやって増えていくものだと思う」
みたらしっぽは、少しだけ考えた。
それから、フレンド欄を開く。
つきみ。
フォンダンアイリス。
二人の名前がオンライン表示になっている。
「……誘ってみる」
メッセージを打つ。
<今度、うちのギルドの集まりに来ませんか?>
送信。
返事は、思ったより早かった。
<いいよー>
つきみから。
続いて、アイリスから。
<お邪魔してもよろしければ。つきみが変なことを言ったら止めます>
「来るって」
「やったな」
シュガーシロップが嬉しそうに笑う。
「で、どんな人?」
「つきみさんは、適当そうに見えてすごくちゃんとしてる前衛」
「なるほど。みたと相性良さそう」
「僕、適当そう?」
「そこじゃない」
「アイリスさんは?」
スフレが聞く。
「指示が的確で、地形を見るのが上手くて、回復も早い。」
「それは大事な役目だね」
ガトーショコラが真顔で言った。
その日の夜。
つきみとフォンダンアイリスは、団ノ子の集合場所へやってきた。
「ここが団ノ子?」
つきみが周囲を見回す。
「まだ仮だけどね」
みたらしっぽが言う。
「いいじゃん。結成したてっぽくて」
「褒めてる?」
「褒めてる褒めてる」
「軽いなぁ」
シュガーシロップが笑う。
アイリスは一歩下がった位置で、丁寧に頭を下げた。
「フォンダンアイリスです。何度か、みたらしっぽさんとレイドでご一緒しています」
「シュガーシロップだ。」
「ガトーショコラよ。」
「スフレ。物作ったりしてるよ~」
「よろしくお願いします」
挨拶は思ったより自然に進んだ。
つきみはすぐにシュガーシロップと戦闘の話で盛り上がり、アイリスはスフレと支援アイテムの話を始めた。
ガトーショコラは、二人がこれまで行ったレイドの地形情報を聞き出そうとしている。
馴染むのが早い。
早すぎるくらいだった。
「ねえ、みた」
つきみがふとこちらを見る。
「このギルドって、何するギルドなの?」
「FoFを遊び尽くすギルド」
みたらしっぽは答えた。
前に募集文へ書いた言葉。
少しだけ照れくさいけれど、今でもそれが一番近い。
「戦闘も、探索も、生産も、レイドも。全部」
「欲張りだね」
「うん」
「いいと思う」
つきみは笑った。
「そういうの、嫌いじゃない」
アイリスも少し考えてから言った。
「目的が一つに絞られていない分、いろいろな役割の人が居場所を持てそうですね」
「そうなったらいいなって思ってる」
「なら、私も参加してみたいです」
「私もー」
つきみが軽く手を上げる。
あまりにも自然だったので、みたらしっぽは一瞬反応が遅れた。
「え、いいの?」
「誘ったのそっちでしょ」
「そうだけど」
「じゃあいいじゃん」
「いいですね」
アイリスが頷く。
「レイドの時だけではなく、普段から情報共有できる場所があるのは助かります」
みたらしっぽはギルド管理画面を開いた。
メンバー招待。
つきみ。
フォンダンアイリス。
二人の名前を選び、送信する。
<つきみ がギルド『団ノ子』に加入しました>
<フォンダンアイリス がギルド『団ノ子』に加入しました>
小さな通知が流れる。
たったそれだけの表示。
でも、四人だけだったギルドに、新しい色が増えた気がした。
「ようこそ、団ノ子へ」
みたらしっぽが言う。
「よろしくー」
「よろしくお願いします」
六人になった。
まだ小さい。
でも、もう四人ではない。
コロシアム
「ギルドに一人、連れてきてもいいかしら?」
アイリスがそう言ったのは、つきみとアイリスが団ノ子に入ってしばらく経った頃だった。
場所はいつもの集合場所。
シュガーシロップは武器の手入れをしていて、ガトーショコラは新しいフィールドの噂をまとめている。
スフレは隅で何かの素材を加工していた。
「連れてくる?」
みたらしっぽが聞き返す。
「えぇ。他のゲームで知り合ったフレンドで、PvPが得意で、最近FoFでも本格的に活動を始めてるわ」
「PvPか」
シュガーシロップが顔を上げる。
「いいじゃん。戦ってみたい」
「シロはすぐそれ」
「だって気になるでしょ」
「まあ、気になる」
みたらしっぽも正直に頷いた。
団ノ子は戦闘もしている。
レイドも少しずつ経験を積んでいる。
でも、PvPはまだほとんど手をつけていなかった。
モンスターと戦うのと、プレイヤーと戦うのは違う。
それはわかっている。
でも、どれくらい違うのかは、まだ誰もよく知らない。
「その人、どんな人?」
ガトーショコラが聞く。
「名前はエクレアマルテール。他のゲームではすぐ誰かと競うことを目標にしていたわ」
「強い?」
「強さは保証する」
アイリスは即答した。
その言い方だけで、かなり信用していることがわかる。
つきみが横から口を挟む。
「アイリスが即答するなら本当に強いよ」
「それはどういう意味?」
「だってアイリス、褒める時に三秒くらい考えるじゃん」
「必要な評価をしてるだけ...」
「ほら、そういうところ」
そのやり取りに、全員が少し笑った。
数日後。
アイリスが連れてきたプレイヤーは、赤みのある装備をまとった前衛だった。
名前表示は、エクレアマルテール。
武器は片手剣。
ただ、立ち方がみたらしっぽ達とは少し違った。
レイドプレイヤーの立ち方ではない。
そういう感じがした。
「エクレアマルテールです」
彼女は短く名乗った。
「アイリスから話は聞いています。PvPをやる人が少ないギルドだとか」
「まあ、今のところは」
みたらしっぽが答える。
「でも、興味はある」
「それなら、ちょうどいいです」
エクレアは小さく笑った。
「第一回PvPトーナメントが開かれます。王都ペル・ゼノンのコロシアムで」
「第一回?」
シュガーシロップが反応する。
「公式イベントで、シングル戦。参加人数はかなり多いはずだわ」
アイリスが補足する。
「コロシアムって、あのおっきな施設だよね」
スフレが言う。
「ほぼ毎日イベントやってるって聞いたことある」
「今回は公式なので、かなり注目されます」
エクレアはみたらしっぽを見る。
「団ノ子から、私が出てもいいですか?」
その言葉に、場が少しだけ静かになった。
団ノ子から出る。
まだ小さなギルドの名前を背負って、公式PvPトーナメントに出る。
それは、思ったより大きなことだった。
「もちろん」
みたらしっぽは答えた。
「出たいなら、出てほしい」
「勝てる保証はありません」
「勝てる保証がある勝負って、たぶん面白くないよ」
シュガーシロップが笑う。
「それに、負けても情報になる」
ガトーショコラが言った。
「偵察だ」
スフレがぽつりと言う。
みたらしっぽは思わず笑った。
「それ、僕が前に言われたやつ」
「じゃあ、決まりかな」
エクレアが言う。
その声には、軽さがなかった。
勝つつもりの人の声だった。
〜王都ペル・ゼノン コロシアム〜
コロシアムは、人で溢れていた。
石造りの巨大な円形闘技場。
客席にはプレイヤーがぎっしり詰まり、空中には観戦用の映像ウィンドウがいくつも浮かんでいる。
実況用のNPCが声を張り上げ、出場者の名前が次々と紹介されていく。
「すごい人……」
スフレが周囲を見回す。
「PvPってこんなに人気あったんだ」
「公式の大会となれば、なおさらだわ」
アイリスが言う。
「エクレア、緊張してるかな」
みたらしっぽが控室の方を見る。
「してると思うよ」
つきみが言った。
「でも、あの子は緊張してる時の方が強いから」
「そうなの?」
「うん。雑念が消えるタイプ」
「かっこいいな」
「みたは?」
「僕は緊張すると普通に焦る」
「正直でよろしい」
やがて、エクレアの名前が呼ばれた。
<エクレアマルテール>
<所属:団ノ子>
ギルド名が表示された瞬間、みたらしっぽの胸が少しだけ跳ねる。
団ノ子。
あの四人で決めた名前が、コロシアムの大きな表示に映っている。
「うわ、出た」
シュガーシロップが嬉しそうに言う。
「出たね」
ガトーショコラも笑う。
エクレアは闘技場の中央へ進む。
対戦相手は槍を持ったプレイヤー。
距離を取って戦うタイプだ。
開始前のカウントが浮かぶ。
<3>
<2>
<1>
<FIGHT>
相手が先に動いた。
槍のリーチを生かし、近づかせないように突きを放つ。
エクレアはそれを横へ避ける。
踏み込みすぎない。
下がりすぎない。
相手の攻撃が空振った瞬間だけ、一歩入る。
一撃。
すぐ離れる。
「うまい」
みたらしっぽは思わず呟いた。
モンスター相手なら、攻撃後の隙にコンボを入れたくなる。
でも、エクレアは入れない。
一撃だけ。
相手が反撃しようとした瞬間には、もう範囲外にいる。
「さすがの動きだね」
つきみが言う。
「欲張らない。相手に振らせてから取る」
「シロと真逆だ」
「聞こえてるぞ」
シュガーシロップが言った。
でも、目は試合から離れていない。
槍のプレイヤーが大きく踏み込む。
エクレアはその軌道を読んでいたように、剣の腹で槍を弾いた。
小さな硬直。
そこへ、二連撃。
相手のHPが大きく削れる。
焦った相手が距離を取ろうとした。
エクレアは逃がさない。
最後はステップで懐に入り、横薙ぎの一撃。
<WIN>
観客席が沸いた。
「勝った!」
シュガーシロップが声を上げる。
「まだ一回戦よ」
アイリスは落ち着いている。
でも、少し嬉しそうだった。
その後も、エクレアは勝ち進んだ。
二回戦。
三回戦。
相手の武器も、クラスも、戦い方も違う。
魔法職。
盾持ち。
二刀流。
弓使い。
そのたびに、エクレアは戦い方を変えた。
攻める時は一気に。
待つ時は徹底して。
相手の癖を見つけると、そこを逃さない。
団ノ子の名前も、少しずつ観客席で聞こえるようになってきた。
「団ノ子ってどこ?」
「新しいギルド?」
「あのエクレアって人、強くない?」
聞こえてくる声が、くすぐったい。
みたらしっぽは嬉しかった。
でも、それ以上に不思議だった。
ギルドを作った時は、こんな景色を想像していなかった。
管理庁の前で四人でスクショを撮っただけの、小さなギルド。
それが今、コロシアムの観客席で名前を呼ばれている。
「みた、顔ゆるんでる」
つきみが言った。
「ゆるんでない」
「ゆるんでるよ」
「嬉しいんだからしょうがないでしょ」
「それはそう」
つきみは笑って、闘技場を見る。
「でも、次は厳しいかも」
「え?」
次の相手が表示される。
名前を見た瞬間、周囲の空気が変わった。
観客席のざわめきが大きくなる。
どうやら、有名なPvPプレイヤーらしい。
武器は片手剣と小盾。
装備は派手ではない。
むしろ、かなり地味だった。
でも、立っているだけでわかる。
隙がない。
「上位常連ですね」
アイリスが言う。
「ここを勝てば、上位入賞が見えます」
「勝てば、か」
みたらしっぽは手を握った。
カウントが始まる。
<3>
<2>
<1>
<FIGHT>
最初に動いたのはエクレアだった。
これまでより少し速い踏み込み。
一撃目。
相手は盾で受ける。
二撃目。
相手は下がらない。
受けたまま、ほんの少しだけ角度を変える。
エクレアの剣が流れた。
その瞬間、相手の剣がエクレアの腕を打つ。
小さなダメージ。
でも、動きが止まる。
「硬直取られた」
シュガーシロップが呟く。
エクレアはすぐに立て直す。
距離を取り、相手の出方を見る。
相手は追わない。
ただ中央を取る。
エクレアが動く場所を、少しずつ狭めていく。
「相手...隙が無いわね」
アイリスの声が低くなる。
エクレアがフェイントを入れる。
相手は動かない。
さらに一歩。
まだ動かない。
本命の斬撃。
その瞬間だけ、相手が動いた。
盾ではなく、体を半歩ずらす。
エクレアの剣が空を切る。
反撃。
HPが削れる。
「まずい」
つきみが呟く。
そこからの試合は、見ているだけでも苦しかった。
エクレアが弱いわけではない。
むしろ強い。
速いし、判断も早い。
でも、相手はその速さを利用していた。
踏み込ませる。
振らせる。
避ける。
硬直を取る。
少しずつ削る。
大きな一撃はない。
派手なコンボもない。
けれど、気づけばエクレアのHPだけが減っている。
「エクレア、焦らないで……」
スフレが小さく言う。
エクレアもわかっているはずだった。
それでも、時間が減る。
HP差が開く。
観客の声が大きくなる。
勝たなければ。
攻めなければ。
そう思わせる空気そのものが、もう相手の武器みたいだった。
エクレアが大きく踏み込む。
これまでで一番深い。
剣が届く。
そう思った瞬間、相手が一歩だけ下がった。
届かない。
空振り。
相手の剣が、エクレアの胴を正確に捉える。
<LOSE>
表示が出た。
観客席が沸く。
勝者を称える声。
惜しかったという声。
その中で、団ノ子の席だけが少し静かになった。
「……負けた」
シュガーシロップが言う。
悔しそうだった。
自分が戦ったわけでもないのに。
みたらしっぽも同じだった。
悔しい。
でも、それ以上に、見せつけられた気がした。
PvPにはPvPの強さがある。
レイドで通じる判断。
モンスター相手に通じる火力。
それだけでは届かない場所がある。
エクレアは闘技場から戻ってきた。
表情は崩れていない。
でも、悔しさは隠しきれていなかった。
「ごめん。負けちゃった...」
「謝ることじゃないよ」
みたらしっぽはすぐに言った。
「すごかった。ここまで勝ち上がっただけでも」
「でも...」
エクレアは静かに言う。
「相手が何をしてくるかは、途中からわかってたけど。でも、止められなかった」
誰も茶化さなかった。
シュガーシロップも、つきみも、アイリスも。
みんな、エクレアの言葉を聞いていた。
「PvPは、レイドと違って敵の攻撃パターンなんてものはない。相手がこっちを見て、考えて、誘ってくる」
エクレアは拳を握る。
「次は?」
シュガーシロップが聞いた。
エクレアが顔を上げる。
「次は、勝つ」
即答だった。
その言葉に、みたらしっぽは胸が高鳴った。
負けたばかりなのに。もう次のことを考えている。
トーナメントの後、団ノ子はいつもの集合場所に戻った。
コロシアムの熱気がまだ体に残っている。
観戦していただけなのに、長いレイドを一つ終えたような疲れがあった。
「PvP、ちゃんとやった方がいいね」
最初に言ったのは、シュガーシロップだった。
「悔しかった?」
みたらしっぽが聞く。
「悔しかった。自分が負けたわけじゃないのに、めちゃくちゃ悔しかった」
「わかる」
つきみが頷く。
「でも、あれは普通の戦闘とは分けて考えた方がいいと思うよ。モンスター相手の練習と、人相手の練習は別物だから」
「つまり?」
ガトーショコラが聞く。
エクレアが一歩前に出た。
「このギルドでPvPや大規模戦闘もみんなで特訓して、いつか大会で勝ちたい」
その声は、はっきりしていた。
みたらしっぽは考える。
ギルドを作った時。
戦闘班、探索班、生産班。
とりあえず必要そうなものを並べた。
でも、実際に世界へ出てみると、それだけでは足りないことがわかってくる。
レイドにはレイドの強さがある。
PvPにはPvPの強さがある。
大規模戦闘には、きっとまた別の強さがある。
「いいと思う」
みたらしっぽは言った。
「PvPと大規模戦闘に特化した部門を作ろう」
「リーダーは?」
シュガーシロップが聞く。
全員の視線が、自然とエクレアに向いた。
エクレアは少しだけ目を伏せる。
「私でいいの? 負けたばっかりだけど」
「負けたからいいんじゃない?」
つきみが言う。
「何が足りないか、一番ちゃんと見てるでしょ」
「それに、勝つつもりなんでしょ」
シュガーシロップが笑う。
エクレアは、少しだけ口元を緩めた。
「もちろん」
「じゃあ決まり」
みたらしっぽはギルド管理画面を開く。
役職設定。
戦闘班。
決定。
小さな効果音が鳴った。
たったそれだけ。
でも、ギルド団ノ子にまた一つ、新しい形が生まれた。
「なんか、どんどんギルドっぽくなってきたね」
ガトーショコラが言う。
「わかる」
スフレが小さく言った。
「最初は名前だけだったのに、今は役割が増えてる」
四人で掲げた小さな名前は、少しずつ広がっている。
広がるたびに、知らない壁にぶつかる。
そのたびに、誰かが悔しがる。
誰かが考える。
誰かが前に出る。
「次のトーナメントは勝つ」
エクレアが言った。
「じゃあ、練習しないとね」
シュガーシロップが剣を抜く。
「今から?」
「今から」
「元気だなぁ」
つきみが笑う。
アイリスはため息をつきながらも、すでに簡易マップを開いていた。
「やるなら、コロシアムの小規模フィールドを借りることもできるわ。」
「さすがアイリス」
「無計画に殴り合うだけじゃ意味がないわ」
「耳が痛い」
シュガーシロップが言った。
みたらしっぽはその様子を見て、少しだけ笑った。
ギルド団ノ子。
まだ大きなギルドではない。
有名になったわけでもない。
第一回PvPトーナメントで、上位入賞を目前にして負けた。
ただ、それだけだ。
でも、その敗戦は終わりではなかった。
団ノ子にとって、それは新しい入口だった。
レイドで出会った二人。
コロシアムで加わった一人。
悔しさから生まれた、新しい目標。
この世界を遊び尽くすには、まだまだ知らないことが多すぎる。
でも、それでいい。
知らないことがあるなら、また誰かと見に行けばいい。
ギルド団ノ子は、少しずつ大きくなっていく。
勝った日だけではなく。
負けた日も、ちゃんと連れて。